2015年09月30日
読書感想文『勝負強さ』 おすすめの文章と自分なりの感情
こんにちわ、小谷中広之です
今回のブログでは私「小谷中広之」が読んだ本の中で気に入った文章を紹介するとともに私「小谷中広之」がその文章に対して感じたこと(感情)を書き、少しでも皆様の何かのきっかけになれればこのうえない喜びです(定期的に読書感想文は更新していきます)
決して細かくは書くことはありませんのでご了承ください
私「小谷中広之」が感じた文章を書きたいと思っております
今回のご紹介する本は、ジョンCマクスウェル様の「勝ちぐせをつけろ!「勝負強さ」を鍛える本」です
ジョンCマクスウェル様。アメリカで最も信頼されている「リーダーシップ論」の権威として、毎年25000人以上の企業の管理職を指導。「インジョイグループ」の創設者
気になる文章
●「逆境には必ず、それよりも大きな報酬の種が隠されている」ナポレオンヒル(成功哲学の大家)
○小谷中広之の感情・・・逆境中にこそ自己成長投資(旅をすること、本を読むこと、人に会うこと)の成果が問われるのではないか
●自分がしたことに失敗とレッテルを張ることができる人間は、自分しかいない。
あなたのしたことが失敗だったかどうかは、あなたが失敗をどう受け止め、どう対処するかで決まる。
三歩進んで二歩下がったら、一歩前進しと考える。そういう人が最終的にはその他大勢から抜け出し、成功者となる
○小谷中広之の感情・・・失敗は成功への唯一の近道
●テキサスにはこんな古いことわざがある。
「牛を手放さないかぎり、どれだけミルクをこぼそうと、どうってことはない」。
とんでもない大失敗をやらかしても、もう成功できないときまったわけではない
○小谷中広之の感情・・・心がしっかりしていれば、いくら失敗したってなんてことはない
●ライト兄弟。オーヴィルとウィルパーが初めて飛行を成功させたのは1903年12月17日。
この日を迎えるまで、兄弟が全くの無名で、大学教育も受けておらず、飛行機の専門家でもなかったことは、意外に知られていない。世界初の有人飛行に成功するには別の男だと目されていた。
その男の名はサミュエル・ラングレー博士。数学と天文学の元教授で、当時スミソニアン博物館の理事長を務めており、著名な思想家、科学者、発明家でもあった。航空力学に関する重要な著書も何冊か出版し、有人飛行達成のヴィジョンを持っていた。
ラングレーは1890年代半ばから後半にかけて、無人模型飛行を使った大規模な実験を行い、かなりの成功を収めた。
1903年10月8日、ついに数年に及ぶ努力が実を結ぶのだとラングレーは期待していた。「グレート・エアロドローム号」と名付けた飛行機。
ところが、離陸の際にエアロドーム号の機体の一部が何かに引っかかり、ハウスボートからわずか50メートルしか離れていない、水深5メートルのポトマック川へ突っ込んでしまった。
当初、この失敗とその後の批判くらいでは、自分はびくともしないと思っていたようだ。8週間後の12月初め、彼とマンリーは再び飛行実験の準備を整えた。
だが、前回と同様、災難が襲った。今回は、飛行機が離陸を始めると、両翼を支えていたケーブルが持ちこたえられずに切れてしまった。飛行機はまたもや離陸レールに引っかかり、仰向けになってポトマック川に飛び込んだ。マンリーは危うく命を落とすところだった。
再び非難の嵐が巻き起こった。
そして、ラングレーは二度と飛行実験を行わなかった。
ラングレーはギブアップしたのだ。
そしてラングレーの二度目の失敗のわずか数日後、教育もなければ資金もない、無名のライト兄弟が制作した「フライヤー一号」が、ノースカロイナ州キティホークの砂丘の上空を飛んだのである
○小谷中広之の感情・・・ライト兄弟は知っていたがサミュエル・ラングレー博士は知らなかった。
諦めずに飛行実験を行っていたらと思うと、やはり諦めたら終わりなのだ。継続して成功のための失敗を繰り返し行い、大成功へと進んでいこう
●作家のJIパッカーはこう語る。
「大成功を収めた瞬間、人は今後これ以上の体験をすることはないだろうと思い、大失敗した瞬間、これで何もかも終わりだと思う。しかし、どちらも現実的な黄な考え方とは言えない。どちらの出来事も、実際はその通りにはならないからだ」。
ライト兄弟は成功に胡坐をかいていなかった。1903年12月のその日、大成功の喜びに浸りながらも、これがゴールだとは思わなかった。ふたりは実験と研究をつづけ、ついに世間にその偉業を認めさせた
○小谷中広之の感情・・・どんなに大成功しても、止まらずに次の大成功へと進もう。そのためにも日ごろから目標意識を持っていこう
●精神科医学者のヴィクトル・フランクは「人が恐れを感じたとき、恐れは現実になる」という言葉を残している。
行動できないということは「経験」が積めないということだ。
そして経験がないと、いつまでも恐れの感情を克服できず、かえって、恐れを増大させてしまう
○小谷中広之の感情・・・行動をしよう
