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2024年06月11日

 1017 何んだ、これは!





今考えると栄養状態は極度に悪く、凍死寸前の状態だったのです。
食べ物が欲しい・・。
着るものが欲しい・・。
誰か話し相手が欲しい・・。
頼る人が一人でもいてくれれば・・・
お金はみるみる底をついて行き、孤独、辛さに、このまま生き続けられるのだろうか?
不安のどん底に陥りました。
父が、やっとの思いで作ってくれたお金、周りの反対を黙って押し切ってくれた事、あの拗ね顔を思い出すと、おめおめと島へ戻る訳にもいかず、自分自身が情けなく、疲れ果てたある日、一人で天井を見つめ、孤独を?み締めながら、何気なく手を胸に当ててみました。
「何んだ、これは!」
思わず、声が出ました。
これだけ辛い思いをし、苦しく悲しんでいるはずなのに、鼓動は平常通り、何事もなく、すがすがしい響で脈を打っていたのです。
身も心も一心同体、体全体で苦しんでいるはずが、孤独、寂しさ、辛さは、精神だけの問題にすぎず、鼓動は平常通り淡々と打ち続ける。
ひかるにとっては、生まれて初めての悟りで、自分の精神がいかにひ弱いのか、情けなくなりました。
強い心が欲しい・・
よーし、生きのびて見せる!
自分にとって、後戻りは出来ない。
辛くても前へ進むしかない。
こう心に固く誓いました。
以後、生涯、精神と鼓動の葛藤が続くように成ったのです。
後の鼓動哲学、原点は二十歳の悟りでした。

1016 パンの耳


ひかる19歳。パスポート持参で、貧しい中での上京。
頼る人とて無く、バイトに夜学。
バイトの金が入るとラーメンを箱ごと買い込み、コッペパンとの連続。
食べ物さえ確保するのが大変な時期でした。
何時ものパン屋へ行った、ある日の出来事。
顔色は浅黒く頬は痩せこけ、明らかに上京したての田舎顔。
手はズボンのポケットへ入れ、十円玉を数え、買えるかどうか思案中。
目は卑しくも買えるはずのない、美味しそうなケーキの方へ行ってしまいます。
一度でいいから、ケーキを食べてみたい・・
しかし金がない。
空腹、みじめ・・
飢えた目で周りのパンをキョロキョロ見ている姿、気の毒に思えたのでしょう。
店のおばちゃんが、他の客がいないのを見計らい、紙袋をそっと渡してくれました。
部屋へ帰り開けると、パンの耳でした。
他人様から始めて貰った食べ物、心から有難いと感謝したのは言うまでもありません。
早速、コップに水を入れパンの耳を浸して食べる。
これで一食分助かった。
翌日もパンの耳が貰え、コッペパンを買わずに済んだ分、今度は牛乳を買いました。
牛乳にパンの耳を浸して食べるのです。
更に初めての冬は心身共に堪えました。
常夏育ち、冬用の衣類はなく、敷布や毛布も有りません。
畳の上に、掛け布団一枚で寝る始末。
安アパートの為、隙間風は自由に往来。
明け方はとても寒くて眠れません。
少しでも体温を逃さないよう膝を抱え込み、体の表面積を最小限にし、ガタガタ震えているだけ。
猫の気持ちがよく分かりました。

1015 テレビ初対面


大勢の人が行き来し、ビルへ吸い込まれていく様子を見た時、これはアリンコの世界だと直感。
家の庭に数えられないくらいのアリ達が、それぞれの巣を作り、せっせせっせかと働き、食べ物を蓄えていた姿にそっくり。
東京の人々が一段と小さく見え、何んで人間がアりンコになってしまうのだろうか、と考えさせられました。
そして翌日、魔法の箱としか思えないテレビを一刻も早く見たいと、早速新橋駅前の街頭テレビを見に行きました。
黒山の人だかりで、全ての人がテレビのプロレス中継一点に集中。
確かに、プロレスは別の場所で行われ、テレビにはそれが写っているのです。
夢にまで見続けたテレビ、魔法の箱ではなかった。
そして力道山の空手チョップに群衆が熱中し、興奮している姿を見た時、テレビに挑戦しても、間違いではないと確信。
夢は大きく膨らんでいったのです。
見果てぬ夢がある限り、命を張って生きてみよう。
何時の日か、我が家で映画が観られる時が来る・・と。
(若い人には、街頭テレビが理解出来ないかと思いますが、60年前、テレビは超高価で各家庭にはまだ普及しておらず、大きな駅前に、競馬場の場外モニターの如く設置され、庶民はそれでテレビを楽しんでいたのです)

1014大パニック


急に走り出す事を全く想定していなかったので、心の準備が出来ておりません。
いきなりバランスを崩し、「どう成っているんだ! あー あ〜!」と見事に転倒。
瞬間、恐怖と驚きで頭の中は大パニック、「止めろ! 止めろー!」と絶叫してしまったのだ。
周りは何事が起きたのか、と一斉に注目、総立ちになりました。
昔の電車、急発進、オーバーランは、日常茶飯事。
電車は何事もなく走り出しているのです。
四つん這いになり、起き上がる時、総立ちで見ている人々の視線の冷たさ。
田舎者! バカ! トンマ! いい加減にしろ! と言いたげな視線は、今でも忘れられません。
車内の今にも吹き出したい気持ち、我慢しながら見ている視線を、一身に受け続ける事は、なんとも気まずいもので、恥ずかしさを通り越し、居たたまれない雰囲気。
追われるように、次の駅で飛び降り、後続電車に乗り換えました。
また、右を向いても目、後ろを向いても目、だらけ。
東京の人の多さには、これまたびっくり、超たまげ〜
島の住人は、200人程度で殆んどの人が、顔見知り。
例え知らない人でも、道ですれ違う時は挨拶を交わしながら、すれ違います。
東京の人、一人一人に挨拶をしていたのでは前へ進めません。
挨拶は止めました。

