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何もしない理由

空手の大会の時、
道場の先生や親御さんが
会場で選手のウォーミングアップを
付きっ切りでやってる光景をよく見ます。

勝つ事を一番の目的にするなら
コレはかなり効果的です。

オリンピック選手やプロ競技選手は
常にコーチ、トレーナーが付いてます。


しかし、武道教育の観点から言うと
何もしない方が良いと私は思います。

だから、

よく言われるのは、
『早田先生は会場で何も世話しませんよね』

はい、しません。


信念を持ってしません。


私の武道教育には、社会に出て役立つ感覚を
身に付けるものだと言う芯があります。


稽古では、学習、訓練、継続、挑戦、再挑戦

道場では、自分の役割を果たす

試合では、身に付けた技術を自分の判断で決める

これらを学んでいます。


試合とは、稽古した事を成功させなくては
ならない本番。


社会に例えるなら、仕事で結果を出さなきゃ
ならない時です。


そんな大切な場面の直前に、付きっ切りで
ウォーミングアップをするのは、

社会に出て、大事な仕事に向かう子供に
付きっ切りでお世話するみたいなものです。

これは、
誰かに特別な事をしてもらわないと
決め切れないという感覚に繋がります。


20年以上指導員してこの流れは
何例も見てきました。


社会に出て、
決めなくてはならない本番前は、

自分で身に付けた事を整理し調整する
そして臨みますよね。


これは、訓練しなくては身に付かない感覚です。

だから、社会に出る前に訓練しなくては
ならないんです。


私は、前日の稽古までは全力で指導します。

しかし、試合当日は
選手を信じ、また選手の必要な感覚育成のため
静かに見守ってます。


生徒が、いつか社会人になった時
『空手でやってたアレが今役立ってる』と
しみじみ思うように、、、


早田

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武道教育で高めたい『人の本質』

今回の熊本地震に対して、

武道家として、
またテレビ局に勤める者として
自分の使命感のもと

自分の知識と技術と体力の全てを
フル活用しました。

私の実力不足で
足らない事はありますが、
自分に出来る事は全てやりました。

そして今後も出来る事はやっていきます。


熊本地震発災の現場で、

大災害の真っ最中の人

落ち着き始めた頃の人

日常が回復した人

住居や職場の回復のめどが立たない人

家族を亡くした人

色んな状況の「人」と接っし、
普段の生活では見えない「人の本質」を
見ました。


自分も被災者でありながら
使命感のもと職責を全うする人

あった事もない人とSNSなどで協力し合い
被災地に役立つ活動を行う人

被災地で、自力で頑張っている人

悲しみや、さみしさ、余震への恐怖を飲み込んで
明るく振る舞う気丈な人

自分も気持ちが落ち着ききってないのに
避難所の子供の気持ちのケアをする人

家の中が散らかった位で大げさに騒ぐ人

自分で少し頑張れば何とかなるのに
頑張らず、全てを人に頼る人

支援物資を運んできたトラックによじ登り
自分の分だけ大量にせしめる人

ホテルに宿泊しているかのように
善意のボランティアや行政、自衛隊の皆さんに
わがままな要求をする人

日用品が壊れたから買ってくれと
自分だけの取り繕いを望む人

日常を取り戻しているのに避難所に行って
食料や炊き出しをもらう人

自分の周りが落ち着いたからと
復興に関して無関心になる人


非常事態は、
人の本質をさらけださせます。

何が良くて、何が悪いではありません。

犯罪ではないから、
誰かが誰かを責める事も出来ません。

どの本質も、その人の真実で、
その本質の人と、これからも接していくのです。

通常の生活になれば、
どんな本質の方とでも普通にやっていけるから
何の問題もありません。


ただ、私の中で
ひとつだけ、ハッキリしたのは、

次、非常事態に遭った時、
自分はどんな人でありたいという事は
わかりました。


これからは、日常生活でも
そうなるべくための全ての事に気を付け、
努力し、備えます。


非常事態はある日突然起こります。


災害に限らず、
仕事、健康、人間関係などもです。

しかるべき時に備え、
必要な勉強、訓練をして、
即座に対応する覚悟を決めておく。

武道精神の本質です。

道場での指導は、この武道精神を
しっかり身につけていただく事を
これからも重視して行って行きます。


早田 信


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『あたりまえ』の反対語は?

