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2024年07月23日

1099 魔法の箱物語





普段は、15、6頭の牛を庭先の牧場で放牧し、牛には家族の名前をつけ、子や孫と話すように、牛と対話しながらの生活。
いち早く血統書に注目、島根県産の血統書付母牛を導入。
初めの内は、訝かられたそうですが、今では血統書が重宝されるようになりました。
牛は、子を産む事に、角に一輪ずつ節目がついて行きますが、父の牛は、血統書の生年月日と、節目の数がぴったり合う、いわゆる、毎年子供を産む安産型、骨太で肉付のいい優良牛だったのです。
その牛を競売に出したところ、今までにない最高値が付き、大きなトロフィーが贈られ、位牌の横に、誇らしげに据えられました。
父は小さな島で一生を終え、息子と一つ屋根の下で生活する事が、叶わなかったにも関わらず、幸せだったと思います。
きっと、ひかるがテレビを運んで来る、と信じ、自慢していた父。
親にとって、息子が信頼出来、自慢出来る事は、最高の幸せではないだろうか。
そして貧しいながらも、住み慣れた土地で、生涯が送れたのです。
家で映画が見られる、魔法の箱物語。父は最初から賛成していましたが、晩年の父の姿に、その訳が分かりました。
映画が好きで、特に洋画の世界は、我をも忘れる大好き人間。
過疎の村で、朝1番に、お茶ではなく、コーヒーを点てて飲み、洋画の世界に浸る父は、本格的なロマンチストだったのでしょう。
少年の夢、父の理解が大きな役目を果たし、5コマ漫画のロマンは、親子2代のロマンでした。
我々日本人は、大自然に浴し過ぎ、恩恵を過小評価しているものではないだろうか。
北海道から、南は台北よりも南に位置する、八重山地区までの海岸線の総延長。
暖流や寒流が交差し、北が氷に閉ざされている時期とて、南の島では水泳が出来、四季折々の花や食べ物など、季節感が楽しめる。
これ程、自然に恵まれた国は無いでしょう。
特に最南端の八重山は、商業放送のテレビが最近開通したばかり。
観光事業や他の事業等も経済的な面で、採算がとれず、孤立した地区として、乱開発されず、豊富な自然が残されて来たかと思います。

1098 テルビ





親に隠れ、おじいちゃんの位牌に線香をあげる、中学1年生の息子を感じた時、一人旅は、無駄ではなかった。
学校では学べない、大事な事を南の小さな島で、学んで来たな、と。
おじいちゃんも、孫と1カ月間、同居出来、天国へのなによりのお土産だった事でしょう。
ひかるの父は、島で生まれ育ち、島から出た事がありません。
勿論、テレビなんて物は見た事もなく、何度言い聞かせても、テレビの発音が出来なく、テルビ、テルビと、言っていました。
役場や農協の窓口の事務員を捕まえ、息子が東京で、テルビをやっている、といつもの自慢話。
遠い田舎の事です。テレビの組立配線工として働いているのだろうとしか、思わなかった事でしょう。
帰郷の際、早速農協や色々な所へ連れて行かれ、東京でテレビの番組を作り、全国へ放送しているんだ、と話したら、驚かれたのも当然。
更に、自慢話にハクが付きました。
子供達との同居をかたくなに拒み続けた父も、孫から要望され、上京を決意。
島を引き上げる前、夏休みに、家族全員で会う事を約束。
4月に他界した時、通帳に孫二人分、10万円ずつの飛行機代が用意されていました。
島のこの家で、家族そろって過ごす日、指折り数え待っていたのです。
夏休み迄には、まだ間があるのに・・
孫達には、お金に変えられない、おじいちゃんの気持ちが伝わったのは言うまでもありません。
父が必死で守り続けたこの家で、家族全員泊まる日、小さな夢、小さな幸せを、叶えさせてやりたかった。

 1097 恐怖の体験





ひかるの息子、光一が、小学校6年生の夏休み。自然との触れ合いや冒険を体験させる、良いチャンスと、島のおじいちゃんの所へ、一カ月間、一人旅をさせました。
12歳で飛行機や船を乗り継ぎ、2000キロも離れた島への一人旅、不安だった事だろう。
島へ着いた夜9時頃、息子からの電話。
「おじいちゃんが、寄り合に行き、一人でいるけど、オバケが出るよ! 怖いよー、今すぐ帰りたいよー」と、泣きべそ。
無理もありません。周りは家もなく、静寂そのもの。
時期的に、コウモリの大好物な、防風林の福木の実が熟し、暗闇の上空を奇妙な声で行き交っており、遠くに聞こえる、フクロウの泣き声も、都会で育った子供には、恐怖の体験でしょう。
その家は、お父さんの育った家だし、オバケなんか出ない、男の子が、1カ月間の約束を破るな、と諭しました。
息子は畑仕事や牧場を手伝い、漁へも同行。
腰痛で、50メートルごとに立ち止まるおじいちゃんが、海へ入ると、もの凄いスピードで泳ぎ、素潜りで魚を取って来る姿に、驚いたとの事。
おじいちゃんの腰痛を見かね、初めての料理、目玉焼きを作ると、事のほか喜ばれ、失敗しながら何度か作るうち、うまく作れるようになったとの事でした。
無事、1ヶ月が過ぎ、黒々と日焼けして帰って来ると、早速お風呂へ入ろうとの誘い。
ひかるの足を点検、傷跡を見つけると、あったあったとはしゃぎ、ひかるが怪我した時の様子をおじいちゃんに聞かされ、確認したかったとの事。
おじいちゃん、本当の事を教えてくれたんだね・・と。
この際、ほかの傷跡も、一つ一つ教えてやりました。
この傷は、漂流した飛行機の残骸を解体中につけた傷だ。
この傷は、自転車の発電機で、風力発電をしようと、木の上へ取り付ける時、おっこってつけた傷だ。
この爪は、水中鉄砲を作る時、留め金が外れ、潰したんだ。
など、教えると、興味深げに、目を白黒。
小さな手で、傷跡をさすり、「痛かった?」 と見上げる瞳は、輝いておりました。
そして夕食時、お父さんに意見がある、島のおじいちゃん、一人で生活するのは無理だよ、家に引き取ってくれ、と言われた時は、一人旅をさせてよかった、逞しく育ったなあ、と感心させられました。
翌年、同居の段取りを進めている最中、おじいちゃんは亡くなったのです。
孫の見る目は正しかった。
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