本は、読むものですが、いつしか、収集するものになってしまうことがあります。
なんでもかんでもコピーを取る人がいますが、そのコピーしたものを活用していません。
つまり、コピーをして安心したいということなのでしょう。
コピーした内容は、結局、どうでもいいようです。
それと同様に、本もとりあえず買う人がいます。
いずれ読むだろうということで購入するわけですね。
それも、さまざまな分野のさまざまな本を購入して、本棚に並べ、その本棚を見ながら悦に入っています。
以前の私もこのような感じでしたね。
しかし、ほとんどの本を読んでいないという当たり前のことに、ふっと気付くのですね。
その時、「私は何をしているのだろう?」と思ったものです。
本棚に並ぶ背表紙を眺め、何が面白いのか。
冷静に考えると愚か者の所業です。
早速、読まない本をブックオフに売り、売り物にならない本は、資源ごみで出しました。
必要な本だけを残しましたが、何らの問題点も発生しません。
まだまだ、その必要と判断した本も厳選すべきではないかと考えているほどです。
では、処分した本を改めて読みたいと思ったときはどうするかという疑問が出てくると思います。
その場合、図書館から借ります。
必要な個所だけ読み、返却します。
不思議なもので、借りたものは返却期限があるので、読むものですね。
もし、購入して自分のものにしてしまうと、本棚の飾りになり、読むことはないかもしれません。
本を所有しなくても、何の問題もありません。
図書館が自分の蔵書と考えておけばよいでしょう。
結局、聖典類、辞書類、教材などを所有していればよく、その他の本は、だいたい図書館にあります。
やはり、本は読むべきもので、飾るものではありませんね。
「生活の質を高めるということを考えると、いちばん確実で、手っとり早い方法は、本を読むことなんですね。本を読み始めると、どうしても音楽とか絵とか、彫刻とか演劇とか、人間がこれまで作り上げてきた文化のひろがり、蓄積に触れざるを得ない」(井上ひさし『本の運命』文藝春秋 186頁)
本を所有することが生活の質を高めるのではなく、本を読むことが生活の質を高めるということですね。
当たり前のことですが、所有欲まみれになると分からなくなるものです。
今後も本を所有することにはあまり気を使わず、本を読むことに気を使っていきたいと思います。
※ 本は、以下のとおり、文庫版でご紹介しています。