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2019年05月09日
ドラッグに翻弄される脳G
最終的には、心の働きの脳内メカニズムについて述べていきます。
ドラッグに翻弄される脳G
辞めたいと思ってもやめられない依存症を引き起こし、再発しやすいのは
なぜだろう
実は薬物は脳の報酬系という神経回路を変えてしまう
しかもその変化は乱用を止めた後でも長期にわたって続くことがわかってきた
E. J. ネスラー(テキサス大学)/R. C. マレンカ(スタンフォード大学)
共通の治療法はあるのか
薬物依存症の生物学的基礎の理解が進んだあかつきには、こうした分子レベルの変化をもとに、薬物依存症を生化学的に治療する手がかりがつかめるだろう。
新しい治療法を望む声は強い。
薬物依存は単独でも身体的・心理学的ダメージをもたらすが、それだけではなく、他の様々な疾病を呼び寄せてしまう。
アルコール依存症患者は肝硬変になりやすいし、ヘロイン依存症患者は注射の回し打ちをするのでHIV(エイズ)を蔓延させていく。
米国では、薬物依存によるコスト(治療費や仕事ができなくなることに対する損失など)は年間3000億ドル(2019/5/8 6:45現在1ドル110.244円換算で33兆732億円)以上になると見積もられており、社会が直面する最も深刻な問題の1つとなっている(2019年日本一般会計101兆4564億円)。
依存症の定義を、常軌を逸脱した大食いやギャンブルのような脅迫的で病的な行動にまで広げると、そのコストはもっと高くなる。
コカインやチーズケーキ、ブラックジャックで勝つスリルなどの報酬刺激に対する依存行動を矯正できる治療法があるなら、それは社会に大きな利益をもたらすものになるだろう。
しかし今日の治療法では、ほとんどの依存症は治すことが極めて難しい。
薬物が標的にたどり着くのを防ぐ治療薬はあるが、患者の「依存脳」はそのままになっているから、薬物への強い欲求は残っており、これが問題になるのだ。
常習性薬物と似た作用を示す別の薬を与えて渇望感を抑え、最終的に依存から脱却させるという方法もあるが、これでは依存の対象が代用薬に置き換わっているに過ぎないと言える。
また、患者たちの自助グループで行われている有名な「12ステップ法」のように、薬などを用いない回復プログラムもあり、患者が手探りで依存症を克服するのを助けているが、それでも再発の割合は高い(12ステップ法は「自分は薬物(酒、ギャンブルなど)への欲求に対して無力であり、そのために人生が行き詰ってしまった」と認めることから始め、それまでにしてきたことや迷惑をかけた人のリストを作るなどして、自分を見つめ直すことで、依存症からの回復を図る)。
依存症のメカニズムが生物学的に分かりつつあるので、将来はきっと優れた治療法が見つかるだろう。
脳の報酬回路に対する薬物の長期的効果を抑えたり補ったりするような治療薬をデザインできるだろう。
側坐核のグルタミン酸受容体やドーパミン受容体に特異的に結合する薬剤や、CREBやΔFosBが標的遺伝子に作用しないようにする薬剤を作れば、薬物への依存性を弱められるだろう。
さらに、薬物依存症に陥りやすい人がいるということを認識しなくてはならない。
依存症は心理学的、社会的、環境的因子による部分が大きいとわかっているが、もともと薬物に対する感受性の高い家族の研究によれば、薬物依存のリスクの50%は遺伝的なものらしい。
具体的な遺伝子はまだ見つかっていないが、リスクの高い人を早くに見分けることができれば、その人たちに的を絞った対策が立てられる。
依存には感情的、社会的因子も関与するので、完全に治す薬剤ができるとは限らない。
しかし将来的には、常習を引き起こす強力な要因である依存や渇望感を減らす治療法が実現すると信じたい。
そして、それによって社会心理学的な治療がより効果的になると期待できる。
著者 E. J. Nestler/R. C. Malenka
2人は精神科医としての教育を受け、薬物依存の生物学的基礎を学んだ。
ネスラーはテキサス大学ダラス校サウスウエスタン医学センターの精神科教授で、M.D.とPh.D.を取得後、10年間カリフォルニア大学サンフランシスコ校で過ごし、1999年にスタンフォード大学医学部の一員になった。
カリフォルニア大学では薬物依存神経生物学センターの所長を務めた。
ネスラーとマレンカは、現ハーバード大がくのハイマン(Steven E. Hyman)とともに教科書『Molecular Basis of Neuro-pharmacology(McGraw-Hill, 2001)』を出版した。
