仏教をならはん者父母・師匠・国恩をわするべしや、此の大恩をほうぜんには必ず仏法をならひきはめ智者とならで叶うべきか
報恩抄 293頁
仏教信仰をする上で、父と母、そして、師匠ですから、さまざまな事柄を教えてくれた人々、また、国恩ですから、ありとあらゆる人々に対する恩を報じることが大切です。
ただ単に恩を報じればよいかというと、そう簡単でもないようです。
「父母・師匠・国恩」の恩は、「大恩」というぐらいですから、相当なものが要求されます。
日蓮の指摘によると、仏法を極めよ、と言うのですね。そして、智者であれ、と言います。
仏法を極める途中で寿命が来てしまうと思いますが、とにかく、極めよ、ということです。
通常であれば、間に合いませんね。八万法蔵をすべて読むことすら無理でしょう。
とすれば、絞りをかけるしかありません。
日蓮仏法を基軸にしているわけですから、御書と法華経とを極めるということになります。
御書と法華経とだけでも、なかなかの分量であり、法門の内容も非常に深い。
しかし、「大恩」を報ずるには、御書と法華経とを極め、智者となることが絶対条件ですから、やるしかないわけですね。
日々、御書を拝し、法華経を読む中で、自身の信仰を透徹させ、「大恩」を報じていきたいものです。