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2024年09月16日

伏見康治
9/16改訂【原子力三原則|対象の美・折り紙を考えた物理学者|国会議員】

こんにちは。コウジです。
伏見康治の原稿を改訂します。


今回の改定点はリンク切れ情報の改定です。
ご覧ください。(以下原稿)


紋様の科学【伏見康治著】
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【1909年6月29日 〜 2008年5月8日】



伏見先生の多彩な活躍


伏見康治は愛知県名古屋市に生まれます。そして東京で育ちます。
何だか一般サラリーマン家庭の生まれ育ちを想像してしまいます。
伏見先生は20世紀の生まれの人ですから、それはそれで納得です。


ただし、その後の動きが活発です。
東大の 理物を卒業し東大で助手を務めた後に、
新設された阪大に着任して1934年には理学部長を務めます。


更には1936年には年には名古屋大学プラズマ研究所の新設に伴い、
所長として就任しています。結果として
二つの旧制大学の名誉教授を務める事となります。


併せて1952年からは日本学術会議会長、
1958年から6年間は公明党所属の参議院議員として科学者の立場で政策に関わっています。


以下では国会議員も勤めた「伏見先生」について語っていきたいと思います。
「先生お願いします!」って感じです。



一貫した科学者サイドの見識


科学者として伏見先生は
「原子力の平和利用」を推進し、大きな役割を果たしました。
日本における原子力の研究がとても大事であると認識しています。
被爆国である日本独自の視点から平和利用を考えていました。
具体的に「原子力三原則」でまとめています。


「自主、民主、公開」の三原則を起草して茅誠司と連名で
伏見先生は「茅・伏見の原子力三原則」を考えています。



対称の美


物理学を研究・体感する中で伏見先生は
「対称の美」に対する美学を持っていました。
特に、その数式的な表現と万人受けする印象に着目しています。


例えば自分の子供が幾何学模様に対して関心を抱いたら、
そこを掘り下げて「どこまで習ったの?」とか
「何で学校で教えないんだろう?」とか色々な視点で
議論していったのです。1960年代には「紋様の科学」としてまとめています。



水素エネルギーの推進


朝日新聞が水素エネルギー開発の全面的にバックアップを表明したタイミングで、
伏見先生は原子力開発に関わっていきます。


1952年に朝日新聞の木村部長(科学部の部長)から声をかけられたことがきっかけです。


伏見先生は2月に朝日講堂で開催された公開講演会で講師として
「核融合の現状と問題点」と題して講演しました。


その時の御縁と元来、伏見先生が水素エネルギーを支持していたこともあり
次世代燃料として水素を勧めておられました。
クリーンなエネルギーだと考えていたのです。




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以上、間違い・ご意見は
以下アドレスまでお願いします。
問題点に対しては
適時、返信・改定をします。


nowkouji226@gmail.com


2023/04/02‗初稿投稿
2024/09/16‗改訂投稿


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舞台別のご紹介へ
時代別(順)のご紹介
力学関係
電磁気関係
熱統計関連のご紹介
量子力学関係


AIでの考察(参考)


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(2023年4月時点での対応英訳)


Dr.Fushimi's Diverse Activities


Koji Fushimi was born in Nagoya, Aichi Prefecture. And he grows up in Tokyo.
I somehow imagine that he was born and raised in an ordinary office worker family.
Fushimi-sensei was born in the 20th century, so that makes sense.


However, there has been a lot of activity since then.
After graduating from the University of Tokyo with a degree in physics and working as an assistant at the University of Tokyo,
He joined the newly established Osaka University and in 1934 he became the Dean of the Faculty of Science.


In 1936, he assumed the post of Director of the newly established Nagoya University Plasma Research Institute. as a result
He will serve as an emeritus professor at two old-system universities.


He also served as president of the Science Council of Japan from 1952.
For six years from 1958, he was involved in policy as a member of the House of Councilors belonging to the New Komeito Party from the standpoint of a scientist.


Below, I would like to talk about Mr. Fushimi, who also served as a Diet member.
It's like, "Teacher, please!"


Consistent Scientist Insight


Professor Fushimi played a major role in promoting the "peaceful use of nuclear energy." He recognizes that nuclear research in Japan is very important. He was thinking about peaceful uses from the unique perspective of Japan, a country that suffered atomic bombings. He specifically sums it up in the "Three Principles of Atomic Energy."


He drafted the three principles of "independence, democracy, and openness", and jointly with Seiji Kaya, he considered "three principles of nuclear power of Kaya and Fushimi".


beauty of symmetry


Fushimi-sensei had an aesthetic for "symmetrical beauty." In particular, he focuses on its mathematical expression and universal impression.


For example, if my child was interested in geometric patterns, I would delve into it and discuss things from various perspectives, such as "How much did you learn?" is. In the 1960s he summarized it as "The Science of Patterns".


Promotion of hydrogen energy


When the Asahi Shimbun announced its full support for hydrogen energy development, Professor Fushimi became involved in nuclear power development.


In 1952, he was approached by the head of the Asahi Shimbun,
Mr. Kimura (head of the science department).


In February, Prof. Fushimi gave a lecture titled "Current Status and Problems of
Nuclear Fusion" at a public lecture held at the Asahi Auditorium.


At that time, Dr. Fushimi originally supported hydrogen energy,
and he recommended hydrogen as a next-generation fuel.
He was clean energy, he thought.

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