●ハリーSトルーマン大統領はこのような意見を述べている。
「我々が直面する最悪の危機は、疑いと恐れのために無気力状態に一いることだ。この危機は、自信を失い、希望をあざ笑う人々によってもたらされる。彼らは皮肉と不信を蔓延させ、誰でも成功するチャンスはあるという事実を我々の目から覆い隠そうとしている
○小谷中広之の感情・・・疑いと恐れなんてものは、行動してぶっ飛ばそう
●ジョンFケネディ大統領はいみじくも、「行動するにはリスクもコストもかかる。しかし、現状に満足して何もしないことにかかる長期的なリスクに比べたら、わずかなものだ」
思い切って行動に出れば、それだけ失敗のリスクは大きくなる。皮肉なことに、失敗のリスクを追えば追うほど、そして実際に失敗すればするほど、成功の可能性は大きくなる
○小谷中広之の感情・・・すぐに行動をしよう。どんなに些細なことでもいい、感情を待っていてはいけない。行動をして、感情を起こそう
●やる気のことは考えず、とにかく行動を起こすのだ。行動を起こせばやる気が出てきて、継続することは簡単になる。
ハーバード大学の心理学者ジェローム・ブルナーは、「感情によって行動を起こすというよりは、行動に感情がついてくる場合のほうが多い」
○小谷中広之の感情・・・楽しから笑うのではない、笑うから楽しいのだ。やる気がなく、それでも夢を叶えるために必要な行動をとらなければならないときはチャンスだ。まず行動を起こしてしまおう
●「あなたが『できる』と思おうと『できない』と思おうとどちらも正しい。ただ結果が違うだけだ」
ヘンリー・フォード(フォード自動車創業者)
○小谷中広之の感情・・・行動してから、できるかできないかを考えよう。しかしそこでもすぐにできないと決めつけるのではなく、何か軌道修正すればできるのではないだろうか?と考えよう。それでもだめなら、できないと判断しよう。要は、やる前から決めつけるのではないということだ
●人生に為すべきことは、他人を超えることではなく、自分を超えることである。すなわち、自己の記録を破り、今日の自分が昨日の自分を超えていかねばならない
○小谷中広之の感情・・・自分の記録を破り、今日の自分が昨日の自分を超えていく方法は私の考える限り、「本を読むこと、行ったことのない場所に行くこと、会ったことのない人に会うこと」
●「苦しいから逃げるのではない。逃げるから苦しくなるのだ」
ウィリアム・ジェームズ(アメリカ心理学者、哲学者)
○小谷中広之の感情・・・悲しいから泣くのではない。泣くから悲しいのだ
●自分の欠点を、何かを断念する言い訳に使うべきではない。前へ進むか、別の道を行こう
○小谷中広之の感情・・・欠点なんかない。やりたいことに突き進もう
●カルヴィン・クーリッジ大統領「自社のことしか考えていない企業は繁栄できない。繁栄している企業は、自社の利益を追求するだけでなく、社会的貢献も視野に入れている。これを怠ると、利益も上がらない」
○小谷中広之の感情・・・近江商人を思い出そう「売り手よし 買い手よし 世間よし」
●自分が何を得られるかより、何を与えられるかを考えよう。与えるという行為ほど最高なものは他にないからだ
○小谷中広之の感情・・・まずはこちらから与えよう。勿論見返りなんて求めずに
●アメリカの劇作家ウィリアム・サローヤン「有能な人は、失敗から学ぶから有能なのだ。成功から学ぶものなど、たかが知れている」
○小谷中広之の感情・・・失敗を学ぼう。自分の失敗だけでは足りない。人の失敗を学ぼう、そのために必要なのは本である。直接本人にあって聞ければよいのだが、そうもいかない。本なら簡単に読むことができる
●エジソンが蓄音機を発明したのは、全くの偶然からであるのは有名な話。
ゆでた小麦粉を一晩鍋の中に入れっぱなしにしていた結果、ケロッグコンフレークが誕生。
ミキサーの中に材料を長く入れすぎたために、多量の空気が混ざって泡立ちの良いアイボリー石鹸が生まれた。
キッチンペーパーのスコットタオルは、トイレットペーパーを作る機会が不具合を起こしたときにできた。
イギリスの政治家、小説家のホレス・ウォルボールは「失敗は何も語らず、常に真実の前を歩んでいる」
○小谷中広之の感情・・・失敗は成功の基である
●一見するとマイナスの状況にも、必ず何らかの恩恵がある。前向きな気持ちで探してみること。目の前の逆境をあまり悲観的に考えないようにしよう。
何か障害にぶつかったときは、いつも追及している夢の大きさを比較してみよう。すべてはあなたの受け取り方次第
○小谷中広之の感情・・・逆境を楽しもう。必ず逆境の中にチャンスが隠れている
●どんな逆境にあっても持続的な努力を忘れず、偉大な成功を成し遂げた話。古代ヘブライ人ジョセフの物語。
中東の牧畜を営む裕福な家庭に、十二人兄弟の十一番目の息子として生まれた。十代になると、ヨセフは兄弟たちから孤立。
兄弟はヨセフを殺そうと考えたが、長兄のルベンがそれを押しとどめた。
他の兄弟たちがヨセフを奴隷として売り飛ばしてしまった。
