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2014年09月13日

朝日の罪の重大さ〜(慰安婦問題)

以前のブログで私は朝日新聞報道について書きましたが、記者の国語能力云々以前に日本の新聞でありながら、まるで中華思想圏の新聞のごとき報道がされてきた社の体質に大きな違和感を感じます。
戦後、朝鮮への帰国運動に「夢の国へ帰ろう!」なんて嘘の報道をし、行った人は帰る事の出来ない運命にあいました・・・・・この責任は?
とにかく、いい加減な事を報道し責任は有耶無耶にしてしまう・・・こんな事は許されない事です。

慰安婦問題の「吉田証言」は以前から、根拠のないものと言われてきてました。今更何をか言わんや!
捏造された事象がいつのまにか事実にすり替わってしまう恐ろしさ〜
ただ、謝罪して(本当に謝罪してるとは思えないが〜)申し訳ございません〜だけで済む問題ではない!
その報道の為、隣の民度の低い国との間に大きな混乱を招く元になった事は否定できない〜

朝日は謝罪しながらも。別の国で発生した慰安婦問題を取り上げ、尚且つ旧日本軍の行った卑劣な女性人権無視の行動について報道〜・・・・私は開いた口が塞がらなかった〜
やはり櫻井よし子氏も述べてたように、廃刊まで追い込む必要があると思う。
このままの状態にしておけば、いつか同じ様に我が国を貶める報道を繰り返すだろう・・・

戦時と平時とでは環境そのものが全然違ったものになる!外国の戦地の報道を観ていても判るはずだ。
更に生理的な事を言うと、男と女は全然別の生物体であること・・・・・
男はどうしても生物学上、子孫を残すために不特定多数の女とSEXするように遺伝子が組み込まれている事
それは、いやらしいとか言う問題ではなく、本能的な問題が実在している〜

そこで、戦場に於いて現地の女性を強姦して問題を起こさない様に、あるいは性病が蔓延しない様に、対策として慰安婦という存在があるのである。
私の母は戦争当時今の北朝鮮平城にあった、関東軍軍司令部で経理の仕事をしていたらしいが、慰安婦の女性たちは、貧しい家庭の子供たちが多く、その親がお金の為に子供を慰安婦として売り渡していたと言っている。又体を売る仕事なので、賃金が高額で結構なお金を稼いでいた女性も居たと聴いている〜

ついでに言うなら、朝鮮民族の昔からの歴史を調べれば、女性の性に対する考え方が現代まで引きずって続いた来ている事であろう〜  本当に情けない悲しいお国柄なのである。
韓国も、米国も。露国も、又西欧の諸国も、戦時となれば男と女が存在する限り、同じような問題を起こしてきているが事実・・・あちこちで表面化してきているが〜
だから、謝罪し賠償しろという横柄な言動は、問題の本質からかけ離れた単なる恐喝としか言いようがない。
お金が欲しければ、当時日本が韓国への賠償金から受給するのが筋であろう。
当時韓国政府は、日本政府が直接賠償する事を伝えると、韓国政府は国が支払うとの事で拒否したと聞いている。韓国国民が自国の政府を強く突き上げれば、ボロがどんどん出てきて政府が崩壊するだろう・・・・。

2014年09月07日

菊池武時の墓

私の住んでる街に護国神社がある。木がうっそうと茂り外から中の様子が窺えない。

昔はもっと明るい感じだったが・・・・・・・・。

その護国神社から国体道路を渡った所に小さなお墓がある〜

小奇麗に清掃され管理が行き届いている・・・誰の墓なのか?

調べてみると「筑前国続風土記拾遺」に記述があった〜

「早良郡馬場頭(今の中央区六本松)にあり、昔は老杉の下に石一つ立てり。」

「杉は天明の頃民家の火災によりて枯落せり。里俗是を菊池武時の墓と云う」

肥後の菊池武時は、後醍醐天皇の綸旨により、1333年博多に館があった九州探題

北条英時を攻撃したが、大友氏、宗像氏、少弐氏の裏切りに合い戦況不利になり、

激戦の末、重傷を負い馬場頭まで来た時に、家来に首を打たせ急ぎ埋めたのが

今の首塚となったらしい〜。

胴体は、七隈まで馬が走りそこに落ちたので後世胴塚と称えた言われ、武時を祭る

菊池神社は七隈に鎮座されている〜

こんな近くに歴史的な所が存在するとは・・・・・・・〜

自宅とバス停の間に存在するだけに無視して通れず〜

南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏〜

2014年08月30日

やったぁ〜、終わったぁ〜!!

