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2019年03月10日
感情と記憶力
最終的には、心の働きの脳内メカニズムについて述べていきます。
記憶力
感情と記憶力
感情をともなう出来事はよく記憶される
よく覚えている出来事と
すぐに忘れてしまう出来事がある。
例えば、1週間前の昼食に食べたものは覚えていないかもしれない。
しかし、同じ1週間前の昼食でも、とても美味しいものやまずいものを食べていれば、覚えているかもしれない。
これは、なぜだろう?
海馬は大脳辺縁系(古い大脳皮質、両生類から出現)の一部で、記憶にとって重要な場所である。
この海馬へ情報が送られる経路には二つある。
一つは、”感情処理の中枢”である『扁桃体(扁桃は日本語でアーモンド)』を経由して海馬へと送られる経路。
もう一つは、『嗅周囲皮質』を通って海馬に送られる経路だ。
東北大学大学院生命科学研究科の飯島敏夫教授らは、ニューロンが興奮すると光を発するような色素を使って、マウスの脳で海馬へどのように情報が伝わっていくかを、扁桃体と嗅周囲皮質と海馬という三つの場所を含むように工夫した脳のスライス標本を作り調べた。
「嗅周囲皮質だけ、もしくは扁桃体だけを刺激した時には、情報が伝達される回路があるにもかかわらず、海馬まで情報が伝わりませんでした。ところが、嗅周囲皮質と扁桃体を同時に刺激すると、情報が海馬へ伝わっていくことがわかりました」(飯島教授)。
飯島教授らの実験は、電気刺激を感覚情報に見たてているので、刺激がどの感覚に相当するのかわからない。
しかし、次のような可能性があるという。
「食事をとった時に、比較的直感的な、匂いや料理の色、形の情報が扁桃体を経由すると、美味しそうだという感情をともなう情報になります。また、食べ物のより詳細な視覚情報や味覚、嗅覚情報が嗅周囲皮質経由で海馬への神経回路に入ってきます。
この情報は、扁桃体経由の情動的な入力情報に助けられて海馬へ伝達されやすくなり、美味しい食事を食べたことがよく記憶に残るのかもしれません」(飯島教授)。
好きなものはよく覚える
小学校4年生のH・Kくんのお母さんによると、H・Kくんは漢字はなかなか覚えられないが、カードゲームの「ポケットモンスター(通称ポケモン)のモンスターの名前は驚くほどよく覚えているという。
これは、好きだという感情をともなうポケモンの情報が、扁桃体から海馬へと送られている可能性があると飯島教授はいう。
参考文献:ニュートン別冊 脳力のしくみ 2018年7月15日発行
記憶力
感情と記憶力
感情をともなう出来事はよく記憶される
よく覚えている出来事と
すぐに忘れてしまう出来事がある。
例えば、1週間前の昼食に食べたものは覚えていないかもしれない。
しかし、同じ1週間前の昼食でも、とても美味しいものやまずいものを食べていれば、覚えているかもしれない。
これは、なぜだろう?
海馬は大脳辺縁系(古い大脳皮質、両生類から出現)の一部で、記憶にとって重要な場所である。
この海馬へ情報が送られる経路には二つある。
一つは、”感情処理の中枢”である『扁桃体(扁桃は日本語でアーモンド)』を経由して海馬へと送られる経路。
もう一つは、『嗅周囲皮質』を通って海馬に送られる経路だ。
東北大学大学院生命科学研究科の飯島敏夫教授らは、ニューロンが興奮すると光を発するような色素を使って、マウスの脳で海馬へどのように情報が伝わっていくかを、扁桃体と嗅周囲皮質と海馬という三つの場所を含むように工夫した脳のスライス標本を作り調べた。
「嗅周囲皮質だけ、もしくは扁桃体だけを刺激した時には、情報が伝達される回路があるにもかかわらず、海馬まで情報が伝わりませんでした。ところが、嗅周囲皮質と扁桃体を同時に刺激すると、情報が海馬へ伝わっていくことがわかりました」(飯島教授)。
飯島教授らの実験は、電気刺激を感覚情報に見たてているので、刺激がどの感覚に相当するのかわからない。
しかし、次のような可能性があるという。
「食事をとった時に、比較的直感的な、匂いや料理の色、形の情報が扁桃体を経由すると、美味しそうだという感情をともなう情報になります。また、食べ物のより詳細な視覚情報や味覚、嗅覚情報が嗅周囲皮質経由で海馬への神経回路に入ってきます。
この情報は、扁桃体経由の情動的な入力情報に助けられて海馬へ伝達されやすくなり、美味しい食事を食べたことがよく記憶に残るのかもしれません」(飯島教授)。
好きなものはよく覚える
小学校4年生のH・Kくんのお母さんによると、H・Kくんは漢字はなかなか覚えられないが、カードゲームの「ポケットモンスター(通称ポケモン)のモンスターの名前は驚くほどよく覚えているという。
これは、好きだという感情をともなうポケモンの情報が、扁桃体から海馬へと送られている可能性があると飯島教授はいう。
参考文献:ニュートン別冊 脳力のしくみ 2018年7月15日発行
2019年03月09日
記憶力の増強
最終的には、心の働きの脳内メカニズムについて述べていきます。
記憶力
記憶力の増強
記憶力を上げたり、忘れるのを防いだりするには?
もっとたくさんのことを覚えたい!
せっかく覚えたことを忘れたくない!
記憶力をあげることができるのかについて考えてみよう。
一口に記憶力といっても、その定義は難しい。
ここでは『エピソード記憶』と『意味記憶』について考えよう。
これらの記憶を作る基本的な原理はシナプスの信号伝達効率をあげること、つまりLTPであった。
LTPを起こしやすくすれば、理論上、より多くのことが記憶できそうだ。
実際そのような実験が行われ、マウスで成功している。
アメリカ、プリンストン大学のジョ・ツェン博士らが1999年に報告した『天才マウス』だ。
LTPを起こしやすくするには、シナプスで化学物質を受け取る”キャッチャー”、つまり『受容体』を増やすのが一つの方法だろう。
「天才マウス」は、受容体の一種『NMDA(nメチルdアスパラギン酸)受容体』を作る遺伝子を余計に組み込むことで誕生した。
このマウスに、ある種の迷路を覚えさせる実験を行ったところ、通常のマウスに比べて明らかに成績が良かったのである。
記憶を忘れさせる酵素『PP1』
記憶力をあげるということを考えた場合、「天才マウス」のようにより多くのことを覚えるという方法とは別に、覚えたことを忘れないという方法もありうるだろう。
これについて、近年、重要な発見があった。
そもそも記憶を忘れるとは、どういうことだろう?