ヨセフはエジプトへ連れていかれ、ポティファルという警備隊長の家では働くことになる。すると、たちまちその手腕を認められて地位を上げ、間もなく一家の切り盛りを任されるようになった。
事態は悪化する。主人の妻から、一緒に寝てくれと迫られたのだ。ヨセフが断ると、妻はヨセフから誘惑されたと訴え、ポティファルはヨセフを牢屋に入れてしまった。
ここでも彼は最善を尽くした。ほどなく看守長は、すべての囚人と、その日々の活動をヨセフに任せるようになった。
その後ヨセフは、ファラオの宮廷で給仕長を務めていた一人の囚人と出会った。その男が見た夢をヨセフが解釈してやると、非常に感謝された。ヨセフは彼に頼み事を一つした。
「あなたが幸せになられたときには、どうか私のことを思い出してください。ファラオに私の身の上を話し、ここから出られるように取り計らってください。私はヘブライ人の国から無理やり連れてこられたのです。牢屋に入れられるようなことは何もしていないのです」。
給仕長が宮廷のファラオのそば近くに戻って数日が立ち、今にも「自由の身にする」という知らせが届くのではないか、ヨセフは希望を抱いて待っていた。だが、知らせは届かなかった。
二年がたち、給仕長はやっとヨセフのことを思い出した。それも、ファラオが夢を解釈できるものを探していると知ってのことだった。
ヨセフはファラオの夢を見事に解釈する。すると、このヘブライ人の英知に敬服したファラオは、彼に王国全体を任せた。彼の卓越した手腕によって、七年後に中東が大飢饉に見舞われた時も、彼がいなければ餓死していたであろう何千人もの人々が生き延びることができた。
その中に、ヨセフの家族も含まれていた。エジプトへの物資の買い出しにやってきたヨセフの兄弟は、ヨセフが生きているだけでなく、世界で最も強力な王国のナンバー2になっている尾を知った。ヨセフを奴隷をして売り飛ばしてから、実に二十年の歳月が流れていた。
十三年もの間、奴隷や囚人として不自由並みでいるという逆境を喜んで受け入れる人は、まずいないだろう。だが、わかっている限りでは、ヨセフは決して希望を捨てず、大局的な視点を失わなかった。また、兄弟を恨み続けることもしなかった。父親が死んだ後、ヨセフは兄弟たちに言った。
「あなた方は私に悪をたくらみましたが、神はそれを膳に変え、多くの命を救うために、今日のようにしてくださったのです」
彼は多難だった経験の中に豊かな恩恵を見つけたのだ。
辛い体験の中にある「恩恵」を見出すには、継続した努力が必要だ
○小谷中広之の感情・・・今までで体験した挫折を思い出し、それによって得た恩恵を思い出してみよう。ヨセフのように逆境を受け入れて前に進もう
●成功の可能性を高めたいなら、「賭け」に出るしかない
○小谷中広之の感情・・・賭けに出てみよう
●ラテン語のことわざに「風邪がないなら、自分で漕げ」というのがある。リスクを冒そうとするとき、都合のいい風が吹くことを期待してはいけない。まずは自分で漕ぐ覚悟をしておこう。その上で援助が得られたなら、嬉しい驚きになるだろう
○小谷中広之の感情・・・風が吹くのを待ってなんかいられない、自分で風を起こして進もう
●ジョゼフ・リスター。1827年イギリス生まれの医師。
友人の化学教授トマス・アンダーソンが見せてくれた、科学者ルイ・パストゥールが書いた論文が突破口になった。
パストゥールはその論文の中で、壊疽は細菌や病原菌が原因だと述べていた。リスターはこの見解を画期的なものと考え、危険な細菌を除去できれば、患者が壊疽、敗血症といった死に至る感染症にかかる可能性は減少するはずという仮説を立てた。
杜氏は医療従事者の間でさえ、急進的な考えと受け取られ、嘲笑され、愚弄され、拒絶され、同僚たちには容赦なく侮辱され、批判された。
同僚の拒絶をものともしなかった。一歩も引かずにこの問題に取り組み続け、研究は家で行った。
遂に、カーライル市が下水処理に使っている石炭酸という物質に着目した。予備調査が終わり、後は理論を実験するばかりとなった。だが、石炭酸を使った生体実験を行わなければならない。そして、この実験によって患者を死なせることになるかもしれなかった。
1865年8月12日、ついに患者が見つかった。荷車に引かれた11歳の少年が病院に担ぎ込まれてきたのだ。通常なら助かる見込みのない患者だった。
リスターは石炭酸を使って、傷、手術道具、その他患者に触れるあらゆるものを消毒した。そして、石炭酸に浸した包帯で傷を覆い、経過を見た。そして四日が過ぎた。嬉しいことに、四日たっても発熱や敗血症の兆候は現れなかった。六週間後、少年は歩けるようになるまでに回復した。
石炭酸を使った手術をした日から1866年までの間に、11人の複雑骨折の患者を治療したが、一人も感染症にかからなかった。
1867年、リスターはこの発見を正式に発表したが、やはり医療関係者の嘲笑の的となった。10年以上にわたり、リスターはこの治療法を訴え続け、他の医者にもこの治療法を採用するよう働きかけた。