現在の仕事に転職して、丸々5ヶ月目の地獄の8月を何とか乗り切れた〜

やり残してる部分もあるが、介護保険認定更新に伴う担当者会議のラッシュ〜

この間、自分の視野が極端に狭く、他の事が見えて無かった反省点も認識している・・・。

何に対する初体験も、最初は不安、苦痛、期待があるが、経験を積む事でそれが快感に?

そう・・・今の私は少しだけ、どうにか達成出来て心地よさを感じている〜

女性との営みの中で、気持ちの高まりと共に射精するのと同じ様に〜

この仕事に自分の熱情を注ぎ込んで得られた充実した快感〜

えがったぁ〜、この陶酔感は一体全体何だろう?

月の後半スケジュールが立込み、頭が真っ白になった日も〜

職場の先輩の皆さんに色々指導頂き、何とかクリア出来て一安心〜

私はこの8月に、この仕事をこの先継続出来るかどうか決まると覚悟していた〜

会議の事務処理が溜まって、9月の初めはそれで忙しいが〜  とにかく万歳!

2月に又、会議のラッシュがあるが、今回の経験がプラスになるだろう・・・と信じて〜

さてさて、9月1日は興味ある研修から幕が開く〜

落ちこぼれない様に、がむしゃらに前進あるのみ〜

余裕が出てきたら将来の為に、本格的に情報収集を並行していこう〜

2014年08月24日

想い出に残る女性達・・・・・・B

先日、集中豪雨のが中国地方(広島県)に多大な被害をもたらした・・・・・。

亡くなられた方々には、心からお悔やみ申し上げます・・・・。

福岡も先日久しぶりに大雨に見舞われましたが、広島のそれとは比べ物にならない程度でした・・・。

実は、私今度の被害地でもある「可部」という所に約1.ヶ月半位長期出張で滞在した事があります・・・・。

約35年前位〜かな?私は、その当時某フランチャイズチェーン本部のオペレーションカウンセラー部に所属。

フランチャイジーのオーナー店舗を巡回チェックする仕事に従事してました・・・・。

大阪に支店有った為に、私の担当は淡路島や山口、岡山、広島、神戸等だったと記憶してます・・・・。

私が何故「可部」という田舎に長期滞在する事になったのか?・・・・・

題名からして、可部に女あり?ではない・・・・・。

当時、中国地方には愛媛出身の有名な実業家が存在してました〜

若い人は判らないかもしれませんが〜  「坪内寿夫」→再建王、造船・船舶会社を抱えていたので船舶王

とか言われ、四国の大将とも称されていました。

その大将がサイドビジネスとして、ファーストフードのフランチャイジーにも手を出してました〜

映画館も複数所有していて、そこにファーストフード店を併設していたわけです〜

その映画館事務所に、あの有名な松坂慶子が地方挨拶回りの際、坪内氏を訪ねて来たのを目撃しました〜

私はその美貌に吃驚しました〜女のエロ気〜何ともいえないセクシーさ・・強烈な印象を覚えてます。

坪内氏は映画館とは関係なく、他にも店舗展開しておりスーパージャスコ内のテナント店補の店長問題の件〜

その為に坪内邸宅に向かう為、社用車で坪内氏の横に座り緊張でガチガチになっていた事は忘れられない〜

結局、私は新任店長候補教育の為、広島北部の「可部」にあるジャスコ可部店での勤務が始まった〜

宿は、ビジネスホテルとかではなく、民間の幽霊屋敷みたいなガラス戸の壊れた薄暗い部屋〜

遅く帰り、寝るだけなのでそれでいいと言えばいいのだが・・・・・・・

店長候補は車高短カーに乗り、矢沢永吉に憧れていた若い元暴走族だった青年〜

彼の彼女も派手な感じの女性だったが、二人とも根が素朴だったのが救いだった〜

売り上高は、立地的にも限界ありレベル的には平均以下の月商だったが、とにかく当たり前にお客様に接し

当たり前に営業していく事が目的だったので、何とか1か月半の滞在で済んだ〜

このアパートで原爆被災者の方の女性の霊に取付かれ、体調を壊したこともあったが除霊してもらい〜

事なき終えたこともあった〜

さて、ここからが本題であるが、私の送別会を山口岩国のスナックで催してもらった〜

20歳位の若い商売慣れしてない素朴な女性が私の隣席についた〜

名前は「J子」・・・意気投合し連絡先の交換をし、私は新幹線で大阪に戻った〜

その後、お互いに新幹線で私が岩国に行ったり、彼女が神戸に遊びに来たりして交際が始まった〜

私もその当時若いし、会えば決まりの様にお互い獣のように体をむさぼり合った〜

今でいう少しセフレみたいな関係だったのか?