一つの可能性は、脳の中には記憶が残されているのに、思い出すことができないという状況である。
もう一つの可能性は、記憶そのものを失ってしまう場合である。
実際の私たちの脳の中では、どちらの場合もあると考えられている。
さて、近年報告された重要な発見とは、『記憶そのものが失われる』場合の話である。
2002年にスイスのイザベラ・マンスイ博士らが発表した内容によると、『PP1』という酵素には、記憶が作られるのを妨げたり、できた記憶を失わせたりする働きがあるというのだ。
記憶の基本原理であるLTPでは、シナプスで化学物質を受け取る『受容体』が活性化されたり、数が増えたりしていた。
実はこれが起きるには、『リン酸化』という過程が必要である。
リン酸化とは、タンパク質にリン酸が結合し、さまざまな機能を発揮するようになることだ。
ところがPP1という酵素は、リン酸の結合を引き離してしまう(脱リン酸化)。
つまり受容体の働きを悪くしたり、受容体が増えるのを妨げたりするのである。
実際、脳の中ではPP1が働いており、記憶をしにくくしたり、失わせたりしているらしい。
ということは、PP1の働きを抑えれば、記憶力を上げることができそうである。
実際、マンスイ博士らがPP1を抑える実験をマウスに行ったところ、そのマウスは記憶力が向上したという。
面白いのは、特に年をとったマウスで効果が大きかったことである。
富山大学、井ノ口馨(いのくち かおる)教授が解説する。
「推測ですが、年をとって記憶力が落ちるのは、PP1の制御がうまくできなくなることが原因の一つかもしれません。PP1の暴走を抑える薬が開発されれば、加齢によって記憶力が下がるのを防ぐ薬ができるかもしれません」。
ところで、このように一見邪魔とも思えるPP1という酵素が、なぜ存在するのだろうか?
「全ての情報をため込んでいったのでは、いくら脳が情報処理能力がすぐれているといっても、回路網が飽和してしまうのではないでしょうか。不要な情報を積極的に消していく仕組みが、脳にとっては必要なのだと思います」(井ノ口教授)
復習はE-LTPをL-LTPへと移す
勉強など、知識を増やすためには、復習が大切と言われる。
これについては、脳科学でどれだけ説明できるのだろうか。
キーワードは、やはりLTP(長期増強)だろう。
信号の入力が勉強1回分だけの場合を考えてみよう。
記憶を作るニューロンの回路の変化は、短期間で消えるE-LTP(前期長期増強)で終わってしまうこともあれば、新たにタンパク質を合成して長時間維持されるL-LTP(後期長期増強)まで進む場合もあるだろう。
そのまま放置すれば、L-LTPまで進んでいない記憶はいずれ消えてしまう。
これを防ぐには、繰り返し勉強して信号の入力回数を増やすことが重要と考えられている。
繰り返し信号を流すことによって、E-LTPからより安定なL-LTPへと移すのだ。
やはり復習は効果的だということだ。
「ただし、E-LTPで終わるのか、L-LTPまで進むのかを分けるスイッチが何なのかについては、今のところわかっていません。今後の研究でぜひとも明らかにしていきたいところです」。(井ノ口教授)
参考文献:ニュートン別冊 脳力のしくみ 2018年7月15日発行
記憶力
記憶力の増強
記憶力を上げたり、忘れるのを防いだりするには?
もっとたくさんのことを覚えたい!
せっかく覚えたことを忘れたくない!
記憶力をあげることができるのかについて考えてみよう。
一口に記憶力といっても、その定義は難しい。
ここでは『エピソード記憶』と『意味記憶』について考えよう。
これらの記憶を作る基本的な原理はシナプスの信号伝達効率をあげること、つまりLTPであった。
LTPを起こしやすくすれば、理論上、より多くのことが記憶できそうだ。
実際そのような実験が行われ、マウスで成功している。
アメリカ、プリンストン大学のジョ・ツェン博士らが1999年に報告した『天才マウス』だ。
LTPを起こしやすくするには、シナプスで化学物質を受け取る”キャッチャー”、つまり『受容体』を増やすのが一つの方法だろう。
「天才マウス」は、受容体の一種『NMDA(nメチルdアスパラギン酸)受容体』を作る遺伝子を余計に組み込むことで誕生した。
このマウスに、ある種の迷路を覚えさせる実験を行ったところ、通常のマウスに比べて明らかに成績が良かったのである。
記憶を忘れさせる酵素『PP1』
記憶力をあげるということを考えた場合、「天才マウス」のようにより多くのことを覚えるという方法とは別に、覚えたことを忘れないという方法もありうるだろう。
これについて、近年、重要な発見があった。
そもそも記憶を忘れるとは、どういうことだろう?
一つの可能性は、脳の中には記憶が残されているのに、思い出すことができないという状況である。
もう一つの可能性は、記憶そのものを失ってしまう場合である。
実際の私たちの脳の中では、どちらの場合もあると考えられている。
さて、近年報告された重要な発見とは、『記憶そのものが失われる』場合の話である。
2002年にスイスのイザベラ・マンスイ博士らが発表した内容によると、『PP1』という酵素には、記憶が作られるのを妨げたり、できた記憶を失わせたりする働きがあるというのだ。
記憶の基本原理であるLTPでは、シナプスで化学物質を受け取る『受容体』が活性化されたり、数が増えたりしていた。
実はこれが起きるには、『リン酸化』という過程が必要である。
リン酸化とは、タンパク質にリン酸が結合し、さまざまな機能を発揮するようになることだ。
ところがPP1という酵素は、リン酸の結合を引き離してしまう(脱リン酸化)。
つまり受容体の働きを悪くしたり、受容体が増えるのを妨げたりするのである。
実際、脳の中ではPP1が働いており、記憶をしにくくしたり、失わせたりしているらしい。
ということは、PP1の働きを抑えれば、記憶力を上げることができそうである。
実際、マンスイ博士らがPP1を抑える実験をマウスに行ったところ、そのマウスは記憶力が向上したという。
面白いのは、特に年をとったマウスで効果が大きかったことである。
富山大学、井ノ口馨(いのくち かおる)教授が解説する。
「推測ですが、年をとって記憶力が落ちるのは、PP1の制御がうまくできなくなることが原因の一つかもしれません。PP1の暴走を抑える薬が開発されれば、加齢によって記憶力が下がるのを防ぐ薬ができるかもしれません」。
ところで、このように一見邪魔とも思えるPP1という酵素が、なぜ存在するのだろうか?
