2018年12月06日
老人小説「冥途の土産」(5)
5
まだ体調が回復しきっていなかったのだろう、楽しい会食の途中でみつは体調が悪くなってしまった。
「大丈夫ですか?」
「うーん、大丈夫じゃないみたい」
トイレにこもっていると、救急車が来た。女性の店員さんと救急隊の人たちによって運び出された。
みつの体は軽いのでそんなに時間はかからなかった。相葉くんが救急車に同乗してくれた。下痢で運ばれるなんて、
死ぬほど恥ずかしい。
年齢的に即入院となってしまい、デート終了。みつはオムツを履かされ、ベッドに寝かされた。これじゃ要介護じゃん。
深夜十一時。相葉くんは帰った。
「おだいじにしてくださいね」
「ごめんなさい。ありがとう」
やっぱり罰が当たったのだ。こんなばあさんが、あんな若い子とデートだなんて調子に乗っているから神様が
怒ったんだ。しかも友だちが死んだばかりだというのに。病院のベッドで反省する89歳独身女であった。
入院なんてするの久しぶりだわ。息子を出産の時と白内障の手術の時だけ。健康だけが取り柄なのだ。
ああ、家族がいないって不便だわ。家に取りに行きたいものがあっても頼めないじゃない。パジャマなど
必要なものはすべて買った。点滴をしてもらって、だいぶ良くなったので歩いてトイレへ行けるようになった。
自分でトイレへ行けるという幸せ。あたりまえだと思っていたことができなくなることほど切ないことはない。
明日退院できます、と医者から言われてほっとしていると、相葉くんがひょっこり顔を出した。
「キャッ」
「ごめんなさい、びっくりさせて」
「来てくれたの?」
「よかった。お元気そうで」
相葉くんの笑顔は天使のようだった。嬉しいやら恥ずかしいやら血圧が上昇しているのがわかった。
「明日退院なの」
「顔色もいいですね」
「本当に心配させてごめんなさい。お礼をしなければ」
「いいんです。レストランもお金かからなかったし」
「あら」
「とっても美味しかったですし楽しかったです」
「そう言ってもらえると気持ちが軽くなるわ」
「なんで僕にごちそうしようと思ったんですか」
ちょっと考えてからみつは言った。
「友だちが亡くなって、自分は、何か人のためにできたのかなって思って。もっと周りの人に優しくしようって思ったの」
「自分はばあちゃんと仲が良くて。ばあちゃんはボケちゃって僕のことわからないんだけど。お年寄りには優しく
って育ったから」
ショックだった。ばあちゃん。お年寄り。なんてことない単語がグサグサ刺さった。みつ大失恋。涙が出てきた。
「大丈夫っすか?」
「ちょっと疲れただけ。休むわ。帰って」
わがままな年寄りである。相葉くんはちょっと驚いたけどすぐに帰った。
布団を被って泣くみつ。我が不幸は辛酸なり。声をあげて泣いた。
ぐっすり眠って次の日になったらすべて忘れていた。
どうしてここにいるのかな?と思った。医者から説明されてやっと少し思い出したくらい。ああ、お腹がが空いた。
何を食べようかな?
かつ丼、カレーライス、ハンバーグ。スパゲティもいいわ。そうだ、スパゲティミートソースを食べよう。タクシーで
池袋へ帰る。
ちょっと入院しただけなのに、色んなことを忘れてしまった。家への帰り道、生まれて初めて通る道路のような
感覚になった。誰も頼る人がいない、友人がいないというのは気楽なものだ。アパートの住人ともほとんど面識がない。
管理は不動産屋に任せてある。私が死んだら寄付しようと決めている。
つづく
※この物語はフィクションです。
齋藤なつ
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まだ体調が回復しきっていなかったのだろう、楽しい会食の途中でみつは体調が悪くなってしまった。
「大丈夫ですか?」
「うーん、大丈夫じゃないみたい」
トイレにこもっていると、救急車が来た。女性の店員さんと救急隊の人たちによって運び出された。
みつの体は軽いのでそんなに時間はかからなかった。相葉くんが救急車に同乗してくれた。下痢で運ばれるなんて、
死ぬほど恥ずかしい。
年齢的に即入院となってしまい、デート終了。みつはオムツを履かされ、ベッドに寝かされた。これじゃ要介護じゃん。
深夜十一時。相葉くんは帰った。
「おだいじにしてくださいね」
「ごめんなさい。ありがとう」
やっぱり罰が当たったのだ。こんなばあさんが、あんな若い子とデートだなんて調子に乗っているから神様が
怒ったんだ。しかも友だちが死んだばかりだというのに。病院のベッドで反省する89歳独身女であった。
入院なんてするの久しぶりだわ。息子を出産の時と白内障の手術の時だけ。健康だけが取り柄なのだ。
ああ、家族がいないって不便だわ。家に取りに行きたいものがあっても頼めないじゃない。パジャマなど
必要なものはすべて買った。点滴をしてもらって、だいぶ良くなったので歩いてトイレへ行けるようになった。
自分でトイレへ行けるという幸せ。あたりまえだと思っていたことができなくなることほど切ないことはない。
明日退院できます、と医者から言われてほっとしていると、相葉くんがひょっこり顔を出した。
「キャッ」
「ごめんなさい、びっくりさせて」
「来てくれたの?」
「よかった。お元気そうで」
相葉くんの笑顔は天使のようだった。嬉しいやら恥ずかしいやら血圧が上昇しているのがわかった。
「明日退院なの」
「顔色もいいですね」
「本当に心配させてごめんなさい。お礼をしなければ」
「いいんです。レストランもお金かからなかったし」
「あら」
「とっても美味しかったですし楽しかったです」
「そう言ってもらえると気持ちが軽くなるわ」
「なんで僕にごちそうしようと思ったんですか」
ちょっと考えてからみつは言った。
「友だちが亡くなって、自分は、何か人のためにできたのかなって思って。もっと周りの人に優しくしようって思ったの」
「自分はばあちゃんと仲が良くて。ばあちゃんはボケちゃって僕のことわからないんだけど。お年寄りには優しく
って育ったから」
ショックだった。ばあちゃん。お年寄り。なんてことない単語がグサグサ刺さった。みつ大失恋。涙が出てきた。
「大丈夫っすか?」
「ちょっと疲れただけ。休むわ。帰って」
わがままな年寄りである。相葉くんはちょっと驚いたけどすぐに帰った。
布団を被って泣くみつ。我が不幸は辛酸なり。声をあげて泣いた。
ぐっすり眠って次の日になったらすべて忘れていた。
どうしてここにいるのかな?と思った。医者から説明されてやっと少し思い出したくらい。ああ、お腹がが空いた。
何を食べようかな?
かつ丼、カレーライス、ハンバーグ。スパゲティもいいわ。そうだ、スパゲティミートソースを食べよう。タクシーで
池袋へ帰る。
ちょっと入院しただけなのに、色んなことを忘れてしまった。家への帰り道、生まれて初めて通る道路のような
感覚になった。誰も頼る人がいない、友人がいないというのは気楽なものだ。アパートの住人ともほとんど面識がない。
管理は不動産屋に任せてある。私が死んだら寄付しようと決めている。
つづく
※この物語はフィクションです。
齋藤なつ
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タグ:老人小説 年の差
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