2007年10月10日
●プレカリアート
プレカリアート=不安定さを強いられたプロレタリアート(労働者階級)イタリア生まれの造語。
生きさせろ!
雨宮処凛(あまみやかりん)という人について:
雨宮は、ずっと「行き場の無い生きづらさ」を感じていた。
アトピーでいじめられた。「なんで?」、つらくて手首を切った。
受験に失敗、フリーターに。
間単に首を切る飲食店もある。反面、人手が足りなくなると
呼び戻される。「私はただの調節弁か」。
生活の不安から、自傷することもあった。
21歳のとき、「自殺未遂」をテーマにした集まりを企画し、語り合った。
その後10年間で、出会った数十人もが自死した。
弟が念願かなって大手家電店の正社員になった。
朝・夕食なしで連日17時間の勤務をがんばった。
あるとき、ガリガリなった弟をみて、ナチスの強制収容所を連想した。
そして説得して辞めさせた。
雨宮は25歳で自伝を書き、作家になった。
「作家はフリーターより不安定かもしれない。かけなければ終わりだから」
なんて生きづらいのだろう?
答えが見つからない。
たまたまネットで「自由と生存のメーデー06」の案内文がめについた。
そこで知った「プレカリアート」という言葉。
意味は:不安定さを強いられたプロレタリアートのことで、イタリア生まれの
造語と知った。
雨宮はこの「プレカリアート」という7文字が気になりデモに参加した。
そこで、社会学者の入江公康(いりえきみやす)の話を聞く:
そして、自由の名のもと、企業に便利な規制緩和が進み、仕事が不安定になったこと。
多くの若者が「負ける」構造にあること、を知った。
入江公康の著作は:「ネオリベ現代生活批判序説」等。
そんな入江の指摘に、雨宮は目からウロコが落ちる思いがした。
「社会が悪い」。雨宮は猛勉強した。
そして、フリーターや過労自殺者の遺族らに話しを聞き、
今春「生きさせろ!」(太田出版)を著作、出版した。
雨宮は書いている「我々は反撃を開始する。若者を低賃金で使い捨て、
それによって利益を上げながら若者をバッシングする全ての者に対して。
雨宮は呼びかける「働く誰もがプレカリアートだと思う。大同団結を!」
雨宮が注目した、吉岡勉(33)。
彼は、松下プラズマディスプレイ社で、派遣社員として働いた。
やがて同社を、偽装請負で労働局に告発した。
吉岡は04年、鉛を扱う工程業務で、正社員二人に混じって働いた。
急にこの二人の正社員が作業からはずれた。
健康診断で、「血中の鉛の数値が危険」とされたからだ。
しかし、派遣労働者には健康診断がなく、「ひどい」と思ったが、
吉岡は作業を続けるしかなかった。
父親の急死で欠勤した時は、100円時給を下げられた。
時給がもっと安い別の請負会社への移籍を迫られたりもした。
吉岡は、告発後、松下に5ヶ月の期限付きで雇われたが、ほかの従業員からは
隔離された。
期限が切れて職場を離れた吉岡は、松下の雇用責任を問う裁判と闘っている。
(偽装請負とは:- 契約上などでは請負という形を取っているが、
その実態は労働者を注文主の管理下へ常駐させ、注文主の指揮命令の下に業務をさせる行為)
「フリーター全般労組」の執行委員、清水直子(しみずなおこ)(34)は、
「メーデー07」で、雨宮とともにマイクを握った。
東京の街頭に立ち、「残業代ゼロ」と書いたビラをまき続けた。
この効あって訴えは国会に届いた。
雇う側が労働時間を管理せず、残業が野放しになりかねない
「エグゼンプション」法案の、提出が見送られたのだ。
「やればできるかも、と希望をもった。でも油断はできない」
ふつうに働くことが難しい。
こんな世の中を何とかしたい、と闘うひとたちがいる。
雨宮処凛さん、国会院内集会で発言
朝日新聞 10月1日 夕刊
シリーズ、ニッポン人脈記、より(要約)
「自由と生存のメーデー06」
【主催】「自由と生存のメーデー06 ―プレカリアートの企みのために」実行委員会
http://www.geocities.jp/precari5/main.html
【呼びかけ】フリーター全般労働組合
http://freeter-union.org/index2.html
【救援会】メーデー救援会
http://mayday2006.jugem.jp/
今年、4月末、東京・新宿で「自由と生存のメーデー07」を掲げた、デモが行われた。
フリーター、派遣、契約社員・・・、働き方はいろいろあれど、生きていくのさえ難しい。
過労死寸前の正社員も参加した、生存させろ!と要求する行進であった。