「全ての情報をため込んでいったのでは、いくら脳が情報処理能力がすぐれているといっても、回路網が飽和してしまうのではないでしょうか。不要な情報を積極的に消していく仕組みが、脳にとっては必要なのだと思います」(井ノ口教授)
復習はE-LTPをL-LTPへと移す
勉強など、知識を増やすためには、復習が大切と言われる。
これについては、脳科学でどれだけ説明できるのだろうか。
キーワードは、やはりLTP(長期増強)だろう。
信号の入力が勉強1回分だけの場合を考えてみよう。
記憶を作るニューロンの回路の変化は、短期間で消えるE-LTP(前期長期増強)で終わってしまうこともあれば、新たにタンパク質を合成して長時間維持されるL-LTP(後期長期増強)まで進む場合もあるだろう。
そのまま放置すれば、L-LTPまで進んでいない記憶はいずれ消えてしまう。
これを防ぐには、繰り返し勉強して信号の入力回数を増やすことが重要と考えられている。
繰り返し信号を流すことによって、E-LTPからより安定なL-LTPへと移すのだ。
やはり復習は効果的だということだ。
「ただし、E-LTPで終わるのか、L-LTPまで進むのかを分けるスイッチが何なのかについては、今のところわかっていません。今後の研究でぜひとも明らかにしていきたいところです」。(井ノ口教授)
参考文献:ニュートン別冊 脳力のしくみ 2018年7月15日発行
2019年03月08日
記憶の形成(まとめ)
最終的には、心の働きの脳内メカニズムについて述べていきます。
記憶力
記憶の形成(まとめ)
記憶はこうして作られる
整理してみる
ニューロンは電気信号と化学信号を巧みに使い分ける。
軸索を伝わる電気信号(活動電位)は軸索の末端まで『途切れることなく』、『電圧が下がることもなく』、伝わる(2月21日 「信号伝達」)。
軸索の末端と次のニューロンもつなぎ目『シナプス』には隙間があり、これを飛び越えるためにニューロンは化学信号を使う(2月21日 「信号伝達A」)。
シナプスを越えた信号は次のニューロンの『細胞体』に集まる。
数千以上のシナプスから集まる信号量が多ければ、このニューロンは発火する。
少ない場合には沈黙し、信号はここで『途切れて』しまう(2月24日 「信号伝達B」)。
信号を途切れさせないためには、シナプスから細胞体へと多くの信号を入力させることだ。
ニューロンにはシナプスでの信号伝達効率がを上げる仕組みが備わっている。
比較的短時間で効果がなくなるE-LTP(3月1日 「短期記憶のしくみ」)と、長時間続くL-LTP(3月3日 「長期記憶のしくみ」)だ。
一方、脳全体のシステムを考えた場合、記憶の中でも特に出来事の記憶『エピソード記憶』については、『海馬』で整理整頓が行われている。
海馬で整理され、一時的に蓄えらえたエピソード記憶は、最終的には大脳皮質に移されるらしい。
エピソード記憶を思い出すときには、記憶が固定された大脳皮質のニューロンの回路に信号が入り、『過去の信号の流れ』が『再現』されるようだ。
エピソード記憶以外の記憶についても簡単に紹介しよう。
自転車の乗り方など、”体で覚える”『手続き記憶』と関係が深いのは、『小脳』だ。
運動の指令は、大脳から直接手足の筋肉へと送られる経路と、小脳を中継して送られる経路がある。
また、運動がうまくできたか失敗したかについての信号を小脳に戻す回路もある。
仮に自転車の練習で転んだ場合、失敗を知らせる信号が小脳に送られる。
すると失敗の原因となった指令を出した小脳の回路のシナプスでは、信号伝達が悪くなる。
エピソード記憶の場合には、主に信号伝達をよくすることで記憶が作られていたが、
手続き記憶の場合には、逆に、余分な信号伝達を断ち切って必要な回路だけを残すことで、
体の動かし方(手続き)を記憶している。
このほか、『意味記憶』については、エピソード記憶から時間や空間の情報が失われたものと考えられている(2月26日 「記憶の種類」)。
『思い込み』の記憶である『プライミング』は大脳皮質が働いていると考えられているが、詳しいことはよくわかっていない(2月26日 「記憶の種類」)。
参考文献:ニュートン別冊 脳力のしくみ 2018年7月15日発行
記憶力
記憶の形成(まとめ)
記憶はこうして作られる
整理してみる
ニューロンは電気信号と化学信号を巧みに使い分ける。
軸索を伝わる電気信号(活動電位)は軸索の末端まで『途切れることなく』、『電圧が下がることもなく』、伝わる(2月21日 「信号伝達」)。
軸索の末端と次のニューロンもつなぎ目『シナプス』には隙間があり、これを飛び越えるためにニューロンは化学信号を使う(2月21日 「信号伝達A」)。
シナプスを越えた信号は次のニューロンの『細胞体』に集まる。
数千以上のシナプスから集まる信号量が多ければ、このニューロンは発火する。
少ない場合には沈黙し、信号はここで『途切れて』しまう(2月24日 「信号伝達B」)。
信号を途切れさせないためには、シナプスから細胞体へと多くの信号を入力させることだ。
ニューロンにはシナプスでの信号伝達効率がを上げる仕組みが備わっている。
比較的短時間で効果がなくなるE-LTP(3月1日 「短期記憶のしくみ」)と、長時間続くL-LTP(3月3日 「長期記憶のしくみ」)だ。
一方、脳全体のシステムを考えた場合、記憶の中でも特に出来事の記憶『エピソード記憶』については、『海馬』で整理整頓が行われている。
海馬で整理され、一時的に蓄えらえたエピソード記憶は、最終的には大脳皮質に移されるらしい。
エピソード記憶を思い出すときには、記憶が固定された大脳皮質のニューロンの回路に信号が入り、『過去の信号の流れ』が『再現』されるようだ。
エピソード記憶以外の記憶についても簡単に紹介しよう。
自転車の乗り方など、”体で覚える”『手続き記憶』と関係が深いのは、『小脳』だ。
運動の指令は、大脳から直接手足の筋肉へと送られる経路と、小脳を中継して送られる経路がある。
また、運動がうまくできたか失敗したかについての信号を小脳に戻す回路もある。
仮に自転車の練習で転んだ場合、失敗を知らせる信号が小脳に送られる。
すると失敗の原因となった指令を出した小脳の回路のシナプスでは、信号伝達が悪くなる。
エピソード記憶の場合には、主に信号伝達をよくすることで記憶が作られていたが、
手続き記憶の場合には、逆に、余分な信号伝達を断ち切って必要な回路だけを残すことで、
体の動かし方(手続き)を記憶している。
このほか、『意味記憶』については、エピソード記憶から時間や空間の情報が失われたものと考えられている(2月26日 「記憶の種類」)。
『思い込み』の記憶である『プライミング』は大脳皮質が働いていると考えられているが、詳しいことはよくわかっていない(2月26日 「記憶の種類」)。
参考文献:ニュートン別冊 脳力のしくみ 2018年7月15日発行
2019年03月07日
記憶の想起
最終的には、心の働きの脳内メカニズムについて述べていきます。
記憶力
記憶の想起
記憶をどうやって思い出しているのだろうか?
では、固定された記憶を、私たちはどうやって思い出しているのだろうか?
記憶を蓄えられているニューロンの回路に何らかのきっかけによって信号が入れば、記憶を作ったときの信号の流れが再現され、結果的に記憶を思い出すと言われている。
しかし脳はどのようにして目的の回路を探し出し、思い出すための信号を送り込んでいるのだろう?
出来事の記憶であるエピソード記憶の中には、海馬から大脳皮質に移された後で、海馬を通じて思い出されるものもあると考えられている。
そのような記憶について、山口センター長は「記憶を思い出すときに手がかりとなる回路が海馬に残されており、その手がかりに基づいて大脳皮質から記憶の”部品”が拾い集められ、それらがもう一度海馬に流れ込むことによって出来事が再現される(思い出される)のではないか」と言う仮説を考えている。
例えば、生まれた自分の子供を初めて抱いたときの記憶はどのようにして思い出されるのだろうか?
仮説に従ってみよう。
「赤ちゃんを初めて抱いた記憶」は、「赤ちゃん」という要素、「分娩室」という要素などから成り立っている。
さらに「赤ちゃん」は、「泣き顔(視覚情報ー後頭葉)」、「泣き声(聴覚情報ー側頭葉)」、「皮膚の感触(触覚情報ー頭頂葉)」
また、「分娩室」は、「分娩室の風景(視覚情報ー後頭葉)」、「分娩室のにおい(嗅覚情報ー前頭葉)」といった要素から成り立っている。
このような記憶は階層的な構造となっている。
海馬はこの階層構造の頂点に位置する。
大脳皮質は最下層に位置し、「泣き顔」や「泣き声」といった五感と直接の深い要素が蓄えられていると考えられている。
出来事の記憶を思い出すときには、海馬に残された”手がかり”の回路から海馬傍回、さらに大脳皮質へと信号が降りていく。
そして大脳皮質から「泣き顔」などの”部品”が集められ、海馬傍回で「赤ちゃん」などの概念になり、最終的には海馬まで届けられて『赤ちゃんを抱いた記憶』が再現されるという考えだ。
このような考えは、想起の仕組みを単純に理解するための仮説である。
「記憶のそうきの脳活動は調べられていますが、仕組みはまだよくわかっていません。明らかにすべきことがまだたくさんあります」(山口センター長)
海馬を通さず、同じ階層どうしの信号のやり取りもありうると考えられており、エピソード記憶の中にも、思い出すときに海馬を必要としないものもあると考えられている。
また、知識の記憶(意味記憶)を思い出すときは海馬は必要ないと考えられている。
参考文献:ニュートン別冊 脳力のしくみ 2018年7月15日発行
記憶力
記憶の想起
記憶をどうやって思い出しているのだろうか?