彼女の母親は広島市内で被爆し、彼女もその影響で子供を産めない体と話しをしてた〜

そのうち私は、彼女との行為で病気を貰う事になり、喧嘩となり別れる事に〜

しかし、遠距離交際してると再会した時のあの昂揚感〜何ともいえないいい体験だった〜

2014年08月22日

懲りない鳩ポッポと村山爺

股、股・・いや又,又無能なカップルが売国奴の姿を・・・・・・

これが元首相とは〜情けないの一言である。  

隣の中国・韓国にのせられて、一体自分の言ってる事が判ってるのだろうか?・・・疑問である。

鳩ポッポにいたっては、今何故「日清戦争」をとりあげ、しかも欧米列強の植民地政策と

日本と清国の関係を同列に扱う・・・勉強不足というか無知なのか・・・習ちゃんのまわし者かも?・・・・

歴史の本質を理解してない人間が、マスコミで口を開く滑稽さ・・・日本国民として恥ずかしい〜

村山爺にいたっては、「村山談話を否定すれば、日本は世界で生きていけない。」・・・トホホホ

馬鹿につける薬は無いというが・・・・・・。

この二人の顔を見ると反吐が出る!

いい歳してこの程度の教養・・・まともな教育の大切さを心から思う。

私の危惧してることは、若者達が歴史の本質を知らずに、捏造された偽りの歴史が真実と思う事!

色んな情報の中から真実を選別する力を養って欲しい〜

そして今、悪の根源偽善者アメちゃん国の足元に火がついて人種差別問題が・・・・・・

そもそもヨーロッパから大勢で押し寄せて、侵略したアメちゃんにはもともと差別意識が強い〜

インディオを迫害し、アフリカ大陸から奴隷として人間狩りしてきた国・・・・・・

そんな国に、他国の人権問題について意見を言う立場にあるのだろうか?

人種差別問題は、ずっと昔からあり根が深い〜〜きっと今に大きなうねりが来るだろう・・・

中近東諸国では、ドロドロの様相になってきてる〜

根源は?・・アメちゃん国がフセちゃん国をわけの分からん理由で崩壊させたこと〜

おかげで、収拾がつかぬ状況になってしまった〜

正義の味方の正体は、諸悪の根源だったりして・・・・・・。

日本人で良かった(^^♪ と思うこの頃・・・・・







2014年08月16日

下宿生活

私は、父を説得して大阪の大学に進学した〜 母は反対だったらしい〜

私の心の中は、家を出てみたい気持ちで一杯・・というか家からの逃避だったのかも〜

飲んだくれの父だったので、母の事が心配でもあったが、妹が二人いるので〜

学校裏手にある下宿は、大学の事務所で斡旋してもらったもの〜

ご主人が役所勤めで、奥さんが木造二階建ての下宿の主人だった〜

お世辞にも可愛いと言えない、小学生の二人娘・・愛想も無かった様に思う〜

一階に8名、二階に9名の17名〜 真ん中に廊下があり左右に四畳半部屋,三畳半部屋が一部屋〜

新入生で入居したのは、三名だった〜 愛媛と岐阜出身者だった〜

色んな所から集まっており、福岡は私以外に2名(後々お世話になることに・・・)、三重、奈良、岡山、京都、島根、広島、皆バラバラで方言が面白かった〜

入居したら、各部屋に挨拶をして回ったが、優しそうな先輩ばかりで安心したが〜

早速歓迎会になり、飲めないビールを次々に注がれ、吐いて苦しかった思い出がある〜

風呂は家族の人が入った後、順番に入るわけだが、最初分からず先輩より先に入りこっ酷く叱られた〜

最後の方は湯垢で汚く、あまり入りたい気分でなくなるものだ〜

洗濯は二層式洗濯機で、こちらは早い者勝ち〜 最初は面倒でローラー式の脱水絞りで出てきた形のまま

干してたので、下着や服が妙な形になりヨレヨレだった〜

希望者は夕食だけ頼むことが出来たが、月1万円位で不味かった(母の料理がいかに上手だったか思い知らされる)

