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2019年03月30日
小脳と直観A
最終的には、心の働きの脳内メカニズムについて述べていきます。
判断力・直観力
小脳と直観A
小脳も直観を生んでいるかもしれない
小脳での学習は、「意識しなくてもひとりでにできるようになる」、「繰り返し試みた後で起こる」という点で、直観と似ている。
このことから、伊藤博士は次のような『小脳仮説』を考えている。
普段私たちが経験したことは、一時的に脳内の『海馬』という場所に預けられて整理をされ、大脳皮質の前頭前野以外の場所に分散されて記憶されていく。
前頭前野は、これらの記憶を参考にしながら、外の世界の対象物を分析したり、判断したりといった思考を行う。
伊藤博士の小脳仮説によると、このような思考を大脳皮質の中で繰り返していると、やがて、小脳によって大脳皮質の記憶は、前頭前野が無意識下での判断・分析に使うような形(内部モデル)に変えられ、小脳内に保存されるようになる。
こうして前頭前野は、大脳皮質の記憶だけではなく、小脳に保存された内部モデルも使うことができるようになる。
大脳基底核と小脳の働きの違いはどこにあるのだろうか。
伊藤博士の仮説では、大脳基底核は大脳皮質に表現された多くの候補から最適の一手を選択するという働き方で直観的な思考に貢献するが、小脳は選ばれた候補のよりよく洗練された内部モデルを提供する可能性が考えられるという。
小脳に移しかえられた将棋の記憶を使って、「次の一手」は浮かんでくる?
前頭前野が、大脳皮質に保存されていた「将棋に関する記憶(知識・経験)」を使って、将棋の次の手を思考する作業を繰り返しているうちに、やがて小脳が、大脳皮質のこれらの記憶を、内部モデルという形に変えて、小脳内に保存する。
すると、前頭前野は、次の手を決めるときに、大脳皮質だけではなく、小脳に保存された内部モデルも使えるようになる。
小脳の内部モデルを使うと、無意識のうちに、素早く次の手を思い浮かべることができる。
これが直観になるのではないか、というのである。
参考文献:ニュートン別冊 脳力のしくみ 2014年7月15日発行
判断力・直観力
小脳と直観A
小脳も直観を生んでいるかもしれない
小脳での学習は、「意識しなくてもひとりでにできるようになる」、「繰り返し試みた後で起こる」という点で、直観と似ている。
このことから、伊藤博士は次のような『小脳仮説』を考えている。
普段私たちが経験したことは、一時的に脳内の『海馬』という場所に預けられて整理をされ、大脳皮質の前頭前野以外の場所に分散されて記憶されていく。
前頭前野は、これらの記憶を参考にしながら、外の世界の対象物を分析したり、判断したりといった思考を行う。
伊藤博士の小脳仮説によると、このような思考を大脳皮質の中で繰り返していると、やがて、小脳によって大脳皮質の記憶は、前頭前野が無意識下での判断・分析に使うような形(内部モデル)に変えられ、小脳内に保存されるようになる。
こうして前頭前野は、大脳皮質の記憶だけではなく、小脳に保存された内部モデルも使うことができるようになる。
大脳基底核と小脳の働きの違いはどこにあるのだろうか。
伊藤博士の仮説では、大脳基底核は大脳皮質に表現された多くの候補から最適の一手を選択するという働き方で直観的な思考に貢献するが、小脳は選ばれた候補のよりよく洗練された内部モデルを提供する可能性が考えられるという。
小脳に移しかえられた将棋の記憶を使って、「次の一手」は浮かんでくる?
前頭前野が、大脳皮質に保存されていた「将棋に関する記憶(知識・経験)」を使って、将棋の次の手を思考する作業を繰り返しているうちに、やがて小脳が、大脳皮質のこれらの記憶を、内部モデルという形に変えて、小脳内に保存する。
すると、前頭前野は、次の手を決めるときに、大脳皮質だけではなく、小脳に保存された内部モデルも使えるようになる。
小脳の内部モデルを使うと、無意識のうちに、素早く次の手を思い浮かべることができる。
これが直観になるのではないか、というのである。
参考文献:ニュートン別冊 脳力のしくみ 2014年7月15日発行
2019年03月29日
小脳と直観@
最終的には、心の働きの脳内メカニズムについて述べていきます。
判断力・直観力
小脳と直観@
“体で覚える”記憶を作る小脳
理化学研究所脳科学総合研究センター特別顧問の伊藤正男(いとう まさお)博士は、
直観が生じる場所については、大脳基底核の他にもう一つ、別の場所を提案している。
小脳である。
小脳は、大脳の後方かつ下方に位置する脳の部位で、運動を学習する領域だ。
初めてスキーを滑る人が、スキーの滑り方を書いた本をいくら読んでも、決して上手く滑れるようにはならない。
スキー場で何度も転びながら、体で覚えるしかない。
自転車の乗り方もそうだし、泳ぎ方も同じだ。
こうした体で覚える運動の記憶は、大脳ではなく小脳の仕事である。
伊藤博士は、小脳研究の専門家だ。
伊藤博士が発見した小脳記憶のメカニズムは、面白いことに、大脳の海馬などで主に使われる仕組みとは正反対のものだった。
海馬の記憶が“書き込み方式”だとすれば、小脳の記憶は“消去法”によって行われるのである。
私たちの運動にミスが生じると、無駄な運動を導くような小脳のシナプスが回路から消される。
そして、残ったシナプスだけが熟練した動きを実現するのだ。
小脳は、“失敗された”シナプスを消していくことで運動の記憶を作る
小脳は、スキーの滑り方、自転車の乗り方、泳ぎ方など、運動の記憶を作るところだ。
「失敗しながら覚えていく」という言葉通り、失敗した経験は、失敗時に活動していた、小脳皮質のシナプスを消すことで記憶されていく。
このような働きをしている小脳からは、大脳の一次運動野や脊髄にニューロンが伸びており、運動を調節するのに役立っている。
また一次運動野から小脳に伸びているニューロンもある。
小脳
小脳の体積は、大脳の10分の1しかない。
しかしその表面積は大脳の半分以上あり、ニューロンの数では大脳の約140億個に対して小脳は1000億個にもなると言われる。
大脳と小脳の間にできた連絡路
体を動かす指令は、一次運動野から伸びたニューロンが脊髄へと伝えるが、
橋核を経由して小脳皮質にも伝わる。
その信号は小脳皮質で処理される。
小脳からの出力は脊髄に向かって運動を調整する。
小脳からは大脳へも出力しており、大脳と小脳は、下オリーブ核から登上線維が入力する。
小脳の記憶は「消去法」
大脳からやってきた信号は平行線維を伝わり、シナプスを通じてプルキンエ細胞に伝達される。
運動の熟練が起きる前は、多くのシナプスが効率よく信号を伝えている。
ところがスキーで転ぶなど運動にミスが生じると、エラー信号が登上線維を通じてプルキンエ細胞に伝わる。
すると、その時活動していた平行線維とプルキンエ細胞との間のシナプスで伝達効率が著しく低下する。
この現象を「長期抑圧LTD(長期増強)」と呼ぶ。
無駄な運動の原因となったシナプスはこうして回路から消され、エラー信号に出会わずに済んだシナプスだけが回路に残されて熟練した動きを実現する。
伊藤博士は、長期抑制が小脳で起きていることを世界で初めて証明した。
皮質にある「小脳チップ」
一次運動野からきた信号は、小脳のシワに平行して伸びている平行線維によって、プルキンエ細胞に伝えられる。
プルキンエ細胞は、小脳のシワに垂直な方向に扇のように樹状突起を広げており、そこで平行線維とシナプスを作っている。
プルキンエ細胞からは軸索を通じて小脳皮質以外の部位へと信号を出力する。
プルキンエ細胞には、下オリーブ核から伸びてきたニューロンである登上線維が植物のつるのように巻きついており、それがエラー信号をプルキンエ細胞に伝える。
こうした一連の構造は「微小帯域」あるいは「小脳チップ」などと呼ばれ、小脳皮質の機能単位を構成している。
小脳皮質にはこうした微小帯域が5000個ほどあると見積もられている。
参考文献:ニュートン別冊 脳力のしくみ 2014年7月15日発行
判断力・直観力
小脳と直観@
“体で覚える”記憶を作る小脳
理化学研究所脳科学総合研究センター特別顧問の伊藤正男(いとう まさお)博士は、
直観が生じる場所については、大脳基底核の他にもう一つ、別の場所を提案している。
小脳である。
小脳は、大脳の後方かつ下方に位置する脳の部位で、運動を学習する領域だ。
初めてスキーを滑る人が、スキーの滑り方を書いた本をいくら読んでも、決して上手く滑れるようにはならない。
スキー場で何度も転びながら、体で覚えるしかない。
自転車の乗り方もそうだし、泳ぎ方も同じだ。
こうした体で覚える運動の記憶は、大脳ではなく小脳の仕事である。
伊藤博士は、小脳研究の専門家だ。
伊藤博士が発見した小脳記憶のメカニズムは、面白いことに、大脳の海馬などで主に使われる仕組みとは正反対のものだった。
海馬の記憶が“書き込み方式”だとすれば、小脳の記憶は“消去法”によって行われるのである。
私たちの運動にミスが生じると、無駄な運動を導くような小脳のシナプスが回路から消される。
そして、残ったシナプスだけが熟練した動きを実現するのだ。
小脳は、“失敗された”シナプスを消していくことで運動の記憶を作る
小脳は、スキーの滑り方、自転車の乗り方、泳ぎ方など、運動の記憶を作るところだ。
「失敗しながら覚えていく」という言葉通り、失敗した経験は、失敗時に活動していた、小脳皮質のシナプスを消すことで記憶されていく。
このような働きをしている小脳からは、大脳の一次運動野や脊髄にニューロンが伸びており、運動を調節するのに役立っている。
また一次運動野から小脳に伸びているニューロンもある。
小脳
小脳の体積は、大脳の10分の1しかない。
しかしその表面積は大脳の半分以上あり、ニューロンの数では大脳の約140億個に対して小脳は1000億個にもなると言われる。
大脳と小脳の間にできた連絡路
