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2012年04月09日

―郭公―(中編)(半分の月がのぼる空・二次創作作品)







 はい、月曜日。半分の月がのぼる空二次創作の日です。
 しかし、自分で書いといてなんですが難しいテーマ選んじまった・・・orz
 原作の方では、いつの間にか仲良くなっていた里香と裕一の母親との邂逅を書いてみようと思ったんですが、小生の文力じゃ上手く書ききれてない様な。
 もし訳分からんという方いたら、ごめんなさい。小生の力不足です。
 これを書くにいたって原作を読み直しているんですが、ホント、プロの方の力量ってすごいなぁ、などと再認識している今日この頃だったりします。(まぁ、はなから比べる事自体がおこがましいんですが・・・)
 


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                          ―3―

 いつの間にか、一時間が経っていた。まだ、裕一が帰ってくる気配はない。
 もう、帰ろう。
 あたしはおばさんに「ごちそうになりました。」と告げて席を立とうとした。
 だけど―
 「待ちなさい。」
 おばさんの声が、それを制した。
 「一服茶って、縁起が悪いのよ。」
 そう言って、おばさんはあたしが置いた湯飲みにトポトポと二杯目のお茶を注いだ。
 完全に場を立つタイミングを外され、あたしは仕方なく席に座り直す。
 「ねぇ、里香さん。」
 自分の湯飲みにもお茶を注ぎながら、おばさんが話しかけてきた。
 「はい?」とあたしが返すとおばさんは、お茶を一口すすってこんな事を言ってきた。
 「カッコウが、その托卵っていうのをする相手は、どんな鳥だったかしら?」
 「・・・モズ、ですか?」
 「そうそう。その、モズ。」
 あたしの答えに、満足したようにおばさんはにっこりと笑って続けた。
 「モズって、小さいけど結構・・・いえかなり気が荒いのよ。それこそ、ハトやネズミまで獲って食べちゃうくらい。」
 「はぁ・・・。」
 ・・・この女(ひと)は、何が言いたいのだろう。あたしは、その心意を計りかねる。
 「ならきっと、そんなのに托卵するカッコウも、命がけね。」
 「あ・・・」
 「じゃなかったら、この世からモズはいなくなって、カッコウばかりになっちゃうものね。」
 確かに、カッコウの托卵はノーリスクじゃない。巣を守る親鳥に見つかれば、ただでは済まない。殺されないにしても、怪我でも負ってしまえば野性の世界で生きていくのは難しい。よしんば産み込みに成功しても、卓越した親鳥はその卵を見分け、捨ててしまうという。実際、産み込まれた雛が無事に巣立つ確立は、かなり低いらしい。
 「あのね、わたし、思うんだけど・・・」
 おばさんはお茶で喉を湿らせながら、話を続ける。
 「カッコウがそんな危ない思いをしてまでこんな事をするのは、それだけ生きることに一生懸命だからなんじゃないかしら。」
 「一生懸命・・・ですか?」
 「ええ。生きるのに、生き残るのに一生懸命で、それで托卵(こんな道)を見出したの。」
 また、カッコウの声が聞こえた。おばさんはそれに耳を澄ます様に、少し目を閉じる。
 「きっと、カッコウには自分で子供を育てられない理由があるのね。だけど、それで終わったら自分達の血は絶えてしまう。だから一生懸命に探して、探して、そしてやっと見つけた、生きる道。」
 「でも・・・」
 「確かに、カッコウのやる事は人間の道徳観から言ったら、許されるものじゃないけれど、それでも 一生懸命に生きるっていう事自体は、誰にも否定は出来ないわ。」
 そう言って、おばさんはあたしを見つめる。その目は何故か、とても優しかった。
 その目の優しさに耐え切れず、あたしは思わず食ってかかった。
 「でも・・・でもそれじゃあ、残される親はどうなるんですか!?本当の子供も、何もかも奪われた親は、どうなるんですか!?」
 だけど、そんなあたしの言葉にも、おばさんの目は揺るがなかった。
 「何も残らない訳じゃ、ないんじゃないかしら。」
 「え・・・?」
 「わたしの旦那・・・裕一のお父さんの事、知ってる。」
 「は?」
 突然横道に逸れ出した話に、あたしは思わずきょとんとしてしまう。
 「知ってる?」
 「す、少し・・・。」
 裕一は、あまり自分の父親について話さない。ただ何度か「ろくでなし」とか「馬鹿親父」とか言ってるのは聞いた事がある。
 「そりゃあ、酷い男だったわよ。仕事はしないし、お酒は飲むし、収入は全部博打で使っちゃうし、浮気はするし。わたしも何度泣かされたか、分からない。」
 「はぁ・・・。」
 おばさんが、頭が痛いとでも言う様に米神を押さえる。
 どうも、聞きしに勝る様な人だったらしい。
 「それで、好きなだけ好きな事やって、さっさと自分だけ死んじゃった。」
 そう言って、おばさんは何処か遠くを見る様な顔をした。
 「それこそまるで、カッコウの雛みたいにね。」
 苦笑いするおばさん。そのまなじりに、光るものが見えた様な気がしたけど、気付かないふりをした。
 「でもね、わたしはあの人と一緒になった事、失敗だったとは思ってないの。」
 「え?」
 「後悔した事がなかったって言えば嘘だけど、それでもわたしはあの人が好きで、それで一緒になって。ああ、幸せだなって思った。思えた。それは確か。」
 これ以上ないほどの、自信に満ちた言葉。あたしはただ、絶句する。
 「モズの親も同じじゃないかしら。」
 「・・・どういう事ですか?」
 「自分の子供として、大事な存在として育てる事に、変わりはないから。自分の胸に抱いて、その温もりを感じて・・・。親って、それだけで良いのよ。それだけで、充分に幸せを感じる事が出来る。たとえ、仮の親子でもね。周りが何と言おうと、その想いに、間違いはないわ。」
 いつか、里香さんにもわかるわよ。そう言っておばさんは微笑んだ。
 