1013 画像


発電車
(ちなみに、徳島の読者より我が県に電車が無い、沖縄にはモノレールがあるではないか、との指摘をうけた。ひかるが上京時、モノレールはなかった)

1012 初! 自動ドア


昭和38年4月、一週間も船に揺られ上京。
沖縄は電車のない県ですが、島には車や耕運機すらなく、電車という乗り物は初めての体験。
(現在はゆいモノレールが走っています)
けたたましく責め立てるベルに、前の人に連られ急いで乗り込みました。
すると、あまりにもタイミング良く待っていたかのように、ゴロゴロとドアが背後で閉まったのです。
生まれて初めて見る自動ドア。
好奇心旺盛な少年は、ドアに目が付いているはずだ・・
ドアの目がどこに付いているのか、と探しておりました。
次の瞬間、電車は走り出したのです。
自然の息吹と共に伸び伸びと育った、少年の初めての電車。

2024年06月10日

1011 生き別れ


今更、船から飛び降り戻る訳にはいかない・・
戻れない・・
親子の全てを断ち切った!
木の葉のような橋渡船の父に、最後の別れを一言。
「許してくれ! 息子は亡き者と、諦めてくれ・・!」
心底絞り出す言葉は、声になりません。
千切れんばかりに手を振り、今後の無事を、ひたすら願うしかありませんでした。
船は全ての未練を断ち切り、一路北へ・・・
この船の進む先に、ロマンがある・・
そしてテレビがある・・
過酷な試練が、刻々と近付いているのも露知らず・・
ひかる少年は帆先へ立ち、目を大きく見開き、未来を見つめるだけでした。
(これから先、ひかるはテレビ界で縦横無尽に活躍、結果的に両親の死水は取れなかった)

1010 夕陽の涙


年老いた両親と、体の不自由な妹を島に残し、旅立つ息子は親不幸なのだろうか・
10歳の遊び盛りに、足の不自由な妹の遊び相手は誰がするのだろうか・・
何時迄も、何時までも、元気に暮らして欲しい・・・
夕陽は周り一面を真っ赤に染め、西の海へ深々と物悲しく沈んでいきます。
なびく髪、風さえも赤く染められ、心に滲み渡る蛍の光。
大海原に落とす夕陽の涙は、今生の別れを惜しんでいるのだろうか・・
無常にも二度目の汽笛は空と海へ途切れ、鳴り渡るドラの音に一段と激しく身を揺するエンジン振動。
溢れる涙に視界はこぼれ落ちて行きます。
未練の糸なのだろうか、夕日に赤く染まった海面に尾を引く白い航跡。
橋渡船の父と本船の少年は、縋る甲斐なく引き離され、大きな人生の別れをするのでした。
この先、妹は兄の帰りを待ち切れなかった。
東京がどんなに厳しい戦場なのかつゆ知らず、松葉杖を突いて着の身着のまま、兄を頼りに上京。
地を這う生活苦の中、独学にて縫製国家試験特級を取得。
東京都の身障者教育に身を捧げる事に成る。

1008 別れの杯


空路が開かれた今では想像出来ませんが、当時、上京するには黒島から朝一便の船で石垣島迄行き、夕方石垣を出港し翌日の昼頃那覇港着、夕方那覇港を出、東京の晴海埠頭まで3泊4日、便数も週2便しかなく更にパスポート持参での上京。
もし危篤の知らせがあったとしても、帰郷するには最低一週間は必要。
ニキビだらけのあどけない顔の少年ながら、決して死に水は取れないだろうと、覚悟しました。
両親を前に生き別れの杯を交わさせてくれと頼み、別れの杯を交わしての旅立ちと成りました。
杯を交わす時、父は決して目を合わせまい、としていました。
拗ねているように視線を外し、何かを必死で耐えている様子。
多分、視線が合えば、上京は取りやめなさい、と口から出るのを耐えていたのでしょう。
両親にとって一番辛い時だったのかも知れません。
ひかる少年は、心から寂しがる両親の横顔を見せつけられ、白髪の様子や禿げ具合、シワの数までしっかりと瞼に焼き付け、刻々と迫る別れが辛く、この世で一番長い夜を過ごしました。
当時、石垣島の港は遠浅の為、沖縄本島行きの大型船が港に入れません。
7、8隻の橋渡船が沖の本船まで荷物や人を運び、最後に見送り人を運びます。
本船は一度目の汽笛でゆっくりと走り出し、見送り船は別れを惜しむかのように、周りを追走。
覚悟の上とはいえ、親との生き別れは、これが最後で2度と会う事が出来ないのかと思うと、あまりにも切なく、身を引き裂かれる程辛いものがあります。
妹は棒切れを突いてピコタン,ピコタン追いかけ、「兄ちゃん、行かないで・・」と泣きじゃくる。
「兄ちゃん必ず帰るから」と諭し、心を鬼にする。
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