2022年02月26日
ストレス爆発
海外留学でパースに来て、4か月程が経った頃でした。順調に進んでいた海外生活でしたが、私の中でプツンと何かが切れました。
今までの流れを簡単に説明すると、
3月→渡豪、ホームステイ2か月と語学学校を3か月行く。
5月→アパートに住みながら、残り一か月の語学学校を行き、5月いっぱいで学校を卒業。
6月→日本食レストランで働き始める
本当に全てが思った以上に上手く進んでいました。私の感情以外は。。。
私が思ったことを全て話して、解決しようと努力すれば良かったのでしょうが、それが上手くできませんでした。自分の中に溜めに溜め込んでいました。
アパートに住み始めて思ったこと。それは、私以外の3人はオーストラリアに来る前に一人暮らしの経験がありませんでした。みんな親と暮らしていたのです。それもあってか、誰も掃除や料理を全くしませんでした。誰か出来る人がやればいい、そんな雰囲気の中、誰も作らないならと私が料理をし始めたことがキッカケで、毎日私が作るのがルーティーン化していきました。
日本食レストランで働いていたこともあり、仕事後には余ったお寿司をもらって帰ってくることも多かったので、それをみんなの夜ご飯にしたりしていました。でも、料理なんて上手じゃなくても、米くらいなら炊けるだろう、サンドイッチくらいなら作れるだろ?何度もそう思いました。
一度、友達に
「今日の夜ご飯何にする?」
と聞くと、
「何でもいいよ?Mookieが作るごはんなら何でも美味しいから」
、、、私が作ること前提の会話じゃん!?
「〇〇も何か作ってみたら?私も〇〇が作ったもの食べてみたいな」
と言うと、
「えーいいよ〜、私はMookieと違って料理苦手だからー」
最初から作る気が全くないことに気づきました。
その時から、ちょっと納得がいかなかったのですが、初めのころは、それでも友達と一緒に住むことが楽しい方が勝っていました。
ところが、語学学校に持っていくランチまでも私が作ることが多くなり、みんな誰もやろうともしなければ、最初の方は「作ってくれてありがとう」の言葉があったのに、その言葉すら日に日になくなっていきました。
掃除をしてるのも私だけで、友達3人ともしてるところを見たことがありませんでした。
こんなことが続いたある日、語学学校で出来た別な友達にこんなことを言われました。
「Mookieっていつもあの3人と一緒にいるから遊びに誘いづらいけど、一緒にどこか行こうって言ったら行けるの?」
えっ!?そんな風に見えてたの!?もう周りから見たらそう見えていたのですね。それをキッカケに、他の友達とも出かけるようになってまた楽しい日々を過ごし始めていました。
アルバイトも始めて1か月以上経ち、英語はまだカタコトながらも仕事も慣れてきていた頃、こんなことが起きました。
注文を取るためにフロントに立っていると、一人のお客様がいらして、何か質問をしてきます。でもいつものCan I have〇〇ではありません。その時に限って頼りにしている先輩はいませんでした。英語が聞き取れず、もう一度お願いします、と2回ほど聞き返した時です。
「I don't need to talk to you, you are useless! Is there anyone who can speak English properly not like this one」こんな奴とは話す必要はない、使えねぇ。誰かきちんと英語が話せる奴はいねーのか、こんな奴じゃなく!!
