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2014年02月13日
マグネシウム
マグネシウム (ラテン語: magnesium[2]) は原子番号12の金属元素。元素記号は Mg。 周期表第2族元素の一種で、ヒトを含む動物や植物の代表的なミネラル(必須元素)であり、とりわけ植物の光合成に必要なクロロフィルで配位結合の中心として不可欠。
「マグネシューム」と転訛することがある。 酸化マグネシウムおよびオキソ酸塩の成分としての酸化マグネシウムを、苦い味に由来して苦土(くど、bitter salts)とも呼称する。
目次 [非表示]
1 性質 1.1 同族元素との性質の違い 1.1.1 カルシウム以降との違い
1.1.2 ベリリウムとの違い
1.2 異方性
2 歴史
3 用途 3.1 金属として
3.2 工業
3.3 有機合成用試薬
3.4 農業、食品、医薬
3.5 食品
3.6 次世代エネルギー
4 マグネシウムの化合物 4.1 無機塩 4.1.1 オキソ酸塩
4.1.2 鉱物
4.2 有機塩
5 同位体
6 生化学 6.1 薬理作用 6.1.1 糖尿病との関連性
6.1.2 うつ病との関連性
6.1.3 免疫系との関連性
7 関連項目
8 出典
9 外部リンク
性質[編集]
酸化数はほぼ常に2価。比重1.74の柔らかい金属で、融点は650 °C、沸点は1090-1110 °C(異なる実験値あり)。結晶構造は六方最密充填構造 (HCP)。
酸素と結合しやすく強い還元作用を持つ。空気中で放置すると、表面が酸化され灰色を帯びる。また、二酸化炭素、水、亜硫酸とも反応するが、いずれも不動態皮膜となるためアルカリ金属やカルシウムと異なり腐食は進行せず、鉱油中で保存する必要はない。
空気中で加熱すると炎と強い光を発して燃焼する(燃焼熱は601.7 kJ/mol) さらに窒素や二酸化炭素中でも燃焼し、それぞれ窒化マグネシウム (Mg3N2)、酸化マグネシウム(生成熱は460.7 kJ/mol)となる。
CO2 + 2 Mg → 2 MgO + C
熱水や塩水、薄い酸には容易に溶解し水素を発生する。
2 H2O + Mg → Mg(OH)2 + H2
同族元素との性質の違い[編集]
マグネシウムとベリリウムは第2族元素だが、アルカリ土類金属ではない。これは第1族元素である水素がアルカリ金属ではないのと同様、化学的性質が異なるためである。ただし全く異なるわけではなく、第2族元素の代名詞として「アルカリ土類金属」の名が使われているため、広義にはアルカリ土類金属に含まれている。
カルシウム以降との違い[編集]
アルカリ土類金属とはカルシウム・ストロンチウム・バリウム(およびラジウム)に共通の化学的性質に由来するグループで、周期表に基づく族分類に先立って成立した。マグネシウムはアルカリ土類金属とは違う性質を持つ。
化合物が炎色反応を示さない(アルカリ土類金属は特有の発色を持つ)。
単体(粉末状を除く)が常温の水と反応しない(アルカリ土類金属は激しく反応して水素を発生する)。
常温空気中で表面に酸化不動態を形成する(アルカリ土類金属は内部まで急速に酸化される)。
硫酸塩が易水溶性(アルカリ土類金属は難水溶性)。
水酸化物が難水溶性で弱塩基性を示す(アルカリ土類金属は易水溶性で強塩基性)。
水酸化カルシウムは比較的水に溶けにくいが、それでも水酸化マグネシウムよりは溶けやすい。
ベリリウムとの違い[編集]
マグネシウムはベリリウムと共通した化学的性質を持つが、違いもある。
陽性が強い。ベリリウム化合物は共有結合性のものが多いのに対し、マグネシウム化合物は幾分共有結合性を帯びるものの依然イオン結合性のものが多い。
塩基性が強い。ベリリウムは両性元素であるため酸にもアルカリにも溶けるが、マグネシウムは塩基性が強いため酸には溶けるがアルカリには溶けない。
マグネシウムの異方性
0001:滑り面 0012:双晶面
異方性[編集]
マグネシウムの結晶構造は室温では2つの面でしか滑りを起こさないため、純マグネシウムや合金を加熱せずに圧延などの加工をすると割れが発生しやすい。加工には加熱が必須となるが燃焼しないよう注意を払う必要がある。
歴史[編集]
マグネシウムは安定な酸化物を作るため、ラボアジエはマグネシア(酸化マグネシウム)を元素としてあげている。1755年、スコットランドのジョゼフ・ブラックは炭酸マグネシウムを熱分解し、酸化マグネシウムと二酸化炭素に分離しているが、これをマグネシウムの発見とする事もある。
単離され金属元素であることが証明されたのは、1808年、ハンフリー・デービーによるマグネシアと酸化水銀の溶融電気分解による。マグネシア magnesia またはその語源である産地のギリシャ・マグニシア県にちなんで命名された。
商業生産は1886年、アルミニウムと同時期に開始されたものの、精錬(カルシウムと)が困難で普及が遅れた。第一次大戦を契機に軍事利用が伸び、1936年には軍事目的を陰に五輪の聖火リレーに利用され、1939年には32,850トン、1943年のアメリカで184,000トンが生産されている。日本では第二次大戦前から1994年まで宇部興産により生産されていた。マグネサイト等の鉱石資源は、中国、北朝鮮、ロシアの3国で6割以上を占めている[3]。
用途[編集]
非常に軽い軽合金材料として重要であり、金属マグネシウムとして様々な合金の第一金属(合金の基本となる金属)や、添加剤に利用される。 また、反応性の高さから脱酸素剤や脱硫剤、さらに有機合成用試薬として欠かせない。 必須元素であり、食品や医薬品のほか、飼料、肥料として広く用いられる。
金属として[編集]
詳細は「マグネシウム合金」を参照
合金 優れた性質を持ち、需要が伸びている。安価になればプラスチックを代替する可能性もある。
工業的に使用されている最も軽い金属で用途は広く、航空機、自動車、農業機械、工具、精密機械、スポーツ用具、スピーカーの振動板、携帯用機器の筐体、医療機器、宇宙船、兵器などの多種にわたる。かつて問題だった腐食しやすい性質が改善されるにつれ、利用されるようになっていった。合金添加剤 1998年頃には世界需要の半数近くを占めた[4]。アルミニウム合金などに添加元素として少量付加するだけであっても、その合金としての性質を大きく左右する働きを持つ。この性質から、これまでの合金の硬度、強度、耐食性、耐熱性、その他機械的性質を向上させるための研究が活発に行われている。
鋳鉄 ダクタイル鋳鉄 (FCD) の黒鉛ノジュラー(球状)化剤
鉄鋼脱硫剤 合金用途以外では最も消費量が多く、精錬用フェロアロイ(フェロマグネシウム)
金属還元剤 ジルコニウム、チタンの製錬
防食 防食マグネとして、金属の犠牲電極効果や、酸化物が使用される
カメラのフラッシュ 酸化剤と混合した発光材(パウダー)が利用され「マグネシウムを焚く」と表現した。光量調節が難しく発光時大量の煙を発生させ、シャッターとの同調も手作業であるため、閃光電球やエレクトロニックフラッシュによって置き換えられた
発火用具(ファイアスタータ) 水に濡れていても発火できるため、軍事用、キャンプ用など
スピーカーの振動板 単体は合金より内部損失が大きく、酸化防止の樹脂コーティングを施して使用される
工業[編集]
耐火材 炉内耐火材(塩基性耐火煉瓦)として主に電気炉で用いる
吸着材 水酸化マグネシウムが多く、酸化、炭酸マグネシウムなども
ゴム、プラスチック配合剤 添加剤、充填剤
セラミックス 原料、焼結助剤
ガラス 酸化ガラス添加剤
電池 空気マグネシウム電池
排煙脱硫剤 安価で脱硫効率が高い、水酸化マグネシウム放流法
排水処理 石灰と同様、酸性排水の中和(カルシウムが混在したものが使われる)
水質改善 アオコ対策、赤潮対策、底質改善
重金属処理 アルカリ剤として不溶化処理、ヘドロなど泥土の固化
有機合成用試薬[編集]
マグネシウムはハロゲン化アルキルと反応し、R-MgX(R は有機置換基、X はハロゲン)の一般式で表される有機金属化合物を作る。これはグリニャール試薬と呼ばれ、カルボニル化合物などと反応して炭素-炭素結合を生成する。このため有機合成分野において重要な試薬として用いられる。
そのほかにもたくさんの錯体・塩基性塩などの化合物を合成する。これらは主に化学実験において、合成試料や試薬として使われる。
農業、食品、医薬[編集]
肥料 水酸苦土肥料、硫酸苦土肥料など
にがり 主に塩化マグネシウムが、豆腐製造の凝固剤(塩析剤)として
食品添加物 膨張剤(炭酸マグネシウム)、栄養強化剤、加工助剤など
医薬品 クエン酸マグネシウムが大腸検査用下剤など
食品[編集]
精製・加工していない食品に広く含まれ、ゴマやアーモンドなどの種実類、ひじきなどの海藻類に多く、加工食品に少ない。
次世代エネルギー[編集]
燃焼にて二酸化炭素を発生しない事から、化石燃料に替わる次世代エネルギーとしての利用研究が進められている。
水素に比べて常温・常圧下で固体なので輸送・貯蔵がしやすいというメリットがある。水と反応させて燃えるときの熱を利用する他、同反応により発生する水素を燃料として利用する方法が挙げられる。燃焼後の酸化物のリサイクルのための還元処理が最大の課題であり、レーザーによる高温を利用する方法などが提案されている[2]。
但し、マグネシウムを燃料として使用する場合、燃焼させて熱エネルギーに変換した場合熱機関を利用する以上カルノー効率を超えることは出来ない。また、水と反応させて水素を取り出しその水素を燃焼させる場合や生成した水素を燃料電池で電気エネルギーに変換するという用途も同様に効率が低い。
マグネシウムの持つ化学エネルギーを効率良く電気エネルギーに変換する方法としては電池の陰極としてマグネシウムを使用する方法が効率が良い。但し、水溶液を電解質として使用する場合は反応性が高い為、マグネシウムが水と反応するので不適である。有機系の電解質の使用が望ましい。電解質に溶融塩を使用する選択肢もある。
詳細は「空気マグネシウム電池」を参照
マグネシウムの化合物[編集]
無機塩[編集]
酸化マグネシウム MgO - 苦土
過酸化マグネシウム MgO2
水酸化マグネシウム Mg(OH)2
フッ化マグネシウム MgF2
塩化マグネシウム MgCl2
臭化マグネシウム MgBr2
ヨウ化マグネシウム MgI2
水素化マグネシウム MgH2
二ホウ化マグネシウム MgB2
窒化マグネシウム Mg3N2
硫化マグネシウム MgS
オキソ酸塩[編集]
炭酸マグネシウム MgCO3 - 菱苦土石
炭酸カルシウムマグネシウム CaMg(CO3)2 - 苦灰石、ドロマイト
硝酸マグネシウム Mg(NO3)2
硫酸マグネシウム MgSO4
亜硫酸マグネシウム MgSO3
過塩素酸マグネシウム MgClO4
リン酸三マグネシウム Mg3(PO4)2•8H2O
過マンガン酸マグネシウム Mg(MnO4)2
リン酸マグネシウム (Magnesium phosphate)
鉱物[編集]
三ケイ酸マグネシウム 2MgO•3SiO2•nH2O
尖晶石、スピネル MgO•Al2O3
滑石 Mg3Si4O10(OH)2
蛇紋石 Mg3Si2O5(OH)4
有機塩[編集]
有機酸との塩である。
酢酸マグネシウム Mg(CH3COO)2
クエン酸マグネシウム
リンゴ酸マグネシウム
L-グルタミン酸マグネシウム
安息香酸マグネシウム C14H10MgO4
ステアリン酸マグネシウム Mg(CH3(CH2)16COO)2
同位体[編集]
詳細は「マグネシウムの同位体」を参照
マグネシウムは3つの安定同位体 24Mg、25Mg、26Mg を持つ。
生化学[編集]
マグネシウムは植物の光合成色素であるクロロフィルに含まれて、光を受け止める役割を担っている。このためマグネシウムが欠乏すると、植物は生育が減退し、収穫量の減量につながる。これは砂地で生育する植物に特に現れる。カリウムが豊富に含まれる土壌でも、植物へのマグネシウムの供給が行われにくくなることもわかっている。このため肥料として、マグネシウム化合物を含んだものが使用されることがある。
70 kgのヒトにおいては約35 gのマグネシウムが存在し[5][要高次出典]、その60-70 %がリン酸塩として骨組織に、残りの30 %は血漿、赤血球、筋肉中の各組織に存在する。血清中のマグネシウムは、約75-85 %がイオンや塩類の形態の透析型で、残りの15-25 %はアルブミンなどと結合した蛋白結合型(非透析型)で存在する。
人体にとってもリボソームの構造維持やタンパク質の合成、その他エネルギー代謝に関する生体機能に必須な元素であるためマグネシウムの欠乏は虚血性心疾患などの原因のひとつと考えられている。生体内でマグネシウムは主に骨の表面近くにマグネシウムイオンとして保存され、代謝が不足した場合にはカルシウムイオンと置き換わり、マグネシウムが体内に補充される。マグネシウムの生体内での栄養素や薬理的な働きについては広範にわたって研究が行われているが、いまだその重要な面に関しては不明な点が多い。最近では、ミネラル成分のひとつとしてサプリメントや清涼飲料水などに添加されることが多くなってきている。
マグネシウムは動植物に対して毒性の強い元素でないため、植物肥料として過剰使用を特に警戒する必要はないが、動物が直接食物から摂取する場合には、他の無機物(リンやカルシウム)とのバランスを適切にしなければ、尿路結石などの原因になりうることがわかっている。これを受けて、猫用の飼料は、組成中のマグネシウムを減らすように改良されるようになった。
薬理作用[編集]
マグネシウム欠乏症の治療と予防に用いられるほか、乳酸が溜まった状況下で、足のつり(こむら返り)等の緩和に有効性が示唆されている。
マグネシウムは生体に必要不可欠な成分である反面、マグネシウムが豆乳を豆腐に固化することに見られるように高濃度のマグネシウムイオンはタンパク質を固化する性質を有する。 マグネシウムの吸収機構は解明されていないが[6][要高次出典]、腸管からのマグネシウムの吸収率は、マグネシウム摂取量が多ければ吸収率が低下し、摂取量が少なければ吸収率は高くなる[7]。腸管から吸収されなければ、マグネシウムイオン濃度の高まりにより腸管内での浸透圧が高まることになる。このためマグネシウムの過剰摂取で下痢を起こす。この作用を利用し、クエン酸マグネシウムなどは大腸検査のときの下剤として使われる。また、便秘の不快症状を緩和する目的の下剤として酸化マグネシウム(通称カマ)が投与される場合がある。弱い塩基である酸化マグネシウムや水酸化マグネシウムは、胃酸中和のために胃腸薬に配合される。食品では、豆腐や天然塩などに含まれるにがりからマグネシウムが微量に摂取される。
過剰摂取により高マグネシウム血症を引き起こす。重篤な腎不全患者における大量摂取は非常に危険。心ブロック患者には静脈注射が禁忌[8]。なお、近年のダイエットブームにより、にがりの過剰摂取で死亡した事例もあるので、安易な過剰摂取は厳に慎むべきである。マグネシウムの急性毒性は、塩化マグネシウムとして、マウス経口 LD50は4700 mg/kg、ラット経口 LD50は2800 mg/kgである[9][要高次出典]。このラットのデータを70 kgのヒトに当てはめれば約200 gの塩化マグネシウムを一時に摂取すれば50 %の確率で死に至ることに相当する。
なお、1999年の「第6次改定日本人の栄養所要量について」によると、マグネシウムの所要量は約200〜320 mg/日、マグネシウムの許容上限摂取量は約700 mg/日、である[10]。
また、マグネシウム摂取量が多いグループの男性の大腸癌リスクが低い[11]、との報告がある。
糖尿病との関連性[編集]
平成22年国民健康・栄養調査によれば、日本人成人(30〜49歳男性)の推定摂取量は240〜244mg/日とされ、WHO推奨量である420mg/日より不足している[12]。慢性的な摂取不足は、脂肪細胞から分泌される分泌蛋白アディポネクチンの低下を招き、高感度CRPやIL-6の上昇に関連しており、2型糖尿病発症リスクを上昇させている[13]。
うつ病との関連性[編集]
マグネシウム欠乏下では興奮性グルタミン酸神経のNMDA受容体の抑えが効かなくなり、[14]その神経毒性によりうつ病が引き起こされているのではないかという仮説がある。NMRを用いた計測では治療抵抗性うつ病で自殺企図あるいは自殺未遂経験のある患者では脳脊髄液中のマグネシウム量が低いこと。抗うつ薬は脳内マグネシウム量を増やす作用があること。2008年の糖尿性うつ病患者へのマグネシウム投与で成果をあげている[15] ことなどから、治療抵抗性うつ病患者に限らずマグネシウムの処方は有益であるとする報告がある。[16] また、magnesium glycinate または magnesium taurinate の投与によりおよそ1週間程度の短期での症状改善の報告がある。 [17]
免疫系との関連性[編集]
閉経後の女性に関するコホート研究において、さまざまな変数を調整後のマグネシウムの摂取量と炎症に関係するバイオマーカーの数値とが反比例するとの報告がある。[18] すなわち、マグネシウムの摂取量が多いほど体内の炎症反応が少ないことを示している。
関連項目[編集]
ウィキメディア・コモンズには、マグネシウムに関連するメディアがあります。
出典[編集]
1.^ Bernath, P. F., Black, J. H., & Brault, J. W. (1985). “The spectrum of magnesium hydride”. Astrophysical Journal 298: 375.
2.^ http://www.encyclo.co.uk/webster/M/6
3.^ 2.7 マグネシウム(Mg) (PDF) 東北経済産業局
4.^ [1]日本マグネシウム協会
5.^ 桜井弘氏講演 生体元素と医薬品の開発(第一回) 講演録
6.^ 8.マグネシウムの再吸収異常と生活習慣病との関連性について 研究内容の紹介紹介ページのひとつ
7.^ 専門領域の最新情報 最新栄養学 第8版:建帛社
8.^ 「健康食品」の安全性・有効性情報国立健康・栄養研究所
9.^ 製品安全データシート 0.01mol/1(M/100)-塩化マグネシウム溶液 (キシダ化学株式会社)
10.^ 第6次改定日本人の栄養所要量について
11.^ マグネシウム摂取と大腸がんとの関連について JPHC Study 多目的コホート研究 (独立行政法人国立がん研究センター)
12.^ マグネシウム国立健康・栄養研究所
13.^ マグネシウム摂取不足の解消こそが糖尿病の増加を抑える日経メディカルオンライン 記事:2012年5月22日
14.^ マグネシウムはNMDA受容体の活性をブロックするモジュレータ(英)として働く。
15.^ Barragán-Rodríguez, L; Rodríguez-Morán, M; Guerrero-Romero, F (2008). “Efficacy and safety of oral magnesium supplementation in the treatment of depression in the elderly with type 2 diabetes: a randomized, equivalent trial”. Magnesium research : official organ of the International Society for the Development of Research on Magnesium 21 (4): 218–23. PMID 19271419.
16.^ Eby Ga, 3rd; Eby, KL (2010). “Magnesium for treatment-resistant depression: a review and hypothesis”. Medical hypotheses 74 (4): 649–660. doi:10.1016/j.mehy.2009.10.051. PMID 19944540.
17.^ George A. Eby; Karen L. Eby (2006). “Rapid recovery from major depression using magnesium treatment”. Medical hypotheses 67 (2): 362–370. doi:10.1016/j.mehy.2006.01.047.
18.^ Sara A. Chacko, MPH, Yiqing Song, MD, SCD, Lauren Nathan, MD, Lesley Tinker, PHD, Ian H. de Boer, MD, Fran Tylavsky, DRPH, Robert Wallace, MD and Simin Liu, MD, SCD1 (2009). “Relations of Dietary Magnesium Intake to Biomarkers of Inflammation and Endothelial Dysfunction in an Ethnically Diverse Cohort of Postmenopausal Women”. Diabetes Care 33 (2): 304–310. doi:10.1016/j.mehy.2006.01.047.
「マグネシューム」と転訛することがある。 酸化マグネシウムおよびオキソ酸塩の成分としての酸化マグネシウムを、苦い味に由来して苦土(くど、bitter salts)とも呼称する。
目次 [非表示]
1 性質 1.1 同族元素との性質の違い 1.1.1 カルシウム以降との違い
1.1.2 ベリリウムとの違い
1.2 異方性
2 歴史
3 用途 3.1 金属として
3.2 工業
3.3 有機合成用試薬
3.4 農業、食品、医薬
3.5 食品
3.6 次世代エネルギー
4 マグネシウムの化合物 4.1 無機塩 4.1.1 オキソ酸塩
4.1.2 鉱物
4.2 有機塩
5 同位体
6 生化学 6.1 薬理作用 6.1.1 糖尿病との関連性
6.1.2 うつ病との関連性
6.1.3 免疫系との関連性
7 関連項目
8 出典
9 外部リンク
性質[編集]
酸化数はほぼ常に2価。比重1.74の柔らかい金属で、融点は650 °C、沸点は1090-1110 °C(異なる実験値あり)。結晶構造は六方最密充填構造 (HCP)。
酸素と結合しやすく強い還元作用を持つ。空気中で放置すると、表面が酸化され灰色を帯びる。また、二酸化炭素、水、亜硫酸とも反応するが、いずれも不動態皮膜となるためアルカリ金属やカルシウムと異なり腐食は進行せず、鉱油中で保存する必要はない。
空気中で加熱すると炎と強い光を発して燃焼する(燃焼熱は601.7 kJ/mol) さらに窒素や二酸化炭素中でも燃焼し、それぞれ窒化マグネシウム (Mg3N2)、酸化マグネシウム(生成熱は460.7 kJ/mol)となる。
CO2 + 2 Mg → 2 MgO + C
熱水や塩水、薄い酸には容易に溶解し水素を発生する。
2 H2O + Mg → Mg(OH)2 + H2
同族元素との性質の違い[編集]
マグネシウムとベリリウムは第2族元素だが、アルカリ土類金属ではない。これは第1族元素である水素がアルカリ金属ではないのと同様、化学的性質が異なるためである。ただし全く異なるわけではなく、第2族元素の代名詞として「アルカリ土類金属」の名が使われているため、広義にはアルカリ土類金属に含まれている。
カルシウム以降との違い[編集]
アルカリ土類金属とはカルシウム・ストロンチウム・バリウム(およびラジウム)に共通の化学的性質に由来するグループで、周期表に基づく族分類に先立って成立した。マグネシウムはアルカリ土類金属とは違う性質を持つ。
化合物が炎色反応を示さない(アルカリ土類金属は特有の発色を持つ)。
単体(粉末状を除く)が常温の水と反応しない(アルカリ土類金属は激しく反応して水素を発生する)。
常温空気中で表面に酸化不動態を形成する(アルカリ土類金属は内部まで急速に酸化される)。
硫酸塩が易水溶性(アルカリ土類金属は難水溶性)。
水酸化物が難水溶性で弱塩基性を示す(アルカリ土類金属は易水溶性で強塩基性)。
水酸化カルシウムは比較的水に溶けにくいが、それでも水酸化マグネシウムよりは溶けやすい。
ベリリウムとの違い[編集]
マグネシウムはベリリウムと共通した化学的性質を持つが、違いもある。
陽性が強い。ベリリウム化合物は共有結合性のものが多いのに対し、マグネシウム化合物は幾分共有結合性を帯びるものの依然イオン結合性のものが多い。
塩基性が強い。ベリリウムは両性元素であるため酸にもアルカリにも溶けるが、マグネシウムは塩基性が強いため酸には溶けるがアルカリには溶けない。
マグネシウムの異方性
0001:滑り面 0012:双晶面
異方性[編集]
マグネシウムの結晶構造は室温では2つの面でしか滑りを起こさないため、純マグネシウムや合金を加熱せずに圧延などの加工をすると割れが発生しやすい。加工には加熱が必須となるが燃焼しないよう注意を払う必要がある。
歴史[編集]
マグネシウムは安定な酸化物を作るため、ラボアジエはマグネシア(酸化マグネシウム)を元素としてあげている。1755年、スコットランドのジョゼフ・ブラックは炭酸マグネシウムを熱分解し、酸化マグネシウムと二酸化炭素に分離しているが、これをマグネシウムの発見とする事もある。
単離され金属元素であることが証明されたのは、1808年、ハンフリー・デービーによるマグネシアと酸化水銀の溶融電気分解による。マグネシア magnesia またはその語源である産地のギリシャ・マグニシア県にちなんで命名された。
商業生産は1886年、アルミニウムと同時期に開始されたものの、精錬(カルシウムと)が困難で普及が遅れた。第一次大戦を契機に軍事利用が伸び、1936年には軍事目的を陰に五輪の聖火リレーに利用され、1939年には32,850トン、1943年のアメリカで184,000トンが生産されている。日本では第二次大戦前から1994年まで宇部興産により生産されていた。マグネサイト等の鉱石資源は、中国、北朝鮮、ロシアの3国で6割以上を占めている[3]。
用途[編集]
非常に軽い軽合金材料として重要であり、金属マグネシウムとして様々な合金の第一金属(合金の基本となる金属)や、添加剤に利用される。 また、反応性の高さから脱酸素剤や脱硫剤、さらに有機合成用試薬として欠かせない。 必須元素であり、食品や医薬品のほか、飼料、肥料として広く用いられる。
金属として[編集]
詳細は「マグネシウム合金」を参照
合金 優れた性質を持ち、需要が伸びている。安価になればプラスチックを代替する可能性もある。
工業的に使用されている最も軽い金属で用途は広く、航空機、自動車、農業機械、工具、精密機械、スポーツ用具、スピーカーの振動板、携帯用機器の筐体、医療機器、宇宙船、兵器などの多種にわたる。かつて問題だった腐食しやすい性質が改善されるにつれ、利用されるようになっていった。合金添加剤 1998年頃には世界需要の半数近くを占めた[4]。アルミニウム合金などに添加元素として少量付加するだけであっても、その合金としての性質を大きく左右する働きを持つ。この性質から、これまでの合金の硬度、強度、耐食性、耐熱性、その他機械的性質を向上させるための研究が活発に行われている。
鋳鉄 ダクタイル鋳鉄 (FCD) の黒鉛ノジュラー(球状)化剤
鉄鋼脱硫剤 合金用途以外では最も消費量が多く、精錬用フェロアロイ(フェロマグネシウム)
金属還元剤 ジルコニウム、チタンの製錬
防食 防食マグネとして、金属の犠牲電極効果や、酸化物が使用される
カメラのフラッシュ 酸化剤と混合した発光材(パウダー)が利用され「マグネシウムを焚く」と表現した。光量調節が難しく発光時大量の煙を発生させ、シャッターとの同調も手作業であるため、閃光電球やエレクトロニックフラッシュによって置き換えられた
発火用具(ファイアスタータ) 水に濡れていても発火できるため、軍事用、キャンプ用など
スピーカーの振動板 単体は合金より内部損失が大きく、酸化防止の樹脂コーティングを施して使用される
工業[編集]
耐火材 炉内耐火材(塩基性耐火煉瓦)として主に電気炉で用いる
吸着材 水酸化マグネシウムが多く、酸化、炭酸マグネシウムなども
ゴム、プラスチック配合剤 添加剤、充填剤
セラミックス 原料、焼結助剤
ガラス 酸化ガラス添加剤
電池 空気マグネシウム電池
排煙脱硫剤 安価で脱硫効率が高い、水酸化マグネシウム放流法
排水処理 石灰と同様、酸性排水の中和(カルシウムが混在したものが使われる)
水質改善 アオコ対策、赤潮対策、底質改善
重金属処理 アルカリ剤として不溶化処理、ヘドロなど泥土の固化
有機合成用試薬[編集]
マグネシウムはハロゲン化アルキルと反応し、R-MgX(R は有機置換基、X はハロゲン)の一般式で表される有機金属化合物を作る。これはグリニャール試薬と呼ばれ、カルボニル化合物などと反応して炭素-炭素結合を生成する。このため有機合成分野において重要な試薬として用いられる。
そのほかにもたくさんの錯体・塩基性塩などの化合物を合成する。これらは主に化学実験において、合成試料や試薬として使われる。
農業、食品、医薬[編集]
肥料 水酸苦土肥料、硫酸苦土肥料など
にがり 主に塩化マグネシウムが、豆腐製造の凝固剤(塩析剤)として
食品添加物 膨張剤(炭酸マグネシウム)、栄養強化剤、加工助剤など
医薬品 クエン酸マグネシウムが大腸検査用下剤など
食品[編集]
精製・加工していない食品に広く含まれ、ゴマやアーモンドなどの種実類、ひじきなどの海藻類に多く、加工食品に少ない。
次世代エネルギー[編集]
燃焼にて二酸化炭素を発生しない事から、化石燃料に替わる次世代エネルギーとしての利用研究が進められている。
水素に比べて常温・常圧下で固体なので輸送・貯蔵がしやすいというメリットがある。水と反応させて燃えるときの熱を利用する他、同反応により発生する水素を燃料として利用する方法が挙げられる。燃焼後の酸化物のリサイクルのための還元処理が最大の課題であり、レーザーによる高温を利用する方法などが提案されている[2]。
但し、マグネシウムを燃料として使用する場合、燃焼させて熱エネルギーに変換した場合熱機関を利用する以上カルノー効率を超えることは出来ない。また、水と反応させて水素を取り出しその水素を燃焼させる場合や生成した水素を燃料電池で電気エネルギーに変換するという用途も同様に効率が低い。
マグネシウムの持つ化学エネルギーを効率良く電気エネルギーに変換する方法としては電池の陰極としてマグネシウムを使用する方法が効率が良い。但し、水溶液を電解質として使用する場合は反応性が高い為、マグネシウムが水と反応するので不適である。有機系の電解質の使用が望ましい。電解質に溶融塩を使用する選択肢もある。
詳細は「空気マグネシウム電池」を参照
マグネシウムの化合物[編集]
無機塩[編集]
酸化マグネシウム MgO - 苦土
過酸化マグネシウム MgO2
水酸化マグネシウム Mg(OH)2
フッ化マグネシウム MgF2
塩化マグネシウム MgCl2
臭化マグネシウム MgBr2
ヨウ化マグネシウム MgI2
水素化マグネシウム MgH2
二ホウ化マグネシウム MgB2
窒化マグネシウム Mg3N2
硫化マグネシウム MgS
オキソ酸塩[編集]
炭酸マグネシウム MgCO3 - 菱苦土石
炭酸カルシウムマグネシウム CaMg(CO3)2 - 苦灰石、ドロマイト
硝酸マグネシウム Mg(NO3)2
硫酸マグネシウム MgSO4
亜硫酸マグネシウム MgSO3
過塩素酸マグネシウム MgClO4
リン酸三マグネシウム Mg3(PO4)2•8H2O
過マンガン酸マグネシウム Mg(MnO4)2
リン酸マグネシウム (Magnesium phosphate)
鉱物[編集]
三ケイ酸マグネシウム 2MgO•3SiO2•nH2O
尖晶石、スピネル MgO•Al2O3
滑石 Mg3Si4O10(OH)2
蛇紋石 Mg3Si2O5(OH)4
有機塩[編集]
有機酸との塩である。
酢酸マグネシウム Mg(CH3COO)2
クエン酸マグネシウム
リンゴ酸マグネシウム
L-グルタミン酸マグネシウム
安息香酸マグネシウム C14H10MgO4
ステアリン酸マグネシウム Mg(CH3(CH2)16COO)2
同位体[編集]
詳細は「マグネシウムの同位体」を参照
マグネシウムは3つの安定同位体 24Mg、25Mg、26Mg を持つ。
生化学[編集]
マグネシウムは植物の光合成色素であるクロロフィルに含まれて、光を受け止める役割を担っている。このためマグネシウムが欠乏すると、植物は生育が減退し、収穫量の減量につながる。これは砂地で生育する植物に特に現れる。カリウムが豊富に含まれる土壌でも、植物へのマグネシウムの供給が行われにくくなることもわかっている。このため肥料として、マグネシウム化合物を含んだものが使用されることがある。
70 kgのヒトにおいては約35 gのマグネシウムが存在し[5][要高次出典]、その60-70 %がリン酸塩として骨組織に、残りの30 %は血漿、赤血球、筋肉中の各組織に存在する。血清中のマグネシウムは、約75-85 %がイオンや塩類の形態の透析型で、残りの15-25 %はアルブミンなどと結合した蛋白結合型(非透析型)で存在する。
人体にとってもリボソームの構造維持やタンパク質の合成、その他エネルギー代謝に関する生体機能に必須な元素であるためマグネシウムの欠乏は虚血性心疾患などの原因のひとつと考えられている。生体内でマグネシウムは主に骨の表面近くにマグネシウムイオンとして保存され、代謝が不足した場合にはカルシウムイオンと置き換わり、マグネシウムが体内に補充される。マグネシウムの生体内での栄養素や薬理的な働きについては広範にわたって研究が行われているが、いまだその重要な面に関しては不明な点が多い。最近では、ミネラル成分のひとつとしてサプリメントや清涼飲料水などに添加されることが多くなってきている。
マグネシウムは動植物に対して毒性の強い元素でないため、植物肥料として過剰使用を特に警戒する必要はないが、動物が直接食物から摂取する場合には、他の無機物(リンやカルシウム)とのバランスを適切にしなければ、尿路結石などの原因になりうることがわかっている。これを受けて、猫用の飼料は、組成中のマグネシウムを減らすように改良されるようになった。
薬理作用[編集]
マグネシウム欠乏症の治療と予防に用いられるほか、乳酸が溜まった状況下で、足のつり(こむら返り)等の緩和に有効性が示唆されている。
マグネシウムは生体に必要不可欠な成分である反面、マグネシウムが豆乳を豆腐に固化することに見られるように高濃度のマグネシウムイオンはタンパク質を固化する性質を有する。 マグネシウムの吸収機構は解明されていないが[6][要高次出典]、腸管からのマグネシウムの吸収率は、マグネシウム摂取量が多ければ吸収率が低下し、摂取量が少なければ吸収率は高くなる[7]。腸管から吸収されなければ、マグネシウムイオン濃度の高まりにより腸管内での浸透圧が高まることになる。このためマグネシウムの過剰摂取で下痢を起こす。この作用を利用し、クエン酸マグネシウムなどは大腸検査のときの下剤として使われる。また、便秘の不快症状を緩和する目的の下剤として酸化マグネシウム(通称カマ)が投与される場合がある。弱い塩基である酸化マグネシウムや水酸化マグネシウムは、胃酸中和のために胃腸薬に配合される。食品では、豆腐や天然塩などに含まれるにがりからマグネシウムが微量に摂取される。
過剰摂取により高マグネシウム血症を引き起こす。重篤な腎不全患者における大量摂取は非常に危険。心ブロック患者には静脈注射が禁忌[8]。なお、近年のダイエットブームにより、にがりの過剰摂取で死亡した事例もあるので、安易な過剰摂取は厳に慎むべきである。マグネシウムの急性毒性は、塩化マグネシウムとして、マウス経口 LD50は4700 mg/kg、ラット経口 LD50は2800 mg/kgである[9][要高次出典]。このラットのデータを70 kgのヒトに当てはめれば約200 gの塩化マグネシウムを一時に摂取すれば50 %の確率で死に至ることに相当する。
なお、1999年の「第6次改定日本人の栄養所要量について」によると、マグネシウムの所要量は約200〜320 mg/日、マグネシウムの許容上限摂取量は約700 mg/日、である[10]。
また、マグネシウム摂取量が多いグループの男性の大腸癌リスクが低い[11]、との報告がある。
糖尿病との関連性[編集]
平成22年国民健康・栄養調査によれば、日本人成人(30〜49歳男性)の推定摂取量は240〜244mg/日とされ、WHO推奨量である420mg/日より不足している[12]。慢性的な摂取不足は、脂肪細胞から分泌される分泌蛋白アディポネクチンの低下を招き、高感度CRPやIL-6の上昇に関連しており、2型糖尿病発症リスクを上昇させている[13]。
うつ病との関連性[編集]
マグネシウム欠乏下では興奮性グルタミン酸神経のNMDA受容体の抑えが効かなくなり、[14]その神経毒性によりうつ病が引き起こされているのではないかという仮説がある。NMRを用いた計測では治療抵抗性うつ病で自殺企図あるいは自殺未遂経験のある患者では脳脊髄液中のマグネシウム量が低いこと。抗うつ薬は脳内マグネシウム量を増やす作用があること。2008年の糖尿性うつ病患者へのマグネシウム投与で成果をあげている[15] ことなどから、治療抵抗性うつ病患者に限らずマグネシウムの処方は有益であるとする報告がある。[16] また、magnesium glycinate または magnesium taurinate の投与によりおよそ1週間程度の短期での症状改善の報告がある。 [17]
免疫系との関連性[編集]
閉経後の女性に関するコホート研究において、さまざまな変数を調整後のマグネシウムの摂取量と炎症に関係するバイオマーカーの数値とが反比例するとの報告がある。[18] すなわち、マグネシウムの摂取量が多いほど体内の炎症反応が少ないことを示している。
関連項目[編集]
ウィキメディア・コモンズには、マグネシウムに関連するメディアがあります。
出典[編集]
1.^ Bernath, P. F., Black, J. H., & Brault, J. W. (1985). “The spectrum of magnesium hydride”. Astrophysical Journal 298: 375.
2.^ http://www.encyclo.co.uk/webster/M/6
3.^ 2.7 マグネシウム(Mg) (PDF) 東北経済産業局
4.^ [1]日本マグネシウム協会
5.^ 桜井弘氏講演 生体元素と医薬品の開発(第一回) 講演録
6.^ 8.マグネシウムの再吸収異常と生活習慣病との関連性について 研究内容の紹介紹介ページのひとつ
7.^ 専門領域の最新情報 最新栄養学 第8版:建帛社
8.^ 「健康食品」の安全性・有効性情報国立健康・栄養研究所
9.^ 製品安全データシート 0.01mol/1(M/100)-塩化マグネシウム溶液 (キシダ化学株式会社)
10.^ 第6次改定日本人の栄養所要量について
11.^ マグネシウム摂取と大腸がんとの関連について JPHC Study 多目的コホート研究 (独立行政法人国立がん研究センター)
12.^ マグネシウム国立健康・栄養研究所
13.^ マグネシウム摂取不足の解消こそが糖尿病の増加を抑える日経メディカルオンライン 記事:2012年5月22日
14.^ マグネシウムはNMDA受容体の活性をブロックするモジュレータ(英)として働く。
15.^ Barragán-Rodríguez, L; Rodríguez-Morán, M; Guerrero-Romero, F (2008). “Efficacy and safety of oral magnesium supplementation in the treatment of depression in the elderly with type 2 diabetes: a randomized, equivalent trial”. Magnesium research : official organ of the International Society for the Development of Research on Magnesium 21 (4): 218–23. PMID 19271419.
16.^ Eby Ga, 3rd; Eby, KL (2010). “Magnesium for treatment-resistant depression: a review and hypothesis”. Medical hypotheses 74 (4): 649–660. doi:10.1016/j.mehy.2009.10.051. PMID 19944540.
17.^ George A. Eby; Karen L. Eby (2006). “Rapid recovery from major depression using magnesium treatment”. Medical hypotheses 67 (2): 362–370. doi:10.1016/j.mehy.2006.01.047.
18.^ Sara A. Chacko, MPH, Yiqing Song, MD, SCD, Lauren Nathan, MD, Lesley Tinker, PHD, Ian H. de Boer, MD, Fran Tylavsky, DRPH, Robert Wallace, MD and Simin Liu, MD, SCD1 (2009). “Relations of Dietary Magnesium Intake to Biomarkers of Inflammation and Endothelial Dysfunction in an Ethnically Diverse Cohort of Postmenopausal Women”. Diabetes Care 33 (2): 304–310. doi:10.1016/j.mehy.2006.01.047.
ナトリウム
ナトリウム(独・羅: Natrium[2][※ 1][※ 2]、英: sodium[※ 3])は原子番号11の元素。元素記号は Na。アルカリ金属元素の一つで、典型元素である。医薬学や栄養学などの分野ではソジウム(ソディウム)[※ 3]とも言う。また、ナトリウムの単体金属を指す。消防法第2条第7項及び別表第一第3類1号により第3類危険物に指定されている。
目次 [非表示]
1 歴史
2 単体 2.1 性質
2.2 生産
2.3 用途
2.4 主な化学反応
3 化合物 3.1 オキソ酸の塩
3.2 ハロゲン化物
3.3 酸化物・水酸化物
3.4 その他の無機塩
3.5 有機酸塩
4 同位体
5 脚注 5.1 注釈
5.2 出典
6 関連項目
7 外部リンク
歴史[編集]
1807年、ハンフリー・デービーが水酸化ナトリウム(苛性ソーダ)を電気分解することにより発見した。ナトリウムという名称は天然炭酸ソーダを意味するギリシャ語の νίτρον[3]、あるいはラテン語の natron(ナトロン)[4]に由来するといわれる。
ドイツ語では Natrium、英語では sodium と呼ばれ、何れも近代にラテン語として造語された単語である(現代ラテン語では natrium が使われる)。日本にはドイツ語から輸入され、ナトリウムという名称が定着した。元素記号はドイツ語から Na になった一方、IUPAC名は英語から sodium とされている。
単体[編集]
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性質[編集]
常温、常圧での結晶構造は、BCC 構造(体心立方構造)。融点は98 °Cで、沸点は833 °C(他に883 °C、881 °Cという実験値あり)。比重は0.97で、わずかに水より軽い。
非常に反応性の高い金属で、酸、塩基に侵され、水と激しく反応する。下記に示される化学反応過程を経て水酸化ナトリウムとなるため、素手で触れると手の表面にある水分と化合し水酸化ナトリウムとなって皮膚を侵す。さらに空気中で容易に酸化されるため、保存する時は灯油に浸ける。後述化学反応に示すようにアルコール等のプロトン溶媒とも反応するがエーテルや灯油とは反応しないため、灯油等を保存液体として使用する。イオン化する時は一価の陽イオンになりやすい。炎色反応で黄色を呈する。
200 GPa(約200万気圧)の高圧下では、結晶構造が変化し、金属光沢を失い透明になる[5]。
生産[編集]
水酸化物や塩化物を融解塩電解することによって単体を得られる。カストナー法(原料 NaOH)、ダウンズ法(原料 NaCl)が知られる。2006年まで、新潟県に立地する日本曹達二本木工場が、国内で唯一工業的規模の金属ナトリウム製造を行っていたが、現在は操業を停止している。海外ではフランスのMAAS社とアメリカのDuPont社がダウンズ法で生産している[6]。日本の輸入量は2007年で3055トンであった[7]。またカストナー法は工業生産としては使用されていない。
用途[編集]
熱伝導率がよく、高温でも液体で存在するため、単体としては高速増殖炉の冷却材として用いられる。高性能自動車エンジンの排気バルブのステム内部に封入し熱伝導を向上させる用途にも使われる。そのほかに、負極にナトリウム、正極に硫黄を使った、NaS電池がある。これは大型の非常用電源や、風力発電のエネルギー貯蔵に利用される。ナトリウムからの発光(ナトリウムのD線、D1: 589.6 nmとD2: 589.0 nm)はナトリウムランプに使われている。
生体にとっては重要な電解質の一つであり、ヒトではその大部分が細胞外液に分布している。神経細胞や心筋細胞などの電気的興奮性細胞の興奮には、細胞内外のナトリウムイオン濃度差が不可欠である。細胞外濃度は 135–145 mmol/l程度に保たれており、細胞外液の陽イオンの大半を占める。そのため、ナトリウムイオンの過剰摂取は濃度維持のための水分貯留により、高血圧の大きな原因となる。
主な化学反応[編集]
水と反応して水素を発生させながら水酸化ナトリウム (NaOH) になる。 Na + H2O → NaOH + 1/2 H2発熱反応・低融点のため水に固体ナトリウムを投げ込むとナトリウムが反応熱で溶融し細粒化して反応面積が激増して爆発する
アルコール、カルボン酸、フェノール類などのヒドロキシ基と反応して水素を発生させながらアルコキシドなどを与える。 Na + ROH → RONa + 1/2 H2(アルコール:R = アルキル基、フェノール類:R = 芳香族置換基)Na + RCOOH → RCOONa + 1/2 H2
ハロゲンの単体と結合(反応)して、塩になる。 Na + 1/2 Cl2 → NaCl
化合物[編集]
記事カテゴリ Category:ナトリウムの化合物 も参照。
オキソ酸の塩[編集]
炭酸水素ナトリウム(重曹)(NaHCO3)
炭酸ナトリウム(炭酸ソーダ)(Na2CO3)
過炭酸ナトリウム (2Na2CO3・3H2O2)
亜二チオン酸ナトリウム(亜ジチオン酸ナトリウム、ナトリウムハイドロサルファイト)(Na2S2O4)
亜硫酸ナトリウム (Na2SO3)
亜硫酸水素ナトリウム (NaHSO3)
硫酸ナトリウム(芒硝)(Na2SO4)
チオ硫酸ナトリウム(ハイポ)(Na2S2O3)
亜硝酸ナトリウム (NaNO2)
硝酸ナトリウム (NaNO3)
ハロゲン化物[編集]
フッ化ナトリウム (NaF)
塩化ナトリウム(食塩)(NaCl)
臭化ナトリウム (NaBr)
ヨウ化ナトリウム (NaI)
酸化物・水酸化物[編集]
酸化ナトリウム (Na2O)
過酸化ナトリウム (Na2O2)
水酸化ナトリウム(苛性ソーダ)(NaOH)
その他の無機塩[編集]
水素化ナトリウム (NaH)
硫化ナトリウム (Na2S)
硫化水素ナトリウム(水硫化ナトリウム)(NaHS)
珪酸ナトリウム (Na2SiO3)
リン酸三ナトリウム (Na3PO4)
ホウ酸ナトリウム (Na3BO3)
水素化ホウ素ナトリウム (NaBH4)
シアン化ナトリウム(青酸ナトリウム)(NaCN)
シアン酸ナトリウム (NaOCN)
テトラクロロ金酸ナトリウム (Na[AuCl4])
有機酸塩[編集]
酢酸ナトリウム (CH3COONa)
クエン酸ナトリウム
同位体[編集]
詳細は「ナトリウムの同位体」を参照
脚注[編集]
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注釈[編集]
1.^ ドイツ語発音: [ˈnaːtriʊm] ナートリウム
2.^ ラテン語発音: [ˈnatriʊm] ナトリウム
3.^ a b 英語発音: /ˈsoʊdiəm/ ソウディアム
出典[編集]
1.^ Endt, P. M. ENDT, ,1 (1990) (12/1990). “Energy levels of A = 21-44 nuclei (VII)”. Nuclear Physics A 521: 1. doi:10.1016/0375-9474(90)90598-G.
