2018年08月16日
<番外編>フレデリク・セペダ インタビュー 大リーグのために亡命することは一度も考えなかった
フレデリク・セペダ
TJ Sports、2018年8月16日、Alejandro Guzmán記者
フレデリク・セペダはメジャーリーグを目指して亡命することは一度も考えなかった
現在トロス・デ・ティフアナの選手であるフレデリク・セペダは、世界中のすべての野球選手と同じように、メジャーリーグでプレーすることをいつも夢見ていたが、多くの同胞のように亡命者になることは、一度も思いつかなかった。自身の愛する人たちから離れることは決して考えなかったからだ。
「人はつねに小さな頃からより大きな野球を目指すことを考えるもので、私も大リーグでプレーする可能性を考えていたけど、そういう形ではなかった。私はすべての人の決断を尊重する。私はそういう飛躍はしたくなかったし、そういう形で家族と離れたくはなかった。夢を達成した者たちを祝福するし、活躍するすべてのキューバ人の存在にとても満足しているけど、実際キューバを去る度胸はなかった」、と38歳の選手は明らかにした。
亡命したキューバ人野球選手には、オルランド・エルナンデス、リバン・エルナンデス、ヤシエル・プイグ、最近ではユリエスキ・グリエルとルルデス・グリエル・ジュニアの兄弟のケースがある。セペダはこの兄弟との関係、特に、昨季ワールドシリーズ王者のヒューストン・アストロズの三塁手ユリエスキとの密接な関係について語ってくれた。
「グリエルとは兄弟のようなもので、小さなころから知り合いだった。まだ野球選手になるなんて考えてなかったころからね。われわれは同じ町の同じ地区に住んでいて、彼の父親はキューバ野球のスター選手だった。われわれはその父親がプレーするのを見て育って、一緒に野球を始めた。彼は私より4つ年下だけど、成人カテゴリには一緒に加わった。約14年間われわれの県チームやキューバ代表チームでプレーしながらキャリアを積んだ」、とセペダは話した。
38歳のセペダは職業野球からの引退を遠い先のことと見ており、その年齢では大リーグに入らない可能性がとても高いが、もっとも重要な数々の国際大会でプレーし勝利してきており、2004年五輪金メダルや2015年カリビアンシリーズ王者にも輝いている。
「私のすべてのキャリアはキューバで積んだもので、300本塁打にあと18本、2000本安打にもあと103本と迫っている。いまリーグは開幕したがメキシコに来る決断をした。ここでの参加が終わり次第、もうほかのことを目指さないかぎり、かならずキューバリーグに戻る」、とセペダは語った。
セペダとグリエル
*訳者注:本記事はキューバメディアの記事ではありませんが、ほかならぬフレデリク・セペダのインタビューなので、載せておきます。番外編、の所以です。
“Pensaba En La Posibilidad De Jugar Grandes Ligas, Pero No De Esa Manera”: Cepeda
https://tjsports.com.mx/pensaba-en-la-posibilidad-de-jugar-grandes-ligas-pero-no-de-esa-manera-cepeda/
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