日如御前という女性信徒に宛てた日蓮の消息文にヒントがありましたので、みてみましょう。
「相構え相構えてとわりを我が家へよせたくもなき様に謗法の者をせかせ給うべし、悪知識を捨てて善友に親近せよとは是なり」(『日蓮大聖人御書全集』1244頁)
ここで悪い人間を表す言葉が3つ出てきます。
「とわり」
遊女のことらしいですが、女性に限らず平和な家庭に混乱をもたらす邪悪な人間と考えておけばよいでしょう。
「謗法の者」
謗法とは、誹謗正法のことで、真理を正しくあらわした法(正法)をけなすことやそしること(誹謗)をいいます。
物事を正しく見ることができない根性がひん曲がった人間ということですね。
「悪知識」
知識とは、中国古典では知人・知り合いの意味だそうで、仏教においては、通常、知識といえば善知識をいいます。
善き信仰仲間ということですね。
悪知識はその反対ということです。
善き信仰仲間の邪魔をし、人々を不幸に陥れようとする悪い奴と考えればよいですね。
このような「とわり」「謗法の者」「悪知識」への対処法も3つあります。
「寄せ付けない」
よせたくもなき様に、ということですから、とにかく、近づけない、近寄らせないということですね。
「防ぐ」
せかせ給うべし、ということで、防ぐということですね。
防衛という次元、所謂、安全保障の観点をも動員して防ぐということを考えておくべきなのかもしれません。
「捨てる」
寄せ付けないようにしても、防ごうとしても、悪い人間は近寄ってきます。
最終的には、捨てておくことですね。
日蓮は、法華経譬喩品の文を通しながら、善友(善知識)とは親しく交わっていきなさいと言っています。
ここで法華経譬喩品の文を確認してみましょう。
「又、舎利弗よ、若し人有って、
悪知識を捨てて、善友に親近するを見ん
是の如き人に、乃ち為に説くべし」
Burton Watson 氏の英訳もあるようですから、確認してみましょう。
Again, Shariputra,
if you see a person
who thrusts aside evil friends
and associates with good companions,
then to a person such as this
it is permissible to preach it.
(The Lotus Sutra and Its Opening and Closing Sutras p.114)
悪い人間は、一見するところ分かりませんが、よくよく観察すると悪い人間と分かるものです。
しっかりと観察したいですね。
また、自分自身が善知識、善友という人間になるべく精進しながら、善知識、善友と親しくしていきたいものです。
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