19世紀の中ごろ、アメリカは北部と南部で、政治的にも経済的にも、かなり違う状況でした。
たとえば、北部は工業が盛んで、南部は農業が盛ん。
奴隷に対する考え方も、北部はダメで、南部はOK。
「人民の、人民による、人民のために政治」
奴隷はダメだと主張するリンカンが大統領になると、そのあと国内は不穏な空気に包まれ、とうとう戦争へと発展していきます。
戦争を覚える基本セット(歴史29を参照)を書いておきましょう。
@いつ 1861年〜65年 (日本は幕末です)
Aきっかけ 南部諸州が別の国をつくった(要するに、合衆国からの脱退)
B北部 VS 南部
C結果 北部の勝利(リンカンは北部)
Dその後 奴隷解放(戦争中に、リンカンが奴隷解放宣言を出している)
プチプチ情報
リンカンと、のちに大統領となるケネディに、奇妙な共通点があるのをご存知ですか?
都市伝説とまで言われています。
2人には、100年違いの共通点がいくつかあります。
たとえば、議会に選出された年が、リンカンは1846年。その100年後の1946年が、ケネディです。
大統領になったのが、リンカンは1860年。ケネディは100年後の1960年。
ともに、ジョンソンという名前の副大統領がいて、その人たちは、100年違いの生まれ。
2人とも、頭を撃たれて暗殺されていますが、その犯人たちも、生まれた年が100年違い。
ちなみに、リンカンにはケネディという名の秘書がいて、ケネディにはリンカンという名の秘書がいたとか・・。
ほかにも、いろいろ共通点があるようですが、このへんで終わりにしておきます。
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