はい、「半分の月がのぼる空」二次創作連載再開です。
お待ちくださっていた方々、本当に申し訳ありませんでした。
とりあえずこの話が終わるまでは大丈夫だと思いますので・・・。
また途切れる事もあるかもしれませんが、そん時は生暖かい目で見守っていただければ幸いです。
それでは、どうぞ。
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―郭公―
カッコウ(郭公)
鳥綱カッコウ目カッコウ科に属する鳥。
ユーラシア大陸とアフリカで広く繁殖する。日本では夏鳥として5月頃飛来する。
名前はオスの鳴き声に由来。
主に昆虫や節足動物を食べ、特に毛虫を好む。
オオヨシキリやホオジロ、モズ、オナガ等他種の鳥に「托卵」をする事で有名。
これには諸説あるが、本種が鳥類であるにも関わらず、体温保持能力が低く、外気温や運動の有無によって体温が大きく変動するため、自身による抱卵では安定した保温が難しい事に由来するという説が有力である。
―1―
「ごめんなさいね。裕一、すぐに帰ってくると思うから。」
おばさんは、お茶の用意をしながらそんな事を言った。
「あ、お構いなく。」
そんな社交辞令的な言葉を返しながら、あたしは居間の卓袱台の前に座っていた。
今日は5月の日曜日。
穏やかな日差しに誘われて、あたしはふらりと散歩に出た。特に目的があった訳でもないけど足は自然と裕一の家へと向いていた。
“自然と”などと言うあたり、自分でも大概だと思う。でも、それで構わない。あたしは誓った。命をかけて彼のものになると。そして、彼も誓ってくれた。命をかけてあたしのものになると。だから、これでいい。彼とあたしは、一つなのだから。
その時、
カッコー カッコー カッコー
その声が聞こえてきた。
まるで、あたしのそんな想いを揶揄する様に。
カッコー カッコー カッコー
あたしは聞こえないふりをして、少しだけ、歩く足を早くした。
裕一は留守だった。
出迎えてくれたのは、裕一のお母さんだ。
曰く、裕一は近くの電器屋さんまで何かカメラの用品を買いに行ったらしい。
どういう了見なのだろう。あたしが尋ねてきたのに、留守にしているとは。確かに事前に連絡とかはしていなかったけれど、そんな事は関係ない。あたしが尋ねてきたというのに、いなかったという事が重要なのだ。今度会った時には、どういうつもりなのか小一時間問い詰めよう。
とにかく、いない事には仕方ない。あたしが失礼しようとすると、
「直ぐに帰ってくると思うから、上がって待っていなさい。」
と、おばさんが言ってきた。
そして半ば強引に居間に上げられ、今にいたると言う訳だ。
「ふんふん、ふん、ふ〜ん♪」
お茶の準備をしているおばさんは、妙に楽しそうだ。足でリズムを取りながら、鼻歌など歌っている。
反対に、あたしは言いようのない居心地の悪さを感じていた。
おばさんとは初対面ではないけれど、あたし達の間にはいつも裕一がいた。一対一で差し向かうのは初めてだ。一体、何を話したらいいものか。あたしが思い悩んでいると、
「お待ちどうさま♪」
そんな声とともに、お盆に二人分のお茶とお茶菓子をもったおばさんが戻ってきた。
あたしの前にお茶とお茶菓子を置くと、卓袱台を挟んで差し向かいに座る。
「どうぞ。」
「あ、い、いただきます。」
そう答えて、お茶をすする。少し熱い。ほろ苦い味が、口の中に広がる。
「お菓子も食べてね。」
「は、はい。」
お茶菓子は赤福だった。あたしの好物ではあるけれど、今は手を伸ばす気にならない。ただ、黙ってお茶をすする。おばさんもすする。
話す話題が見つからない。あたしが困っていると、
「ねぇ、里香さん。」
そんなあたしに助け舟を出す様に、おばさんが話しかけてきた。けれど―
「家の馬鹿息子の、何処がそんなに気に入ったの?」
なんて事を訊いて来た。そんな質問、答え様がない。
あたしは「え、その・・・」と言ったきり、また黙り込んでしまった。
多分、真っ赤な顔をしているであろうあたしを見て、おばさんは楽しそうにフフッと笑った。
と、その時―
カッコー カッコー カッコー
また、あの声が聞こえてきた。
「あら、カッコウ。」
おばさんが言った。
「もうそんな季節なのねぇ・・・。」
窓の方を見て、しみじみとそう言いながらお茶をすする。
