2019年03月09日
記憶力の増強
最終的には、心の働きの脳内メカニズムについて述べていきます。
記憶力
記憶力の増強
記憶力を上げたり、忘れるのを防いだりするには?
もっとたくさんのことを覚えたい!
せっかく覚えたことを忘れたくない!
記憶力をあげることができるのかについて考えてみよう。
一口に記憶力といっても、その定義は難しい。
ここでは『エピソード記憶』と『意味記憶』について考えよう。
これらの記憶を作る基本的な原理はシナプスの信号伝達効率をあげること、つまりLTPであった。
LTPを起こしやすくすれば、理論上、より多くのことが記憶できそうだ。
実際そのような実験が行われ、マウスで成功している。
アメリカ、プリンストン大学のジョ・ツェン博士らが1999年に報告した『天才マウス』だ。
LTPを起こしやすくするには、シナプスで化学物質を受け取る”キャッチャー”、つまり『受容体』を増やすのが一つの方法だろう。
「天才マウス」は、受容体の一種『NMDA(nメチルdアスパラギン酸)受容体』を作る遺伝子を余計に組み込むことで誕生した。
このマウスに、ある種の迷路を覚えさせる実験を行ったところ、通常のマウスに比べて明らかに成績が良かったのである。
記憶を忘れさせる酵素『PP1』
記憶力をあげるということを考えた場合、「天才マウス」のようにより多くのことを覚えるという方法とは別に、覚えたことを忘れないという方法もありうるだろう。
これについて、近年、重要な発見があった。
そもそも記憶を忘れるとは、どういうことだろう?
一つの可能性は、脳の中には記憶が残されているのに、思い出すことができないという状況である。
もう一つの可能性は、記憶そのものを失ってしまう場合である。
実際の私たちの脳の中では、どちらの場合もあると考えられている。
さて、近年報告された重要な発見とは、『記憶そのものが失われる』場合の話である。
2002年にスイスのイザベラ・マンスイ博士らが発表した内容によると、『PP1』という酵素には、記憶が作られるのを妨げたり、できた記憶を失わせたりする働きがあるというのだ。
記憶の基本原理であるLTPでは、シナプスで化学物質を受け取る『受容体』が活性化されたり、数が増えたりしていた。
実はこれが起きるには、『リン酸化』という過程が必要である。
リン酸化とは、タンパク質にリン酸が結合し、さまざまな機能を発揮するようになることだ。
ところがPP1という酵素は、リン酸の結合を引き離してしまう(脱リン酸化)。
つまり受容体の働きを悪くしたり、受容体が増えるのを妨げたりするのである。
実際、脳の中ではPP1が働いており、記憶をしにくくしたり、失わせたりしているらしい。
ということは、PP1の働きを抑えれば、記憶力を上げることができそうである。
実際、マンスイ博士らがPP1を抑える実験をマウスに行ったところ、そのマウスは記憶力が向上したという。
面白いのは、特に年をとったマウスで効果が大きかったことである。
富山大学、井ノ口馨(いのくち かおる)教授が解説する。
「推測ですが、年をとって記憶力が落ちるのは、PP1の制御がうまくできなくなることが原因の一つかもしれません。PP1の暴走を抑える薬が開発されれば、加齢によって記憶力が下がるのを防ぐ薬ができるかもしれません」。
ところで、このように一見邪魔とも思えるPP1という酵素が、なぜ存在するのだろうか?
「全ての情報をため込んでいったのでは、いくら脳が情報処理能力がすぐれているといっても、回路網が飽和してしまうのではないでしょうか。不要な情報を積極的に消していく仕組みが、脳にとっては必要なのだと思います」(井ノ口教授)
復習はE-LTPをL-LTPへと移す
勉強など、知識を増やすためには、復習が大切と言われる。
これについては、脳科学でどれだけ説明できるのだろうか。
キーワードは、やはりLTP(長期増強)だろう。
信号の入力が勉強1回分だけの場合を考えてみよう。
記憶を作るニューロンの回路の変化は、短期間で消えるE-LTP(前期長期増強)で終わってしまうこともあれば、新たにタンパク質を合成して長時間維持されるL-LTP(後期長期増強)まで進む場合もあるだろう。
そのまま放置すれば、L-LTPまで進んでいない記憶はいずれ消えてしまう。
これを防ぐには、繰り返し勉強して信号の入力回数を増やすことが重要と考えられている。
繰り返し信号を流すことによって、E-LTPからより安定なL-LTPへと移すのだ。
やはり復習は効果的だということだ。
「ただし、E-LTPで終わるのか、L-LTPまで進むのかを分けるスイッチが何なのかについては、今のところわかっていません。今後の研究でぜひとも明らかにしていきたいところです」。(井ノ口教授)
参考文献:ニュートン別冊 脳力のしくみ 2018年7月15日発行
記憶力
記憶力の増強
記憶力を上げたり、忘れるのを防いだりするには?