そして1881年、最初の成功例から16年後、ロンドンで開催された国際医学学会で、ついにリスターの発見は承認された。会員たちは彼の発見を、それまでの外科医療の中で最大の発見と称した。
今日、私も含め、どんなものであれ手術を受けた人はすべて、ジョゼフ・リスター博士に恩義を感じなければならない。彼がリスクを負ってくれたおかげで、我々の安全が確保されたのだ
○小谷中広之の感情・・・小さな手術であれ、ジョゼフ・リスター博士を思い出そう。そして心から感謝しよう
●「首から下で稼げるのは一日数ドルだが、首から上を働かせれば無限の富を生み出せる」トマス・エジソン(世界の発明王)
○小谷中広之の感情・・・知恵を使おう
●ウィリアム・ボライソーは、賢人と愚者をこう区別している。
「人生で最も重要なのは、儲けから利益を得ることではない。これは愚かな人間でもできる。本当に重要なのは、『損失から利益を生み出すこと』だ。これには知性が必要で、ここに賢者と愚者の違いがある」
○小谷中広之の感情・・・損失から利益を生み出すにはどうしたらいいだろうか。一つは失敗から学ぶことだろう
●チャールズ・シュルツの漫画「ピーナッツ」
チャーリー・ブラウンが海辺で見事な砂の城を作っている。自分の創作を眺めようと後ろに下がった途端、大きな波が一瞬にしてお城をつぶしてしまった。直前まで、自慢の作品だった平たい砂山を見て、チャーリーはつぶやく。
「ここには学ぶべき教訓があるに違いない。でも、それが何だか、僕にはわからないよ」
多くの人は、逆境に直面するとこのように反応する落胆のあまり冷静さを失い、学びの機会を逸してしまうのだ。だが、どんな失敗や過ちも、常に学びへの道が存在する
○小谷中広之の感情・・・失敗をしたときにしっかりと学ぼう。そのためにも本をたくさん読もう
●大きな失意の中にあっても、逆境に感謝する気持ちを忘れてはならない
○小谷中広之の感情・・・逆境万歳
●学びには二種類あると言われる。一つは経験で、自分が過ちを犯すことにより得られる。もう一つは知恵で、これは人の過ちから学ぶ
○小谷中広之の感情・・・人の過ちからも多くを学ばさせていただこう
●学びを知識に結び付けてはいけない。行動に結び付けるべきだ
○小谷中広之の感情・・・行動してこそ、本を読む意味がある
●ほとんどの場合、トラブルを呼び寄せているのは、自分である。不運に見舞われるのは、自分の行動に結果なのである
○小谷中広之の感情・・・悪いことは自分のせい、良いことは人や運のおかげ
●二人の男が、刑務所の鉄格子から外を見ていた。一人はぬかるみを、もう一人は星を見ていた。
状況を変えることはできないが、自分を変えることはできる。
周囲の状況に気がめいるようだったら、変化のときがきているのかもしれない。「状況」ではなく、「態度」を変えるべき時が。自分を取り巻く状況を最大限に活かせるようになれば、あなたと夢の間に立ちはだかる、手ごわい障害は消えてなくなる
○小谷中広之の感情・・・自分を変えられるのは、自分しかいない
●変化は人間的成長のきっかけとなる。変化によってマンネリから抜け出し、新しいスタートを切り、自分の方向性を見つめなおす機会が得られる。変化に抵抗するとは、成功に抵抗することだ。変化を受け入れる柔軟性を身につければ一回り大きな自分に出会えるはずだ
○小谷中広之の感情・・・変化をしよう。私が変化をしたこととは、一日3食を一日1食にしたことから始まった
●実業家のディーン・ローズは労せずして億万長者になる儲け話のチャンスをすべてつぶしてしまった男である。だが、彼は失敗のいいわけをせず、ひたすら前進を続け、自らのビジネスで成功を収めた。
例えば、ある時ローズはカーネル・サンダースに出会い、ケンタッキー・フライド・チキンが全国的に知られるようになる前に株式を購入する機会を得た。だが、サンダースの考え方に賛同できない部分があったために、その投資話を断ってしまった。
また、ファーストフードのウェンディ―ズやマクドナルド、コンピューター会社のマイクロソフトが全米中に知られるようになる前にも「出資しないか」という話を持ち掛けられた。しかし、その誘いにものらなかった。
もし、このうちの一社にでも投資していたら大儲けができていただろう。そしてこんなチャンスのうち、一つでも逃してしまったなら、多くの人は髪の毛をかきむしって愚痴をこぼし、言い訳をするだろう。だが、ドーズは違った。自分自身の夢をチャンスを追求することに集中したのだ。そして、最終的に「フォーブス」詩の「アメリカで最も成功を収めた事業主四百人」にランクインした。
何度チャンスを逃そうと、何度失敗しようと、言い訳は禁物だ。歯を食いしばり、全責任を受け止め、挑戦を続けること
○小谷中広之の感情・・・挑戦し続けよう。そのためにやめられる娯楽やお金の浪費、時間の浪費のすべてを挑戦にまわそう
ここまで読んでいただきありがとうございます。読んでいただいた方の人生での何かのお役に立てればとても嬉しいです
ジョンCマクスウェル様「『勝負強さ』を鍛える本」
