又舎利弗よ 憍慢懈怠 我見を計する者には 此の経を説くこと莫れ 凡夫は浅識にして 深く五欲に著し 聞くとも解すること能わざれば 亦為に説くこと勿れ
創価学会教学部編. 妙法蓮華経並開結 (Kindle の位置No.24742-24749). 創価学会. Kindle 版.
法華経譬喩品第三の文です。
思い上がったり、怠け者であったり、自分勝手な考え方したり、浅い知識しかない者であったり、欲望まみれであったり、人の話を聞いても理解できない者であったり、このような人々には、法を説いてはならないと訓示しています。
仏教信仰者としては、この文は重要ですね。辺り構わず説き散らかしても、法は広がりません。当たり前のことですね。
しかし、逆に、上記のとおり、思い上がり、怠け者であり、自分勝手で知識が薄く、煩悩まみれで人の話が理解できない者は、誰彼構わず法を説き、周りの人々の迷惑になり、悪影響を及ぼします。
このため、上記のような人間に法を説いてはならないと言っているのかもしれません。
また、広げて考えれば、上記のような人間とは付き合ってはならないですね。まさに、法華経は、付き合ってはならない人間の特徴を教えてくれています。当然、付き合ってはいけないわけですから、法を説くこともありません。
法を説くなということは、付き合うなということなのですね。
自分自身の境涯を上げるためには、境涯を下げるような上記の人々を避ける必要があります。
人生の時間には限りがあります。法華経が指摘する上記の悪人らを相手にする暇はありません。自分の身近にいる家族をはじめ、お付き合いすべき人を大切にすることです。間違っても上記の悪人らに時間を費やしてはなりません。
このように書くのは、上記の悪人らに時間を費やしてきた反省があるからですね。若いときは分からないものです。法華経も部分的にしか読まず、全部読まないと、上記の悪人らがまとわりついてきも、悪人と気付かないのですね。やはり、法華経は全部読むべきです。方便品、如来寿量品は読んでも、譬喩品は読まないということがありますからね。
自分自身も上記の悪人らの特徴がありますので、思い上がらず、怠け者にならず、自分勝手にものを考えず、深い知識を求め、欲望をコントロールし、人の話を正しく理解するよう努めなければなりません。
そうすることによって、境涯を上げ、法華経の説くとおりの幸せな人生を歩むことですね。