その季節の到来を告げる声を楽しむ様な態に、あたしの口からふと言葉が漏れた。
「お好きなんですか?カッコウ。」
突然あたしから話しかけられた事に、一瞬驚いた顔をしながらも嬉しそうに「そうねぇ。」などと返して来る。
「どちらかと言ったら、好きね。あの声が聞こえると、ああ、春だなぁとか、もうすぐ夏なんだなぁって思えるし。」
そんなおばさんの言葉に、あたしは持っていた湯飲みを置き、呟く様に言った。
「あたしは、嫌いです。」
それを聞いたおばさんが、不思議そうに目を丸くする。
「あら、どうして?」
「嫌いなんです。あの声っていうか、カッコウそのものが。」
自分は何を話そうとしているのだろう。自分で自分に疑問符を浮かべながら、あたしの口は止まらなかった。
「知ってますか?カッコウって、「托卵」をするんです。」
おばさんはあたしの言葉にしばし考える様な顔をした後、「ああ」と言った。
「あれね。他所の鳥の巣に、自分の卵を産んでいくっていう・・・。この間テレビでやってたわ。」
あたしは「はい。」と答えて、そのまま続けた。
「じゃあ、その産み込まれた卵から孵った雛が、何をするかも知ってますか?」
「ええと、確か・・・」
「仮親の卵を・・・本当の子供達を、巣の外へ放り出して殺しちゃうんです。」
おばさんが答えるよりも早く、あたしはその答えを言っていた。
―2―
―「托卵」―
鳥類や魚類の一部に見られる、繁殖行動の一つ。
自分の卵を他種の巣へと産み込み、その世話を他の個体に托する習性のこと。
鳥の中では、カッコウの仲間がそれを行う事でよく知られている。
この場合、産み込まれた卵は仮親のそれよりも早く孵化し、それらを全て巣の外に捨て去る事で、給餌等の仮親の世話を独占する。
「それだけやって、最後は仮親を残して飛んでっちゃうんです。」
静かな居間の中に、あたしの声が淡々と響く。
「酷いですよね。」
自分の声音が、酷く冷めているのが分かった。
「こんな事、許されないですよね。」
何であたしはこんな話をしているんだろう。
「自分の為に、仮親の子供を奪うなんて。」
何でこんな話を、よりにもよってこの女(ひと)に。
「自分の為に、その子供の未来を奪うなんて。」
この女(ひと)に、しているんだろう。
「こんな酷い事、ないです。だから・・・」
そこまで言って、あたしは持っていたお茶に口をつけた。
とっくに冷めてしまったそれを、飲み下す。
冷たい感触が喉を通るのを感じながら、あたしはホッと息をついた。
ふと見ると、おばさんが黙ってあたしを見ていた。
ジッと、見つめていた。
その瞳を見た時、何かがストンと胸に収まった。
・・・ああ、そうか。
何で自分がこんな話をしているのか。
何でこんな話をこの女(ひと)にしているのか。
ようやく、合点がいった。
だから、あたしは言った。
その女(ひと)に向かって。
その女(ひと)の瞳を、真っ直ぐに見つめて。
そして何より、自分の心に向かって。
「許されちゃ、いけないんです。」
・・・言った言葉は、違う事なくあたし自身の心を抉った。
「・・・。」
「・・・。」
再び下りる沈黙。
その沈黙は、先のそれよりも重い。
あたしもおばさんも、何も言わない。
カッコー カッコー カッコー
何処かで、またカッコウが鳴いた。
その声は、静かな居間の中で妙に大きく聞こえた。
そう。あたしはカッコウなのだ。
この女(ひと)の息子を奪って。
その息子の未来を奪って。
そして最後には、自分だけいなくなってしまう。
何もかもなくした、この人達だけを残して。
カッコー カッコー カッコー
カッコウの声が響く。
どんなに責められても。
どんなに憎まれても。
カッコウはその生き方を変えない。
変えられない。
それは、あたしも同じ。
それが、どんなにこの女(ひと)を傷つける事になったとしても。
それが、どんなに空虚な人生を”彼”に強いる事になったとしても。
あたしは、彼を求める事を止めない。
止められない。
あたしはカッコウ。
傲慢で、醜悪な略奪者。
あたしはきっと、この女(ひと)に許してはもらえない。
いや、許してもらうべきではない。
・・・あたしは黙ったまま、空になった湯飲みを置いた。
続く
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