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2012年05月21日

―ハッピー・クッキング―(中編)(半分の月がのぼる空・二次創作作品)







 月曜日。半分の月がのぼる空二次創作の日です。
 今回はコミカル調の仕様となっています。
 派手なキャラ崩壊等はありませんが、一応御了承ください。
 それではコメントレス。


 コメント遅れました。
 原作では里香が料理はしてない気がするので今回は完全オリジナルな感じなので楽しみです。
 がんばってください。


 あ、大丈夫です。コメントしていただけるだけで御の字ですので。気が向いた時にしていただければ、それで小生はハッピーですw
 里香が料理上手いって二次創作は幾つか見た記憶があるので、それの逆を行ってみようと思いました。
 ・・・ただちょっと、筆が暴走しかけてるかも・・・(汗)



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                            ―3―

 「え!?な!!?うぇえ!!!?」
 「裕一、落ち着いて!!」
 事態を把握出来ず、狼狽する戎崎裕一を何とか落ち着かせると、世古口司は事の次第を話し始めた。
 曰く、今週の初め、世古口司は秋庭里香から料理の教授を依頼されたらしい。
 それ自体は、懸命な選択であると言えるだろう。こと料理の事に関しては、秋庭里香や戎崎裕一の知人において、世古口司の右に出るものはいない。事実、両者の母親の作ったものよりも、世古口司の作ったものの方が美味かったりする事があるほどだ。
 秋庭里香が料理の指南役として選んだのも、納得のいく所である。
 世古口司の方としても、その事に関してはやぶさかではない。元来の優しく、人の良い性格も手伝って、快くその願いを聞き入れた。
 以来、秋庭里香は毎日世古口司の家に通い、料理の指南を受けていたらしい。
 どうりでここ2,3日、付き合いが悪かった訳だ。
 とりあえず目下の心配事が解消され、内心ホッとする戎崎裕一だったりする。
 しかし、その安堵も新たに目の前に現れた問題に容易に踏み潰されてしまう。
 最初の一日目は、世古口司が模範演技を見せた。秋庭里香は熱心にメモを取っていたという。
 二日目、手伝う形で秋庭里香を介入させた。少々煮崩れしたものの、まぁ何とか形になった。
 三日目、そろそろいいだろうと、秋庭里香だけで料理をさせてみた。その結果が―
 「“これ”・・・か・・・!?」
 戦慄きながら写真を見つめる戎崎裕一に向かって、世古口司は沈痛な面持ちで頷いた。
 「ちなみに訊くけど、“これ”、何なんだ・・・?」
 世古口司の返答は、驚くべきものだった。
 写真に写っている物体は、「ひじきと油揚げの煮物」だと言うのだ。
 戎崎裕一は再び戦慄した。
 ひじきと言えば、伊勢ひじきとして赤福や伊勢うどんと並ぶ伊勢の名産ではないか。
 それを、油揚げというごくありふれた食材と煮付けて、何でこんな未知の物体へと変貌させる事が出来るのだ。どこでどういじれば可能な所業なのだ。
 ・・・訳が分からない。
 軽い目眩を感じながら、残りのコピー用紙に目を通す。
 鍋の中に湛えられる、泡立つヘドロの様な色をした味噌汁。
 何故か焼く前より生々しい、妙な光沢を放つ焼き魚。
 暗いレンガ色に灼熱する、火山弾の様な塊はハンバーグだろうか。
 「・・・マジか?これ・・・。」
 まるで救いでも求めるかの様に、戎崎裕一は世古口司へと問いかけた。
 嘘だと言って欲しい。これは何かの冗談だと。ちょっとしたジョークだと。
 しかし、現実は冷酷だった。
 「・・・うん・・・。」
 世古口司の返答は、もはや悲痛さすら感じさせるものだった。
 今度こそ、本気で目の前がクラクラした。
 次の日曜日。あと三日後に、自分はこれら“物体X”を食さねばならないのだ。
 正直、腹を壊したとか何とか言って、約束を反故にしようかという考えも頭を過ぎった。
 しかし―
 「・・・里香ちゃん、一生懸命なんだよ。」
 世古口司の言葉が、その考えを一撃で粉砕した。
 「里香ちゃん、本当に一生懸命なんだ。絶対に裕一に美味しいって言わせてみせるって。」
 そうである。
 秋庭里香が、そうまでして頑張っている理由はただ一つ。
 戎崎裕一のためである。
 愛する者を喜ばせたい、その一心である。
 その心を、頑張りを、己の保身のために一方的に反故にするなど、一人の男として決してあってはならない事であった。
 戎崎裕一は手にしたコピー用紙を握り締め、頷いた。
 それは、全てを達観した顔であった。
 正しく、漢(おとこ)の顔であった。
 愛する者、守るべきもののために、全てを投げ打つ覚悟を決めた、漢(おとこ)の顔であった。
 それを見た世古口司は、戦場に行く友を励ます様にがっしりと戎崎裕一の肩を抱くのであった。