2.^ http://www.encyclo.co.uk/webster2/search.php
3.^ 近角、木越、田沼「最新元素知識」東京書籍、1976年
4.^ 桜井「元素111の新知識」BLUE BACKS、講談社、1997年。 ISBN 4-06-257192-7
5.^ Yanming Ma et al., "Transparent dense sodium", Nature 458, 182-185 (2009). doi:10.1038/nature07786
6.^ “Sodium Metal from France”. U.S. International Trade Commission. 2012年8月4日閲覧。
7.^ 『15509の化学商品』 化学工業日報社、2009年2月。ISBN 978-4-87326-544-5。
目次 [非表示]
1 歴史
2 単体 2.1 性質
2.2 生産
2.3 用途
2.4 主な化学反応
3 化合物 3.1 オキソ酸の塩
3.2 ハロゲン化物
3.3 酸化物・水酸化物
3.4 その他の無機塩
3.5 有機酸塩
4 同位体
5 脚注 5.1 注釈
5.2 出典
6 関連項目
7 外部リンク
歴史[編集]
1807年、ハンフリー・デービーが水酸化ナトリウム(苛性ソーダ)を電気分解することにより発見した。ナトリウムという名称は天然炭酸ソーダを意味するギリシャ語の νίτρον[3]、あるいはラテン語の natron(ナトロン)[4]に由来するといわれる。
ドイツ語では Natrium、英語では sodium と呼ばれ、何れも近代にラテン語として造語された単語である(現代ラテン語では natrium が使われる)。日本にはドイツ語から輸入され、ナトリウムという名称が定着した。元素記号はドイツ語から Na になった一方、IUPAC名は英語から sodium とされている。
単体[編集]
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性質[編集]
常温、常圧での結晶構造は、BCC 構造(体心立方構造)。融点は98 °Cで、沸点は833 °C(他に883 °C、881 °Cという実験値あり)。比重は0.97で、わずかに水より軽い。
非常に反応性の高い金属で、酸、塩基に侵され、水と激しく反応する。下記に示される化学反応過程を経て水酸化ナトリウムとなるため、素手で触れると手の表面にある水分と化合し水酸化ナトリウムとなって皮膚を侵す。さらに空気中で容易に酸化されるため、保存する時は灯油に浸ける。後述化学反応に示すようにアルコール等のプロトン溶媒とも反応するがエーテルや灯油とは反応しないため、灯油等を保存液体として使用する。イオン化する時は一価の陽イオンになりやすい。炎色反応で黄色を呈する。
200 GPa(約200万気圧)の高圧下では、結晶構造が変化し、金属光沢を失い透明になる[5]。
生産[編集]
水酸化物や塩化物を融解塩電解することによって単体を得られる。カストナー法(原料 NaOH)、ダウンズ法(原料 NaCl)が知られる。2006年まで、新潟県に立地する日本曹達二本木工場が、国内で唯一工業的規模の金属ナトリウム製造を行っていたが、現在は操業を停止している。海外ではフランスのMAAS社とアメリカのDuPont社がダウンズ法で生産している[6]。日本の輸入量は2007年で3055トンであった[7]。またカストナー法は工業生産としては使用されていない。
用途[編集]
熱伝導率がよく、高温でも液体で存在するため、単体としては高速増殖炉の冷却材として用いられる。高性能自動車エンジンの排気バルブのステム内部に封入し熱伝導を向上させる用途にも使われる。そのほかに、負極にナトリウム、正極に硫黄を使った、NaS電池がある。これは大型の非常用電源や、風力発電のエネルギー貯蔵に利用される。ナトリウムからの発光(ナトリウムのD線、D1: 589.6 nmとD2: 589.0 nm)はナトリウムランプに使われている。
生体にとっては重要な電解質の一つであり、ヒトではその大部分が細胞外液に分布している。神経細胞や心筋細胞などの電気的興奮性細胞の興奮には、細胞内外のナトリウムイオン濃度差が不可欠である。細胞外濃度は 135–145 mmol/l程度に保たれており、細胞外液の陽イオンの大半を占める。そのため、ナトリウムイオンの過剰摂取は濃度維持のための水分貯留により、高血圧の大きな原因となる。
主な化学反応[編集]
水と反応して水素を発生させながら水酸化ナトリウム (NaOH) になる。 Na + H2O → NaOH + 1/2 H2発熱反応・低融点のため水に固体ナトリウムを投げ込むとナトリウムが反応熱で溶融し細粒化して反応面積が激増して爆発する
アルコール、カルボン酸、フェノール類などのヒドロキシ基と反応して水素を発生させながらアルコキシドなどを与える。 Na + ROH → RONa + 1/2 H2(アルコール:R = アルキル基、フェノール類:R = 芳香族置換基)Na + RCOOH → RCOONa + 1/2 H2
ハロゲンの単体と結合(反応)して、塩になる。 Na + 1/2 Cl2 → NaCl
化合物[編集]
記事カテゴリ Category:ナトリウムの化合物 も参照。
オキソ酸の塩[編集]
炭酸水素ナトリウム(重曹)(NaHCO3)
炭酸ナトリウム(炭酸ソーダ)(Na2CO3)
過炭酸ナトリウム (2Na2CO3・3H2O2)
亜二チオン酸ナトリウム(亜ジチオン酸ナトリウム、ナトリウムハイドロサルファイト)(Na2S2O4)
亜硫酸ナトリウム (Na2SO3)
亜硫酸水素ナトリウム (NaHSO3)
硫酸ナトリウム(芒硝)(Na2SO4)
チオ硫酸ナトリウム(ハイポ)(Na2S2O3)
亜硝酸ナトリウム (NaNO2)
硝酸ナトリウム (NaNO3)
ハロゲン化物[編集]
フッ化ナトリウム (NaF)
塩化ナトリウム(食塩)(NaCl)
臭化ナトリウム (NaBr)
ヨウ化ナトリウム (NaI)
酸化物・水酸化物[編集]
酸化ナトリウム (Na2O)
過酸化ナトリウム (Na2O2)
水酸化ナトリウム(苛性ソーダ)(NaOH)
その他の無機塩[編集]
水素化ナトリウム (NaH)
硫化ナトリウム (Na2S)
硫化水素ナトリウム(水硫化ナトリウム)(NaHS)
珪酸ナトリウム (Na2SiO3)
リン酸三ナトリウム (Na3PO4)
ホウ酸ナトリウム (Na3BO3)
水素化ホウ素ナトリウム (NaBH4)
シアン化ナトリウム(青酸ナトリウム)(NaCN)
シアン酸ナトリウム (NaOCN)
テトラクロロ金酸ナトリウム (Na[AuCl4])
有機酸塩[編集]
酢酸ナトリウム (CH3COONa)
クエン酸ナトリウム
同位体[編集]
詳細は「ナトリウムの同位体」を参照
脚注[編集]
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注釈[編集]
1.^ ドイツ語発音: [ˈnaːtriʊm] ナートリウム
2.^ ラテン語発音: [ˈnatriʊm] ナトリウム
3.^ a b 英語発音: /ˈsoʊdiəm/ ソウディアム
出典[編集]
1.^ Endt, P. M. ENDT, ,1 (1990) (12/1990). “Energy levels of A = 21-44 nuclei (VII)”. Nuclear Physics A 521: 1. doi:10.1016/0375-9474(90)90598-G.
2.^ http://www.encyclo.co.uk/webster2/search.php
3.^ 近角、木越、田沼「最新元素知識」東京書籍、1976年
4.^ 桜井「元素111の新知識」BLUE BACKS、講談社、1997年。 ISBN 4-06-257192-7
5.^ Yanming Ma et al., "Transparent dense sodium", Nature 458, 182-185 (2009). doi:10.1038/nature07786
6.^ “Sodium Metal from France”. U.S. International Trade Commission. 2012年8月4日閲覧。
7.^ 『15509の化学商品』 化学工業日報社、2009年2月。ISBN 978-4-87326-544-5。
ネオン
ネオン(英: neon)は原子番号10の元素である。名称はギリシャ語の'新しい'を意味する「νέος (neos)」に由来する[4]。元素記号は Ne。
単原子分子として存在し、単体は常温常圧で無色無臭の気体。融点 -248.7 °C、沸点 -246.0 °C(ただし融点沸点とも異なる実験値あり)。密度は0.900 g/dm3 (0 °C、1 atm) ・液体時は1.21 g/cm3 (-246 °C)。空気中に18.2 ppm含まれ、希ガスとしてはアルゴンに次ぐ割合で存在する。工業的には、空気を液化・分留して作る手段が唯一事業性を持てる[4]。磁化率 -0.334×10-6 cm3/g。1体積の水に溶解する体積比は0.012[5]。
ネオンの三重点(約24.5561 K)はITS-90の定義定点になっている[1]。
目次 [非表示]
1 歴史
2 性質・用途
3 同位体
4 脚注
5 参考文献
6 関連項目
歴史[編集]
ジョゼフ・ジョン・トムソンの写真乾板。右下に二つのネオン同位体(ネオン20、ネオン22)の衝突痕が見られる。
ネオンは1898年にロンドンで、イギリス人化学者ウィリアム・ラムゼー卿(1852年 - 1916年)とモーリス・トラバース (en)(1872年 - 1961年)が発見した[6]。この当時、すでにヘリウムとアルゴンの存在が知られていたこと、さらに周期律が知られていたことから、その存在が確実視されていたわけだが、この発見によって周期表の空欄が1つ埋まった。発見に至った手法は液化空気の分留である。ラムゼーが、液体状になるまで冷却した大気を暖めて気化したガスをそれぞれ分留する実験を行っているとき、大気主成分(窒素・酸素・アルゴン)を取り除いた後に残る物質からクリプトン・キセノン・ネオンをそれぞれ見つけた[7]。
1910年12月、フランスの技術者ジョルジュ・クロードがネオンガスを封入した管に放電することで、新たな照明器具を発明した。パリの政府庁舎グラン・パレで公開後、1912年には彼は仲間たちとこの放電管をネオン管として販売し始め、理髪店で最初の広告として使用された。1915年に特許を取得し「クロードネオン社」を設立[8]。1923年、彼らがネオン管をアメリカに紹介すると、早速ロサンゼルスのパッカード自動車販売代理店にふたつの大きなネオンサインが備えられた。赤々と輝き人目を惹くネオンの広告は、他社との差別化を鮮明に映し出した[9]。
1913年にジョゼフ・ジョン・トムソンが、陽極線 (en) の成分分析を行っていた際、磁界や電界を通る流れを導き出し、写真乾板上に写り込んだ軌跡から偏向を計測して、ネオン原子の基本的性質の解明が始まった。写真には二本の光軌跡が見つかり、これは異なる放物線を描くネオンの偏向があることを示していた。トムソンは、これが同じネオン元素で分子量が異なるものが二種類あるために起こった現象と結論づけた[10]。これは最初の安定的な同位体発見であり、その手法は改良され現在の質量分析法へ[11]と発展した。
性質・用途[編集]
ネオンはガスとしてのみならず物質全体でも最も反応性に乏しい元素である[12]。
ネオン放電管
ネオンのスペクトル。なお、可視光領域は対応する色で、紫外線(左)と赤外線(右)領域は白い線で現している。
ネオンサイン
ネオンは希ガスとしては2番目に軽く、ガイスラー管に詰め放電すると橙赤色で光るため、ネオン管の封入気体として利用される[5]。実際は、アルゴンや水銀などの添加物を用いていろいろな色を出す。標準的な電圧と電流下において、ネオンのプラズマは希ガス中で最も激しい光を放つ。人間の目には一般に赤 - オレンジ色に見えるこの光は、実際には多くの波長から成っている。強い緑色の光線も含まれるが、これは分光しないと判断できない[13]。ネオン管は高電圧がかかると、管内に封入されているネオンがイオン化するために、高圧電流を素早く流す性質があり、落雷の電気をアースに流し機器類を護る避雷塔にも使われる[4]。
ネオンは窒素や酸素よりも原子番号が大きく、原子1つを比べた場合は、ネオンの方が重い。しかし、ネオンは地球の地表付近でも単原子分子として存在できるのに対し、同じ条件で窒素や酸素は多原子分子として存在する。気体は同一体積当たりの分子数がおおよそ等しいので、ネオンは地球の地表付近の空気の大部分を占める窒素分子や酸素分子よりも軽く、このため、ネオンの気球はヘリウムと比べればゆっくりであるが上昇する[14]。
液体ネオンの気化熱は420cal/mol=1.8kJ/molであり、極低温環境での冷媒として非常に効率が高く、経済的である[4][15]。
同じ質量で気体・液体の体積比率差が大きいこともネオンの特徴である。通常の気体:液体比率が500 - 800倍なのに対しネオンは1400倍にもなる。そのため貯蔵性・輸送性に優れる。また、ネオンは窒素分子に近い密度があるため、酸素とネオンを混合して作った人工空気の中では、ほとんど音速が変化しない。よって、酸素とヘリウムの混合気のような声の変化は起こさない。この特徴を生かして大深度潜水のテクニカルダイビングや宇宙で使用されることもある[4]。
この他にも、高エネルギー粒子の軌跡観察に使用する箱にネオンを満たすと、ネオンがイオン化して発光する。ヘリウムとの混合ガスはレーザー光の波長を揃えることが出来る[4]。
同位体[編集]
20Ne、21Ne、22Neの3種類の安定同位体の存在が知られている。ちなみに地球では、これらのうち20Neが約9割を占めていて、22Neが1割弱、21Neはごくわずかである。
詳細は「ネオンの同位体」を参照
脚注[編集]
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1.^ a b Preston-Thomas, H. (1990). “The International Temperature Scale of 1990 (ITS-90)”. Metrologia 27: 3-10.
2.^ “Section 4, Properties of the Elements and Inorganic Compounds; Melting, boiling, triple, and critical temperatures of the elements”. CRC Handbook of Chemistry and Physics (85th edition ed.). Boca Raton, Florida: CRC Press. (2005).
3.^ Magnetic susceptibility of the elements and inorganic compounds, in Handbook of Chemistry and Physics 81st edition, CRC press.
4.^ a b c d e f 「【ネオン】」『元素111の新知識』 講談社、1998年(初版1997年)、第六刷、72-74頁。ISBN 4-06-257192-7。
5.^ a b 「【ネオン】」『岩波理化学辞典』 岩波書店、1994年、第四版第九刷、948頁。ISBN 4-00-080015-9。
6.^ ウィリアム・ラムゼー、モーリス・W・トラバース (1898年). “On the Companions of Argon”. Proceedings of the Royal Society of London 63: 437-440. doi:10.1098/rspl.1898.0057.
7.^ “Neon: History” (英語). Softciências. 2007年2月27日閲覧。
8.^ 小野博之. “ネオン史余話” (日本語). 社団法人全日本ネオン協会. 2010年4月17日閲覧。
9.^ Mangum, Aja (2007年12月8日). “Neon: A Brief History”. New York Magazine 2008年5月20日閲覧。
10.^ “1-3:中性子の発見” (日本語). 九州大学粒子物理学講座. 2010年4月17日閲覧。
11.^ “核燃料サイクル工学実験教育テキスト (PDF)” (日本語). 財団法人エネルギー総合工学研究所. 2010年4月17日閲覧。
12.^ Lewars, Errol G. (2008年). Modelling Marvels. Springer. pp. 70-71. ISBN 1402069723.
13.^ “Plasma” (英語). 2007年3月5日閲覧。
14.^ Gallagher, R.; Ingram, P. (2001年). Chemistry for Higher Tier. University Press. ISBN 9780199148172.
15.^ “NASSMC: News Bulletin” (2005年12月30日). 2007年3月5日閲覧。
単原子分子として存在し、単体は常温常圧で無色無臭の気体。融点 -248.7 °C、沸点 -246.0 °C(ただし融点沸点とも異なる実験値あり)。密度は0.900 g/dm3 (0 °C、1 atm) ・液体時は1.21 g/cm3 (-246 °C)。空気中に18.2 ppm含まれ、希ガスとしてはアルゴンに次ぐ割合で存在する。工業的には、空気を液化・分留して作る手段が唯一事業性を持てる[4]。磁化率 -0.334×10-6 cm3/g。1体積の水に溶解する体積比は0.012[5]。
ネオンの三重点(約24.5561 K)はITS-90の定義定点になっている[1]。
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1 歴史
2 性質・用途
3 同位体
4 脚注
5 参考文献
6 関連項目
歴史[編集]
ジョゼフ・ジョン・トムソンの写真乾板。右下に二つのネオン同位体(ネオン20、ネオン22)の衝突痕が見られる。
ネオンは1898年にロンドンで、イギリス人化学者ウィリアム・ラムゼー卿(1852年 - 1916年)とモーリス・トラバース (en)(1872年 - 1961年)が発見した[6]。この当時、すでにヘリウムとアルゴンの存在が知られていたこと、さらに周期律が知られていたことから、その存在が確実視されていたわけだが、この発見によって周期表の空欄が1つ埋まった。発見に至った手法は液化空気の分留である。ラムゼーが、液体状になるまで冷却した大気を暖めて気化したガスをそれぞれ分留する実験を行っているとき、大気主成分(窒素・酸素・アルゴン)を取り除いた後に残る物質からクリプトン・キセノン・ネオンをそれぞれ見つけた[7]。
1910年12月、フランスの技術者ジョルジュ・クロードがネオンガスを封入した管に放電することで、新たな照明器具を発明した。パリの政府庁舎グラン・パレで公開後、1912年には彼は仲間たちとこの放電管をネオン管として販売し始め、理髪店で最初の広告として使用された。1915年に特許を取得し「クロードネオン社」を設立[8]。1923年、彼らがネオン管をアメリカに紹介すると、早速ロサンゼルスのパッカード自動車販売代理店にふたつの大きなネオンサインが備えられた。赤々と輝き人目を惹くネオンの広告は、他社との差別化を鮮明に映し出した[9]。
1913年にジョゼフ・ジョン・トムソンが、陽極線 (en) の成分分析を行っていた際、磁界や電界を通る流れを導き出し、写真乾板上に写り込んだ軌跡から偏向を計測して、ネオン原子の基本的性質の解明が始まった。写真には二本の光軌跡が見つかり、これは異なる放物線を描くネオンの偏向があることを示していた。トムソンは、これが同じネオン元素で分子量が異なるものが二種類あるために起こった現象と結論づけた[10]。これは最初の安定的な同位体発見であり、その手法は改良され現在の質量分析法へ[11]と発展した。
性質・用途[編集]
ネオンはガスとしてのみならず物質全体でも最も反応性に乏しい元素である[12]。
ネオン放電管
ネオンのスペクトル。なお、可視光領域は対応する色で、紫外線(左)と赤外線(右)領域は白い線で現している。
ネオンサイン
ネオンは希ガスとしては2番目に軽く、ガイスラー管に詰め放電すると橙赤色で光るため、ネオン管の封入気体として利用される[5]。実際は、アルゴンや水銀などの添加物を用いていろいろな色を出す。標準的な電圧と電流下において、ネオンのプラズマは希ガス中で最も激しい光を放つ。人間の目には一般に赤 - オレンジ色に見えるこの光は、実際には多くの波長から成っている。強い緑色の光線も含まれるが、これは分光しないと判断できない[13]。ネオン管は高電圧がかかると、管内に封入されているネオンがイオン化するために、高圧電流を素早く流す性質があり、落雷の電気をアースに流し機器類を護る避雷塔にも使われる[4]。
ネオンは窒素や酸素よりも原子番号が大きく、原子1つを比べた場合は、ネオンの方が重い。しかし、ネオンは地球の地表付近でも単原子分子として存在できるのに対し、同じ条件で窒素や酸素は多原子分子として存在する。気体は同一体積当たりの分子数がおおよそ等しいので、ネオンは地球の地表付近の空気の大部分を占める窒素分子や酸素分子よりも軽く、このため、ネオンの気球はヘリウムと比べればゆっくりであるが上昇する[14]。
液体ネオンの気化熱は420cal/mol=1.8kJ/molであり、極低温環境での冷媒として非常に効率が高く、経済的である[4][15]。
同じ質量で気体・液体の体積比率差が大きいこともネオンの特徴である。通常の気体:液体比率が500 - 800倍なのに対しネオンは1400倍にもなる。そのため貯蔵性・輸送性に優れる。また、ネオンは窒素分子に近い密度があるため、酸素とネオンを混合して作った人工空気の中では、ほとんど音速が変化しない。よって、酸素とヘリウムの混合気のような声の変化は起こさない。この特徴を生かして大深度潜水のテクニカルダイビングや宇宙で使用されることもある[4]。
この他にも、高エネルギー粒子の軌跡観察に使用する箱にネオンを満たすと、ネオンがイオン化して発光する。ヘリウムとの混合ガスはレーザー光の波長を揃えることが出来る[4]。
同位体[編集]
20Ne、21Ne、22Neの3種類の安定同位体の存在が知られている。ちなみに地球では、これらのうち20Neが約9割を占めていて、22Neが1割弱、21Neはごくわずかである。
詳細は「ネオンの同位体」を参照
脚注[編集]
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1.^ a b Preston-Thomas, H. (1990). “The International Temperature Scale of 1990 (ITS-90)”. Metrologia 27: 3-10.
2.^ “Section 4, Properties of the Elements and Inorganic Compounds; Melting, boiling, triple, and critical temperatures of the elements”. CRC Handbook of Chemistry and Physics (85th edition ed.). Boca Raton, Florida: CRC Press. (2005).
3.^ Magnetic susceptibility of the elements and inorganic compounds, in Handbook of Chemistry and Physics 81st edition, CRC press.
4.^ a b c d e f 「【ネオン】」『元素111の新知識』 講談社、1998年(初版1997年)、第六刷、72-74頁。ISBN 4-06-257192-7。
5.^ a b 「【ネオン】」『岩波理化学辞典』 岩波書店、1994年、第四版第九刷、948頁。ISBN 4-00-080015-9。
6.^ ウィリアム・ラムゼー、モーリス・W・トラバース (1898年). “On the Companions of Argon”. Proceedings of the Royal Society of London 63: 437-440. doi:10.1098/rspl.1898.0057.
7.^ “Neon: History” (英語). Softciências. 2007年2月27日閲覧。
8.^ 小野博之. “ネオン史余話” (日本語). 社団法人全日本ネオン協会. 2010年4月17日閲覧。
9.^ Mangum, Aja (2007年12月8日). “Neon: A Brief History”. New York Magazine 2008年5月20日閲覧。
10.^ “1-3:中性子の発見” (日本語). 九州大学粒子物理学講座. 2010年4月17日閲覧。
11.^ “核燃料サイクル工学実験教育テキスト (PDF)” (日本語). 財団法人エネルギー総合工学研究所. 2010年4月17日閲覧。
12.^ Lewars, Errol G. (2008年). Modelling Marvels. Springer. pp. 70-71. ISBN 1402069723.
13.^ “Plasma” (英語). 2007年3月5日閲覧。
14.^ Gallagher, R.; Ingram, P. (2001年). Chemistry for Higher Tier. University Press. ISBN 9780199148172.
15.^ “NASSMC: News Bulletin” (2005年12月30日). 2007年3月5日閲覧。
フッ素
フッ素(フッそ、弗素、英: fluorine)は原子番号9の元素。元素記号はラテン語のFluorumの頭文字よりFが使われる[1]。最も軽いハロゲン元素。また、同元素の単体であるフッ素分子(F2、二弗素)をも示す。
全元素中で最も大きな電気陰性度を持ち、化合物中では常に -1 の酸化数を取る。反応性が高いため、天然には蛍石や氷晶石などとして存在し、基本的に単体では存在しない。
目次 [非表示]
1 歴史
2 性質 2.1 人体への影響
2.2 フッ素の化学反応
3 用途 3.1 エキシマレーザー
3.2 屈折率の制御
3.3 ロケット
3.4 清掃
4 フッ素の化合物 4.1 金属のフッ化物
4.2 非金属のフッ化物
4.3 フッ素のオキソ酸
4.4 その他
5 同位体
6 参考文献
7 関連項目
8 外部リンク
歴史[編集]
古くから製鉄などにおいて、フッ素の化合物である蛍石(CaF2)が融剤として用いられた。例えば、ドイツの鉱物学者ゲオルク・アグリコラは1530年に著書「ベルマヌス」Bermannus, sive de re metallica dialogusにおいて、蛍石を炎の中で加熱し、融解させると、融剤として適切であると記している。1670年には、ドイツのガラス加工業者のハインリッヒ・シュヴァンハルト(Heinrich Schwanhard)が蛍石の酸溶解物にガラスをエッチングする作用があることに気づいた。蛍石に硫酸を加えると発生するフッ化水素は1771年、カール・シェーレが発見していた。未知の元素が蛍石 (Fluorite) に含まれる可能性から、フランスのアンドレ=マリ・アンペールは、未発見の新元素にfluorineと名付けた。フッ化水素と塩化水素の組成がフッ素と塩素の違いだけであると、最初に主張したのはアンペールであった。彼はその後、名称を変える。ギリシア語の「破壊的な」という語から、phthorineとした。ギリシア語ではアンペールの新名称(Φθόριο)を採用している。しかしながら、イギリスのハンフリー・デーヴィーがfluorineを使い続けたため、多くの言語ではfluorineに由来する名称が定着した。なお、日本語の「弗素」はドイツ語のFluorの音訳の1文字目から取られたものである。名称は定まったが、フッ化水素の研究は進まず、酸素を発見したアントワーヌ・ラヴォアジェも単離には至らなかった。
1800年、イタリアのアレッサンドロ・ボルタが発見した電池が、電気分解という元素発見に極めて有効な武器をもたらした。デービーは1806年から電気化学の研究を始めると、カリウム、ナトリウム、カルシウム、ストロンチウム、マグネシウム、バリウム、ホウ素を次々と単離。しかし1813年の実験では電気分解の結果、漏れ出たフッ素で短時間の中毒に陥ってしまう。デービーの能力を持ってしてもフッ素は単離できなかった。単体のフッ素の酸化力の高さゆえである。実験器具自体が破壊されるばかりか、人体に有害なフッ素を分離・保管することもできない。
アイルランドのクノックス兄弟は実験中に中毒になり、1人は3年間寝たきりになってしまう。ベルギーのPaulin Louyetとフランスのジェローム・ニクレも相次いで死亡する。1869年、ジョージ・ゴアは無水フッ化水素に直流電流を流して、水素とフッ素を得たが、即座に爆発的な反応がおきた。しかし、偶然にも怪我一つなかったという。
ようやく1886年、アンリ・モアッサンが単離に成功する。白金・イリジウム電極を用いたこと、蛍石をフッ素の捕集容器に使ったこと、電気分解を-50℃という低温下で進めたことが成功の鍵だった。材料にも工夫があり、フッ化水素カリウム(KHF2)の無水フッ化水素(HF)溶液を用いた。だがモアッサンも無傷というわけにはいかず、この実験の過程で片目の視力を失っている。フッ素単離の功績から、1906年のノーベル化学賞はモアッサンが獲得した。翌年、モアッサンは急死しているが、フッ素単離と急死との関係は不明である。2012年に鉱物アントゾナイトにフッ素分子が含まれていることが確認された[2]。
性質[編集]
単体は通常2原子分子の F2 として存在する。常温常圧では淡黄褐色で特有の臭い(塩素のようとも、きな臭いとも称される)をもつ気体。非常に強い酸化作用があり、猛毒。
融点 -223 ℃、沸点 -188 ℃、比重 1.11(沸点時、空気を1とする)。反応性が極めて高く、ヘリウムとネオン以外の殆んどの単体元素を酸化し化合物(フッ化物)を作る。
ガラスや白金さえも侵すためその性質上、単体で保存することはほとんどない。もっぱら単体よりも穏やかな化合物の状態で保存され、容器には化合物であっても侵されにくいポリエチレン製の瓶や、テフロンコーティングされた容器が用いられる。単体はフッ化水素 (HF) を電解するか、フッ化水素カリウム (KHF2) を電解することで得られる。
人体への影響[編集]
必須微量元素のひとつであると主張する学術団体がある。欠乏と過剰になる量の範囲が狭い(歯のフッ素症#食事摂取基準を参照)。フッ素のサプリメントは、日本国外では製品化されているが、日本国内での製品化は難しいと主張されることもある。主な摂取源は飲料水と動物の骨などである。
フッ素の過剰摂取は骨硬化症、脂質代謝障害、糖質代謝障害と関連がある(フッ素症を参照)。
フッ素の化学反応[編集]
フッ素の単体は酸化力が強く、ほとんど全ての元素と反応する。
水素とは高温では光なしでも反応し、光の存在下では室温でも反応してフッ化水素 (HF) を生成する。水素との1対1混合物を燃焼させると4,300K程度まで達する。
酸素とは放電によりフッ化酸素 (O2F2)を生じ、液体酸素とは放電により、O3F2 が得られる。
カルコゲン元素(硫黄、セレン、テルル)とは六フッ化物 (SF6、SeF6、TeF6) を生成する。
水と反応させるとフッ化水素(HF)、酸素 (O2) と一部オゾン (O3) を生成する。つまり水を燃やす。
水酸化ナトリウム水溶液と反応して、OF2 を生じる。
窒素とは反応しないが、アンモニアと直接反応させると、三フッ化窒素 (NF3) を生成する。
炭素はフッ素雰囲気下で燃焼し、四フッ化炭素 (CF4) を生成する[1]。
アモルファス二酸化ケイ素 (SiO2) はフッ素雰囲気下で燃焼し、四フッ化ケイ素 (SiF4) と酸素 (O2) になる。ケイ素の単体とは爆発的に反応する(モアッサンが単離したフッ素の確認に用いたのはこの反応であった)。
鉄などとは即座に反応する。他の金属も室温から比較的低温で反応する。
ニッケル、銅、鉛は、表面にフッ化銅 (CuF2) など、不動態の皮膜を形成するので比較的腐食し難い。
金、白金とは主に500℃以上で反応する。
キセノンとは加熱あるいは光存在下に反応し、二フッ化キセノン (XeF2) を生じる。大過剰のフッ素存在下に400℃で加熱すると、二、四、六フッ化物(XeF2,XeF4,XeF6)の混合物を生成する。クリプトンとは光存在下に反応し二フッ化クリプトン (KrF2) を生成する。
ハロゲン元素とはハロゲン間化合物を生成し、フッ化塩素 (ClF、ClF3)、フッ化臭素 (BrF、BrF3、BrF5)、フッ化ヨウ素 (IF5、IF7) などが知られている。
フッ素の酸化還元電位は+2.89(V)で、他のハロゲン族元素に比べて非常に高い値である。酸素の+1.21Vより高いため、他のハロゲン化物塩水溶液と異なり、フッ化物塩の水溶液を電気分解してもフッ素の単体は得られず酸素が発生する。
用途[編集]
その性質上、フッ素を単体で使う場面は少なく、フッ化カルシウム (CaF2) と硫酸 (H2SO4) から生成するフッ化水素 (HF) を介して利用されることが多い。ウラン235 (235U) 濃縮のため、揮発性の高いフッ化ウラン (UF6) を製造する目的で単体フッ素が利用されることは、特筆すべき事柄である。
フッ素の化合物は、一般に極めて安定しており、長期間変質しないという特徴を持つ。この性質は環境中で分解されにくく、いつまでも残存するということを意味しており、その使用には注意が必要である。
フッ化物#利用も参照
エキシマレーザー[編集]
エキシマレーザーの発振媒体としてフッ素ガスと希ガスの混合ガスが用いられる。例えば半導体の露光に用いられるArFレーザーがその代表である。配管にはフッ素との反応で不動態を作りそれ以上腐食が進行しにくい銅などが用いられ、さらにガス漏洩時には迅速にバルブが遮断されるような安全装置も組み込まれている。
屈折率の制御[編集]
フッ素にはガラスの屈折率を低下させる働きがあるため、光ファイバーなど通信の分野において、その屈折率制御にフッ素が使われている。
ロケット[編集]
単体のフッ素やClF5などの化合物はロケット燃料の酸化剤として、1950-1970年頃にかけNASAを含むいくつかの機関で検討されたことがある[3]。例えばNASAでは液体酸素の代わりに液体酸素-液体フッ素の混合物(フッ素を70%含むFLOX-70や同30%含むFLOX-30等)をアトラスロケットのエンジンを用いて試験しているし[4]、ソビエトでも同様の実験が行われていた[5]。これはフッ素を酸化剤として使用した場合の比推力が酸素を用いた場合を上回るためであったが、性能向上がわずかであったのに対しフッ素の危険性ゆえに取り扱い上の困難が非常に大きく、結局ロケット燃料としての利用に関しては断念されることとなった[6]。
清掃[編集]
半導体や液晶の製造装置に溜まったシリコンなどのかすを除去するためにフッ素ガスが使われている。
フッ素の化合物[編集]
詳細は「フッ化物」を参照
フッ素の化合物はフッ化物と呼ばれる。
金属のフッ化物[編集]
フッ化アルミニウム AlF3
フッ化カルシウム CaF2 蛍石 - フッ化カルシウムの鉱石
フッ化ナトリウム NaF
氷晶石 - 六フッ化アルミニウムナトリウム Na3AlF6 の鉱石
六フッ化ウラン UF6
非金属のフッ化物[編集]
フッ化水素 HF
四フッ化炭素 CF4
フッ化硫黄 四フッ化硫黄 SF4
六フッ化硫黄 SF6
フッ化キセノン 二フッ化キセノン XeF2
四フッ化キセノン XeF4
六フッ化キセノン XeF6
フッ化ケイ素酸
ヘキサフルオロ白金酸キセノン XePtF6
アルゴンフッ素水素化物 HArF
フッ素のオキソ酸[編集]
フッ素のオキソ酸は慣用名をもつ。次にそれらを挙げる。
オキソ酸の名称
化学式
(酸化数)
オキソ酸塩の名称
備考
次亜フッ素酸
(hypofluorous acid) HFO
(−I) 次亜フッ素酸塩
( - hypofluorite)
オキソ酸塩名称の '-' にはカチオン種の名称が入る。
その他[編集]
モノフルオロ酢酸 CH2FCOOH
テフロン
ポリフッ化ビニル
マジック酸 FSO2OH•SbF5
ヘキサフルオロリン酸リチウム LiPF6
同位体[編集]
詳細は「フッ素の同位体」を参照
参考文献[編集]
1.^ Storer, Frank Humphreys (1864). First outlines of a dictionary of solubilities of chemical substances. Cambridge. pp. 278–280.
2.^ 自然界に単体フッ素=鉱物で確認、定説覆す−独大学 時事ドットコム 2012年7月6日
3.^ 長倉三郎ら編、「フッ素」、『岩波理化学辞典』、第5版CD-ROM版、岩波書店、1999年
4.^ J. D. Clark, Ignition!: An informal history of liquid rocket propellants, Rutgers University Press, 1972.
5.^ F. J. Krieger, "The Russian Literature on Rocket Propellant", The Rand Corporation, 1960.
6.^ G. P. Sutton and "O. Biblarz, Rocket Propulsion Elements 8th Ed.", Wiley, 2011.
全元素中で最も大きな電気陰性度を持ち、化合物中では常に -1 の酸化数を取る。反応性が高いため、天然には蛍石や氷晶石などとして存在し、基本的に単体では存在しない。
目次 [非表示]
1 歴史
2 性質 2.1 人体への影響
2.2 フッ素の化学反応
3 用途 3.1 エキシマレーザー
3.2 屈折率の制御
3.3 ロケット
3.4 清掃
4 フッ素の化合物 4.1 金属のフッ化物
4.2 非金属のフッ化物
4.3 フッ素のオキソ酸
4.4 その他
5 同位体
6 参考文献
7 関連項目
8 外部リンク
歴史[編集]
古くから製鉄などにおいて、フッ素の化合物である蛍石(CaF2)が融剤として用いられた。例えば、ドイツの鉱物学者ゲオルク・アグリコラは1530年に著書「ベルマヌス」Bermannus, sive de re metallica dialogusにおいて、蛍石を炎の中で加熱し、融解させると、融剤として適切であると記している。1670年には、ドイツのガラス加工業者のハインリッヒ・シュヴァンハルト(Heinrich Schwanhard)が蛍石の酸溶解物にガラスをエッチングする作用があることに気づいた。蛍石に硫酸を加えると発生するフッ化水素は1771年、カール・シェーレが発見していた。未知の元素が蛍石 (Fluorite) に含まれる可能性から、フランスのアンドレ=マリ・アンペールは、未発見の新元素にfluorineと名付けた。フッ化水素と塩化水素の組成がフッ素と塩素の違いだけであると、最初に主張したのはアンペールであった。彼はその後、名称を変える。ギリシア語の「破壊的な」という語から、phthorineとした。ギリシア語ではアンペールの新名称(Φθόριο)を採用している。しかしながら、イギリスのハンフリー・デーヴィーがfluorineを使い続けたため、多くの言語ではfluorineに由来する名称が定着した。なお、日本語の「弗素」はドイツ語のFluorの音訳の1文字目から取られたものである。名称は定まったが、フッ化水素の研究は進まず、酸素を発見したアントワーヌ・ラヴォアジェも単離には至らなかった。
1800年、イタリアのアレッサンドロ・ボルタが発見した電池が、電気分解という元素発見に極めて有効な武器をもたらした。デービーは1806年から電気化学の研究を始めると、カリウム、ナトリウム、カルシウム、ストロンチウム、マグネシウム、バリウム、ホウ素を次々と単離。しかし1813年の実験では電気分解の結果、漏れ出たフッ素で短時間の中毒に陥ってしまう。デービーの能力を持ってしてもフッ素は単離できなかった。単体のフッ素の酸化力の高さゆえである。実験器具自体が破壊されるばかりか、人体に有害なフッ素を分離・保管することもできない。
アイルランドのクノックス兄弟は実験中に中毒になり、1人は3年間寝たきりになってしまう。ベルギーのPaulin Louyetとフランスのジェローム・ニクレも相次いで死亡する。1869年、ジョージ・ゴアは無水フッ化水素に直流電流を流して、水素とフッ素を得たが、即座に爆発的な反応がおきた。しかし、偶然にも怪我一つなかったという。
ようやく1886年、アンリ・モアッサンが単離に成功する。白金・イリジウム電極を用いたこと、蛍石をフッ素の捕集容器に使ったこと、電気分解を-50℃という低温下で進めたことが成功の鍵だった。材料にも工夫があり、フッ化水素カリウム(KHF2)の無水フッ化水素(HF)溶液を用いた。だがモアッサンも無傷というわけにはいかず、この実験の過程で片目の視力を失っている。フッ素単離の功績から、1906年のノーベル化学賞はモアッサンが獲得した。翌年、モアッサンは急死しているが、フッ素単離と急死との関係は不明である。2012年に鉱物アントゾナイトにフッ素分子が含まれていることが確認された[2]。
性質[編集]
単体は通常2原子分子の F2 として存在する。常温常圧では淡黄褐色で特有の臭い(塩素のようとも、きな臭いとも称される)をもつ気体。非常に強い酸化作用があり、猛毒。
融点 -223 ℃、沸点 -188 ℃、比重 1.11(沸点時、空気を1とする)。反応性が極めて高く、ヘリウムとネオン以外の殆んどの単体元素を酸化し化合物(フッ化物)を作る。
ガラスや白金さえも侵すためその性質上、単体で保存することはほとんどない。もっぱら単体よりも穏やかな化合物の状態で保存され、容器には化合物であっても侵されにくいポリエチレン製の瓶や、テフロンコーティングされた容器が用いられる。単体はフッ化水素 (HF) を電解するか、フッ化水素カリウム (KHF2) を電解することで得られる。
人体への影響[編集]
必須微量元素のひとつであると主張する学術団体がある。欠乏と過剰になる量の範囲が狭い(歯のフッ素症#食事摂取基準を参照)。フッ素のサプリメントは、日本国外では製品化されているが、日本国内での製品化は難しいと主張されることもある。主な摂取源は飲料水と動物の骨などである。
フッ素の過剰摂取は骨硬化症、脂質代謝障害、糖質代謝障害と関連がある(フッ素症を参照)。
フッ素の化学反応[編集]
フッ素の単体は酸化力が強く、ほとんど全ての元素と反応する。
水素とは高温では光なしでも反応し、光の存在下では室温でも反応してフッ化水素 (HF) を生成する。水素との1対1混合物を燃焼させると4,300K程度まで達する。
酸素とは放電によりフッ化酸素 (O2F2)を生じ、液体酸素とは放電により、O3F2 が得られる。
カルコゲン元素(硫黄、セレン、テルル)とは六フッ化物 (SF6、SeF6、TeF6) を生成する。
水と反応させるとフッ化水素(HF)、酸素 (O2) と一部オゾン (O3) を生成する。つまり水を燃やす。
水酸化ナトリウム水溶液と反応して、OF2 を生じる。
窒素とは反応しないが、アンモニアと直接反応させると、三フッ化窒素 (NF3) を生成する。
炭素はフッ素雰囲気下で燃焼し、四フッ化炭素 (CF4) を生成する[1]。
アモルファス二酸化ケイ素 (SiO2) はフッ素雰囲気下で燃焼し、四フッ化ケイ素 (SiF4) と酸素 (O2) になる。ケイ素の単体とは爆発的に反応する(モアッサンが単離したフッ素の確認に用いたのはこの反応であった)。
鉄などとは即座に反応する。他の金属も室温から比較的低温で反応する。
ニッケル、銅、鉛は、表面にフッ化銅 (CuF2) など、不動態の皮膜を形成するので比較的腐食し難い。
金、白金とは主に500℃以上で反応する。
キセノンとは加熱あるいは光存在下に反応し、二フッ化キセノン (XeF2) を生じる。大過剰のフッ素存在下に400℃で加熱すると、二、四、六フッ化物(XeF2,XeF4,XeF6)の混合物を生成する。クリプトンとは光存在下に反応し二フッ化クリプトン (KrF2) を生成する。
ハロゲン元素とはハロゲン間化合物を生成し、フッ化塩素 (ClF、ClF3)、フッ化臭素 (BrF、BrF3、BrF5)、フッ化ヨウ素 (IF5、IF7) などが知られている。
フッ素の酸化還元電位は+2.89(V)で、他のハロゲン族元素に比べて非常に高い値である。酸素の+1.21Vより高いため、他のハロゲン化物塩水溶液と異なり、フッ化物塩の水溶液を電気分解してもフッ素の単体は得られず酸素が発生する。
用途[編集]
その性質上、フッ素を単体で使う場面は少なく、フッ化カルシウム (CaF2) と硫酸 (H2SO4) から生成するフッ化水素 (HF) を介して利用されることが多い。ウラン235 (235U) 濃縮のため、揮発性の高いフッ化ウラン (UF6) を製造する目的で単体フッ素が利用されることは、特筆すべき事柄である。
フッ素の化合物は、一般に極めて安定しており、長期間変質しないという特徴を持つ。この性質は環境中で分解されにくく、いつまでも残存するということを意味しており、その使用には注意が必要である。
フッ化物#利用も参照
エキシマレーザー[編集]
エキシマレーザーの発振媒体としてフッ素ガスと希ガスの混合ガスが用いられる。例えば半導体の露光に用いられるArFレーザーがその代表である。配管にはフッ素との反応で不動態を作りそれ以上腐食が進行しにくい銅などが用いられ、さらにガス漏洩時には迅速にバルブが遮断されるような安全装置も組み込まれている。
屈折率の制御[編集]
フッ素にはガラスの屈折率を低下させる働きがあるため、光ファイバーなど通信の分野において、その屈折率制御にフッ素が使われている。
ロケット[編集]
単体のフッ素やClF5などの化合物はロケット燃料の酸化剤として、1950-1970年頃にかけNASAを含むいくつかの機関で検討されたことがある[3]。例えばNASAでは液体酸素の代わりに液体酸素-液体フッ素の混合物(フッ素を70%含むFLOX-70や同30%含むFLOX-30等)をアトラスロケットのエンジンを用いて試験しているし[4]、ソビエトでも同様の実験が行われていた[5]。これはフッ素を酸化剤として使用した場合の比推力が酸素を用いた場合を上回るためであったが、性能向上がわずかであったのに対しフッ素の危険性ゆえに取り扱い上の困難が非常に大きく、結局ロケット燃料としての利用に関しては断念されることとなった[6]。
清掃[編集]
半導体や液晶の製造装置に溜まったシリコンなどのかすを除去するためにフッ素ガスが使われている。
フッ素の化合物[編集]
詳細は「フッ化物」を参照
フッ素の化合物はフッ化物と呼ばれる。
金属のフッ化物[編集]
フッ化アルミニウム AlF3
フッ化カルシウム CaF2 蛍石 - フッ化カルシウムの鉱石
フッ化ナトリウム NaF
氷晶石 - 六フッ化アルミニウムナトリウム Na3AlF6 の鉱石
六フッ化ウラン UF6
非金属のフッ化物[編集]
フッ化水素 HF
四フッ化炭素 CF4
フッ化硫黄 四フッ化硫黄 SF4
六フッ化硫黄 SF6
フッ化キセノン 二フッ化キセノン XeF2
四フッ化キセノン XeF4
六フッ化キセノン XeF6
フッ化ケイ素酸
ヘキサフルオロ白金酸キセノン XePtF6
アルゴンフッ素水素化物 HArF
フッ素のオキソ酸[編集]
フッ素のオキソ酸は慣用名をもつ。次にそれらを挙げる。
オキソ酸の名称
化学式
(酸化数)
オキソ酸塩の名称
備考
次亜フッ素酸
(hypofluorous acid) HFO
(−I) 次亜フッ素酸塩
( - hypofluorite)
オキソ酸塩名称の '-' にはカチオン種の名称が入る。
その他[編集]
モノフルオロ酢酸 CH2FCOOH
テフロン
ポリフッ化ビニル
マジック酸 FSO2OH•SbF5
ヘキサフルオロリン酸リチウム LiPF6
同位体[編集]
詳細は「フッ素の同位体」を参照
参考文献[編集]
1.^ Storer, Frank Humphreys (1864). First outlines of a dictionary of solubilities of chemical substances. Cambridge. pp. 278–280.
2.^ 自然界に単体フッ素=鉱物で確認、定説覆す−独大学 時事ドットコム 2012年7月6日
3.^ 長倉三郎ら編、「フッ素」、『岩波理化学辞典』、第5版CD-ROM版、岩波書店、1999年
4.^ J. D. Clark, Ignition!: An informal history of liquid rocket propellants, Rutgers University Press, 1972.
5.^ F. J. Krieger, "The Russian Literature on Rocket Propellant", The Rand Corporation, 1960.
6.^ G. P. Sutton and "O. Biblarz, Rocket Propulsion Elements 8th Ed.", Wiley, 2011.