体を動かす指令は、一次運動野から伸びたニューロンが脊髄へと伝えるが、
橋核を経由して小脳皮質にも伝わる。
その信号は小脳皮質で処理される。
小脳からの出力は脊髄に向かって運動を調整する。
小脳からは大脳へも出力しており、大脳と小脳は、下オリーブ核から登上線維が入力する。
小脳の記憶は「消去法」
大脳からやってきた信号は平行線維を伝わり、シナプスを通じてプルキンエ細胞に伝達される。
運動の熟練が起きる前は、多くのシナプスが効率よく信号を伝えている。
ところがスキーで転ぶなど運動にミスが生じると、エラー信号が登上線維を通じてプルキンエ細胞に伝わる。
すると、その時活動していた平行線維とプルキンエ細胞との間のシナプスで伝達効率が著しく低下する。
この現象を「長期抑圧LTD(長期増強)」と呼ぶ。
無駄な運動の原因となったシナプスはこうして回路から消され、エラー信号に出会わずに済んだシナプスだけが回路に残されて熟練した動きを実現する。
伊藤博士は、長期抑制が小脳で起きていることを世界で初めて証明した。
皮質にある「小脳チップ」
一次運動野からきた信号は、小脳のシワに平行して伸びている平行線維によって、プルキンエ細胞に伝えられる。
プルキンエ細胞は、小脳のシワに垂直な方向に扇のように樹状突起を広げており、そこで平行線維とシナプスを作っている。
プルキンエ細胞からは軸索を通じて小脳皮質以外の部位へと信号を出力する。
プルキンエ細胞には、下オリーブ核から伸びてきたニューロンである登上線維が植物のつるのように巻きついており、それがエラー信号をプルキンエ細胞に伝える。
こうした一連の構造は「微小帯域」あるいは「小脳チップ」などと呼ばれ、小脳皮質の機能単位を構成している。
小脳皮質にはこうした微小帯域が5000個ほどあると見積もられている。
参考文献:ニュートン別冊 脳力のしくみ 2014年7月15日発行
2019年03月28日
直観と訓練
最終的には、心の働きの脳内メカニズムについて述べていきます。
判断力・直観力
直観と訓練
直観は訓練で生み出される?
前日の実験で、大脳基底核が直観を担っていることが明らかになった。
大脳基底核は大脳皮質の内部に位置していおり、大脳皮質とは神経結合のループを作って繋がっている。
大脳皮質から送られた情報は大脳基底核を通り、ここで選ばれた情報だけが大脳皮質へ戻るのだ。
大脳基底核は大脳皮質に比べ、進化的に古い場所だ。
大脳基底核は幾つかの領域からなっており、直観に関わるのは尾状核である。
私たちは無意識に、危険や利益を計算しながら次にとるべき行動を決めている。
この働きを担うのが尾状核で、本能的で素早い反応を司る部位である。
将棋プロジェクトを行う、理化学研究所脳科学総合研究センターの田中啓治(けいじ)副センター長は、尾状核を経由して将棋の次の一手が決められる仕組みを次のように考える。
「候補となる次の一手の情報は、大脳皮質から尾状核へ行き、そこから大脳基底核内を巡回します。尾状核に届く、次の一手の候補はたくさんありますが、これらはまだ意識に昇りません。
大脳基底核から再び大脳皮質に戻った、次の一手の候補のみが意識に上るのです。
盤面を見て大脳皮質が活性化すると、次の一手の候補の情報を伝える神経細胞の働きを、抑えようとする神経経路が働き出します。
こうして候補たちはみな大脳基底核内で“足止め”されますが、やがて、大脳皮質に向かって進める次の一手の候補が出てきます。
これが、直観的に次の一手として浮かんでくるのです」(田中副センター長)。
田中副センター長はさらに興味深い仮説を立てている。
次の一手を考えている時、プロ棋士もアマチュア棋士も大脳皮質の様々な場所が活動していた。
このことから田中副センター長は、最初は誰の脳でも、次の一手を決める作業は大脳皮質で行われているのではないかと考える。
しかし訓練を重ねるにつれ、この作業が大脳皮質から楔前部・大脳基底核へのルートへと移ってくるのではないか、という。
大脳基底核で起こる反応は、無意識的で素早い、つまり直観となる。
高度な能力というイメージがある直観は進化的に“新しい脳”の大脳皮質から、より“古い脳”に作業場が移行した思考回路によって生み出されるのかもしれない。
大脳基底核内を巡回して、次の一手の候補を生む直観のルート
大脳皮質(頭頂葉、側頭葉)に保存されている連合記憶の中には、将棋に関する記憶(知識・経験)がたくさんある。
それらは尾状核に入り、そのまま大脳基底核を巡回しようとするが、巡回途中に伝達が行われなくなってしまう。
しかし、やがてそのような中から、伝達が行われるようになるものが出てきて大脳皮質へと向かう。
これが直観として意識にのぼる次の手だ。
1. 次の一手の候補が浮かぶ前
経路A(大脳皮質→尾状核→淡蒼球→視床→大脳皮質)
経路B(大脳皮質→視床下核→淡蒼球)
多くの「次の一手」の候補の情報は、大脳皮質から脳の内部にある大脳基底核を通り、その後、再び大脳皮質に戻る(経路A)。
盤面を見て大脳皮質が活性化すると、大脳皮質→視床下核→淡蒼球という別の神経細胞の経路(経路B)が活性化する。
この経路Bの神経細胞によって、経路Aの中の淡蒼球から大脳皮質へ向かう全ての神経細胞の働きが一時的に抑えられ、どんな次の一手の情報も、大脳皮質に届くことができなくなる。
2.次の一手の候補が浮かんだ瞬間
やがて、経路Bの神経細胞によって働きを抑えられていた、たくさんの経路Aの神経細胞の中から、抑制が外れて活性化するものが出てくる。
この回路が活性化することで、この経路が担う次の一手の情報が大脳皮質に再び届けられる。
こうして届いた次の一手の情報が、直観として意識に浮かんでくるのである。
経路Bのように全ての可能性を一旦抑える機能がないと、偶然、大脳基底核から最初に大脳皮質に到達した、最適ではない選択肢が選ばれてしまう危険がある。
参考文献:ニュートン別冊 脳力のしくみ 2014年7月15日発行
判断力・直観力
直観と訓練
直観は訓練で生み出される?
前日の実験で、大脳基底核が直観を担っていることが明らかになった。
大脳基底核は大脳皮質の内部に位置していおり、大脳皮質とは神経結合のループを作って繋がっている。
大脳皮質から送られた情報は大脳基底核を通り、ここで選ばれた情報だけが大脳皮質へ戻るのだ。
大脳基底核は大脳皮質に比べ、進化的に古い場所だ。
大脳基底核は幾つかの領域からなっており、直観に関わるのは尾状核である。
私たちは無意識に、危険や利益を計算しながら次にとるべき行動を決めている。
この働きを担うのが尾状核で、本能的で素早い反応を司る部位である。
将棋プロジェクトを行う、理化学研究所脳科学総合研究センターの田中啓治(けいじ)副センター長は、尾状核を経由して将棋の次の一手が決められる仕組みを次のように考える。
「候補となる次の一手の情報は、大脳皮質から尾状核へ行き、そこから大脳基底核内を巡回します。尾状核に届く、次の一手の候補はたくさんありますが、これらはまだ意識に昇りません。
大脳基底核から再び大脳皮質に戻った、次の一手の候補のみが意識に上るのです。
盤面を見て大脳皮質が活性化すると、次の一手の候補の情報を伝える神経細胞の働きを、抑えようとする神経経路が働き出します。
こうして候補たちはみな大脳基底核内で“足止め”されますが、やがて、大脳皮質に向かって進める次の一手の候補が出てきます。
これが、直観的に次の一手として浮かんでくるのです」(田中副センター長)。
田中副センター長はさらに興味深い仮説を立てている。
次の一手を考えている時、プロ棋士もアマチュア棋士も大脳皮質の様々な場所が活動していた。
このことから田中副センター長は、最初は誰の脳でも、次の一手を決める作業は大脳皮質で行われているのではないかと考える。
しかし訓練を重ねるにつれ、この作業が大脳皮質から楔前部・大脳基底核へのルートへと移ってくるのではないか、という。
大脳基底核で起こる反応は、無意識的で素早い、つまり直観となる。
高度な能力というイメージがある直観は進化的に“新しい脳”の大脳皮質から、より“古い脳”に作業場が移行した思考回路によって生み出されるのかもしれない。
大脳基底核内を巡回して、次の一手の候補を生む直観のルート
大脳皮質(頭頂葉、側頭葉)に保存されている連合記憶の中には、将棋に関する記憶(知識・経験)がたくさんある。
それらは尾状核に入り、そのまま大脳基底核を巡回しようとするが、巡回途中に伝達が行われなくなってしまう。
しかし、やがてそのような中から、伝達が行われるようになるものが出てきて大脳皮質へと向かう。
これが直観として意識にのぼる次の手だ。
1. 次の一手の候補が浮かぶ前
経路A(大脳皮質→尾状核→淡蒼球→視床→大脳皮質)
経路B(大脳皮質→視床下核→淡蒼球)
多くの「次の一手」の候補の情報は、大脳皮質から脳の内部にある大脳基底核を通り、その後、再び大脳皮質に戻る(経路A)。
盤面を見て大脳皮質が活性化すると、大脳皮質→視床下核→淡蒼球という別の神経細胞の経路(経路B)が活性化する。
この経路Bの神経細胞によって、経路Aの中の淡蒼球から大脳皮質へ向かう全ての神経細胞の働きが一時的に抑えられ、どんな次の一手の情報も、大脳皮質に届くことができなくなる。
2.次の一手の候補が浮かんだ瞬間
やがて、経路Bの神経細胞によって働きを抑えられていた、たくさんの経路Aの神経細胞の中から、抑制が外れて活性化するものが出てくる。
この回路が活性化することで、この経路が担う次の一手の情報が大脳皮質に再び届けられる。
こうして届いた次の一手の情報が、直観として意識に浮かんでくるのである。
経路Bのように全ての可能性を一旦抑える機能がないと、偶然、大脳基底核から最初に大脳皮質に到達した、最適ではない選択肢が選ばれてしまう危険がある。
参考文献:ニュートン別冊 脳力のしくみ 2014年7月15日発行
2019年03月27日
損得勘定の脳科学C
最終的には、心の働きの脳内メカニズムについて述べていきます。
損得勘定
損得勘定の脳科学C
あなたと私の「公平」は違う?