『あたりまえ』

“あってしかるべき”“当然”と言う意味ですよね。

では、『あたりまえ』の反対の言葉は?

それは、『有難い』です。

“有る事が難しい”→あたりまえではない

こう言う事ですよね。

この『有難い』事があった時に発する言葉が

『有難う(ありがとう)』ですよね。

私の中でこれは世の中の常識と
思っています。

私は、仕事や空手、日常で
気遣いや協力に対して
『ありがとう』を何度も発します。

自分に対しての 気遣い、協力 が
『あたりまえ』でないと思っているからです。

しかし最近、この考えは古いのか?と
思う事が、、、


気遣い、協力に対して、
『ありがとう』を言わない人が多い

その人にとって
『あたりまえ』だから『ありがとう』を
言う必要がないと判断するんでしょうか、、

人の気遣いや協力に
『あたりまえ』なんてないです。

あまりに、『ありがとう』を言わない人が
増え、戸惑う事もしばしば、、

先日、仕事でからんで
こちらが感謝する立場なのに
先方の、しかも随分若い方から
『ありがとうございました』と言われた時

ホッとしたのと同時に感動しました

それ位、
『ありがとう』を言わない人が多い。


道場では、全ては『あたりまえ』ではない、
『ありがとう』を忘れない指導を
これからも徹底していきます。


早田

image.jpeg














よく言われること @ A

よく言われること@

空手をやっていると、
「殴られるコワイ」「乱暴な人」
よく言われます。

私が思うに、
殴って言う事を聞かせたり、
理不尽に乱暴をして恐れられている人は
空手家ではありません。

ただのバカです。

この勘違いは、
包丁もっている料理人を見て、
包丁で人を刺し殺す殺人鬼だ・・・
と言っているのと同じです。

空手の技も、包丁も使う人の心次第で
世のため人のためになり、
心次第では、
人を傷つけるものにもなります。

空手家同士が、
お互いを高めあうための組手を見て
「人を殴って従わせる」「乱暴者」と
誤解しているのかもしれませんが

真剣に空手を やっている人に
そんな人はいません。

むしろ逆で、普段は穏やかで
戦うイメージなんてない人が多いです。

もし「空手」=「乱暴」と思う人がいたら
ぜひ道場で本物の空手を見ていただきたいです。


よく言われることA

空手をやっていると、、
「根性をつけたいから鍛えて下さい」と
よく言われます。

その人は、
きっと私からの厳しい指導に耐えたら、
自分が何でも頑張れる人になれる
と思っているのでしょうね・・・

はっきり言って、なりません。

私は、
誰にでも厳しいことはさせません。

全体指導の中で、
それをどれだけ自分のものにしようと
しているかを見ます。

途中から、距離を置きます。
個別指導もしません。


何も言わなくても、
やらなくてはならない事を
自ら、真剣にやっているかを見ます。

それを確認できたら
厳しい稽古をつけます。

私が厳しく指導するのは、
「自分は真剣に強くなりたい覚悟がある」
と言う事を私に認めさせた人だけです。

空手をやれば根性つくと思っているのは、
英会話の教材を買ったら英語がペラペラに
なると思っているのと同じです。

カタチだけでは何も身につきません。

「根性」というのは、
辛いことに耐え忍ぶではなく、

「やる」と決めたことをやることです。

そこに、自分の気分や環境や疲れなどは
関係ないのです。

「やる」と 決意した事は、
「自分との約束」です。


「気分が乗らない」
「忙しい」
「翌日に疲れが残る」


自分に都合の良い言い訳して、
「やる」と決めたことをやらない、

つまり、
自分との約束を守らない「根性なし」は、
人との約束も守れない人なはずです。

「根性なし」は、
「うそつき」の始まりなんです。

根性つけたかったら、空手でなくても
なんでもいいんです。

何か「やる」と決めたことを
実現するまでやればいいんです。

実現出来た時に、
次また違う事を出来るようになろう!

と、自然に思えた時、
根性がついたと思いましょう!