ものすごく怒鳴り散らかされました。大きな声を聞いて、オーナーが中から出てきて対応してくれました。結局そのお客さんは、この店ではデリバリーサービスはしているのか、しているんだったらオーダーしたい物があるっていうことを言っていたようでした。
私はびっくりし、同時に自分の英語の出来なさのせいで、周りに迷惑をかけてしまったことにすごく反省しました。
お客様が帰ったあとにオーナーに謝りに行くと、オーナーは私の目を見るどころか、顔すら見てくれず、そっぽを向き話してもらえませんでした。
私は完全に怒らせたと思い、すごく落ち込みました。他の従業員も妙な雰囲気を感じ取り、店中が凍てついたように静かになりました。
その日の仕事は、嫌な空気の中なんとかやり遂げ、お疲れ様でしたと声をかけて店を出ました。店を出た瞬間、堪えていたものが溢れ、帰りの道を一人泣きながら帰りました。
家の前に着く前に泣き止まないと、みんなに何か言われると思い、涙を拭き、何もなかったかのように家に帰ると、友達が一言いいました。
「今日は寿司ないの?」
これには私もブチ切れました。
「私はあんた達の家政婦でもお手伝いでもない!ごはんも自分で作って食べればいい!学校のランチも自分で作ったらいいでしょ!?」
何も知らない友達はポカーンとしながらも、
「、、、そうだよね、これからそうするよ」
と言って部屋に入っていきました。
その次の日から、友達3人は、自分達でごはんを作るようになりました。しかし、ひとつ違ったのは、学校のランチも、夜ご飯も、私の分は分けてありませんでした。自分達の分しか作らなかったのです。わざとなのかはわかりません。私が自分から私のはー?と声をかけに行けば良かったのかもしれませんが、もううんざりしていたので、むしろ自分のことだけすればいい環境になったのだと思えば、スッキリでした。
後日、大きな声を出したことに関しては友達にも謝りましたが、みんなの分のごはんを毎日作ることが負担になっていたことも正直に話し、和解は出来ました。私一人だけが仕事をして、他の3人はまだ学生を続けていたので、その日を境に生活のルーティンがバラバラになっていきました。
次の日に仕事に行くと、オーナーは挨拶はしてくれたので、もう一度私の方から迷惑かけたことを謝りました。内心は、英語出来ないって言ってんのにオーナーがフロントに行かせるからだろ!?って思っていました。しかし、英語を出来ないことを理由に、私がネイティブの人との会話から逃げようとしていたのは事実で、オーナーは、ローカルのお客さんと話しをするキッカケを与えてくれた人、そう前向きに捉えるようにしました。
あの事件をきっかけに、私の英語への勉強に火が付きました。あのローカルのお客さんが次に来ることがあったら見返してやる、オーナーにも英語が話せるようになって見返してやる!!!という変な闘争心が芽生えました。
スピークバディ パーソナルコーチング
今までの流れを簡単に説明すると、
3月→渡豪、ホームステイ2か月と語学学校を3か月行く。
5月→アパートに住みながら、残り一か月の語学学校を行き、5月いっぱいで学校を卒業。
6月→日本食レストランで働き始める
本当に全てが思った以上に上手く進んでいました。私の感情以外は。。。
私が思ったことを全て話して、解決しようと努力すれば良かったのでしょうが、それが上手くできませんでした。自分の中に溜めに溜め込んでいました。
アパートに住み始めて思ったこと。それは、私以外の3人はオーストラリアに来る前に一人暮らしの経験がありませんでした。みんな親と暮らしていたのです。それもあってか、誰も掃除や料理を全くしませんでした。誰か出来る人がやればいい、そんな雰囲気の中、誰も作らないならと私が料理をし始めたことがキッカケで、毎日私が作るのがルーティーン化していきました。
日本食レストランで働いていたこともあり、仕事後には余ったお寿司をもらって帰ってくることも多かったので、それをみんなの夜ご飯にしたりしていました。でも、料理なんて上手じゃなくても、米くらいなら炊けるだろう、サンドイッチくらいなら作れるだろ?何度もそう思いました。
一度、友達に
「今日の夜ご飯何にする?」
と聞くと、
「何でもいいよ?Mookieが作るごはんなら何でも美味しいから」
、、、私が作ること前提の会話じゃん!?