では、固定された記憶を、私たちはどうやって思い出しているのだろうか?
記憶を蓄えられているニューロンの回路に何らかのきっかけによって信号が入れば、記憶を作ったときの信号の流れが再現され、結果的に記憶を思い出すと言われている。
しかし脳はどのようにして目的の回路を探し出し、思い出すための信号を送り込んでいるのだろう?
出来事の記憶であるエピソード記憶の中には、海馬から大脳皮質に移された後で、海馬を通じて思い出されるものもあると考えられている。
そのような記憶について、山口センター長は「記憶を思い出すときに手がかりとなる回路が海馬に残されており、その手がかりに基づいて大脳皮質から記憶の”部品”が拾い集められ、それらがもう一度海馬に流れ込むことによって出来事が再現される(思い出される)のではないか」と言う仮説を考えている。
例えば、生まれた自分の子供を初めて抱いたときの記憶はどのようにして思い出されるのだろうか?
仮説に従ってみよう。
「赤ちゃんを初めて抱いた記憶」は、「赤ちゃん」という要素、「分娩室」という要素などから成り立っている。
さらに「赤ちゃん」は、「泣き顔(視覚情報ー後頭葉)」、「泣き声(聴覚情報ー側頭葉)」、「皮膚の感触(触覚情報ー頭頂葉)」
また、「分娩室」は、「分娩室の風景(視覚情報ー後頭葉)」、「分娩室のにおい(嗅覚情報ー前頭葉)」といった要素から成り立っている。
このような記憶は階層的な構造となっている。
海馬はこの階層構造の頂点に位置する。
大脳皮質は最下層に位置し、「泣き顔」や「泣き声」といった五感と直接の深い要素が蓄えられていると考えられている。
出来事の記憶を思い出すときには、海馬に残された”手がかり”の回路から海馬傍回、さらに大脳皮質へと信号が降りていく。
そして大脳皮質から「泣き顔」などの”部品”が集められ、海馬傍回で「赤ちゃん」などの概念になり、最終的には海馬まで届けられて『赤ちゃんを抱いた記憶』が再現されるという考えだ。
このような考えは、想起の仕組みを単純に理解するための仮説である。
「記憶のそうきの脳活動は調べられていますが、仕組みはまだよくわかっていません。明らかにすべきことがまだたくさんあります」(山口センター長)
海馬を通さず、同じ階層どうしの信号のやり取りもありうると考えられており、エピソード記憶の中にも、思い出すときに海馬を必要としないものもあると考えられている。
また、知識の記憶(意味記憶)を思い出すときは海馬は必要ないと考えられている。
参考文献:ニュートン別冊 脳力のしくみ 2018年7月15日発行
2019年03月06日
海馬と記憶A
最終的には、心の働きの脳内メカニズムについて述べていきます。
記憶力
海馬と記憶A
場所細胞の発火のタイミングが出来事の順番を記憶する
海馬がないと新しい出来事の記憶ができない!
海馬ではどのような情報処理が行われているのだろうか?
海馬で作られるのは、出来事の記憶『エピソード記憶』である。
出来事というものは、それを経験した順番(時間)や場所(空間)がその通りに記憶されなければならない。
あべこべになっては、記憶としての意味がなくなる。
実際に、時間と空間の流れを正確に記憶する仕組みが『海馬』にあることが、ラットの研究で明らかになりつつある。
ラットの海馬には『場所細胞』と名付けられたニューロンがある。
これはある場所の中で、ラットが特定の場所にいるときにだけ興奮(発火)する細胞である。
つまり、ある空間の中で自分がどこにいるのかを認識する細胞である。
海馬の中に部屋の地図を描いているようなものだ。
さて、場所細胞は、ラットがその場所にいる間は興奮し、繰り返し発火し続ける。
1秒間に8回程度のリズムを刻む(8Hz)。
さらに、ひとつのひとつの場所細胞の発火活動のタイミングは、シータ波(10Hz)という脳波によって精細に決められていることが分かった。
シータ波が、オーケストラにおける指揮者のように、全員の活動するタイミングを決める役割をしている。
さらに面白いことに、ひとつの場所細胞の発火活動パターンは、シータ波に完全に同期しているわけではなく、シータ波に対して場所細胞の発火タイミングの位相が少しずつ前進していく(8Hzだから)というもので、オキーフ博士(2014年度ノーベル生理学・医学賞受賞)はこれを位相前進(Phase precession)と名付けた。
場所細胞の法則的な位相のずれのために、
シータ波の1サイクルの中でもそれぞれの場所細胞の相対的位置関係が分かってしまう。
つまり、空間表現が0.1秒ぐらいのシータ波1サイクルに圧縮されていることになる。
いままで歩いてきた過去の道筋と、これから歩いて行く未来の道筋の両方が、脳の海馬のなかでは0.1秒の一瞬で表現されている。
ラットの海馬とヒトの海馬を比べると、回路の構造に大きな違いは見られない。
ラットの海馬の『どの順番(時間)でどの場所(空間)を移動したか、つまり出来事の記憶にとって欠かすことのできない”時間”と”空間”の流れを整理している仕組みは、ヒトの海馬でも使われている可能性がある。
海馬にできた記憶は、最終的には側頭葉などの大脳皮質に固定されるはずである。
しかしその具体的な仕組みについては、残念ながら現在のところわかっていない。
ただしヒントはある。
ラットの場所細胞が、”眠っている間”にも発火していることが確かめられた。
しかも発火の順番は、ラットが起きているときに測定された発火の順番と同じだった。
ラットは眠りながら、起きている間に経験した出来事を再現しているらしい。
理科学研究所脳科学研究センター神経情報基盤センターの山口陽子(やまぐち ようこ)センター長は次のように語る。
『このときラットはおそらく夢を見ているのでしょう。海馬は、起きている間に経験して記憶した出来事を、眠りながら再生し、必要なものだけを大脳皮質に送っているのかもしれません』。
海馬への信号は、海馬傍回から入ってくる
海馬への信号入力は、必ず海馬傍回を通る。
そして『歯状回』から『CA3』、『CA1』と言う領域を経て、再び海馬傍回から出力される。
エピソード記憶は、海馬の中をこのような経路で信号が流れる間に作られる。
CA3やCA1には『錐体細胞』と呼ばれるニューロンが多数あり、盛んにLTP(長期増強 Long Term Potentiation)
を発生させて記憶を作る。
01:大脳縦裂、02:脳梁、03:脳弓、04:中心前回、05:中心溝、06:中心後回、07:尾状核、08:視床、09:被殻、10:淡蒼球、11:前障、12:扁桃体[扁桃核複合]、13:視床下部、14:漏斗、15:視索、16:外側窩、17:大脳外側溝、18:視床下核、19:乳頭体、20:黒質、21:海馬、22:横側頭回
参考文献:ニュートン別冊 脳力のしくみ 2018年7月15日発行
記憶力
海馬と記憶A
場所細胞の発火のタイミングが出来事の順番を記憶する
海馬がないと新しい出来事の記憶ができない!