この本の他の文章が気になった方下記のサイトで購入可能です。
今回のブログでは私「小谷中広之」が読んだ本の中で気に入った文章を紹介するとともに私「小谷中広之」がその文章に対して感じたこと(感情)を書き、少しでも皆様の何かのきっかけになれればこのうえない喜びです(定期的に読書感想文は更新していきます)
決して細かくは書くことはありませんのでご了承ください
私「小谷中広之」が感じた文章を書きたいと思っております
今回のご紹介する本は、ジョンCマクスウェル様の「勝ちぐせをつけろ!「勝負強さ」を鍛える本」です
ジョンCマクスウェル様。アメリカで最も信頼されている「リーダーシップ論」の権威として、毎年25000人以上の企業の管理職を指導。「インジョイグループ」の創設者
気になる文章
●「逆境には必ず、それよりも大きな報酬の種が隠されている」ナポレオンヒル(成功哲学の大家)
○小谷中広之の感情・・・逆境中にこそ自己成長投資(旅をすること、本を読むこと、人に会うこと)の成果が問われるのではないか
●自分がしたことに失敗とレッテルを張ることができる人間は、自分しかいない。
あなたのしたことが失敗だったかどうかは、あなたが失敗をどう受け止め、どう対処するかで決まる。
三歩進んで二歩下がったら、一歩前進しと考える。そういう人が最終的にはその他大勢から抜け出し、成功者となる
○小谷中広之の感情・・・失敗は成功への唯一の近道
●テキサスにはこんな古いことわざがある。
「牛を手放さないかぎり、どれだけミルクをこぼそうと、どうってことはない」。
とんでもない大失敗をやらかしても、もう成功できないときまったわけではない
○小谷中広之の感情・・・心がしっかりしていれば、いくら失敗したってなんてことはない
●ライト兄弟。オーヴィルとウィルパーが初めて飛行を成功させたのは1903年12月17日。
この日を迎えるまで、兄弟が全くの無名で、大学教育も受けておらず、飛行機の専門家でもなかったことは、意外に知られていない。世界初の有人飛行に成功するには別の男だと目されていた。
その男の名はサミュエル・ラングレー博士。数学と天文学の元教授で、当時スミソニアン博物館の理事長を務めており、著名な思想家、科学者、発明家でもあった。航空力学に関する重要な著書も何冊か出版し、有人飛行達成のヴィジョンを持っていた。
ラングレーは1890年代半ばから後半にかけて、無人模型飛行を使った大規模な実験を行い、かなりの成功を収めた。
1903年10月8日、ついに数年に及ぶ努力が実を結ぶのだとラングレーは期待していた。「グレート・エアロドローム号」と名付けた飛行機。
ところが、離陸の際にエアロドーム号の機体の一部が何かに引っかかり、ハウスボートからわずか50メートルしか離れていない、水深5メートルのポトマック川へ突っ込んでしまった。
当初、この失敗とその後の批判くらいでは、自分はびくともしないと思っていたようだ。8週間後の12月初め、彼とマンリーは再び飛行実験の準備を整えた。
だが、前回と同様、災難が襲った。今回は、飛行機が離陸を始めると、両翼を支えていたケーブルが持ちこたえられずに切れてしまった。飛行機はまたもや離陸レールに引っかかり、仰向けになってポトマック川に飛び込んだ。マンリーは危うく命を落とすところだった。
再び非難の嵐が巻き起こった。
そして、ラングレーは二度と飛行実験を行わなかった。
ラングレーはギブアップしたのだ。
そしてラングレーの二度目の失敗のわずか数日後、教育もなければ資金もない、無名のライト兄弟が制作した「フライヤー一号」が、ノースカロイナ州キティホークの砂丘の上空を飛んだのである
○小谷中広之の感情・・・ライト兄弟は知っていたがサミュエル・ラングレー博士は知らなかった。
諦めずに飛行実験を行っていたらと思うと、やはり諦めたら終わりなのだ。継続して成功のための失敗を繰り返し行い、大成功へと進んでいこう
●作家のJIパッカーはこう語る。
「大成功を収めた瞬間、人は今後これ以上の体験をすることはないだろうと思い、大失敗した瞬間、これで何もかも終わりだと思う。しかし、どちらも現実的な黄な考え方とは言えない。どちらの出来事も、実際はその通りにはならないからだ」。
ライト兄弟は成功に胡坐をかいていなかった。1903年12月のその日、大成功の喜びに浸りながらも、これがゴールだとは思わなかった。ふたりは実験と研究をつづけ、ついに世間にその偉業を認めさせた
○小谷中広之の感情・・・どんなに大成功しても、止まらずに次の大成功へと進もう。そのためにも日ごろから目標意識を持っていこう
●精神科医学者のヴィクトル・フランクは「人が恐れを感じたとき、恐れは現実になる」という言葉を残している。
行動できないということは「経験」が積めないということだ。
そして経験がないと、いつまでも恐れの感情を克服できず、かえって、恐れを増大させてしまう
○小谷中広之の感情・・・行動をしよう
●ハリーSトルーマン大統領はこのような意見を述べている。