もっとたくさんのことを覚えたい!
せっかく覚えたことを忘れたくない!
記憶力をあげることができるのかについて考えてみよう。
一口に記憶力といっても、その定義は難しい。
ここでは『エピソード記憶』と『意味記憶』について考えよう。
これらの記憶を作る基本的な原理はシナプスの信号伝達効率をあげること、つまりLTPであった。
LTPを起こしやすくすれば、理論上、より多くのことが記憶できそうだ。
実際そのような実験が行われ、マウスで成功している。
アメリカ、プリンストン大学のジョ・ツェン博士らが1999年に報告した『天才マウス』だ。
LTPを起こしやすくするには、シナプスで化学物質を受け取る”キャッチャー”、つまり『受容体』を増やすのが一つの方法だろう。
「天才マウス」は、受容体の一種『NMDA(nメチルdアスパラギン酸)受容体』を作る遺伝子を余計に組み込むことで誕生した。
このマウスに、ある種の迷路を覚えさせる実験を行ったところ、通常のマウスに比べて明らかに成績が良かったのである。
記憶を忘れさせる酵素『PP1』
記憶力をあげるということを考えた場合、「天才マウス」のようにより多くのことを覚えるという方法とは別に、覚えたことを忘れないという方法もありうるだろう。
これについて、近年、重要な発見があった。
そもそも記憶を忘れるとは、どういうことだろう?
一つの可能性は、脳の中には記憶が残されているのに、思い出すことができないという状況である。
もう一つの可能性は、記憶そのものを失ってしまう場合である。
実際の私たちの脳の中では、どちらの場合もあると考えられている。
さて、近年報告された重要な発見とは、『記憶そのものが失われる』場合の話である。
2002年にスイスのイザベラ・マンスイ博士らが発表した内容によると、『PP1』という酵素には、記憶が作られるのを妨げたり、できた記憶を失わせたりする働きがあるというのだ。
記憶の基本原理であるLTPでは、シナプスで化学物質を受け取る『受容体』が活性化されたり、数が増えたりしていた。
実はこれが起きるには、『リン酸化』という過程が必要である。
リン酸化とは、タンパク質にリン酸が結合し、さまざまな機能を発揮するようになることだ。
ところがPP1という酵素は、リン酸の結合を引き離してしまう(脱リン酸化)。
つまり受容体の働きを悪くしたり、受容体が増えるのを妨げたりするのである。
実際、脳の中ではPP1が働いており、記憶をしにくくしたり、失わせたりしているらしい。
ということは、PP1の働きを抑えれば、記憶力を上げることができそうである。
実際、マンスイ博士らがPP1を抑える実験をマウスに行ったところ、そのマウスは記憶力が向上したという。
面白いのは、特に年をとったマウスで効果が大きかったことである。
富山大学、井ノ口馨(いのくち かおる)教授が解説する。
「推測ですが、年をとって記憶力が落ちるのは、PP1の制御がうまくできなくなることが原因の一つかもしれません。PP1の暴走を抑える薬が開発されれば、加齢によって記憶力が下がるのを防ぐ薬ができるかもしれません」。
ところで、このように一見邪魔とも思えるPP1という酵素が、なぜ存在するのだろうか?
「全ての情報をため込んでいったのでは、いくら脳が情報処理能力がすぐれているといっても、回路網が飽和してしまうのではないでしょうか。不要な情報を積極的に消していく仕組みが、脳にとっては必要なのだと思います」(井ノ口教授)
復習はE-LTPをL-LTPへと移す
勉強など、知識を増やすためには、復習が大切と言われる。
これについては、脳科学でどれだけ説明できるのだろうか。
キーワードは、やはりLTP(長期増強)だろう。
信号の入力が勉強1回分だけの場合を考えてみよう。
記憶を作るニューロンの回路の変化は、短期間で消えるE-LTP(前期長期増強)で終わってしまうこともあれば、新たにタンパク質を合成して長時間維持されるL-LTP(後期長期増強)まで進む場合もあるだろう。
そのまま放置すれば、L-LTPまで進んでいない記憶はいずれ消えてしまう。
これを防ぐには、繰り返し勉強して信号の入力回数を増やすことが重要と考えられている。
繰り返し信号を流すことによって、E-LTPからより安定なL-LTPへと移すのだ。
やはり復習は効果的だということだ。
「ただし、E-LTPで終わるのか、L-LTPまで進むのかを分けるスイッチが何なのかについては、今のところわかっていません。今後の研究でぜひとも明らかにしていきたいところです」。(井ノ口教授)
参考文献:ニュートン別冊 脳力のしくみ 2018年7月15日発行
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