 残り三日。何とか出来るだけの事をしてみると、世古口司は言った。
 戎崎裕一は一言、「頼む。」とだけ言って、自分の教室へと帰って行った。
 その背中を見送りながら、世古口司はポソリと小さく言葉を漏らした。
 微かに聞こえたその声は、確かにこう言っていた。
 「裕一、ごめん・・・。」と。


                           ―4―

 世古口司は悩んでいた。
 この世に生を受けて18年。これ程までに悩む事があったろうかと思うくらい、悩んでいた。
 今、彼の目の前には、奇々怪々な物体がズラリと並んでいる。
 どれもこれも、およそ人間の持つ言語では表現しきれない形状のものばかりである。
 恐らく十人に十人が見た途端、これらが何であるか悩み、悩みぬいた挙句その答えに到達出来ずに挫折するだろう。
 そんな代物である。
 しかし、現実はさらに恐ろしい所にある。
 これらは、料理なのである。
 人が食するための存在なのである。
 これは、「食」を愛し、その道を志す世古口司にとって、余りにも残酷な現実であった。
 在らざるべき事象であった。
 自分の愛する“食”が、愛しい食材たちが、こんなにも恐ろしい変貌を遂げようとは。
 そう。それは彼にとって、正に恐怖以外の何物でもなかった。
 否定したかった。
 こんな事は間違っていると、心の底から叫びたかった。
 しかし、それは出来ない。
 今、彼の目の前では一人の少女がキッチンに向かい、一心に料理を作っている。
 真剣な面持ちであった。
 これ以上ないくらい、一生懸命な面持ちであった。
 その額には汗が浮き、疲れたのであろう。時折しぱしぱと目をこすっている。
 それでも彼女はその手を止めない。
 目の前の、キッチンとの格闘を止めようとしない。
 当然であろう。
 彼女は恋人のために、この場に立っているのだ。
 最も大事な人に、自分の想いを捧げるために、汗を流しているのだ。
 その心根を知ればこそ、それを否定する事など出来はしなかった。
 目の前の少女と、テーブルの上に並ぶ“それら”を見て、世古口司は三つのものを呪った。
 彼はまず、現実を呪った。
 現実とは残酷なものとはいえ、何ゆえかくも非情な運命を彼女らに強いたのか。これはもはや残酷を超えて、非道というものではないか。
 そして次に神を呪った。
 天は二物を与えずとは、誰の言葉であったか。確かに、彼女には人より秀でたものが幾つかある。しかし、それに比例してまた多くのものを失っているのだ。なのに、何故それ以上のものを彼女から奪ったのか。いかに神といえど、許されざる所業というものはあって然るべきではないのか。
 そして最後に、世古口司は自分自身を呪った。
 例えて言おう。数学教師にもっとも向かない人物はどの様な人物か。答えは“当たり前の様に数学が出来る人物”である。
 当たり前に出来るが故、人に教える際、相手が“何故分からないのかが分からない”のだ。
 今この場においての世古口司が、まさにそれであった。
 彼の料理の腕はずば抜けている。もちろん、彼自身の努力もあってこそのものであるが、天性の才もないとは言えないだろう。
 故に、かの少女が成す料理の態が、彼には理解出来なかった。(もっとも、では他の人間なら理解出来るかと言えば大変に微妙な所ではあるが。)
 その事が、世古口司には悔しかった。自分の得意な事で友人の力になれないのなら、一体自分の存在意義とはなんなのか。
 さらに言えば、世古口司には後ろめたい事があった。
 実は彼、かの少女の料理を一口も味見していなかった。幾度か依頼はされていたのだが、何かと理由をつけては断っていたのだ。
 世古口司の夢はパティシエである。その道を志すにおいて、味覚の障害は致命的である。以前にもその事を懸念させる事案に遭遇しており、その時も彼としては珍しく、某友人に“それ”を押し付ける結果となっていた。幸い、その時には大事に至る事はなかったが、今回に至っては事態はより深刻である。
 目の前の“これら”を食して、口の中が無事で済む可能性は限りなく低い様に思えた。
 将来の夢を失う恐怖。それが世古口司を、件の料理の味見から忌避させていた。
 味も知らずに、的確な指導が出来る筈もない。
 分かってはいる。
 分かってはいるのだが・・・。
 やはりその一線を越える事は、世古口司には出来なかった。
 「・・・ごめん。裕一。」
 そして世古口司は、今日もその料理の写真を撮る。
 彼の友人に、かの少女の想い人に、せめても心の準備をとらせるために。
 その結果、彼らが負うであろう傷が、せめて少しでも浅くなる様に。
 世古口司は写真を撮る。
 そこにまた、もう一つの“後ろめたさ”を抱えながら・・・。

