2018年12月10日
十把一絡げズ 第23回 「遣隋使」
こんにちは、酒保です。
第23回の今回は遣隋使です。
遣隋使といえば有名なのは、小野妹子が届けた聖徳太子の手紙です。
有名な「日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す。恙無きや、云々」というのは、隋の歴史書である、「隋書・倭国伝」に書かれている言葉です。
日本書紀に書かれたところによると、「東の天皇、敬みて西の皇帝にもうす。」となっています。
古墳時代、倭の五王の時代は、「私は祖先と同じように皇帝への貢物を船で百済からつかわそうとします…中略…高句麗を退けていただけたら、いっそう皇帝に忠誠を誓います」といった手紙を送っています。
つまり、日本の中国への外交態度は「服従」だったわけです。
しかし、遣隋使の手紙では、隋書ではともに天子、日本書紀でも「皇帝」に対して「天皇」と、どちらも同じような地位に立っているように書かれています。
つまり、日本の中国への外交態度が「対等な関係」を求めるように変化しています。
当然、突然そのような手紙を送って、中国が歓迎するわけがありません。
対等な立場と認められるのは、もっと先、ずっと先の話です。
しかし、これによって日本は中国の子分から、独立した国へと立場が変わります。
聖徳太子の時に掲載しましたように、私は聖徳太子の成果の中で最も重要なものはこの手紙だと考えています。
以降の日本が日本として独立して行動できているのは、ここで中国の子分をやめたからだと考えているからです。
聖徳太子の偉業についての話は今回で終わり。明日は飛鳥時代の文化についてお届けします。
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