酸素
酸素(さんそ)は原子番号8の非金属元素。元素記号はO。周期表では第16族元素(カルコゲン)および第2周期元素に属し、電気陰性度が大きいため反応性に富み、他の殆どの元素と化合物(特に酸化物)を作る。標準状態では2個の酸素原子が二重結合した無味無臭無色透明の二原子分子である酸素分子 O2 として存在する。宇宙では水素、ヘリウムに次いで3番目に多くの質量を占め[4]、ケイ素量を106としたときの比率は 2.38 × 107 である[5]。地球地殻の元素では質量が最も多く[6]47%が酸素である[1]。気体の酸素分子は大気の体積の20.95%[7]、質量で23%を占める[1]。
目次 [非表示]
1 名称
2 性質 2.1 化学的性質
2.2 物理的性質
3 酸素分子 3.1 物理的性質
3.2 構造
3.3 その他の特徴
4 生物学的役割 4.1 光合成と呼吸
4.2 大気成分中の酸素形成
5 歴史 5.1 初期の実験
5.2 フロギストン説
5.3 発見
5.4 ラヴォアジエの功罪
5.5 量産・工業化
6 製造
7 用途
8 化合物
9 同素体
10 同位体
11 安全と注意 11.1 酸素中毒
11.2 燃焼と他の危険
12 大気中酸素濃度の減少
13 脚注 13.1 注釈
13.2 出典
14 参考文献
15 関連項目
名称[編集]
スウェーデンの薬剤師、カール・ウィルヘルム・シェーレが1771年に初めて見付けた[1]。しかし、これはすぐに公にされず、その後1774年にジョゼフ・プリーストリーがそれとは独立して見付けた後に広く知られるようになった[8]。そのため、化学史上の発見者はプリーストリーとされている[9]。
酸素は発見当初、「酸を生む物」と誤解され、ギリシャ語の oxys(酸)と genen(生む)を合わせた名称で呼ばれていた。これは、アントワーヌ・ラヴォアジエが、酸素が「酸を生む物」であると誤解して、oxygène(仏語)と名付けた[1]ことに由来する。英語でも「oxygen」といい、独語でも「Sauerstoff」といい、日本語でもこれらを宇田川榕菴が直訳して「酸素」と呼んだ。
一方、中国語圏では「酸」という字を充てず、「氧」(中国語読み:ヤン。日本語読み:よう)という字を充てて、氧や氧氣(ようき)という。
性質[編集]
化学的性質[編集]
酸素は、フッ素に次いで2番目に電気陰性度が大きい[10]ため酸化力が強く、ほとんどの元素と発熱反応を起こして化合物をつくる[11]。1962年以降には希ガスであるキセノンも、酸素と化合して三酸化キセノン (XeO3) などの化合物を作ることがわかった[12]。
物理的性質[編集]
同位体については、3種類の安定同位体と10種の放射性同位体(いずれも半減期3分未満)が知られている。
酸素は、地球の地殻(質量比で約46.7%)およびマントルに最も多く含まれている元素であり、多くは岩石中に酸化物・ケイ酸塩・炭酸塩などの形で存在する。
地球外でも酸素は多く存在している。主な存在形態である氷は地球の他、惑星や、彗星、小惑星などにも見られる。火星の極には二酸化炭素が固体のドライアイスとして存在している。星が生まれる元となる分子雲では一酸化炭素が分子の中で2番目に存在量の多い分子である。酸素の起源は恒星核におけるヘリウムの核融合であり、酸素のスペクトルが検出される恒星も存在している。
約 90 K で液体、約 54 K で青みがかった固体となる。ダイアモンドアンビルなどで100万気圧を超えた高圧下では金属光沢を持ち、125万気圧、0.6 K では超伝導金属となる。
酸素分子[編集]
物理的性質[編集]
酸素分子(英: dioxygen、化学式:O2)は、常温常圧では無色無臭で助燃性をもつ気体として存在する。沸点 −183 °C (90 K)、融点 −218.9 °C (54.3 K)。水100グラムに溶解する量は0 °C で6.945ミリグラム、25 °C で3.931ミリグラム、50 °C で2.657ミリグラム[3]。液体酸素は淡青色を示し、比重は1.14である[3]。基底状態の三重項状態では不対電子を持つため常磁性体である。また活性酸素の一種で反磁性である励起状態の一重項酸素も存在する。
構造[編集]
標準状態において一般の[13]酸素は、2つの酸素原子が縮退した三重項の電子配置で化学結合した分子構造(三重項酸素分子)を持つ無色無臭の気体である。この結合次数は2であり、一般に二重結合[14]、または1個の2電子結合と2個の3電子結合と表記される[15]。三重項酸素分子とは電子の全スピン量子数が1となる状態で、具体的には2つの不対電子が酸素分子に2つあるπ*反結合性軌道[16]をひとつずつ占め、しかも同じ向きのスピンを取っている[17]。このとき、酸素分子のエネルギーは基底状態にある[18]。また、酸素分子の二重結合は反結合軌道にも電子が存在するため、結合軌道のみで電子を充足させる三重結合の窒素よりも安定さは下がり、また、2つの電子が対を作らずビラジカルとして存在するため、結果として酸素分子は窒素分子よりも少ないエネルギーで他の物質と反応しやすくなる[18][19]。
通常の三重項酸素分子は常磁性を持つ。これは、不対電子のスピン磁気モーメント(スピンの向きが同じ電子がπ*反結合性軌道に入る[20])とふたつの酸素分子間に働く交換相互作用による[21]。液体酸素は磁石に吸い付けられ、実験では磁極間で自重を支えるに充分強い橋をつくる程である[22][23]。
これに対し、外部から高エネルギーが加わり不対電子の一つがスピンを逆方向へ変え[24]、全スピン量子数が0となった酸素を一重項酸素といい、有機化合物との反応性が高い。自然界で一重項酸素は、光合成の過程で水から作られたり[25]、対流圏で短波長の光によってオゾンの分解から発生したり[26]、または免疫システムの中で活性酸素の原料として用いられたりする[27]。
その他の特徴[編集]
熱力学的に反応性が高く不安定な分子ではあるが、地球上では初期には光合成を行なう嫌気性菌により、後の時代には植物の光合成によって年間約1011トン[9]供給され続けているため多量に存在する。酸素呼吸を行なう生物によって消費される。実際、生命が発生する以前の原始大気では酸素分子はほとんど存在せず、二酸化炭素など他の原子と結合した状態であった。現在の大気中の酸素分子はそのほぼ全てが光合成由来だと考えられている[28][注 1]。逆に、他の天体の大気中に遊離酸素の存在が確認されれば、生命の存在する間接的証拠となると考えられている。
酸素は、呼吸をする生物によっては必須であるが、同時に有害でもある[30]。呼吸の過程や光反応などで生じる活性酸素は、DNAなどの生体構成分子を酸化して変性させる[31]。純酸素の長時間吸引は生体にとって有害である。未熟児網膜症の原因になったり、60%以上の高濃度酸素を12時間以上吸引すると、肺の充血がみられたりし、最悪の場合、失明や死亡する危険性がある。
25 °C で標準気圧下では、淡水は1リットル中に酸素を6.04ミリリットル含んでいるが、海水では1リットルあたり4.95ミリリットルしか含んでいない[32]。5 °C での溶解度は、淡水では 9.0 mL L−1、海水では 7.2 mL L−1 まで増加している。
液体酸素は液体空気を分留して得られ、強い酸化剤である[3]。液体空気を放置すると、沸点の低い窒素が先に蒸発するため、酸素分子が濃縮される[3]。1リットルの液化酸素が気化すると約800リットルの酸素ガスになる。
酸素は紫外線や無声放電などによってオゾン (O3) へと変換される。また、酸素分子のイオンとしてスーパーオキシドアニオン O2- とジオキシゲニル O2+ が知られている。
生物学的役割[編集]
光合成と呼吸[編集]
光合成は水を分解し、酸素を放出して水素を二酸化炭素と反応させて糖類を得る過程である
自然界において遊離酸素は、光合成によって水が光分解されることで生じ、海洋中の緑藻類やシアノバクテリアが地球大気中の酸素70%を、残りは陸上の植物が作り出している[33]。
簡易な光合成の反応式は以下の通りである[34]。
6 CO2 + 6H2O + 光子 → C6H12O6 + 6 O2 (二酸化炭素 + 水 + 日光 → グルコース + 酸素)
光分解による酸素発生は葉緑体のチラコイド膜中で起こる。光をエネルギーとするこの作用は多くの段階を経て、ATP を光リン酸化 (photophosphorylation) させるプロトンの濃度勾配を起こす[35]。この際、水を酸化することで酸素ガスが発生し、大気中に放出される[36]。
酸素ガスは好気性生物が呼吸を行い、ミトコンドリアで酸化的リン酸化反応を経てATPを発生させるために使われる。酸素呼吸の反応は本質的に光合成の逆である。
C6H12O6 + 6 O2 → 6 CO2 + 6 H2O + 2880 kJ mol-1
脊椎動物では酸素ガスは肺の膜を通して血液中に拡散し赤血球中のヘモグロビンと結びつき、その色を紫がかった赤から明るい赤へ変える[37][38]。他の動物ではヘモシアニン(軟体動物や節足動物の一種など)やヘムエリスリン(クモやロブスターなど)が使われる例もある[39]。1リットルの血液が溶かせる酸素ガスは 200 cm3 である[39]。
超酸化物イオンや過酸化水素などの活性酸素は酸素呼吸を行う生体にとって非常に危険な副産物であり[37][39]、ミトコンドリアを取り込んだ真核生物は進化の過程で DNA を酸素から保護するために核膜を獲得した[31]。その一方で高等生物は免疫系で細菌を破壊するために過酸化物を用いている[37][40]。また、植物が病原体に抵抗して起こす過敏感反応 (hypersensitive response) でも活性酸素は重要な役割を果たす[41][42]。
成人が消費する酸素は1分あたり約250 mLであり[43]、これは約0.36 gに相当する。ここから計算すると、人類全体が1年間に消費する量は13億トンに相当する[注 2]。
なお、酸素を利用しない呼吸の形態を嫌気呼吸という。最初の地球に酸素が存在しなかったことから、これが最初の呼吸のあり方と考えられる。これは好気呼吸の経路にも、解糖系という形態で残っている。現在も、酸素を全く使わずに生活する微生物も存在し、そのような微生物は、酸素の存在下では死滅する(嫌気性生物)。おそらく、初期の微生物にとっても、酸素は有毒物質であったと考えられる。
大気成分中の酸素形成[編集]
地球大気における酸素含有量の変遷。1. 酸素が作られない期間 2. 酸素生成が始まるが海水や海底岩石に吸収される 3. 海洋から酸素ガスが放出されるが地表への吸収やオゾン層形成のため消費される期間 4, 5. 酸素吸収が飽和し大気中に溜まる
地球誕生当初、大気中には遊離酸素ガスはほとんど存在しなかったが、やがて古細菌やバクテリアが生じ、少なくとも30億年前には酸素が作られ始めた[28]。当初は海水中の溶解鉄と化合し縞状鉄鉱床を形成したが、酸素ガスが海洋から溢れ始めたのは大規模な大陸変動によって浅瀬が作られた27億年前頃からであった[30]。17億年前には大気中の酸素含有比率は10%に達し[44]、二酸化炭素と酸素の比率が逆転したのは7 - 8億年前と考えられる[28]。
24億年前の酸素の大量発生(英語版)が起こった期間、他の元素と結合していない多くの遊離酸素が海中や大気中に溢れ、当時の嫌気性生物の大量絶滅を引き起こしたと考えられる。しかしながら、酸素を用いる細胞呼吸を獲得した好気性生物はより多くのATPを作り出せるようになり、地球に生物圏を形成した[45]。この光合成と酸素呼吸は真核生物への進化をもたらし、これが植物や動物などの複雑な多細胞生物が生まれるに至る第一歩となった。
5億4千万年前のカンブリア紀が始まったころからは、大気中の酸素比率は15%–30%の間で推移した[28]。それは石炭紀の終わりに当たる3億年前頃には最大35 %まで達し[28]、昆虫や両生類の大型化に作用した可能性がある[28]。人類は年間70億トンの化石燃料を使用するにあたり酸素を消費し続けているが、これによって大気中の酸素比率に与える影響は微々たるものである[21]。
歴史[編集]
初期の実験[編集]
フィロンの実験は後の研究者たちに影響を与えた
燃焼と空気の間には何らかの関係があるのでは、と行われた最も古い実験のひとつは、紀元前2世紀の古代ギリシアのビザンチウムのフィロンが著した『プネウマティカ (Pneumatica)』に記録されている。器に据えた蝋燭を灯してガラスの壷を上から被せ、壷の口が漬かるまで器に水を満たす。すると、壷の中へ水が吸い上がる様子を観察できた[46]。フィロンは、壷の中の空気が「四大元素の火」に変換され、これが壷のガラス壁を透過して逃げたと考えた。それから遥か時代が下った中世のルネサンス期に、レオナルド・ダ・ヴィンチはフィロンの実験に考察を加え、燃焼や呼吸を通じて空気が一部消費されると考えた[47]。
17世紀後半にロバート・ボイルは、燃焼には空気が必要不可欠であることを立証した。これをジョン・メーヨーは、必要なものは彼が「硝気精[48] (spiritus nitroaereus、nitroaereus)」と名づけた空気の構成要素だという説を提唱した[49]。メイヨーの実験はフィロンと同じように水で封じた逆さの容器にそれぞれ蝋燭とマウスを入れ、どちらも水位が1/14程度上昇したことを確認した[50]。これから、メイヨーは燃焼と呼吸のいずれでも硝気精が消費されるとの確証を得た。またメイヨーは、アンチモンを加熱すると質量が増えることも確認し、これは金属に硝気精が結合したためと考えた[49]。呼吸については、硝気精は肺の中で空気から取り出されて血液に受け渡され、動物の体温や筋肉の動きを生み出す反応に使われると考察し[49]、1668年に発表した[50]。
フロギストン説[編集]
ゲオルク・シュタール。彼はフロギストン説の構築と普及に寄与した
詳細は「フロギストン説」を参照
17世紀から18世紀にかけて、酸素はロバート・フック、オーレ・ボッシュ(英語版)、ミハイル・ロモノーソフ、ピエール・バイエンらが実験で作り出していたが、いずれもがそれを元素とは認識しなかった[51]。そこには、フロギストン説と呼ばれる燃焼と腐食に関する広く知られた学説が影響を及ぼしていた。
1667年にドイツの錬金術師ヨハン・ベッヒャーが発案し1731年までにゲオルク・シュタールが理論構築したフロギストン説[52]は、可燃物とは燃素(フロギストン)と他の物質の2つが結合した状態にあり、燃焼が起こると燃素が遊離し、残りの物質もしくは石灰が残るというものだった[47]。この説では、木材や石炭などは燃素の含有率が高く、鉄など不燃性のものはほとんど含まないと考えられた。空気の効果は無視され、わずかに行われた実証試験でも可燃物を燃やすと軽くなるという点から確かに何かが失われているという考察がされたに過ぎず[47]、発生ガスへ意識が向けられることは無かった。このフロギストン説が否定される契機は、金属を空気中で燃やすと重量が増すという報告だった。
発見[編集]
カール・ヴィルヘルム・シェーレ。惜しくも酸素発見者の栄誉を逃した
酸素は1771年[2]、スウェーデンのカール・ヴィルヘルム・シェーレが酸化水銀(II)と様々な硝酸塩混合物を加熱する過程で発見した[7][47]。シェーレはこの気体を「火素 (fire air)」と名づけ1775年に論文を作成したが、出版社の都合で[2]発表されたのは1777年となった[53]。
ジョゼフ・プリーストリー。一般的には彼が酸素の発見者とされる
シェーレが発見を知らしめるのに手間取っていた1774年8月1日、イギリスのジョゼフ・プリーストリーはガラス管に入れた酸化水銀(II)に日光を照射して得たガスに「脱フロギストン空気(dephlogisticated air)」と命名した[7]。彼はこのガスの中では蝋燭がより明るく燃え、マウスが活発かつ長寿になることを確かめた。さらに自分でこのガスを吸い、「吸い込んだ時には普通の空気と大差ないと思ったが、少し後になると呼吸が軽く楽になった」と書き残した[51]。1775年、プリーストリーは新聞紙上にこの発見を発表し、2冊目の著作 Experiments and Observations on Different Kinds of Air でも論述した[47]。このように、彼の発表がシェーレよりも先に行われたため、酸素発見者はプリーストリーということになった。
フランスの高名な化学者アントワーヌ・ラヴォアジエは後に自分が新元素を発見していたと主張したが、1774年10月にラヴォアジエはプリーストリーの訪問を受け、ガス発生手段など実験の概要を耳にしている。また、それに先立つ9月30日にプリーストリーは前もって新発見したガスの説明を記した書簡をラヴォアジエに送っているが、ラヴォアジエはこれを受け取っていないと主張した。なおプリーストリーの死後、彼の私物の中から書簡の写しが見つかっている[53]。
ラヴォアジエの功罪[編集]
アントワーヌ・ラヴォアジエ。旧来のフロギストン説を葬り去った
ラヴォアジエは、厳密な物質量確認を伴う酸化の実験を通じて、燃焼の実態を正しく説明することに貢献した[7]。彼はフロギストン説を否定し、プリーストリーらが発見したガスが元素のひとつであると立証するため、1774年以来行われた実験の追試に乗り出した。
ラヴォアジエは、スズと空気を密閉した容器を加熱しても全体の重さに変化が無いことを観測し[7]、開封すると外気が流れ込む事から空気の一部が減少していると確認し、またスズが重くなっていることも計測した。そして、この流入空気質量とスズの質量増分が同じであることを確認した。1777年、彼はこの実験結果などをまとめた書籍 Sur la combustion en général を発表した[7]。この中でラヴォアジエは、空気は燃焼と呼吸に深く関わる vital air と、これらに関与しない azote(古希: ζωτον、「生気のない」の意)」の2種類のガスが混合したものと証明した。azote は後に窒素とされた[7]。
1777年ラヴォアジエは「vital air」に、古代ギリシア語 ὀξύς(oxys、味覚の酸味を由来とする「鋭い」の意)と -γενής(-genēs、生み出す者を由来とする「製作者」の意)を合成したフランス語「oxygène」という命名を施した[9]。これは、彼が酸素こそすべての酸性の源泉だという誤解を持っていたためこれらの単語が選択されたものだった[54]。後に、酸性の根本となる元素は水素であることが判明したが、その頃には単語が既に定着していたため変更はできなかった。
イギリス科学界は同国人のプリーストリーが分離に成功したガスにこの名称を用いることに反対だったが、1791年に詩人でもあるエラズマス・ダーウィン(チャールズ・ダーウィンの祖父)が出版した有名な書籍『植物の園』 (The Botanic Garden) の中で、このガスを称賛する詩 oxygen を載せたため既に一般に広まっていたこともあり、「oxygen」の単語は英語に組み込まれてしまった[53]。
量産・工業化[編集]
ジョン・ドルトンの原子論では、当初すべての元素は「単元素」であり、原子比も単純なものであるという仮定があり、水は水素と酸素が1対1のHO というみなしの元で酸素の原子量を8と判断していた[55]。これは1805年にジョセフ・ルイ・ゲイ=リュサックとアレクサンダー・フォン・フンボルトによって原子比が1対2に改められ、1811年にアメデオ・アヴォガドロがアボガドロの法則に則って水の正しい構成を解釈した[56]。
19世紀には空気の構成も判明してきた。1877年にスイスのラウル・ピクテ(英語版)[57]とフランスのルイ・ポール・カイユテ[57]が相次いで酸素の液体化に成功したと発表し、安定状態での液体酸素はヤギェウォ大学のジグムント・ヴルブレフスキとカオル・オルシェフスキ(英語版)が初めて得た[58]。
1891年にはイギリスのジェイムズ・デュワーが研究で用いるに充分な液体酸素の製法を見つけ[21]、1895年にはドイツのカール・フォン・リンデとイギリスのウィリアム・ハンプソンがそれぞれ液化分留による商業ベースに乗る量産法を確立した[59]。この酸素を工業的に用いる例として、1901年にはアセチレンと圧縮酸素を用いた溶接法のデモンスチレーションが行われた[59]。
製造[編集]
実験室的には過酸化水素を触媒で分解することで得られる[9]。触媒としては二酸化マンガンまたは、カタラーゼおよびそれらを含むレバーやジャガイモなどが利用できる。
そのほか、水の電気分解でも得られる。純粋な水は電気を通さないため少量の水酸化ナトリウムを加える。酸素は陽極で発生し、陰極では水素が発生する。
黒色に塗られた酸素ボンベ(MRI用)
工業的には空気の分留で得られる。空気を圧縮冷却し、沸点の差を利用して窒素やアルゴンなど他の成分と分けられる[3]。酸素が圧縮充填されるボンベは内部圧力が14.7メガパスカルで、容器の色は黒と定められている[3](特に高純度品は表面積の半分を超えない範囲で水色も加えられる)。液体充填されている容器は断熱構造をしており圧力は1メガパスカル以下(およそ700キロパスカル)程度であり色は地金(ステンレスやアルミ合金の場合)か灰色に黒の帯を配したものである。ただし工業的にはほとんど液体酸素をタンクローリーで1回あたり9–10トンが輸送され、低温液化ガス貯槽(コールドエバポレーター)で受け入れされる[3]。
用途[編集]
酸化剤化学工業などでは最も安価な酸化剤として多用される。吸入用呼吸に不可欠な元素であるため、医療分野での酸素吸入に使われている[60]。また傷病人に限らず、空気中の酸素濃度が低い場所での呼吸を助けるために、飛行機や青海チベット鉄道などの酸素放出装置や、高山に登る時などのボンベの中身にも使われている。他にテクニカルダイビングにおいて、減圧用ガスとして用いられる。助燃剤ガス溶接や鉄鋼の製造工程で助燃剤として使用されている[60]。アセチレンを酸素とともに吹き出してえられる酸素アセチレン炎は 3000–4000 °C もの高温が得られ、鉄材の溶接や切断に利用されている。特に液体酸素はロケットエンジンの推進剤の酸化剤として用いられている。
酸素ガスの2004年度日本国内生産量は10,422,238,000立方メートル、工業消費量は4,093,787,000立方メートル、液化酸素の2004年度日本国内生産量は855,476,000立方メートル、工業消費量は68,215,000立方メートルである[61]。
化合物[編集]
「Category:酸素の化合物」も参照
酸素は電気陰性度が高く、ほとんどあらゆる元素と化学結合する。多くの有機化合物は構成元素として酸素を含み、無機化合物の酸素化合物は酸化物として多方面で利用されている。
同素体[編集]
オゾンは主に大気中に含まれる希有な気体である
地球上での主な同素体は酸素分子 O2 であり、その結合長は121 pm、結合エネルギーは498 kJ/molである[62]。酸素分子は生物の複雑な細胞呼吸に使われている。
三酸素 (O3) はオゾンとしてよく知られる非常に反応性の大きい単体の気体で、吸入すると肺組織を破壊する[63][38]。オゾンは高層大気において、酸素分子が紫外線によって分裂した酸素原子と別の酸素分子が結合することによって生成している[54]。オゾンは紫外領域を強く吸収するため、高層大気にあるオゾン層は地球を放射線から保護するシールドとして機能している[38][64]。地表近くでもオゾンは生成しているが、これは自動車の排気ガスなどとして生成されている大気汚染物質である[65]。
準安定状態分子である四酸素 (O4) が2001年に発見されたが[66][67]、これは固体酸素の6種の相のうちの1種として存在が仮定されていた。2006年にこの相が証明され、O2を20 GPaに加圧することで合成されたが、実際には菱面体晶の O8 クラスターであった[68]。このクラスターは O2 や O3 よりも強力な酸化剤であるためロケットの推進剤としての用途が考えられている[66][67]。1990年には固体酸素に96 GPa以上の圧力を与えると金属状態となる事が分かり[69]、1998年にはこの相を超低温条件におくことにより超伝導となることが発見された[70]。
同位体[編集]
詳細は「酸素の同位体」を参照
酸素には安定同位体として 16O, 17O, 18O の3種類が知られるが、天然存在比は 16O が99.7 %以上を占めている。また、放射性同位体も作られている。
かつては酸素を16として原子量を定義していたが、物理学では 16O の原子量を16としたのに対して、化学においては安定核種の平均原子量を16と置く定義の差があったことから、酸素の同位体の存在が判明して以降混乱が起こり、1961年に炭素12を基準とするように置き換えられた。
安全と注意[編集]
酸素中毒は通常よりも高い気圧の酸素を肺が吸い込んだ時に起こりやすい。深度へのスクーバダイビング(ディープダイビング)などで起こる可能性がある
酸素中毒[編集]
詳細は「酸素中毒」を参照
酸素ガスは高い分圧状態で痙攣症状などの酸素中毒を引き起こす場合がある[71][72]。これは通常、大気の2.5倍の酸素分圧に相当する50キロパスカル以上であるときに起こる。そこで、標準気圧30キロパスカルの医療用酸素マスクは、酸素ガス比率を30%に定めている[51]。かつて未熟児用保育器の中は高い比率の酸素を含んだガスが使われていたが、視神経に悪影響を与える可能性が指摘されてからは用いられなくなった[51][73]。
宇宙飛行などにおいて、アポロ計画では火災事故以前の初期段階で[74]、また最新の宇宙服などにて比較的低圧で封じるため純酸素ガスが使用された[75][76]。最新の宇宙服では、服内を0.3気圧程度まで減圧した純酸素で満たし、血液中の酸素分圧が上昇しない方法が取られている[77][78]。
肺や中枢神経系に及ぼす酸素中毒は、深い水深へのスクーバダイビング(ディープダイビング)や送気式潜水でも起こる可能性がある[51][71]。酸素分圧60キロパスカル以上の空気を長い時間呼吸していることは、恒久的な肺線維症に至ることがある[79]。これがさらに高い160キロパスカル以上となると、ダイバーにとって致命的になる痙攣に繋がることもありうる。深刻な酸素中毒は、酸素比率21%の空気を用いながら66メートル以上潜水することで起こるが、同様のことは比率100%の空気ならばわずか6メートルの潜水で起こる[79][80][81][82]。
アポロ1号実験中に発生した火災現場の写真。当時は純酸素が使われていた
燃焼と他の危険[編集]
高濃度酸素と可燃物が混在している状況で、そこに何らかの火種があれば火災や爆発など激しい燃焼が引き起こされる[83]。酸素そのものは燃えないが、酸化剤として作用する。燃焼発生の危険は、酸素が酸化電位の高い物質、例えば過酸化物や塩素酸塩、硝酸塩や過塩素酸塩、クロム酸塩などと混在している場合も高い。
大気中酸素濃度の減少[編集]
現在、地球の大気中における酸素濃度は約21% (209,490 ppm) であるが、年平均 4 ppm ずつ減少している(1999年から2005年の平均値)という調査結果がある[84]。一方で、大気中の二酸化炭素濃度は年平均2 ppmずつ増加しており、酸素濃度の減少もこれに関連して化石燃料の燃焼などが主な原因になっていると思われる。また、二酸化炭素濃度の増加量と酸素濃度の減少量の差は、二酸化炭素が海面で多く吸収されている(陸上の約2倍)ことや化石燃料燃焼時に二酸化炭素排出量より酸素消費量の方が1.4倍多いことなどに起因する。大気中酸素濃度の1年間を通した変動では、陸上における光合成量が呼吸量を上回る北半球の夏季には増加しており、冬季には減少している。
もっとも、大気中の二酸化炭素濃度は2006年時点で約0.038% (381 ppm) 程であり、約21%の酸素とは元々の大気中濃度がまったく異なっている。年平均 4 ppm の減少は1000年間で0.4%程度の酸素濃度の減少であり、地球上における生態圏への影響は微々たるものである。
脚注[編集]
注釈[編集]
1.^ 原初の地球大気にも、水蒸気が光分解されて発生するメカニズムが指摘されており、ごく微量ながら酸素ガスが存在した可能性はあるが、ほとんどはすぐ酸化反応で消費されるか、オゾンへ変化したものと思われ、いずれにしろ考慮に足る量ではなかった[29]。
2.^ (0.36 g/分/人) × (60秒/時) × (24時/日) × (365日/年) × (70億人)/1,000,000 = 13.2億トン
出典[編集]
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目次 [非表示]
1 名称
2 性質 2.1 化学的性質
2.2 物理的性質
3 酸素分子 3.1 物理的性質
3.2 構造
3.3 その他の特徴
4 生物学的役割 4.1 光合成と呼吸
4.2 大気成分中の酸素形成
5 歴史 5.1 初期の実験
5.2 フロギストン説
5.3 発見
5.4 ラヴォアジエの功罪
5.5 量産・工業化
6 製造
7 用途
8 化合物
9 同素体
10 同位体
11 安全と注意 11.1 酸素中毒
11.2 燃焼と他の危険
12 大気中酸素濃度の減少
13 脚注 13.1 注釈
13.2 出典
14 参考文献
15 関連項目
名称[編集]
スウェーデンの薬剤師、カール・ウィルヘルム・シェーレが1771年に初めて見付けた[1]。しかし、これはすぐに公にされず、その後1774年にジョゼフ・プリーストリーがそれとは独立して見付けた後に広く知られるようになった[8]。そのため、化学史上の発見者はプリーストリーとされている[9]。
酸素は発見当初、「酸を生む物」と誤解され、ギリシャ語の oxys(酸)と genen(生む)を合わせた名称で呼ばれていた。これは、アントワーヌ・ラヴォアジエが、酸素が「酸を生む物」であると誤解して、oxygène(仏語)と名付けた[1]ことに由来する。英語でも「oxygen」といい、独語でも「Sauerstoff」といい、日本語でもこれらを宇田川榕菴が直訳して「酸素」と呼んだ。
一方、中国語圏では「酸」という字を充てず、「氧」(中国語読み:ヤン。日本語読み:よう)という字を充てて、氧や氧氣(ようき)という。
性質[編集]
化学的性質[編集]
酸素は、フッ素に次いで2番目に電気陰性度が大きい[10]ため酸化力が強く、ほとんどの元素と発熱反応を起こして化合物をつくる[11]。1962年以降には希ガスであるキセノンも、酸素と化合して三酸化キセノン (XeO3) などの化合物を作ることがわかった[12]。
物理的性質[編集]
同位体については、3種類の安定同位体と10種の放射性同位体(いずれも半減期3分未満)が知られている。
酸素は、地球の地殻(質量比で約46.7%)およびマントルに最も多く含まれている元素であり、多くは岩石中に酸化物・ケイ酸塩・炭酸塩などの形で存在する。
地球外でも酸素は多く存在している。主な存在形態である氷は地球の他、惑星や、彗星、小惑星などにも見られる。火星の極には二酸化炭素が固体のドライアイスとして存在している。星が生まれる元となる分子雲では一酸化炭素が分子の中で2番目に存在量の多い分子である。酸素の起源は恒星核におけるヘリウムの核融合であり、酸素のスペクトルが検出される恒星も存在している。
約 90 K で液体、約 54 K で青みがかった固体となる。ダイアモンドアンビルなどで100万気圧を超えた高圧下では金属光沢を持ち、125万気圧、0.6 K では超伝導金属となる。
酸素分子[編集]
物理的性質[編集]
酸素分子(英: dioxygen、化学式:O2)は、常温常圧では無色無臭で助燃性をもつ気体として存在する。沸点 −183 °C (90 K)、融点 −218.9 °C (54.3 K)。水100グラムに溶解する量は0 °C で6.945ミリグラム、25 °C で3.931ミリグラム、50 °C で2.657ミリグラム[3]。液体酸素は淡青色を示し、比重は1.14である[3]。基底状態の三重項状態では不対電子を持つため常磁性体である。また活性酸素の一種で反磁性である励起状態の一重項酸素も存在する。
構造[編集]
標準状態において一般の[13]酸素は、2つの酸素原子が縮退した三重項の電子配置で化学結合した分子構造(三重項酸素分子)を持つ無色無臭の気体である。この結合次数は2であり、一般に二重結合[14]、または1個の2電子結合と2個の3電子結合と表記される[15]。三重項酸素分子とは電子の全スピン量子数が1となる状態で、具体的には2つの不対電子が酸素分子に2つあるπ*反結合性軌道[16]をひとつずつ占め、しかも同じ向きのスピンを取っている[17]。このとき、酸素分子のエネルギーは基底状態にある[18]。また、酸素分子の二重結合は反結合軌道にも電子が存在するため、結合軌道のみで電子を充足させる三重結合の窒素よりも安定さは下がり、また、2つの電子が対を作らずビラジカルとして存在するため、結果として酸素分子は窒素分子よりも少ないエネルギーで他の物質と反応しやすくなる[18][19]。
通常の三重項酸素分子は常磁性を持つ。これは、不対電子のスピン磁気モーメント(スピンの向きが同じ電子がπ*反結合性軌道に入る[20])とふたつの酸素分子間に働く交換相互作用による[21]。液体酸素は磁石に吸い付けられ、実験では磁極間で自重を支えるに充分強い橋をつくる程である[22][23]。
これに対し、外部から高エネルギーが加わり不対電子の一つがスピンを逆方向へ変え[24]、全スピン量子数が0となった酸素を一重項酸素といい、有機化合物との反応性が高い。自然界で一重項酸素は、光合成の過程で水から作られたり[25]、対流圏で短波長の光によってオゾンの分解から発生したり[26]、または免疫システムの中で活性酸素の原料として用いられたりする[27]。
その他の特徴[編集]
熱力学的に反応性が高く不安定な分子ではあるが、地球上では初期には光合成を行なう嫌気性菌により、後の時代には植物の光合成によって年間約1011トン[9]供給され続けているため多量に存在する。酸素呼吸を行なう生物によって消費される。実際、生命が発生する以前の原始大気では酸素分子はほとんど存在せず、二酸化炭素など他の原子と結合した状態であった。現在の大気中の酸素分子はそのほぼ全てが光合成由来だと考えられている[28][注 1]。逆に、他の天体の大気中に遊離酸素の存在が確認されれば、生命の存在する間接的証拠となると考えられている。
酸素は、呼吸をする生物によっては必須であるが、同時に有害でもある[30]。呼吸の過程や光反応などで生じる活性酸素は、DNAなどの生体構成分子を酸化して変性させる[31]。純酸素の長時間吸引は生体にとって有害である。未熟児網膜症の原因になったり、60%以上の高濃度酸素を12時間以上吸引すると、肺の充血がみられたりし、最悪の場合、失明や死亡する危険性がある。
25 °C で標準気圧下では、淡水は1リットル中に酸素を6.04ミリリットル含んでいるが、海水では1リットルあたり4.95ミリリットルしか含んでいない[32]。5 °C での溶解度は、淡水では 9.0 mL L−1、海水では 7.2 mL L−1 まで増加している。
液体酸素は液体空気を分留して得られ、強い酸化剤である[3]。液体空気を放置すると、沸点の低い窒素が先に蒸発するため、酸素分子が濃縮される[3]。1リットルの液化酸素が気化すると約800リットルの酸素ガスになる。
酸素は紫外線や無声放電などによってオゾン (O3) へと変換される。また、酸素分子のイオンとしてスーパーオキシドアニオン O2- とジオキシゲニル O2+ が知られている。
生物学的役割[編集]
光合成と呼吸[編集]
光合成は水を分解し、酸素を放出して水素を二酸化炭素と反応させて糖類を得る過程である
自然界において遊離酸素は、光合成によって水が光分解されることで生じ、海洋中の緑藻類やシアノバクテリアが地球大気中の酸素70%を、残りは陸上の植物が作り出している[33]。
簡易な光合成の反応式は以下の通りである[34]。
6 CO2 + 6H2O + 光子 → C6H12O6 + 6 O2 (二酸化炭素 + 水 + 日光 → グルコース + 酸素)
光分解による酸素発生は葉緑体のチラコイド膜中で起こる。光をエネルギーとするこの作用は多くの段階を経て、ATP を光リン酸化 (photophosphorylation) させるプロトンの濃度勾配を起こす[35]。この際、水を酸化することで酸素ガスが発生し、大気中に放出される[36]。
酸素ガスは好気性生物が呼吸を行い、ミトコンドリアで酸化的リン酸化反応を経てATPを発生させるために使われる。酸素呼吸の反応は本質的に光合成の逆である。
C6H12O6 + 6 O2 → 6 CO2 + 6 H2O + 2880 kJ mol-1
脊椎動物では酸素ガスは肺の膜を通して血液中に拡散し赤血球中のヘモグロビンと結びつき、その色を紫がかった赤から明るい赤へ変える[37][38]。他の動物ではヘモシアニン(軟体動物や節足動物の一種など)やヘムエリスリン(クモやロブスターなど)が使われる例もある[39]。1リットルの血液が溶かせる酸素ガスは 200 cm3 である[39]。
超酸化物イオンや過酸化水素などの活性酸素は酸素呼吸を行う生体にとって非常に危険な副産物であり[37][39]、ミトコンドリアを取り込んだ真核生物は進化の過程で DNA を酸素から保護するために核膜を獲得した[31]。その一方で高等生物は免疫系で細菌を破壊するために過酸化物を用いている[37][40]。また、植物が病原体に抵抗して起こす過敏感反応 (hypersensitive response) でも活性酸素は重要な役割を果たす[41][42]。
成人が消費する酸素は1分あたり約250 mLであり[43]、これは約0.36 gに相当する。ここから計算すると、人類全体が1年間に消費する量は13億トンに相当する[注 2]。
なお、酸素を利用しない呼吸の形態を嫌気呼吸という。最初の地球に酸素が存在しなかったことから、これが最初の呼吸のあり方と考えられる。これは好気呼吸の経路にも、解糖系という形態で残っている。現在も、酸素を全く使わずに生活する微生物も存在し、そのような微生物は、酸素の存在下では死滅する(嫌気性生物)。おそらく、初期の微生物にとっても、酸素は有毒物質であったと考えられる。
大気成分中の酸素形成[編集]
地球大気における酸素含有量の変遷。1. 酸素が作られない期間 2. 酸素生成が始まるが海水や海底岩石に吸収される 3. 海洋から酸素ガスが放出されるが地表への吸収やオゾン層形成のため消費される期間 4, 5. 酸素吸収が飽和し大気中に溜まる
地球誕生当初、大気中には遊離酸素ガスはほとんど存在しなかったが、やがて古細菌やバクテリアが生じ、少なくとも30億年前には酸素が作られ始めた[28]。当初は海水中の溶解鉄と化合し縞状鉄鉱床を形成したが、酸素ガスが海洋から溢れ始めたのは大規模な大陸変動によって浅瀬が作られた27億年前頃からであった[30]。17億年前には大気中の酸素含有比率は10%に達し[44]、二酸化炭素と酸素の比率が逆転したのは7 - 8億年前と考えられる[28]。
24億年前の酸素の大量発生(英語版)が起こった期間、他の元素と結合していない多くの遊離酸素が海中や大気中に溢れ、当時の嫌気性生物の大量絶滅を引き起こしたと考えられる。しかしながら、酸素を用いる細胞呼吸を獲得した好気性生物はより多くのATPを作り出せるようになり、地球に生物圏を形成した[45]。この光合成と酸素呼吸は真核生物への進化をもたらし、これが植物や動物などの複雑な多細胞生物が生まれるに至る第一歩となった。
5億4千万年前のカンブリア紀が始まったころからは、大気中の酸素比率は15%–30%の間で推移した[28]。それは石炭紀の終わりに当たる3億年前頃には最大35 %まで達し[28]、昆虫や両生類の大型化に作用した可能性がある[28]。人類は年間70億トンの化石燃料を使用するにあたり酸素を消費し続けているが、これによって大気中の酸素比率に与える影響は微々たるものである[21]。
歴史[編集]
初期の実験[編集]
フィロンの実験は後の研究者たちに影響を与えた
燃焼と空気の間には何らかの関係があるのでは、と行われた最も古い実験のひとつは、紀元前2世紀の古代ギリシアのビザンチウムのフィロンが著した『プネウマティカ (Pneumatica)』に記録されている。器に据えた蝋燭を灯してガラスの壷を上から被せ、壷の口が漬かるまで器に水を満たす。すると、壷の中へ水が吸い上がる様子を観察できた[46]。フィロンは、壷の中の空気が「四大元素の火」に変換され、これが壷のガラス壁を透過して逃げたと考えた。それから遥か時代が下った中世のルネサンス期に、レオナルド・ダ・ヴィンチはフィロンの実験に考察を加え、燃焼や呼吸を通じて空気が一部消費されると考えた[47]。
17世紀後半にロバート・ボイルは、燃焼には空気が必要不可欠であることを立証した。これをジョン・メーヨーは、必要なものは彼が「硝気精[48] (spiritus nitroaereus、nitroaereus)」と名づけた空気の構成要素だという説を提唱した[49]。メイヨーの実験はフィロンと同じように水で封じた逆さの容器にそれぞれ蝋燭とマウスを入れ、どちらも水位が1/14程度上昇したことを確認した[50]。これから、メイヨーは燃焼と呼吸のいずれでも硝気精が消費されるとの確証を得た。またメイヨーは、アンチモンを加熱すると質量が増えることも確認し、これは金属に硝気精が結合したためと考えた[49]。呼吸については、硝気精は肺の中で空気から取り出されて血液に受け渡され、動物の体温や筋肉の動きを生み出す反応に使われると考察し[49]、1668年に発表した[50]。
フロギストン説[編集]
ゲオルク・シュタール。彼はフロギストン説の構築と普及に寄与した
詳細は「フロギストン説」を参照
17世紀から18世紀にかけて、酸素はロバート・フック、オーレ・ボッシュ(英語版)、ミハイル・ロモノーソフ、ピエール・バイエンらが実験で作り出していたが、いずれもがそれを元素とは認識しなかった[51]。そこには、フロギストン説と呼ばれる燃焼と腐食に関する広く知られた学説が影響を及ぼしていた。
1667年にドイツの錬金術師ヨハン・ベッヒャーが発案し1731年までにゲオルク・シュタールが理論構築したフロギストン説[52]は、可燃物とは燃素(フロギストン)と他の物質の2つが結合した状態にあり、燃焼が起こると燃素が遊離し、残りの物質もしくは石灰が残るというものだった[47]。この説では、木材や石炭などは燃素の含有率が高く、鉄など不燃性のものはほとんど含まないと考えられた。空気の効果は無視され、わずかに行われた実証試験でも可燃物を燃やすと軽くなるという点から確かに何かが失われているという考察がされたに過ぎず[47]、発生ガスへ意識が向けられることは無かった。このフロギストン説が否定される契機は、金属を空気中で燃やすと重量が増すという報告だった。
発見[編集]
カール・ヴィルヘルム・シェーレ。惜しくも酸素発見者の栄誉を逃した
酸素は1771年[2]、スウェーデンのカール・ヴィルヘルム・シェーレが酸化水銀(II)と様々な硝酸塩混合物を加熱する過程で発見した[7][47]。シェーレはこの気体を「火素 (fire air)」と名づけ1775年に論文を作成したが、出版社の都合で[2]発表されたのは1777年となった[53]。
ジョゼフ・プリーストリー。一般的には彼が酸素の発見者とされる
シェーレが発見を知らしめるのに手間取っていた1774年8月1日、イギリスのジョゼフ・プリーストリーはガラス管に入れた酸化水銀(II)に日光を照射して得たガスに「脱フロギストン空気(dephlogisticated air)」と命名した[7]。彼はこのガスの中では蝋燭がより明るく燃え、マウスが活発かつ長寿になることを確かめた。さらに自分でこのガスを吸い、「吸い込んだ時には普通の空気と大差ないと思ったが、少し後になると呼吸が軽く楽になった」と書き残した[51]。1775年、プリーストリーは新聞紙上にこの発見を発表し、2冊目の著作 Experiments and Observations on Different Kinds of Air でも論述した[47]。このように、彼の発表がシェーレよりも先に行われたため、酸素発見者はプリーストリーということになった。
フランスの高名な化学者アントワーヌ・ラヴォアジエは後に自分が新元素を発見していたと主張したが、1774年10月にラヴォアジエはプリーストリーの訪問を受け、ガス発生手段など実験の概要を耳にしている。また、それに先立つ9月30日にプリーストリーは前もって新発見したガスの説明を記した書簡をラヴォアジエに送っているが、ラヴォアジエはこれを受け取っていないと主張した。なおプリーストリーの死後、彼の私物の中から書簡の写しが見つかっている[53]。
ラヴォアジエの功罪[編集]
アントワーヌ・ラヴォアジエ。旧来のフロギストン説を葬り去った
ラヴォアジエは、厳密な物質量確認を伴う酸化の実験を通じて、燃焼の実態を正しく説明することに貢献した[7]。彼はフロギストン説を否定し、プリーストリーらが発見したガスが元素のひとつであると立証するため、1774年以来行われた実験の追試に乗り出した。
ラヴォアジエは、スズと空気を密閉した容器を加熱しても全体の重さに変化が無いことを観測し[7]、開封すると外気が流れ込む事から空気の一部が減少していると確認し、またスズが重くなっていることも計測した。そして、この流入空気質量とスズの質量増分が同じであることを確認した。1777年、彼はこの実験結果などをまとめた書籍 Sur la combustion en général を発表した[7]。この中でラヴォアジエは、空気は燃焼と呼吸に深く関わる vital air と、これらに関与しない azote(古希: ζωτον、「生気のない」の意)」の2種類のガスが混合したものと証明した。azote は後に窒素とされた[7]。
1777年ラヴォアジエは「vital air」に、古代ギリシア語 ὀξύς(oxys、味覚の酸味を由来とする「鋭い」の意)と -γενής(-genēs、生み出す者を由来とする「製作者」の意)を合成したフランス語「oxygène」という命名を施した[9]。これは、彼が酸素こそすべての酸性の源泉だという誤解を持っていたためこれらの単語が選択されたものだった[54]。後に、酸性の根本となる元素は水素であることが判明したが、その頃には単語が既に定着していたため変更はできなかった。
イギリス科学界は同国人のプリーストリーが分離に成功したガスにこの名称を用いることに反対だったが、1791年に詩人でもあるエラズマス・ダーウィン(チャールズ・ダーウィンの祖父)が出版した有名な書籍『植物の園』 (The Botanic Garden) の中で、このガスを称賛する詩 oxygen を載せたため既に一般に広まっていたこともあり、「oxygen」の単語は英語に組み込まれてしまった[53]。
量産・工業化[編集]
ジョン・ドルトンの原子論では、当初すべての元素は「単元素」であり、原子比も単純なものであるという仮定があり、水は水素と酸素が1対1のHO というみなしの元で酸素の原子量を8と判断していた[55]。これは1805年にジョセフ・ルイ・ゲイ=リュサックとアレクサンダー・フォン・フンボルトによって原子比が1対2に改められ、1811年にアメデオ・アヴォガドロがアボガドロの法則に則って水の正しい構成を解釈した[56]。
19世紀には空気の構成も判明してきた。1877年にスイスのラウル・ピクテ(英語版)[57]とフランスのルイ・ポール・カイユテ[57]が相次いで酸素の液体化に成功したと発表し、安定状態での液体酸素はヤギェウォ大学のジグムント・ヴルブレフスキとカオル・オルシェフスキ(英語版)が初めて得た[58]。
1891年にはイギリスのジェイムズ・デュワーが研究で用いるに充分な液体酸素の製法を見つけ[21]、1895年にはドイツのカール・フォン・リンデとイギリスのウィリアム・ハンプソンがそれぞれ液化分留による商業ベースに乗る量産法を確立した[59]。この酸素を工業的に用いる例として、1901年にはアセチレンと圧縮酸素を用いた溶接法のデモンスチレーションが行われた[59]。