近年では、他者との比較が関係する、より複雑な状況での意思決定の仕組みについても研究が進められている。
情報通信研究機構脳情報通信融合研究センターの春野雅彦(はるの まさひこ)主任研究員が研究を行っているのは、「不公平の判断」の個人差だ。
春野主任研究員らの実験で使われている形式と同様である、Q4に直感で答えてみてほしい。
Q4
分配ゲームーあなたが納得できる選択肢はどれ?
第3者が提供するお金を、あなたと見知らぬ相手で分け合う。
選択肢は3パターンある。
「A:取り分の差額の絶対値が最小で、合計額は最大」
「B:自分の取り分が最大」
「C:相手との差額が最大」
の中から、最も納得できるものを選ぶことを繰り返す。
あなたが最も納得のいく分配方法は、どれだろうか?
春野主任研究員らは、自分と相手の差額の絶対値が最小で総額は最大の選択肢Aを「向社会的(社会性を重視)」、
自分の取り分が最大の選択肢Bを「個人的」、
相手との差額が最大の選択肢Cを「競争的」呼んでいる。
2010年に春野主任研究員らが神経科学的分野の専門科学誌『Nature Neuroscience』に発表した研究によれば、64人の大学生の被験者に金額の大小を変えた質問に繰り返し答えてもらったところ、25人は選択肢Aをおおむね一貫して選び、14人は選択肢Bをおおむね一貫して選んだ。
選択肢Cを一貫して選んだ被験者もわずかにいた。
つまり選択が一貫していなかった被験者を除けば、被験者の約85%が向社会的、約34%が個人的、1%前後が競争的と判定できたという。
研究ではさらに、向社会的または個人的と判断できた計39人の被験者に対して3パターンの選択肢のいずれかを次々と提示し、好ましさを直感的に4段階で評価してもらった。
この時の脳活動をfMRI装置で測定したところ、二つのグループでは活動に違いが見つかった。「向社会的グループの人では、分配額の差が大きいほど“古い脳”の一部である『扁桃体』が総じて活発に活動していたのに対して、個人的グループの人では、そうした活動は総じて見られなかった。
しかも、扁桃体の活動が大きい人ほど、分配額の差が大きいことを嫌がる度合いも高かった」(春野主任研究員)。
春の種に研究員らが間もなく発表するという研究結果(2014年7月15日時点)よれば、向社会的な人と個人的な人の差は、扁桃体と線条体を含む特定の回路の活動で説明できるという。
不公平かどうかの判断は、理性よりも直感が大きな役割を担っているというのだ。
損得勘定を決定する二つの「システム」
結局のところ、脳はどのように損得の判断を下しているのだろうか?
多くの研究者は、脳には二つの“情報処理システム”が備わっていると考えている。
それは、理屈や推論に基づき時間をかけて判断するシステムと、感情や直感で素早く判断するシステムであるという。
前者は“新しい脳”の前頭前野などが、後者は“古い脳”の線条体や扁桃体などが、それぞれ担っていると考えられている。
ここまで見てきたように、様々な“癖”のある感情や直感のシステムによって、私たちの判断や行動はしばしば支配される。
これは一見“非合理的”にも見えるが、人間の進化の歴史を考えれば“合理的”だったとの見方もできる。
初期の人類は、予測できない危険が今より多い状況で暮らしていた。
そうした状況において、例えば損失回避性は、生存に有利で“合理的”だった可能性が指摘されている。
また、初期の人類の集団は今よりずっと小さく、同じ人と繰り返し関わることが多かったと考えられる。
そうした集団内では自分の利益を優先しすぎないことが“合理的”だった可能性があり、それが春野主任研究員らの研究で向社会的グループの比率が高かった理由かもしれない。
行動の“癖”を知り、実社会に活かす
この記事で見てきた人間の直感の“癖”は、現実の社会制度で“活用”される。
その一例は、個人年金や、主にアメリカの企業年金の方式の一つである「401(k):確定拠出型年金制度」だ。
この制度では、給料が上がった時、旧来のように積立額を増やすかどうかを決めるのではなく、自動的に積立額が増える。
給料が増えたとしても、積立額も増やしてしまうと、その分手取り額の増加が少ない。
これを「損」だと感じて積立額を増やさない、と選択する人を減らすようにしたのだ。
2013年3月に『Science』に掲載された記事によれば、この仕組みによるアメリカ企業全体での積立額の増加は、少なく見積もっても1年あたり74億ドル(約7000億円)と試算されたという。
友野教授はこう語る。
「行動経済学は発展途上であり、人間の直感的な判断と行動の“癖”を捉えようとしている段階です。少なくとも先進国では、そうした人間の“癖”に訴えかけることによって、様々な商品が売られようとしています。
こうした社会において、自分自身の判断と行動の“癖”を認識することは、よりよく生きる助けとなるでしょう」。
参考文献:ニュートン別冊 脳力のしくみ 2014年7月15日発行
損得勘定
損得勘定の脳科学C
あなたと私の「公平」は違う?
近年では、他者との比較が関係する、より複雑な状況での意思決定の仕組みについても研究が進められている。
情報通信研究機構脳情報通信融合研究センターの春野雅彦(はるの まさひこ)主任研究員が研究を行っているのは、「不公平の判断」の個人差だ。
春野主任研究員らの実験で使われている形式と同様である、Q4に直感で答えてみてほしい。
Q4
分配ゲームーあなたが納得できる選択肢はどれ?
第3者が提供するお金を、あなたと見知らぬ相手で分け合う。
選択肢は3パターンある。
「A:取り分の差額の絶対値が最小で、合計額は最大」
「B:自分の取り分が最大」
「C:相手との差額が最大」
の中から、最も納得できるものを選ぶことを繰り返す。
あなたが最も納得のいく分配方法は、どれだろうか?
春野主任研究員らは、自分と相手の差額の絶対値が最小で総額は最大の選択肢Aを「向社会的(社会性を重視)」、
自分の取り分が最大の選択肢Bを「個人的」、
相手との差額が最大の選択肢Cを「競争的」呼んでいる。
2010年に春野主任研究員らが神経科学的分野の専門科学誌『Nature Neuroscience』に発表した研究によれば、64人の大学生の被験者に金額の大小を変えた質問に繰り返し答えてもらったところ、25人は選択肢Aをおおむね一貫して選び、14人は選択肢Bをおおむね一貫して選んだ。
選択肢Cを一貫して選んだ被験者もわずかにいた。
つまり選択が一貫していなかった被験者を除けば、被験者の約85%が向社会的、約34%が個人的、1%前後が競争的と判定できたという。
研究ではさらに、向社会的または個人的と判断できた計39人の被験者に対して3パターンの選択肢のいずれかを次々と提示し、好ましさを直感的に4段階で評価してもらった。
この時の脳活動をfMRI装置で測定したところ、二つのグループでは活動に違いが見つかった。「向社会的グループの人では、分配額の差が大きいほど“古い脳”の一部である『扁桃体』が総じて活発に活動していたのに対して、個人的グループの人では、そうした活動は総じて見られなかった。
しかも、扁桃体の活動が大きい人ほど、分配額の差が大きいことを嫌がる度合いも高かった」(春野主任研究員)。
春の種に研究員らが間もなく発表するという研究結果(2014年7月15日時点)よれば、向社会的な人と個人的な人の差は、扁桃体と線条体を含む特定の回路の活動で説明できるという。
不公平かどうかの判断は、理性よりも直感が大きな役割を担っているというのだ。
損得勘定を決定する二つの「システム」
結局のところ、脳はどのように損得の判断を下しているのだろうか?