海馬ではどのような情報処理が行われているのだろうか?
海馬で作られるのは、出来事の記憶『エピソード記憶』である。
出来事というものは、それを経験した順番(時間)や場所(空間)がその通りに記憶されなければならない。
あべこべになっては、記憶としての意味がなくなる。
実際に、時間と空間の流れを正確に記憶する仕組みが『海馬』にあることが、ラットの研究で明らかになりつつある。
ラットの海馬には『場所細胞』と名付けられたニューロンがある。
これはある場所の中で、ラットが特定の場所にいるときにだけ興奮(発火)する細胞である。
つまり、ある空間の中で自分がどこにいるのかを認識する細胞である。
海馬の中に部屋の地図を描いているようなものだ。
さて、場所細胞は、ラットがその場所にいる間は興奮し、繰り返し発火し続ける。
1秒間に8回程度のリズムを刻む(8Hz)。
さらに、ひとつのひとつの場所細胞の発火活動のタイミングは、シータ波(10Hz)という脳波によって精細に決められていることが分かった。
シータ波が、オーケストラにおける指揮者のように、全員の活動するタイミングを決める役割をしている。
さらに面白いことに、ひとつの場所細胞の発火活動パターンは、シータ波に完全に同期しているわけではなく、シータ波に対して場所細胞の発火タイミングの位相が少しずつ前進していく(8Hzだから)というもので、オキーフ博士(2014年度ノーベル生理学・医学賞受賞)はこれを位相前進(Phase precession)と名付けた。
場所細胞の法則的な位相のずれのために、
シータ波の1サイクルの中でもそれぞれの場所細胞の相対的位置関係が分かってしまう。
つまり、空間表現が0.1秒ぐらいのシータ波1サイクルに圧縮されていることになる。
いままで歩いてきた過去の道筋と、これから歩いて行く未来の道筋の両方が、脳の海馬のなかでは0.1秒の一瞬で表現されている。
ラットの海馬とヒトの海馬を比べると、回路の構造に大きな違いは見られない。
ラットの海馬の『どの順番(時間)でどの場所(空間)を移動したか、つまり出来事の記憶にとって欠かすことのできない”時間”と”空間”の流れを整理している仕組みは、ヒトの海馬でも使われている可能性がある。
海馬にできた記憶は、最終的には側頭葉などの大脳皮質に固定されるはずである。
しかしその具体的な仕組みについては、残念ながら現在のところわかっていない。
ただしヒントはある。
ラットの場所細胞が、”眠っている間”にも発火していることが確かめられた。
しかも発火の順番は、ラットが起きているときに測定された発火の順番と同じだった。
ラットは眠りながら、起きている間に経験した出来事を再現しているらしい。
理科学研究所脳科学研究センター神経情報基盤センターの山口陽子(やまぐち ようこ)センター長は次のように語る。
『このときラットはおそらく夢を見ているのでしょう。海馬は、起きている間に経験して記憶した出来事を、眠りながら再生し、必要なものだけを大脳皮質に送っているのかもしれません』。
海馬への信号は、海馬傍回から入ってくる
海馬への信号入力は、必ず海馬傍回を通る。
そして『歯状回』から『CA3』、『CA1』と言う領域を経て、再び海馬傍回から出力される。
エピソード記憶は、海馬の中をこのような経路で信号が流れる間に作られる。
CA3やCA1には『錐体細胞』と呼ばれるニューロンが多数あり、盛んにLTP(長期増強 Long Term Potentiation)
を発生させて記憶を作る。
01:大脳縦裂、02:脳梁、03:脳弓、04:中心前回、05:中心溝、06:中心後回、07:尾状核、08:視床、09:被殻、10:淡蒼球、11:前障、12:扁桃体[扁桃核複合]、13:視床下部、14:漏斗、15:視索、16:外側窩、17:大脳外側溝、18:視床下核、19:乳頭体、20:黒質、21:海馬、22:横側頭回
参考文献:ニュートン別冊 脳力のしくみ 2018年7月15日発行
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2019年03月05日
海馬と記憶@
最終的には、心の働きの脳内メカニズムについて述べていきます。
記憶力
海馬と記憶@
個人の経験は感覚器官で感知され、『海馬』に送られる
記憶について理解するには、ニューロンやシナプスの機能を理解することに加えて、脳全体としてニューロンの回路がどのように働いているのかを知る必要がある。
記憶にとって特に重要なのは脳の中の海馬だと言われる。
ここまで説明してきた『LTP』も、主に海馬で研究が進められているもの。
なぜ海馬がこれほど重要視されるのだろうか?
これについて有名な話がある。
1953年、アメリカのてんかん患者HM氏は、海馬全体と大脳皮質の側頭葉の一部を手術で取り除いた。
てんかんとはニューロンの回路を流れる電気信号に異常が発生する病気で、HM氏は海馬が原因と考えられたため、切除された。
てんかん症状は収まったが、HM氏は大切なものを失ってしまった。
『記憶力』である。
手術後、HM氏は新たな出来事を全く覚えられなくなった。
人と会話しても、その時はきちんと対応でくるものの
数分後には会話の内容どころか会話したことさえ覚えていない。
つまり、エピソード記憶を新たに作ることができなくなったのである。
ただし、手術よりも数年以上前の出来事に関しては、覚えており、思い出すことができた。
HM氏の症状が示すのは、記憶を新たに作るためには、『海馬』が必要だということ。
そしてもう一つ、古い記憶の最終貯蔵庫は海馬ではないということだ。
海馬には五感を始め、あらゆる感覚器官が受け取った外界の刺激が電気信号に変換されて集まってくる。
現在では、海馬はこうして集められた信号を整理して、一時的(1ヶ月から数ヶ月程度)に記憶を蓄える働きを担っていると考えられている。
もちろんその際には、海馬のニューロンのシナプスでE-LTPやL-LTPなどの現象が頻繁に起きている。
では、海馬に一時的に蓄えられた後、記憶は最終的にどこに固定されるのだろうか?
これに関しては、大脳皮質だとする説が有力である。
50年ほど前、カナダの神経外科医ペンフィールドが、てんかんの手術の際に患者の側頭葉を電気刺激したところ、その患者は過去の出来事をありありと思い出したのである。
側頭葉のニューロンの回路に固定された記憶が、刺激を受けることで再現されたのだと考えらえている。
『海馬』という名前の由来は?
ヒトの脳から取り出した海馬。
海馬という名の由来には、幾つかの説がある。
タツノオトシゴのことを海馬と呼ぶ場合があり、これに似ているから、という説や、
神話で神様が乗った乗り物に似ているという説など。
海馬には目からの信号を処理する一次視覚野(後頭葉)、皮膚からなどの信号を処理する体性感覚野(後頭葉)、耳からの信号を処理する聴覚野(側頭葉)、鼻からの信号を処理する嗅覚野(前頭葉)、舌からの信号を処理する味覚野(側頭葉)は、各感覚器官から送られてきた電気情報を専門的に処理され、脳の中心付近にある海馬へと集められる。
海馬ではこれらの信号を整理・統合し、記憶を作るらしい。
記憶力
海馬と記憶@
個人の経験は感覚器官で感知され、『海馬』に送られる
記憶について理解するには、ニューロンやシナプスの機能を理解することに加えて、脳全体としてニューロンの回路がどのように働いているのかを知る必要がある。
記憶にとって特に重要なのは脳の中の海馬だと言われる。
ここまで説明してきた『LTP』も、主に海馬で研究が進められているもの。
なぜ海馬がこれほど重要視されるのだろうか?
