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2018年08月15日

「プロラクチンは愛を育む ホルモン?」

精神薬理学からみた脳科学 プロラクチンと脳機能  三光舎
「プロラクチンは愛を育む ホルモン?」
――プロラクチンは制御されるべきホルモン!?

 プロラクチンは下垂体前葉から分泌される乳汁分泌ホルモンである。下垂体前葉から分泌されるホルモンは、視床下部の神経分泌細胞から分泌を促すホルモンで分泌が刺激される。

 たとえば成長ホルモンは、視床下部の成長ホルモン分泌刺激ホルモンで分泌が刺激される。

プロラクチン分泌刺激ホルモンは、プロラクチン分泌を刺激しているのだろうか。

 日沼らは、ヒトの下垂体で発現するオーファン受容体(Orphan Receptor:リガンドが特定されていない受容体) を単離し、視床下部に存在するリガンドを探求した結果、アミノ酸残基31個でC 末端がアミド化されているペプチドホルモンを発見した[1]。

今はやりの逆薬理学的手法(Reverse Pharmacology)での成果である。

このペプチドホルモンはマウス下垂体でプロラクチン分泌を促進したので、プロラクチン分泌刺激ホルモンと命名された。

 しかし残念ながら、免疫染色法でプロラクチン分泌刺激ホルモンの投射経路を追跡すると、下垂体まで投射していなかった。

プロラクチン分泌刺激ホルモンは、プロラクチン分泌に関与していなかった。

プロラクチンの分泌制御は、固有の分泌刺激ホルモンが存在せず、漏斗下垂体系のドパミン神経で抑制制御されている。

刺激ではなく抑制することがメインの制御システムということは、プロラクチンが個体の機能に有利に働かない可能性がある。

たしかに子供に乳を与える行為は、自身が合成したタンパク質を次世代に受け渡す行為であり、自らが身を削る作業にほかならない。

――プロラクチンはおバカにさせるホルモン!?

 プロラクチン分泌を抑制しているドパミンは、想起学習を媒介する神経伝達物質である。

ドパミンが想起学習を媒介するのなら、プロラクチンは学習を阻害する作用があるかもしれない。

 そこで、脳が作業を行っている時、プロラクチンが脳血流の賦活に影響するか検討した。

対象はドパミン遮断薬である抗精神病薬でプロラクチンが軽度上昇している患者さんで、言語流暢性課題を行っている時の前頭側頭葉の血流を近赤外光(NIRS:near-infrared spectroscopy)を用いて計測した。

 言語流暢性課題とは、「あ」「い」「う」「え」「お」を60秒間繰り返して言ってもらったあとに、たとえば「か」で始まる単語をできるだけ多く言ってもらう。

これを異なる文字でそれぞれ20秒間ずつ3回行い、また60秒間「あ」「い」「う」「え」「お」を繰り返して言ってもらう。

男性では、プロラクチン値と単語を想起しているときの前頭側頭葉の血流賦活が有意に逆相関した[2]。

高プロラクチン血症では、前頭側頭葉の神経細胞が働かなければならないときに血流増加を妨げ、神経細胞の活動を抑制すると考えられた。

 そもそも神経細胞の発火と脳血流の賦活は密接に連動している。これを神経血管カップリング(neurovascular coupling)という。

ものを考え神経細胞が活動するには、多大なエネルギーが必要である。
エネルギー供給のために血流が増加する。
神経血管カップリングの調整役をしているのがグリア細胞である。

グリア細胞は神経細胞の発火をモニタリングし、血管に伸ばした終足(endfeet)を介して一酸化窒素(NO)やイオンチャンネルで血管平滑筋の緊張を調節する。

――プロラクチンはのろくさせるホルモン!?

 グリア細胞にはプロラクチン受容体が多数発現している。

プロラクチンがグリア細胞上のプロラクチン受容体と結合するとセカンドメッセンジャーを発し、神経血管カップリングの反応性を変化させる。

プロラクチンと作業速度を検討した最近の報告でも、われわれの結果と同様に、男性ではプロラクチンが高いと作業速度が有意に低下した[3]。

女性でこの関係性を証明しにくいのは、プロラクチンが性周期により変動するためと思われる。

しかし女性でもプロラクチン値は作業速度の低下と関連する。

妊娠、出産の経過でのプロラクチン値の変化と作業速度を比較した研究では、プロラクチンが高い時期は作業速度が有意に低下していたからである[4]。

――プロラクチンは愛を育むホルモン

 子育て中の母親はプロラクチンが高いのは当たり前であるが、子育て中の父親もプロラクチンが軽度だが上昇している[5]。

プロラクチンが上昇している期間は、女性だけでなく男性も、外に向けた個体の活動性を少しだけ低下させ、子育てに集中するのが良いのかもしれない。

文献

[1]Hinuma S, Habata Y, Fujii R et al. A prolactin-releasing peptide in the brain. Nature. 1998;393(6682):272-6.

[2]Nakamura M, Nagamine T. Serum prolactin levels are associated with prefrontal hemodynamic responses using near-infrared spectroscopy in male psychotic patients treated with antipsychotics. Psychiatry Clin Neurosci. 2018; doi: 10.1111/pcn.12644.

[3]Montalvo I, Nadal R, Armario A et al. Sex differences in the relationship between prolactin levels and impaired processing speed in early psychosis. Aust N Z J Psychiatry. 2017:4867417744254. doi: 10.1177/0004867417744254.

[4]Henry JF, Sherwin BB. Hormones and cognitive functioning during late pregnancy and postpartum: a longitudinal study. Behav Neurosci. 2012 ;126(1):73-85.

[5]Gettler LT, McDade TW, Feranil AB et al. Prolactin, fatherhood, and reproductive behavior in human males. Am J Phys Anthropol. 2012;148(3):362-70.

執筆者:三光舎(医師・医学博士)
へき地医療に従事し,医療人類学的研究を行う.
その後、精神疾患患者の身体疾患の治療を通してPIM(Psychiatric Internal Medicine)という学際的な研究領域を立ち上げる.
現在は三光舎(Sunlight Brain Research Center)に所属.
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元消化器外科医で,頭からつま先まで診れる総合診療科医です. 医学博士 元日本外科学会認定指導医・専門医, 元日本消化器外科学会認定指導医・専門医, 元日本消化器内視鏡学会専門医, 日本医師会認定産業医, 日本病理学会認定剖検医,
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