多くの研究者は、脳には二つの“情報処理システム”が備わっていると考えている。
それは、理屈や推論に基づき時間をかけて判断するシステムと、感情や直感で素早く判断するシステムであるという。
前者は“新しい脳”の前頭前野などが、後者は“古い脳”の線条体や扁桃体などが、それぞれ担っていると考えられている。
ここまで見てきたように、様々な“癖”のある感情や直感のシステムによって、私たちの判断や行動はしばしば支配される。
これは一見“非合理的”にも見えるが、人間の進化の歴史を考えれば“合理的”だったとの見方もできる。
初期の人類は、予測できない危険が今より多い状況で暮らしていた。
そうした状況において、例えば損失回避性は、生存に有利で“合理的”だった可能性が指摘されている。
また、初期の人類の集団は今よりずっと小さく、同じ人と繰り返し関わることが多かったと考えられる。
そうした集団内では自分の利益を優先しすぎないことが“合理的”だった可能性があり、それが春野主任研究員らの研究で向社会的グループの比率が高かった理由かもしれない。
行動の“癖”を知り、実社会に活かす
この記事で見てきた人間の直感の“癖”は、現実の社会制度で“活用”される。
その一例は、個人年金や、主にアメリカの企業年金の方式の一つである「401(k):確定拠出型年金制度」だ。
この制度では、給料が上がった時、旧来のように積立額を増やすかどうかを決めるのではなく、自動的に積立額が増える。
給料が増えたとしても、積立額も増やしてしまうと、その分手取り額の増加が少ない。
これを「損」だと感じて積立額を増やさない、と選択する人を減らすようにしたのだ。
2013年3月に『Science』に掲載された記事によれば、この仕組みによるアメリカ企業全体での積立額の増加は、少なく見積もっても1年あたり74億ドル(約7000億円)と試算されたという。
友野教授はこう語る。
「行動経済学は発展途上であり、人間の直感的な判断と行動の“癖”を捉えようとしている段階です。少なくとも先進国では、そうした人間の“癖”に訴えかけることによって、様々な商品が売られようとしています。
こうした社会において、自分自身の判断と行動の“癖”を認識することは、よりよく生きる助けとなるでしょう」。
参考文献:ニュートン別冊 脳力のしくみ 2014年7月15日発行
2019年03月26日
損得勘定の脳科学B
最終的には、心の働きの脳内メカニズムについて述べていきます。
損得勘定
損得勘定の脳科学B
脳科学で裏付けられつつある“癖”と、その個人差
読者の方の中には、ここまで紹介してきた質問において、
多数派とは異なる選択をしてきた人が当然いるだろう。
カーネマン博士らの研究でも、大多数の人と異なる選択をする人は確かに存在していた。
友野教授によれば、例えば価値関数(前日の上のグラフ)の形には個人差があり、
金額などの条件によっても変わるが、
心理学の分野ではそうした差は十分に解明できていないという。
その一方で、脳科学や神経科学によって、判断を行う際に脳で何が起きており、
その働きにどのような個人差があるのかが明らかにされ始めている。
2007年に科学誌『Science』に発表された研究例を紹介する。
この研究では、脳の活動をリアルタイムに測定できるfMRI(機能的磁気共鳴画像)装置を使って、
プロスペクト理論が提唱する「損失回避性」がみられた際の脳活動が調べられた。
研究では、16人の学生の被験者に対して、Q2(前日参照)と似た「50%で賞金をもらえるか没収されるかの賭け」を、様々な金額の組み合わせで繰り返し提示した。
そしてそれぞれの賭けに乗るかどうかを直感的に答えてもらって、
損を得よりどれだけ重く感じるかを示す値を個々人ごとに算出した。
すると、その中央値はカーネマン博士らが示した2.25に近い1.93
(損を得より、1.93倍重く感じる)だった一方で、
最低0.99から最大6.75までの開きがあったという。
損と得をほぼ同等に捉えている人(0.99)から、
損を得より極端に嫌がっている人(6.75)まで、様々だった。
ことのき同時に測定された脳の活動の解析から、こうした損失回避性の個人差と関わる脳の部位がいくつも明らかになった。
特に注目されたのは、サルやネズミとも共通していて本能的な判断を担うとされる“古い脳”の代表的な構成要素である「線条体(被殻と尾状核)」や、ヒトで特に発達しており理性的な判断を担うとされる“新しい脳”に含まれる『前頭前野』だ。
損を得より重く見る度合いが大きい人ほど、これらの部位の活動も大きかったという。
判断の傾向に見られる個人差は、脳の働き方の違いが生み出しているのだ。
言い方を変えるだけで、判断が逆転する?
人間が判断を下す際の“癖”は、紹介しきれないほどたくさん知られている。
次の二つの質問に直感で答えてほしい。
Q3-1
クイズ番組に出たあなたは、賞金50万円を獲得した。
しかし、無条件に賞金を持ち帰ることはできず、次の選択肢のどちらかを選ばなければならない。
A:「賞金のうち20万円を獲得」
B:「賭けに乗る。
確率40%で賞金を全額獲得か、確率60%で全額没収か」
Q3-2
クイズ番組に出たあなたは、賞金50万円を獲得した。
しかし、無条件に賞金を持ち帰ることはできず、次の選択肢のどちらかを選ばなければならない。
A:「賞金のうち30万円を獲得」
B:「賭けに乗る。
確率40%で賞金を全額獲得か、確率60%で全額没収か」
Q3-1とQ3-2で、Bは全く同じ文だ。
Aも言い方を変えただけで、同じ結果を意味している。(「50万円のうち30万円を没収」と「50万円のうち20万円を獲得」で手元に残る金額は同じ)。
それにもかかわらず、もしかするとあなたはQ3-1ではA、Q3-2ではBを選びたくなったのではないだろうか?
この質問によって、人間の損失回避性とともに、言い回しに判断が左右される性質(フレーミング効果)がわかるという。
この質問形式は、『Science』に2006年に発表された研究と同様のものである。
研究では、20人の大学生・大学院生を被験者として、提示する金額と賭けの確率を変えながら繰り返し質問し、直感的に答えてもらった。
その結果、Q3-1と同じ聞き方の場合は約57%の確率で選択肢Aが選ばれたが、Q3-2と同じ聞き方の場合は約62%の確率で選択肢Bが選ばれ、その違いは統計的に意味のあるものだった。
つまり、質問が「得(獲得)」として表現されるか「損(没収)」として表現されるかが異なるだけで、選択の傾向が逆転したのである。
この研究でも、脳の活動が測定されている。
前頭前野の一部領域の活動が高い人ほど、言い回しに判断が左右されにくかったという。(続く)
参考文献:ニュートン別冊 脳力のしくみ 2018年7月15日発行
損得勘定
損得勘定の脳科学B
脳科学で裏付けられつつある“癖”と、その個人差
読者の方の中には、ここまで紹介してきた質問において、
多数派とは異なる選択をしてきた人が当然いるだろう。
カーネマン博士らの研究でも、大多数の人と異なる選択をする人は確かに存在していた。
友野教授によれば、例えば価値関数(前日の上のグラフ)の形には個人差があり、
金額などの条件によっても変わるが、
心理学の分野ではそうした差は十分に解明できていないという。
その一方で、脳科学や神経科学によって、判断を行う際に脳で何が起きており、
その働きにどのような個人差があるのかが明らかにされ始めている。
2007年に科学誌『Science』に発表された研究例を紹介する。
この研究では、脳の活動をリアルタイムに測定できるfMRI(機能的磁気共鳴画像)装置を使って、
プロスペクト理論が提唱する「損失回避性」がみられた際の脳活動が調べられた。
研究では、16人の学生の被験者に対して、Q2(前日参照)と似た「50%で賞金をもらえるか没収されるかの賭け」を、様々な金額の組み合わせで繰り返し提示した。
そしてそれぞれの賭けに乗るかどうかを直感的に答えてもらって、
損を得よりどれだけ重く感じるかを示す値を個々人ごとに算出した。
すると、その中央値はカーネマン博士らが示した2.25に近い1.93
(損を得より、1.93倍重く感じる)だった一方で、
最低0.99から最大6.75までの開きがあったという。
損と得をほぼ同等に捉えている人(0.99)から、
損を得より極端に嫌がっている人(6.75)まで、様々だった。
ことのき同時に測定された脳の活動の解析から、こうした損失回避性の個人差と関わる脳の部位がいくつも明らかになった。
特に注目されたのは、サルやネズミとも共通していて本能的な判断を担うとされる“古い脳”の代表的な構成要素である「線条体(被殻と尾状核)」や、ヒトで特に発達しており理性的な判断を担うとされる“新しい脳”に含まれる『前頭前野』だ。
損を得より重く見る度合いが大きい人ほど、これらの部位の活動も大きかったという。
判断の傾向に見られる個人差は、脳の働き方の違いが生み出しているのだ。
言い方を変えるだけで、判断が逆転する?
人間が判断を下す際の“癖”は、紹介しきれないほどたくさん知られている。
次の二つの質問に直感で答えてほしい。
Q3-1
クイズ番組に出たあなたは、賞金50万円を獲得した。
しかし、無条件に賞金を持ち帰ることはできず、次の選択肢のどちらかを選ばなければならない。
A:「賞金のうち20万円を獲得」
B:「賭けに乗る。
確率40%で賞金を全額獲得か、確率60%で全額没収か」
Q3-2
クイズ番組に出たあなたは、賞金50万円を獲得した。
しかし、無条件に賞金を持ち帰ることはできず、次の選択肢のどちらかを選ばなければならない。
A:「賞金のうち30万円を獲得」
B:「賭けに乗る。
確率40%で賞金を全額獲得か、確率60%で全額没収か」
Q3-1とQ3-2で、Bは全く同じ文だ。
Aも言い方を変えただけで、同じ結果を意味している。(「50万円のうち30万円を没収」と「50万円のうち20万円を獲得」で手元に残る金額は同じ)。
それにもかかわらず、もしかするとあなたはQ3-1ではA、Q3-2ではBを選びたくなったのではないだろうか?