製造[編集]
実験室的には過酸化水素を触媒で分解することで得られる[9]。触媒としては二酸化マンガンまたは、カタラーゼおよびそれらを含むレバーやジャガイモなどが利用できる。
そのほか、水の電気分解でも得られる。純粋な水は電気を通さないため少量の水酸化ナトリウムを加える。酸素は陽極で発生し、陰極では水素が発生する。
黒色に塗られた酸素ボンベ(MRI用)
工業的には空気の分留で得られる。空気を圧縮冷却し、沸点の差を利用して窒素やアルゴンなど他の成分と分けられる[3]。酸素が圧縮充填されるボンベは内部圧力が14.7メガパスカルで、容器の色は黒と定められている[3](特に高純度品は表面積の半分を超えない範囲で水色も加えられる)。液体充填されている容器は断熱構造をしており圧力は1メガパスカル以下(およそ700キロパスカル)程度であり色は地金(ステンレスやアルミ合金の場合)か灰色に黒の帯を配したものである。ただし工業的にはほとんど液体酸素をタンクローリーで1回あたり9–10トンが輸送され、低温液化ガス貯槽(コールドエバポレーター)で受け入れされる[3]。
用途[編集]
酸化剤化学工業などでは最も安価な酸化剤として多用される。吸入用呼吸に不可欠な元素であるため、医療分野での酸素吸入に使われている[60]。また傷病人に限らず、空気中の酸素濃度が低い場所での呼吸を助けるために、飛行機や青海チベット鉄道などの酸素放出装置や、高山に登る時などのボンベの中身にも使われている。他にテクニカルダイビングにおいて、減圧用ガスとして用いられる。助燃剤ガス溶接や鉄鋼の製造工程で助燃剤として使用されている[60]。アセチレンを酸素とともに吹き出してえられる酸素アセチレン炎は 3000–4000 °C もの高温が得られ、鉄材の溶接や切断に利用されている。特に液体酸素はロケットエンジンの推進剤の酸化剤として用いられている。
酸素ガスの2004年度日本国内生産量は10,422,238,000立方メートル、工業消費量は4,093,787,000立方メートル、液化酸素の2004年度日本国内生産量は855,476,000立方メートル、工業消費量は68,215,000立方メートルである[61]。
化合物[編集]
「Category:酸素の化合物」も参照
酸素は電気陰性度が高く、ほとんどあらゆる元素と化学結合する。多くの有機化合物は構成元素として酸素を含み、無機化合物の酸素化合物は酸化物として多方面で利用されている。
同素体[編集]
オゾンは主に大気中に含まれる希有な気体である
地球上での主な同素体は酸素分子 O2 であり、その結合長は121 pm、結合エネルギーは498 kJ/molである[62]。酸素分子は生物の複雑な細胞呼吸に使われている。
三酸素 (O3) はオゾンとしてよく知られる非常に反応性の大きい単体の気体で、吸入すると肺組織を破壊する[63][38]。オゾンは高層大気において、酸素分子が紫外線によって分裂した酸素原子と別の酸素分子が結合することによって生成している[54]。オゾンは紫外領域を強く吸収するため、高層大気にあるオゾン層は地球を放射線から保護するシールドとして機能している[38][64]。地表近くでもオゾンは生成しているが、これは自動車の排気ガスなどとして生成されている大気汚染物質である[65]。
準安定状態分子である四酸素 (O4) が2001年に発見されたが[66][67]、これは固体酸素の6種の相のうちの1種として存在が仮定されていた。2006年にこの相が証明され、O2を20 GPaに加圧することで合成されたが、実際には菱面体晶の O8 クラスターであった[68]。このクラスターは O2 や O3 よりも強力な酸化剤であるためロケットの推進剤としての用途が考えられている[66][67]。1990年には固体酸素に96 GPa以上の圧力を与えると金属状態となる事が分かり[69]、1998年にはこの相を超低温条件におくことにより超伝導となることが発見された[70]。
同位体[編集]
詳細は「酸素の同位体」を参照
酸素には安定同位体として 16O, 17O, 18O の3種類が知られるが、天然存在比は 16O が99.7 %以上を占めている。また、放射性同位体も作られている。
かつては酸素を16として原子量を定義していたが、物理学では 16O の原子量を16としたのに対して、化学においては安定核種の平均原子量を16と置く定義の差があったことから、酸素の同位体の存在が判明して以降混乱が起こり、1961年に炭素12を基準とするように置き換えられた。
安全と注意[編集]
酸素中毒は通常よりも高い気圧の酸素を肺が吸い込んだ時に起こりやすい。深度へのスクーバダイビング(ディープダイビング)などで起こる可能性がある
酸素中毒[編集]
詳細は「酸素中毒」を参照
酸素ガスは高い分圧状態で痙攣症状などの酸素中毒を引き起こす場合がある[71][72]。これは通常、大気の2.5倍の酸素分圧に相当する50キロパスカル以上であるときに起こる。そこで、標準気圧30キロパスカルの医療用酸素マスクは、酸素ガス比率を30%に定めている[51]。かつて未熟児用保育器の中は高い比率の酸素を含んだガスが使われていたが、視神経に悪影響を与える可能性が指摘されてからは用いられなくなった[51][73]。
宇宙飛行などにおいて、アポロ計画では火災事故以前の初期段階で[74]、また最新の宇宙服などにて比較的低圧で封じるため純酸素ガスが使用された[75][76]。最新の宇宙服では、服内を0.3気圧程度まで減圧した純酸素で満たし、血液中の酸素分圧が上昇しない方法が取られている[77][78]。
肺や中枢神経系に及ぼす酸素中毒は、深い水深へのスクーバダイビング(ディープダイビング)や送気式潜水でも起こる可能性がある[51][71]。酸素分圧60キロパスカル以上の空気を長い時間呼吸していることは、恒久的な肺線維症に至ることがある[79]。これがさらに高い160キロパスカル以上となると、ダイバーにとって致命的になる痙攣に繋がることもありうる。深刻な酸素中毒は、酸素比率21%の空気を用いながら66メートル以上潜水することで起こるが、同様のことは比率100%の空気ならばわずか6メートルの潜水で起こる[79][80][81][82]。
アポロ1号実験中に発生した火災現場の写真。当時は純酸素が使われていた
燃焼と他の危険[編集]
高濃度酸素と可燃物が混在している状況で、そこに何らかの火種があれば火災や爆発など激しい燃焼が引き起こされる[83]。酸素そのものは燃えないが、酸化剤として作用する。燃焼発生の危険は、酸素が酸化電位の高い物質、例えば過酸化物や塩素酸塩、硝酸塩や過塩素酸塩、クロム酸塩などと混在している場合も高い。
大気中酸素濃度の減少[編集]
現在、地球の大気中における酸素濃度は約21% (209,490 ppm) であるが、年平均 4 ppm ずつ減少している(1999年から2005年の平均値)という調査結果がある[84]。一方で、大気中の二酸化炭素濃度は年平均2 ppmずつ増加しており、酸素濃度の減少もこれに関連して化石燃料の燃焼などが主な原因になっていると思われる。また、二酸化炭素濃度の増加量と酸素濃度の減少量の差は、二酸化炭素が海面で多く吸収されている(陸上の約2倍)ことや化石燃料燃焼時に二酸化炭素排出量より酸素消費量の方が1.4倍多いことなどに起因する。大気中酸素濃度の1年間を通した変動では、陸上における光合成量が呼吸量を上回る北半球の夏季には増加しており、冬季には減少している。
もっとも、大気中の二酸化炭素濃度は2006年時点で約0.038% (381 ppm) 程であり、約21%の酸素とは元々の大気中濃度がまったく異なっている。年平均 4 ppm の減少は1000年間で0.4%程度の酸素濃度の減少であり、地球上における生態圏への影響は微々たるものである。
脚注[編集]
注釈[編集]
1.^ 原初の地球大気にも、水蒸気が光分解されて発生するメカニズムが指摘されており、ごく微量ながら酸素ガスが存在した可能性はあるが、ほとんどはすぐ酸化反応で消費されるか、オゾンへ変化したものと思われ、いずれにしろ考慮に足る量ではなかった[29]。
2.^ (0.36 g/分/人) × (60秒/時) × (24時/日) × (365日/年) × (70億人)/1,000,000 = 13.2億トン
出典[編集]
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84.^ 大気中酸素濃度の減少量から二酸化炭素の陸域生物圏吸収量の推定に成功(国立環境研究所)
窒素
窒素(ちっそ、英: nitrogen, 羅: nitrogenium)は原子番号7の元素。元素記号は N。空気の約78.08 %を占めるほか、アミノ酸をはじめとする多くの生体物質中に含まれており、すべての生物にとって必須の元素である。
一般に「窒素」という場合は、窒素の単体である窒素分子(窒素ガス、N2)を指すことが多い。窒素分子は常温では無味無臭の気体として安定した形で存在する。また、液化した窒素分子(液体窒素)は冷却剤としてよく使用されるが、液体窒素温度 (-195.8 °C, 77 K) から液化する。
目次 [非表示]
1 歴史
2 性質
3 窒素分子 3.1 用途
4 窒素化合物 4.1 窒素酸化物
4.2 窒素のオキソ酸
4.3 窒化物
4.4 その他の窒素化合物
5 同位体
6 脚注
7 関連項目
8 外部リンク
歴史[編集]
窒素は、かつて物が燃える元と考えられていた燃素の研究の過程で発見されたもので、最初に単体分離を行った者の特定は困難である。1772年、ダニエル・ラザフォードが窒素を単体分離し、その中に生物を入れると窒息して死んでしまうことから noxious air(有毒空気)と命名した。ドイツ語では Sticken(窒息させる)と Stoff(物質)を組み合わせて Stickstoff と呼ばれており、日本語の名称「窒素」はこれを訳したものである[1]。ほぼ同じ時期にカール・ヴィルヘルム・シェーレとヘンリー・キャベンディッシュも単体分離したと言われており、シェーレは酸素を「火の空気」、窒素を「駄目な空気」と命名した。
窒素が元素であることを発見したのはフランスのアントワーヌ・ラヴォアジエで、フランス語で「生きられないもの」という意味の "azote" と命名した。窒素の英語名 nitrogen は、ギリシア語の nitrun(硝石の意)と gennao(「生じる」の意)に由来している[1]。
近年の需要に対応して、2005年に日本工業規格 (JIS K 1107) に規定の純度が高められた。
性質[編集]
窒素は窒素族元素の一つ。生物にとっては非常に重要でアミノ酸やタンパク質、核酸塩基など、あらゆるところに含まれる。これらの窒素化合物を分解すると生体に有害なアンモニアとなるが、動物(特に哺乳類)は窒素を無害で水溶性の尿素として代謝する。しかし、貯蔵はできないためそのほとんどは尿として体外に排泄する。そのため、アミノ酸合成に必要な窒素は再利用ができず、持続的に摂取する必要がある。
ただし、ほとんどの生物は大気中の窒素分子を利用することができず、微生物などが窒素固定によって作り出す窒素化合物を摂取することで体内に窒素原子を取り込んでいる。
植物にとっては、リン酸、カリウムと並んで肥料の三要素の一つであり、特に葉を大きくする作用が強いため、葉肥と呼ばれる。
窒素分子[編集]
窒素分子 (dinitrogen) は化学式 N2 で表され、常温常圧で無色無臭の気体として存在する。融点-210 °C、沸点-195.8 °C、比重0.808 (-195.8 °C)。大気中に最も多く含まれる気体で、大気中の濃度は地上でおよそ78%である。
常温常圧下では、極めて不活性かつ、アルゴン等の希ガスに比べると安価な気体である為、嫌気性条件や乾燥条件を設定する際に用いられる事が多い。
1964年、山本明夫らのグループによって、窒素分子のコバルト錯体(山本錯体、パールハーバー・コンプレックス)が報告されている。このテーマは、森美和子らによって、窒素分子を活性化して有機化合物に組み込む研究に発展した。
なお、2004年になって窒素を1700度、110万気圧で圧縮することにより、窒素原子が3本の腕で蜂の巣状のネットワーク「ポリ窒素 (polynitrogen)」を作ることが判明した[1]。このポリ窒素は、核兵器を除いた最強の爆薬に比べても5倍以上のエネルギーを有すると考えられている(窒素爆弾を参照)。
用途[編集]
ハーバー・ボッシュ法によるアンモニア生産の原料。
冷却剤(液体窒素、liquid nitrogen) - 液体窒素温度 (-195.8 °C) まで冷却でき、安価で比較的安全なため、低温における化学および物理学の実験、CPU の冷却、工業用プラント、受精卵の凍結保存、爆発物処理などの冷却に用いられる。
食品の酸化防止のための封入ガス。
テクニカルダイビング用呼吸ガス(ナイトロックスやトライミックスなど混合ガス)。
消火器の加圧粉末式・蓄圧粉末式の圧力源。
不活性ガスとしての特性を生かし、タイヤやアキュムレータにも使用されている。
液体窒素を冷却材とするオーバークロッキング CPU
窒素ガスの2004年度日本国内生産量は9,058,978千立方メートル、工業消費量は3,594,480千立方メートル、液化窒素の2004年度日本国内生産量は2,222,270千立方メートル、工業消費量は361,051千立方メートルである。
窒素化合物[編集]
窒素化合物には、アンモニアや硝酸のような無機化合物から、各種ニトロ化合物や複素環式化合物などの有機化合物まで、非常に多くの種類がある。ここでは主に無機化合物について概説する。
窒素酸化物[編集]
窒素と酸素からできる化合物を窒素酸化物という。略称 NOx(ノックス)。大気汚染の原因物質の一つとされるが、窒素と酸素を混合して高温に加熱すると自然と生成するため、排出の抑制は難しい。
一酸化二窒素 (N2O)
一酸化窒素 (NO)
三酸化二窒素 (N2O3)
二酸化窒素 (NO2)
四酸化二窒素 (N2O4)
五酸化二窒素 (N2O5)
窒素のオキソ酸[編集]
窒素のオキソ酸は慣用名をもつ。次にそれらを挙げる。
オキソ酸の名称
化学式
(酸化数)
オキソ酸塩の名称
備考
次亜硝酸
(hyponitrous acid) H2N2O2
(+I) 次亜硝酸塩
( - hyponitrite) 次亜硝酸は2価の酸で、無色結晶として単離される。
亜硝酸
(nitrous acid) HNO2
(+III) 亜硝酸塩
( - nitrite) 亜硝酸は弱酸(pKa3.35)、不安定なため単離できず水溶液中でも徐々に分解する。亜硝酸塩は安定で種々の塩が知られている。
硝酸
(nitric acid) HNO3
(+V) 硝酸塩
( - nitrate) 硝酸およびその塩は硝酸の項に詳しい。
※オキソ酸塩名称の'-'にはカチオン種の名称が入る
亜硝酸アミル
窒化物[編集]
窒化物(ちっかぶつ、英: nitride)とは、窒素と窒素よりも陽性の(電気陰性度が小さい)元素から構成される化合物である。場合によってはアジ化物も含める場合もある。
窒化ホウ素 (BN)
窒化炭素 (C3N4)
窒化ケイ素 (Si3N4)
窒化ガリウム (GaN)
窒化インジウム (InN)
窒化アルミニウム (AlN)
アンモニア (NH3)
その他の窒素化合物[編集]
三塩化窒素 (NCl3)
クロラミン
ヒドロキシルアミン
一般に「窒素」という場合は、窒素の単体である窒素分子(窒素ガス、N2)を指すことが多い。窒素分子は常温では無味無臭の気体として安定した形で存在する。また、液化した窒素分子(液体窒素)は冷却剤としてよく使用されるが、液体窒素温度 (-195.8 °C, 77 K) から液化する。
目次 [非表示]
1 歴史
2 性質
3 窒素分子 3.1 用途
4 窒素化合物 4.1 窒素酸化物
4.2 窒素のオキソ酸
4.3 窒化物
4.4 その他の窒素化合物
5 同位体
6 脚注
7 関連項目
8 外部リンク
歴史[編集]
窒素は、かつて物が燃える元と考えられていた燃素の研究の過程で発見されたもので、最初に単体分離を行った者の特定は困難である。1772年、ダニエル・ラザフォードが窒素を単体分離し、その中に生物を入れると窒息して死んでしまうことから noxious air(有毒空気)と命名した。ドイツ語では Sticken(窒息させる)と Stoff(物質)を組み合わせて Stickstoff と呼ばれており、日本語の名称「窒素」はこれを訳したものである[1]。ほぼ同じ時期にカール・ヴィルヘルム・シェーレとヘンリー・キャベンディッシュも単体分離したと言われており、シェーレは酸素を「火の空気」、窒素を「駄目な空気」と命名した。
窒素が元素であることを発見したのはフランスのアントワーヌ・ラヴォアジエで、フランス語で「生きられないもの」という意味の "azote" と命名した。窒素の英語名 nitrogen は、ギリシア語の nitrun(硝石の意)と gennao(「生じる」の意)に由来している[1]。
近年の需要に対応して、2005年に日本工業規格 (JIS K 1107) に規定の純度が高められた。
性質[編集]
窒素は窒素族元素の一つ。生物にとっては非常に重要でアミノ酸やタンパク質、核酸塩基など、あらゆるところに含まれる。これらの窒素化合物を分解すると生体に有害なアンモニアとなるが、動物(特に哺乳類)は窒素を無害で水溶性の尿素として代謝する。しかし、貯蔵はできないためそのほとんどは尿として体外に排泄する。そのため、アミノ酸合成に必要な窒素は再利用ができず、持続的に摂取する必要がある。
ただし、ほとんどの生物は大気中の窒素分子を利用することができず、微生物などが窒素固定によって作り出す窒素化合物を摂取することで体内に窒素原子を取り込んでいる。
植物にとっては、リン酸、カリウムと並んで肥料の三要素の一つであり、特に葉を大きくする作用が強いため、葉肥と呼ばれる。
窒素分子[編集]
窒素分子 (dinitrogen) は化学式 N2 で表され、常温常圧で無色無臭の気体として存在する。融点-210 °C、沸点-195.8 °C、比重0.808 (-195.8 °C)。大気中に最も多く含まれる気体で、大気中の濃度は地上でおよそ78%である。
常温常圧下では、極めて不活性かつ、アルゴン等の希ガスに比べると安価な気体である為、嫌気性条件や乾燥条件を設定する際に用いられる事が多い。
1964年、山本明夫らのグループによって、窒素分子のコバルト錯体(山本錯体、パールハーバー・コンプレックス)が報告されている。このテーマは、森美和子らによって、窒素分子を活性化して有機化合物に組み込む研究に発展した。
なお、2004年になって窒素を1700度、110万気圧で圧縮することにより、窒素原子が3本の腕で蜂の巣状のネットワーク「ポリ窒素 (polynitrogen)」を作ることが判明した[1]。このポリ窒素は、核兵器を除いた最強の爆薬に比べても5倍以上のエネルギーを有すると考えられている(窒素爆弾を参照)。
用途[編集]
ハーバー・ボッシュ法によるアンモニア生産の原料。
冷却剤(液体窒素、liquid nitrogen) - 液体窒素温度 (-195.8 °C) まで冷却でき、安価で比較的安全なため、低温における化学および物理学の実験、CPU の冷却、工業用プラント、受精卵の凍結保存、爆発物処理などの冷却に用いられる。
食品の酸化防止のための封入ガス。
テクニカルダイビング用呼吸ガス(ナイトロックスやトライミックスなど混合ガス)。
消火器の加圧粉末式・蓄圧粉末式の圧力源。
不活性ガスとしての特性を生かし、タイヤやアキュムレータにも使用されている。
液体窒素を冷却材とするオーバークロッキング CPU
窒素ガスの2004年度日本国内生産量は9,058,978千立方メートル、工業消費量は3,594,480千立方メートル、液化窒素の2004年度日本国内生産量は2,222,270千立方メートル、工業消費量は361,051千立方メートルである。
窒素化合物[編集]
窒素化合物には、アンモニアや硝酸のような無機化合物から、各種ニトロ化合物や複素環式化合物などの有機化合物まで、非常に多くの種類がある。ここでは主に無機化合物について概説する。
窒素酸化物[編集]
窒素と酸素からできる化合物を窒素酸化物という。略称 NOx(ノックス)。大気汚染の原因物質の一つとされるが、窒素と酸素を混合して高温に加熱すると自然と生成するため、排出の抑制は難しい。
一酸化二窒素 (N2O)
一酸化窒素 (NO)
三酸化二窒素 (N2O3)
二酸化窒素 (NO2)
四酸化二窒素 (N2O4)
五酸化二窒素 (N2O5)
窒素のオキソ酸[編集]
窒素のオキソ酸は慣用名をもつ。次にそれらを挙げる。
オキソ酸の名称
化学式
(酸化数)
オキソ酸塩の名称
備考
次亜硝酸
(hyponitrous acid) H2N2O2
(+I) 次亜硝酸塩
( - hyponitrite) 次亜硝酸は2価の酸で、無色結晶として単離される。
亜硝酸
(nitrous acid) HNO2
(+III) 亜硝酸塩
( - nitrite) 亜硝酸は弱酸(pKa3.35)、不安定なため単離できず水溶液中でも徐々に分解する。亜硝酸塩は安定で種々の塩が知られている。
硝酸
(nitric acid) HNO3
(+V) 硝酸塩
( - nitrate) 硝酸およびその塩は硝酸の項に詳しい。
※オキソ酸塩名称の'-'にはカチオン種の名称が入る
亜硝酸アミル
窒化物[編集]
窒化物(ちっかぶつ、英: nitride)とは、窒素と窒素よりも陽性の(電気陰性度が小さい)元素から構成される化合物である。場合によってはアジ化物も含める場合もある。
窒化ホウ素 (BN)
窒化炭素 (C3N4)
窒化ケイ素 (Si3N4)
窒化ガリウム (GaN)
窒化インジウム (InN)
窒化アルミニウム (AlN)
アンモニア (NH3)
その他の窒素化合物[編集]
三塩化窒素 (NCl3)
クロラミン
ヒドロキシルアミン
炭素
炭素(たんそ、カーボン、英: carbon、羅: carbonium)は、原子番号 が6の元素で、元素記号は Cである。 非金属元素であり、周期表では第14族元素(炭素族元素)および第2周期元素に属する。単体・化合物両方において極めて多様な形状をとることができる。
炭素-炭素結合で有機物の基本骨格をつくり、全ての生物の構成材料となる。人体の乾燥重量の2/3は炭素である。これは蛋白質、脂質、炭水化物に含まれる原子の過半数が炭素であることによる。光合成や呼吸など生命活動全般で重要な役割を担う。また、石油・石炭・天然ガスなどのエネルギー・原料として、あるいは二酸化炭素やメタンによる地球温暖化問題など、人間の活動と密接に関わる元素である。
英語の carbon は、1787年にフランスの化学者トモルボーが「木炭」を指すラテン語 carbo から[11]名づけたフランス語の carbone が転じた[1]。ドイツ語の Kohlenstoff も「炭の物質」を意味する[1]。日本語の「炭素」という語は宇田川榕菴が著作『舎密開宗』にて用いたのがはじめとされる。
目次 [非表示]
1 特徴
2 歴史
3 生成と分布 3.1 地球での存在と循環
3.2 鉱物
4 同位体
5 単体の性質 5.1 同素体
5.2 生産と用途
6 化合物 6.1 炭素のオキソ酸
7 安全と注意
8 関連項目
9 参考文献
10 脚注 10.1 注釈
10.2 脚注
10.3 脚注2
11 外部リンク
特徴[編集]
非金属の炭素には、4つの外殻電子と4つの空席がある。そのため、価電子数4[12]と元素の中でも最も多い4組の共有結合を持つことが可能であり、この特徴から多様な分子をつくる骨格となる[13][14]。炭素が他の元素と結びついて作る化合物の種類は約5400万種にのぼる[12]。
融点や昇華を起こす温度は全元素の中で最も高い。常圧下では融点を持たず、三重点は10.8±0.2 MPa、4600±300 Kであり[3][4]、昇華は約3900 Kで起こる[15][16]。
炭素原子同士の共有結合は非常に堅牢であり[12]、それがつくる単体において自然物としては最も硬いことで知られるダイヤモンドから最も柔らかい部類に入るグラファイトまで、幅広い形態や同素体を持つ。
歴史[編集]
炭素の単体は有機物を不完全燃焼すれば簡単に取り出せるため、有史以前から知られていた[1][17]。ダイヤモンドの存在も紀元前2500年頃の古代中国では知られており、古代ローマでは今日と同様に木から木炭を得ていた。古代エジプトでも、粘土で密封したピラミッドの中から空気を抜くために木を熱する方法が用いられた[18][19]。そのため、特定の元素発見者はいない[1]。
カール・ヴィルヘルム・シェーレ
1722年ルネ・レオミュールは鉄が鋼となるには何かしらの物質を吸収することを示したが、現在ではそれは炭素であることが明らかとなった[20]。1772年にはアントワーヌ・ラヴォアジエが燃焼によって水が生じず、重量あたり同じ比率の二酸化炭素を生じることを確かめ、ダイヤモンドが炭素の単体であることを証明した[21]。1779年にカール・ヴィルヘルム・シェーレは、グラファイトが従来考えられていたように鉛の一形態ではないと示し[21]、1786年にクロード・ルイ・ベルトレー、ガスパール・モンジュ (en)、C.A.ヴァンデスモンドが炭素であることを明らかにした[22]。彼らがこれを知らしめた際、この元素にラテン語 Carbonium から取った carbone という名をつけ、ラヴォアジエが1789年に纏めた元素のテキストに採録された[21]。
同素体フラーレンが発見されたのは1985年であり[23]、同じくナノ構造体としてはバッキーボールやカーボンナノチューブも見つかった[24]。これらの発見は1996年ノーベル化学賞の授与対象となった[25][26]。これらに触発された更なる同素体探査の結果、「ガラス状炭素 (en)」や、厳密には無定形ではないが名づけられた「無定形炭素 (en)」等の発見へ繋がった[27]。
生成と分布[編集]
炭素原子の生成にはヘリウムの原子核であるアルファ粒子の3重衝突が必要となる。これには約1億度の熱が必要となるが、ビッグバンでは宇宙がはじめに大きく膨張してすぐに急速に冷え、炭素は生成されなかったと考えられている[28]。しかし、その後形成された恒星内でトリプルアルファ反応によるヘリウム燃焼過程でエネルギーを放出しながら炭素が生成される[29]。こうして作られた炭素は、主系列星の内部で水素がヘリウムになるCNOサイクルを媒介し、星のエネルギー放射に一役買っている[30]。
宇宙での存在比は水素、ヘリウム、酸素に次いで多い[31]炭素は太陽や恒星、彗星のなかにも豊富に存在し、様々な惑星の大気にも含まれている。まれに隕石の中から微細なダイヤモンドが見つかることがありこれは太陽系が原始惑星系円盤だった頃、またはそれ以前に超新星爆発時に生成された物と考えられている[32]。
地球における二酸化炭素の循環図。黒数字はそれぞれの貯蔵量を、2004年推計量十億トン単位 (GtC) で示す。紫数字は年間の移動量を表す。なお、炭酸塩や油母に蓄えられた7千万 GtC相当の炭素は含まれない。
地球での存在と循環[編集]
地球上では、化合物として大気・海・地中に広く存在する。地殻中の元素の存在度では15番目に多い炭素[31]の約9割が地殻中に存在し、中でも還元された形、すなわち炭素粒・石油・石炭・天然ガス中が3/4以上を占める。1/4が炭酸塩の岩石(石灰岩、苦灰岩 (CaMg(CO3)2)、結晶質石灰岩など)である。海洋など水に溶け込んだ炭酸も多く、その量は炭素量で36兆トン存在する。ついで生物圏に1兆9000億トン、大気圏の二酸化炭素として8100億トンがある。
埋蔵石化燃料として石炭が9000億トン、石油は1500億トン、天然ガスが1050億トンに加えさらにシェールガスのような採掘しにくい形態で別に5400億トンの存在が見込まれている[33]。これらとは別に、メタンハイドレートとして極地に封じられ、これの炭素量はシベリアの永久凍土層だけでも1兆4000億トンと見積もられる[34]。
炭素は地球上で多様な状態を示している。炭素は地殻、海洋、生物圏、大気圏を循環しており、年間の移動量は約2000億トンと見積もられている。
詳細は「炭素循環」を参照
惑星上では、ある元素が他の元素に転換することは非常に稀である。したがって、地球に含まれる全炭素量はほぼ一定である。そのため、炭素を用いる過程はどこかでそれを獲得し、また放出することが必要となる。このような経路は、二酸化炭素の形で循環する体系を形成する。例えば、植物は生育地の環境内で、呼吸によって二酸化炭素を放出する一方、光のエネルギーを用いて吸収した二酸化炭素から炭素を固定するカルヴィン回路を働かせ、植物組織を形成する。動物は植物を食べて炭素を吸収し、呼吸によって一部を排出する。このような短期的な循環だけでなく、より複雑な炭素循環も機能する。例えば海洋は二酸化炭素を溶かし込み、枯れた植物や動物の死体は、バクテリア等が消化しないと地中で石油や石炭などの形で炭素をとどめることもある。それらが化石燃料として利用されれば、燃焼によって再び炭素は放出される[35]。
天然ダイヤモンド結晶を含む鉱石
鉱物[編集]
石炭は商業的にも重要な炭素供給元であり、無煙炭では炭素含有率は92-98 %にまでなる[36]。これに石油や天然ガスなどを加えた炭素資源は、そのほとんどを燃料として利用している[37]。
天然の黒鉛(石墨[8]、グラファイト)は世界中に分布するが、産出が多い地域は中国、インド、ブラジル、北朝鮮である[38]。天然のダイヤモンドは歴史的に南インド産が有名だが[39]、18世紀にブラジルで発見され[40]、その後南アフリカでも採掘され[41]、現在の主要産出国にはロシア、ボツワナ、オーストラリア、コンゴ民主共和国が名を連ねる[42]。近年ではカナダ、ジンバブエ、アンゴラでも鉱山が開かれ[41]、アメリカ合衆国でも発見されている[43]。
同位体[編集]
詳細は「炭素の同位体」を参照
原子核に6つの陽子を含む炭素原子には、3種類の同位体、12C(存在比 98.93 %)、13C(1.07 %)、14C(微量)が自然界で存在し[44]、それぞれが様々な学問分野で重要な位置を占める。
12C は1961年に IUPAC によって質量の基準とすることが決定され[45]、アボガドロ定数などの基礎的な定数はこれによって算出されている。13C は核スピンを持つため、核磁気共鳴分光法において重要な核種である。
14C は、地球上の存在比が百京分の一[46]、大気中では1兆分の一程度でしかなく[47]、泥土や有機物の中に含まれている[46]。半減期約5730年の放射性同位体であり[44]、ベータ崩壊を起こして窒素原子に変化する[48]。しかし、成層圏において大気中の窒素と宇宙線(中性子)が反応して常時新たに生成されている[48][49]。そのため古い石や化石などの閉じた系では時間とともに存在比が低くなることが知られ[49]、考古学や標本の分野で4万年スケール、最大6万年の[47]時代判定を行う放射性炭素年代測定法に使用したり[48][50][51]、過去の宇宙線強度が変化した様子を通じて太陽活動[47]や地球磁場の変遷[47]を分析するために使われる。
他にも、生物学や医学の分野でも 14C をマーカーにした多くの分析法が開発された。光合成の初期研究には 14C が用いられ、その後は効果的な肥料の開発にも同位体が使われる[52]。ただし放射性物質である炭素14は取り扱いが難しいため、現在では放射能を持たない同位体元素である炭素13を用いた分析法も開発されている。
その他、炭素には半減期が非常に短い15種類の同位体が知られている。8C は半減期1.98739 × 10−21秒で陽子放出やアルファ崩壊を起こす[53]。19C は風変わりな中性子ハローの状態で存在する[54]。
単体の性質[編集]
同素体[編集]
炭素の状態図。0.001 GPaは10気圧に相当する
炭素は4本の共有結合ができ、結合の状態によって数種類の同素体を形成する[55]。炭素同士が sp2 混成軌道を形成し、正六角形の平面構造を取った膜が重なったものがグラファイトになる[48]。2009年、グラファイトの基本構造である薄いグラフェンは非常に高い硬度を持つことが判明した[56]。しかし、グラファイトから薄いグラフェンを経済的に剥ぎ取る技術は確立されておらず、事業性の確立は今後の開発を待つ必要がある[57]。また、炭素が sp3 混成軌道を形成して正四面体の立体結晶構造を取った巨大分子となったものがダイヤモンドとなる[48]。同じ炭素の同素体であるが、前者は電気伝導性が高く軟らかい、後者は絶縁体で硬いなど、全く異なる性質を示す。ダイヤモンドが炭素の同素体であることを示したのはラヴォアジエである。実験内容は、密閉容器に納めたダイヤモンドを虫眼鏡により燃焼させると二酸化炭素だけが生成するというものである。
木炭やススなどは結晶構造を持たないアモルファス状態であり「無定形炭素」と呼ばれる。この種類には、工業的に重要な炭素繊維や活性炭、コークスなども含まれる[58]。
以上3種は古くから知られていたが、20世紀後半以降、球状のグラフェンであるフラーレン[24][59]や多分野での開発が進んでいるカーボンナノチューブ[60]、カーボンナノバッド (en)[61]、カーボンナノファイバー(en)[62][63]などや、ロンズデーライト[64]やガラス状炭素 (en)[27]、カーボンナノフォーム (en)[65]、カルビン[66]等の複雑な構造を持つ炭素の同素体が多数発見されている。
炭素の同素体(説明は右記参照)
a. ダイヤモンド立方晶系の結晶。産出量は少ないが産業的に利用可能な程度には豊富。宝石として、また工業用のカッターなどに利用。現在では合成ダイヤモンドの開発技術も確立され、実用化されている。b. グラファイト(黒鉛、石墨)六方晶系の結晶であり、炭素の結晶としては最も一般的。板状のグラフェンが多数重なった構造で、平面同士の結びつきは弱く剥がれやすい[12]。日常的なものとしては鉛筆の芯などに用いられる[12]。c. ロンズデーライト(六方晶ダイヤモンド)六方晶系の結晶。隕石中に極めて稀に見られる。今のところ非常に小さな結晶しか発見されていない。純粋なものはダイヤモンドに近い硬度をもつと推測される[64]。d, e, f. フラーレン炭素原子からなるクラスターの総称。天然には極めて稀に存在するとみられる。図 d はいわゆるサッカーボール型の C60 で「バックミンスター・フラーレン」と呼ばれる[24]。図 e は C540 で、図 f は C70 である。g. 無定形炭素(a) と (b) の2種の構造が混在した状態(非晶質)。木炭や活性炭などの一般的な炭は、これに不純物が含まれたものである。h. カーボンナノチューブグラフェンが円筒状に巻かれた構造のもの[59][60]。同じ重量の鋼鉄と比較すると80倍の強度を持ちながら60度ほどの屈曲にも耐える弾力性を持つ[12]。1層のものから多層構造を持つものがある。これに近いものとして、筒の一方が閉じた角状のものをカーボンナノホーンと呼ぶ。
シャープペンシルの芯。グラファイトから製造される。
炭素繊維。アモルファス炭素の使用例。
生産と用途[編集]
炭素の単体は形状によって様々な分野で使用されている。アモルファス炭素としてはカーボンブラックや活性炭が大量に生産されており、黒色顔料(インク、コピートナー、墨汁など)やゴム製品への混錬剤、石油の脱硫などの吸着剤をはじめ、極めて幅広い用途に用いられている。カーボンブラックの平成22年(2010年)度日本国内生産量は723,159トンである[67]。
天然のほか、コークスの成形焼結などでも製造される[68]黒鉛は、電池等の電極剤や鉛筆の芯、るつぼ、塗料などに使われる[8]ほか、黒鉛を成形した黒鉛ブロックは黒鉛減速沸騰軽水圧力管型原子炉「RBMK-1000」やコールダーホール型をはじめとした黒鉛炉という原子炉の炉心を構成しており、中性子の速度を下げる減速材として機能している[69][70]。
黒鉛から人工ダイヤモンドを作る技術は1880年頃から取り組まれ、昭和28年(1953年)頃には3000 °C13万気圧下で実現し、年間1億カラット以上が生産されている[48]。ダイヤモンドは宝飾用のほかカッターや研磨材また電極としても利用されている[71]。さらには次世代型半導体としても研究されている[72]。
アクリロニトリルを無酸素状態で熱分解し製造する炭素繊維は、軽くて強度や弾力に優れることから、船舶および航空機・宇宙船からスポーツ用具まで幅広い用途において金属を代替する素材として使用されている[58]。活性炭はヤシの殻を蒸し焼きにする方法に加え、廃タイヤから製造する方法も開発された。前者は冷蔵庫などの脱臭剤でよく使われ、後者は吸着力を利用した河川浄化など土木分野での利用が検討されている[58]。
石炭から作られるコークスは構成要素のほとんどが炭素であり、燃料や製鉄に使用されている。平成18年(2006年)度世界生産量は4億7,800万トンであり、その半分以上を中国が占めた[73]。油を燃やして得られるタイヤ着色等に使われる一般的なカーボンブラック[74]は水素を0.3-0.8 %程度含むが、アセチレンを熱分解または爆発させて製造するアセチレンブラックは水素含有率0.04 %と低く鎖状構造を作りやすい。そのため、導電性が要求される素材に用いられる[8]。
化合物[編集]
ポリエチレン。炭素は長鎖状に結合し、高分子をつくることができる。
炭素は多様な化合物を作ることができるため、これまで報告されているものは1000万種をはるかに超える[13]。二酸化炭素や一酸化炭素、炭酸、炭化物等を除き、炭素の化合物は有機化合物(有機物)と呼ばれ、生命活動で生産されるほか、有機化学によって人工的にも多くの物質が生み出されている。
無機化合物として一般的な二酸化炭素 (CO2) は大気中にわずかに含まれ、光合成や呼吸など生命活動と密接な関わりを持つ。また、炭酸塩として方解石(石灰岩)などの鉱物中にも分布している。
金属とのあいだでは炭素はアセチリド (C22-) や侵入型固溶体の形で化合物をつくる。銑鉄と鋼の関係で見られるように、金属中の炭素量は硬度などの特性に大きな影響を与える。また、炭化ケイ素 (SiC) などいくつかの炭素化合物は格子状の結晶構造を持ち、ダイヤモンドと似た性質を持つ。
炭素のオキソ酸[編集]
炭素のオキソ酸は慣用名をもつ。次にそれらを挙げる。
オキソ酸の名称
化学式
構造式
オキソ酸塩の名称
備考
炭酸
(carbonic acid) H2CO3 炭酸塩
( - carbonate ) 遊離酸は非常に不安定。塩は安定。
過炭酸(ペルオキソ一炭酸)
(peroxomono carbonic acid) H2CO4 過炭酸塩
( - peroxomono cabonite ) 遊離酸は単離できない。塩は安定。
※オキソ酸塩名称の'-'にはカチオン種の名称が入る。
安全と注意[編集]
純粋な炭素は人体に及ぼす毒性が非常に低く、グラファイトや木炭は安全に摂取することもできる。ただし不溶性で化学反応も起こしにくく、消化液の酸にも変化しない。そのため、一度組織内に入り込んだ炭素は長く残留する傾向にある。カーボンブラックはこの性質から入墨に使われた初期の素材のひとつと想像され、その一例にアイスマンの入墨は生前そして死後5200年間消えずに残っていた[75]。しかし石炭粉やスス、カーボンブラック類を肺へ大量に吸入することは危険であり、肺組織への刺激から炭田労働者に肺鬱血病から塵肺を引き起こすこともある。同様に、研磨工程で生じるダイヤモンド粉を吸入または摂取してしまうことも危険である。ディーゼルエンジンの排出ガスに含まれる微細炭素粒子も肺に蓄積し悪影響を与える可能性がある[76]。また、眼に入ると粘膜を刺激するため、取扱の際には保護メガネ着用が望まれる[8]。
このような低毒性は地球生物のほとんどに当てはまるが若干の例外もあり、例えばショウジョウバエには炭素の微細粒子は致命的な毒性を発揮する[77]。
関連項目[編集]
炭素税
炭素星
参考文献[編集]
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脚注[編集]
注釈[編集]
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脚注[編集]
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炭素-炭素結合で有機物の基本骨格をつくり、全ての生物の構成材料となる。人体の乾燥重量の2/3は炭素である。これは蛋白質、脂質、炭水化物に含まれる原子の過半数が炭素であることによる。光合成や呼吸など生命活動全般で重要な役割を担う。また、石油・石炭・天然ガスなどのエネルギー・原料として、あるいは二酸化炭素やメタンによる地球温暖化問題など、人間の活動と密接に関わる元素である。
英語の carbon は、1787年にフランスの化学者トモルボーが「木炭」を指すラテン語 carbo から[11]名づけたフランス語の carbone が転じた[1]。ドイツ語の Kohlenstoff も「炭の物質」を意味する[1]。日本語の「炭素」という語は宇田川榕菴が著作『舎密開宗』にて用いたのがはじめとされる。
目次 [非表示]
1 特徴
2 歴史
3 生成と分布 3.1 地球での存在と循環
3.2 鉱物
4 同位体
5 単体の性質 5.1 同素体
5.2 生産と用途
6 化合物 6.1 炭素のオキソ酸
7 安全と注意
8 関連項目
9 参考文献
10 脚注 10.1 注釈
10.2 脚注
10.3 脚注2
11 外部リンク
特徴[編集]
非金属の炭素には、4つの外殻電子と4つの空席がある。そのため、価電子数4[12]と元素の中でも最も多い4組の共有結合を持つことが可能であり、この特徴から多様な分子をつくる骨格となる[13][14]。炭素が他の元素と結びついて作る化合物の種類は約5400万種にのぼる[12]。
融点や昇華を起こす温度は全元素の中で最も高い。常圧下では融点を持たず、三重点は10.8±0.2 MPa、4600±300 Kであり[3][4]、昇華は約3900 Kで起こる[15][16]。
炭素原子同士の共有結合は非常に堅牢であり[12]、それがつくる単体において自然物としては最も硬いことで知られるダイヤモンドから最も柔らかい部類に入るグラファイトまで、幅広い形態や同素体を持つ。
歴史[編集]
炭素の単体は有機物を不完全燃焼すれば簡単に取り出せるため、有史以前から知られていた[1][17]。ダイヤモンドの存在も紀元前2500年頃の古代中国では知られており、古代ローマでは今日と同様に木から木炭を得ていた。古代エジプトでも、粘土で密封したピラミッドの中から空気を抜くために木を熱する方法が用いられた[18][19]。そのため、特定の元素発見者はいない[1]。
カール・ヴィルヘルム・シェーレ
1722年ルネ・レオミュールは鉄が鋼となるには何かしらの物質を吸収することを示したが、現在ではそれは炭素であることが明らかとなった[20]。1772年にはアントワーヌ・ラヴォアジエが燃焼によって水が生じず、重量あたり同じ比率の二酸化炭素を生じることを確かめ、ダイヤモンドが炭素の単体であることを証明した[21]。1779年にカール・ヴィルヘルム・シェーレは、グラファイトが従来考えられていたように鉛の一形態ではないと示し[21]、1786年にクロード・ルイ・ベルトレー、ガスパール・モンジュ (en)、C.A.ヴァンデスモンドが炭素であることを明らかにした[22]。彼らがこれを知らしめた際、この元素にラテン語 Carbonium から取った carbone という名をつけ、ラヴォアジエが1789年に纏めた元素のテキストに採録された[21]。
同素体フラーレンが発見されたのは1985年であり[23]、同じくナノ構造体としてはバッキーボールやカーボンナノチューブも見つかった[24]。これらの発見は1996年ノーベル化学賞の授与対象となった[25][26]。これらに触発された更なる同素体探査の結果、「ガラス状炭素 (en)」や、厳密には無定形ではないが名づけられた「無定形炭素 (en)」等の発見へ繋がった[27]。
生成と分布[編集]
炭素原子の生成にはヘリウムの原子核であるアルファ粒子の3重衝突が必要となる。これには約1億度の熱が必要となるが、ビッグバンでは宇宙がはじめに大きく膨張してすぐに急速に冷え、炭素は生成されなかったと考えられている[28]。しかし、その後形成された恒星内でトリプルアルファ反応によるヘリウム燃焼過程でエネルギーを放出しながら炭素が生成される[29]。こうして作られた炭素は、主系列星の内部で水素がヘリウムになるCNOサイクルを媒介し、星のエネルギー放射に一役買っている[30]。
宇宙での存在比は水素、ヘリウム、酸素に次いで多い[31]炭素は太陽や恒星、彗星のなかにも豊富に存在し、様々な惑星の大気にも含まれている。まれに隕石の中から微細なダイヤモンドが見つかることがありこれは太陽系が原始惑星系円盤だった頃、またはそれ以前に超新星爆発時に生成された物と考えられている[32]。
地球における二酸化炭素の循環図。黒数字はそれぞれの貯蔵量を、2004年推計量十億トン単位 (GtC) で示す。紫数字は年間の移動量を表す。なお、炭酸塩や油母に蓄えられた7千万 GtC相当の炭素は含まれない。
地球での存在と循環[編集]
地球上では、化合物として大気・海・地中に広く存在する。地殻中の元素の存在度では15番目に多い炭素[31]の約9割が地殻中に存在し、中でも還元された形、すなわち炭素粒・石油・石炭・天然ガス中が3/4以上を占める。1/4が炭酸塩の岩石(石灰岩、苦灰岩 (CaMg(CO3)2)、結晶質石灰岩など)である。海洋など水に溶け込んだ炭酸も多く、その量は炭素量で36兆トン存在する。ついで生物圏に1兆9000億トン、大気圏の二酸化炭素として8100億トンがある。
埋蔵石化燃料として石炭が9000億トン、石油は1500億トン、天然ガスが1050億トンに加えさらにシェールガスのような採掘しにくい形態で別に5400億トンの存在が見込まれている[33]。これらとは別に、メタンハイドレートとして極地に封じられ、これの炭素量はシベリアの永久凍土層だけでも1兆4000億トンと見積もられる[34]。
炭素は地球上で多様な状態を示している。炭素は地殻、海洋、生物圏、大気圏を循環しており、年間の移動量は約2000億トンと見積もられている。
詳細は「炭素循環」を参照
惑星上では、ある元素が他の元素に転換することは非常に稀である。したがって、地球に含まれる全炭素量はほぼ一定である。そのため、炭素を用いる過程はどこかでそれを獲得し、また放出することが必要となる。このような経路は、二酸化炭素の形で循環する体系を形成する。例えば、植物は生育地の環境内で、呼吸によって二酸化炭素を放出する一方、光のエネルギーを用いて吸収した二酸化炭素から炭素を固定するカルヴィン回路を働かせ、植物組織を形成する。動物は植物を食べて炭素を吸収し、呼吸によって一部を排出する。このような短期的な循環だけでなく、より複雑な炭素循環も機能する。例えば海洋は二酸化炭素を溶かし込み、枯れた植物や動物の死体は、バクテリア等が消化しないと地中で石油や石炭などの形で炭素をとどめることもある。それらが化石燃料として利用されれば、燃焼によって再び炭素は放出される[35]。
天然ダイヤモンド結晶を含む鉱石
鉱物[編集]
石炭は商業的にも重要な炭素供給元であり、無煙炭では炭素含有率は92-98 %にまでなる[36]。これに石油や天然ガスなどを加えた炭素資源は、そのほとんどを燃料として利用している[37]。
天然の黒鉛(石墨[8]、グラファイト)は世界中に分布するが、産出が多い地域は中国、インド、ブラジル、北朝鮮である[38]。天然のダイヤモンドは歴史的に南インド産が有名だが[39]、18世紀にブラジルで発見され[40]、その後南アフリカでも採掘され[41]、現在の主要産出国にはロシア、ボツワナ、オーストラリア、コンゴ民主共和国が名を連ねる[42]。近年ではカナダ、ジンバブエ、アンゴラでも鉱山が開かれ[41]、アメリカ合衆国でも発見されている[43]。