「我々が直面する最悪の危機は、疑いと恐れのために無気力状態に一いることだ。この危機は、自信を失い、希望をあざ笑う人々によってもたらされる。彼らは皮肉と不信を蔓延させ、誰でも成功するチャンスはあるという事実を我々の目から覆い隠そうとしている
○小谷中広之の感情・・・疑いと恐れなんてものは、行動してぶっ飛ばそう
●ジョンFケネディ大統領はいみじくも、「行動するにはリスクもコストもかかる。しかし、現状に満足して何もしないことにかかる長期的なリスクに比べたら、わずかなものだ」
思い切って行動に出れば、それだけ失敗のリスクは大きくなる。皮肉なことに、失敗のリスクを追えば追うほど、そして実際に失敗すればするほど、成功の可能性は大きくなる
○小谷中広之の感情・・・すぐに行動をしよう。どんなに些細なことでもいい、感情を待っていてはいけない。行動をして、感情を起こそう
●やる気のことは考えず、とにかく行動を起こすのだ。行動を起こせばやる気が出てきて、継続することは簡単になる。
ハーバード大学の心理学者ジェローム・ブルナーは、「感情によって行動を起こすというよりは、行動に感情がついてくる場合のほうが多い」
○小谷中広之の感情・・・楽しから笑うのではない、笑うから楽しいのだ。やる気がなく、それでも夢を叶えるために必要な行動をとらなければならないときはチャンスだ。まず行動を起こしてしまおう
●「あなたが『できる』と思おうと『できない』と思おうとどちらも正しい。ただ結果が違うだけだ」
ヘンリー・フォード(フォード自動車創業者)
○小谷中広之の感情・・・行動してから、できるかできないかを考えよう。しかしそこでもすぐにできないと決めつけるのではなく、何か軌道修正すればできるのではないだろうか?と考えよう。それでもだめなら、できないと判断しよう。要は、やる前から決めつけるのではないということだ
●人生に為すべきことは、他人を超えることではなく、自分を超えることである。すなわち、自己の記録を破り、今日の自分が昨日の自分を超えていかねばならない
○小谷中広之の感情・・・自分の記録を破り、今日の自分が昨日の自分を超えていく方法は私の考える限り、「本を読むこと、行ったことのない場所に行くこと、会ったことのない人に会うこと」
●「苦しいから逃げるのではない。逃げるから苦しくなるのだ」
ウィリアム・ジェームズ(アメリカ心理学者、哲学者)
○小谷中広之の感情・・・悲しいから泣くのではない。泣くから悲しいのだ
●自分の欠点を、何かを断念する言い訳に使うべきではない。前へ進むか、別の道を行こう
○小谷中広之の感情・・・欠点なんかない。やりたいことに突き進もう
●カルヴィン・クーリッジ大統領「自社のことしか考えていない企業は繁栄できない。繁栄している企業は、自社の利益を追求するだけでなく、社会的貢献も視野に入れている。これを怠ると、利益も上がらない」
○小谷中広之の感情・・・近江商人を思い出そう「売り手よし 買い手よし 世間よし」
●自分が何を得られるかより、何を与えられるかを考えよう。与えるという行為ほど最高なものは他にないからだ
○小谷中広之の感情・・・まずはこちらから与えよう。勿論見返りなんて求めずに
●アメリカの劇作家ウィリアム・サローヤン「有能な人は、失敗から学ぶから有能なのだ。成功から学ぶものなど、たかが知れている」
○小谷中広之の感情・・・失敗を学ぼう。自分の失敗だけでは足りない。人の失敗を学ぼう、そのために必要なのは本である。直接本人にあって聞ければよいのだが、そうもいかない。本なら簡単に読むことができる
●エジソンが蓄音機を発明したのは、全くの偶然からであるのは有名な話。
ゆでた小麦粉を一晩鍋の中に入れっぱなしにしていた結果、ケロッグコンフレークが誕生。
ミキサーの中に材料を長く入れすぎたために、多量の空気が混ざって泡立ちの良いアイボリー石鹸が生まれた。
キッチンペーパーのスコットタオルは、トイレットペーパーを作る機会が不具合を起こしたときにできた。
イギリスの政治家、小説家のホレス・ウォルボールは「失敗は何も語らず、常に真実の前を歩んでいる」
○小谷中広之の感情・・・失敗は成功の基である
●一見するとマイナスの状況にも、必ず何らかの恩恵がある。前向きな気持ちで探してみること。目の前の逆境をあまり悲観的に考えないようにしよう。
何か障害にぶつかったときは、いつも追及している夢の大きさを比較してみよう。すべてはあなたの受け取り方次第
○小谷中広之の感情・・・逆境を楽しもう。必ず逆境の中にチャンスが隠れている
●どんな逆境にあっても持続的な努力を忘れず、偉大な成功を成し遂げた話。古代ヘブライ人ジョセフの物語。
中東の牧畜を営む裕福な家庭に、十二人兄弟の十一番目の息子として生まれた。十代になると、ヨセフは兄弟たちから孤立。
兄弟はヨセフを殺そうと考えたが、長兄のルベンがそれを押しとどめた。
他の兄弟たちがヨセフを奴隷として売り飛ばしてしまった。