この質問によって、人間の損失回避性とともに、言い回しに判断が左右される性質(フレーミング効果)がわかるという。
この質問形式は、『Science』に2006年に発表された研究と同様のものである。
研究では、20人の大学生・大学院生を被験者として、提示する金額と賭けの確率を変えながら繰り返し質問し、直感的に答えてもらった。
その結果、Q3-1と同じ聞き方の場合は約57%の確率で選択肢Aが選ばれたが、Q3-2と同じ聞き方の場合は約62%の確率で選択肢Bが選ばれ、その違いは統計的に意味のあるものだった。
つまり、質問が「得(獲得)」として表現されるか「損(没収)」として表現されるかが異なるだけで、選択の傾向が逆転したのである。
この研究でも、脳の活動が測定されている。
前頭前野の一部領域の活動が高い人ほど、言い回しに判断が左右されにくかったという。(続く)
参考文献:ニュートン別冊 脳力のしくみ 2018年7月15日発行
2019年03月25日
損得勘定の脳科学A
最終的には、心の働きの脳内メカニズムについて述べていきます。
損得勘定
損得勘定の脳科学A
人は「損」を「得」より重く判断している
Q1-1とQ1-2では、はじめに獲得する金額が異なる。
この金額がそれぞれの質問における判断基準(参照点)となる。
Q1-1の選択肢AとBは100万円が基準となって「得」と受け取られるのに対して、
Q1-2の選択肢AとBは200万円が基準となって「損」と受け取られるという(参照点依存性)。
身近な例で言えば、値引きされた値札に書かれた、値引き前の値段が「参照点」だ。
値引き前の値段を見せ、値引き後の値段との差を印象付けることで得だと判断させ、購買を促されるというわけだ。
そして、同じ50万円と言う金額であっても、損を得より重く感じるという(損失回避性)。
そのために、多数の人が50万円の獲得(Q1-1のA)を選んだ一方で、50万円の没収(Q1-2のA)を避けたと説明できるのだ。
カーネマン博士らは、損を得よりどれだけ重く感じるかを示す値には人によってバラツキが見られ、その中央値は2.25(損を得より2.25倍重く感じる)だったと報告している。
この値はQ2の回答とも大きなズレはない。
友野教授によれば、限定品やタイムセールに飛びついてしまうのは、機会に対して「損得回避性」が発揮された結果だという。
カーネマン博士の自伝の中で、「損失回避の概念は、おそらく意思決定研究の分野において我々が成し遂げた一番役に立つ貢献だったと思います」と述べている(『ダニエル・カーネマン心理と経済を語る』111ページより)。
また、Q2をアレンジすれば、特性の三つ目としてあげられた「絶対値が大きくなるほど、利得の変化あたりの満足度が下がる性質」も実感できる。
例えば、所持金が数万円の状態から、賞金額の方が没収額より多いコイントスゲームを繰り返し行う場合を考えてみよう。
所持金の少ないうちは、1回分の賞金や没収を大きく感じるだろう。
しかし、所持金がだんだん増えていき、数十万円や数百万円となった暁には、
1回分の賞金や没収を小さく感じるだろう。
身近な例で言えば、多くの新社会人は1万円の昇級に大きな価値を感じるだろうが、
高給取りの重役は1万円の昇級を取るに足らない価値だと感じるだろう。
なぜ、宝くじが当たるかもしれないと思うのか
確率的には滅多に起きないはずの事故や病気が自分の身に起きそうな気がすることはないだろうか。
プロスペクト理論によれば、確率の捉え方にも“癖”があり、私たちの判断を支配しているという。
その“癖”とは、低い確率の物事を起きやすい過大評価する一方で、高い確率の物事を起きにくいと過小評価するというものだ(確率加重関数)。
カーネマン博士らの実験によると、過大評価と過小評価の切り替わる境界は約35%であり、約35%の確率は数字通りに受け止めたという。
この事件結果に基づくと、Q1-1の選択肢Bの「追加の賞金はもらえないか、さらに100万円を獲得するか」というかけで得をする確率は、「50%」でなく実質的に『44%』と過小評価されて感じされていることになる。
そのために、Bの選択肢が避けられやすかったとも説明できるだろう。
また、例えば、1等が当たる実際の確率が1000万分の1程度に過ぎないジャンボ宝くじを多くの人が買い求める理由の一つは、主観によって過大評価された当選確率に引きずられるためだという(続く)。
参考文献:ニュートン別冊 脳力のしくみ 2018年7月15日発行
損得勘定
損得勘定の脳科学A
人は「損」を「得」より重く判断している
Q1-1とQ1-2では、はじめに獲得する金額が異なる。
この金額がそれぞれの質問における判断基準(参照点)となる。
Q1-1の選択肢AとBは100万円が基準となって「得」と受け取られるのに対して、
Q1-2の選択肢AとBは200万円が基準となって「損」と受け取られるという(参照点依存性)。
身近な例で言えば、値引きされた値札に書かれた、値引き前の値段が「参照点」だ。
値引き前の値段を見せ、値引き後の値段との差を印象付けることで得だと判断させ、購買を促されるというわけだ。
そして、同じ50万円と言う金額であっても、損を得より重く感じるという(損失回避性)。
そのために、多数の人が50万円の獲得(Q1-1のA)を選んだ一方で、50万円の没収(Q1-2のA)を避けたと説明できるのだ。
カーネマン博士らは、損を得よりどれだけ重く感じるかを示す値には人によってバラツキが見られ、その中央値は2.25(損を得より2.25倍重く感じる)だったと報告している。
この値はQ2の回答とも大きなズレはない。
友野教授によれば、限定品やタイムセールに飛びついてしまうのは、機会に対して「損得回避性」が発揮された結果だという。
カーネマン博士の自伝の中で、「損失回避の概念は、おそらく意思決定研究の分野において我々が成し遂げた一番役に立つ貢献だったと思います」と述べている(『ダニエル・カーネマン心理と経済を語る』111ページより)。
また、Q2をアレンジすれば、特性の三つ目としてあげられた「絶対値が大きくなるほど、利得の変化あたりの満足度が下がる性質」も実感できる。
例えば、所持金が数万円の状態から、賞金額の方が没収額より多いコイントスゲームを繰り返し行う場合を考えてみよう。
所持金の少ないうちは、1回分の賞金や没収を大きく感じるだろう。
しかし、所持金がだんだん増えていき、数十万円や数百万円となった暁には、
1回分の賞金や没収を小さく感じるだろう。
身近な例で言えば、多くの新社会人は1万円の昇級に大きな価値を感じるだろうが、
高給取りの重役は1万円の昇級を取るに足らない価値だと感じるだろう。
なぜ、宝くじが当たるかもしれないと思うのか
確率的には滅多に起きないはずの事故や病気が自分の身に起きそうな気がすることはないだろうか。
プロスペクト理論によれば、確率の捉え方にも“癖”があり、私たちの判断を支配しているという。
その“癖”とは、低い確率の物事を起きやすい過大評価する一方で、高い確率の物事を起きにくいと過小評価するというものだ(確率加重関数)。
カーネマン博士らの実験によると、過大評価と過小評価の切り替わる境界は約35%であり、約35%の確率は数字通りに受け止めたという。
この事件結果に基づくと、Q1-1の選択肢Bの「追加の賞金はもらえないか、さらに100万円を獲得するか」というかけで得をする確率は、「50%」でなく実質的に『44%』と過小評価されて感じされていることになる。
そのために、Bの選択肢が避けられやすかったとも説明できるだろう。
また、例えば、1等が当たる実際の確率が1000万分の1程度に過ぎないジャンボ宝くじを多くの人が買い求める理由の一つは、主観によって過大評価された当選確率に引きずられるためだという(続く)。
参考文献:ニュートン別冊 脳力のしくみ 2018年7月15日発行
2019年03月24日
損得勘定の脳科学@
最終的には、心の働きの脳内メカニズムについて述べていきます。
損得勘定
損得勘定の脳科学@
直感の“癖”に流されていませんか?
「限定品やタイムセールに飛びついた」、「ほとんど当たらないとわかっていても、つい宝くじを買いたくなる」―。
ときに人間は、感情や直感に流されて判断を下し、行動する。
そのおおまかな傾向は、多くの人に共通のようだ。
こうした現実の人間像を踏まえた上で、経済現象を読み解こうとする学問分野を『行動経済学』という。
近年では、脳神経科学の実験手法も取り入れられて、判断に個人差が生まれる仕組みも明らかになりつつある。
実験を元にした質問に答えながら、あなたを支配する脳の“癖”を実感してみよう。
クイズ番組の賞金―それぞれAとBのどちらを選ぶ?
Q1-1
クイズ番組に出たあなたは、賞金100万円を手に入れた。
すると、司会者が次の提案をしてきた。
「ボーナスチャンス!
AとB、どちらかを選択してください」。
あなたなら、どちらの選択肢を選ぶだろうか?
選択肢A
さらに50万円獲得(確率100%)
選択肢B
ルーレットに挑戦
追加の賞金はもらえない(確率50%)
さらに100万円獲得(確率50%)
Q1-2
別のクイズ番組に出たあなた、賞金200万円を手に入れた。
すると、司会者が次の提案をしてきた。
「残念ながら、無条件に賞金を渡すことはできません!