同位体[編集]
詳細は「炭素の同位体」を参照
原子核に6つの陽子を含む炭素原子には、3種類の同位体、12C(存在比 98.93 %)、13C(1.07 %)、14C(微量)が自然界で存在し[44]、それぞれが様々な学問分野で重要な位置を占める。
12C は1961年に IUPAC によって質量の基準とすることが決定され[45]、アボガドロ定数などの基礎的な定数はこれによって算出されている。13C は核スピンを持つため、核磁気共鳴分光法において重要な核種である。
14C は、地球上の存在比が百京分の一[46]、大気中では1兆分の一程度でしかなく[47]、泥土や有機物の中に含まれている[46]。半減期約5730年の放射性同位体であり[44]、ベータ崩壊を起こして窒素原子に変化する[48]。しかし、成層圏において大気中の窒素と宇宙線(中性子)が反応して常時新たに生成されている[48][49]。そのため古い石や化石などの閉じた系では時間とともに存在比が低くなることが知られ[49]、考古学や標本の分野で4万年スケール、最大6万年の[47]時代判定を行う放射性炭素年代測定法に使用したり[48][50][51]、過去の宇宙線強度が変化した様子を通じて太陽活動[47]や地球磁場の変遷[47]を分析するために使われる。
他にも、生物学や医学の分野でも 14C をマーカーにした多くの分析法が開発された。光合成の初期研究には 14C が用いられ、その後は効果的な肥料の開発にも同位体が使われる[52]。ただし放射性物質である炭素14は取り扱いが難しいため、現在では放射能を持たない同位体元素である炭素13を用いた分析法も開発されている。
その他、炭素には半減期が非常に短い15種類の同位体が知られている。8C は半減期1.98739 × 10−21秒で陽子放出やアルファ崩壊を起こす[53]。19C は風変わりな中性子ハローの状態で存在する[54]。
単体の性質[編集]
同素体[編集]
炭素の状態図。0.001 GPaは10気圧に相当する
炭素は4本の共有結合ができ、結合の状態によって数種類の同素体を形成する[55]。炭素同士が sp2 混成軌道を形成し、正六角形の平面構造を取った膜が重なったものがグラファイトになる[48]。2009年、グラファイトの基本構造である薄いグラフェンは非常に高い硬度を持つことが判明した[56]。しかし、グラファイトから薄いグラフェンを経済的に剥ぎ取る技術は確立されておらず、事業性の確立は今後の開発を待つ必要がある[57]。また、炭素が sp3 混成軌道を形成して正四面体の立体結晶構造を取った巨大分子となったものがダイヤモンドとなる[48]。同じ炭素の同素体であるが、前者は電気伝導性が高く軟らかい、後者は絶縁体で硬いなど、全く異なる性質を示す。ダイヤモンドが炭素の同素体であることを示したのはラヴォアジエである。実験内容は、密閉容器に納めたダイヤモンドを虫眼鏡により燃焼させると二酸化炭素だけが生成するというものである。
木炭やススなどは結晶構造を持たないアモルファス状態であり「無定形炭素」と呼ばれる。この種類には、工業的に重要な炭素繊維や活性炭、コークスなども含まれる[58]。
以上3種は古くから知られていたが、20世紀後半以降、球状のグラフェンであるフラーレン[24][59]や多分野での開発が進んでいるカーボンナノチューブ[60]、カーボンナノバッド (en)[61]、カーボンナノファイバー(en)[62][63]などや、ロンズデーライト[64]やガラス状炭素 (en)[27]、カーボンナノフォーム (en)[65]、カルビン[66]等の複雑な構造を持つ炭素の同素体が多数発見されている。
炭素の同素体(説明は右記参照)
a. ダイヤモンド立方晶系の結晶。産出量は少ないが産業的に利用可能な程度には豊富。宝石として、また工業用のカッターなどに利用。現在では合成ダイヤモンドの開発技術も確立され、実用化されている。b. グラファイト(黒鉛、石墨)六方晶系の結晶であり、炭素の結晶としては最も一般的。板状のグラフェンが多数重なった構造で、平面同士の結びつきは弱く剥がれやすい[12]。日常的なものとしては鉛筆の芯などに用いられる[12]。c. ロンズデーライト(六方晶ダイヤモンド)六方晶系の結晶。隕石中に極めて稀に見られる。今のところ非常に小さな結晶しか発見されていない。純粋なものはダイヤモンドに近い硬度をもつと推測される[64]。d, e, f. フラーレン炭素原子からなるクラスターの総称。天然には極めて稀に存在するとみられる。図 d はいわゆるサッカーボール型の C60 で「バックミンスター・フラーレン」と呼ばれる[24]。図 e は C540 で、図 f は C70 である。g. 無定形炭素(a) と (b) の2種の構造が混在した状態(非晶質)。木炭や活性炭などの一般的な炭は、これに不純物が含まれたものである。h. カーボンナノチューブグラフェンが円筒状に巻かれた構造のもの[59][60]。同じ重量の鋼鉄と比較すると80倍の強度を持ちながら60度ほどの屈曲にも耐える弾力性を持つ[12]。1層のものから多層構造を持つものがある。これに近いものとして、筒の一方が閉じた角状のものをカーボンナノホーンと呼ぶ。
シャープペンシルの芯。グラファイトから製造される。
炭素繊維。アモルファス炭素の使用例。
生産と用途[編集]
炭素の単体は形状によって様々な分野で使用されている。アモルファス炭素としてはカーボンブラックや活性炭が大量に生産されており、黒色顔料(インク、コピートナー、墨汁など)やゴム製品への混錬剤、石油の脱硫などの吸着剤をはじめ、極めて幅広い用途に用いられている。カーボンブラックの平成22年(2010年)度日本国内生産量は723,159トンである[67]。
天然のほか、コークスの成形焼結などでも製造される[68]黒鉛は、電池等の電極剤や鉛筆の芯、るつぼ、塗料などに使われる[8]ほか、黒鉛を成形した黒鉛ブロックは黒鉛減速沸騰軽水圧力管型原子炉「RBMK-1000」やコールダーホール型をはじめとした黒鉛炉という原子炉の炉心を構成しており、中性子の速度を下げる減速材として機能している[69][70]。
黒鉛から人工ダイヤモンドを作る技術は1880年頃から取り組まれ、昭和28年(1953年)頃には3000 °C13万気圧下で実現し、年間1億カラット以上が生産されている[48]。ダイヤモンドは宝飾用のほかカッターや研磨材また電極としても利用されている[71]。さらには次世代型半導体としても研究されている[72]。
アクリロニトリルを無酸素状態で熱分解し製造する炭素繊維は、軽くて強度や弾力に優れることから、船舶および航空機・宇宙船からスポーツ用具まで幅広い用途において金属を代替する素材として使用されている[58]。活性炭はヤシの殻を蒸し焼きにする方法に加え、廃タイヤから製造する方法も開発された。前者は冷蔵庫などの脱臭剤でよく使われ、後者は吸着力を利用した河川浄化など土木分野での利用が検討されている[58]。
石炭から作られるコークスは構成要素のほとんどが炭素であり、燃料や製鉄に使用されている。平成18年(2006年)度世界生産量は4億7,800万トンであり、その半分以上を中国が占めた[73]。油を燃やして得られるタイヤ着色等に使われる一般的なカーボンブラック[74]は水素を0.3-0.8 %程度含むが、アセチレンを熱分解または爆発させて製造するアセチレンブラックは水素含有率0.04 %と低く鎖状構造を作りやすい。そのため、導電性が要求される素材に用いられる[8]。
化合物[編集]
ポリエチレン。炭素は長鎖状に結合し、高分子をつくることができる。
炭素は多様な化合物を作ることができるため、これまで報告されているものは1000万種をはるかに超える[13]。二酸化炭素や一酸化炭素、炭酸、炭化物等を除き、炭素の化合物は有機化合物(有機物)と呼ばれ、生命活動で生産されるほか、有機化学によって人工的にも多くの物質が生み出されている。
無機化合物として一般的な二酸化炭素 (CO2) は大気中にわずかに含まれ、光合成や呼吸など生命活動と密接な関わりを持つ。また、炭酸塩として方解石(石灰岩)などの鉱物中にも分布している。
金属とのあいだでは炭素はアセチリド (C22-) や侵入型固溶体の形で化合物をつくる。銑鉄と鋼の関係で見られるように、金属中の炭素量は硬度などの特性に大きな影響を与える。また、炭化ケイ素 (SiC) などいくつかの炭素化合物は格子状の結晶構造を持ち、ダイヤモンドと似た性質を持つ。
炭素のオキソ酸[編集]
炭素のオキソ酸は慣用名をもつ。次にそれらを挙げる。
オキソ酸の名称
化学式
構造式
オキソ酸塩の名称
備考
炭酸
(carbonic acid) H2CO3 炭酸塩
( - carbonate ) 遊離酸は非常に不安定。塩は安定。
過炭酸(ペルオキソ一炭酸)
(peroxomono carbonic acid) H2CO4 過炭酸塩
( - peroxomono cabonite ) 遊離酸は単離できない。塩は安定。
※オキソ酸塩名称の'-'にはカチオン種の名称が入る。
安全と注意[編集]
純粋な炭素は人体に及ぼす毒性が非常に低く、グラファイトや木炭は安全に摂取することもできる。ただし不溶性で化学反応も起こしにくく、消化液の酸にも変化しない。そのため、一度組織内に入り込んだ炭素は長く残留する傾向にある。カーボンブラックはこの性質から入墨に使われた初期の素材のひとつと想像され、その一例にアイスマンの入墨は生前そして死後5200年間消えずに残っていた[75]。しかし石炭粉やスス、カーボンブラック類を肺へ大量に吸入することは危険であり、肺組織への刺激から炭田労働者に肺鬱血病から塵肺を引き起こすこともある。同様に、研磨工程で生じるダイヤモンド粉を吸入または摂取してしまうことも危険である。ディーゼルエンジンの排出ガスに含まれる微細炭素粒子も肺に蓄積し悪影響を与える可能性がある[76]。また、眼に入ると粘膜を刺激するため、取扱の際には保護メガネ着用が望まれる[8]。
このような低毒性は地球生物のほとんどに当てはまるが若干の例外もあり、例えばショウジョウバエには炭素の微細粒子は致命的な毒性を発揮する[77]。
関連項目[編集]
炭素税
炭素星
参考文献[編集]
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脚注[編集]
注釈[編集]
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脚注[編集]
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ホウ素
ホウ素(ホウそ、硼素、英: boron、羅: borium)は、原子番号5の元素。元素記号は B。第13族元素のひとつ。
1808年にゲイ=リュサックとルイ・テナールの2人の共同作業及びハンフリー・デービーによって単体の分離が行なわれ、アラビア語で「ホウ砂」を意味する Buraq から命名された。
目次 [非表示]
1 歴史
2 性質 2.1 物理的および化学的性質
2.2 化合物 2.2.1 ボラン
2.2.2 窒化ホウ素
2.2.3 金属ホウ化物
2.2.4 有機ホウ化物
2.3 同素体
2.4 同位体
3 存在
4 生産 4.1 市場動向
5 用途 5.1 ガラスおよびセラミックス
5.2 音響機器
5.3 半導体
5.4 建築
5.5 原子力
5.6 有機化学
5.7 生物
6 生物学的役割 6.1 健康問題と毒性
7 脚注
8 参考文献 8.1 和書
8.2 洋書
9 関連項目
歴史[編集]
ホウ素(Boron)の名称は、ホウ砂を意味する[1]アラビア語のبورق (buraq) もしくはペルシャ語のبوره (burah) に起源があるとされる[2]。中国語では10世紀の「日華本草」にペルシャ語の音写としてホウ砂のことを「蓬砂」とした記述がみられ、14世紀には日本に伝来して「硼砂」と記されている[3]。
ホウ素鉱石である硼酸石(サッソライト)
ホウ素化合物の存在は数千年前には既に知られており、西チベットの砂漠から産出したホウ砂はサンスクリット語でチンカルと呼ばれていた。西暦300年頃の中国では既に釉薬としてホウ砂が利用されており、8世紀のペルシャの錬金術師であるジャービル・イブン=ハイヤーンはホウ砂について言及していたとされている。13世紀には、マルコ・ポーロによってホウ砂釉薬を用いた陶磁器がイタリアへと持ち帰られた。1600年ごろにはアグリコラによって冶金学における融剤としての用途が記されている。現代においてホウ素の最大の用途ともなっているガラス向けの用途は1758年に出版されたドッシーによる「技芸の侍女」において初めて言及されているが、当時はホウ砂が高価だったこともありごく一部のガラスに使われていたに過ぎない[4]。
1774年、イタリアのトスカーナ州州都フィレンツェ近郊のラルデレロで産出する地熱蒸気にホウ酸が含まれていることが分かり、ホウ酸工場が設立されて重要なホウ素資源として利用されたが、19世紀にはアメリカ大陸で大規模なホウ酸塩鉱物の鉱床が発見されたためその地位はアメリカに取って代わられた。ホウ素の生産が終了した後、ラルデレロでは高温の地熱蒸気を利用した地熱発電が行われている[3][5]。ホウ素を含む鉱石としては、イタリアのサッソで発見された希少鉱石のサッソライト(英語版)がある。サッソライトは1827年から1872年までの間ヨーロッパにおけるホウ砂の主要な資源として利用されていたが、その後こちらもアメリカ産のものに取って代わられた[6][7]。ホウ素化合物は1800年代まではあまり利用されることがなかったが、「ホウ砂王」とも呼ばれるフランシス・マリオン・スミス(英語版)のPacific Coast Borax Company(英語版)が初めてホウ素化合物の大量生産を行い安価で提供し、普及させた[8]。その後光学ガラスの大規模生産が始まると、ホウ砂はガラス工業において大量に消費されるようになっていった[3]。
ホウ素に関する初期の研究としては、1702年に報告されたホウ砂と硫酸を反応させることによるホウ酸の合成や、1741年に報告されたホウ素が緑色の炎色反応を示すことの発見、1752年に報告されたホウ酸とナトリウムを反応させることによるホウ砂の合成などがある[3]。単体のホウ素はジョセフ・ルイ・ゲイ=リュサックとルイ・テナールの二人[9]と、ハンフリー・デービー[10]がそれぞれ同時期に個別に単離に成功したが、それまでは単一の元素とは認められていなかった。1808年にデービーは、ホウ酸溶液に電気を通して電気分解することによって、一方の電極上に茶色の沈殿が生成されると記している。デービーはそれ以降の実験において、ホウ酸を電気分解する代わりにカリウムで還元させる方法を用いた。デービーはホウ素が新しい元素であることを確かめるために十分な量のホウ素を合成し、この元素をboraciumと命名した[10]。ゲイ=リュサックとテナールは、ホウ酸を還元するために高温で鉄と反応させる方法を採った。彼らはまた、ホウ素を酸素で酸化させることによってホウ酸を合成し、ホウ酸がホウ素の酸化生成物であることを示した[9][11]。イェンス・ベルセリウスは1824年にホウ素の元素としての性質を同定した[12]。その後、多くの化学者によって純粋なホウ素を合成しようと試みられてきたが、そのほとんどは不純物を多く含んだものであり、比較的高純度なものであってもホウ素の純度は85 %を下回っていたと考えられている。これに初めて成功したのはアメリカの化学者であるエゼキエル・ワイントローブであると考えられており、1909年に三塩化ホウ素を電弧中で水素還元させるという方法で純粋なホウ素を合成した[13][14][15][16]。
性質[編集]
物理的および化学的性質[編集]
ホウ素には複数の同素体があり物性値は同素体によって異なる値を示すが、全体として高融点かつ高沸点な硬くて脆い固体である[17]。例えば融点はアモルファスホウ素で2300 °C[18]、β菱面晶ホウ素で2180 °C[19]であり、沸点はβ菱面晶ホウ素で3650 °C[19]。アモルファスホウ素は2550 °Cで昇華する[18]。β菱面晶ホウ素のモース硬度は9.3[20]。比重はα菱面晶ホウ素が2.46、β菱面晶ホウ素が2.35である[18]。
単体のホウ素は金属元素と非金属元素の中間の性質を示す半金属元素であり、安定した共有結合を形成するという点では同じ第13族元素であるアルミニウムやガリウムなどの金属元素よりもむしろ炭素やケイ素と類似した性質を示す[21]。これはホウ素の第一イオン化エネルギーが8.296 eVと非常に高いためイオン化しにくく、2s22p1の最外殻電子がsp2混成軌道を形成する方がエネルギー的に有利であることに起因する[22]。単体ホウ素におけるホウ素同士の結合もまた共有結合性が強いため、自由電子として導電性に寄与できる電子が少なく、導電性を示すものの導電性は低いという半金属に特有な性質が現れる原因となる[23]。また、このような電気的特性を有するため単体ホウ素は半導体としての性質を示す[24]。
結晶性ホウ素は化学的に不活性であり、フッ化水素酸や塩酸による煮沸に対しても耐性を示す。微細粉末は熱濃過酸化水素や熱濃硝酸、熱硫酸もしくは熱クロム酸混液に対して徐々に侵される[14]。ホウ素の酸化率は結晶化度、粒径、純度および温度に依存する。ホウ素は室温では空気と反応しないが、高温では燃焼して酸化ホウ素を形成する[25]。
4 B + 3 O2 → 2 B2O3
ホウ素はハロゲン化によって三ハロゲン化物を形成する。
2 B + 3 Br2 → 2 BBr3
三塩化ホウ素は通常、酸化ホウ素から合成される[25]。
化合物[編集]
ホウ素の化合物は通常+3価の形式酸化数を取る。これらには酸化物、硫化物、窒化物およびハロゲン化物が含まれる[25]。
三フッ化ホウ素の構造。π供与性配位結合におけるホウ素の空のp軌道を示す。
三ハロゲン化物は平面三角形構造を取る。それらの化合物はホウ素上に6つの電子しか持たないためオクテット則を満たしておらずルイス酸としてはたらき、ルイス塩基のような電子対供与体と即座に反応する。例えば三フッ化ホウ素 (BF3) はフッ化物イオン (F−) と反応してテトラフルオロホウ酸塩アニオン (BF4-) を与える。三フッ化ホウ素は石油化学産業において触媒として利用される。三ハロゲン化ホウ素は水と反応してホウ酸を形成する[25][26]。
四ホウ酸アニオン([B4O5(OH)4]2−)の棒球モデル。結晶質のホウ砂 (Na2[B4O5(OH)4]・8H2O)中などで見られる。ピンク色のホウ素原子が赤色の酸素原子に架橋されており、端には白色の水素原子を伴う4つの水酸基がある。4つのホウ素の内、右上と左下の2つはsp2混成軌道による平面三角形構造を形成して電気的に中性となっているが、残り2つのホウ素はsp3混成軌道による四面体構造を形成してそれぞれ-1価の電荷を持っている。全てのホウ素の酸化数は+3価である。このように、配位数と電荷の異なったホウ素の混合は天然ホウ素の特色である。
ホウ素は地球上の自然中においては様々な種類の+3価の酸化物として見られ、しばしば他の元素と結合している。100種類以上のホウ酸塩鉱物でホウ素は+3価のホウ素を含んでいる。これらのホウ酸塩鉱物はいくつかの点でケイ酸塩鉱物と類似しているが、SiO4の四面体構造が構造の基本単位となっているケイ酸塩とは異なり、ホウ酸塩はBO4の四面体構造だけでなくBO3の平面三角形構造の基本単位も多く見られる[27]。典型的な例としては、一般的なホウ酸塩鉱物の一つであるホウ砂における四ホウ酸アニオンがある(左図)。四ホウ酸アニオン中のホウ素は平面三角形構造と四面体構造の2種類の構造を取っており、四面体構造を取っているホウ素は負の電荷を有している。この負の電荷は、例えばホウ砂におけるナトリウム (Na+) のような金属陽イオンとの間で釣り合っている[25]。
ボラン[編集]
ボランはホウ素と水素の化合物であり、BxHyの組成式で表される。これらの化合物は自然中で形成されることはない。ボランの多くは空気と接触すると激しく反応してすぐに酸化される。狭義にボランと言えばBH3を指し、これはガス状の化合物であり二量体のジボランを形成する。より大きなボランは全て多面体構造のホウ素クラスターの集合からなり、そのいくつかは異性体として存在する。例えばB20H26の異性体は、ホウ素が10原子集まったクラスター2つが融合して形成される。
ボランのうち重要なものにはジボラン2H6および、ペンタボラン5H9、デカボランB10H14とその2つの熱分解物がある。多数の水素化ホウ素アニオンが知られており、例えば[B12H12]2-がある。
ボランの形式酸化数は正であり、水素はヒドリドのように-1価としてカウントされるという仮定に基き計算される。ホウ素の平均酸化数は単純に分子中の水素とホウ素の原子数比である。例えばジボラン2H6ではホウ素の酸化数は+3価であるが、デカボランB10H14においては7/5価もしくは1.4価である。これらの化合物においては、ホウ素の酸化数はしばしば整数とはならない。
窒化ホウ素[編集]
窒化ホウ素は様々な構造を取り、それらはダイヤモンドやカーボンナノチューブを含む炭素の同素体に似た構造を取る。ダイヤモンド様の構造をした窒化ホウ素は立方晶窒化ホウ素と呼ばれ、ホウ素原子はダイヤモンドの四面体構造における炭素原子の位置に存在しているが、4つのB-N結合の内の一つは配位結合と見ることができる。すなわち、三フッ化ホウ素の場合と同様に、3つの窒素原子とホウ素原子が結合することで3つのB-N結合と1つの空軌道が形成され、窒素の2つの電子がルイス塩基としてホウ素上の空軌道へ供与されることで4つ目のB-N結合が形成されることとなる。立方晶窒化ホウ素はダイヤモンドに匹敵する硬さを有しているため研磨剤に用いられる。黒鉛様の六方晶窒化ホウ素 (h-BN) は正の電荷を持つホウ素と負の電荷を持つ窒素が交互に配列した平面構造が層状に積み重なったを構造を取る。そのため、六方晶窒化ホウ素とグラファイトは共に層間の滑りによる潤滑性を示すという類似した性質もあるものの、非常に異なった性質も示す。例えば、黒鉛は優れた熱伝導性および電気伝導性を示すが[28]、h-BNは平面方向の熱伝導性および電気伝導性が比較的乏しい[29][30]。
金属ホウ化物[編集]
ホウ素は非常に多くの元素との間でホウ化物を形成するが、特に金属元素との間で形成されるホウ化物は金属的な性質を示すことが多いことから、ホウ素自身は非金属元素であるものの、しばしばホウ素合金として扱われる[31]。金属ホウ化物は一般的に高硬度、高融点、低反応性といった性質を示す[32]。金属ホウ化物の多くはホウ素と金属元素を共に溶融もしくは焼結させることによって合成することが可能であり、ホウ化鉄やホウ化クロムなどの工業的製造法としては高純度なものは得られにくいものの大量生産が可能なテルミット反応などの直接還元法が利用されている[33]。金属ホウ化物はホウ素原子と金属原子との間に化学量論的な関係が見られないことが多い。これは、金属原子が形成する立体構造の空隙に遊離したホウ素原子が取り込まれた構造を取るものや、逆にホウ素が形成する立体構造の空隙に遊離した金属原子が取り込まれた構造を取るものが多く存在するためである[34]。金属ホウ化物として重要なものにホウ化鉄(フェロボロン)があり、Fe2BやFeB、Fe2B5などが知られている[35]。ホウ化鉄は製鉄の原料として焼入れや溶接に関する性能向上に利用される[36]。ホウ素はこのような二元化合物のみならず、複数の金属元素との間に他元化合物を形成することも知られている[37]。代表的なものに、非常に強力な磁力を有するネオジム磁石として利用されるネオジム-鉄-ホウ素の三元化合物であるNd2Fe14Bがある[38]。
有機ホウ化物[編集]
数千種類におよぶ有機ホウ化物の存在が知られており、代表的なものにトリエチルボランやボロン酸のようなアルキルホウ素化合物、ボラジン誘導体のような複素環式化合物などが存在する。アルキルホウ素化合物はハロゲン化ホウ素とグリニャール試薬を用いて合成され、アリールホウ素化合物も同様に合成することができる。トリアルキルホウ素を含むアルキルボランはヒドロホウ素化反応によってボランから合成される[39]。トリエチルボランなどのトリアルキルホウ素化合物は空気中で酸素と反応して自然発火する自然発火性物質であるが、一方でトリフェニルボランのようなトリアリールホウ素化合物は空気中で燃焼しない[40]。ハロゲン化ホウ素は4倍モル当量のアルキル化剤もしくはアリール化剤と反応させると、トリアルキルもしくはトリアリールホウ素からさらに反応が進行してテトラアルキルもしくはテトラアリールホウ酸イオンが生成される。このような化合物としてはテトラフェニルホウ酸ナトリウムやテトラメチルホウ酸リチウムなどがあり、テトラフェニルホウ酸ナトリウムはカリウムやルビジウムなどの重アルカリ金属元素を分離するのに用いられる[39]。
同素体[編集]
詳細は「ホウ素の同素体」を参照
アモルファスホウ素
ホウ素には7つの同素体が存在しており、それらは結晶およびアモルファスの構造を取る。よく知られているものにα-菱面体、β-菱面体、β-正方晶があり、特殊な条件下ではα-正方晶やγ-斜方晶のような形も取る。アモルファスの同素体には、微細な粉末状のものとガラス状のものの2つが知られている[41][42]。標準状態において最も安定なものはβ-菱面体晶であり、他の同素体は全て準安定状態である[43]。少なくとも14以上の同素体が報告されているが、前述の7つ以外の同素体は弱い論拠に基いたものであったり実験的に立証できなかったりするため、それらは単一の同素体ではなく複数の同素体の混合物や不純物によって安定化した構造であると考えられている[44][42][45][46]。
層
α
β
γ
β
結晶形
菱面体晶 菱面体晶 斜方晶 正方晶
原子数/単位格子[46]
12 105‒108 28 192
密度 (g/cm3)[47][48][49][50]
2.46 2.35 2.52 2.36
ビッカース硬度 (GPa)[51][52]
42 45 50–58
体積弾性係数 (GPa)[52][53]
185 224 227
バンドギャップ (eV)[52][54]
2 1.6 2.1 〜2.6[55]
同位体[編集]
詳細は「ホウ素の同位体」を参照
天然に存在するホウ素は2種類の安定同位体から成っており、11Bが80.1 %、10Bが19.9 %を占める。天然存在比11B/10Bの値と実測の11B/10Bの値の差として定義される質量差δ11Bは伝統的に‰(千分率、パーミル)で表され、その値の幅は自然水域において-16から+59の広い範囲を取る。ホウ素には13の既知の同位体があり、半減期の最も短い7Bは陽子放出およびアルファ崩壊によって3.5×10−22の半減期で崩壊する。ホウ素の同位体分離は、B(OH)3および[B(OH)4]-の交換反応によって制御される。ホウ素の同位体はまた、熱水系や熱水変質岩において水層から鉱石結晶が析出する際にも分離される。例えば熱水変質岩の粘土上では[10B(OH)4]-イオンが析出することで海水から優先して除去され、その結果として大洋性地殻や大陸性地殻と比較して海水中の11B(OH)3濃度が大規模に高められている可能性がある。このような同位体比の違いは同位体特性(英語版)としての働きをするかもしれない[56]。エキゾチック原子核である17Bは中性子ハローを示す(すなわち液滴模型から予測されるよりも大きな原子半径を示す)[57]。
10Bは良質な熱中性子捕獲材である。10Bの天然存在比はおよそ20 %ほどでしかないため原子力産業においては天然ホウ素を濃縮して純粋な10Bとして利用しており、ほぼ純粋な11Bが利用価値の低い副生物として生じる。
存在[編集]
ホウ砂の結晶
ホウ素は地殻中の存在率が比較的低い元素であり、その存在率は酸化ホウ素としておよそ0.001 %である(地殻中の元素の存在度も参照)。しかしながら、その存在率の低さに反してホウ素はホウ酸塩の形で鉱床を形成して局所的に濃縮されるため容易に採掘可能であることから、古くから人類に利用されてきた[58]。このようなホウ素の濃縮は、マグマの冷却による火成岩の形成過程や、マグマから揮発放散したホウ素の堆積などによって引き起こされる。そのため、火山におけるマグマの噴出孔近辺や火山性の温泉、湖沼などにおいても、しばしばホウ素の濃縮が見られる[59]。ホウ素は地球上において単体の形では存在しておらず、常に酸素と結合してホウ砂やホウ酸、ホウ酸塩、コールマン石(英語版)、ケルナイト(英語版)、ウレキサイトなどの形で存在している。このようなホウ素を主成分として含む鉱物は100種類以上存在している。また、ホウ素はそのイオン半径からケイ素やアルミニウム、ベリリウム、リンなどに置換されやすく、数多くの鉱物中に微量元素としても存在している[60]。海水中のホウ素濃度はおよそ4-5 mg/Lであり、場所や深度による差異は比較的小さい[61]。
商業的に利用可能なホウ酸塩の埋蔵量は全世界でおよそ1000万トンと見られている[62][63]。ホウ素の最大の産出国はトルコとアメリカであり[64][65]、全世界のホウ素の埋蔵量の63 %がトルコにあるとされる[66]。経済的に重要なホウ素源はケルナイトおよび天然ホウ砂であり、それらはアメリカのカリフォルニア州にあるモハーヴェ砂漠に位置する世界最大の露天掘りホウ砂鉱山「Rio Tinto Borax Mine(もしくはthe U.S. Borax Boron Mine)」で採掘されている。Rio Tinto Borax Mineだけでホウ酸塩の世界産出量のおよそ半分におよぶホウ素が生産されている[67][68]。世界最大のホウ酸塩鉱床はエスキシェヒル、キュタヒヤ、バルケスィルを含むトルコの中-西部に存在しているが、その多くは利用されていない[69][70][71]。
生産[編集]
ホウ素化合物の生産はホウ酸塩が容易に入手可能なため、単体ホウ素を経由せずに生産される。
初期の単体ホウ素の合成方法はホウ酸をマグネシウムもしくはアルミニウムを用いて還元することによって生産されていた。しかしこの方法では純粋な単体ホウ素を得ることができず、常に金属ホウ化物が不純物として混在した。純粋な単体ホウ素は、揮発性のハロゲン化ホウ素を高温条件下で水素還元させることによって得られる。半導体産業で用いられる超高純度ホウ素は高温条件下でのジボランの分解によって合成され、その後ゾーンメルト法やチョクラルスキー法によってさらに精製される[72]。
ホウ素の同位体である10Bは高い中性子吸収能を有するが、天然ホウ素中の同位体存在率はおよそ20 %でしかないため、同位体を分離して10Bを濃縮する必要がある。その方法としては、蒸留法や化学的交換法があり、蒸留法では低沸点のホウ素化合物であるハロゲン化ホウ素を用いた低温蒸留が、化学的交換法では有機ホウフッ化化合物を用いた気液交換反応が利用される[73]。また、蒸留法と化学的交換法を組み合わせた化学交換蒸留法という方法も開発されており[74]、現代の濃縮ホウ素の生産のほとんどは化学交換蒸留法によって行われている[75]。
市場動向[編集]
2005年のホウ素の消費量はアジア、ヨーロッパおよび北アメリカの需要の増大によってB2O3換算で180万トンにのぼると推定されている。ホウ素の採掘および精製能力は今後十年間の需要増に見合う十分な能力を有していると考えられている。
近年、ホウ素の消費形態は変化した。コールマン石(英語版)のようなホウ素鉱石はヒ素が含有されているという懸念のために使用量が減少した。そして消費者の動向は、不純物含有量の少ない精製されたホウ酸塩やホウ酸を利用する方向に進んだ。2008年における結晶質ホウ素(純度99 %)の平均価格はおよそ5 $/g、非晶質ホウ素は2 $/gであった[76]。
ホウ素の需要の増加に伴い、いくつかの生産者は生産能力を増強するために投資を行った。トルコの国営企業である「Eti Mine Works」はトルコ西部のエーゲ海地方にあるEmetで2003年に年間生産能力10万トンのホウ素生産プラントを立ち上げた。「Rio Tinto」グループはホウ素の年間生産量26万トンの既存設備の生産能力を2003年5月までに31万トンに増強し、さらに2006年までには36.6万トンにまで増強する計画である。中国のホウ素の生産者は高品質なホウ酸塩の急速な需要増に追いつくことができなかった。そのため、中国の四ホウ酸ナトリウム(ホウ砂)の輸入量は2000年から2005年までに100倍も増加し、同期間中のホウ酸の輸入量も年に28 %ずつ増加した[77][78]。
ホウ素需要の世界的な増加はガラス繊維およびホウケイ酸ガラス生産の急成長によって引き起こされた。繊維強化プラスチックのような強化素材用途ガラス繊維においては、ヨーロッパやアメリカではホウ素を用いないホウ素フリーなガラス繊維も発展しているが、アジアにおけるホウ素を用いたガラス繊維の生産量が急速に増加しており、ホウ素の需要としては相殺されている。近年のエネルギー価格の上昇によって、絶縁素材用途のガラス繊維の使用量が増加し、それに伴ってホウ酸塩の需要がさらに拡大する可能性もある。イギリスの金属市場調査会社であるロスキルは、ホウ素の需要が年間3.1 %ずつ成長して2010年までに2100万トンにまで成長すると予測している。その成長はアジアにおいて著しく、年間平均5.7 %の需要の成長が予測されている[77][79]。
用途[編集]
ホウ素が単体で使用されることは少ないが、化合物や合金の形で様々に利用されている。
身近な用途で使用される場合は、ホウ砂やホウ酸の状態であることが多い。ホウ砂はガラスの原料や防腐剤、金属の還元剤、溶接溶剤や研磨剤、火の抑制剤などに使われ、教育の現場では、ホウ砂と洗濯糊などを用いてスライムを作成する子供向けの科学実験工作がしばしば行われる。ホウ酸は目の洗浄剤、うがい薬や鼻スプレーなど口腔衛生のための医薬品、ホウ酸団子としてゴキブリ駆除などに使われる。
ガラスおよびセラミックス[編集]
ホウケイ酸ガラス製のビーカーと試験管
ホウケイ酸ガラスは一般的に15から20%の酸化ホウ素を含んでおり、熱膨張率が低いため熱衝撃に対する耐性が高い。ホウケイ酸ガラスの主要な商標としてデュランおよびパイレックスがあり、熱衝撃に対する抵抗性を利用して主に実験用のガラス器具や、一般用の調理器具、耐熱皿などに用いられる[80]。
ホウ素繊維(ガラス長繊維)は軽量かつ高強度であるため、主に航空宇宙分野における構造体に用いられる複合材料の構成要素として利用されており、一般消費者向けとしてはゴルフクラブや釣り竿のような一部のスポーツ用品にも使われている[81][82]。このようなホウ素繊維は、化学気相蒸着法によってタングステン繊維の上にホウ素を堆積させることによって製造される[64][83]。
ホウ素繊維(ガラス短繊維)はレーザーアシストCVD法によって製造される。収束したレーザービームの並進によってサブミリメートルサイズの螺旋状のホウ素結晶のような複雑な構造さえも作り出すことができる。そのような構造は弾性係数450 MPa、剪断ひずみ3.7 %、破断応力17 GPaといった良好な機械的性質を示し、セラミックスもしくはMEMSの強化に用いることができる[84]。
音響機器[編集]
密度が小さく、ヤング率が大きく、音の伝わる速さが16,200 m/sとアルミニウムの約2.6倍以上であることから、音響材料としてはベリリウム以上に理想的な素材として知られている[85]が、技術的に加工が難しい素材であった。実際に音響機器の応用商品が流通し始めたのは1980年代からである。
レコード針のカンチレバーにおいては品川無線、シュア、オーディオテクニカ、ダイナベクター、デノンより商品化されている。
ダイヤトーンでは炭化ホウ素 (B4C)、をスピーカーの高・中音域ユニットの振動板に用いている。「経年劣化で自然崩壊する」などと記載されることが多いが定かではない。衝撃により崩壊しているのではないかという説も有る。
デノンはボロン長繊維を使用したボロンファイバー振動板を低域ユニットに使用していた。高域ユニットの振動板としても、αボロン化合物が使用されたが、チタンやジュラルミンベースに溶射する形を取っていた。
半導体[編集]
ホウ素は単体でも電流電圧特性を示すが、半導体素子においては多くがケイ素へのドーパントとして使用されている。ケイ素はそれ自身では真性半導体であるが、ホウ素を微量添加することでP型半導体が作製でき、ダイオードやトランジスタに欠かすことができない材料となる。
建築[編集]
ホウ素系薬品で処理をした古新聞紙が、「セルロースファイバー」という名称で断熱材として使用される。吸湿性を持つ天然繊維系断熱材として注目されている。ホウ素系薬品で処理することにより、撥水性、難燃性、駆虫作用が得られる。日本の大手ハウスメーカーで採用例は少ないが、アメリカでは家庭用断熱材の40 %前後のシェアを占める[86]。充填工法で施工されるために、専門の吹き込み用機器が必要なこと、改築の際に壁・天井に充填されたセルロースファイバーが障害になる、吹き込み後の沈み込みの可能性、などの問題を指摘する声がある[87]。
鍵の潤滑剤としても使われる。鍵穴にホウ素の粉末をスプレー注入することによって抜き差しや回転の滑りを良くするという用途がある。
原子力[編集]
ホウ素の同位体のうち 10B は非常に大きな中性子吸収断面積を持つ。この特性を生かし、原子炉内において中性子の吸収のため制御棒に使用される。化合物であるホウ酸は一次冷却水に溶かし込んで加圧水型原子炉の余剰反応度制御に使われる。微量のホウ素添加を行った金属による放射性物質運搬容器も使用される。
有機化学[編集]
ホウ素の有機化学への利用はH・C・ブラウンによって系統的に研究が行われ、ブラウンはその業績によって1979年にノーベル化学賞を授与された。還元剤としての水素化ホウ素ナトリウムやヒドロホウ素化は、現在でも有機合成上、盛んに利用されている。
有機ホウ素化合物は鈴木・宮浦カップリングによって多用な変換が可能なため、複雑な化合物の前駆体として利用されている。トリエチルボランは自己発火性を持つために、点火剤として使用される。
生物[編集]
植物の必須元素の一つであり、98 %は細胞壁に存在することから、細胞壁の合成、細胞膜の完全性の維持、糖の膜輸送、核酸合成、酵素の補酵素などに関係していると予想されているが、まだ解明されてはいない[88]。植物中でホウ素輸送を行う物質は2002年 (平成14年) に初めて同定された[89]。
一方、高濃度のホウ素は植物の成長を阻害する[90]ため、土壌中のホウ素含有量が高いオーストラリア南部などでは農業が困難となっている[91]。植物の遺伝子を改変することで、ホウ素耐性を持たせる研究が進められている[92]。
生物学的役割[編集]
ホウ素は主に植物の細胞壁を維持するのに必要である重要な栄養素である。土壌中におけるホウ素の欠乏は植物に対して全体的な成長障害を引き起こすが、逆に土壌中のホウ素濃度が1 ppmを越えても葉の周辺や先端の壊死といった過剰障害を引き起こす。特にホウ素に敏感な植物では土壌中のホウ素濃度が0.8 ppmを越えると同様の症状が現れることがあり、土壌中のホウ素濃度が1.8 ppmを越えるとホウ素に耐性を示すような植物を含むほとんどの植物において過剰障害の兆候が現れる。ホウ素濃度が2.0 ppmを越える土壌で正常に生育できる植物はほとんどなく、一部は生存できないこともある。植物組織中のホウ素濃度が200 ppmを越えると過剰障害の兆候が現れる[93][94][95]。
ホウ素は恐らく全ての哺乳類にとって必須であると考えられているが、動物におけるホウ素の生物学的役割は良く知られていない。例えば、精製してホウ素を除去した食品を与え、空気中のチリを濾過することによってホウ素欠乏症を誘発させたラットでは体毛への影響が出ることが知られていおり、ホウ素は超微量元素としてネズミの最適な健康状態を維持するために必要である。動物におけるホウ素の摂取は広く食糧に由来しており、その必要摂取量はラットにおける試験からの推測によって非常に少量であると考えられている[96]。
1989年以降、ホウ素が人間を含む動物にとって栄養素として生物学的な役割を持つのではないかという議論が起こった[97]。アメリカ合衆国農務省が閉経後の女性に対して1日3 mgのホウ素を投与する実験を行った結果、ホウ素の補給がカルシウムの排出を44 %抑え、エストロゲンおよびビタミンDを活性化させるという結果が示され、骨粗鬆症を抑制する可能性が示唆された。しかし、これらの影響が栄養素としての効果なのか医薬品としての効果なのかということは判別できなかった。アメリカ合衆国国立衛生研究所は「正常なヒトの食事におけるホウ素の1日当たりの総摂取量の範囲は2.1から4.3 mgである」と述べた[98][99]。
角膜ジストロフィーの珍しい型である先天性角膜内皮ジストロフィー(英語版)2型は、ホウ素の細胞内濃度を調整している輸送体をコード化するSLC4A11(英語版)遺伝子における突然変異と関連している[100]。しかし、2013年のDiego G. Ogandoらの報告によればSLC4A11とホウ素輸送の関係は否定されており、SLC4A11はNa+-OH−(H+)およびNH4+に対する透過性を持った輸送体であるとされている[101]。
健康問題と毒性[編集]
単体ホウ素、酸化ホウ素、ホウ酸、ホウ酸塩および多くの有機ホウ素化合物はヒトおよび動物にとっては食塩と同程度に無毒である。動物に対する半数致死量 (LD50)は体重1キロ当たりおよそ6 gであり、LD50が体重1キロ当たり2 g以上となる物質は一般に無毒であるとされている。ヒトに対する最小致死量ははっきりとしていない。事件を除く1日4 gのホウ酸の摂取は報告されているが、それを超える量の摂取では有毒であると考えられている。50日間継続して1日0.5 g以上のホウ酸を摂取すると下痢など消化器系の不良が生じ、他の毒性も示唆される[102]。中性子捕捉療法のために行われるホウ酸20 gの単回投与では、著しい他の毒性が生じることなく使用されている。魚類は飽和ホウ酸溶液中で30分間生存することができ、ホウ酸ナトリウム溶液中ではより長く生存できる[103]。ホウ酸は、昆虫に対しては動物に対してよりも毒性が強く、通常殺虫剤として利用される[104]。
ボランのような水素化ホウ素やそれに類似したガス状の化合物は毒性を示す。ホウ素自体は他の単体ホウ素やホウ素化合物と同様に本質的には有毒ではないが、その毒性は化学構造に起因する[6][7]。
ボランは可燃性かつ有毒であるため、取り扱いには特別な操作が必要となる。水素化ホウ素ナトリウムは強い還元性を持つ物質であるため、水や酸、酸化剤などと反応して火災や爆発を起こす危険性がある[105]。ハロゲン化ホウ素は腐食性を有する[106]。
脚注[編集]
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1808年にゲイ=リュサックとルイ・テナールの2人の共同作業及びハンフリー・デービーによって単体の分離が行なわれ、アラビア語で「ホウ砂」を意味する Buraq から命名された。
目次 [非表示]
1 歴史
2 性質 2.1 物理的および化学的性質
2.2 化合物 2.2.1 ボラン
2.2.2 窒化ホウ素
2.2.3 金属ホウ化物
2.2.4 有機ホウ化物
2.3 同素体
2.4 同位体
3 存在
4 生産 4.1 市場動向
5 用途 5.1 ガラスおよびセラミックス
5.2 音響機器
5.3 半導体
5.4 建築
5.5 原子力
5.6 有機化学
5.7 生物
6 生物学的役割 6.1 健康問題と毒性
7 脚注
8 参考文献 8.1 和書
8.2 洋書
9 関連項目
歴史[編集]
ホウ素(Boron)の名称は、ホウ砂を意味する[1]アラビア語のبورق (buraq) もしくはペルシャ語のبوره (burah) に起源があるとされる[2]。中国語では10世紀の「日華本草」にペルシャ語の音写としてホウ砂のことを「蓬砂」とした記述がみられ、14世紀には日本に伝来して「硼砂」と記されている[3]。
ホウ素鉱石である硼酸石(サッソライト)
ホウ素化合物の存在は数千年前には既に知られており、西チベットの砂漠から産出したホウ砂はサンスクリット語でチンカルと呼ばれていた。西暦300年頃の中国では既に釉薬としてホウ砂が利用されており、8世紀のペルシャの錬金術師であるジャービル・イブン=ハイヤーンはホウ砂について言及していたとされている。13世紀には、マルコ・ポーロによってホウ砂釉薬を用いた陶磁器がイタリアへと持ち帰られた。1600年ごろにはアグリコラによって冶金学における融剤としての用途が記されている。現代においてホウ素の最大の用途ともなっているガラス向けの用途は1758年に出版されたドッシーによる「技芸の侍女」において初めて言及されているが、当時はホウ砂が高価だったこともありごく一部のガラスに使われていたに過ぎない[4]。
1774年、イタリアのトスカーナ州州都フィレンツェ近郊のラルデレロで産出する地熱蒸気にホウ酸が含まれていることが分かり、ホウ酸工場が設立されて重要なホウ素資源として利用されたが、19世紀にはアメリカ大陸で大規模なホウ酸塩鉱物の鉱床が発見されたためその地位はアメリカに取って代わられた。ホウ素の生産が終了した後、ラルデレロでは高温の地熱蒸気を利用した地熱発電が行われている[3][5]。ホウ素を含む鉱石としては、イタリアのサッソで発見された希少鉱石のサッソライト(英語版)がある。サッソライトは1827年から1872年までの間ヨーロッパにおけるホウ砂の主要な資源として利用されていたが、その後こちらもアメリカ産のものに取って代わられた[6][7]。ホウ素化合物は1800年代まではあまり利用されることがなかったが、「ホウ砂王」とも呼ばれるフランシス・マリオン・スミス(英語版)のPacific Coast Borax Company(英語版)が初めてホウ素化合物の大量生産を行い安価で提供し、普及させた[8]。その後光学ガラスの大規模生産が始まると、ホウ砂はガラス工業において大量に消費されるようになっていった[3]。
ホウ素に関する初期の研究としては、1702年に報告されたホウ砂と硫酸を反応させることによるホウ酸の合成や、1741年に報告されたホウ素が緑色の炎色反応を示すことの発見、1752年に報告されたホウ酸とナトリウムを反応させることによるホウ砂の合成などがある[3]。単体のホウ素はジョセフ・ルイ・ゲイ=リュサックとルイ・テナールの二人[9]と、ハンフリー・デービー[10]がそれぞれ同時期に個別に単離に成功したが、それまでは単一の元素とは認められていなかった。1808年にデービーは、ホウ酸溶液に電気を通して電気分解することによって、一方の電極上に茶色の沈殿が生成されると記している。デービーはそれ以降の実験において、ホウ酸を電気分解する代わりにカリウムで還元させる方法を用いた。デービーはホウ素が新しい元素であることを確かめるために十分な量のホウ素を合成し、この元素をboraciumと命名した[10]。ゲイ=リュサックとテナールは、ホウ酸を還元するために高温で鉄と反応させる方法を採った。彼らはまた、ホウ素を酸素で酸化させることによってホウ酸を合成し、ホウ酸がホウ素の酸化生成物であることを示した[9][11]。イェンス・ベルセリウスは1824年にホウ素の元素としての性質を同定した[12]。その後、多くの化学者によって純粋なホウ素を合成しようと試みられてきたが、そのほとんどは不純物を多く含んだものであり、比較的高純度なものであってもホウ素の純度は85 %を下回っていたと考えられている。これに初めて成功したのはアメリカの化学者であるエゼキエル・ワイントローブであると考えられており、1909年に三塩化ホウ素を電弧中で水素還元させるという方法で純粋なホウ素を合成した[13][14][15][16]。
性質[編集]
物理的および化学的性質[編集]