ちなみに私は、

根性で、体型維持を頑張っています。

食事、運動を、仕事や指導しながら
管理してます。

トレーニング中に寝落ちする事もしばしば

たるんだカラダの指導員から
根性出せ、頑張れと言われても、

いや、お前が頑張って痩せろよ!

ってなっちゃいますからね

自分に甘い指導員には
生徒はついてきませんからね!

今日も、日課の懸垂を今から頑張ります!

現在 23時40分 ww


早田


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奪われる『立場と金』奪われない『知識と技術』

奪われる『立場と金』
奪われない『知識と技術』

私の道場指導は、
空手の技術と言うよりも
「モノの覚え方」を
身に付けさせることに
重きを置いています。

これには思いがあります。

空手を通して、

@「無理だろう」と
思ってしまう事でも
挑戦する気持ちを持つ。

Aしっかり習って
理屈を理解する。

B正しい訓練を十分行う。

Cすぐ出来なくても
くじけない。

D体得したら、
さらに向上心をもって
次のレベルを目指す。


この5つを感覚として
身に付けさせるように
指導しています。


子供の頃は、
自分に何が向いているか、
何がやりたいか、
わかる訳がありません。


むりやり、
親のエゴで何かを
学ばせるのではなく

子供がいつか
やりたい事に出会った時に、

自分でそれを
身に付ける能力をもっていれば
自分でなりたい自分になっていくのです。


この感覚をもって社会に出ると、
自分が身に付けたい
「知識」や「技術」を
身に着けられる体質になります。


これは最大の武器になります。


なぜなら、
「知識」と「技術」は
誰からも奪われないからです。


反対に
「立場」と「金」は奪われます


分かりやすい例をあげるなら・・・


ある工場に、
技術や知識はもちあわせないが、
技術者の仕事の内容や量を
決める立場の人がいて、

その指示に従い仕事をする
技術者がいるとします。


立場のある方が、
現場の状況を無視した
無理な指示ばかりして
技術者が苦しむ環境があった時、


一件、立場のある人が優位だから、
指示を受ける技術者が
苦労を受け入れないとならない

と考えがちです。


しかし、どうでしょう もし


もっと上の立場の人が、
その指示をする立場の人に

あなたも技術者と
一緒の現場をやりなさい

と言ったら、、

さっきまで、
技術者に無理な指示をしていた人は、
その技術者たちの後輩に
なってしまいます。


つまり優位だった立場が、
上の立場の人の一言で
奪われてしまったんです。


さらに、
会社の金もうけがうまくいっていても、
もっと資金力のある人に、
まるごと乗っ取られてしまう事も
ありますよね。


これって、
金を金で奪われるって事です。


つまり、
「立場」や「金」は
狭い世界だけでしか通用しないモノ

何かのキッカケで
消えてしまう「弱い」モノなんです。


しかし、
「知識」「技術」は奪えません。


今の組織を抜けても、
同業の別の組織で需要があります。


社会に出たら、
「立場」や「金」を追いがちですが

そんなのは、
もっと大きな存在があるかぎり
永遠に「弱者」です。


どんなに偉くても、
その組織が壊れたり、組織から出たら・・・

もし何も出来ないのなら、
放り出された先では
一番下の立場になります

いつ切られるか
ビクビクしていないとならない
「弱者」です。


社会に求められる
「知識」「技術」があれば、


ここがダメなら違うとこでやれば良い

と、どこででもやっていけますよね。


こうなると、
どっちが優位か分かりますよね


空手で身に付けた感覚は、
社会に出た時の最大の武器になり得る
知識や技術


この、知識や技術を身につける時に
役立つと信じています。


私は、役立ちました。


空手を辞めて何年後かに・・


「あ・・・空手やってて良かった」と
思ってもらう事が

私が生徒に空手を教える意味です。


そんな感覚を身に着けてもらう
柱をはっきりさせて
毎回、毎回、
指導方法を工夫しています。


早田

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アタマを使う稽古の意味

アタマを使う稽古の意味

私が指導する稽古の特徴のひとつに
アタマを使う稽古があります。

状況ごとに技を選ぶ

複数の技を組み合わせを変えながら
違うコンビネーションにしていく

相手の心理を誘導するような動きをし、
技を出すタイミングを見極め、出す


難しいです


子供には特に、、


子供にでも簡単な稽古は、
「ワンパターン」です

とりあえず、
目の前の試合に勝たせるだけなら
子供には徹底したワンパターン稽古の
環境を与え、

最初から最後まで押し切らせる
という考えもあると思います。

それはそれで良いと思います


しかし私はしません。

難しくても、
子供には考える稽古、
アタマを使う稽古をさせます


その理由は、その環境で身につくことが
将来空手以外の場面で役立つからです


運動したら、筋力と心肺機能が向上します


同じように脳も鍛えたら機能が向上します


私の自論ですが、体は疲れても
脳は正常に働く事ができたら
たいがいのピンチを乗り切れると思います


普通は、体が疲れたきった時、
正常な思考ができず
正しい状況判断がにぶるものです


こんな時にピンチが訪れたら、、、


体の疲れ→正常な判断が出来ない→失敗


この流れはよくありますよね


これが、致命傷になる場合も少なくありません。


大切な生徒を
将来そんな目には遭わせられません


私は、試合に勝つ空手ではなく、
将来、社会で役立つ空手を指導しています。


だからこそ、
体の疲れで脳の機能が低下しないようにして
社会に送り出してあげたいのです



体がキツイ中で、

正しい判断をする

覚えていることの中から
適切なものを選び出す


コレこそが、
ピンチの乗り切り方ではないでしょうか?