下宿の部屋代は四畳半で4,500円、三畳半で3,300円だった〜

先輩の一人に、JAZZが好きで当時流行っていたロングヘアーのK氏がいた〜(私も長髪パーマヘアー)

隣の部屋でなかったが、女性をよく連れ込んでいた〜 夜、あの声が聞こえなくて良かったが〜

麻雀は知らなかったが、強制的に誘われ教えてもらいながら賭けていたので、負けが込み結構借金

していた〜 段々覚えてきて借金することは無くなったが〜

一度、一階で麻雀してた先輩が酔いが回り、二階真上の自分の部屋に戻ったのはいいが〜

暫らくして、尿失禁で二階から柱を伝い液体が(尿)流れてきた事を鮮明に覚えている〜

下宿近くに、未亡人経営の定食屋があり誰でも学生の筆おろしをしてくれるという噂があったが〜

奥手の私は、お世話になる事はなく、今思えば一度・・・・・・・。

私の部屋にも一人だけ女性が東京から訪ねて来た事がある〜

私より二歳年上の社会人だった〜  友人の友人でスキー場で知り合いになり〜

時々電話や、手紙のやり取りをしていた〜

しかし、なんと私はサイフを失くしたから泊めてという彼女を〜

駅近くのホテルに連絡し、一人泊めて下宿に戻った馬鹿な事をした想い出がある〜

でも、その時彼女を抱かなかったから、後々彼女が印刷業を営む男性と結婚し〜

私が印刷業希望の後輩を彼女にお願いして世話する事が出来たのかもしれない〜

運命とは不思議なものである〜 世間は広い様で狭い〜

私にとっての下宿生活の四年間は、色んな体験が出来て貴重であったと思っている~

あの頃に戻ってみたい〜 












終戦記念日に思う。

今年もお盆が終わるとともに終戦記念日がやって来ました〜

それとともに毎年飽きもせず、靖国参拝・・云々〜

中国・韓国の異常な・・・本当に異常な態度〜他にする事ないと〜

日本と言えば、顔色伺う様な煮え切らない行動〜(全員ではないが・・・)

彼らは、先の大戦で自分達の国が欧米諸国により、侵略される危険性があった事を分かっているのだろうか?

米国の日本への関心は、ずっと昔のペリー来航、いやその7年前にも別人が来航しているが・・・

大東亜戦争の原点は、そんな昔からあると一般的に言われている〜

当時、欧米諸国は帝国主義のもと、アジア諸国を自分たちの植民地として侵略していた〜

白人こそ優秀な民族で、有色人種は下等な民族と位置づけ人種差別は当たり前の時代〜

(アメリカ人は自分達を「自由と民主主義の象徴」と位置づけてるが、ヨーロッパからメイフラワー号で

やって来て、原住民族インディアンの土地や多くの命を略奪した偽善国家でもある)

ただ、唯一自前の文化を持ち毅然として諸外国に相対する国があった〜日の出る國 日本〜

この小さな国は、巨大な國清国を破り、白人国家露国を撃破し、米国にとり目障りな存在であった〜

米国は、日清戦争後カメハメア王朝のハワイを併合している〜

又、日本からの移民排除も行っている・・・日本を強く意識しけん制していた〜

当時の英国は中国大陸への関心とともに、露国の存在が邪魔であったため、日本との日英同盟を締結〜

しかし、日本の中国大陸での影響力が大きくなるにつれ、米国の働きかけから同盟破棄に至る〜

日露戦争の勝利は、黄禍論の源になり排日移民法が制定された〜

このころ米国にとり仮想敵国は日本であり、「オレンジ計画」が立案されていた〜

第一次大戦後、日本は平和条約の内容に人種平等条約の提言をしたが、容認されず廃案となる〜

この時、日本は米国の本質的な部分を見抜き嫌悪感を感じてくる事になる〜

この後ハルノート云々・・・と戦争開戦に至るまでの外交交渉があったが〜

すでに米国の中では、日本と戦争ありきの状態だった事は事実であろう〜

中国、仏印からの軍隊撤兵を要求されていたが、これを承諾していたら今の中国はない!

日本軍の一部の暴走が大きな不幸を呼ぶ事になったのは、否定できない事実であるが〜

中国、韓国は自国の当時の状況がどうであったのか?〜

歴史に忠実に向き合い、真実を自国国民に教えねば、この先同じことが繰り返される事になる〜

特に韓国については、悲惨な李王朝の事実を歴史の中で教えているのだろうか?

