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2019年05月05日
ドラッグに翻弄される脳C
最終的には、心の働きの脳内メカニズムについて述べていきます。
ドラッグに翻弄される脳C
辞めたいと思ってもやめられない依存症を引き起こし、再発しやすいのは
なぜだろう
実は薬物は脳の報酬系という神経回路を変えてしまう
しかもその変化は乱用を止めた後でも長期にわたって続くことがわかってきた
E. J. ネスラー(テキサス大学)/R. C. マレンカ(スタンフォード大学)
ドーパミンの大洪水
依存性の薬物は化学構造の上で共通した特徴はなく、身体に及ぼす効果も様々だ。
それなのに、なぜ脳の報酬回路に全く同じ効果をもたらすのだろうか?
心臓を疾駆させる興奮剤のコカインと苦痛を抑える鎮静剤のヘロインは全く逆の方向に作用するのに、どうして報酬系には同じように働くのだろう。
その答えは、どの乱用薬物の場合も、側坐核にドーパミンやそれに似たシグナルが大量に流れ込むようになるからだ。
VTA(腹側被蓋野)のニューロンが興奮すると、電気的な信号が軸索を流れる。
軸索は側坐核へと繋がるハイウェイのようなものだ。
この電気シグナルが軸索の末端にあるシナプスに届くと、そこからドーパミンが放出される。
シナプスは、狭い空間(シナプス間隙)に放出されたドーパミンは側坐核のニューロン上にある受容体にとらえられ、細胞内に情報を伝える。
同時に、放出した側のVTAニューロンが再利用のためにドーパミンを回収する。
こうしてシナプス間隙からドーパミンが停止する。
コカインを始めとする興奮剤は、VTAニューロンがドーパミンを回収するときに使うトランスポーター分子(輸送体)を一時的に阻害する。
そのために過剰なドーパミンが側坐核に働いてしまう。
一方、ヘロインなどのオピエート(アヘン類、オピオイド)は、VTA内にあるドーパミン放出ニューロンとは別のニューロンに結合する。
このニューロンは本来はドーパミン放出ニューロンの機能を抑える働きをするが、オピエートはこの締め付けを解いてしまう。
このため、やはり余分なドーパミンが側坐核に流れ込んでしまう。
またオピエートは、側坐核に直接働いて強い「報酬」信号を発生させる。
しかし薬物はドーパミンの過剰放出を引き起こして快感をもたらしたり、最初の報酬シグナルを仲介したり強化するだけではない。
なんども薬物にさらされると、報酬回路の方が、次第に薬物のある状態に慣れて順応してしまう。
これが依存を生じさせる。
薬物で脳のどこが影響を受けるか
薬物を慢性的に使うと、報酬回路の一番重要な部分で活動や構造が変化する。
その部分とはVTA(腹側被蓋野)のドーパミンを作るニューロンから側坐核のドーパミンを受ける細胞への経路だ。
この変化は、下記の分子反応によって誘導される。
CREB(記憶に必要なたの遺伝子を調節し、長期記憶形成に必要なタンパク質):耐性の原因
VTAにあるドーパミンを放出ニューロンが興奮すると、ドーパミンが神経末端から放出され、側坐核のシナプス受容体にはまる(ドーパミンシグナル)と、細胞内にcAMP(サイクリックAMP、細胞内情報伝達物質)とCaイオン濃度が上昇し、CREBが即座に活性化される。
CREBは、DNAに結合して特定の遺伝子群を活性化し、記憶形成に関わるタンパク質を合成する。
例えばダイノルフィンというタンパク質がVTAに向けて放出されると、VTAではドーパミンの放出が抑えられ、報酬回路も抑制される。
こうなると、依存症の患者はハイな気分になろうとしてもっと薬物を求めるようになる。
ΔFosB(デルタFosB):渇望感の原因
ドーパミンシグナルがΔFosBタンパク質の合成を引き起こす。