AとB、どちらかを選択してください」。
あなたなら、どちらの選択肢を選ぶだろうか?
選択肢A
賞金から50万円没収(確率100%)
選択肢B
ルーレットに挑戦
賞金から100万円没収(確率50%)
そのまま全額を獲得(確率50%)
この問題に正解はないので、あまり考え込まないで答えてほしい。
もしかするとあなたは、Q1-1ではAを選んだ一方で、Q1-2ではBを選んだのではないだろうか。
つまり、確実に得をしうる場面では確実な選択肢、確実に損をしうる場面では賭けに出る選択肢を選んだのではないだろうか
(もちろん別の選択をした人もいるだろう)。
この質問に対する答え方から、あなたの損と得の感じ方の傾向がわかるという。
例えば、アメリカの大学院生25人を対象にした実験によれば、複数回の質問に対して、Q1-1のような場合には80〜90%ほどの確率で選択肢Aが選ばれた。
しかし、Q1-2のような場合には比率が逆転し、選択肢Bが80〜90%選ばれた。
実は、どの選択肢も、計算上期待できる最終的な賞金総額(期待値)は150万円で同じだ。
それにもかかわらず、なぜこうした特定の選択肢を選ぶ傾向が見られるのだろうか?
この傾向と深い関わりのある次のQ2にも答えてみてほしい。
コイントスゲームーいくらなら賭けに乗る?
Q2
これからコインを投げる。
コインの表と裏が出る確率は、きっかり50%ずつ。
表が出たらあなたの負けで、1万円を没収される。
だが裏が出たらあなたの勝ちで、賞金を獲得できる。
あなたなら、賞金額がいくらに設定されていれば、この賭けに参加するだろうか?
あなたの回答: ?????円
この質問からは、あなたの損と得の感じ方が、より具体的にわかるという。
これも多くの研究で使われている質問形式と同じものだ。
研究ごとにばらつきはあるものの、没収金額が1万円の場合、賭けに参加する条件となる金額は2〜3万円の範囲に収まるという。
つまり、確率が50%ずつの賭けであれば、損の2〜3倍の得を得られる可能性を求める、ということを意味する。
これらの質問は、運に任せるしかない不確実な状況になることが共通している。
そうした場合での判断には、多くの人に共通した“癖”があるようだ。
行動経済学とは?
アメリカの心理学者ダニエル・カーネマン博士と同僚だった故エイモス・トヴェルスキー博士は、不確実な状況下における人間の意思決定について長く研究を行い、客観的な実験に基づいて、ある法則を1979年に提唱した。
それが『プロスペクト理論』だ。
(プロスペクトとは「期待される満足水準」の意味)
カーネマン博士は、プロスペクト理論を含む一連の研究によって、2002年のノーベル経済学賞を受賞している。
受賞理由は、心理学の実験手法で実際の人間の経済活動に関わる行動を明らかにし、その結果を単純化された従来の経済学に統合してきたことだ。
そうして生まれた、実際の人間行動に基づき、より現実に則すであろう経済理論を作り上げようとする専門分野は『行動経済学』と呼ばれている。
行動経済学を専門とする明治大学の友野典男(ともの のりお)教授は、「プロスペクト理論が万人に共通だと想定している人間の重要な特性は、三つあります。
それは
『絶対的ではなく、基準と比較した変化の大きさで価値を判断する性質、(参照点依存性)、
『損失を利得より重く評価する性質』(損失回避性)、そして
『絶対値が大きくなるほど、利得の変化あたりの満足度が下がる性質』(感応度逓減性)です」と話す。
このことを、冒頭の質問を例に読み解いていく(次回)。
参考文献:ニュートン別冊 脳力のしくみ 2018年7月15日発行
損得勘定
損得勘定の脳科学@
直感の“癖”に流されていませんか?
「限定品やタイムセールに飛びついた」、「ほとんど当たらないとわかっていても、つい宝くじを買いたくなる」―。
ときに人間は、感情や直感に流されて判断を下し、行動する。
そのおおまかな傾向は、多くの人に共通のようだ。
こうした現実の人間像を踏まえた上で、経済現象を読み解こうとする学問分野を『行動経済学』という。
近年では、脳神経科学の実験手法も取り入れられて、判断に個人差が生まれる仕組みも明らかになりつつある。
実験を元にした質問に答えながら、あなたを支配する脳の“癖”を実感してみよう。
クイズ番組の賞金―それぞれAとBのどちらを選ぶ?
Q1-1
クイズ番組に出たあなたは、賞金100万円を手に入れた。
すると、司会者が次の提案をしてきた。
「ボーナスチャンス!
AとB、どちらかを選択してください」。
あなたなら、どちらの選択肢を選ぶだろうか?
選択肢A
さらに50万円獲得(確率100%)
選択肢B
ルーレットに挑戦
追加の賞金はもらえない(確率50%)
さらに100万円獲得(確率50%)
Q1-2
別のクイズ番組に出たあなた、賞金200万円を手に入れた。
すると、司会者が次の提案をしてきた。
「残念ながら、無条件に賞金を渡すことはできません!
AとB、どちらかを選択してください」。
あなたなら、どちらの選択肢を選ぶだろうか?
選択肢A
賞金から50万円没収(確率100%)
選択肢B
ルーレットに挑戦
賞金から100万円没収(確率50%)
そのまま全額を獲得(確率50%)
この問題に正解はないので、あまり考え込まないで答えてほしい。
もしかするとあなたは、Q1-1ではAを選んだ一方で、Q1-2ではBを選んだのではないだろうか。
つまり、確実に得をしうる場面では確実な選択肢、確実に損をしうる場面では賭けに出る選択肢を選んだのではないだろうか
(もちろん別の選択をした人もいるだろう)。
この質問に対する答え方から、あなたの損と得の感じ方の傾向がわかるという。
例えば、アメリカの大学院生25人を対象にした実験によれば、複数回の質問に対して、Q1-1のような場合には80〜90%ほどの確率で選択肢Aが選ばれた。
しかし、Q1-2のような場合には比率が逆転し、選択肢Bが80〜90%選ばれた。
実は、どの選択肢も、計算上期待できる最終的な賞金総額(期待値)は150万円で同じだ。
それにもかかわらず、なぜこうした特定の選択肢を選ぶ傾向が見られるのだろうか?
この傾向と深い関わりのある次のQ2にも答えてみてほしい。
コイントスゲームーいくらなら賭けに乗る?
Q2
これからコインを投げる。
コインの表と裏が出る確率は、きっかり50%ずつ。
表が出たらあなたの負けで、1万円を没収される。
だが裏が出たらあなたの勝ちで、賞金を獲得できる。
あなたなら、賞金額がいくらに設定されていれば、この賭けに参加するだろうか?
あなたの回答: ?????円
この質問からは、あなたの損と得の感じ方が、より具体的にわかるという。
これも多くの研究で使われている質問形式と同じものだ。
研究ごとにばらつきはあるものの、没収金額が1万円の場合、賭けに参加する条件となる金額は2〜3万円の範囲に収まるという。
つまり、確率が50%ずつの賭けであれば、損の2〜3倍の得を得られる可能性を求める、ということを意味する。
これらの質問は、運に任せるしかない不確実な状況になることが共通している。
そうした場合での判断には、多くの人に共通した“癖”があるようだ。
行動経済学とは?
