京都市東山区にあるこの神社は、明治維新の実現のめに
犠牲になった幕末の志士たちを祀るために建立された神社です
神社の隣には、霊山墓地があり薩摩藩・長州藩・土佐藩の
尊王攘夷派の多くの志士たちの墓や慰霊碑が並んでいます
中でも幕末の英雄、近江屋事件で暗殺された坂本龍馬が
ともに暗殺された同じ土佐藩の盟友、中岡慎太郎とともに眠っています
ここにあるほとんどのお墓は慰霊碑で、遺骨は埋葬されていないのですが
龍馬と中岡の二人の遺骨はここに埋葬されています
墓のすぐそばには龍馬と中岡の二人の銅像が、まるで京都の街を
見守っているかのように建てられておりました
そこから歩いてすぐのところに、パール博士の顕彰碑があります
ラダ・ビノード・パール博士はインドの署名な国際法学者
1946〜1948年極東国際軍事裁判のインド代表判事
博士は連合国側の判事でありながら、この裁判の違法性を証明し
日本側被告全員の無罪を判決しました
博士の正論と勇気ある平和への叫びかけは日本とインドの
友好と親善の礎となっています
(碑文のまま)
パール博士の言葉
「私が日本に同情ある判決を行なったと考えるならば、それはとんでもない誤解である
私は日本の同情者として判決したものでもなく、西欧を憎んで判決したのでもない
真実を真実と認め、これに対する私の信ずる正しき法を適用したにすぎない
それ以上のものでも、また、それ以下のものでもない」
パール博士の顕彰碑が建立されたこの場所は
大東亜戦争の英霊鎮まる聖域でもあったのです