これについて有名な話がある。
1953年、アメリカのてんかん患者HM氏は、海馬全体と大脳皮質の側頭葉の一部を手術で取り除いた。
てんかんとはニューロンの回路を流れる電気信号に異常が発生する病気で、HM氏は海馬が原因と考えられたため、切除された。
てんかん症状は収まったが、HM氏は大切なものを失ってしまった。
『記憶力』である。
手術後、HM氏は新たな出来事を全く覚えられなくなった。
人と会話しても、その時はきちんと対応でくるものの
数分後には会話の内容どころか会話したことさえ覚えていない。
つまり、エピソード記憶を新たに作ることができなくなったのである。
ただし、手術よりも数年以上前の出来事に関しては、覚えており、思い出すことができた。
HM氏の症状が示すのは、記憶を新たに作るためには、『海馬』が必要だということ。
そしてもう一つ、古い記憶の最終貯蔵庫は海馬ではないということだ。
海馬には五感を始め、あらゆる感覚器官が受け取った外界の刺激が電気信号に変換されて集まってくる。
現在では、海馬はこうして集められた信号を整理して、一時的(1ヶ月から数ヶ月程度)に記憶を蓄える働きを担っていると考えられている。
もちろんその際には、海馬のニューロンのシナプスでE-LTPやL-LTPなどの現象が頻繁に起きている。
では、海馬に一時的に蓄えられた後、記憶は最終的にどこに固定されるのだろうか?
これに関しては、大脳皮質だとする説が有力である。
50年ほど前、カナダの神経外科医ペンフィールドが、てんかんの手術の際に患者の側頭葉を電気刺激したところ、その患者は過去の出来事をありありと思い出したのである。
側頭葉のニューロンの回路に固定された記憶が、刺激を受けることで再現されたのだと考えらえている。
『海馬』という名前の由来は?
ヒトの脳から取り出した海馬。
海馬という名の由来には、幾つかの説がある。
タツノオトシゴのことを海馬と呼ぶ場合があり、これに似ているから、という説や、
神話で神様が乗った乗り物に似ているという説など。
海馬には目からの信号を処理する一次視覚野(後頭葉)、皮膚からなどの信号を処理する体性感覚野(後頭葉)、耳からの信号を処理する聴覚野(側頭葉)、鼻からの信号を処理する嗅覚野(前頭葉)、舌からの信号を処理する味覚野(側頭葉)は、各感覚器官から送られてきた電気情報を専門的に処理され、脳の中心付近にある海馬へと集められる。
海馬ではこれらの信号を整理・統合し、記憶を作るらしい。
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2019年03月04日
スパインと記憶
最終的には、心の働きの脳内メカニズムについて述べていきます。
記憶力
スパインと記憶
スパインが大きくなっている記憶は忘れにくい?
短期記憶と長期記憶の違いは、細胞の形にも表れている
東京大学の河西春郎(かさい はるお)教授は、
「脳も結局は細胞からできている。細胞としての性質を明らかにすれば、
記憶の不思議な性質も説明できるのではないか」と考え、
『スパイン』という樹状突起の『出っぱり』に注目して、研究を行っている。
スパインとは、神経細胞のつなぎ目(シナプス)で、ほかの神経細胞からの信号(神経伝達物質)を受け取る構造のことである。
これまでに、同じことをくりかえし学習すると、同じスパインになんども信号が送られ、
スパインが大きくなることがわかっている。
スパインが大きくなると、信号を効率的に受け取れるようになるという。
この現象が脳に蓄えられる仕組みの一部だと考えられている。
スパインの大きさは学習による刺激でのみ変化すると思われていた。
ところが、学習による刺激がなくても大きさが”自然に”変動していることが、
河西教授らの研究で明らかになってきた。
ラットの海馬の神経細胞を培養し、数日にわたって観察したところ、大きくなったり、小さくなったり、スパインの大きさは日々変動していたのである。
河西教授は、このスパインの変動から、記憶や学習の不思議な性質の一部を説明できると考えている。
「新しい記憶、つまり小さなスパインは、変動によってすぐに消滅してしまう可能性が高いです。
知識を身につけるためには、繰り返し学習してスパインを大きくする必要があります。
また、古い記憶は、すでにスパインがかなり大きくなっており、
多少の変動くらいではなかなか消えないので、忘れにくいのだと考えられます」(河西教授)
脳のさまざまな機能は、細胞の動きや形を理解することで、より詳しく説明できるようになるかもしれない。
スパインの大きさの変動は、記憶の不思議な性質につながっている
学習による刺激の有無に関わらず、スパインの大きさが自然に変動するということから、
記憶や学習にまつわる幾つかの現象を説明することができる。
一方、変動によってスパインが自然に消滅することは、不要な記憶を消して、新たな記憶を蓄える基盤を作るのに役立っているとも考えられる。
なお、一つのスパインに、ある一つの記憶が収められているわけではない。
記憶はあくまでも、神経細胞が作る”ネットワーク”に保存されている。
つながり方や信号の伝わり方こそが記憶なのである。
参考文献:ニュートン別冊 脳力のしくみ 2018年7月15日発行
記憶力
スパインと記憶
スパインが大きくなっている記憶は忘れにくい?
短期記憶と長期記憶の違いは、細胞の形にも表れている
東京大学の河西春郎(かさい はるお)教授は、
「脳も結局は細胞からできている。細胞としての性質を明らかにすれば、
記憶の不思議な性質も説明できるのではないか」と考え、
『スパイン』という樹状突起の『出っぱり』に注目して、研究を行っている。
スパインとは、神経細胞のつなぎ目(シナプス)で、ほかの神経細胞からの信号(神経伝達物質)を受け取る構造のことである。
これまでに、同じことをくりかえし学習すると、同じスパインになんども信号が送られ、
スパインが大きくなることがわかっている。
スパインが大きくなると、信号を効率的に受け取れるようになるという。
この現象が脳に蓄えられる仕組みの一部だと考えられている。
スパインの大きさは学習による刺激でのみ変化すると思われていた。
ところが、学習による刺激がなくても大きさが”自然に”変動していることが、
河西教授らの研究で明らかになってきた。
ラットの海馬の神経細胞を培養し、数日にわたって観察したところ、大きくなったり、小さくなったり、スパインの大きさは日々変動していたのである。
河西教授は、このスパインの変動から、記憶や学習の不思議な性質の一部を説明できると考えている。
「新しい記憶、つまり小さなスパインは、変動によってすぐに消滅してしまう可能性が高いです。
知識を身につけるためには、繰り返し学習してスパインを大きくする必要があります。
また、古い記憶は、すでにスパインがかなり大きくなっており、
多少の変動くらいではなかなか消えないので、忘れにくいのだと考えられます」(河西教授)
脳のさまざまな機能は、細胞の動きや形を理解することで、より詳しく説明できるようになるかもしれない。
スパインの大きさの変動は、記憶の不思議な性質につながっている
学習による刺激の有無に関わらず、スパインの大きさが自然に変動するということから、
記憶や学習にまつわる幾つかの現象を説明することができる。
一方、変動によってスパインが自然に消滅することは、不要な記憶を消して、新たな記憶を蓄える基盤を作るのに役立っているとも考えられる。
なお、一つのスパインに、ある一つの記憶が収められているわけではない。
記憶はあくまでも、神経細胞が作る”ネットワーク”に保存されている。
つながり方や信号の伝わり方こそが記憶なのである。
参考文献:ニュートン別冊 脳力のしくみ 2018年7月15日発行
2019年03月03日
長期記憶のしくみ
最終的には、心の働きの脳内メカニズムについて述べていきます。
記憶力
長期記憶のしくみ
長期記憶では”キャッチャー”が増えた状態を固定する
短期記憶は、ニューロンどうしのつなぎ目であるシナプスで化学物質の”キャッチャー”『受容体』が増えて、信号伝達の効率のよい状態が数時間続くこと(E-LTP)だった。
では、長期記憶に関してはどうなるのだろうか?