「〇〇も何か作ってみたら?私も〇〇が作ったもの食べてみたいな」
と言うと、
「えーいいよ〜、私はMookieと違って料理苦手だからー」
最初から作る気が全くないことに気づきました。
その時から、ちょっと納得がいかなかったのですが、初めのころは、それでも友達と一緒に住むことが楽しい方が勝っていました。
ところが、語学学校に持っていくランチまでも私が作ることが多くなり、みんな誰もやろうともしなければ、最初の方は「作ってくれてありがとう」の言葉があったのに、その言葉すら日に日になくなっていきました。
掃除をしてるのも私だけで、友達3人ともしてるところを見たことがありませんでした。
こんなことが続いたある日、語学学校で出来た別な友達にこんなことを言われました。
「Mookieっていつもあの3人と一緒にいるから遊びに誘いづらいけど、一緒にどこか行こうって言ったら行けるの?」
えっ!?そんな風に見えてたの!?もう周りから見たらそう見えていたのですね。それをキッカケに、他の友達とも出かけるようになってまた楽しい日々を過ごし始めていました。
アルバイトも始めて1か月以上経ち、英語はまだカタコトながらも仕事も慣れてきていた頃、こんなことが起きました。
注文を取るためにフロントに立っていると、一人のお客様がいらして、何か質問をしてきます。でもいつものCan I have〇〇ではありません。その時に限って頼りにしている先輩はいませんでした。英語が聞き取れず、もう一度お願いします、と2回ほど聞き返した時です。
「I don't need to talk to you, you are useless! Is there anyone who can speak English properly not like this one」こんな奴とは話す必要はない、使えねぇ。誰かきちんと英語が話せる奴はいねーのか、こんな奴じゃなく!!
ものすごく怒鳴り散らかされました。大きな声を聞いて、オーナーが中から出てきて対応してくれました。結局そのお客さんは、この店ではデリバリーサービスはしているのか、しているんだったらオーダーしたい物があるっていうことを言っていたようでした。
私はびっくりし、同時に自分の英語の出来なさのせいで、周りに迷惑をかけてしまったことにすごく反省しました。
お客様が帰ったあとにオーナーに謝りに行くと、オーナーは私の目を見るどころか、顔すら見てくれず、そっぽを向き話してもらえませんでした。
私は完全に怒らせたと思い、すごく落ち込みました。他の従業員も妙な雰囲気を感じ取り、店中が凍てついたように静かになりました。
その日の仕事は、嫌な空気の中なんとかやり遂げ、お疲れ様でしたと声をかけて店を出ました。店を出た瞬間、堪えていたものが溢れ、帰りの道を一人泣きながら帰りました。
家の前に着く前に泣き止まないと、みんなに何か言われると思い、涙を拭き、何もなかったかのように家に帰ると、友達が一言いいました。
「今日は寿司ないの?」
これには私もブチ切れました。
「私はあんた達の家政婦でもお手伝いでもない!ごはんも自分で作って食べればいい!学校のランチも自分で作ったらいいでしょ!?」
何も知らない友達はポカーンとしながらも、
「、、、そうだよね、これからそうするよ」
と言って部屋に入っていきました。
その次の日から、友達3人は、自分達でごはんを作るようになりました。しかし、ひとつ違ったのは、学校のランチも、夜ご飯も、私の分は分けてありませんでした。自分達の分しか作らなかったのです。わざとなのかはわかりません。私が自分から私のはー?と声をかけに行けば良かったのかもしれませんが、もううんざりしていたので、むしろ自分のことだけすればいい環境になったのだと思えば、スッキリでした。
後日、大きな声を出したことに関しては友達にも謝りましたが、みんなの分のごはんを毎日作ることが負担になっていたことも正直に話し、和解は出来ました。私一人だけが仕事をして、他の3人はまだ学生を続けていたので、その日を境に生活のルーティンがバラバラになっていきました。
次の日に仕事に行くと、オーナーは挨拶はしてくれたので、もう一度私の方から迷惑かけたことを謝りました。内心は、英語出来ないって言ってんのにオーナーがフロントに行かせるからだろ!?って思っていました。しかし、英語を出来ないことを理由に、私がネイティブの人との会話から逃げようとしていたのは事実で、オーナーは、ローカルのお客さんと話しをするキッカケを与えてくれた人、そう前向きに捉えるようにしました。
あの事件をきっかけに、私の英語への勉強に火が付きました。あのローカルのお客さんが次に来ることがあったら見返してやる、オーナーにも英語が話せるようになって見返してやる!!!という変な闘争心が芽生えました。
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