ホウ素には複数の同素体があり物性値は同素体によって異なる値を示すが、全体として高融点かつ高沸点な硬くて脆い固体である[17]。例えば融点はアモルファスホウ素で2300 °C[18]、β菱面晶ホウ素で2180 °C[19]であり、沸点はβ菱面晶ホウ素で3650 °C[19]。アモルファスホウ素は2550 °Cで昇華する[18]。β菱面晶ホウ素のモース硬度は9.3[20]。比重はα菱面晶ホウ素が2.46、β菱面晶ホウ素が2.35である[18]。
単体のホウ素は金属元素と非金属元素の中間の性質を示す半金属元素であり、安定した共有結合を形成するという点では同じ第13族元素であるアルミニウムやガリウムなどの金属元素よりもむしろ炭素やケイ素と類似した性質を示す[21]。これはホウ素の第一イオン化エネルギーが8.296 eVと非常に高いためイオン化しにくく、2s22p1の最外殻電子がsp2混成軌道を形成する方がエネルギー的に有利であることに起因する[22]。単体ホウ素におけるホウ素同士の結合もまた共有結合性が強いため、自由電子として導電性に寄与できる電子が少なく、導電性を示すものの導電性は低いという半金属に特有な性質が現れる原因となる[23]。また、このような電気的特性を有するため単体ホウ素は半導体としての性質を示す[24]。
結晶性ホウ素は化学的に不活性であり、フッ化水素酸や塩酸による煮沸に対しても耐性を示す。微細粉末は熱濃過酸化水素や熱濃硝酸、熱硫酸もしくは熱クロム酸混液に対して徐々に侵される[14]。ホウ素の酸化率は結晶化度、粒径、純度および温度に依存する。ホウ素は室温では空気と反応しないが、高温では燃焼して酸化ホウ素を形成する[25]。
4 B + 3 O2 → 2 B2O3
ホウ素はハロゲン化によって三ハロゲン化物を形成する。
2 B + 3 Br2 → 2 BBr3
三塩化ホウ素は通常、酸化ホウ素から合成される[25]。
化合物[編集]
ホウ素の化合物は通常+3価の形式酸化数を取る。これらには酸化物、硫化物、窒化物およびハロゲン化物が含まれる[25]。
三フッ化ホウ素の構造。π供与性配位結合におけるホウ素の空のp軌道を示す。
三ハロゲン化物は平面三角形構造を取る。それらの化合物はホウ素上に6つの電子しか持たないためオクテット則を満たしておらずルイス酸としてはたらき、ルイス塩基のような電子対供与体と即座に反応する。例えば三フッ化ホウ素 (BF3) はフッ化物イオン (F−) と反応してテトラフルオロホウ酸塩アニオン (BF4-) を与える。三フッ化ホウ素は石油化学産業において触媒として利用される。三ハロゲン化ホウ素は水と反応してホウ酸を形成する[25][26]。
四ホウ酸アニオン([B4O5(OH)4]2−)の棒球モデル。結晶質のホウ砂 (Na2[B4O5(OH)4]・8H2O)中などで見られる。ピンク色のホウ素原子が赤色の酸素原子に架橋されており、端には白色の水素原子を伴う4つの水酸基がある。4つのホウ素の内、右上と左下の2つはsp2混成軌道による平面三角形構造を形成して電気的に中性となっているが、残り2つのホウ素はsp3混成軌道による四面体構造を形成してそれぞれ-1価の電荷を持っている。全てのホウ素の酸化数は+3価である。このように、配位数と電荷の異なったホウ素の混合は天然ホウ素の特色である。
ホウ素は地球上の自然中においては様々な種類の+3価の酸化物として見られ、しばしば他の元素と結合している。100種類以上のホウ酸塩鉱物でホウ素は+3価のホウ素を含んでいる。これらのホウ酸塩鉱物はいくつかの点でケイ酸塩鉱物と類似しているが、SiO4の四面体構造が構造の基本単位となっているケイ酸塩とは異なり、ホウ酸塩はBO4の四面体構造だけでなくBO3の平面三角形構造の基本単位も多く見られる[27]。典型的な例としては、一般的なホウ酸塩鉱物の一つであるホウ砂における四ホウ酸アニオンがある(左図)。四ホウ酸アニオン中のホウ素は平面三角形構造と四面体構造の2種類の構造を取っており、四面体構造を取っているホウ素は負の電荷を有している。この負の電荷は、例えばホウ砂におけるナトリウム (Na+) のような金属陽イオンとの間で釣り合っている[25]。
ボラン[編集]
ボランはホウ素と水素の化合物であり、BxHyの組成式で表される。これらの化合物は自然中で形成されることはない。ボランの多くは空気と接触すると激しく反応してすぐに酸化される。狭義にボランと言えばBH3を指し、これはガス状の化合物であり二量体のジボランを形成する。より大きなボランは全て多面体構造のホウ素クラスターの集合からなり、そのいくつかは異性体として存在する。例えばB20H26の異性体は、ホウ素が10原子集まったクラスター2つが融合して形成される。
ボランのうち重要なものにはジボラン2H6および、ペンタボラン5H9、デカボランB10H14とその2つの熱分解物がある。多数の水素化ホウ素アニオンが知られており、例えば[B12H12]2-がある。
ボランの形式酸化数は正であり、水素はヒドリドのように-1価としてカウントされるという仮定に基き計算される。ホウ素の平均酸化数は単純に分子中の水素とホウ素の原子数比である。例えばジボラン2H6ではホウ素の酸化数は+3価であるが、デカボランB10H14においては7/5価もしくは1.4価である。これらの化合物においては、ホウ素の酸化数はしばしば整数とはならない。
窒化ホウ素[編集]
窒化ホウ素は様々な構造を取り、それらはダイヤモンドやカーボンナノチューブを含む炭素の同素体に似た構造を取る。ダイヤモンド様の構造をした窒化ホウ素は立方晶窒化ホウ素と呼ばれ、ホウ素原子はダイヤモンドの四面体構造における炭素原子の位置に存在しているが、4つのB-N結合の内の一つは配位結合と見ることができる。すなわち、三フッ化ホウ素の場合と同様に、3つの窒素原子とホウ素原子が結合することで3つのB-N結合と1つの空軌道が形成され、窒素の2つの電子がルイス塩基としてホウ素上の空軌道へ供与されることで4つ目のB-N結合が形成されることとなる。立方晶窒化ホウ素はダイヤモンドに匹敵する硬さを有しているため研磨剤に用いられる。黒鉛様の六方晶窒化ホウ素 (h-BN) は正の電荷を持つホウ素と負の電荷を持つ窒素が交互に配列した平面構造が層状に積み重なったを構造を取る。そのため、六方晶窒化ホウ素とグラファイトは共に層間の滑りによる潤滑性を示すという類似した性質もあるものの、非常に異なった性質も示す。例えば、黒鉛は優れた熱伝導性および電気伝導性を示すが[28]、h-BNは平面方向の熱伝導性および電気伝導性が比較的乏しい[29][30]。
金属ホウ化物[編集]
ホウ素は非常に多くの元素との間でホウ化物を形成するが、特に金属元素との間で形成されるホウ化物は金属的な性質を示すことが多いことから、ホウ素自身は非金属元素であるものの、しばしばホウ素合金として扱われる[31]。金属ホウ化物は一般的に高硬度、高融点、低反応性といった性質を示す[32]。金属ホウ化物の多くはホウ素と金属元素を共に溶融もしくは焼結させることによって合成することが可能であり、ホウ化鉄やホウ化クロムなどの工業的製造法としては高純度なものは得られにくいものの大量生産が可能なテルミット反応などの直接還元法が利用されている[33]。金属ホウ化物はホウ素原子と金属原子との間に化学量論的な関係が見られないことが多い。これは、金属原子が形成する立体構造の空隙に遊離したホウ素原子が取り込まれた構造を取るものや、逆にホウ素が形成する立体構造の空隙に遊離した金属原子が取り込まれた構造を取るものが多く存在するためである[34]。金属ホウ化物として重要なものにホウ化鉄(フェロボロン)があり、Fe2BやFeB、Fe2B5などが知られている[35]。ホウ化鉄は製鉄の原料として焼入れや溶接に関する性能向上に利用される[36]。ホウ素はこのような二元化合物のみならず、複数の金属元素との間に他元化合物を形成することも知られている[37]。代表的なものに、非常に強力な磁力を有するネオジム磁石として利用されるネオジム-鉄-ホウ素の三元化合物であるNd2Fe14Bがある[38]。
有機ホウ化物[編集]
数千種類におよぶ有機ホウ化物の存在が知られており、代表的なものにトリエチルボランやボロン酸のようなアルキルホウ素化合物、ボラジン誘導体のような複素環式化合物などが存在する。アルキルホウ素化合物はハロゲン化ホウ素とグリニャール試薬を用いて合成され、アリールホウ素化合物も同様に合成することができる。トリアルキルホウ素を含むアルキルボランはヒドロホウ素化反応によってボランから合成される[39]。トリエチルボランなどのトリアルキルホウ素化合物は空気中で酸素と反応して自然発火する自然発火性物質であるが、一方でトリフェニルボランのようなトリアリールホウ素化合物は空気中で燃焼しない[40]。ハロゲン化ホウ素は4倍モル当量のアルキル化剤もしくはアリール化剤と反応させると、トリアルキルもしくはトリアリールホウ素からさらに反応が進行してテトラアルキルもしくはテトラアリールホウ酸イオンが生成される。このような化合物としてはテトラフェニルホウ酸ナトリウムやテトラメチルホウ酸リチウムなどがあり、テトラフェニルホウ酸ナトリウムはカリウムやルビジウムなどの重アルカリ金属元素を分離するのに用いられる[39]。
同素体[編集]
詳細は「ホウ素の同素体」を参照
アモルファスホウ素
ホウ素には7つの同素体が存在しており、それらは結晶およびアモルファスの構造を取る。よく知られているものにα-菱面体、β-菱面体、β-正方晶があり、特殊な条件下ではα-正方晶やγ-斜方晶のような形も取る。アモルファスの同素体には、微細な粉末状のものとガラス状のものの2つが知られている[41][42]。標準状態において最も安定なものはβ-菱面体晶であり、他の同素体は全て準安定状態である[43]。少なくとも14以上の同素体が報告されているが、前述の7つ以外の同素体は弱い論拠に基いたものであったり実験的に立証できなかったりするため、それらは単一の同素体ではなく複数の同素体の混合物や不純物によって安定化した構造であると考えられている[44][42][45][46]。
層
α
β
γ
β
結晶形
菱面体晶 菱面体晶 斜方晶 正方晶
原子数/単位格子[46]
12 105‒108 28 192
密度 (g/cm3)[47][48][49][50]
2.46 2.35 2.52 2.36
ビッカース硬度 (GPa)[51][52]
42 45 50–58
体積弾性係数 (GPa)[52][53]
185 224 227
バンドギャップ (eV)[52][54]
2 1.6 2.1 〜2.6[55]
同位体[編集]
詳細は「ホウ素の同位体」を参照
天然に存在するホウ素は2種類の安定同位体から成っており、11Bが80.1 %、10Bが19.9 %を占める。天然存在比11B/10Bの値と実測の11B/10Bの値の差として定義される質量差δ11Bは伝統的に‰(千分率、パーミル)で表され、その値の幅は自然水域において-16から+59の広い範囲を取る。ホウ素には13の既知の同位体があり、半減期の最も短い7Bは陽子放出およびアルファ崩壊によって3.5×10−22の半減期で崩壊する。ホウ素の同位体分離は、B(OH)3および[B(OH)4]-の交換反応によって制御される。ホウ素の同位体はまた、熱水系や熱水変質岩において水層から鉱石結晶が析出する際にも分離される。例えば熱水変質岩の粘土上では[10B(OH)4]-イオンが析出することで海水から優先して除去され、その結果として大洋性地殻や大陸性地殻と比較して海水中の11B(OH)3濃度が大規模に高められている可能性がある。このような同位体比の違いは同位体特性(英語版)としての働きをするかもしれない[56]。エキゾチック原子核である17Bは中性子ハローを示す(すなわち液滴模型から予測されるよりも大きな原子半径を示す)[57]。
10Bは良質な熱中性子捕獲材である。10Bの天然存在比はおよそ20 %ほどでしかないため原子力産業においては天然ホウ素を濃縮して純粋な10Bとして利用しており、ほぼ純粋な11Bが利用価値の低い副生物として生じる。
存在[編集]
ホウ砂の結晶
ホウ素は地殻中の存在率が比較的低い元素であり、その存在率は酸化ホウ素としておよそ0.001 %である(地殻中の元素の存在度も参照)。しかしながら、その存在率の低さに反してホウ素はホウ酸塩の形で鉱床を形成して局所的に濃縮されるため容易に採掘可能であることから、古くから人類に利用されてきた[58]。このようなホウ素の濃縮は、マグマの冷却による火成岩の形成過程や、マグマから揮発放散したホウ素の堆積などによって引き起こされる。そのため、火山におけるマグマの噴出孔近辺や火山性の温泉、湖沼などにおいても、しばしばホウ素の濃縮が見られる[59]。ホウ素は地球上において単体の形では存在しておらず、常に酸素と結合してホウ砂やホウ酸、ホウ酸塩、コールマン石(英語版)、ケルナイト(英語版)、ウレキサイトなどの形で存在している。このようなホウ素を主成分として含む鉱物は100種類以上存在している。また、ホウ素はそのイオン半径からケイ素やアルミニウム、ベリリウム、リンなどに置換されやすく、数多くの鉱物中に微量元素としても存在している[60]。海水中のホウ素濃度はおよそ4-5 mg/Lであり、場所や深度による差異は比較的小さい[61]。
商業的に利用可能なホウ酸塩の埋蔵量は全世界でおよそ1000万トンと見られている[62][63]。ホウ素の最大の産出国はトルコとアメリカであり[64][65]、全世界のホウ素の埋蔵量の63 %がトルコにあるとされる[66]。経済的に重要なホウ素源はケルナイトおよび天然ホウ砂であり、それらはアメリカのカリフォルニア州にあるモハーヴェ砂漠に位置する世界最大の露天掘りホウ砂鉱山「Rio Tinto Borax Mine(もしくはthe U.S. Borax Boron Mine)」で採掘されている。Rio Tinto Borax Mineだけでホウ酸塩の世界産出量のおよそ半分におよぶホウ素が生産されている[67][68]。世界最大のホウ酸塩鉱床はエスキシェヒル、キュタヒヤ、バルケスィルを含むトルコの中-西部に存在しているが、その多くは利用されていない[69][70][71]。
生産[編集]
ホウ素化合物の生産はホウ酸塩が容易に入手可能なため、単体ホウ素を経由せずに生産される。
初期の単体ホウ素の合成方法はホウ酸をマグネシウムもしくはアルミニウムを用いて還元することによって生産されていた。しかしこの方法では純粋な単体ホウ素を得ることができず、常に金属ホウ化物が不純物として混在した。純粋な単体ホウ素は、揮発性のハロゲン化ホウ素を高温条件下で水素還元させることによって得られる。半導体産業で用いられる超高純度ホウ素は高温条件下でのジボランの分解によって合成され、その後ゾーンメルト法やチョクラルスキー法によってさらに精製される[72]。
ホウ素の同位体である10Bは高い中性子吸収能を有するが、天然ホウ素中の同位体存在率はおよそ20 %でしかないため、同位体を分離して10Bを濃縮する必要がある。その方法としては、蒸留法や化学的交換法があり、蒸留法では低沸点のホウ素化合物であるハロゲン化ホウ素を用いた低温蒸留が、化学的交換法では有機ホウフッ化化合物を用いた気液交換反応が利用される[73]。また、蒸留法と化学的交換法を組み合わせた化学交換蒸留法という方法も開発されており[74]、現代の濃縮ホウ素の生産のほとんどは化学交換蒸留法によって行われている[75]。
市場動向[編集]
2005年のホウ素の消費量はアジア、ヨーロッパおよび北アメリカの需要の増大によってB2O3換算で180万トンにのぼると推定されている。ホウ素の採掘および精製能力は今後十年間の需要増に見合う十分な能力を有していると考えられている。
近年、ホウ素の消費形態は変化した。コールマン石(英語版)のようなホウ素鉱石はヒ素が含有されているという懸念のために使用量が減少した。そして消費者の動向は、不純物含有量の少ない精製されたホウ酸塩やホウ酸を利用する方向に進んだ。2008年における結晶質ホウ素(純度99 %)の平均価格はおよそ5 $/g、非晶質ホウ素は2 $/gであった[76]。
ホウ素の需要の増加に伴い、いくつかの生産者は生産能力を増強するために投資を行った。トルコの国営企業である「Eti Mine Works」はトルコ西部のエーゲ海地方にあるEmetで2003年に年間生産能力10万トンのホウ素生産プラントを立ち上げた。「Rio Tinto」グループはホウ素の年間生産量26万トンの既存設備の生産能力を2003年5月までに31万トンに増強し、さらに2006年までには36.6万トンにまで増強する計画である。中国のホウ素の生産者は高品質なホウ酸塩の急速な需要増に追いつくことができなかった。そのため、中国の四ホウ酸ナトリウム(ホウ砂)の輸入量は2000年から2005年までに100倍も増加し、同期間中のホウ酸の輸入量も年に28 %ずつ増加した[77][78]。
ホウ素需要の世界的な増加はガラス繊維およびホウケイ酸ガラス生産の急成長によって引き起こされた。繊維強化プラスチックのような強化素材用途ガラス繊維においては、ヨーロッパやアメリカではホウ素を用いないホウ素フリーなガラス繊維も発展しているが、アジアにおけるホウ素を用いたガラス繊維の生産量が急速に増加しており、ホウ素の需要としては相殺されている。近年のエネルギー価格の上昇によって、絶縁素材用途のガラス繊維の使用量が増加し、それに伴ってホウ酸塩の需要がさらに拡大する可能性もある。イギリスの金属市場調査会社であるロスキルは、ホウ素の需要が年間3.1 %ずつ成長して2010年までに2100万トンにまで成長すると予測している。その成長はアジアにおいて著しく、年間平均5.7 %の需要の成長が予測されている[77][79]。
用途[編集]
ホウ素が単体で使用されることは少ないが、化合物や合金の形で様々に利用されている。
身近な用途で使用される場合は、ホウ砂やホウ酸の状態であることが多い。ホウ砂はガラスの原料や防腐剤、金属の還元剤、溶接溶剤や研磨剤、火の抑制剤などに使われ、教育の現場では、ホウ砂と洗濯糊などを用いてスライムを作成する子供向けの科学実験工作がしばしば行われる。ホウ酸は目の洗浄剤、うがい薬や鼻スプレーなど口腔衛生のための医薬品、ホウ酸団子としてゴキブリ駆除などに使われる。
ガラスおよびセラミックス[編集]
ホウケイ酸ガラス製のビーカーと試験管
ホウケイ酸ガラスは一般的に15から20%の酸化ホウ素を含んでおり、熱膨張率が低いため熱衝撃に対する耐性が高い。ホウケイ酸ガラスの主要な商標としてデュランおよびパイレックスがあり、熱衝撃に対する抵抗性を利用して主に実験用のガラス器具や、一般用の調理器具、耐熱皿などに用いられる[80]。
ホウ素繊維(ガラス長繊維)は軽量かつ高強度であるため、主に航空宇宙分野における構造体に用いられる複合材料の構成要素として利用されており、一般消費者向けとしてはゴルフクラブや釣り竿のような一部のスポーツ用品にも使われている[81][82]。このようなホウ素繊維は、化学気相蒸着法によってタングステン繊維の上にホウ素を堆積させることによって製造される[64][83]。
ホウ素繊維(ガラス短繊維)はレーザーアシストCVD法によって製造される。収束したレーザービームの並進によってサブミリメートルサイズの螺旋状のホウ素結晶のような複雑な構造さえも作り出すことができる。そのような構造は弾性係数450 MPa、剪断ひずみ3.7 %、破断応力17 GPaといった良好な機械的性質を示し、セラミックスもしくはMEMSの強化に用いることができる[84]。
音響機器[編集]
密度が小さく、ヤング率が大きく、音の伝わる速さが16,200 m/sとアルミニウムの約2.6倍以上であることから、音響材料としてはベリリウム以上に理想的な素材として知られている[85]が、技術的に加工が難しい素材であった。実際に音響機器の応用商品が流通し始めたのは1980年代からである。
レコード針のカンチレバーにおいては品川無線、シュア、オーディオテクニカ、ダイナベクター、デノンより商品化されている。
ダイヤトーンでは炭化ホウ素 (B4C)、をスピーカーの高・中音域ユニットの振動板に用いている。「経年劣化で自然崩壊する」などと記載されることが多いが定かではない。衝撃により崩壊しているのではないかという説も有る。
デノンはボロン長繊維を使用したボロンファイバー振動板を低域ユニットに使用していた。高域ユニットの振動板としても、αボロン化合物が使用されたが、チタンやジュラルミンベースに溶射する形を取っていた。
半導体[編集]
ホウ素は単体でも電流電圧特性を示すが、半導体素子においては多くがケイ素へのドーパントとして使用されている。ケイ素はそれ自身では真性半導体であるが、ホウ素を微量添加することでP型半導体が作製でき、ダイオードやトランジスタに欠かすことができない材料となる。
建築[編集]
ホウ素系薬品で処理をした古新聞紙が、「セルロースファイバー」という名称で断熱材として使用される。吸湿性を持つ天然繊維系断熱材として注目されている。ホウ素系薬品で処理することにより、撥水性、難燃性、駆虫作用が得られる。日本の大手ハウスメーカーで採用例は少ないが、アメリカでは家庭用断熱材の40 %前後のシェアを占める[86]。充填工法で施工されるために、専門の吹き込み用機器が必要なこと、改築の際に壁・天井に充填されたセルロースファイバーが障害になる、吹き込み後の沈み込みの可能性、などの問題を指摘する声がある[87]。
鍵の潤滑剤としても使われる。鍵穴にホウ素の粉末をスプレー注入することによって抜き差しや回転の滑りを良くするという用途がある。
原子力[編集]
ホウ素の同位体のうち 10B は非常に大きな中性子吸収断面積を持つ。この特性を生かし、原子炉内において中性子の吸収のため制御棒に使用される。化合物であるホウ酸は一次冷却水に溶かし込んで加圧水型原子炉の余剰反応度制御に使われる。微量のホウ素添加を行った金属による放射性物質運搬容器も使用される。
有機化学[編集]
ホウ素の有機化学への利用はH・C・ブラウンによって系統的に研究が行われ、ブラウンはその業績によって1979年にノーベル化学賞を授与された。還元剤としての水素化ホウ素ナトリウムやヒドロホウ素化は、現在でも有機合成上、盛んに利用されている。
有機ホウ素化合物は鈴木・宮浦カップリングによって多用な変換が可能なため、複雑な化合物の前駆体として利用されている。トリエチルボランは自己発火性を持つために、点火剤として使用される。
生物[編集]
植物の必須元素の一つであり、98 %は細胞壁に存在することから、細胞壁の合成、細胞膜の完全性の維持、糖の膜輸送、核酸合成、酵素の補酵素などに関係していると予想されているが、まだ解明されてはいない[88]。植物中でホウ素輸送を行う物質は2002年 (平成14年) に初めて同定された[89]。
一方、高濃度のホウ素は植物の成長を阻害する[90]ため、土壌中のホウ素含有量が高いオーストラリア南部などでは農業が困難となっている[91]。植物の遺伝子を改変することで、ホウ素耐性を持たせる研究が進められている[92]。
生物学的役割[編集]
ホウ素は主に植物の細胞壁を維持するのに必要である重要な栄養素である。土壌中におけるホウ素の欠乏は植物に対して全体的な成長障害を引き起こすが、逆に土壌中のホウ素濃度が1 ppmを越えても葉の周辺や先端の壊死といった過剰障害を引き起こす。特にホウ素に敏感な植物では土壌中のホウ素濃度が0.8 ppmを越えると同様の症状が現れることがあり、土壌中のホウ素濃度が1.8 ppmを越えるとホウ素に耐性を示すような植物を含むほとんどの植物において過剰障害の兆候が現れる。ホウ素濃度が2.0 ppmを越える土壌で正常に生育できる植物はほとんどなく、一部は生存できないこともある。植物組織中のホウ素濃度が200 ppmを越えると過剰障害の兆候が現れる[93][94][95]。
ホウ素は恐らく全ての哺乳類にとって必須であると考えられているが、動物におけるホウ素の生物学的役割は良く知られていない。例えば、精製してホウ素を除去した食品を与え、空気中のチリを濾過することによってホウ素欠乏症を誘発させたラットでは体毛への影響が出ることが知られていおり、ホウ素は超微量元素としてネズミの最適な健康状態を維持するために必要である。動物におけるホウ素の摂取は広く食糧に由来しており、その必要摂取量はラットにおける試験からの推測によって非常に少量であると考えられている[96]。
1989年以降、ホウ素が人間を含む動物にとって栄養素として生物学的な役割を持つのではないかという議論が起こった[97]。アメリカ合衆国農務省が閉経後の女性に対して1日3 mgのホウ素を投与する実験を行った結果、ホウ素の補給がカルシウムの排出を44 %抑え、エストロゲンおよびビタミンDを活性化させるという結果が示され、骨粗鬆症を抑制する可能性が示唆された。しかし、これらの影響が栄養素としての効果なのか医薬品としての効果なのかということは判別できなかった。アメリカ合衆国国立衛生研究所は「正常なヒトの食事におけるホウ素の1日当たりの総摂取量の範囲は2.1から4.3 mgである」と述べた[98][99]。
角膜ジストロフィーの珍しい型である先天性角膜内皮ジストロフィー(英語版)2型は、ホウ素の細胞内濃度を調整している輸送体をコード化するSLC4A11(英語版)遺伝子における突然変異と関連している[100]。しかし、2013年のDiego G. Ogandoらの報告によればSLC4A11とホウ素輸送の関係は否定されており、SLC4A11はNa+-OH−(H+)およびNH4+に対する透過性を持った輸送体であるとされている[101]。
健康問題と毒性[編集]
単体ホウ素、酸化ホウ素、ホウ酸、ホウ酸塩および多くの有機ホウ素化合物はヒトおよび動物にとっては食塩と同程度に無毒である。動物に対する半数致死量 (LD50)は体重1キロ当たりおよそ6 gであり、LD50が体重1キロ当たり2 g以上となる物質は一般に無毒であるとされている。ヒトに対する最小致死量ははっきりとしていない。事件を除く1日4 gのホウ酸の摂取は報告されているが、それを超える量の摂取では有毒であると考えられている。50日間継続して1日0.5 g以上のホウ酸を摂取すると下痢など消化器系の不良が生じ、他の毒性も示唆される[102]。中性子捕捉療法のために行われるホウ酸20 gの単回投与では、著しい他の毒性が生じることなく使用されている。魚類は飽和ホウ酸溶液中で30分間生存することができ、ホウ酸ナトリウム溶液中ではより長く生存できる[103]。ホウ酸は、昆虫に対しては動物に対してよりも毒性が強く、通常殺虫剤として利用される[104]。
ボランのような水素化ホウ素やそれに類似したガス状の化合物は毒性を示す。ホウ素自体は他の単体ホウ素やホウ素化合物と同様に本質的には有毒ではないが、その毒性は化学構造に起因する[6][7]。
ボランは可燃性かつ有毒であるため、取り扱いには特別な操作が必要となる。水素化ホウ素ナトリウムは強い還元性を持つ物質であるため、水や酸、酸化剤などと反応して火災や爆発を起こす危険性がある[105]。ハロゲン化ホウ素は腐食性を有する[106]。
脚注[編集]
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ベリリウム
ベリリウム(新ラテン語: beryllium[1], 英: beryllium)は原子番号4の元素。元素記号は Be。第2族元素に属し、原子量は約9.012である。ベリリウムは緑柱石などの鉱物から産出される。緑柱石は不純物に由来する色の違いによってアクアマリンやエメラルドなどと呼ばれ、宝石にも用いられる。常温、常圧で安定した結晶構造は六方最密充填構造 (HCP) である。単体は銀白色の金属で、空気中では表面に酸化被膜が生成され安定に存在できる。モース硬度は6から7を示し、硬く、常温では脆いが、高温になると展延性が増す。酸にもアルカリにも溶解する。ベリリウムの安定同位体は恒星の元素合成においては生成されず、宇宙線による核破砕によって炭素や窒素などのより重い元素から生成される。
ベリリウムは主に合金の硬化剤として利用され、その代表的なものにベリリウム銅合金がある。また、非常に強い曲げ強さ、熱的安定性および熱伝導率の高さ、金属としては比較的低い密度などの物理的性質を利用して、高速航空機やミサイル、宇宙船、通信衛星などの軍事産業や航空宇宙産業において構造部材として用いられる。ベリリウムは低密度かつ原子量が小さいためX線やその他電離放射線に対して透過性を示し、その特性を利用してX線装置や粒子物理学の試験におけるX線透過窓として用いられる。
ベリリウムを含有するチリは人体へと吸入されることによって毒性を示すため、その商業利用には技術的な難点がある。ベリリウムは細胞組織に対して腐食性であり、慢性ベリリウム症と呼ばれる致死性の慢性疾患を引き起こす。
目次 [非表示]
1 性質 1.1 物理的性質
1.2 化学的性質
1.3 化合物
1.4 核的性質
1.5 同位体および元素合成
2 分析 2.1 定性分析
2.2 定量分析
3 歴史
4 存在
5 生産
6 用途 6.1 X線透過窓
6.2 機械的用途
6.3 ベリリウムミラー
6.4 磁気的用途
6.5 音響材料
6.6 核物性の利用
6.7 電子材料
6.8 宝石
6.9 合金
7 危険性 7.1 人体への影響
7.2 ベリリウム症の歴史
7.3 爆発性
8 脚注
9 参考文献
10 関連項目
11 外部リンク
性質[編集]
ベリリウムは周期表の上では第2族元素に属しているが、その性質は同じ族の元素であるカルシウムやストロンチウムよりもむしろ第13族元素であるアルミニウムに類似している[2]。たとえば、カルシウムやストロンチウムは炎色反応によって発色するが、ベリリウムは無色である[3]。そのため、ベリリウムは第2族元素ではあるが、アルカリ土類金属には含まれないこともある[4]。また、ベリリウムの二元化合物の構造は亜鉛とも類似している[5]。
物理的性質[編集]
ベリリウムの常温、常圧(標準状態)における安定した結晶構造は六方最密充填構造 (HCP) であり、その格子定数は a = 2.268 Å、b = 3.594 Å である[6]。モース硬度6から7[7]と第2族元素の中で最も硬いが、粉砕によって粉末にできるほど脆い[8]。しかしながら、高温になると展延性が増すため[9]、核融合炉のような高温条件で利用する用途において高い機械的性質を発揮することができる[10]。この用途では、400 ℃を下回る温度になると使用上問題となるレベルにまで延展性が低下してしまう[10]。比重は1.816、融点は1284 °C、沸点は2767 °Cである[8]。
ベリリウムはヤング率287 GPa と非常に強い曲げ強さを有しており、弾性率は鋼より大きくおよそ50 %である。このような高いヤング率、弾性率に由来してベリリウムの剛性は非常に優れており、後述の熱負荷の大きい環境における安定性も相まって宇宙船や航空機などの構造部材に利用されている。また、この弾性率の大きさと、ベリリウムが比較的低密度であるという物性が組み合わさることにより、周囲の状況に応じて変化するものの、およそ 12.9 km/s という著しく高い音の伝導性を示す。この性質を利用して音響材料におけるスピーカーの振動板などに用いられている。ベリリウムの他の重要な特性としては、1925 J・kg−1・K−1 という高い比熱および、216 W・m−1・K−1 という高い熱伝導率が挙げられ、これらの物性によってベリリウムは単位重量当たりの放熱物性に最も優れた金属である。この放熱物性を利用した用途としてヒートシンク材料が挙げられ、電子材料などにおいて活用されている。またこれらの物性は、11.4×10−6 K−1 という比較的低い線形熱膨張率や1284 °Cという高い融点も相まって、熱負荷の大きな状況下における非常に高い安定性をもたらしている[11]。
化学的性質[編集]
ベリリウムの単体は還元性が非常に強く、その標準酸化還元電位 E0 は −1.85 V である[12]。この標準電位の値はイオン化傾向においてアルミニウムの上に位置しているため大きな化学活性が期待されるが、実際には表面が酸化物の膜(酸化被膜)に覆われて不動態化するため高温に熱した状態でさえも空気や水と反応しない。しかしながら、一旦点火すれば輝きながら燃焼して酸化ベリリウムと窒化ベリリウムの混合物が形成される[13]。
ベリリウムは通常、表面に酸化被膜を形成しているため酸に対しての強い耐性を示すが、酸化被膜を取り除いた純粋なベリリウムでは塩酸や希硫酸のような酸化力を持たない酸に対しては容易に溶解する。硝酸のような酸化力を有する酸に対してはゆっくりとしか溶解しない。また、強アルカリに対してはオキソ酸イオンであるベリリウム酸イオン (Be(OH)42−) を形成して水素ガスを発生させながら溶解する。このような酸やアルカリに対する性質はアルミニウムと類似している[14]。ベリリウムは水とも水素を発生させながら反応するが、水との反応によって生じる水酸化ベリリウムは水に対する溶解度が低く金属表面に被膜を形成するため、金属表面のベリリウムが反応しきればそれ以上反応は進行しない[15]。
ベリリウムの電子殻
ベリリウム原子の電子配置は [He] 2s2 である。ベリリウムはその原子半径の小ささに対してイオン化エネルギーが大きいため電荷を完全に分離することは難しく、そのためベリリウムの化合物は共有結合性を有している[16]。第2周期元素は原子量が大きくなるにしたがってイオン化エネルギーも増大する法則が見られるがベリリウムはその法則から外れており、より原子量の大きなホウ素よりもイオン化エネルギーが大きい。これは、ベリリウムの最外殻電子が2s軌道上にあり、ホウ素の最外殻電子は2p軌道上にあることに起因している。2p軌道の電子は内殻に存在するs軌道の電子によって遮蔽効果(有効核電荷も参照)を受けるため、2p軌道に存在する最外殻電子のイオン化エネルギーが低下する。一方で2s軌道の電子は遮蔽効果を受けないため、相対的に2p軌道の電子よりもイオン化エネルギーが大きくなり、これによってベリリウムとホウ素の間でイオン化エネルギーの大きさの逆転が生じる[17]。
ベリリウムの錯体もしくは錯イオンは、たとえばテトラアクアベリリウム(II)イオン (Be[(H2O)4]2+) やテトラハロベリリウム酸イオン (BeX42−) のように、多くの場合4配位を取る[16]。EDTA は他の配位子よりも優先してベリリウムに配位して八面体形の錯体を形成するため、分析技術にこの性質が利用される。たとえば、ベリリウムのアセチルアセトナト錯体に EDTA を加えると、EDTA がアセチルアセトンよりも優先してベリリウムとの間で錯体を形成してアセチルアセトンが分離するため、ベリリウムを溶媒抽出することができる。このような EDTA を用いた錯体形成においては Al3+ のような他の陽イオンによって悪影響を受けることがある[18]。
化合物[編集]
硫酸ベリリウム
硫酸ベリリウムや硝酸ベリリウムのようなベリリウム塩の溶液は [Be(H2O)4]2+ イオンの加水分解によって酸性を示す。
[Be(H2O)4]2+ + H2O is in equilibrium with [Be(H2O)3(OH)]+ + H3O+
加水分解による他の生成物には、3量体イオン [Be3(OH)3(H2O)6]3+ が含まれる。
ベリリウムは多くの非金属原子と二元化合物を形成する。無水ハロゲン化物としては、フッ素、塩素、臭素、ヨウ素との化合物が知られており、固体状態においては橋掛け結合によって重合している[16]。フッ化ベリリウム (BeF2) は、二酸化ケイ素のような角を共有した BeF4 の四面体構造を取り、ガラス状においては無秩序な直鎖構造を取る[19]。塩化ベリリウムおよび臭化ベリリウムは両端を共有した直鎖状の構造を取る。全てのハロゲン化ベリリウムは、気体の状態においては線形のモノマー分子構造を取る[16][13]。塩化ベリリウムは金属ベリリウムを塩素と直接反応させることによって得られ、これは塩化アルミニウムと同様の製法である[20]。
酸化ベリリウムはウルツ鉱型構造を取る耐火性の白色結晶であり、金属と同じぐらい高い熱伝導率を有する。酸化ベリリウムは2種類の多形が存在し、低温型の酸化ベリリウムは熱したアルカリ溶液などに溶解するが、高温では相転移してより安定な構造となり濃硫酸に硫酸アンモニウムを加えた熱シロップのみにしか溶解しなくなる[14]。他のベリリウムと第16族元素との化合物は硫化ベリリウムやセレン化ベリリウム、テルル化ベリリウムが知られており、それらは全て閃亜鉛鉱型構造を取る[21]。水酸化ベリリウムは両性を示し[14]、その酸性水溶液が他のベリリウム塩を合成する出発原料とされる[13]。
窒化ベリリウム (Be3N2) は非常に加水分解をしやすい、高融点な化合物である。アジ化ベリリウム (BeN6) およびリン化ベリリウム (Be3P2) は窒化ベリリウムと類似した構造を有していることが知られている。塩基性硝酸ベリリウムおよび塩基性酢酸ベリリウムは4つのベリリウム原子が中心の酸素イオンに配位した四面体構造を取る[21]。Be5B、Be4B、Be2B、BeB2、BeB6、BeB12 のようないくつかのホウ素化ベリリウムも知られている。炭化ベリリウム (Be2C) は耐火性のレンガ色をした化合物であり、水と反応してメタンを発生させる[21]。ケイ素化ベリリウムは同定されていない[13]。
核的性質[編集]
ベリリウムは、高エネルギーな中性子線に対して広い散乱断面積を有しており、その散乱断面積は0.01 eV を上回るものに対しておよそ6 バーンである。散乱断面積の正確な値はベリリウムの結晶サイズや純度に強く依存するため実際の散乱断面積は1桁ほど低くなり、ベリリウムが効果的に減速させることのできる中性子線のエネルギー範囲は0.03 eV 以上のものに限られる。このため、ベリリウムは高エネルギーな熱中性子は効果的に減速させることができるものの、エネルギーの低い冷中性子は減速させることができずに透過してしまう。この性質を利用して様々なエネルギーを持つ中性子の中から冷中性子のみを取り出すためのフィルターとして利用される[22]。
ベリリウムの主な同位体である 9Be は (n, 2n)中性子反応によって1つの中性子を消費して2つの中性子を放出し、2つのアルファ粒子に分裂する。したがって、ベリリウムの中性子反応は消費する中性子よりも多くの中性子を放出して系内の中性子を増加させる。
9
4Be + n → 2(4
2He) + 2n[23]
金属としてのベリリウムは大部分のX線およびガンマ線を透過するため、X線管などのX線装置におけるX線の出力窓として有用である。ベリリウムはまた、ベリリウムの原子核と高速のアルファ粒子との衝突によって中性子線を放出するため、実験における比較的少数の中性子線を得るための良好な中性子線源である[11]。
9
4Be + 4
2He → 12
6C + n[23]。
同位体および元素合成[編集]
太陽活動の変化による10Be濃度変化のプロット。10Be濃度を示す左側の縦軸は上に行くほど値が小さくなっていることに注意。
詳細は「ベリリウムの同位体」を参照
ベリリウムの安定同位体は 9Be のみであり、したがってベリリウムはモノアイソトピック元素(英語版)である。9Be は恒星において宇宙線の陽子が炭素などのベリリウムよりも重い元素を崩壊させることによって生成され、超新星爆発によって宇宙中に分散する。このようにして宇宙中にチリやガスとして分散した 9Be は、分子雲を形成する原子の1つてして星形成に寄与し、新しくできた星の構成元素として取り込まれる[24]。
10Beは、地球の大気に含まれる酸素および窒素が宇宙線による核破砕を受けることで生成される。宇宙線による核破砕によって生成したベリリウム同位体の大気中の滞在時間は成層圏で1年程度、対流圏で1か月程度とされており、その後は地表面に蓄積する。10Be はベータ崩壊によって 10B になるものの、その136万年という比較的長い半減期のために 10Be として地表面に長期間滞留し続ける。そのため、10Be およびその娘核種は、自然界における土壌の侵食や形成、ラテライトの発達などを調査するのに利用される[25]。また、太陽の磁気的活動が活発化すると太陽風が増大し、その期間は太陽風の影響によって地球に到達する銀河宇宙線が減少するため、銀河宇宙線によって生成される 10Be の生成量は太陽活動の活発さに反比例して減少する。したがって 10Be は、同様に宇宙線によって生成される 14C(炭素14)とともに太陽活動の変動を記録しているため、極地方のアイスコア中に残された 10 Be および 14C の解析することで、過去の太陽活動の変遷を間接的に知ることができる[26]。
核爆発もまた 10Be の生成源であり、核爆発によって発生した高速中性子が大気中の二酸化炭素に含まれる13C と反応することによって生成される。これは、核実験試験場の過去の活動を示す指標の一つである[27]。
半減期53日の同位体 7Be もまた宇宙線によって生成され、その大気中の存在量は 10Be と同様に太陽活動と関係している。8Be の半減期はおよそ 7 × 10−17 秒と非常に短く、この半減期の短さはベリリウムよりも重い元素がビッグバン原子核合成によっては生成されなかった原因ともなっている[28]。すなわち、8Be の半減期が非常に短いためにビッグバン原子核合成段階の宇宙において核融合反応に利用できる 8Be の濃度が非常に低く、そのような低濃度な 8Be が 4He と核融合して炭素を合成するにはビッグバン原子核合成段階の時間が不十分であったことに起因する。イギリスの天文学者であるフレッド・ホイルは、8Be および 12C のエネルギー準位から、より多くの時間を元素合成に利用することが可能なヘリウムを燃料とする恒星内であれば、いわゆるトリプルアルファ反応と呼ばれる反応によって炭素の生成が可能であることを示し、それによって超新星によって放出されるチリとガスから炭素を基礎とした生命の創生が可能となることを明らかにした[29]。
ベリリウムの最も内側の電子は化学結合に関与することができるため、7Be の電子捕獲による崩壊は、化学結合に関与することのできる原子軌道から電子を奪うことによって起こる。その崩壊確率はベリリウムの電子構成に大部分を依存しており、核崩壊において希なケースである[30]。
既知のベリリウム同位体のうち最も半減期が短いものは中性子放出によって崩壊する13Be であり、その半減期は2.7 × 10−21 秒である。6Be もまた非常に半減期が短く、5.0 × 10−21 秒である[31]。エキゾチック原子核である 11Be および 14Be は、中性子が原子核の周りを周回する中性子ハローを示すことが知られている[32]。この現象は、液滴模型において、古典的なトーマス・フェルミ理論(英語版)による表面対称エネルギーの影響によって、中性子の分布が陽子分布よりも外部に大きく広がっていると理解することができる[33]。
ベリリウムの不安定な同位体元素は恒星内元素合成においても生成されるが、これらは生成後すぐに崩壊する[34]。
なお、原子番号が偶数で、安定同位体が1つしかない元素はベリリウムだけである[35]。通常、原子番号が20以下の元素においては、陽子と中性子が偶数であるものは奇数のものと比較して結合エネルギーが大きく安定であり、またベーテ=ヴァイツゼッカーの質量公式より陽子数と中性子数が同数のものほど対称エネルギーの効果のため安定となるが、陽子数および中性子数が共に4である 8Be は例外的に不安定である[36]。これは、8Be の崩壊生成物である 4He が魔法数を取っているため非常に安定であることによる。
分析[編集]
ベリリウムの性質はアルカリ土類金属よりもアルミニウムなどと類似しているため、ベリリウムの分析方法はアルミニウムや鉄、クロム、希土類元素などと同一のグループとして扱わる。このようなグループはアンモニアによるアルカリ性の条件において水酸化物の沈殿を生じることからアンモニア属と呼ばれる[37]。
定性分析[編集]
ベリリウムはアルカリ性の状態で3, 5, 7, 2', 4'-ペンタヒドロキシフラボン(モリン)と反応させることで黄色の蛍光を観察することができるため、この反応を利用して定性分析を行うことができる。この蛍光は日光ではあまり発色しないため、発色を観察するためには紫外線の照射を行う。このベリリウムとモリンとの反応を阻害するようなイオンが共存していなければ、1 ppmの濃度でも十分に強い発色を観察することができるほどに分析感度が高く、この方法での検出限界は0.02 ng (10−9 g) である[38][39]。モリンはリチウムやスカンジウム、大量のカルシウムや亜鉛などとも反応して蛍光を発するため、これらのイオンが共存しているとベリリウムの検出を阻害するが、その発光強度は弱いため通常は問題とならない。また、カルシウムはピロリン酸、亜鉛はシアンを加えることによってそれらの元素とモリンとの反応を抑制することができる[38]。
定量分析[編集]
ベリリウムはアンモニアによって水酸化物の沈殿を生じるため、これを利用して重量分析を行うことができる[40]。この水酸化物の沈殿は pH 6.5 から 10 までの範囲で生じ、アンモニア添加量が過剰になり pH が高くなりすぎると水酸化物の沈殿が再溶解してしまう[41]。得られた水酸化物を濾過、洗浄した後、強熱することで水酸化ベリリウムを酸化ベリリウムとし、その重量を計量することでベリリウム濃度が分析される。この方法を用いる場合、分析試料の溶液中に炭酸塩もしくは炭酸ガスが含まれると、水酸化ベリリウムとして沈殿せずに炭酸ベリリウムとして溶液中に残ってしまうため分析結果に誤差が生る原因となる。また、沈殿の洗浄が不十分で塩化物が残留していると、強熱時に水酸化ベリリウムと反応して塩化ベリリウムとなって揮発してしまうため、こちらも誤差の原因になる[40]。鉱石中のベリリウムの分析などの多成分中のベリリウムを分析する際には、アルミニウムや鉄などの成分がベリリウムと同様の条件で水酸化物の沈殿を生成するため、前処理を行いこれらの元素を分離する必要がある[42]。通常用いられる方法としては、一旦不純物を含んだ水酸化物の沈殿を生成させ、その水酸化物を炭酸水素ナトリウムで処理してベリリウムを水溶性の炭酸塩として水に溶解させることで鉄やアルミニウムから分離する方法が用いられる[43]。また、ケイ素を多く含む場合は炭酸ナトリウムを用いたアルカリ溶融法が用いられる[44]。このような古典的手法のほか、イオン交換膜法や水銀電極を用いた電気分解などの方法も利用される[39]。
溶液中の微量のベリリウムの分析には電気炉加熱原子吸光光度法 (AAS) もしくは誘導結合プラズマ発光分析法 (ICP-AES)、誘導結合プラズマ質量分析法 (ICP-MS) が用いられる。AAS の吸収波長は234.9 nm であり、ICP-AES の発光波長は313.042 nm が用いられる。AAS では試料溶液は塩酸もしくは硝酸で酸性に調整し、ICP-AES および ICP-MS では硝酸で酸性に調整して分析を行う。海水のような他の塩類を多く含む試料を測定する場合には、EDTA およびアセチルアセトンを用いて溶媒抽出法によりベリリウムを分離する[45]。最も感度の高いベリリウムの分析手法としては、トリフルオロアセチルアセトンを用いて揮発性のベリリウム錯体としてガスクロマトグラフィーを用いて分析する方法が挙げられ、検出限界0.08 pg (10−12 g) という分析精度が1971年に報告されている[46]。
歴史[編集]
緑柱石
ルイ=ニコラ・ヴォークラン
ベリリウムという名前は緑柱石(beryl, ギリシア語で beryllos)に由来している。ベリリウム塩類が甘みを持つことから、かつてはグルシニウム(glucinium, ギリシア語で甘さを意味する glykys から)と呼ばれた[47]。