 そうだろうか。
 そうかもしれない。
 だけど。
 だけど。
 それなら、なおさら・・・。
 
 「・・・駄目。」
 「ん?」
 「そんなの、駄目です・・・。」
 あたしは、喘ぐ様に声を絞り出した。
 「それじゃあ、子供が救われません・・・。殺された子供が・・・。」
 そう。もしカッコウの生き方が肯定され、利用される仮親がそれを受け入れるというのなら、殺された子供はどうなるのだろう。
 あるべき未来を奪われた子供は、どうなるのだろう。
 「無駄にはならないわ。その犠牲が親を強くして、次の子供を護る事につながるんだから。」
 「違います・・・。そんなんじゃないんです・・・。そんなんじゃ・・・。」
 あたしは嫌々をする様に、首をふる。
 “次の”なんて関係ない。
 “彼”なのだ。
 カッコウ(あたし)が奪ってしまうのは、今の“彼”の未来なのだ。
 「あたしは・・・あたしは・・・」
 俯いて戦慄くあたしの手を、不意に暖かいものが包んだ。
 驚いて顔を上げると、手を伸ばしたおばさんが、卓袱台越しにあたしの手を包んでいた。
 「里香さん、忘れてるでしょう?」
 「・・・何を・・・ですか?」
 「カッコウが仮親に選ぶのは、モズだけじゃないわ。」
 「ホオジロとか・・・オナガ、とか?」
 呟く様なあたしの返事に、おばさんが頷く。
 「そう。そのオナガ。」
 「これもテレビの受け売りだけどね・・・」と言って、おばさんは言葉を続けた。
 「オナガの雛って、カッコウの雛と一緒に大きくなる事があるのよ。」
 「・・・え?」
 驚くあたしを見て、おばさんは得意そうに微笑んだ。
 「知らなかったのね。ふふ、何か初めて勝ったって感じ。」
 そう言って笑う顔は、まるで悪戯に成功した子供の様だ。
 「オナガって、大きい鳥でしょう?だから、先にオナガの雛が孵化したりすると、カッコウの雛はそれを外に放り出せなくって、それでいっしょに育つ様になっちゃうんだって。」
 言いながら、おばさんはあたしの手を握る。
 「そうなったら、オナガの親は、両方の雛を育てるのよ。同じ様に、大事に。」
 柔らかくて暖かい、だけど少しざらついた、主婦らしい手。
 その温もりと感触が、波立ったあたしの心を少しずつ落ち着かせていく。
 「だからね・・・」
 静かに囁く様な声。まるで、自分の子供をあやす様な、優しい、優しい母親の声。
 「わたしは、オナガになろうと思うの。」
 「―!!」
 
 何もかもを、覚悟した一言だった。
 それは、先にあたしが思ったよりもっともっと多くのものを背負う覚悟を持った言葉。
 あたしの持つ業も、罪悪も、これから“彼”を待ち受けるであろう運命も、その先の未来をも、何もかも受け止め、包み込む。そんな覚悟のこもった一言だった。
 あたしは手を握るおばさんの手に、震えるもう片方の手を添える。
 「言ったでしょう?一度カッコウを育てた親は、強くなるのよ。」
 優しく微笑むその顔を、あたしは初めて真正面から見た。
 
 ―ああ、そうか。
 あたしはやっと、理解した。
 
 そう。
 おばさんは一度、カッコウを育てていた。
 誰を犠牲にするでもない。
 犠牲にしたのは、”自分の未来”という名の雛。

 それを糧にして。
 強くなって。
 
 そしてまた、背負うつもりなのだ。
 かつてした様に。
 もう一度、カッコウの雛を背負うつもりなのだ。
 
 ―背負って、くれるのだ―

 ・・・限界だった。
 喉の奥から出てくる嗚咽を、もう抑える事が出来ない。
 声を殺して泣くあたしの手を、おばさんは優しく撫でてくれた。
 あたしが泣き止むまで、いつまでもいつまでも、優しく撫でてくれた。

 カッコー カッコー カッコー

 遠くで、カッコウが鳴いていた。


                                              続く
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