ΔFosBはダイノルフィンの合成を抑制し、特定の遺伝子群を活性化する(CREBによって活性化されるものとは別の遺伝子群)。
活性化された遺伝子群は、薬物や薬物関連の事物に対する敏感さに関わるタンパク質を作る。
例えばCDK5というタンパク質は、側坐核の神経を持続的に薬物過敏にしたり、薬物関連の手がかりに対して過敏になるような構造変化を促進させる。
効かない・効きすぎるーその差を決めるタイミング
薬物の効きが悪くなる(耐性)か、
逆に過敏になる(感受性が高くなる)かは、
側坐核のニューロン内にある活性型CREBとΔFosBの濃度が関係しているようだ。
最初はCREBの濃度が高く、耐性が生じて、以前の使用量ではハイな気分を味わえなくなる。
薬物が体内からなくなると不快感が現れ、これをなくすにはもっと多くの薬物が必要となる。
しかしCREBの活性は、繰り返し摂取しない限り、数日間で落ちていく。
これとは反対に、ΔFosB濃度は一度上昇すると、最後の薬物摂取から数週間経っても高いまま維持される。
CREB活性が低下してくると、ΔFosBの持つ危険な長期的感受性の高まりが主流になる。
この一連の反応が、耐性や依存、薬物を求める強い渇望感を引き起こす。
一旦変化が起きると長期間、薬物を辞めていても再発しやすい。
これにも、この反応が関与している。
側坐核とVTAが、他の領域と連絡する経路として、
VTAからはドーパミンを介して、側坐核、扁桃および前頭皮質へ、
グルタミンを介して、扁桃、海馬および前頭皮質から側坐核へ、
GABA(ガンマーアミノ酪酸、中枢神経における抑制系神経伝達物質)を介して、側坐核からVTA
これらの経路は、薬物への渇望感やストレスがあると再発しやすくなる、薬物を暗示するものに過敏に反応することなどに関わっている。
参考文献:別冊日経サイエンス『最新科学が解き明かす脳と心』
2017年12月16日刊
発行:日経サイエンス社 発売:日本経済新聞出版社
ドラッグに翻弄される脳C
辞めたいと思ってもやめられない依存症を引き起こし、再発しやすいのは
なぜだろう
実は薬物は脳の報酬系という神経回路を変えてしまう
しかもその変化は乱用を止めた後でも長期にわたって続くことがわかってきた
E. J. ネスラー(テキサス大学)/R. C. マレンカ(スタンフォード大学)
ドーパミンの大洪水
依存性の薬物は化学構造の上で共通した特徴はなく、身体に及ぼす効果も様々だ。
それなのに、なぜ脳の報酬回路に全く同じ効果をもたらすのだろうか?
心臓を疾駆させる興奮剤のコカインと苦痛を抑える鎮静剤のヘロインは全く逆の方向に作用するのに、どうして報酬系には同じように働くのだろう。
その答えは、どの乱用薬物の場合も、側坐核にドーパミンやそれに似たシグナルが大量に流れ込むようになるからだ。
VTA(腹側被蓋野)のニューロンが興奮すると、電気的な信号が軸索を流れる。
軸索は側坐核へと繋がるハイウェイのようなものだ。
この電気シグナルが軸索の末端にあるシナプスに届くと、そこからドーパミンが放出される。
シナプスは、狭い空間(シナプス間隙)に放出されたドーパミンは側坐核のニューロン上にある受容体にとらえられ、細胞内に情報を伝える。
同時に、放出した側のVTAニューロンが再利用のためにドーパミンを回収する。
こうしてシナプス間隙からドーパミンが停止する。
コカインを始めとする興奮剤は、VTAニューロンがドーパミンを回収するときに使うトランスポーター分子(輸送体)を一時的に阻害する。
そのために過剰なドーパミンが側坐核に働いてしまう。
一方、ヘロインなどのオピエート(アヘン類、オピオイド)は、VTA内にあるドーパミン放出ニューロンとは別のニューロンに結合する。