ピンチの時に、最良の打開策を思いつくことは
かなり難しいです。


瞬時に決断を求められる状況なら
完全に無理です



ピンチの時は、それまでの経験から
何が役立つか、瞬時に選び出す事しか
打開策はありません


コレって、空手の中で訓練出来るんです


痛い、キツイ、コワイ、こんな状況の中でも
脳は決して劣勢にならず、

常に冷静で的確な判断、選択をする

そして実行する



私の指導の芯は、この考えです。


難しくて出来なくてもいいんです


やろうとして必死で考えながら動くことに
意味があるのです。


手取り足取りすれば楽です


言葉で指導してみているのは、もどかしいです


だけど、生徒が覚えようとして聞いているなら


すぐ出来なくてもじっと見守る


手は離しても、目と心は離さない


コレを徹底します


一般部も少年部も同じ稽古をします
同じ説明をします



見ようによっては、子供をないがしろに
しているように見えますが


実は子供の学ぶ力を信じているのです



私が説明している時の、


聞き逃さないぞという子供たちの目


コレは本物です


絶対に、彼らの本気を実らせます


いつか空手を辞めて、空手以外の環境で
空手をやっていてよかったと思ってもらえる事を
目指してこれからも指導していきます。



早田 信

学ぶ力.jpg

2015年の極真会館熊本本部を 漢字一文字で表すなら・・・

2015年の極真会館熊本本部を
漢字一文字で表すなら・・・

それは「恵」です。

2010年、それまでの弟子に
三村師範が追い出されるという形で
起こってしまった熊本支部分裂

三村師範と一緒に支部を出たのは
わずか10人

ゼロどころかマイナスからのスタート

つぶれないように必死で駆け抜けた
5年間、正直 辛く苦しい時期でした

しかし、2015年はそんな状況に光が・・

会員数が増えた、

指導員が増えた、

指導補佐が出来る上級者が増えた、

保護者様の協力がいただけるようになった、

一見、自分たちの努力の成果のように
思えますが、

まだ組織が未完成なので、
これを、努力の成果と呼ぶには
まだ早すぎます・・・

正しく言うなら、
「恵を受けた」だと思います。

未完成の我々の組織を信じて
一生懸命ついてきて下さり、
さらに協力もして下さる。

そんな皆さまからの「恵」のおかげで、
7月には、分裂後に初めて
大会を開催できました。

運営スタッフの全てが保護者様でした。

慣れない事なのに、とてもよくして頂き、
事故なく大成功しました。

そして、生徒や指導員がしっかりと
使命感をもって稽古に臨み
成長してくれたおかげで、

私が居なくても充分に運営が
出来る位になりました。

指導員については、

指導補佐が出来る生徒の協力の
おかげで自身の稽古に集中することが出来、

飯田、内柴、早田、各指導員が
昇段審査に挑戦することが出来ました。

何もない状況からスタートしましたので、
皆様からの支援・協力がどれだけ大切か
誰よりもわかります。

こんな「恵」はありません。

来年は、皆様から受けた「恵」を
実らせます。

そしてさらに成長し、
「飛躍」を目指します。

5年かかって、やっと這い上がり
やっとスタートラインに到達しました。

これからは皆様と一緒に
飛躍するのみです。

2016年は、
「去年よりももっと」を合言葉に、
共に高みを目指しましょう。

早田

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「ズルイ人」に負けるな

「ズルイ人」に負けるな


職場で、いじめに遭ってる

うつ気味になってる

生きる気力を無くしかけた

そんな相談を受けました。


詳しい内容は書けませんが、
簡単に言うと、、

職場にズルイ人が多く、
自分だけに過度の労力が課せられ、

さらに、ズルイ人の失敗すら
責任を負わされ、

相談する上司も、そのズルイ人と
仲良しで相談できる状況でない

家族もあるので仕事は辞められない・・・

本人と家族からの相談でした・・

結果から言うと、
悲壮感たっぷりで相談に来ましたが、
帰りはスッキリした表情で帰られました。



確かに切実な悩みでしたが・・・


私に言わせれば、こんなの普通です。

社会は「汚い」し、「不平等」なんです。

だから、それに負けない自分を持たないと
「負け」なんです。

どうやったらいいのか・・・?

それは、2つ

「ズルイ人になる」
とりあえず悩みません、
しかしこの生き方は、
胸を張って生きられないです。

私はキライです。
しません、絶対に。


では、もう一つ

「ズルイ人に勝つ」です

これは2通り

ズルイ人にズルイことをさせない位
強くなる

ズルイ人に何かやったらどうなるか
知らないぞ・・・と合法的に脅す

そのために権力のある立場に出世する


しかしこれは、
誰でも出来るわけではないですね。


では、もう一つ

「ズルイ人を利用する」

ズルイ人を利用して自分が得するような
賢さを持つことです。

しかし誤解しないで下さい。

これは、もっとズルイ人になれと
言っているのではありません。


ズルイ人を利用して、
自分の価値を高める
仕組みを作ればいいんです。


ズルイ人は得どころか、大損をする


ちゃんとやる人は得をする、
それもケタ違いに・・・


こうなる仕組みを考えて提案、

こうしたら組織のメリットになる

そんな仕組みを生み出せばいいんです。


出来ない?

出来るまで考えましょう。


簡単に出来ない?

工夫して再挑戦しましょう。


この努力をしている時に、「成長」します。


とても有意義な成長をします。


組織にとって有益な成長をします。


もしうまくいかなくても、大丈夫!

この努力をしたあなたは、
これまでよりも格段に強くなっています。


反対に、ズルイ人がズルイ事を
している間は、成長しないどころか、
「後退」しています。


結果、あなたとの差が大きくなるんです。


ズルイ人が通用していると言う事は、

改善する余地がある証拠!