参考文献:別冊日経サイエンス『最新科学が解き明かす脳と心』
2017年12月16日刊
発行:日経サイエンス社 発売:日本経済新聞出版社
ドラッグに翻弄される脳G
辞めたいと思ってもやめられない依存症を引き起こし、再発しやすいのは
なぜだろう
実は薬物は脳の報酬系という神経回路を変えてしまう
しかもその変化は乱用を止めた後でも長期にわたって続くことがわかってきた
E. J. ネスラー(テキサス大学)/R. C. マレンカ(スタンフォード大学)
共通の治療法はあるのか
薬物依存症の生物学的基礎の理解が進んだあかつきには、こうした分子レベルの変化をもとに、薬物依存症を生化学的に治療する手がかりがつかめるだろう。
新しい治療法を望む声は強い。
薬物依存は単独でも身体的・心理学的ダメージをもたらすが、それだけではなく、他の様々な疾病を呼び寄せてしまう。
アルコール依存症患者は肝硬変になりやすいし、ヘロイン依存症患者は注射の回し打ちをするのでHIV(エイズ)を蔓延させていく。
米国では、薬物依存によるコスト(治療費や仕事ができなくなることに対する損失など)は年間3000億ドル(2019/5/8 6:45現在1ドル110.244円換算で33兆732億円)以上になると見積もられており、社会が直面する最も深刻な問題の1つとなっている(2019年日本一般会計101兆4564億円)。
依存症の定義を、常軌を逸脱した大食いやギャンブルのような脅迫的で病的な行動にまで広げると、そのコストはもっと高くなる。
コカインやチーズケーキ、ブラックジャックで勝つスリルなどの報酬刺激に対する依存行動を矯正できる治療法があるなら、それは社会に大きな利益をもたらすものになるだろう。
しかし今日の治療法では、ほとんどの依存症は治すことが極めて難しい。
薬物が標的にたどり着くのを防ぐ治療薬はあるが、患者の「依存脳」はそのままになっているから、薬物への強い欲求は残っており、これが問題になるのだ。
常習性薬物と似た作用を示す別の薬を与えて渇望感を抑え、最終的に依存から脱却させるという方法もあるが、これでは依存の対象が代用薬に置き換わっているに過ぎないと言える。
また、患者たちの自助グループで行われている有名な「12ステップ法」のように、薬などを用いない回復プログラムもあり、患者が手探りで依存症を克服するのを助けているが、それでも再発の割合は高い(12ステップ法は「自分は薬物(酒、ギャンブルなど)への欲求に対して無力であり、そのために人生が行き詰ってしまった」と認めることから始め、それまでにしてきたことや迷惑をかけた人のリストを作るなどして、自分を見つめ直すことで、依存症からの回復を図る)。
依存症のメカニズムが生物学的に分かりつつあるので、将来はきっと優れた治療法が見つかるだろう。
脳の報酬回路に対する薬物の長期的効果を抑えたり補ったりするような治療薬をデザインできるだろう。
側坐核のグルタミン酸受容体やドーパミン受容体に特異的に結合する薬剤や、CREBやΔFosBが標的遺伝子に作用しないようにする薬剤を作れば、薬物への依存性を弱められるだろう。
さらに、薬物依存症に陥りやすい人がいるということを認識しなくてはならない。
依存症は心理学的、社会的、環境的因子による部分が大きいとわかっているが、もともと薬物に対する感受性の高い家族の研究によれば、薬物依存のリスクの50%は遺伝的なものらしい。
具体的な遺伝子はまだ見つかっていないが、リスクの高い人を早くに見分けることができれば、その人たちに的を絞った対策が立てられる。
依存には感情的、社会的因子も関与するので、完全に治す薬剤ができるとは限らない。
しかし将来的には、常習を引き起こす強力な要因である依存や渇望感を減らす治療法が実現すると信じたい。
そして、それによって社会心理学的な治療がより効果的になると期待できる。
著者 E. J. Nestler/R. C. Malenka
2人は精神科医としての教育を受け、薬物依存の生物学的基礎を学んだ。
ネスラーはテキサス大学ダラス校サウスウエスタン医学センターの精神科教授で、M.D.とPh.D.を取得後、10年間カリフォルニア大学サンフランシスコ校で過ごし、1999年にスタンフォード大学医学部の一員になった。
カリフォルニア大学では薬物依存神経生物学センターの所長を務めた。
ネスラーとマレンカは、現ハーバード大がくのハイマン(Steven E. Hyman)とともに教科書『Molecular Basis of Neuro-pharmacology(McGraw-Hill, 2001)』を出版した。
参考文献:別冊日経サイエンス『最新科学が解き明かす脳と心』
2017年12月16日刊
発行:日経サイエンス社 発売:日本経済新聞出版社