中国の属国であり続け、国内は法そのものが無く荒れ果て、道は糞尿で満ち溢れ不衛生な国〜

的外れな負け犬の遠吠えが得意な民族だと思うが、中国の中の一つの省になった方が安定するのかも〜






2014年08月13日

お盆

お盆の季節がやって来ました。我が家には仏壇があり、ずっと今迄一緒に過ごして来ました。

幼少の頃、いつも仏壇に紅白の甘酒饅頭がお供えしてあり、日にちが経つとご飯が炊きあがった頃、

炊飯器の中にその固くなった饅頭を蒸して、ホカホカの出来たてみたいなアツアツの饅頭を食べてた

想い出が蘇えります。

お盆になると、仏壇の前に応接台を広げ、所狭しと沢山の野菜、果物、お菓子、ビール、日本酒、お花等で

お供え物が一杯になり、驚いていました。

お迎えの時と送りの時に「お団子」を作り仏壇にお供えします〜

昔は、盆提灯も天井から吊ってあったり、脚付きの提灯を飾ったり華やかだった思い出もあります。

玄関にはご先祖様をお迎えするための提灯も吊るしてました〜

それと、豪華に見えるのは花の存在が大きいと感じます。

大きな花瓶に、色とりどりの花の存在は仏壇に神々しさを与えます〜

お盆は朝から寝るまで、結構線香を焚くのでその香りで部屋が充満します〜

線香の香りは色々ですが、気持ちを落ち着かせてくれるとても気持ちのいいものです〜

13日に迎え火を焚き、15日に送り火を焚き、お供え物の一部を昔は海に流してました〜

現代は環境保護の面から、近隣の公民館や小学校でお供え物を収集してくれます〜

その収集場所まで行くまで、送り火から線香に火をとり持って行くわけですが〜

歩いていると、風で線香の束が炎となり燃え上がり、いつも火傷しそうになってました〜

それにしても、お盆の時になると花代、野菜、果物の価格が上がるのはいただけない!

結構な出費になる、お盆やお正月・・・何とかして〜〜〜〜

そして、直ぐにお彼岸がやって来る〜 赤とんぼの季節がやって来る〜 曼珠沙華の季節がやって来る〜









2014年08月12日

ハイエナ朴クネ。。。

お隣の朴クネ君は、自分たちの暗部を隠しさも日本だけが慰安婦問題で加害者のごとく世界に発信しているが、気は確かか?と言いたい!

日本は1965年の日韓国交正常化に際し、戦時賠償として11億ドルもの資金提供をしている。従ってその後発生してくる諸問題については、韓国政府が自国国民に真摯に向き合って対処すべきである。補償に関しては、韓国国内の問題にすぎない。しかしながら、国民性というか民度の低さというか、民族独特のものなのかもしれないが、新たに日本を悪者扱いしてたかってくる〜まるでハイエナの様だ〜

最近、韓国での駐留米軍相手の慰安婦が賠償を求め問題化してきている〜
ざまはみろ!〜と言いたい!  この矛盾をどう申しひらきするのか?
この問題を今迄握りつぶしておきながら、又米国も見て見ぬふりしておきながら〜

朴君とオバマじいさんは、「歴史に向き合わない国に未来はない」と日本に対し発信していたが
その言葉をそのまま持って帰ってもらおうか?

こんな性根の腐った国とは国交断絶すべきである。
百害あって一利無し・・・・・・・・。


2014年08月10日

台風の季節

今度こそ、久しぶりに台風が福岡を通過するかと思っていたが・・・・・

昔、私がまだ小学校〜中学校の頃〜台風が夏から秋にかけ〜やってきてた〜

近くを流れる川は氾濫し、直ぐに停電し何度も何度もロウソクに火を灯してた頃が思い出される〜

まだ、テレビが普及してない時代はラジオ放送が情報源であり、周りがどうなっているのか分からず〜

不安な夜を過ごしたものである〜

家が古かったため、雨漏りがあちこちで起こり、洗面器やバケツで雨水を受けていた〜

ただ、いいこともあった(私にとって)〜

台風一過、セミさんがあちこちで犠牲になり死んでいた・・昆虫採集の手間が省けたものだ〜

色んなものが道に溢れていた〜  

台風は危険な自然現象であるが、幼少期の私には好奇心の現象であり、心のどこかに〜

怖いけど楽しみにしていたところもあった様な気がする〜休校、セミ採集、ロウソクの夜等・・・

それにしても、最近は福岡を避けてる様に思うが〜

玄海地震以外、これといった災害もなく過ごせている事に感謝している〜




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