2011年03月15日投稿。
※投稿時より過去の作品です
※大学時代初期に運営していたサイト「ゆづきあかつき」に載せていた作品です
目の前に誰もいなくなった後、するっ、トンッ、ぱちゃり、音を立てて鎌が落ちた。無意識のうちに力は抜け、ただ視界には、黒光りする紅がある。
あれは誰だっただろう。
昔、視界に入れた気がする。それだけの、もの。
それは誰だっただろう。
昔、触れ合った記憶がある。もう確かに覚えていない、あの肌の感触。
これは、誰だっただろう。
昔、抱きしめた覚えがある。柔らかくて、ふんわりしていて、確かな熱が、そこに、そこに存在して……、
吐き気がする。
嫌悪で身体の髄が砕けるかとすら思った。柔らかな感触に、背筋が粟立った。女の異常な体温が、自分という人間の異常を告げていた。
僕は、狂っている――。
それでも肉体を抱きしめたくて、
硬質の人形など所詮玩具に過ぎない。そう思いながら、体温の異常な上昇から逃れるためにそれを抱いた。
逃げた。
逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて、逃げきれなくて、ゆっくり得物を振りかざす。
それなら、彼女の温もりを奪えばいい。
突き出したのは、二人を繋ぐナイフ。溢れ出したのは、二人を裂く温もり。
嗚呼、熱い……。
逃れたかった熱を全身に浴びながら、冷たくなってゆく肉体に手を添える。
柔らかい、まだ……。
今なら、触れられる気がした。そう、硬くなってしまうまえに。触れられる、気がした。
そう思った瞬間、一気に全身の熱が上がったのを感じた。
欲しい。躰が、欲しい。
がっ、と肉体を仰向けにし、脚を開くところまで開いてしまう。途中、ぼきりっ、音がしたけど気にはしない。
はやく、はやく欲しい。
熱を失ってきた孔の中へ、その穴をこじ開けるように中へと突き上げた。
どくんっ、
鼓動が、弾けた。
吐き気は、なかった。
これが、求めているものだと、気付いてしまった。
嗚呼、僕は、狂っている――。
でも、そうすることが、一番の悦びだと、気付いてしまった。気付いてしまったから……。
ねぇ、誰か、僕に正常な感覚をおくれよ……。
嘆きに似た声は、もう、誰にも届かない。
だって、もう、
君は死んでしまったんだからね……。
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