ヨセフはエジプトへ連れていかれ、ポティファルという警備隊長の家では働くことになる。すると、たちまちその手腕を認められて地位を上げ、間もなく一家の切り盛りを任されるようになった。
事態は悪化する。主人の妻から、一緒に寝てくれと迫られたのだ。ヨセフが断ると、妻はヨセフから誘惑されたと訴え、ポティファルはヨセフを牢屋に入れてしまった。
ここでも彼は最善を尽くした。ほどなく看守長は、すべての囚人と、その日々の活動をヨセフに任せるようになった。
その後ヨセフは、ファラオの宮廷で給仕長を務めていた一人の囚人と出会った。その男が見た夢をヨセフが解釈してやると、非常に感謝された。ヨセフは彼に頼み事を一つした。
「あなたが幸せになられたときには、どうか私のことを思い出してください。ファラオに私の身の上を話し、ここから出られるように取り計らってください。私はヘブライ人の国から無理やり連れてこられたのです。牢屋に入れられるようなことは何もしていないのです」。
給仕長が宮廷のファラオのそば近くに戻って数日が立ち、今にも「自由の身にする」という知らせが届くのではないか、ヨセフは希望を抱いて待っていた。だが、知らせは届かなかった。
二年がたち、給仕長はやっとヨセフのことを思い出した。それも、ファラオが夢を解釈できるものを探していると知ってのことだった。
ヨセフはファラオの夢を見事に解釈する。すると、このヘブライ人の英知に敬服したファラオは、彼に王国全体を任せた。彼の卓越した手腕によって、七年後に中東が大飢饉に見舞われた時も、彼がいなければ餓死していたであろう何千人もの人々が生き延びることができた。
その中に、ヨセフの家族も含まれていた。エジプトへの物資の買い出しにやってきたヨセフの兄弟は、ヨセフが生きているだけでなく、世界で最も強力な王国のナンバー2になっている尾を知った。ヨセフを奴隷をして売り飛ばしてから、実に二十年の歳月が流れていた。
十三年もの間、奴隷や囚人として不自由並みでいるという逆境を喜んで受け入れる人は、まずいないだろう。だが、わかっている限りでは、ヨセフは決して希望を捨てず、大局的な視点を失わなかった。また、兄弟を恨み続けることもしなかった。父親が死んだ後、ヨセフは兄弟たちに言った。
「あなた方は私に悪をたくらみましたが、神はそれを膳に変え、多くの命を救うために、今日のようにしてくださったのです」
彼は多難だった経験の中に豊かな恩恵を見つけたのだ。
辛い体験の中にある「恩恵」を見出すには、継続した努力が必要だ
○小谷中広之の感情・・・今までで体験した挫折を思い出し、それによって得た恩恵を思い出してみよう。ヨセフのように逆境を受け入れて前に進もう
●成功の可能性を高めたいなら、「賭け」に出るしかない
○小谷中広之の感情・・・賭けに出てみよう
●ラテン語のことわざに「風邪がないなら、自分で漕げ」というのがある。リスクを冒そうとするとき、都合のいい風が吹くことを期待してはいけない。まずは自分で漕ぐ覚悟をしておこう。その上で援助が得られたなら、嬉しい驚きになるだろう
○小谷中広之の感情・・・風が吹くのを待ってなんかいられない、自分で風を起こして進もう
●ジョゼフ・リスター。1827年イギリス生まれの医師。
友人の化学教授トマス・アンダーソンが見せてくれた、科学者ルイ・パストゥールが書いた論文が突破口になった。
パストゥールはその論文の中で、壊疽は細菌や病原菌が原因だと述べていた。リスターはこの見解を画期的なものと考え、危険な細菌を除去できれば、患者が壊疽、敗血症といった死に至る感染症にかかる可能性は減少するはずという仮説を立てた。
杜氏は医療従事者の間でさえ、急進的な考えと受け取られ、嘲笑され、愚弄され、拒絶され、同僚たちには容赦なく侮辱され、批判された。
同僚の拒絶をものともしなかった。一歩も引かずにこの問題に取り組み続け、研究は家で行った。
遂に、カーライル市が下水処理に使っている石炭酸という物質に着目した。予備調査が終わり、後は理論を実験するばかりとなった。だが、石炭酸を使った生体実験を行わなければならない。そして、この実験によって患者を死なせることになるかもしれなかった。
1865年8月12日、ついに患者が見つかった。荷車に引かれた11歳の少年が病院に担ぎ込まれてきたのだ。通常なら助かる見込みのない患者だった。
リスターは石炭酸を使って、傷、手術道具、その他患者に触れるあらゆるものを消毒した。そして、石炭酸に浸した包帯で傷を覆い、経過を見た。そして四日が過ぎた。嬉しいことに、四日たっても発熱や敗血症の兆候は現れなかった。六週間後、少年は歩けるようになるまでに回復した。
石炭酸を使った手術をした日から1866年までの間に、11人の複雑骨折の患者を治療したが、一人も感染症にかからなかった。
1867年、リスターはこの発見を正式に発表したが、やはり医療関係者の嘲笑の的となった。10年以上にわたり、リスターはこの治療法を訴え続け、他の医者にもこの治療法を採用するよう働きかけた。
