固定的ではなく流動的なものと考えると分かりやすいでしょう。
日々刻々、生命状態は変化しますが、いかようにも変化するということです。
ずっと一緒の状態ではありえないということです。
日蓮は、「観心本尊抄」において、それぞれの界が十界を具えていることを「法華経」を通して明らかにしています。
@ 地獄界「提婆達多乃至天王如来」(提婆達多品)
A 餓鬼界「一を藍婆と名け乃至汝等但能く法華の名を護持する者は福量るべからず」(陀羅尼品)
B 畜生界「竜女乃至成等正覚」(提婆達多品)
C 修羅界「婆稚阿修羅王乃至一偈一句を聞いて・阿耨多羅三藐三菩提を得べし」(法師品)(序品)
D 人界「若し人仏の為の故に乃至皆已に仏道を成ず」(方便品)
E 天界「大梵天王乃至我等も亦是くの如く・必ず当に作仏することを得べし」(譬喩品)
F 声聞界「舎利弗乃至華光如来」(譬喩品)
G 縁覚界「其の縁覚を求むる者・比丘比丘尼乃至合掌し敬心を以て具足の道を聞かんと欲す」(方便品)
H 菩薩界「地涌千界乃至真浄大法」(神力品)
I 仏界「或説己身或説他身」(寿量品)
十界互具の勘所は、どの界の状態であっても「仏界」に繋がっていることを強調することにあります。
しかし、このことは、どの界の状態であっても「地獄界」に繋がっていることでもあります。
注意しなければなりません。
変化変化の連続の中で自身のあり様を如何にするか。
固定的に物事を考えずにフレキシブルに物事に対処していきたいですね。
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