このニューロンは本来はドーパミン放出ニューロンの機能を抑える働きをするが、オピエートはこの締め付けを解いてしまう。
このため、やはり余分なドーパミンが側坐核に流れ込んでしまう。
またオピエートは、側坐核に直接働いて強い「報酬」信号を発生させる。
しかし薬物はドーパミンの過剰放出を引き起こして快感をもたらしたり、最初の報酬シグナルを仲介したり強化するだけではない。
なんども薬物にさらされると、報酬回路の方が、次第に薬物のある状態に慣れて順応してしまう。
これが依存を生じさせる。
薬物で脳のどこが影響を受けるか
薬物を慢性的に使うと、報酬回路の一番重要な部分で活動や構造が変化する。
その部分とはVTA(腹側被蓋野)のドーパミンを作るニューロンから側坐核のドーパミンを受ける細胞への経路だ。
この変化は、下記の分子反応によって誘導される。
CREB(記憶に必要なたの遺伝子を調節し、長期記憶形成に必要なタンパク質):耐性の原因
VTAにあるドーパミンを放出ニューロンが興奮すると、ドーパミンが神経末端から放出され、側坐核のシナプス受容体にはまる(ドーパミンシグナル)と、細胞内にcAMP(サイクリックAMP、細胞内情報伝達物質)とCaイオン濃度が上昇し、CREBが即座に活性化される。
CREBは、DNAに結合して特定の遺伝子群を活性化し、記憶形成に関わるタンパク質を合成する。
例えばダイノルフィンというタンパク質がVTAに向けて放出されると、VTAではドーパミンの放出が抑えられ、報酬回路も抑制される。
こうなると、依存症の患者はハイな気分になろうとしてもっと薬物を求めるようになる。
ΔFosB(デルタFosB):渇望感の原因
ドーパミンシグナルがΔFosBタンパク質の合成を引き起こす。
ΔFosBはダイノルフィンの合成を抑制し、特定の遺伝子群を活性化する(CREBによって活性化されるものとは別の遺伝子群)。
活性化された遺伝子群は、薬物や薬物関連の事物に対する敏感さに関わるタンパク質を作る。
例えばCDK5というタンパク質は、側坐核の神経を持続的に薬物過敏にしたり、薬物関連の手がかりに対して過敏になるような構造変化を促進させる。
効かない・効きすぎるーその差を決めるタイミング
薬物の効きが悪くなる(耐性)か、
逆に過敏になる(感受性が高くなる)かは、
側坐核のニューロン内にある活性型CREBとΔFosBの濃度が関係しているようだ。
最初はCREBの濃度が高く、耐性が生じて、以前の使用量ではハイな気分を味わえなくなる。
薬物が体内からなくなると不快感が現れ、これをなくすにはもっと多くの薬物が必要となる。
しかしCREBの活性は、繰り返し摂取しない限り、数日間で落ちていく。
これとは反対に、ΔFosB濃度は一度上昇すると、最後の薬物摂取から数週間経っても高いまま維持される。
CREB活性が低下してくると、ΔFosBの持つ危険な長期的感受性の高まりが主流になる。
この一連の反応が、耐性や依存、薬物を求める強い渇望感を引き起こす。
一旦変化が起きると長期間、薬物を辞めていても再発しやすい。
これにも、この反応が関与している。
側坐核とVTAが、他の領域と連絡する経路として、
VTAからはドーパミンを介して、側坐核、扁桃および前頭皮質へ、
グルタミンを介して、扁桃、海馬および前頭皮質から側坐核へ、
GABA(ガンマーアミノ酪酸、中枢神経における抑制系神経伝達物質)を介して、側坐核からVTA
これらの経路は、薬物への渇望感やストレスがあると再発しやすくなる、薬物を暗示するものに過敏に反応することなどに関わっている。
参考文献:別冊日経サイエンス『最新科学が解き明かす脳と心』
2017年12月16日刊
発行:日経サイエンス社 発売:日本経済新聞出版社