2019年05月13日
哲学と科学の人間から見た違い!哲学(一般教養リポート)
哲学と科学の人間から見た違い!哲学(一般教養リポート)
人間という生き物は常に考え、あらゆるものに疑問を持つ動物である。そのことによって人間が地球上において食物連鎖の頂点に立ち現在の文明を作り上げた原動力になったと思われる。考えて見れば、僕自身子供の時、親に素朴な疑問をぶつけて困らしていた。
例えば、宇宙って何、UFOや宇宙人は本当にいるの、幽霊って何、空はなんで浮いているの、川ってどうやってできるの、男女になんで分かれているの。
自然、今考えただけでも疑問だらけであった。まさにこの世は不思議なことだらけである。だが、年をとるたびに、疑問を感じなくなった。いや、分からないことは考えないようになった。考えても分からないからである。答えがでないことは疲れるからあまりかんがえなくなった。
哲学や科学はまさにこの疑問から発生した学問といえるだろう。この世の中、宇宙の神秘のなぞを解く学問である。
しかし、僕自身この哲学を勉強する前は哲学と科学が同じ問いから発生した学問だとは思わなかった。哲学のイメージとして人間とは、なにかというようなイメージ、ようするに、あまりよく分からない学問、それに対して科学は数式が中心の数学的なイメージであった。まさに、論述的な学問と数学的な学問である。この2つの学問は方向性が途中から変わったようである。
最初は同じであったと思われる。例えば古代ギリシアのアリストテレスなどの有名な哲学者達、しかし、アリストテレスは科学の父とも言われ、その他の哲学者達も科学史では非常に有名である。この時代は哲学者兼科学者であると言えるだろう。
ここで疑問がある。なんでこの宇宙のなぞを考える学問が二つに分かれたかである。途中でその問、疑問に対して解明する方向が変化した。
まず、私の疑問であったことから考えると、光はなぜガラスや障子などを貫通して外に行くことができるかである。音と同じなのか、はたまた、幽霊のようなものなのか、すごく疑問であった。
しかし、この問は物理の勉強をした時なんとなくだがわかった。それは、光は波動性と粒子性を持っていること、トンネル効果なるものの存在、なにが起こるかわからないミクロの世界のこと、これらを自分なりに考え、ある程度ではあるがなんとなく、光が物を貫通する原因が自分の中で解明された。
また、これらの現象を数式に表すことができることも知った。これが科学である。しかし、どのようには分かったが、なぜこのようになるのかが不明である。なんで光は波動でもあり、粒子でも有るのか、そもそも粒子って何、波動って何なの、なんで物体の構造は電子と原子からできているの、電子って何、原子って何なの、掘り下げて疑問を追求すると、どんどん疑問がでてくる。疑問を究極まで考えるのが哲学である。
もう1つ例をあげると、たとえば、宇宙とはなにか、科学では、宇宙の構成物質は電子や原子などの小さい微粒子で構成される。そこにはもともと、人間が勝手に決めた価値観である、時間、力、位置、などの概念がないと考える。これを前提としていろいろな法則や物質の構成、結合、反応、自然などを観察や実験、理論をもとに研究をすすめていくのが科学である。あくまで、事実を元に考える学問である。
言いかえるなら答えを出そうとする学問。始めにあった人間の疑問、宇宙はなにかと言う問が宇宙とはどのようなものか、にすりかわっているのが分かる。そして、人間はどのようなものなのかで納得してしまうのである。
しかし、よく考えてみれば、純粋な疑問はなぜである。なぜ宇宙は存在するか、宇宙は何、なぜ存在するの、と言う問が忘れられている。哲学は究極の理由なぜや有るものや存在するものの根源の問いを考えるのである。しかし、答えはでない。考える行為そのものが哲学である。
次に、人間の思考である。私自身物心ついた頃からすごい疑問があった。それは、意識である。意識は自分だけが持っているのではないか、なんで自分は考えるのだろか、そして、最近思うのは実は自分自身ただのプログラムじゃないかとか。このような人間の思う、行う、有るなどの感情、自我は何なのか、科学で考えるならまだ、完全には解明されてはいないが、答えは近い将来にでるだろう。
例えば脳細胞の有る部分に記憶をつかさどる細胞があって、というふうに解明されるであろうが、しかし、根本的な問題の解決にはなっていない。なぜ人間は考える。なぜ記憶する。人間って何、思考はなに、というふうに無限に疑問が広がって、ついにはなんでこんなこと考えるかとかというふうに、もう、理解できなくなる。これが哲学である。
人間は答えを求めてしまう生き物なのかも知れない。だから、現在答えがでる科学の異常な進歩を引き起こし、哲学がついていけなくなるという現象を引き起こしたのではないだろうか。しかし、僕は思う。この世に答えなんてない。答えのでない哲学こそ、これからの学問の主流になるべきだ。
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