アメリカの心理学者ダニエル・カーネマン博士と同僚だった故エイモス・トヴェルスキー博士は、不確実な状況下における人間の意思決定について長く研究を行い、客観的な実験に基づいて、ある法則を1979年に提唱した。
それが『プロスペクト理論』だ。
(プロスペクトとは「期待される満足水準」の意味)
カーネマン博士は、プロスペクト理論を含む一連の研究によって、2002年のノーベル経済学賞を受賞している。
受賞理由は、心理学の実験手法で実際の人間の経済活動に関わる行動を明らかにし、その結果を単純化された従来の経済学に統合してきたことだ。
そうして生まれた、実際の人間行動に基づき、より現実に則すであろう経済理論を作り上げようとする専門分野は『行動経済学』と呼ばれている。
行動経済学を専門とする明治大学の友野典男(ともの のりお)教授は、「プロスペクト理論が万人に共通だと想定している人間の重要な特性は、三つあります。
それは
『絶対的ではなく、基準と比較した変化の大きさで価値を判断する性質、(参照点依存性)、
『損失を利得より重く評価する性質』(損失回避性)、そして
『絶対値が大きくなるほど、利得の変化あたりの満足度が下がる性質』(感応度逓減性)です」と話す。
このことを、冒頭の質問を例に読み解いていく(次回)。
参考文献:ニュートン別冊 脳力のしくみ 2018年7月15日発行
2019年03月23日
意思決定A
最終的には、心の働きの脳内メカニズムについて述べていきます。
判断力・直観力
意思決定A
意思決定に働く潜在的な脳の活動はどこで起きる
下條教授らは、脳活動の測定を行うfMRI装置の中で、お店で品物を選ぶときと同じような状況を作り出した。
手元のスイッチを押せば、好きな飲み物がチューブを通して飲めるようにし、CMに相当する映像を流した。
fMRIによって、CMが意思決定に影響を与えるときに活動する脳の場所を特定した結果、脳の内部にある『被殻』という部位の活動が関係していることが明らかになった。
被殻は、人の欲求と快楽を制御するのに関わる部位だ。
「CMは、私たちの“原始的な欲求”に直接作用しているようです。
理性でもって、その影響を排除しようとするのは難しいと言えるでしょう」(下條教授)。
一方、物の価値判断を司る脳の部位も特定された。
磁気刺激によって『右前頭背外側部』の機能を一時的に抑制し、ある商品をいくらなら買うかを判断してもらう実験を行った。
すると抑制前に比べ、全体に安くなるなど値段設定が不確実になった。
本人たちは、不確実な値段設定が、この部位の機能低下だとは気づかない。
研究者たちは今、多様な切り口から、脳の謎に迫ろうとしている。
そこから出てきた成果が神経細胞のネットワークのように互いにつながりあった時、脳の理解は一つ上の段階へと到達するだろう。
私たちは影響を受けていることに気づかない
意思決定に影響する脳の活動を調べた、下條博士らの研究を二つ紹介する。
一つはCMが効果を発揮する時に働く脳の部位、
もう一つは価値判断に携わる脳の部位を特定した成果だ。
CMは脳の奥底に効いている
CMが効果を発揮しる時、脳の『被殻』という部位の一部が活動していることがわかった。
詳しく言えば、CMは2種類の「条件付け」が組み合わさることで、効果を発揮するという。
条件付けとは、無関係な二つ以上の物事を関連づけて行動する(反応する)ことだ。
例えば、CMを繰り返し見た結果、缶コーヒーのロゴマークを見ただけで、そのコーヒーを連想し、飲みたくなる。
これは『古典的条件付け』と呼ばれる効果だ。
一方、お店で缶コーヒーを選ぼうとする状況は、報酬(ここでは缶コーヒー)を求めて特定の行動(コーヒーを選ぶ)を繰り返す『道具的条件付け』の効果を受けていると言える。
この二つの条件付けは基本的に別の現象だ。
ところが、店内で特定の缶コーヒーのロゴマークを見ると、この二つが組み合わさった働き、『その』缶コーヒーを買ってしまうというわけだ。
この時に、被殻の一部が活動している。
ラットでも同じ部位が活発に
ラットでも、『古典的条件付け』と『道具的条件付け』が組み合わさって働くとき、同様の部位(被殻)が活動する。
CMは、ヒトにもラットにも共通するような原始的な機能を司る部位に作用するようだ。
脳が価値を判断する方法とは?
下條教授らは、fMRIを用いて、『右前頭背外側部(rDLPFC)』という脳の部位が、物の価値判断を行うときに重要な役割を果たすことを突き止めた。
さらに、rDLPFCの機能を詳しく調べるため、磁気を当てて脳の特定部位の機能を一時的に抑制する「TMS(経頭蓋磁気刺激)」という方法を使い、次のような実験を行った。
まず実験協力者に50個の品物(様々なお菓子など)について、その価値を評価する試験を行ってもらった。
その後、rDLPFCに磁気を当てて機能を抑制し、再び50個の品物について、いくらなら買いたいかを判断してもらった。
すると、機能を抑制する前に比べて、全体的に安くなるなど、軒並み評価が不正確になってしまった。
rDLPFCは、意思決定に重要な役割を果たすとされる『眼窩前頭皮質(OFC)』へ、価値の情報を提供している可能性があるという。
TMS(経頭蓋磁気刺激)
磁気を当て、神経細胞の活動を変化させる。
それにより脳の特定部位の機能を、危害を及ぼすことなく、一時的に低下(もしくは上昇)させることができる。
参考文献:ニュートン別冊 脳力のしくみ 2018年7月15日発行
判断力・直観力
意思決定A
意思決定に働く潜在的な脳の活動はどこで起きる
下條教授らは、脳活動の測定を行うfMRI装置の中で、お店で品物を選ぶときと同じような状況を作り出した。
手元のスイッチを押せば、好きな飲み物がチューブを通して飲めるようにし、CMに相当する映像を流した。
fMRIによって、CMが意思決定に影響を与えるときに活動する脳の場所を特定した結果、脳の内部にある『被殻』という部位の活動が関係していることが明らかになった。
被殻は、人の欲求と快楽を制御するのに関わる部位だ。
「CMは、私たちの“原始的な欲求”に直接作用しているようです。
理性でもって、その影響を排除しようとするのは難しいと言えるでしょう」(下條教授)。
一方、物の価値判断を司る脳の部位も特定された。
磁気刺激によって『右前頭背外側部』の機能を一時的に抑制し、ある商品をいくらなら買うかを判断してもらう実験を行った。
すると抑制前に比べ、全体に安くなるなど値段設定が不確実になった。
本人たちは、不確実な値段設定が、この部位の機能低下だとは気づかない。
研究者たちは今、多様な切り口から、脳の謎に迫ろうとしている。
そこから出てきた成果が神経細胞のネットワークのように互いにつながりあった時、脳の理解は一つ上の段階へと到達するだろう。
私たちは影響を受けていることに気づかない
意思決定に影響する脳の活動を調べた、下條博士らの研究を二つ紹介する。
一つはCMが効果を発揮する時に働く脳の部位、
もう一つは価値判断に携わる脳の部位を特定した成果だ。
CMは脳の奥底に効いている
CMが効果を発揮しる時、脳の『被殻』という部位の一部が活動していることがわかった。
詳しく言えば、CMは2種類の「条件付け」が組み合わさることで、効果を発揮するという。
条件付けとは、無関係な二つ以上の物事を関連づけて行動する(反応する)ことだ。
例えば、CMを繰り返し見た結果、缶コーヒーのロゴマークを見ただけで、そのコーヒーを連想し、飲みたくなる。
これは『古典的条件付け』と呼ばれる効果だ。
一方、お店で缶コーヒーを選ぼうとする状況は、報酬(ここでは缶コーヒー)を求めて特定の行動(コーヒーを選ぶ)を繰り返す『道具的条件付け』の効果を受けていると言える。
この二つの条件付けは基本的に別の現象だ。
ところが、店内で特定の缶コーヒーのロゴマークを見ると、この二つが組み合わさった働き、『その』缶コーヒーを買ってしまうというわけだ。
この時に、被殻の一部が活動している。
ラットでも同じ部位が活発に
ラットでも、『古典的条件付け』と『道具的条件付け』が組み合わさって働くとき、同様の部位(被殻)が活動する。
CMは、ヒトにもラットにも共通するような原始的な機能を司る部位に作用するようだ。
脳が価値を判断する方法とは?
下條教授らは、fMRIを用いて、『右前頭背外側部(rDLPFC)』という脳の部位が、物の価値判断を行うときに重要な役割を果たすことを突き止めた。
さらに、rDLPFCの機能を詳しく調べるため、磁気を当てて脳の特定部位の機能を一時的に抑制する「TMS(経頭蓋磁気刺激)」という方法を使い、次のような実験を行った。
まず実験協力者に50個の品物(様々なお菓子など)について、その価値を評価する試験を行ってもらった。
その後、rDLPFCに磁気を当てて機能を抑制し、再び50個の品物について、いくらなら買いたいかを判断してもらった。
すると、機能を抑制する前に比べて、全体的に安くなるなど、軒並み評価が不正確になってしまった。
rDLPFCは、意思決定に重要な役割を果たすとされる『眼窩前頭皮質(OFC)』へ、価値の情報を提供している可能性があるという。
TMS(経頭蓋磁気刺激)
磁気を当て、神経細胞の活動を変化させる。
それにより脳の特定部位の機能を、危害を及ぼすことなく、一時的に低下(もしくは上昇)させることができる。
参考文献:ニュートン別冊 脳力のしくみ 2018年7月15日発行
2019年03月22日
意思決定@
最終的には、心の働きの脳内メカニズムについて述べていきます。
判断力・直観力
意思決定@
その決断は意識して決めたこと?
「人は脳全体の能力の10%しか使っていない」
という説を聞いたことがある人も多いだろう。
これは「神経神話」と呼ばれる俗説の一つで、科学的な根拠はない。
一方、脳が行う活動のほとんどが、私たちの意識にのぼらないところで潜在的に行われているというのは、確かなようだ。
カリフォルニア工科大学の下條信輔(しもじょう しんすけ)教授は「下條潜在脳機能プロジェクト」として、各地の研究機関と連携しながら、脳の潜在的な活動を解明すべく研究を行った。
研究のテーマの一つに『意思決定』がある。
例えば、お店の中で、ある銘柄の缶コーヒーを選ぶという普段の何気ない決定にも、潜在的な脳の活動が多くの影響を及ぼしているという。
影響を与えるものの一つがCM(コマーシャルメッセージ)だ。
あなたはなぜその行動をとった?
何気なく缶コーヒーを選ぶときにも、ここで描いたような様々な情報が決断に影響を与えている。
意思決定に潜在的に影響を与える情報には大きく2種類ある。
一つは私たちがその存在自体に気づいていない情報だ。
もう一つは、存在は認識しているが、それが影響を与えていることに気づかないものだ。
例えば、CMを見たことは認識しているが、それが決断に影響を与えていることに自分では気づいていない時が、これにあたる。
参考文献:ニュートン別冊 脳力のしくみ 2018年7月15日発行
判断力・直観力
意思決定@
その決断は意識して決めたこと?