そして1881年、最初の成功例から16年後、ロンドンで開催された国際医学学会で、ついにリスターの発見は承認された。会員たちは彼の発見を、それまでの外科医療の中で最大の発見と称した。
今日、私も含め、どんなものであれ手術を受けた人はすべて、ジョゼフ・リスター博士に恩義を感じなければならない。彼がリスクを負ってくれたおかげで、我々の安全が確保されたのだ
○小谷中広之の感情・・・小さな手術であれ、ジョゼフ・リスター博士を思い出そう。そして心から感謝しよう
●「首から下で稼げるのは一日数ドルだが、首から上を働かせれば無限の富を生み出せる」トマス・エジソン(世界の発明王)
○小谷中広之の感情・・・知恵を使おう
●ウィリアム・ボライソーは、賢人と愚者をこう区別している。
「人生で最も重要なのは、儲けから利益を得ることではない。これは愚かな人間でもできる。本当に重要なのは、『損失から利益を生み出すこと』だ。これには知性が必要で、ここに賢者と愚者の違いがある」
○小谷中広之の感情・・・損失から利益を生み出すにはどうしたらいいだろうか。一つは失敗から学ぶことだろう
●チャールズ・シュルツの漫画「ピーナッツ」
チャーリー・ブラウンが海辺で見事な砂の城を作っている。自分の創作を眺めようと後ろに下がった途端、大きな波が一瞬にしてお城をつぶしてしまった。直前まで、自慢の作品だった平たい砂山を見て、チャーリーはつぶやく。
「ここには学ぶべき教訓があるに違いない。でも、それが何だか、僕にはわからないよ」
多くの人は、逆境に直面するとこのように反応する落胆のあまり冷静さを失い、学びの機会を逸してしまうのだ。だが、どんな失敗や過ちも、常に学びへの道が存在する
○小谷中広之の感情・・・失敗をしたときにしっかりと学ぼう。そのためにも本をたくさん読もう
●大きな失意の中にあっても、逆境に感謝する気持ちを忘れてはならない
○小谷中広之の感情・・・逆境万歳
●学びには二種類あると言われる。一つは経験で、自分が過ちを犯すことにより得られる。もう一つは知恵で、これは人の過ちから学ぶ
○小谷中広之の感情・・・人の過ちからも多くを学ばさせていただこう
●学びを知識に結び付けてはいけない。行動に結び付けるべきだ
○小谷中広之の感情・・・行動してこそ、本を読む意味がある
●ほとんどの場合、トラブルを呼び寄せているのは、自分である。不運に見舞われるのは、自分の行動に結果なのである
○小谷中広之の感情・・・悪いことは自分のせい、良いことは人や運のおかげ
●二人の男が、刑務所の鉄格子から外を見ていた。一人はぬかるみを、もう一人は星を見ていた。
状況を変えることはできないが、自分を変えることはできる。
周囲の状況に気がめいるようだったら、変化のときがきているのかもしれない。「状況」ではなく、「態度」を変えるべき時が。自分を取り巻く状況を最大限に活かせるようになれば、あなたと夢の間に立ちはだかる、手ごわい障害は消えてなくなる
○小谷中広之の感情・・・自分を変えられるのは、自分しかいない
●変化は人間的成長のきっかけとなる。変化によってマンネリから抜け出し、新しいスタートを切り、自分の方向性を見つめなおす機会が得られる。変化に抵抗するとは、成功に抵抗することだ。変化を受け入れる柔軟性を身につければ一回り大きな自分に出会えるはずだ
○小谷中広之の感情・・・変化をしよう。私が変化をしたこととは、一日3食を一日1食にしたことから始まった
●実業家のディーン・ローズは労せずして億万長者になる儲け話のチャンスをすべてつぶしてしまった男である。だが、彼は失敗のいいわけをせず、ひたすら前進を続け、自らのビジネスで成功を収めた。
例えば、ある時ローズはカーネル・サンダースに出会い、ケンタッキー・フライド・チキンが全国的に知られるようになる前に株式を購入する機会を得た。だが、サンダースの考え方に賛同できない部分があったために、その投資話を断ってしまった。
また、ファーストフードのウェンディ―ズやマクドナルド、コンピューター会社のマイクロソフトが全米中に知られるようになる前にも「出資しないか」という話を持ち掛けられた。しかし、その誘いにものらなかった。
もし、このうちの一社にでも投資していたら大儲けができていただろう。そしてこんなチャンスのうち、一つでも逃してしまったなら、多くの人は髪の毛をかきむしって愚痴をこぼし、言い訳をするだろう。だが、ドーズは違った。自分自身の夢をチャンスを追求することに集中したのだ。そして、最終的に「フォーブス」詩の「アメリカで最も成功を収めた事業主四百人」にランクインした。
何度チャンスを逃そうと、何度失敗しようと、言い訳は禁物だ。歯を食いしばり、全責任を受け止め、挑戦を続けること
○小谷中広之の感情・・・挑戦し続けよう。そのためにやめられる娯楽やお金の浪費、時間の浪費のすべてを挑戦にまわそう
ここまで読んでいただきありがとうございます。読んでいただいた方の人生での何かのお役に立てればとても嬉しいです
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