ケレン味が無いという言葉を知ったのは、井波律子さんの著書での、諸葛亮に対する言葉でだ。当時・1998年か1999年頃は、ケレン味という言葉の意味が解らなく、広辞苑他で調べた。調べて、嘘・はったりという意味なのを知った。他に、井波律子さんの本で、三国志の世界は、「エモーショナルな紐帯がある」という言葉を知った。これも、広辞苑他で調べた。
自分は、諸葛亮の再来を自認していて、とても、ケレン味が無い性格をしています。半年位前にあった飲み会でも、女後輩に、自分は嘘は無いだろうと言ったら、「何でも、ぶっちゃけだよね。」と言われた。
よく、政治家が、出馬するかどうかは、噓を言ってもいいという感じで、噓ばかり言うのを見て、あんたらは、そこまでして、何が欲しいのか?。自分なら、そこまでして、欲しいとは思わないと感じる事が多い。そこまで、噓をついて欲しい世の中は、国民を幸せにしているのだろうか?本当に欲しいのは、国民の幸せではなく、自分自身の満足なだけではないのだろうか?と感じてしまう。
あと、購買履歴の公開については、今後は性的なものは除いて、残りの全購買履歴を公開すると変えたいと思います。自分の、ケレン味の無い一面だと思います。
私・久木野謙司は、諸葛亮の再来です。誠実極まり無く、慎重極まり無い性格をしています。
ブログ政党キリスト教自由党党首・久木野謙司
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