頭使って、根性決めて、
そいつらが生息できない環境にしてみましょう。


今まで、1人で頑張り抜いてきたのなら、
そんなに時間かからず、その環境に出来ますよ。


本気になったらね。


それでもダメなら、
辞めて自分でやればいい。

安心してください、

本気でそこまで努力したあなたは
すでに 一人で通用する様に
成長しています。



とりあえず、そこまで成長するための
行動を今日から始めよう。




道場では、

この「汚い」「不平等」な社会に
負けないための

心と体の強さを身につけさせます。


大きな困難に立ち向かうべく
体力・勇気・ダメでも再挑戦する強さ
めげない心を培う事が

我々の指導の芯であり、信です。


早田



関連過去ブログ

2014年7月
いつか直面する2つの事に備える
https://fanblogs.jp/n8a4pn2u/archive/73/0

2014年9月
感謝の気持ちを伝える大切さ
https://fanblogs.jp/n8a4pn2u/archive/113/0









とてもよくある相談

とてもよくある相談

「何度言っても伝わらない部下をなんとかしたい」

こういう相談をとてもよく受けます。

よくあるのが、
空手道場に入れて根性や礼儀を
叩き直して欲しい


・・・無理です。


道場は、押しつけの指導ではなく、
自分で必要と感じさせ、
自ら学ぶ力を発揮させる場所です。


だから、相手を思い通りにしたいというなら
我々は無理です。


しかし、我々は無理やり押しつけは
しませんが、

同じように、
何度言っても伝わらない生徒に
伝える方法は見つけ出して
実践しています。

別に変ったことはしていません。


なぜ何度言っても伝わらないかを
考えているです。


伝わらない理由は、
どの人にも共通しています


それは、


「優先順位が違う」からです。


あなたが、伝えたい事、やって欲しい事が、
その方の「やるべき優先順位」と違うから
やらないんです。


人にはそれぞれ、優先順位があります。

普通の人は、
優先順位1位〜2位くらいまでは
ちゃんとやります。

マメな人は、
優先順位3位〜6位くらいまでも
ちゃんとやります。

超マメな人は、
優先順位7位〜8位くらいまでも
ちゃんとやります。

ちなみに私は雑に扱われる事が
多いです、

よく、
『そっちが先かい!』
『黙ってたんかい!』
『答えないんかい!』
『礼も無しかい!』

空手以外では、老若男女
普通の方〜超マメな方まで
色んな方にこんな感じに扱われます

よほど優先順位が下なんでしょうね

まぁ、コレは私がそれだけだからと
言う事ですがね 笑


話を戻しますが、

あなたが、言う事を聞かせたい人に
何度言っても伝わらない、やらないのは、

対象者が、上記のどのタイプの方か
わかりませんが、少なくとも
あなたがやらせたい事が
その人にとって
優先順位の3位以下なんでしょうね。


多分、自分の生活リズム、自分の趣味、
これらが1位、2位でしょうね

それらが先に来てるから
3位の仕事が雑になるんだと思います。


ならば、その人の中の優先順位を
変えるようにすればいいのでは?