 残りの三日間は、瞬く間に通り過ぎた。
 その間、戎崎裕一は世古口司から極秘報告を受け続けていた。
 秋庭里香の料理の腕に、何かしらの変化はなかったか。
 彼女自身が、自分の作るものの異常性に気付いて、その方向性に軌道変更を試みないか。
 その手が作る“もの”が、せめて未知のものから既知のものになりはしないか。
 残りの三日間、戎崎裕一はそんな奇跡を心密かに祈っていた。
 しかし、現実はどこまでも残酷であった。
 Xデーの前日。その夕方、秋庭里香に最後の教授を終えた世古口司が、戎崎裕一の家を訪ねた。  そこで最後の写真を受け取った戎崎裕一は、それを見て深い溜息をついた。
 深い深い、溜息であった。
 分かっていたのだ。奇跡など、起こりはしないと。
 そんなもの、この世には存在しないのだと。
 分かって、いたのだ。
 「裕一・・・ごめん・・・。」
 世古口司は、自分の非力を詫びた。
 何度目かとも知れない、謝罪の言葉だった。
 力なく頭(こうべ)を垂れるその姿は、大きい筈なのに酷く小さく見えた。
 戎崎裕一はその肩をポンポンと叩き、「ありがとな。」と告げた。
 万感の想いを混めて、その言葉だけを告げた。
 戎崎裕一の部屋の中に、二人の男泣きの声だけが、静かに響いた。

 数刻後、世古口司が帰路につく時間が来た。
 家の外に出た後、世古口司は家の入り口まで見送りに来た戎崎裕一を、一度だけ振り向いた。
 「裕一。」
 「ん、何だ?」
 「・・・ううん、何でもない・・・。」
 そう言って悲しげな顔で手を振ると、世古口司は夜の闇へと消えて行った。

 ・・・どんな運命の時であっても、時間は変わりなく過ぎていく。
 夜は更け、やがて朝が来る。
 眠れぬ夜を過ごした戎崎裕一のもとにも、その日の朝は変わらずやって来た。
 そう。
 運命の、Xデーの始まりであった。


                                                 続く
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