「人は脳全体の能力の10%しか使っていない」
という説を聞いたことがある人も多いだろう。
これは「神経神話」と呼ばれる俗説の一つで、科学的な根拠はない。
一方、脳が行う活動のほとんどが、私たちの意識にのぼらないところで潜在的に行われているというのは、確かなようだ。
カリフォルニア工科大学の下條信輔(しもじょう しんすけ)教授は「下條潜在脳機能プロジェクト」として、各地の研究機関と連携しながら、脳の潜在的な活動を解明すべく研究を行った。
研究のテーマの一つに『意思決定』がある。
例えば、お店の中で、ある銘柄の缶コーヒーを選ぶという普段の何気ない決定にも、潜在的な脳の活動が多くの影響を及ぼしているという。
影響を与えるものの一つがCM(コマーシャルメッセージ)だ。
あなたはなぜその行動をとった?
何気なく缶コーヒーを選ぶときにも、ここで描いたような様々な情報が決断に影響を与えている。
意思決定に潜在的に影響を与える情報には大きく2種類ある。
一つは私たちがその存在自体に気づいていない情報だ。
もう一つは、存在は認識しているが、それが影響を与えていることに気づかないものだ。
例えば、CMを見たことは認識しているが、それが決断に影響を与えていることに自分では気づいていない時が、これにあたる。
参考文献:ニュートン別冊 脳力のしくみ 2018年7月15日発行
2019年03月21日
好き嫌いの判断
最終的には、心の働きの脳内メカニズムについて述べていきます。
判断力・直観力
好き嫌いの判断
扁桃体を含む大脳辺縁系で感情が処理されている。
1937年、アメリカの精神科医ハインリッヒ・クリューバーとポール・ビューシーは、
サルの左右両側の『扁桃体』という場所を含む側頭葉を壊すと、奇妙な行動が見られることを発見した。
食べられるものと食べられないものが区別できなくなったり、
それまで恐れていたものを恐れなくなったりしたという。
その後、この症状はネコやサルの扁桃体だけを壊しても起きることが確認され、
現在では「クリューバー・ビューシー症候群」と呼ばれている。
扁桃体は、大脳辺縁系と呼ばれる脳内の場所の一部である。
大脳辺縁系は大脳の内側の下部にある。
この扁桃体を含む大脳辺縁系で感情が処理されていると考えられている。
怒っている人がいたら、多くの人は争いに巻き込まれないために、近づかないようにするだろう。
しかし、感情が読み取れなかったら、怒っている人にも平気で話しかけ、
トラブルに巻き込まれてしまうだろう。
このような心の働きが、脳のどこで起きているかを知ることは、脳の病気やその治療、人間の心を理解するためにも重要である。
人間でも、扁桃体が壊れると感情に障害が見られる。
扁桃体だけが壊れてしまう『ウルバッハ・ビーテ病』の患者は、
表情から相手の感情を読み取ることができなくなる。
このように扁桃体が壊れると、
自分にとって好ましいものと、そうでないものの判断がつかなくなったり、
感情を理解できなくなったりする。
そのため、扁桃体は快・不快の判断などを行っていると考えられている。
富山大学の小野武年(おの たけとし)特任教授は、サルを使って扁桃体の機能を詳しく調べている。
サルの扁桃体に電極を差し入れて調べた結果、次のことが分かったという。
「オレンジやリンゴなどの好ましいもの、あるいはクモやヘビなどの嫌いなものに反応し、
しかも好きなものほどあるいは嫌いなものほど強く反応する脳の細胞を発見しました。
この細胞は、石ころなど自分にとって意味のないものには反応しません。
さらに、自分にとって好ましいものでも、好きなスイカや嫌いなクモだけにしか反応しない脳の細胞も発見しました」。
この小野博士の実験は、自分にどの程度の喜びをもたらすものか、あるいはどの程度不快な気持ちをもたらすものかを判断する脳の細胞があることを示している。
また、喜びや不快感をもたらすものが、スイカやクモであることを『知っている』脳も細胞もあることを示している。
恐れることを忘れたサル
正常なサルは、飛び上がって逃げるほどヘビを恐れる。
しかし、扁桃体が壊されたサルは、食べられるものと食べられないものの区別がつかなくなり、
ヘビにも噛み付くようになる。
この他にも、扁桃体が壊れると、周りにあるものを手当たりしだい口に持って行ったり、
同性や異種の動物に対しても交尾行動を行ったりするようになる。
感情が生まれる場所―大脳辺縁系
表情から感情を読み取ったり、自分の感情を表情に表したりするには、
脳の中の大脳辺縁系と呼ばれる場所が重要だと考えられている。
大脳辺縁系は、大脳の内側の下部にあり、視床を取り囲んでいる。
快・不快の判断を行っている扁桃体は、情動において特に重要だと考えられている。
また、海馬体は記憶を作るために重要な部位だと考えられている。
扁桃体
喜怒哀楽の感情を司る。扁桃体が壊れると、快・不快の判断がつかなくなる。
海馬傍回
大脳皮質と海馬体をつなぐインターフェース。
海馬体
思い出と知識の記憶を作ったり、一時的に保存したりする。
乳頭体
思い出と知識の記憶を作る。
視床下部
感情の変化を、行動や内分泌系などの変化として身体的に表現する。
分解条
扁桃体と視床下部を結ぶ。
脳弓
海馬体と乳頭体、視床前角群などを結ぶ
視床背内側核
感情、注意、嗅覚の学習を司る。
視床前角群
思い出や知識の記憶形成と空間の認知を司る。
帯状回
注意・運動・感情・自律神経反応を司る。
参考文献:ニュートン別冊 脳力のしくみ 2018年7月15日発行
判断力・直観力
好き嫌いの判断
扁桃体を含む大脳辺縁系で感情が処理されている。
1937年、アメリカの精神科医ハインリッヒ・クリューバーとポール・ビューシーは、
サルの左右両側の『扁桃体』という場所を含む側頭葉を壊すと、奇妙な行動が見られることを発見した。
食べられるものと食べられないものが区別できなくなったり、
それまで恐れていたものを恐れなくなったりしたという。
その後、この症状はネコやサルの扁桃体だけを壊しても起きることが確認され、
現在では「クリューバー・ビューシー症候群」と呼ばれている。
扁桃体は、大脳辺縁系と呼ばれる脳内の場所の一部である。
大脳辺縁系は大脳の内側の下部にある。
この扁桃体を含む大脳辺縁系で感情が処理されていると考えられている。
怒っている人がいたら、多くの人は争いに巻き込まれないために、近づかないようにするだろう。
しかし、感情が読み取れなかったら、怒っている人にも平気で話しかけ、
トラブルに巻き込まれてしまうだろう。
このような心の働きが、脳のどこで起きているかを知ることは、脳の病気やその治療、人間の心を理解するためにも重要である。
人間でも、扁桃体が壊れると感情に障害が見られる。
扁桃体だけが壊れてしまう『ウルバッハ・ビーテ病』の患者は、
表情から相手の感情を読み取ることができなくなる。
このように扁桃体が壊れると、
自分にとって好ましいものと、そうでないものの判断がつかなくなったり、
感情を理解できなくなったりする。
そのため、扁桃体は快・不快の判断などを行っていると考えられている。
富山大学の小野武年(おの たけとし)特任教授は、サルを使って扁桃体の機能を詳しく調べている。
サルの扁桃体に電極を差し入れて調べた結果、次のことが分かったという。
「オレンジやリンゴなどの好ましいもの、あるいはクモやヘビなどの嫌いなものに反応し、
しかも好きなものほどあるいは嫌いなものほど強く反応する脳の細胞を発見しました。
この細胞は、石ころなど自分にとって意味のないものには反応しません。
さらに、自分にとって好ましいものでも、好きなスイカや嫌いなクモだけにしか反応しない脳の細胞も発見しました」。
この小野博士の実験は、自分にどの程度の喜びをもたらすものか、あるいはどの程度不快な気持ちをもたらすものかを判断する脳の細胞があることを示している。
また、喜びや不快感をもたらすものが、スイカやクモであることを『知っている』脳も細胞もあることを示している。
恐れることを忘れたサル
正常なサルは、飛び上がって逃げるほどヘビを恐れる。
しかし、扁桃体が壊されたサルは、食べられるものと食べられないものの区別がつかなくなり、
ヘビにも噛み付くようになる。
この他にも、扁桃体が壊れると、周りにあるものを手当たりしだい口に持って行ったり、
同性や異種の動物に対しても交尾行動を行ったりするようになる。
感情が生まれる場所―大脳辺縁系
表情から感情を読み取ったり、自分の感情を表情に表したりするには、
脳の中の大脳辺縁系と呼ばれる場所が重要だと考えられている。
大脳辺縁系は、大脳の内側の下部にあり、視床を取り囲んでいる。
快・不快の判断を行っている扁桃体は、情動において特に重要だと考えられている。
また、海馬体は記憶を作るために重要な部位だと考えられている。
扁桃体
喜怒哀楽の感情を司る。扁桃体が壊れると、快・不快の判断がつかなくなる。
海馬傍回
大脳皮質と海馬体をつなぐインターフェース。
海馬体
思い出と知識の記憶を作ったり、一時的に保存したりする。
乳頭体
思い出と知識の記憶を作る。
視床下部
感情の変化を、行動や内分泌系などの変化として身体的に表現する。
分解条
扁桃体と視床下部を結ぶ。
脳弓
海馬体と乳頭体、視床前角群などを結ぶ
視床背内側核
感情、注意、嗅覚の学習を司る。
視床前角群
思い出や知識の記憶形成と空間の認知を司る。
帯状回
注意・運動・感情・自律神経反応を司る。
参考文献:ニュートン別冊 脳力のしくみ 2018年7月15日発行