歴史好きの親戚一行と本能寺に行ってきました
本能寺は
1415年に日隆上人(にちりゅうしょうにん)によって建立されました
当初は本応寺と称していましたが、1433年に六角大宮という場所に
移転した際に本能寺になりました
火の災いが続いた本能寺
1536年に起きた比叡山延暦寺の衆徒による
天文法華の乱によって焼かれ、一時的に堺に移転
その後、1545年に油小路蛸薬師(あぶらのこうじたこやくし)に戻し
広大な敷地を持つ大寺院となります
織田信長の仮宿であった本能寺は、1582年明智光秀による
謀反(本能寺の変)により寺院の伽藍と周辺の宿坊などはすべて焼失
1587年に豊臣秀吉によって現在地へと移され
江戸時代には多くの末寺を抱える法華宗本門流の大本山として繁栄したのですが
1787年に大火でまたもや全焼
さらに、1864年には長州軍による薩摩屋敷砲撃により、伽藍は再び焼失
1928年(昭和3年)に本堂が再興され、現在に至ります
本能寺の「能」の字
「ヒ」が2つではなく「去」となっています
火災を嫌い、ヒ=火につながるため
本能寺の能はすべて䏻と書かれています
「火」を消し「去」るということらしいです
それだけ火による災いが多かったということなんでしょう
タグ:本能寺