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2014年04月02日

★《僕の経験的な提案》→こうすれば「親子関係」はやり直せる!→「子育ては」やり直せる!

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★子どもの心を捉えているものが
 ゆっくりと動き出し
 言葉に転換され
 外に出てくる
 その長い、長い過程を
 共にできるだけの器量が
 僕にあるか?


 子どもの隣で、いっしょに困ってやる。
 子どもの心をとらえているものがゆっくりと動きだし、ことばになる長い長い過程を共にする、その覚悟があるか?

★子どもへの接し方(指導)が、(上の図の)【A>B>C】と、ピラミッド形になっているかどうか?
 「常に点検しよう!」
 と、ここ、10年くらい、僕は、僕自身に、いつも、いつも、言いきかせている。
 これがなかなかむずかしい。
 先日の朝も――その1年の女子生徒と僕のあいだには「A」の層も「B」の層も形成されていない……いきなり「C」(僕の考えをぶっつける)は効果がないとわかっているのに――頭髪(触角ヘアー)のことでカミナリのように叱ってしまった。

★もう一度、このカウンセリングの【A>B>C】について確認しよう。

 【C】=子どもに対して自分(親&教師)の考えを打ち出す。
 「お母さんはこう考えるよ」
 「お母さんはこうしてほしいんだよ」

 【B】=子どもの味方になる。
 「存在に気づいてやる」
 「いい点をともに喜び感激する(←どこかの外国人みたいに*^_^*! 日本人はこれが徹底的にヘタ)」
 「つねに励ましつづける(←日本人はこれも徹底的にヘタ)」

 【A】=子どもと一体になる
 「子どもの世界を子どもの目でいっしょに見る(隣に黙ってゆったりといるだけでいい)」
 「そうか、そうか……と、まず受け入れる」

(1)くりかえしになるが、いきなり「C」とか、あるいは「C」だけというのは、ほとんど効果がない。
 その子どもと自分(親&教師)とのあいだに、Aの部分・Bの部分が形成されているかどうかを、まず、チェックしよう。

 僕の恥ずかしい体験だが
 ――「僕はCだけでやる。」
 ――「ベタベタするのはキライだ。」
 ――「僕は毅然とやる。」
 と、いい気になっていた時期がある。
 哀しいことだが、それは、けっして短い期間ではなかった。
 僕の教育思想が未熟だったのだ。
 Aの部分・Bの部分についての認識がまったくなかった。
 それでも何とかやれたのは――いや「やれた」とはとてもいえないのだが――他のベテラン教員が、僕の分まで、Aの部分・Bの部分を形成してくれていたからだ。
 そのことに気づくまでに、僕の場合、かなりの時間がかかった。

(2)昨年、1学期の始業式が始まる直前のことを僕は鮮明に記憶している。
 体育館で隊形づくりの指導をしている、安代Tが発した「まだ椅子の(高さの)調整ができていないので、座りにくいだろうが……」のことばに、僕はショックを受けた。
 これ(=「座りにくいだろう」)はAの部分だ(子どもの目でみる)。
 Bの部分だ(子どもの味方になる)。
 僕からはスッポリと抜け落ちていた。
 このA・Bのあと、安代Tは「C」=座るときの腰、手、足の位置を指導している。
 瞬時に、A>B>C……をやっているわけだ。
 高段の技だ。

(3)Aの部分・Bの部分では、極力アドバイスを避ける。
 僕たちはついついアドバイスに走る。
 そして、子どもと話し合ったと思っている。
 しかし、子どもにしてみれば「なにも聞いてくれなかった」という思いだけが残る。
 話を聞いてやり、聴いてやり……聴いてやり、聞いてやり……いっしょに困ってやる。
 ただ困ってやる。
 それだけでいい。
 Cは不要!
 いっしょに困る過程(時間)を大事にしよう。
 これが親の役目だ。
 これが教師の役目だ。
 どうしてもという場合、最後の最後に、いくつか例示し、子どもに選択させる。

 中学という時期の、子どもの心の底にある気持ちは、(本人にとっても、他の人にとっても)容易に言語に転換できるものではない。

 中学生の心を捉えているものが、あるいは心に充満しているものが、ゆっくりと動き出し、言葉に転換され、外に出てくる、長い、長い過程を共にできるだけの、器量を自分がもっているのか?と、たえず自身に問いつづけよう。

 ああ、わたしは子どもとの関係が崩れている……と感じたら――
 ガッカリする必要はない。
 即、【B】(=子どもの味方になる)の段階にもどり、【B】の層をぶ厚くすればいい。
 あるいは【A】(=子どもと一体になる)にもどり【A】の層をぶ厚くすればいい。
 【もどる】勇気と決断力があれば、子育ては何度でもやり直せる。

 ただ、ひとつ、心したいのは、教師と親は違う。
 教師は親ではない……ということだ。
 姉でも、兄でも、先輩でも、友人でもない。
 1年間限定の教科担任だ。
 あるいは、1年間限定の学級担任だ。
 この「わきまえ」が必要だ。
 いい気になると――すなわち、親の代わりなどと思うと――かならず落とし穴に堕ちる。

(4)ノンバーバルコミュニケーション。
 子どもは、話の内容もそうだが、親や教師のしぐさ、表情、姿勢、態度、語調、雰囲気と「対話」している。
 口では「うるえェ〜」と反抗しながら、よく見ている。
 聞き耳を立てて、よく聞いている。
 だから、このノンバーバルコミュニケーションを軽く考えてはいけない。
 先輩から「教師は絶対に腕組みをするな」と注意を受けたが、このことを言っているのだろう。
 「切れる姿」を見せるなどもってのほかだ。
 「切れることば」もそうだ。
 これは人としての倫理に反する。

(5)個人面談で鍛える(←教師限定の話として)
 個人面談やチャンス相談は、奥が深い。
 そして、これが【教育の出発点】だ。
 ずっと以前、Dr.海原純子さんと、仕事で打ち合わせする機会があった。
 ほとんど、もう、向かい合った瞬間だった――彼女が一言二言話した。
 ただ、それだけなのに、僕の身体からこわばりが溶けた。
 これっていったいなんなんだろう?
 スゴイ!と思った。
 同時に、僕も相手にそんなふうに感じさせるように修業したい思った。
 カウンセリング理論を学びながら、僕たちは「個人面談」をやって、やって、やり通して、中学生の心を捉えているものがゆっくりと動き出し、言葉に転換され外に出てくる長い過程を共にできるだけの、器量をゲットしたい。
 その力を、徐々に学級や学年という全体に応用する。
 「個人面談」ができないと、教師は、全体には語れない。


さらにリアルな情報は小高進の公式ホームページへ
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