長期記憶は、短期記憶をより安定させたものだと言える。
E-LTPの状態を長期間保てば、記憶は固定されるだろう。
つまり、増えた受容体をそのまま維持する仕掛けが必要なのだ。
それには『細胞核』の力を借りる。
ます、E-LTPの時と同じように、ごく短い時間に連続して信号が送られることで、受け手側のニューロンにカルシウムイオンが流れ込み、これをきっかけに受容体の数が増える。
E-LTPと違うのはここから。
カルシウムイオンはさらに、細胞核の遺伝子のスイッチが入るように働きかけるタンパク質を活性化させる。
すると、遺伝子が働き、新たに様々な種類のタンパク質が合成される。
こうしてできたタンパク質は受容体を固定させるための”部品”として使われる。
こうして信号の伝達効率のよい状態を、より長時間維持するのである。これが長期記憶を保つしくみだと考えられている。
この変化には、数十分程度は必要だと考えられている。
短期記憶のE-LTPのように即座に作ることはできないが、一旦出来上がってしまえばかなり安定している。
このように細胞核で遺伝子が働いて、長期的にシナプスの信号伝達がよくなることを、
『L-LTP』と呼んでいる。
長期記憶が細胞核の助けを借りて作られていることの証拠が、実際にある。
ラットに薬剤を与えて、タンパク質を作れなくすると、そのラットは新たに長期記憶を覚えられなくなる。
短期記憶は正常に覚えられることから、長期記憶にはタンパク質の合成が必要だとわかる。
長期記憶に関しては、増えた受容体を固定することに加えて、新たにシナプスを作ることも行われていると考えらえている。
つまり、電車の例で行けば、新たな乗り換え駅を作ることである。
新たなシナプスを作る場合にもやはり細胞核でタンパク質を合成する必要があると考えられている。
なお、L-LTPに関わる遺伝子が全て解明されているわけではない。
参考文献:ニュートン別冊 脳力のしくみ 2018年7月15日発行
記憶力
長期記憶のしくみ
長期記憶では”キャッチャー”が増えた状態を固定する
短期記憶は、ニューロンどうしのつなぎ目であるシナプスで化学物質の”キャッチャー”『受容体』が増えて、信号伝達の効率のよい状態が数時間続くこと(E-LTP)だった。
では、長期記憶に関してはどうなるのだろうか?
長期記憶は、短期記憶をより安定させたものだと言える。
E-LTPの状態を長期間保てば、記憶は固定されるだろう。
つまり、増えた受容体をそのまま維持する仕掛けが必要なのだ。
それには『細胞核』の力を借りる。
ます、E-LTPの時と同じように、ごく短い時間に連続して信号が送られることで、受け手側のニューロンにカルシウムイオンが流れ込み、これをきっかけに受容体の数が増える。
E-LTPと違うのはここから。
カルシウムイオンはさらに、細胞核の遺伝子のスイッチが入るように働きかけるタンパク質を活性化させる。
すると、遺伝子が働き、新たに様々な種類のタンパク質が合成される。
こうしてできたタンパク質は受容体を固定させるための”部品”として使われる。
こうして信号の伝達効率のよい状態を、より長時間維持するのである。これが長期記憶を保つしくみだと考えられている。
この変化には、数十分程度は必要だと考えられている。
短期記憶のE-LTPのように即座に作ることはできないが、一旦出来上がってしまえばかなり安定している。
このように細胞核で遺伝子が働いて、長期的にシナプスの信号伝達がよくなることを、
『L-LTP』と呼んでいる。
長期記憶が細胞核の助けを借りて作られていることの証拠が、実際にある。
ラットに薬剤を与えて、タンパク質を作れなくすると、そのラットは新たに長期記憶を覚えられなくなる。
短期記憶は正常に覚えられることから、長期記憶にはタンパク質の合成が必要だとわかる。
長期記憶に関しては、増えた受容体を固定することに加えて、新たにシナプスを作ることも行われていると考えらえている。
つまり、電車の例で行けば、新たな乗り換え駅を作ることである。
新たなシナプスを作る場合にもやはり細胞核でタンパク質を合成する必要があると考えられている。
なお、L-LTPに関わる遺伝子が全て解明されているわけではない。
参考文献:ニュートン別冊 脳力のしくみ 2018年7月15日発行
2019年03月01日
短期記憶のしくみ
最終的には、心の働きの脳内メカニズムについて述べていきます。
記憶力
短期記憶のしくみ
短期記憶では、シナプスで
”キャッチャー”をふやす
第2章でみたように(2/24 信号伝達B
)、
ニューロンは、前のニューロンとのつなぎ目であるシナプスから少々信号を伝えられたくらいでは、
次のニューロンに信号を送り出すことはしない。
情報も伝わらず、記憶もできない。
情報を伝えるには、シナプスで信号の伝達をよくし、
前のニューロンより強い信号を細胞体に集める必要がある。
シナプスの信号伝達をよくするしくみが、
『LTP(長期増強)』である。
LTPが起きるしくみをみてみよう
通常の信号が送られてきた場合、シナプスでは、隙間に化学物質が放出される。
受け手で待ち構える”キャッチャー”(受容体)が化学物質を捕まえ、そのことによって受容体に穴が開き、ナトリウムイオンが流れ込む。これ1回の反応では、信号伝達がよくなることはない。
一方、印象的な出来事を経験するとした場合、ごく短い時間に繰り返し信号が送られてくることがある。
この場合、短時間のうちに繰り返し化学信号が受け渡されて、
受け手側のニューロンに大量にナトリウムイオンが流れ込む。
するとさらに別の入り口からカルシウムイオンが流れ込む。
ところで、受容体には”在庫品”があり、出番を待っているものがある。
カルシウムイオンが流れ込むと、これをきっかけに受容体の”在庫品”が新たに活動をはじめる。
受容体はナトリウムイオンを招き入れる入り口でもあるのだから、
受容体が増えれば、当然流れ込むナトリウムイオンが増える。
つまり、受け手側のニューロンに強い信号が伝わる状態になる。
こうして『LTP』が起きる!