初期の分析において緑柱石とエメラルドは常に類似した成分が検出されており、この物質はケイ酸アルミニウム(英語版)であると誤って結論付けられていた。鉱物学者であったルネ=ジュスト・アユイはこの二つの結晶が著しい類似点を示すことを発見し、彼はこれを化学的に分析するために化学者であるルイ=ニコラ・ヴォークランに尋ねた。1797年、ヴォークランは緑柱石をアルカリで処理することによって水酸化アルミニウムを溶解させ、アルミニウムからベリリウム酸化物を分離させることに成功した[48]。ヴォークランはベリリウム化合物が甘みを持つことから、この新しい元素をグルシニウムと命名した[49]。1828年にフリードリヒ・ヴェーラー[50]とアントワーヌ・ビュシー[51]がそれぞれ独立に、金属カリウムと塩化ベリリウムを反応させることによるベリリウムの単離に成功した。
BeCl2 + 2 K → 2 KCl + Be
カリウムは、当時新しく発見された方法である電気分解によってカリウム化合物より生産されていた。この化学的手法によって得られるベリリウムは小さな粒状であり、金属ベリリウムのインゴットを鋳造もしくは鍛造することは出来なかった。同年、ドイツの化学者マルティン・ハインリヒ・クラプロートがこの元素を緑柱石にちなんでベリリウムを命名した[52]。1898年、ポール・ルボー(英語版)はフッ化ベリリウムとフッ化ナトリウムの混合融液を直接電気分解することによって、初めて純粋なベリリウムの試料を得た[49]。
第一次世界大戦以前にも有意な量のベリリウムが生産されていたが、大規模生産が始まったのは1930年代初期からである。ベリリウムの生産量は、硬いベリリウム銅合金および蛍光灯の蛍光体用途の需要の伸びによって、第二次世界大戦中に急速に増加した。初期の蛍光灯にはベリリウムを含有したオルトケイ酸亜鉛が使用されていたが、後にベリリウムの有毒性が発見されたためハロリン酸系蛍光体に置き換えられた[53]。また、ベリリウムの初期の主要な用途の一つとして、その硬さや融点の高さ、非常に優れたヒートシンク性能を利用した軍用機のブレーキへの利用が挙げられるが、こちらも環境への配慮から別の材料に代替された[11]。
存在[編集]
ベリリウム鉱石
ベリリウムは宇宙において非常に希な元素で、宇宙全体の平均濃度の推定値は重量濃度で1 ppb(10億分の1)であり、ニオブより原子量の小さい元素の中ではホウ素と並んで最も存在率が小さい[54]。太陽内部でも重量濃度0.1 ppbと希であり、レニウムと同程度の存在量である[55]。一方、地球におけるベリリウム濃度は、地表の岩石中の重量濃度の推定値でおよそ2.8から5 ppm[56]、海水中でおよそ0.0006 ppb[57]、河川の水においては海水中よりは多くおよそ0.1 ppbである[58][59]。太陽中のベリリウム濃度が地球上のベリリウム濃度と比較して著しく低い原因は、太陽の燃焼における核反応で消費されるためと考えられている[60]。
地表の岩石中のベリリウム濃度は前述のようにおよそ2.8から5 ppmであるが、ベリリウム鉱石によって高濃度にベリリウムが存在する地域もある[56]。ベリリウムは約4,000種類の既知の鉱石のうち、約100種類の鉱石において主成分となっており[61]、その中でも重要なものは、ベルトラン石(英語版) (Be4Si2O7(OH)2)、緑柱石 (Al2Be3Si6O18) およびフェナカイト(英語版) (Be2SiO4) である[62]。このようなベリリウム鉱石は主にマグマの冷却過程に由来するペグマタイト中で濃縮される[63]。また、ベリリウム鉱石は凝灰岩や閃長岩からも発見されており[64]、これらはすべて火山活動に由来する火成岩や火山砕屑岩である。また、土壌中のベリリウムは植物によってわずかに吸収され、カラマツなど特定の植物はベリリウムを蓄積する[65]。
大気中のベリリウム濃度は先進国の都市部でおよそ0.03から0.07 ng/m3ほどであるが、ベリリウムの大気への主要供給源は化石燃料の燃焼によるものであるため、工業化の進んでいない国においてはさらに低濃度になると推測されている。1987年のアメリカ合衆国環境保護庁のデータによれば、自然におけるベリリウムの大気への放出量は年間5.2 tほどであるが、化石燃料の燃焼を含む人類の活動によるベリリウムの大気への放出量は年間187.4 tにも及ぶ[66]。
生産[編集]
高純度ベリリウム (99 %以上、140 g)
ベリリウムは高温状態で酸素と高い親和性を示すなどの性質を有しているため、ベリリウム化合物から金属ベリリウムを精製することは非常に困難である。19世紀の間は金属ベリリウムを得るための方法として、フッ化ベリリウムとフッ化ナトリウムの混合物を電気分解するという方法が用いられていた[49]。しかしこのような方法は、ベリリウムの融点が高いために金属ベリリウムの製造に類似した方法を用いるアルカリ金属の製造と比較して多くのエネルギーが必要だった。20世紀の初めには、ヨウ化ベリリウムの熱分解によるベリリウムの生産法が研究され、ジルコニウムの生産法に類似した方法が成功を収めたが、この方法では大量生産において経済的に採算が取れないことが判明した[67]。2007年現在では、ベリリウム鉱石中の酸化ベリリウムを処理することによってフッ化ベリリウムとし、それをマグネシウムを用いて還元させることで生産されている[68]。
BeF2 + Mg → MgF2 + Be
この金属ベリリウムの精製に用いられるフッ化ベリリウムは、主にベリリウム鉱物である緑柱石を原料として生産される[8]。ベリリウム鉱石は石英と同程度の比重であるために比重差を利用した選鉱を行うことができず多くの場合選鉱は手作業に頼っているが、ベリリウム鉱石にガンマ線を照射することでベリリウムから放出された中性子を検出して選別する自動装置も開発されている[69]。こうして選鉱された緑柱石からベリリウムを抽出するために硫酸処理が行われるが、鉱石のままでは硫酸と400度で反応させたとしてもベリリウムはほとんど溶解しないため、前処理としてアルカリ処理もしくは熱処理が行われる[70]。アルカリ処理はケイ素を多く含む試料を分析する際に用いられるアルカリ溶融法と同様の原理でケイ素と金属を分離する方法であり、ベリリウム鉱石に水酸化ナトリウムや炭酸ナトリウムのようなアルカリを加えて溶融させる[70]。熱処理は1650度以上の高温に加熱することで緑柱石を溶融させて鉱石中のベリリウムを完全に酸化ベリリウムとした後、再度900度に加熱することで二酸化ケイ素から遊離させてベリリウムの溶解性を高める方法である[70]。このようにしてベリリウムを溶出させやすいように前処理を行った後、硫酸処理を行うことで硫酸ベリリウムの溶液として鉱石からベリリウムを抽出することができる[8]。得られた硫酸ベリリウム溶液をアルカリで中和することで水酸化ベリリウムの沈殿が得られ、これをフッ化アンモニウムと反応させた後、熱分解させることによってフッ化ベリリウムが生産される[8]。また、ベリリウム鉱石中からベリリウムを分離抽出する方法としては他にも、ヘキサフルオロケイ酸ナトリウムを加えて700度で溶融させテトラフルオロベリリウム酸ナトリウムとして抽出する方法や[71]、ベリリウム鉱石を炭素と共に塩素気流下、630度以上で塩素と直接反応させて塩化ベリリウムとして抽出する方法などがある[72]。このようにして得られた塩化ベリリウムを溶融塩電解することでも金属ベリリウムを生産することができる[68]。この方法では、塩化ベリリウムの電気伝導度が非常に低く電解効率が悪いため、塩化ナトリウムが助剤として加えられる[14]。
工業規模でのベリリウム産出に関与しているのはアメリカ、中国およびカザフスタンの3国のみである[73]。2008年時点のアメリカにおけるベリリウムおよびベリリウム化合物の主な生産者はブラッシュ・エンジニアード・マテリアルズ社である[74]。ブラッシュ・エンジニアード・マテリアルズ社では、ベリリウムを製錬するための原料の大部分を自身が所有するスポール山の鉱床(ユタ州)から産出されるベリリウム鉱石(ベルトラン石を含む)から得ている。ベリリウムの製錬および他の精製は、ユタ州デルタ(英語版)の北10マイルにある工場で行われており[75]、その場所はインターマウンテン・パワー・プロジェクトによる発電設備から近くかつ町からも離れているために選ばれた[76]。1998年から2008年までの間、ベリリウムの世界の生産量は343トンからおよそ200トンにまで減少しており、200トンのうち176トン(88 %)はアメリカで生産されている[77][78]。真空鋳造によって製造されたベリリウムインゴットの2001年におけるアメリカ市場でのキログラム単価は745ドルであった[79]。
用途[編集]
ベリリウムの用途には、その物理的性質を利用したX線装置や構造材、鏡(ベリリウムミラー)、合金材料、音響材料としての用途、磁気的性質を利用した工具製造、電子物性を利用した電子材料、核的性質を利用した中性子源や、ベリリウム鉱石の外観の美しさを利用した宝石としての用途が挙げられる。この中には核兵器やミサイル、射撃管制装置などの軍事的用途も含まれ、そのような分野に関する詳細な情報を入手することは難しい[80]。また、ベリリウムの毒性により、過去に用いられていた蛍光材料としての用途は既に他の代替材料に置き換えられており、ベリリウム銅合金なども代替材料の開発が進められている。
X線透過窓[編集]
鋼鉄製のケースに乗せられた四角いベリリウム箔。真空チャンバーとX線顕微鏡の間で「窓」として用いられる。
ベリリウムはX線を透過させるための窓に用いられる。ベリリウムは原子番号が小さく電子の数が少ないため、X線に対する透過率が非常に高い。そのため、X線源やビームライン、X線望遠鏡などの検出器用の窓に用いられる。この用途においては、X線像に不要な像が写り込むことを回避するためにベリリウムの純度と清潔さが最も要求される。また、X線探知機のX線放射窓としてもベリリウムの薄膜が用いられている。これは、ベリリウムのX線吸収率が非常に低いことによって、高強度のシンクロトロン放射光に典型的な低エネルギーX線に起因する熱の影響を最小限に留めることができるためである。さらに、シンクロトロンによる放射線試験のための真空気密窓およびビームチューブの素材にはベリリウムのみが用いられている。他にも、エネルギー分散型X線分析などの様々なX線を利用した分析機器においてはベリリウム製のサンプルホルダーが常用される。これは、ベリリウムから発生する特性X線や蛍光X線の有するエネルギーが100 eV以下と分析試料由来のX線と比較して非常に低く、試料の分析データに影響を与えないためである[11]。
ベリリウムはまた、素粒子物理学の実験装置において高エネルギー粒子を衝突させる場所周辺のビームラインを構築するための素材として用いられる。たとえば、大型ハドロン衝突型加速器の実験における主要な4つの検出器全て(ALICE検出器、ATLAS検出器、CMS検出器(英語版)、LHCb検出器(英語版))[81]やテバトロン、SLAC国立加速器研究所において用いられている。このような用途においてはベリリウムが持つ様々な性質が効果的に働いている。すなわち、ベリリウムの原子番号の小ささに由来する高エネルギー粒子に対する透過性が比較的高いという性質や、ベリリウムの密度が低いという性質によって、粒子の衝突によって発生した生成物を重大な相互作用なしに周囲の検出器へと誘導することができる。また、ベリリウムは剛性が高いためベリリウムのパイプ内を非常に高真空にでき、残留した気体分子による相互作用を最小限にすることができる。さらに、ベリリウムは熱的に非常に安定しているため、絶対零度よりわずかに高い程度の極低温においても正常に機能することができる。その上、ベリリウムの反磁性を有する性質によって、粒子線を収束させて検出器まで導くために用いられる複雑な多極電磁石システムへの干渉を防ぐことができる[82]。
機械的用途[編集]
ベリリウムは剛性が大きく、軽く、広い温度範囲における寸法安定性を有しているため、防衛産業や航空宇宙産業において軽量な構造部材として、たとえば、高速航空機やミサイル、宇宙船、通信衛星などに用いられる。液体燃料ロケットには高純度ベリリウムのロケットエンジンノズルが用いられている[83][84]。また、少数ではあるものの自転車のフレームにも用いられている[85]。また、ベリリウムは硬く、融点が高く、さらに非常に優れたヒートシンク性能を有しているため、軍用機やレース車両のブレーキディスクに用いられていたが、環境への配慮のため代替材料が用いられている[11][86]。
ベリリウムは優れた弾性剛性を有しているため、例えばジャイロスコープによる慣性航法装置や光学系のための支持構造物などの精密機器に利用される[11]。
ベリリウムミラー[編集]
ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡のベリリウム製の主鏡。
ベリリウムミラーは、気象衛星のような低重量および長期間の寸法安定性が重要とされる用途に対する大面積の鏡(しばしばハニカムミラー(英語版))に用いられる。たとえば、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の主鏡はベリリウム製であり[87]、同様の理由でスピッツァー宇宙望遠鏡もベリリウム製の反射望遠鏡が用いられている[88]。
また、より小さなベリリウムミラーは光学的な制御システムや射撃管制装置に用いられる。例えば、ドイツの主力戦車であるレオパルト1やレオパルド2に用いられている[89]。これらのシステムには鏡の非常に迅速な動きが要求されるため、ベリリウムの低重量かつ高剛性な性質が必要とされる。通常このベリリウムミラーは、光学的仕上げ材による研磨をより容易に行えるように無電解ニッケルめっきによって被覆される。しかしながら極低温条件で用いる場合などには、熱膨張率の違いによって被覆材に歪みが生じてしまうため、このような用途においては被覆材を用いずに直接磨き上げられる[11]。
磁気的用途[編集]
機雷などの爆発物は磁気に反応して爆発する磁気信管を一般的に備えているため、軍による機雷の除去作業では磁性を持たないベリリウムやその合金から作られる器具が用いられる[90]。それらはまた、強い磁場を発生させる核磁気共鳴画像法 (MRI) の機械の近くで用いられるメンテナンス器具や建設材料にも用いられる[91]。無線通信や強力なレーダー(通常は軍用)の分野においては、非常に磁気の強いクライストロン (Klystron) やマグネトロン、進行波管(英語版)などの高レベルなマイクロ波を発生させるための送信機が使われるため、それらを調整するためにもまたベリリウム製の手工具が用いられる[92]。
音響材料[編集]
ベリリウム製ドーム型振動板を持つスピーカーユニット
ベリリウムは低質量かつ高剛性であるため、およそ12.9 km/sと高い音の伝導率を示す。ベリリウムのこの物性を利用して、高音域スピーカーの振動板として主にドーム型に成形し使用される。しかしながら、ベリリウムはしばしばチタン以上に高価であり、その脆性の高さにより成形が困難であり、処置を誤れば製品の毒性を封印できないため、ベリリウム製のツイーターはハイエンドな家庭用や業務用オーディオ、Public Addressなどの用途に限られている[93][94][95]。高音域スピーカーの振動板としての使用例としては、ヤマハ[96]・パイオニア[97]等の音響機器メーカーの製品があり、グレース製レコード針のカンチレバーに用いられた例がある[98]。また、その熱伝導率の良さから、セラミック送信管(アイマック(英語版)社製、eimac 8873)の本体および純正放熱用熱伝導体として酸化ベリリウムが採用された例がある[99]。ベリリウムは他の金属との合金としても頻繁に利用されるが、その合金組成に明記されないこともある[100]。
核物性の利用[編集]
ベリリウムの薄いプレートやホイールは、しばしばテラー・ウラム型のような熱核爆弾において、核融合燃料に「点火」するためのトリガーである第一段階の核分裂爆弾を囲うプルトニウムピット(英語版)の最外層として用いられる。このようなベリリウムの層は、239Pu を爆縮させるための良好な核反応促進材であり、初期の実験的な原子炉において中性子反射減速材として利用されていたように良好な中性子反射体でもある[101]。
陽子線を中性子線に「変換」するベリリウムターゲット
ベリリウムはまた、比較的少ない中性子を必要とする原子炉規模以下の実験用途において、一般的に中性子源として用いられる。この目的のための 9Be ターゲット材は、210Po や 226Ra、239Pu、241Am などの放射性同位体から放出される高エネルギーなアルファ粒子を衝突させることで中性子が取り出される。この時に起こる核反応によって、9Be は 12C になり、遊離した中性子はアルファ粒子が移動するのと同じ方向へ放出される。ベリリウムはそのような中性子源として、urchin と呼ばれる中性子点火器(英語版)として初期の原子爆弾にも利用されていた[101]。
ベリリウムは欧州連合のトーラス共同研究施設における核融合研究所においても利用されており、より高度なITERにおいてプラズマに直接接する部分の素材としても利用されている[102]。ベリリウムはまた、その機械的、化学的、核的な物性の組み合わせの良さから、核燃料棒の被覆素材としての利用も提案されている[11]。フッ化ベリリウムは、溶融塩原子炉設計の多くの仮定において、溶媒、減速材および冷却材としての使用が想定されている、共晶塩であるフッ化リチウムベリリウム(英語版)を構成する塩の1つである[103]。
電子材料[編集]
ベリリウムはIII-V族半導体においてP型半導体のドーパントである。それは、分子線エピタキシー法 (MBE) によって製造されるヒ化ガリウムやヒ化アルミニウムガリウム(英語版)、ヒ化インジウムガリウム(英語版)、ヒ化インジウムアルミニウム(英語版)のような素材において広く用いられている[104]。クロス圧延されたベリリウムのシートはプリント基板への表面実装における優れた構造支持体である。電子材料におけるベリリウムの重要な用途は、構造支持のみならずヒートシンク素材としての用途がある。この用途においては、アルミナおよびポリイミドガラス基盤と調和した熱膨張率が必要とされる。これらの電子的用途のために特別に設計されたベリリウム-酸化ベリリウム複合材料は「E-Material(英語版)」と呼ばれ、様々な基盤素材に合わせて熱膨張率を調整できる利点がある[11]。
電気絶縁性および優れた熱伝導率、高い耐久性、硬さ、非常に高い融点という複数の特性が要求されるような多くの用途において、酸化ベリリウムが利用される。酸化ベリリウムは、電気通信のための無線周波送信機におけるパワートランジスタの絶縁基盤として多用される。酸化ベリリウムはまた、酸化ウランの核燃料ペレットにおいて熱伝導性を向上させるための用途が検討されている[105]。ベリリウム化合物は蛍光灯にも用いられていたが、ベリリウムを用いた蛍光灯の製造工場で働く労働者にベリリウム中毒が発症したため、この用途でのベリリウムの利用は中止された[106]。
宝石[編集]
ベリリウム鉱物である緑柱石のうち状態の良い物は宝石として利用される[11][107][108]。緑柱石由来の宝石としては、不純物としてクロムを含み濃い緑色を呈するエメラルド、2価の鉄を含み水色を呈するアクアマリン、3価の鉄を含み黄色を呈するゴールデンベリル、マンガンを含むレッドベリルやモルガナイトなどがある[109][110]。
同じくベリリウム鉱物である金緑石からなる宝石には、宝石の表面に猫の目のような細い光の筋が見えるキャッツアイ効果を示す猫目石や、光源の種類によって見える色が変化する変色効果を示すアレキサンドライトといった特殊な効果を示すものがあり、キャッツアイ効果と変色効果を併せ持つものも存在する[111]。アレキサンドライトの赤紫色は不純物として含まれる鉄によるものである。
エメラルド
アクアマリン
レッドベリル
モルガナイト
猫目石
アレキサンドライト
合金[編集]
ベリリウム銅製の工具
銅 (Cu) に0.15 %から2.0 %程度を混ぜてベリリウム銅合金として利用される。銅よりもはるかに強く、純銅に近い良好な電気伝導性がある。膨張率はステンレス鋼や鋼(はがね)に近い。ゆっくり変化する磁界に対し高い透磁率をもつ[112]。ベリリウム銅合金は常温下での強度が高く高抗張力で弾性が大きいため、バネ材に用いられることが多い。また、磁化しにくい・打撃を受けても火花が出ない特徴を持つことから[113]、このため石油化学工業などの爆発雰囲気の中で使用する防爆工具に、安全保持上用いることもある。ベリリウム銅合金はまた、Jason pistols と呼ばれる、船から錆やペンキをはぎ取るのに用いられる針状の器具にも用いられる[114]。また、銅の代わりにニッケルを用いた合金も、同様に利用される[115]。ベリリウム銅合金はベリリウムの持つ毒性のために代替材料の開発が進められており、実用化されているものもある[116][117][118]。
また、アルミベリリウム合金も軽量かつ強度が高い特徴があり、F1レーシングカーの部品(安全性の観点から2004年以降は使用禁止)や航空機の部品にも使用されている[119]。
危険性[編集]
人体への影響[編集]
NFPA 704
NFPA 704.svg
1
3
0
金属ベリリウムに対するファイア・ダイアモンド表示[120]
ベリリウムは人体への曝露によってベリリウム肺症もしくは慢性ベリリウム症として知られる深刻な慢性肺疾患を引き起こすように極めて毒性の高い物質であり[121]、水棲生物に対しても非常に強い毒性を示す[120]。また、可溶性塩の吸入によって化学性肺炎である急性ベリリウム症を引き起こし、皮膚との接触によって炎症が引き起こされる[121]。
慢性ベリリウム症は数週間から20年以上と非常に個人差の大きい潜伏期間があり、その死亡率は37 %で、妊婦においては更に死亡率が高くなる[121]。慢性ベリリウム症は基本的には自己免疫疾患であり、感受性を有する人は5 %以下であると見られている[122]。慢性ベリリウム症におけるベリリウムの毒性の機序は、ベリリウムが酵素に影響を与えることで代謝や細胞複製が阻害されることによる[121]。慢性ベリリウム中毒は多くの点でサルコイドーシスに類似しており、鑑別診断においてはこれらを見分けることが重要とされる[123]。
急性ベリリウム症は基本的には化学性肺炎であり、慢性ベリリウム症とは異なる機序によるものである。その定義は「継続期間1年未満のベリリウム由来の肺疾患」[124]とされており、ベリリウムへの曝露量と症状の重さには直接的な因果関係が見られる。ベリリウム濃度が1000 μg/m3以上になると発症し、100 μg/m3未満では発症しないことが明らかとなっている[125]。
急性ベリリウム症は最高曝露量の設定による作業環境の改善に伴い減少しているが、慢性ベリリウム症はベリリウムを扱う産業において多く発生しており[121][126]、ベリリウムの許容濃度を順守している工場においても慢性ベリリウム疾患の発症した例が確認されている[127]。また、このような産業に関わらない人々にも化石燃料の燃焼に起因する極微量の曝露がみられる[128]。
ベリリウムおよびベリリウム化合物は、WHO の下部機関 IARC より発癌性がある (Type1) と勧告されている[129]。カリフォルニア州環境保健有害性評価局が算出した公衆健康目標のガイドライン値は1 μg/L、有害物質疾病登録局が算出した最小リスク濃度は0.002 mg/kg/day(体重1キロ当たり、1日に0.002mg)とされている[128]。ベリリウムは生体内で代謝されないため、一度体内に取り込まれたベリリウムは排出されにくく[128]、主に骨に蓄積されて尿により排出される[130]。
ベリリウム症の歴史[編集]
1933年(昭和8年)、ドイツにおいて「化学性肺炎」という形で急性ベリリウム症が初めて報告され、ついで1946年(昭和21年)には慢性ベリリウム症がアメリカで報告された[131]。このような症例は蛍光灯工場やベリリウム抽出プラントにおいて多くみられたため、1949年(昭和24年)には蛍光灯におけるベリリウムの利用が中止され、1950年代初頭にはベリリウムの最高曝露濃度が25 μg/m3に定められた。こうして作業環境が大幅に改善されたことによって急性ベリリウム症の罹患率は激減したが、核産業や航空宇宙産業、ベリリウム銅などの合金、電子装置の製造などの分野においてはベリリウムの利用が続いている。1952年(昭和27年)、アメリカでベリリウム症例登録制度がはじまり、1983年(昭和58年)までに888件の症例が登録された[121]。この制度においては6つの診断基準が定められ、そのうち3つが当てはまると慢性ベリリウム症であるとして登録されるようになっていた[123]。検査技術の向上した2001年(平成13年)現在では、肺の経気管支の生体組織診断などによる組織病理学的な確認、リンパ球幼若化試験およびベリリウムの曝露歴の3点が診断基準とされている[122]。ベリリウムは原子爆弾の核反応促進材に利用されるため、初期の原子爆弾の開発に携わった研究者の幾人かはベリリウム中毒によって命を落としている(例えばアメリカの核物理学者でありマンハッタン計画にも携わったハーバート・L・アンダーソン(英語版)[132])。
爆発性[編集]
ベリリウムは酸化被膜のために反応性に乏しい金属であるが一度着火すると燃焼しやすい性質であるため、空気中にベリリウムの粉塵が存在している状態では粉塵爆発が起こる危険性がある[121]。
脚注[編集]
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ベリリウムは主に合金の硬化剤として利用され、その代表的なものにベリリウム銅合金がある。また、非常に強い曲げ強さ、熱的安定性および熱伝導率の高さ、金属としては比較的低い密度などの物理的性質を利用して、高速航空機やミサイル、宇宙船、通信衛星などの軍事産業や航空宇宙産業において構造部材として用いられる。ベリリウムは低密度かつ原子量が小さいためX線やその他電離放射線に対して透過性を示し、その特性を利用してX線装置や粒子物理学の試験におけるX線透過窓として用いられる。
ベリリウムを含有するチリは人体へと吸入されることによって毒性を示すため、その商業利用には技術的な難点がある。ベリリウムは細胞組織に対して腐食性であり、慢性ベリリウム症と呼ばれる致死性の慢性疾患を引き起こす。
目次 [非表示]
1 性質 1.1 物理的性質
1.2 化学的性質
1.3 化合物
1.4 核的性質
1.5 同位体および元素合成
2 分析 2.1 定性分析
2.2 定量分析
3 歴史
4 存在
5 生産
6 用途 6.1 X線透過窓
6.2 機械的用途
6.3 ベリリウムミラー
6.4 磁気的用途
6.5 音響材料
6.6 核物性の利用
6.7 電子材料
6.8 宝石
6.9 合金
7 危険性 7.1 人体への影響
7.2 ベリリウム症の歴史
7.3 爆発性
8 脚注
9 参考文献
10 関連項目
11 外部リンク
性質[編集]
ベリリウムは周期表の上では第2族元素に属しているが、その性質は同じ族の元素であるカルシウムやストロンチウムよりもむしろ第13族元素であるアルミニウムに類似している[2]。たとえば、カルシウムやストロンチウムは炎色反応によって発色するが、ベリリウムは無色である[3]。そのため、ベリリウムは第2族元素ではあるが、アルカリ土類金属には含まれないこともある[4]。また、ベリリウムの二元化合物の構造は亜鉛とも類似している[5]。
物理的性質[編集]
ベリリウムの常温、常圧(標準状態)における安定した結晶構造は六方最密充填構造 (HCP) であり、その格子定数は a = 2.268 Å、b = 3.594 Å である[6]。モース硬度6から7[7]と第2族元素の中で最も硬いが、粉砕によって粉末にできるほど脆い[8]。しかしながら、高温になると展延性が増すため[9]、核融合炉のような高温条件で利用する用途において高い機械的性質を発揮することができる[10]。この用途では、400 ℃を下回る温度になると使用上問題となるレベルにまで延展性が低下してしまう[10]。比重は1.816、融点は1284 °C、沸点は2767 °Cである[8]。
ベリリウムはヤング率287 GPa と非常に強い曲げ強さを有しており、弾性率は鋼より大きくおよそ50 %である。このような高いヤング率、弾性率に由来してベリリウムの剛性は非常に優れており、後述の熱負荷の大きい環境における安定性も相まって宇宙船や航空機などの構造部材に利用されている。また、この弾性率の大きさと、ベリリウムが比較的低密度であるという物性が組み合わさることにより、周囲の状況に応じて変化するものの、およそ 12.9 km/s という著しく高い音の伝導性を示す。この性質を利用して音響材料におけるスピーカーの振動板などに用いられている。ベリリウムの他の重要な特性としては、1925 J・kg−1・K−1 という高い比熱および、216 W・m−1・K−1 という高い熱伝導率が挙げられ、これらの物性によってベリリウムは単位重量当たりの放熱物性に最も優れた金属である。この放熱物性を利用した用途としてヒートシンク材料が挙げられ、電子材料などにおいて活用されている。またこれらの物性は、11.4×10−6 K−1 という比較的低い線形熱膨張率や1284 °Cという高い融点も相まって、熱負荷の大きな状況下における非常に高い安定性をもたらしている[11]。
化学的性質[編集]
ベリリウムの単体は還元性が非常に強く、その標準酸化還元電位 E0 は −1.85 V である[12]。この標準電位の値はイオン化傾向においてアルミニウムの上に位置しているため大きな化学活性が期待されるが、実際には表面が酸化物の膜(酸化被膜)に覆われて不動態化するため高温に熱した状態でさえも空気や水と反応しない。しかしながら、一旦点火すれば輝きながら燃焼して酸化ベリリウムと窒化ベリリウムの混合物が形成される[13]。
ベリリウムは通常、表面に酸化被膜を形成しているため酸に対しての強い耐性を示すが、酸化被膜を取り除いた純粋なベリリウムでは塩酸や希硫酸のような酸化力を持たない酸に対しては容易に溶解する。硝酸のような酸化力を有する酸に対してはゆっくりとしか溶解しない。また、強アルカリに対してはオキソ酸イオンであるベリリウム酸イオン (Be(OH)42−) を形成して水素ガスを発生させながら溶解する。このような酸やアルカリに対する性質はアルミニウムと類似している[14]。ベリリウムは水とも水素を発生させながら反応するが、水との反応によって生じる水酸化ベリリウムは水に対する溶解度が低く金属表面に被膜を形成するため、金属表面のベリリウムが反応しきればそれ以上反応は進行しない[15]。
ベリリウムの電子殻
ベリリウム原子の電子配置は [He] 2s2 である。ベリリウムはその原子半径の小ささに対してイオン化エネルギーが大きいため電荷を完全に分離することは難しく、そのためベリリウムの化合物は共有結合性を有している[16]。第2周期元素は原子量が大きくなるにしたがってイオン化エネルギーも増大する法則が見られるがベリリウムはその法則から外れており、より原子量の大きなホウ素よりもイオン化エネルギーが大きい。これは、ベリリウムの最外殻電子が2s軌道上にあり、ホウ素の最外殻電子は2p軌道上にあることに起因している。2p軌道の電子は内殻に存在するs軌道の電子によって遮蔽効果(有効核電荷も参照)を受けるため、2p軌道に存在する最外殻電子のイオン化エネルギーが低下する。一方で2s軌道の電子は遮蔽効果を受けないため、相対的に2p軌道の電子よりもイオン化エネルギーが大きくなり、これによってベリリウムとホウ素の間でイオン化エネルギーの大きさの逆転が生じる[17]。
ベリリウムの錯体もしくは錯イオンは、たとえばテトラアクアベリリウム(II)イオン (Be[(H2O)4]2+) やテトラハロベリリウム酸イオン (BeX42−) のように、多くの場合4配位を取る[16]。EDTA は他の配位子よりも優先してベリリウムに配位して八面体形の錯体を形成するため、分析技術にこの性質が利用される。たとえば、ベリリウムのアセチルアセトナト錯体に EDTA を加えると、EDTA がアセチルアセトンよりも優先してベリリウムとの間で錯体を形成してアセチルアセトンが分離するため、ベリリウムを溶媒抽出することができる。このような EDTA を用いた錯体形成においては Al3+ のような他の陽イオンによって悪影響を受けることがある[18]。
化合物[編集]
硫酸ベリリウム
硫酸ベリリウムや硝酸ベリリウムのようなベリリウム塩の溶液は [Be(H2O)4]2+ イオンの加水分解によって酸性を示す。
[Be(H2O)4]2+ + H2O is in equilibrium with [Be(H2O)3(OH)]+ + H3O+
加水分解による他の生成物には、3量体イオン [Be3(OH)3(H2O)6]3+ が含まれる。
ベリリウムは多くの非金属原子と二元化合物を形成する。無水ハロゲン化物としては、フッ素、塩素、臭素、ヨウ素との化合物が知られており、固体状態においては橋掛け結合によって重合している[16]。フッ化ベリリウム (BeF2) は、二酸化ケイ素のような角を共有した BeF4 の四面体構造を取り、ガラス状においては無秩序な直鎖構造を取る[19]。塩化ベリリウムおよび臭化ベリリウムは両端を共有した直鎖状の構造を取る。全てのハロゲン化ベリリウムは、気体の状態においては線形のモノマー分子構造を取る[16][13]。塩化ベリリウムは金属ベリリウムを塩素と直接反応させることによって得られ、これは塩化アルミニウムと同様の製法である[20]。
酸化ベリリウムはウルツ鉱型構造を取る耐火性の白色結晶であり、金属と同じぐらい高い熱伝導率を有する。酸化ベリリウムは2種類の多形が存在し、低温型の酸化ベリリウムは熱したアルカリ溶液などに溶解するが、高温では相転移してより安定な構造となり濃硫酸に硫酸アンモニウムを加えた熱シロップのみにしか溶解しなくなる[14]。他のベリリウムと第16族元素との化合物は硫化ベリリウムやセレン化ベリリウム、テルル化ベリリウムが知られており、それらは全て閃亜鉛鉱型構造を取る[21]。水酸化ベリリウムは両性を示し[14]、その酸性水溶液が他のベリリウム塩を合成する出発原料とされる[13]。
窒化ベリリウム (Be3N2) は非常に加水分解をしやすい、高融点な化合物である。アジ化ベリリウム (BeN6) およびリン化ベリリウム (Be3P2) は窒化ベリリウムと類似した構造を有していることが知られている。塩基性硝酸ベリリウムおよび塩基性酢酸ベリリウムは4つのベリリウム原子が中心の酸素イオンに配位した四面体構造を取る[21]。Be5B、Be4B、Be2B、BeB2、BeB6、BeB12 のようないくつかのホウ素化ベリリウムも知られている。炭化ベリリウム (Be2C) は耐火性のレンガ色をした化合物であり、水と反応してメタンを発生させる[21]。ケイ素化ベリリウムは同定されていない[13]。
核的性質[編集]
ベリリウムは、高エネルギーな中性子線に対して広い散乱断面積を有しており、その散乱断面積は0.01 eV を上回るものに対しておよそ6 バーンである。散乱断面積の正確な値はベリリウムの結晶サイズや純度に強く依存するため実際の散乱断面積は1桁ほど低くなり、ベリリウムが効果的に減速させることのできる中性子線のエネルギー範囲は0.03 eV 以上のものに限られる。このため、ベリリウムは高エネルギーな熱中性子は効果的に減速させることができるものの、エネルギーの低い冷中性子は減速させることができずに透過してしまう。この性質を利用して様々なエネルギーを持つ中性子の中から冷中性子のみを取り出すためのフィルターとして利用される[22]。
ベリリウムの主な同位体である 9Be は (n, 2n)中性子反応によって1つの中性子を消費して2つの中性子を放出し、2つのアルファ粒子に分裂する。したがって、ベリリウムの中性子反応は消費する中性子よりも多くの中性子を放出して系内の中性子を増加させる。
9
4Be + n → 2(4
2He) + 2n[23]
金属としてのベリリウムは大部分のX線およびガンマ線を透過するため、X線管などのX線装置におけるX線の出力窓として有用である。ベリリウムはまた、ベリリウムの原子核と高速のアルファ粒子との衝突によって中性子線を放出するため、実験における比較的少数の中性子線を得るための良好な中性子線源である[11]。
9
4Be + 4
2He → 12
6C + n[23]。
同位体および元素合成[編集]
太陽活動の変化による10Be濃度変化のプロット。10Be濃度を示す左側の縦軸は上に行くほど値が小さくなっていることに注意。
詳細は「ベリリウムの同位体」を参照
ベリリウムの安定同位体は 9Be のみであり、したがってベリリウムはモノアイソトピック元素(英語版)である。9Be は恒星において宇宙線の陽子が炭素などのベリリウムよりも重い元素を崩壊させることによって生成され、超新星爆発によって宇宙中に分散する。このようにして宇宙中にチリやガスとして分散した 9Be は、分子雲を形成する原子の1つてして星形成に寄与し、新しくできた星の構成元素として取り込まれる[24]。
10Beは、地球の大気に含まれる酸素および窒素が宇宙線による核破砕を受けることで生成される。宇宙線による核破砕によって生成したベリリウム同位体の大気中の滞在時間は成層圏で1年程度、対流圏で1か月程度とされており、その後は地表面に蓄積する。10Be はベータ崩壊によって 10B になるものの、その136万年という比較的長い半減期のために 10Be として地表面に長期間滞留し続ける。そのため、10Be およびその娘核種は、自然界における土壌の侵食や形成、ラテライトの発達などを調査するのに利用される[25]。また、太陽の磁気的活動が活発化すると太陽風が増大し、その期間は太陽風の影響によって地球に到達する銀河宇宙線が減少するため、銀河宇宙線によって生成される 10Be の生成量は太陽活動の活発さに反比例して減少する。したがって 10Be は、同様に宇宙線によって生成される 14C(炭素14)とともに太陽活動の変動を記録しているため、極地方のアイスコア中に残された 10 Be および 14C の解析することで、過去の太陽活動の変遷を間接的に知ることができる[26]。
核爆発もまた 10Be の生成源であり、核爆発によって発生した高速中性子が大気中の二酸化炭素に含まれる13C と反応することによって生成される。これは、核実験試験場の過去の活動を示す指標の一つである[27]。
半減期53日の同位体 7Be もまた宇宙線によって生成され、その大気中の存在量は 10Be と同様に太陽活動と関係している。8Be の半減期はおよそ 7 × 10−17 秒と非常に短く、この半減期の短さはベリリウムよりも重い元素がビッグバン原子核合成によっては生成されなかった原因ともなっている[28]。すなわち、8Be の半減期が非常に短いためにビッグバン原子核合成段階の宇宙において核融合反応に利用できる 8Be の濃度が非常に低く、そのような低濃度な 8Be が 4He と核融合して炭素を合成するにはビッグバン原子核合成段階の時間が不十分であったことに起因する。イギリスの天文学者であるフレッド・ホイルは、8Be および 12C のエネルギー準位から、より多くの時間を元素合成に利用することが可能なヘリウムを燃料とする恒星内であれば、いわゆるトリプルアルファ反応と呼ばれる反応によって炭素の生成が可能であることを示し、それによって超新星によって放出されるチリとガスから炭素を基礎とした生命の創生が可能となることを明らかにした[29]。
ベリリウムの最も内側の電子は化学結合に関与することができるため、7Be の電子捕獲による崩壊は、化学結合に関与することのできる原子軌道から電子を奪うことによって起こる。その崩壊確率はベリリウムの電子構成に大部分を依存しており、核崩壊において希なケースである[30]。
既知のベリリウム同位体のうち最も半減期が短いものは中性子放出によって崩壊する13Be であり、その半減期は2.7 × 10−21 秒である。6Be もまた非常に半減期が短く、5.0 × 10−21 秒である[31]。エキゾチック原子核である 11Be および 14Be は、中性子が原子核の周りを周回する中性子ハローを示すことが知られている[32]。この現象は、液滴模型において、古典的なトーマス・フェルミ理論(英語版)による表面対称エネルギーの影響によって、中性子の分布が陽子分布よりも外部に大きく広がっていると理解することができる[33]。
ベリリウムの不安定な同位体元素は恒星内元素合成においても生成されるが、これらは生成後すぐに崩壊する[34]。
なお、原子番号が偶数で、安定同位体が1つしかない元素はベリリウムだけである[35]。通常、原子番号が20以下の元素においては、陽子と中性子が偶数であるものは奇数のものと比較して結合エネルギーが大きく安定であり、またベーテ=ヴァイツゼッカーの質量公式より陽子数と中性子数が同数のものほど対称エネルギーの効果のため安定となるが、陽子数および中性子数が共に4である 8Be は例外的に不安定である[36]。これは、8Be の崩壊生成物である 4He が魔法数を取っているため非常に安定であることによる。
分析[編集]
ベリリウムの性質はアルカリ土類金属よりもアルミニウムなどと類似しているため、ベリリウムの分析方法はアルミニウムや鉄、クロム、希土類元素などと同一のグループとして扱わる。このようなグループはアンモニアによるアルカリ性の条件において水酸化物の沈殿を生じることからアンモニア属と呼ばれる[37]。
定性分析[編集]
ベリリウムはアルカリ性の状態で3, 5, 7, 2', 4'-ペンタヒドロキシフラボン(モリン)と反応させることで黄色の蛍光を観察することができるため、この反応を利用して定性分析を行うことができる。この蛍光は日光ではあまり発色しないため、発色を観察するためには紫外線の照射を行う。このベリリウムとモリンとの反応を阻害するようなイオンが共存していなければ、1 ppmの濃度でも十分に強い発色を観察することができるほどに分析感度が高く、この方法での検出限界は0.02 ng (10−9 g) である[38][39]。モリンはリチウムやスカンジウム、大量のカルシウムや亜鉛などとも反応して蛍光を発するため、これらのイオンが共存しているとベリリウムの検出を阻害するが、その発光強度は弱いため通常は問題とならない。また、カルシウムはピロリン酸、亜鉛はシアンを加えることによってそれらの元素とモリンとの反応を抑制することができる[38]。
定量分析[編集]
ベリリウムはアンモニアによって水酸化物の沈殿を生じるため、これを利用して重量分析を行うことができる[40]。この水酸化物の沈殿は pH 6.5 から 10 までの範囲で生じ、アンモニア添加量が過剰になり pH が高くなりすぎると水酸化物の沈殿が再溶解してしまう[41]。得られた水酸化物を濾過、洗浄した後、強熱することで水酸化ベリリウムを酸化ベリリウムとし、その重量を計量することでベリリウム濃度が分析される。この方法を用いる場合、分析試料の溶液中に炭酸塩もしくは炭酸ガスが含まれると、水酸化ベリリウムとして沈殿せずに炭酸ベリリウムとして溶液中に残ってしまうため分析結果に誤差が生る原因となる。また、沈殿の洗浄が不十分で塩化物が残留していると、強熱時に水酸化ベリリウムと反応して塩化ベリリウムとなって揮発してしまうため、こちらも誤差の原因になる[40]。鉱石中のベリリウムの分析などの多成分中のベリリウムを分析する際には、アルミニウムや鉄などの成分がベリリウムと同様の条件で水酸化物の沈殿を生成するため、前処理を行いこれらの元素を分離する必要がある[42]。通常用いられる方法としては、一旦不純物を含んだ水酸化物の沈殿を生成させ、その水酸化物を炭酸水素ナトリウムで処理してベリリウムを水溶性の炭酸塩として水に溶解させることで鉄やアルミニウムから分離する方法が用いられる[43]。また、ケイ素を多く含む場合は炭酸ナトリウムを用いたアルカリ溶融法が用いられる[44]。このような古典的手法のほか、イオン交換膜法や水銀電極を用いた電気分解などの方法も利用される[39]。
溶液中の微量のベリリウムの分析には電気炉加熱原子吸光光度法 (AAS) もしくは誘導結合プラズマ発光分析法 (ICP-AES)、誘導結合プラズマ質量分析法 (ICP-MS) が用いられる。AAS の吸収波長は234.9 nm であり、ICP-AES の発光波長は313.042 nm が用いられる。AAS では試料溶液は塩酸もしくは硝酸で酸性に調整し、ICP-AES および ICP-MS では硝酸で酸性に調整して分析を行う。海水のような他の塩類を多く含む試料を測定する場合には、EDTA およびアセチルアセトンを用いて溶媒抽出法によりベリリウムを分離する[45]。最も感度の高いベリリウムの分析手法としては、トリフルオロアセチルアセトンを用いて揮発性のベリリウム錯体としてガスクロマトグラフィーを用いて分析する方法が挙げられ、検出限界0.08 pg (10−12 g) という分析精度が1971年に報告されている[46]。
歴史[編集]
緑柱石
ルイ=ニコラ・ヴォークラン
ベリリウムという名前は緑柱石(beryl, ギリシア語で beryllos)に由来している。ベリリウム塩類が甘みを持つことから、かつてはグルシニウム(glucinium, ギリシア語で甘さを意味する glykys から)と呼ばれた[47]。
初期の分析において緑柱石とエメラルドは常に類似した成分が検出されており、この物質はケイ酸アルミニウム(英語版)であると誤って結論付けられていた。鉱物学者であったルネ=ジュスト・アユイはこの二つの結晶が著しい類似点を示すことを発見し、彼はこれを化学的に分析するために化学者であるルイ=ニコラ・ヴォークランに尋ねた。1797年、ヴォークランは緑柱石をアルカリで処理することによって水酸化アルミニウムを溶解させ、アルミニウムからベリリウム酸化物を分離させることに成功した[48]。ヴォークランはベリリウム化合物が甘みを持つことから、この新しい元素をグルシニウムと命名した[49]。1828年にフリードリヒ・ヴェーラー[50]とアントワーヌ・ビュシー[51]がそれぞれ独立に、金属カリウムと塩化ベリリウムを反応させることによるベリリウムの単離に成功した。
BeCl2 + 2 K → 2 KCl + Be
カリウムは、当時新しく発見された方法である電気分解によってカリウム化合物より生産されていた。この化学的手法によって得られるベリリウムは小さな粒状であり、金属ベリリウムのインゴットを鋳造もしくは鍛造することは出来なかった。同年、ドイツの化学者マルティン・ハインリヒ・クラプロートがこの元素を緑柱石にちなんでベリリウムを命名した[52]。1898年、ポール・ルボー(英語版)はフッ化ベリリウムとフッ化ナトリウムの混合融液を直接電気分解することによって、初めて純粋なベリリウムの試料を得た[49]。
第一次世界大戦以前にも有意な量のベリリウムが生産されていたが、大規模生産が始まったのは1930年代初期からである。ベリリウムの生産量は、硬いベリリウム銅合金および蛍光灯の蛍光体用途の需要の伸びによって、第二次世界大戦中に急速に増加した。初期の蛍光灯にはベリリウムを含有したオルトケイ酸亜鉛が使用されていたが、後にベリリウムの有毒性が発見されたためハロリン酸系蛍光体に置き換えられた[53]。また、ベリリウムの初期の主要な用途の一つとして、その硬さや融点の高さ、非常に優れたヒートシンク性能を利用した軍用機のブレーキへの利用が挙げられるが、こちらも環境への配慮から別の材料に代替された[11]。
存在[編集]
ベリリウム鉱石