仕事で同じ失敗をしたら、
生活が出来ない、趣味も出来ない
そうなればいう事聞きますよね。


逆に言うと、何度言って出来なくても
優先順位の1位2位が損傷なく出来るなら
3位は頑張らないですよ、そんな人は。


仕事の世界では、、
出来ない事、失敗を繰り返す事、
目標を達成する努力をしない事は罪です。

そして、

これをしっかり教えない事も
同じように「罪」です


出来なくても生活に支障がない事を
許しているから、

言い方は少し乱暴になりますが、
「ナメられてる」んです。


我々は、道場で
空手を一生懸命する意味を理解させます。


それは、試合に勝つためではありません。


将来、自分の成りたい自分になって
社会から求められる人になるため

だって、なりたい自分になる以外に
優先順位の1位はありますか?


これは1位になりやすいです。


空手をしっかりしたらナゼ
成りたい自分になれるのか、


ナゼ社会に求められるのか、

これを、その生徒の年齢や経験値によって
やり方を変えますが、同じ芯で
指導しています。


この感覚をもてば、仕事も
自分がやりたい仕事を目指し、

その職場でも、さらになりたい自分を
求め努力するものです。


成りたい自分が分からないまま
仕事に就いたら、


優先順位は、どうしても
自分のプライベートになり、
仕事は優先順位の上位には来ませんよね。



もし、興味があればゼヒ道場へ
いつでもお越しください。


私も、私以外の指導員も皆
そういう内容の指導をしています。



早田


関連過去ブログ

2014年4月
何のために空手をするのか?「???」するためです。
https://fanblogs.jp/n8a4pn2u/archive/58/0


2014年5月
ナメられる人は「???」
https://fanblogs.jp/n8a4pn2u/archive/63/0

礼儀の大切さ

最近、忘年会で仕事がらみの方と
集まる機会が増えました。

その席で、いろんな方から
「空手のフェイスブックとブログ見てます」
とお声かけ頂きます。

ありがとうございます。

そんな皆様から、偶然とは思えないほど
共通の相談を受けます。

それは・・・

「失礼すぎる部下をなんとか教育したい」

「道場に入れて根性叩きなおして欲しい」

です。

先日も、忘年会中は
そこまで深い話でなかったのですが、

お開きになった後に、
「ちょっと話を聞いて下さい」と誘われ
その方が部下の失礼振りに苦悩している話を
聞きました。


たまたま、数日前にも
まったく違う方から
失礼すぎる事をされて
心痛した話を聞いていました。


そして、私自身も
そんな経験があったことを思い出しました。

そこで 

これは、深刻な社会問題なんだと感じました。


具体的どんな失礼に悩まさせている話を
聞いたかは伏せますが、


そもそも、

失礼とは、礼儀がないと言うことです

では、礼儀とは・・

@挨拶をする→互いの存在を確認
A返事をする→理解している事を伝える
Bお礼を言う→自分への気遣いへ感謝
Cお詫びをする→相手への誠意
D必要な報告をする→情報の共有
E約束を守る→信頼関係