多くのシナプスでLTPが起きれば、結果的に受け手側のニューロンが『発火』しやすくなり、回路も変化するだろう。
このようなLTPは即座に起き、そして数時間ほど続く。
しかし長続きはしない。そのまま放っておくと、せっかく増えた受容体の数が元に戻ってしまうからだ。
これでは記憶は消えてしまう。
例えば1ヶ月前の朝食のメニューを覚えていないのは、このような理由によると考えられている。
短時間で消えてしまうLTPは、特に『E-LTP』と呼ばれている。
E-LTPは『短期記憶』に相当すると考えられている。
参考文献:ニュートン別冊 脳力のしくみ 2018年7月15日発行
記憶力
短期記憶のしくみ
短期記憶では、シナプスで
”キャッチャー”をふやす
第2章でみたように(2/24 信号伝達B
)、
ニューロンは、前のニューロンとのつなぎ目であるシナプスから少々信号を伝えられたくらいでは、
次のニューロンに信号を送り出すことはしない。
情報も伝わらず、記憶もできない。
情報を伝えるには、シナプスで信号の伝達をよくし、
前のニューロンより強い信号を細胞体に集める必要がある。
シナプスの信号伝達をよくするしくみが、
『LTP(長期増強)』である。
LTPが起きるしくみをみてみよう
通常の信号が送られてきた場合、シナプスでは、隙間に化学物質が放出される。
受け手で待ち構える”キャッチャー”(受容体)が化学物質を捕まえ、そのことによって受容体に穴が開き、ナトリウムイオンが流れ込む。これ1回の反応では、信号伝達がよくなることはない。
一方、印象的な出来事を経験するとした場合、ごく短い時間に繰り返し信号が送られてくることがある。
この場合、短時間のうちに繰り返し化学信号が受け渡されて、
受け手側のニューロンに大量にナトリウムイオンが流れ込む。
するとさらに別の入り口からカルシウムイオンが流れ込む。
ところで、受容体には”在庫品”があり、出番を待っているものがある。
カルシウムイオンが流れ込むと、これをきっかけに受容体の”在庫品”が新たに活動をはじめる。
受容体はナトリウムイオンを招き入れる入り口でもあるのだから、
受容体が増えれば、当然流れ込むナトリウムイオンが増える。
つまり、受け手側のニューロンに強い信号が伝わる状態になる。
こうして『LTP』が起きる!
多くのシナプスでLTPが起きれば、結果的に受け手側のニューロンが『発火』しやすくなり、回路も変化するだろう。
このようなLTPは即座に起き、そして数時間ほど続く。
しかし長続きはしない。そのまま放っておくと、せっかく増えた受容体の数が元に戻ってしまうからだ。
これでは記憶は消えてしまう。
例えば1ヶ月前の朝食のメニューを覚えていないのは、このような理由によると考えられている。
短時間で消えてしまうLTPは、特に『E-LTP』と呼ばれている。
E-LTPは『短期記憶』に相当すると考えられている。
参考文献:ニュートン別冊 脳力のしくみ 2018年7月15日発行
2019年02月28日
記憶の原理A
最終的には、心の働きの脳内メカニズムについて述べていきます。
記憶力
記憶の原理A
信号が流れた神経回路では
信号の伝達効率が上がる
ニューロンの回路が変化して記憶ができる。
また電車と線路の例えで考えてみる。
電車の流れを変える方法として、三つを考えてみた。
「1.新たな路線を作る」
「2.別の路線との乗換駅を新たに作る」
「3.車両を増やす」
3は路線そのものは変化していないが、通過する車両の数が変化する。
1と2を実現するためには大工事が必要だが、3については少ない負担で実現できそう。
これをニューロンに当てはめると
「1.新たにニューロンを作る」、
「2.新たにニューロンどうしのつなぎ目(シナプス)を作る」、
「3.信号の伝達効率をあげる」の三つとなるだろう。
脳にとっても1や2は負担が大きそう。
実際、現在では3の「信号の伝達効率のアップ」が基本的な記憶の原理だと考えられており、これに付随して1と2も生じうる。
3の鍵を握っているのはニューロンどうしのつなぎ目「シナプス」だ。
実は1949年の段階で、カナダの心理学者ドナルド・ヘッブが重要な”予言”を行なっている。
「あるニューロンから次のニューロンにくりかえし信号が伝えられた場合、それに関係したシナプスでのみ伝達効率が上がる」というものだ。
つまり、伝達効率のアップは、でたらめに起きるのではなく、信号が流れた回路だけで起きるというわけだ。
ヘップの主張が正しいことは、1973年に実験で確かめられた。
ニューロンを伝わる信号は電気である。
うさぎの脳の海馬という部分のニューロンをくりかえし電気刺激すると、そのニューロンのシナプスの可塑性は実際に存在したのである。
つまりニューロンは、記憶にとって不可欠と考えられている「回路を変化させて、さらにそれを維持する能力」を持っていたのである。
この現象は『LTP(Long Term Potentiation:長期増強)と名付けられた。
以後、LTPの研究は精力的に進められ、LTPが起きやすいネズミは記憶・学習能力が高いことが確認された。
また、ネズミに薬剤を投与してLTPが起きないようにすると、そのネズミの学習能力が落ちた。
こうしてLTPと記憶が密接に関係していることを裏付けるデータが次々と積み上げられ、脳科学者の多くがLTPを記憶の基本的な原理だと考えられるようになったのである。
参考文献:ニュートン別冊 脳力のしくみ 2018年7月15日発行
記憶力
記憶の原理A
信号が流れた神経回路では
信号の伝達効率が上がる
ニューロンの回路が変化して記憶ができる。
また電車と線路の例えで考えてみる。
電車の流れを変える方法として、三つを考えてみた。
「1.新たな路線を作る」
「2.別の路線との乗換駅を新たに作る」
「3.車両を増やす」
3は路線そのものは変化していないが、通過する車両の数が変化する。
1と2を実現するためには大工事が必要だが、3については少ない負担で実現できそう。
これをニューロンに当てはめると
「1.新たにニューロンを作る」、
「2.新たにニューロンどうしのつなぎ目(シナプス)を作る」、
「3.信号の伝達効率をあげる」の三つとなるだろう。
脳にとっても1や2は負担が大きそう。
実際、現在では3の「信号の伝達効率のアップ」が基本的な記憶の原理だと考えられており、これに付随して1と2も生じうる。
3の鍵を握っているのはニューロンどうしのつなぎ目「シナプス」だ。
実は1949年の段階で、カナダの心理学者ドナルド・ヘッブが重要な”予言”を行なっている。
「あるニューロンから次のニューロンにくりかえし信号が伝えられた場合、それに関係したシナプスでのみ伝達効率が上がる」というものだ。
つまり、伝達効率のアップは、でたらめに起きるのではなく、信号が流れた回路だけで起きるというわけだ。
ヘップの主張が正しいことは、1973年に実験で確かめられた。
ニューロンを伝わる信号は電気である。
うさぎの脳の海馬という部分のニューロンをくりかえし電気刺激すると、そのニューロンのシナプスの可塑性は実際に存在したのである。
つまりニューロンは、記憶にとって不可欠と考えられている「回路を変化させて、さらにそれを維持する能力」を持っていたのである。
この現象は『LTP(Long Term Potentiation:長期増強)と名付けられた。
以後、LTPの研究は精力的に進められ、LTPが起きやすいネズミは記憶・学習能力が高いことが確認された。
また、ネズミに薬剤を投与してLTPが起きないようにすると、そのネズミの学習能力が落ちた。
こうしてLTPと記憶が密接に関係していることを裏付けるデータが次々と積み上げられ、脳科学者の多くがLTPを記憶の基本的な原理だと考えられるようになったのである。
参考文献:ニュートン別冊 脳力のしくみ 2018年7月15日発行