こんなもんですよね。


これらができたら、気持ちよく
コミュニケーションがとれるわけです。

人間関係で、
別に見返りが欲しくてやっている
わけではないが、やはり好意で
人に何かをしたとき、

挨拶も、お礼も、返事も、報告もなく

さらに、
何もリアクションしなかった事に
お詫びもなかったら

なんとなくイヤな気持ちになるのは
人間だから当然です。


この積み重ねは、不信感や嫌悪感になり
人間関係を悪化させます。

仕事でからむなら
仕事にも悪影響を与えます。


そして、失礼を受けた人が心を乱してしまい、
さらに、この失礼に慣れようとして

失礼な方々を野放しにしてしまいがちです。



礼儀さえ守れば、
こんな事態にならないのに、、、


これって、難しいのでしょうか?
出来ないのでしょうか?


では、出来ない人は
なぜ出来ないのでしょうか?


簡単な理由です。


ちゃんと習っていないからです。


ココでいう「失礼」は

自分の感覚や常識を優先し、
人の気持ちを考えない

ですが、

これは、
ある意味、ビジネスリーダーとして
成長するには必要な感覚でもあります。


だって、色んな人の意見に左右され、
方向性がさだまらないなら
ビジネスの世界では
通用しないですもんね。


だから、この感覚は
「間違い」ではないんです。


無くさせてしまうのではなく
正しく使うようにしなくてはなりません。



では、どうすればいいのか・・・


私の考えはこうです。

「礼儀」の無い人の、
「個性の尊重や表現の自由」は認めない。

です。


自分がこう思うから、こうする
人がどう思うか気にしない


失礼な人がしたら、ただの「自分勝手」

礼儀正しい人がしたら、「好感をもてる挑戦」

ではないでしょうか?


失礼な人は、
ここらへんをちゃんと習らわずに
社会人になったんでしょうね。


それは、社会と親の責任です。


ただのわがままを「個性の尊重」と許した
→好き勝手やってもいいんだ

「努力なし」で手に入るお金を与えた
→自分が無理しなくてもお金がもらえる

不必要な「手助け」した
→人から助けてもらうのはアタリマエ


こんな環境が
「失礼」が育つ温床です。


だったら、社会がこれを正すべき。


まずは、分かりやすく短い言葉で指導。

そして自身が手本を実践。


礼儀があって出来る人と、
礼儀無く出来ない人に格差をつける

出来る

必要とされる・高収入・優遇する


出来ない

必要とされない・失職の恐れ・優遇しない


こうしたらいいのでは?


分かっているが出来ない?なぜ?


出来ないなら、失礼を愚痴るのではなく
失礼に自身が対応していくしか選択肢はありません。


それがいやなら、
愛をもって心から指導すべきです。



道場では、空手の技術を教える前に

挨拶・返事

お願いします・ありがとうございました

どこまで出来るようになりました

すみませんでした

必ずやってみせます

これらの気持ちや態度がないと
指導なんてしません。


自分に役立つことを人から習うときは、
礼儀がないと教えてもらえないという感覚を
身につけさせるためです。


我々の道場は、社会の有意な形成者と
なるべく人にするため、

礼儀指導の徹底をしています。


その人の将来を思っての愛があるから
時には厳しく叱り、
時には見捨てたフリをすることもあります。


厳しい言い方ですが、

失礼な部下は、
実は上司として未完成な自身の姿と思いましょう。


自分が、親や社会に育ててもらったことの
恩返しが、その部下を一人前にすることです。


それが今のあなたの使命です。


難しいと思います。

しかし、諦めなかったらできます。

あなたもそうやって育ててもらったんですから。


かならずあなたは出来ます。


早田

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