ベリリウムは宇宙において非常に希な元素で、宇宙全体の平均濃度の推定値は重量濃度で1 ppb(10億分の1)であり、ニオブより原子量の小さい元素の中ではホウ素と並んで最も存在率が小さい[54]。太陽内部でも重量濃度0.1 ppbと希であり、レニウムと同程度の存在量である[55]。一方、地球におけるベリリウム濃度は、地表の岩石中の重量濃度の推定値でおよそ2.8から5 ppm[56]、海水中でおよそ0.0006 ppb[57]、河川の水においては海水中よりは多くおよそ0.1 ppbである[58][59]。太陽中のベリリウム濃度が地球上のベリリウム濃度と比較して著しく低い原因は、太陽の燃焼における核反応で消費されるためと考えられている[60]。
地表の岩石中のベリリウム濃度は前述のようにおよそ2.8から5 ppmであるが、ベリリウム鉱石によって高濃度にベリリウムが存在する地域もある[56]。ベリリウムは約4,000種類の既知の鉱石のうち、約100種類の鉱石において主成分となっており[61]、その中でも重要なものは、ベルトラン石(英語版) (Be4Si2O7(OH)2)、緑柱石 (Al2Be3Si6O18) およびフェナカイト(英語版) (Be2SiO4) である[62]。このようなベリリウム鉱石は主にマグマの冷却過程に由来するペグマタイト中で濃縮される[63]。また、ベリリウム鉱石は凝灰岩や閃長岩からも発見されており[64]、これらはすべて火山活動に由来する火成岩や火山砕屑岩である。また、土壌中のベリリウムは植物によってわずかに吸収され、カラマツなど特定の植物はベリリウムを蓄積する[65]。
大気中のベリリウム濃度は先進国の都市部でおよそ0.03から0.07 ng/m3ほどであるが、ベリリウムの大気への主要供給源は化石燃料の燃焼によるものであるため、工業化の進んでいない国においてはさらに低濃度になると推測されている。1987年のアメリカ合衆国環境保護庁のデータによれば、自然におけるベリリウムの大気への放出量は年間5.2 tほどであるが、化石燃料の燃焼を含む人類の活動によるベリリウムの大気への放出量は年間187.4 tにも及ぶ[66]。
生産[編集]
高純度ベリリウム (99 %以上、140 g)
ベリリウムは高温状態で酸素と高い親和性を示すなどの性質を有しているため、ベリリウム化合物から金属ベリリウムを精製することは非常に困難である。19世紀の間は金属ベリリウムを得るための方法として、フッ化ベリリウムとフッ化ナトリウムの混合物を電気分解するという方法が用いられていた[49]。しかしこのような方法は、ベリリウムの融点が高いために金属ベリリウムの製造に類似した方法を用いるアルカリ金属の製造と比較して多くのエネルギーが必要だった。20世紀の初めには、ヨウ化ベリリウムの熱分解によるベリリウムの生産法が研究され、ジルコニウムの生産法に類似した方法が成功を収めたが、この方法では大量生産において経済的に採算が取れないことが判明した[67]。2007年現在では、ベリリウム鉱石中の酸化ベリリウムを処理することによってフッ化ベリリウムとし、それをマグネシウムを用いて還元させることで生産されている[68]。
BeF2 + Mg → MgF2 + Be
この金属ベリリウムの精製に用いられるフッ化ベリリウムは、主にベリリウム鉱物である緑柱石を原料として生産される[8]。ベリリウム鉱石は石英と同程度の比重であるために比重差を利用した選鉱を行うことができず多くの場合選鉱は手作業に頼っているが、ベリリウム鉱石にガンマ線を照射することでベリリウムから放出された中性子を検出して選別する自動装置も開発されている[69]。こうして選鉱された緑柱石からベリリウムを抽出するために硫酸処理が行われるが、鉱石のままでは硫酸と400度で反応させたとしてもベリリウムはほとんど溶解しないため、前処理としてアルカリ処理もしくは熱処理が行われる[70]。アルカリ処理はケイ素を多く含む試料を分析する際に用いられるアルカリ溶融法と同様の原理でケイ素と金属を分離する方法であり、ベリリウム鉱石に水酸化ナトリウムや炭酸ナトリウムのようなアルカリを加えて溶融させる[70]。熱処理は1650度以上の高温に加熱することで緑柱石を溶融させて鉱石中のベリリウムを完全に酸化ベリリウムとした後、再度900度に加熱することで二酸化ケイ素から遊離させてベリリウムの溶解性を高める方法である[70]。このようにしてベリリウムを溶出させやすいように前処理を行った後、硫酸処理を行うことで硫酸ベリリウムの溶液として鉱石からベリリウムを抽出することができる[8]。得られた硫酸ベリリウム溶液をアルカリで中和することで水酸化ベリリウムの沈殿が得られ、これをフッ化アンモニウムと反応させた後、熱分解させることによってフッ化ベリリウムが生産される[8]。また、ベリリウム鉱石中からベリリウムを分離抽出する方法としては他にも、ヘキサフルオロケイ酸ナトリウムを加えて700度で溶融させテトラフルオロベリリウム酸ナトリウムとして抽出する方法や[71]、ベリリウム鉱石を炭素と共に塩素気流下、630度以上で塩素と直接反応させて塩化ベリリウムとして抽出する方法などがある[72]。このようにして得られた塩化ベリリウムを溶融塩電解することでも金属ベリリウムを生産することができる[68]。この方法では、塩化ベリリウムの電気伝導度が非常に低く電解効率が悪いため、塩化ナトリウムが助剤として加えられる[14]。
工業規模でのベリリウム産出に関与しているのはアメリカ、中国およびカザフスタンの3国のみである[73]。2008年時点のアメリカにおけるベリリウムおよびベリリウム化合物の主な生産者はブラッシュ・エンジニアード・マテリアルズ社である[74]。ブラッシュ・エンジニアード・マテリアルズ社では、ベリリウムを製錬するための原料の大部分を自身が所有するスポール山の鉱床(ユタ州)から産出されるベリリウム鉱石(ベルトラン石を含む)から得ている。ベリリウムの製錬および他の精製は、ユタ州デルタ(英語版)の北10マイルにある工場で行われており[75]、その場所はインターマウンテン・パワー・プロジェクトによる発電設備から近くかつ町からも離れているために選ばれた[76]。1998年から2008年までの間、ベリリウムの世界の生産量は343トンからおよそ200トンにまで減少しており、200トンのうち176トン(88 %)はアメリカで生産されている[77][78]。真空鋳造によって製造されたベリリウムインゴットの2001年におけるアメリカ市場でのキログラム単価は745ドルであった[79]。
用途[編集]
ベリリウムの用途には、その物理的性質を利用したX線装置や構造材、鏡(ベリリウムミラー)、合金材料、音響材料としての用途、磁気的性質を利用した工具製造、電子物性を利用した電子材料、核的性質を利用した中性子源や、ベリリウム鉱石の外観の美しさを利用した宝石としての用途が挙げられる。この中には核兵器やミサイル、射撃管制装置などの軍事的用途も含まれ、そのような分野に関する詳細な情報を入手することは難しい[80]。また、ベリリウムの毒性により、過去に用いられていた蛍光材料としての用途は既に他の代替材料に置き換えられており、ベリリウム銅合金なども代替材料の開発が進められている。
X線透過窓[編集]
鋼鉄製のケースに乗せられた四角いベリリウム箔。真空チャンバーとX線顕微鏡の間で「窓」として用いられる。
ベリリウムはX線を透過させるための窓に用いられる。ベリリウムは原子番号が小さく電子の数が少ないため、X線に対する透過率が非常に高い。そのため、X線源やビームライン、X線望遠鏡などの検出器用の窓に用いられる。この用途においては、X線像に不要な像が写り込むことを回避するためにベリリウムの純度と清潔さが最も要求される。また、X線探知機のX線放射窓としてもベリリウムの薄膜が用いられている。これは、ベリリウムのX線吸収率が非常に低いことによって、高強度のシンクロトロン放射光に典型的な低エネルギーX線に起因する熱の影響を最小限に留めることができるためである。さらに、シンクロトロンによる放射線試験のための真空気密窓およびビームチューブの素材にはベリリウムのみが用いられている。他にも、エネルギー分散型X線分析などの様々なX線を利用した分析機器においてはベリリウム製のサンプルホルダーが常用される。これは、ベリリウムから発生する特性X線や蛍光X線の有するエネルギーが100 eV以下と分析試料由来のX線と比較して非常に低く、試料の分析データに影響を与えないためである[11]。
ベリリウムはまた、素粒子物理学の実験装置において高エネルギー粒子を衝突させる場所周辺のビームラインを構築するための素材として用いられる。たとえば、大型ハドロン衝突型加速器の実験における主要な4つの検出器全て(ALICE検出器、ATLAS検出器、CMS検出器(英語版)、LHCb検出器(英語版))[81]やテバトロン、SLAC国立加速器研究所において用いられている。このような用途においてはベリリウムが持つ様々な性質が効果的に働いている。すなわち、ベリリウムの原子番号の小ささに由来する高エネルギー粒子に対する透過性が比較的高いという性質や、ベリリウムの密度が低いという性質によって、粒子の衝突によって発生した生成物を重大な相互作用なしに周囲の検出器へと誘導することができる。また、ベリリウムは剛性が高いためベリリウムのパイプ内を非常に高真空にでき、残留した気体分子による相互作用を最小限にすることができる。さらに、ベリリウムは熱的に非常に安定しているため、絶対零度よりわずかに高い程度の極低温においても正常に機能することができる。その上、ベリリウムの反磁性を有する性質によって、粒子線を収束させて検出器まで導くために用いられる複雑な多極電磁石システムへの干渉を防ぐことができる[82]。
機械的用途[編集]
ベリリウムは剛性が大きく、軽く、広い温度範囲における寸法安定性を有しているため、防衛産業や航空宇宙産業において軽量な構造部材として、たとえば、高速航空機やミサイル、宇宙船、通信衛星などに用いられる。液体燃料ロケットには高純度ベリリウムのロケットエンジンノズルが用いられている[83][84]。また、少数ではあるものの自転車のフレームにも用いられている[85]。また、ベリリウムは硬く、融点が高く、さらに非常に優れたヒートシンク性能を有しているため、軍用機やレース車両のブレーキディスクに用いられていたが、環境への配慮のため代替材料が用いられている[11][86]。
ベリリウムは優れた弾性剛性を有しているため、例えばジャイロスコープによる慣性航法装置や光学系のための支持構造物などの精密機器に利用される[11]。
ベリリウムミラー[編集]
ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡のベリリウム製の主鏡。
ベリリウムミラーは、気象衛星のような低重量および長期間の寸法安定性が重要とされる用途に対する大面積の鏡(しばしばハニカムミラー(英語版))に用いられる。たとえば、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の主鏡はベリリウム製であり[87]、同様の理由でスピッツァー宇宙望遠鏡もベリリウム製の反射望遠鏡が用いられている[88]。
また、より小さなベリリウムミラーは光学的な制御システムや射撃管制装置に用いられる。例えば、ドイツの主力戦車であるレオパルト1やレオパルド2に用いられている[89]。これらのシステムには鏡の非常に迅速な動きが要求されるため、ベリリウムの低重量かつ高剛性な性質が必要とされる。通常このベリリウムミラーは、光学的仕上げ材による研磨をより容易に行えるように無電解ニッケルめっきによって被覆される。しかしながら極低温条件で用いる場合などには、熱膨張率の違いによって被覆材に歪みが生じてしまうため、このような用途においては被覆材を用いずに直接磨き上げられる[11]。
磁気的用途[編集]
機雷などの爆発物は磁気に反応して爆発する磁気信管を一般的に備えているため、軍による機雷の除去作業では磁性を持たないベリリウムやその合金から作られる器具が用いられる[90]。それらはまた、強い磁場を発生させる核磁気共鳴画像法 (MRI) の機械の近くで用いられるメンテナンス器具や建設材料にも用いられる[91]。無線通信や強力なレーダー(通常は軍用)の分野においては、非常に磁気の強いクライストロン (Klystron) やマグネトロン、進行波管(英語版)などの高レベルなマイクロ波を発生させるための送信機が使われるため、それらを調整するためにもまたベリリウム製の手工具が用いられる[92]。
音響材料[編集]
ベリリウム製ドーム型振動板を持つスピーカーユニット
ベリリウムは低質量かつ高剛性であるため、およそ12.9 km/sと高い音の伝導率を示す。ベリリウムのこの物性を利用して、高音域スピーカーの振動板として主にドーム型に成形し使用される。しかしながら、ベリリウムはしばしばチタン以上に高価であり、その脆性の高さにより成形が困難であり、処置を誤れば製品の毒性を封印できないため、ベリリウム製のツイーターはハイエンドな家庭用や業務用オーディオ、Public Addressなどの用途に限られている[93][94][95]。高音域スピーカーの振動板としての使用例としては、ヤマハ[96]・パイオニア[97]等の音響機器メーカーの製品があり、グレース製レコード針のカンチレバーに用いられた例がある[98]。また、その熱伝導率の良さから、セラミック送信管(アイマック(英語版)社製、eimac 8873)の本体および純正放熱用熱伝導体として酸化ベリリウムが採用された例がある[99]。ベリリウムは他の金属との合金としても頻繁に利用されるが、その合金組成に明記されないこともある[100]。
核物性の利用[編集]
ベリリウムの薄いプレートやホイールは、しばしばテラー・ウラム型のような熱核爆弾において、核融合燃料に「点火」するためのトリガーである第一段階の核分裂爆弾を囲うプルトニウムピット(英語版)の最外層として用いられる。このようなベリリウムの層は、239Pu を爆縮させるための良好な核反応促進材であり、初期の実験的な原子炉において中性子反射減速材として利用されていたように良好な中性子反射体でもある[101]。
陽子線を中性子線に「変換」するベリリウムターゲット
ベリリウムはまた、比較的少ない中性子を必要とする原子炉規模以下の実験用途において、一般的に中性子源として用いられる。この目的のための 9Be ターゲット材は、210Po や 226Ra、239Pu、241Am などの放射性同位体から放出される高エネルギーなアルファ粒子を衝突させることで中性子が取り出される。この時に起こる核反応によって、9Be は 12C になり、遊離した中性子はアルファ粒子が移動するのと同じ方向へ放出される。ベリリウムはそのような中性子源として、urchin と呼ばれる中性子点火器(英語版)として初期の原子爆弾にも利用されていた[101]。
ベリリウムは欧州連合のトーラス共同研究施設における核融合研究所においても利用されており、より高度なITERにおいてプラズマに直接接する部分の素材としても利用されている[102]。ベリリウムはまた、その機械的、化学的、核的な物性の組み合わせの良さから、核燃料棒の被覆素材としての利用も提案されている[11]。フッ化ベリリウムは、溶融塩原子炉設計の多くの仮定において、溶媒、減速材および冷却材としての使用が想定されている、共晶塩であるフッ化リチウムベリリウム(英語版)を構成する塩の1つである[103]。
電子材料[編集]
ベリリウムはIII-V族半導体においてP型半導体のドーパントである。それは、分子線エピタキシー法 (MBE) によって製造されるヒ化ガリウムやヒ化アルミニウムガリウム(英語版)、ヒ化インジウムガリウム(英語版)、ヒ化インジウムアルミニウム(英語版)のような素材において広く用いられている[104]。クロス圧延されたベリリウムのシートはプリント基板への表面実装における優れた構造支持体である。電子材料におけるベリリウムの重要な用途は、構造支持のみならずヒートシンク素材としての用途がある。この用途においては、アルミナおよびポリイミドガラス基盤と調和した熱膨張率が必要とされる。これらの電子的用途のために特別に設計されたベリリウム-酸化ベリリウム複合材料は「E-Material(英語版)」と呼ばれ、様々な基盤素材に合わせて熱膨張率を調整できる利点がある[11]。
電気絶縁性および優れた熱伝導率、高い耐久性、硬さ、非常に高い融点という複数の特性が要求されるような多くの用途において、酸化ベリリウムが利用される。酸化ベリリウムは、電気通信のための無線周波送信機におけるパワートランジスタの絶縁基盤として多用される。酸化ベリリウムはまた、酸化ウランの核燃料ペレットにおいて熱伝導性を向上させるための用途が検討されている[105]。ベリリウム化合物は蛍光灯にも用いられていたが、ベリリウムを用いた蛍光灯の製造工場で働く労働者にベリリウム中毒が発症したため、この用途でのベリリウムの利用は中止された[106]。
宝石[編集]
ベリリウム鉱物である緑柱石のうち状態の良い物は宝石として利用される[11][107][108]。緑柱石由来の宝石としては、不純物としてクロムを含み濃い緑色を呈するエメラルド、2価の鉄を含み水色を呈するアクアマリン、3価の鉄を含み黄色を呈するゴールデンベリル、マンガンを含むレッドベリルやモルガナイトなどがある[109][110]。
同じくベリリウム鉱物である金緑石からなる宝石には、宝石の表面に猫の目のような細い光の筋が見えるキャッツアイ効果を示す猫目石や、光源の種類によって見える色が変化する変色効果を示すアレキサンドライトといった特殊な効果を示すものがあり、キャッツアイ効果と変色効果を併せ持つものも存在する[111]。アレキサンドライトの赤紫色は不純物として含まれる鉄によるものである。
エメラルド
アクアマリン
レッドベリル
モルガナイト
猫目石
アレキサンドライト
合金[編集]
ベリリウム銅製の工具
銅 (Cu) に0.15 %から2.0 %程度を混ぜてベリリウム銅合金として利用される。銅よりもはるかに強く、純銅に近い良好な電気伝導性がある。膨張率はステンレス鋼や鋼(はがね)に近い。ゆっくり変化する磁界に対し高い透磁率をもつ[112]。ベリリウム銅合金は常温下での強度が高く高抗張力で弾性が大きいため、バネ材に用いられることが多い。また、磁化しにくい・打撃を受けても火花が出ない特徴を持つことから[113]、このため石油化学工業などの爆発雰囲気の中で使用する防爆工具に、安全保持上用いることもある。ベリリウム銅合金はまた、Jason pistols と呼ばれる、船から錆やペンキをはぎ取るのに用いられる針状の器具にも用いられる[114]。また、銅の代わりにニッケルを用いた合金も、同様に利用される[115]。ベリリウム銅合金はベリリウムの持つ毒性のために代替材料の開発が進められており、実用化されているものもある[116][117][118]。
また、アルミベリリウム合金も軽量かつ強度が高い特徴があり、F1レーシングカーの部品(安全性の観点から2004年以降は使用禁止)や航空機の部品にも使用されている[119]。
危険性[編集]
人体への影響[編集]
NFPA 704
NFPA 704.svg
1
3
0
金属ベリリウムに対するファイア・ダイアモンド表示[120]
ベリリウムは人体への曝露によってベリリウム肺症もしくは慢性ベリリウム症として知られる深刻な慢性肺疾患を引き起こすように極めて毒性の高い物質であり[121]、水棲生物に対しても非常に強い毒性を示す[120]。また、可溶性塩の吸入によって化学性肺炎である急性ベリリウム症を引き起こし、皮膚との接触によって炎症が引き起こされる[121]。
慢性ベリリウム症は数週間から20年以上と非常に個人差の大きい潜伏期間があり、その死亡率は37 %で、妊婦においては更に死亡率が高くなる[121]。慢性ベリリウム症は基本的には自己免疫疾患であり、感受性を有する人は5 %以下であると見られている[122]。慢性ベリリウム症におけるベリリウムの毒性の機序は、ベリリウムが酵素に影響を与えることで代謝や細胞複製が阻害されることによる[121]。慢性ベリリウム中毒は多くの点でサルコイドーシスに類似しており、鑑別診断においてはこれらを見分けることが重要とされる[123]。
急性ベリリウム症は基本的には化学性肺炎であり、慢性ベリリウム症とは異なる機序によるものである。その定義は「継続期間1年未満のベリリウム由来の肺疾患」[124]とされており、ベリリウムへの曝露量と症状の重さには直接的な因果関係が見られる。ベリリウム濃度が1000 μg/m3以上になると発症し、100 μg/m3未満では発症しないことが明らかとなっている[125]。
急性ベリリウム症は最高曝露量の設定による作業環境の改善に伴い減少しているが、慢性ベリリウム症はベリリウムを扱う産業において多く発生しており[121][126]、ベリリウムの許容濃度を順守している工場においても慢性ベリリウム疾患の発症した例が確認されている[127]。また、このような産業に関わらない人々にも化石燃料の燃焼に起因する極微量の曝露がみられる[128]。
ベリリウムおよびベリリウム化合物は、WHO の下部機関 IARC より発癌性がある (Type1) と勧告されている[129]。カリフォルニア州環境保健有害性評価局が算出した公衆健康目標のガイドライン値は1 μg/L、有害物質疾病登録局が算出した最小リスク濃度は0.002 mg/kg/day(体重1キロ当たり、1日に0.002mg)とされている[128]。ベリリウムは生体内で代謝されないため、一度体内に取り込まれたベリリウムは排出されにくく[128]、主に骨に蓄積されて尿により排出される[130]。
ベリリウム症の歴史[編集]
1933年(昭和8年)、ドイツにおいて「化学性肺炎」という形で急性ベリリウム症が初めて報告され、ついで1946年(昭和21年)には慢性ベリリウム症がアメリカで報告された[131]。このような症例は蛍光灯工場やベリリウム抽出プラントにおいて多くみられたため、1949年(昭和24年)には蛍光灯におけるベリリウムの利用が中止され、1950年代初頭にはベリリウムの最高曝露濃度が25 μg/m3に定められた。こうして作業環境が大幅に改善されたことによって急性ベリリウム症の罹患率は激減したが、核産業や航空宇宙産業、ベリリウム銅などの合金、電子装置の製造などの分野においてはベリリウムの利用が続いている。1952年(昭和27年)、アメリカでベリリウム症例登録制度がはじまり、1983年(昭和58年)までに888件の症例が登録された[121]。この制度においては6つの診断基準が定められ、そのうち3つが当てはまると慢性ベリリウム症であるとして登録されるようになっていた[123]。検査技術の向上した2001年(平成13年)現在では、肺の経気管支の生体組織診断などによる組織病理学的な確認、リンパ球幼若化試験およびベリリウムの曝露歴の3点が診断基準とされている[122]。ベリリウムは原子爆弾の核反応促進材に利用されるため、初期の原子爆弾の開発に携わった研究者の幾人かはベリリウム中毒によって命を落としている(例えばアメリカの核物理学者でありマンハッタン計画にも携わったハーバート・L・アンダーソン(英語版)[132])。
爆発性[編集]
ベリリウムは酸化被膜のために反応性に乏しい金属であるが一度着火すると燃焼しやすい性質であるため、空気中にベリリウムの粉塵が存在している状態では粉塵爆発が起こる危険性がある[121]。
脚注[編集]
1.^ “Webster's Revised Unabridged Dictionary (1913)”. ONLINE Encyclopedia. 2011年10月12日閲覧。
2.^ 千谷 (1959) 187頁。
3.^ 千谷 (1959) 198頁。
4.^ 櫻井、鈴木、中尾 (2005) 26頁。
5.^ コットン、ウィルキンソン (1987) 267頁。
6.^ 千谷 (1959) 199頁。
7.^ Lawrence A. Warner et al.. “Occurrence of nonpegmatite beryllium in the United States”. U.S. Geological Survey professional paper (United States Geological Survey) 318: 2.
8.^ a b c d e 千谷 (1959) 193頁。
9.^ 無機化学ハンドブック編集委員会 (1965). 無機化学ハンドブック. 技報堂出版. p. 1229. ISBN 4765500020.
10.^ a b 吉田直亮 (1995). “PFC開発における材料損傷研究”. プラズマ・核融合学会誌 (プラズマ・核融合学会) 71 (5) 2012年1月25日閲覧。.
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12.^ シャルロー (1974) 295頁。
13.^ a b c d N. N. Greenwood, A. Earnshaw (1997), Chemistry of the Elements (2nd ed. ed.), Oxford: Elsevier Science Ltd (Butterworth-Heinemann), ISBN 0080379419
14.^ a b c d コットン、ウィルキンソン (1987) 271頁。
15.^ 千谷 (1959) 195頁。
16.^ a b c d コットン、ウィルキンソン (1987) 269頁。
17.^ 伊藤和明 『物理化学II: 量子化学編』 化学同人〈理工系基礎レクチャー〉、2008年、112頁。ISBN 4759810854。
18.^ Okutani, T.; Tsuruta, Y.; Sakuragawa, A. (1993), “Determination of a trace amount of beryllium in water samples by graphite furnace atomic absorption spectrometry after preconcentration and separation as a beryllium-acetylacetonate complex on activated carbon”, Anal. Chem. 65 (9): 1273–1276, doi:10.1021/ac00057a026
19.^ コットン、ウィルキンソン (1987) 272頁。
20.^ 千谷 (1959) 222頁。
21.^ a b c Wiberg, Egon; Holleman, Arnold Frederick (2001), Inorganic Chemistry, Elsevier, ISBN 0123526515
22.^ 井上和彦、坂本幸夫. “ベリリウムフィルターの散乱冷中性子による透過スペクトル歪”. 北海道大學工學部研究報告 (北海道大学) 97: 57-61頁。.
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リチウム
リチウム (新ラテン語: lithium[1], 英: lithium) は原子番号3の元素。元素記号はLi。アルカリ金属元素の一つ。白銀色の軟らかい元素であり全ての金属元素の中で最も軽く、比熱容量は全固体元素中で最も高い。リチウムの化学的性質は他のアルカリ金属元素よりもむしろアルカリ土類金属元素に類似している。酸化還元電位は全元素中で最も低い。リチウムには2つの安定同位体および8つの放射性同位体があり、天然に存在するリチウムは安定同位体である6Liおよび7Liからなっている。これらのリチウムの安定同位体は中性子の衝突などによる核分裂反応を起こしやすいため恒星中で消費されやすく、原子番号の近い他の元素と比較して存在量は著しく小さい。
1817年にヨアン・オーガスト・アルフェドソンがペタル石の分析によって発見した。アルフェドソンの所属していた研究室の主催者であったイェンス・ベルセリウスによって、ギリシャ語で「石」を意味する lithos に由来してリチウムと名付けられた。アルフェドソンは金属リチウムの単離には成功せず、1821年にウィリアム・トマス・ブランドが電気分解によって初めて金属リチウムの単離に成功した。1923年にドイツのメタルゲゼルシャフト社が溶融塩電解による金属リチウムの工業的生産法を発見し、その後の金属リチウム生産へと繋がっていった。第二次世界大戦の戦中戦後には航空機用の耐熱グリースとしての小さな需要しかなかったが、冷戦下には水素爆弾製造のための需要が急激に増加した。その後冷戦の終了により核兵器用のリチウムの需要が大幅に冷え込んだものの、2000年代までにはリチウムイオン二次電池用のリチウム需要が増加している。
リチウムは地球上に広く分布しているが、非常に高い反応性のために単体としては存在していない。地殻中で25番目に多く存在する元素であり、火成岩や塩湖かん水中に多く含まれる。リチウムの埋蔵量の多くはアンデス山脈沿いに偏在しており、最大の産出国はチリである。海水中にはおよそ2300億トンのリチウムが含まれており、海水からリチウムを回収する技術の研究開発が進められている。世界のリチウム市場は少数の供給企業よる寡占状態であるため、資源の偏在性と併せて需給ギャップが懸念されている。
リチウムは陶器やガラスの添加剤、光学ガラス、電池(一次電池および二次電池)、耐熱グリースや連続鋳造のフラックスとして利用される。2011年時点で最大の用途は陶器やガラス用途であるが、二次電池用途での需要が将来的に増加していくものと予測されている。リチウムの同位体は水素爆弾や核融合炉などにおいて核融合燃料であるトリチウムを生成するために利用されている。
リチウムは腐食性を有しており、高濃度のリチウム化合物に曝露されると肺水腫が引き起こされることがある。また、妊娠中の女性がリチウムを摂取することでエブスタイン奇形の発生リスクが増加する。リチウムは覚醒剤を合成するためのバーチ還元における還元剤として利用されるため、一部の地域ではリチウム電池の販売が規制の対象となっている。リチウム電池はまた、短絡によって急速に放電して過熱することで爆発が起こる危険性がある。
目次 [非表示]
1 性質 1.1 物理的性質
1.2 化学的性質
1.3 同位体
2 歴史
3 存在 3.1 宇宙
3.2 地上
3.3 生体
4 生産 4.1 海水リチウムの抽出
5 用途 5.1 窯業
5.2 電池 5.2.1 一次電池
5.2.2 二次電池
5.3 核
5.4 その他
6 危険性 6.1 規制
7 脚注 7.1 註釈
7.2 出典
8 関連項目
9 外部リンク
性質[編集]
物理的性質[編集]
リチウムの炎色反応
常温常圧では銀白色の柔らかい金属で、ナトリウムより硬い。常温で安定な結晶構造は体心立方格子 (BCC)。融点は180 °C、沸点は1330 °C(沸点は異なる実験値あり)であり、その融点および沸点はアルカリ金属元素の中で最も高い[2]。また0.534という比重は全金属元素の中で最も軽く、水より軽い3つの金属元素のうちの1つ(残りの2つはナトリウムおよびカリウム)でもある[3]。また、3,582 J/(kg・K)という比熱容量は全固体元素中最大である[4]。その比熱容量の高さから、リチウムは伝熱用途において冷却材としてしばしば利用される[5]。
リチウムの熱膨張率はアルミニウムの2倍、鉄のほぼ4倍である[6]。常圧、400 μK以下の条件で超伝導となり[7]、20 GPaという高圧条件下においては9 K以上というより高い温度で超伝導となる[8]。
炎色反応においてリチウムおよびその化合物は深紅色の炎色を呈する。主な輝線は波長670.8 nmの赤色のスペクトル線であり、他に610.4 nm(橙色)、460.3 nm(青色)などにスペクトル線が見られる[9]。
リチウムは70 K以下の温度で、ナトリウムと同じようにマルテンサイト変態を起こす。4.2 Kで菱面体晶を取り、より高い温度で面心立方晶となり、それから体心立方晶となる。液体ヘリウムを用いて4 Kまで冷却すると菱面体晶が最も支配的となる[10]。高圧条件下においては、複数の同素体の形を取ることが報告されている[11]。また、80 ギガパスカル(約80万気圧)程度の高圧下で金属から半導体に相転移する[12]。
化学的性質[編集]
同じアルカリ金属のナトリウム、カリウムと比べて反応性は劣り、イオン半径が小さいため電荷/半径比がアルカリ金属としては高く、化合物の化学的性質は、アルカリ土類金属、特にマグネシウムと類似する[13]。乾いた空気中ではほとんど変化しないが、水分があると常温でも窒素と反応し窒化リチウム (Li3N) を生ずる。また、熱すると燃焼して酸化リチウム (Li2O) になる。このため金属リチウムはアルゴン雰囲気下で取り扱う必要がある。ただし燃焼により酸化物を生成する挙動は他のアルカリ金属が空気中で燃焼した場合、過酸化物や超酸化物を生成するのとは対照的である[13]。
イオン化傾向が大きく、酸化還元電位は全元素中で最も低い -3.045 Vであるが、水との反応性はアルカリ金属中では最も穏かである。それでも多量のリチウムと水が反応すると発火する。
同位体[編集]
天然に存在するリチウムは6Liおよび7Liの2つの安定同位体からなっており、その天然存在比は7Liが92.5 %と大半を占めている[3][14][15]。この2つの天然同位体は両方ともリチウムより軽い元素であるヘリウムおよび重い元素であるベリリウムと比較して核子に対する原子核結合エネルギー(英語版)が例外的に低く、これは安定な軽元素の中でもリチウムは例外的に核分裂反応を起こしやすいということを意味している。これら2つのリチウム天然同位体は重水素およびヘリウム3以外のどんな安定核種よりも核子あたりの結合エネルギーが低い[16]。この結果として、リチウムは太陽系において原子番号32番までの元素の内25番目の存在量であり、リチウムは原子量が非常に軽いにもかかわらず一般的な元素ではない[17]。
リチウムは8つの放射性同位体が明らかにされており、比較的半減期の長いものとして半減期838ミリ秒の8Liおよび半減期178ミリ秒の9Liがある。他の全ての放射性同位体は半減期8.6ミリ秒以下である。最も半減期の短いものは4Liであり、それは陽子放出によって崩壊し、その半減期は7.6×10-23秒である[18]。エキゾチック原子核である11Liは中性子ハローを示すことが知られている。3Liは、存在が確認されている中で、1H以外で唯一陽子のみで構成された原子核を持つ。
7Liはビッグバン原子核合成において生成された原生核種(英語版)の1つである。少量の6Liおよび7Liは恒星内元素合成において生産されるが、生産される速度と同程度の速さで燃焼(英語版)されると考えられている[19]。6Liおよび7Liはより重い元素が宇宙線による核破砕を受けることによっても少量が付加的に生成され、初期の太陽系での7Beおよび10Beの放射性崩壊によっても生成される[20]。7Liはまた炭素星においても生成される[21]。
リチウムの同位体は鉱物の形成や化学的沈殿、代謝、イオン交換などの多様な自然のプロセスによって分離される。リチウムイオンは粘土鉱物の八面体サイトにおいてマグネシウムや鉄の代替となり、そこでは6Liは7Liより優先して取り込まれるため、その結果岩石の変質や超濾過の過程において軽い同位体が濃縮される。レーザー分離法(英語版)として知られる方法はリチウム同位体の分離に用いることができる[22]。
歴史[編集]
1817にリチウムを発見したヨアン・オーガスト・アルフェドソン
1800年、ブラジルの化学者ジョゼ・ボニファシオ・デ・アンドラーダ・エ・シルヴァによってスウェーデンのウート島(英語版)の鉱山からリチウムを含有した葉長石 (LiAlSi4O10) が発見された[23][24][25]。葉長石の発見から17年後の1817年、当時イェンス・ベルセリウスの研究室で働いていたヨアン・オーガスト・アルフェドソンが葉長石の分析から新しい元素の存在を発見した[26][27][28]。この元素はナトリウムやカリウムに似た化合物を形成したが、ナトリウムやカリウムの炭酸塩および水酸化物が水に対する溶解度および塩基性の高い物質であることと対照的に、炭酸リチウムおよび水酸化リチウムの水に対する溶解度や塩基性は低かった[29]。ベルセリウスは、植物の灰から発見されたカリウムや動物の血液中に多く含まれていたナトリウムとは対照的に、リチウムが鉱石の中から発見されたことから、この塩基性の材料にギリシア語で「石」を意味する λιθoς (lithos) より「lithion / lithina」と名付け、その材料中の金属を「リチウム (lithium)」と名付けた[3][24][28]。
後に、アルフェドソンはリシア輝石やリチア雲母にもリチウムが含まれていることを示した[24]。1818年、クリスティアン・グメリンはリチウム塩類が深紅色の炎色反応を示すことを初めて言及した[24]。しかし、アルフェドソンとグメリンはリチウム塩類から単体のリチウム金属を単離しようとしたが成功しなかった[24][28][30]。1821年、ウィリアム・トマス・ブランドは、以前にハンフリー・デービーが同じアルカリ金属類のナトリウムおよびカリウムの単体金属を得るのに利用した電気分解によって、酸化リチウムよりリチウムの単体金属を得た[14][30][31][32]。ブランドはまた、塩化リチウムのようないくつかの純粋なリチウム塩類の分析から、リチア(酸化リチウム)がおよそ55 %の金属リチウムを含んでいると見積もり、リチウムの原子量をおよそ9.8 g/molであると推定した(現在の値は6.94 g/mol)[33]。1855年、ローベルト・ブンゼンおよびアウグストゥス・マーティセンによって塩化リチウムの電気分解から大量の金属リチウムが生成された[24]。1923年から始まった、ドイツの企業であるメタルゲゼルシャフト社による、塩化リチウムおよび塩化カリウムの混合液を電気分解させて金属リチウムを得る工業的生産法は、その後のリチウムの商業生産へとつながる発見となった[24][34]。
リチウムの生産とその用途は、歴史的にいくつかの急激な変換点を経験してきた。リチウムの初めての主要な用途は、第二次世界大戦およびその直後の期間における、航空機のエンジンやそれに類似した用途のための高温グリースであった。この小さな市場の大部分は、アメリカ合衆国のいくつかの小規模な鉱工業によって支えられていた。リチウムの需要は、冷戦下の水素爆弾製造によって劇的に増加した。リチウム6およびリチウム7に中性子を照射することでトリチウムの生産が行われ、このような単独でのトリチウム生産に役立つのみならず、重水素化リチウムの形で水素爆弾内の固体核融合燃料にも用いられた。1950年代後半から1980年代中期の期間、アメリカはリチウムの主要な生産者となった。最終的には、42,000トンの水酸化リチウムが備蓄されていた。備蓄されていたリチウム中のリチウム6は、その75 %が減損されていた[35]。
リチウムはガラスの融点を降下させるのに用いられ、また、ホール・エルー法における酸化アルミニウムの溶解性の改善のためにも用いられた[36][36]。1990年代中旬までは、この2つの用途がリチウム市場を支配していた。核兵器開発競争の終了後リチウムの需要は減少し、アメリカ合衆国エネルギー省が備蓄していたリチウムの一般市場への売却はリチウムの価格をさらに押し下げた[35]。しかし1990年代半ばになると、いくつかの会社において、地下や鉱山より採掘されたリチウム原料を用いるよりもより安価な塩水からのリチウムの抽出を始めた。これによって多くの鉱山は閉山するか、ペグマタイトなどの他の採算が取れる鉱石のみに絞っての採掘に移行した。例えば、アメリカのノースカロライナ州、キングスマウンテン近郊の鉱山は、21世紀になる前に閉山した。リチウムイオン電池の用途はリチウムの需要を増やしており、2007年にはリチウムの主要な用途となった[37]。2000年代までのリチウム電池におけるリチウム需要の急増によって、新たな会社はリチウム需要を満たすために塩水抽出によるリチウム生産能力の増強に努めている[38][39]。
存在[編集]
地殻中のリチウムの存在量は原子数においておおよそ塩素と同程度である。
宇宙[編集]
詳細は「元素合成」を参照
リチウムはビッグバンによって合成された3つの元素のうちの1つであり、ビッグバン原子核合成において6Liおよび7Liの2つの安定同位体が合成された[40]。ビッグバン原子核合成によって生成する原子の量は光子とバリオンの存在比に依存しているためリチウムの存在量は理論的に予測することが可能であるはずだが、それによって求められたリチウムの理論量と実際の観測によるリチウムの存在量との間には矛盾が生じていた。しかしながら、2013年6月にAstronomy and Astrophysics(天文学および天体物理学)において発表されたケンブリッジ大学のKarin Lindらのグループによる論文において、ハワイのW・M・ケック天文台にある世界最大級の望遠鏡「ケックI」を使い、洗練された理論モデルを用い強力なスーパーコンピューターでデータ解析を行うことで、リチウムの存在量がビッグバン原子核合成における理論量と矛盾しない事が示された[41]。
リチウムは水素、ヘリウムと共にビッグバンによって合成された初めの元素の1つであるが、リチウムおよびベリリウムとホウ素は他の近い原子番号の元素と比較してその存在量は著しく小さい。これは、リチウムが低温で核反応を起こすため消費されやすく、かつリチウムが生成されるような核反応が少ないことの結果である[42]。
リチウムは準恒星である褐色矮星や、特定の特異な橙色の星において見られる。リチウムは温度が低く小さな褐色矮星に存在するが、より温度の高い赤色矮星では核反応によって消費されてリチウムが存在しないため、太陽よりも小さなこれら2つを識別するためにリチウムの存在を確認する「リチウム・テスト」と呼ばれる方法が利用される[14][43][44]。ケンタウルス座X-4のような橙色の星からもまたリチウムが検出される。これらの星は中性子星やブラックホールのようなより大きな天体を周回しており、水素やヘリウムよりも重いリチウムが重力によって星の表面へと引かれるためリチウムが観測されるのだと考えられる[14]。
地上[編集]
世界最大のリチウム埋蔵量を有すると推定されているボリビアのウユニ塩湖
リチウムは地球上に広く分布しているが、非常に高い反応性のために単体としては存在していない[3]。海水に含まれるリチウムの総量は非常に多く2300億トンと推定されており、その濃度は0.14から0.24 ppmもしくはモル濃度で25 μmol/L[45]と比較的安定した濃度で存在している[46][47]。熱水噴出孔ではより高濃度にリチウムが存在しており、その濃度は7 ppmに達する[47]。
地殻中のリチウム濃度は重量濃度でおよそ20から70 ppmに渡ると見積もられており[3]、地殻中で25番目に多く存在する元素である[48]。リチウムは火成岩を構成する非主要な元素であり、中でも花崗岩で最大の濃度となる。リチウム鉱物であるリシア輝石や葉長石を含有するペグマタイトもまた多くリチウムを含んでおり、リチウム源として最も多く商業利用されている[49]。もう一つの重要なリチウム鉱物にリチア雲母がある[50]。新しいリチウム源としてはヘクトライト(英語版)粘土があり、アメリカのWestern Lithium Corporation社によって活発に資源開発されている[51]。リチウムは水分蒸発量の多い乾燥した地域の塩湖などにおいて非常に長い時間をかけて濃縮され、鉱床を形成することも知られている[52]。そのような乾燥した塩湖には、全世界のリチウム埋蔵量(鉱石ベース)のおよそ半分におよぶ540万トンの埋蔵量を有していると推定されているボリビアのウユニ塩原[53][54]や、埋蔵量の27%、およそ300万トンの埋蔵量を有するチリのアタカマ塩原[55][56]などが含まれる。
アメリカ地質調査所の2011年の推定によると最大の可採埋蔵量[note 1]を有する国はチリの750万トンであり[57]、チリは生産量も12600トンと世界最大である[58]。他の主要なリチウム産出国としては、オーストラリア、アルゼンチン、中国が含まれる[58][59]。ボリビアは世界最大のリチウム埋蔵量を占めるウユニ塩原を有しているが、技術的、政治的な問題によりリチウム生産の事業化には至っていない[53]。
2010年6月、ニューヨークタイムズは、アメリカの地質学者がアフガニスタン西部の干上がった塩湖跡にリチウムを含む巨大な堆積物が存在していると考え地質調査を行っていると報じた。アメリカ国防総省は、「彼らの初期の分析結果によれば、ガズニー州のある場所には現在知られている中で世界最大のリチウム埋蔵量を有するボリビアのそれと同程度に大きなリチウム鉱床が存在する可能性が示されている」と述べた[60]。これらの予想は主にソ連によって収集された1979年から1989年頃の古いデータに基いており、アメリカ地質調査所のAfghanistan Minerals Projectの長であるスティーブン・ペータースは、過去2年間にアフガニスタンで行ったアメリカ地質調査所の関与したどのような新しい鉱物の測量においても確認されておらず、「我々はいかなるリチウムの発見も承知していない」と述べた[61]。
生体[編集]
リチウムは多数の植物、プランクトンおよび無脊椎生物において痕跡量存在しており、その濃度は69から5760 ppb(10億分の1)である。脊椎動物中のリチウム濃度は先述のものよりもわずかに低く、ほとんど全ての脊椎動物の体組織および体液中には21から763 ppbのリチウムが含まれている[47]。水棲生物はリチウムを生物濃縮する[62]。これらの生物においてリチウムがどのような生物学的役割を有しているかは知られていないが[47]、にもかかわらず哺乳類の栄養学的な研究によりリチウムの健康に対する重要性が示されており、必須微量元素として1 mg/dayのRDA(一日に摂取すべき栄養量)が提言されている[63]。2011年に報告された日本における観察研究によると、飲料水中に含まれる天然由来のリチウムが人間の寿命を増やす可能性が示唆されている[64]。
生産[編集]
リチウム生産量(鉱石ベース、2011年) および可採埋蔵量(単位:トン)[58]
国
生産量
可採埋蔵量[note 1]
アルゼンチンの旗 アルゼンチン 3,200 850,000
オーストラリアの旗 オーストラリア 9,260 970,000
ブラジルの旗 ブラジル 160 64,000
カナダの旗 カナダ (2010) 480 180,000
チリの旗 チリ 12,600 7,500,000
中華人民共和国の旗 中華人民共和国 5,200 3,500,000
ポルトガルの旗 ポルトガル 820 10,000
ジンバブエの旗 ジンバブエ 470 23,000
世界計 34,000 13,000,000
リチウムの生産量は第二次世界大戦後に大きく増加した。リチウムはペグマタイトなどの火成岩中から他の元素と分離され、もしくは鉱泉や塩水溜まり(塩湖かん水)、堆積塩などから抽出される。金属リチウムは55 %の塩化リチウムと45 %の塩化カリウムの混合物を450°Cで溶融塩として電解することによって生産される[65]。金属リチウムの価格は1998年時点で95 USドル/kg(43 USドル/ポンド)であった[66]。
アメリカ地質調査所の推定によるリチウムの可採埋蔵量は鉱石ベースで1300万トンである[58]。それは南米のアンデス山脈沿いに多く見られ、リチウムの主要生産国としてチリやアルゼンチンが挙げられる。両国はリチウムを塩湖かん水から生産しており、アメリカでもネバダ州にあるシルバーピーク鉱山の塩湖かん水からリチウムを産出している[5]。世界の既知の埋蔵量の内の半数近くをアンデス山脈の中央東部に位置するボリビアが占めているが、この資源の開発はあまり進展しておらず、2013年2月に日本とボリビアの共同でリチウムの抽出試験が開始されたばかりである[53]。
一方で、リチウム鉱石からのリチウム生産は主にオーストラリアやジンバブエなどで行われている[58]。オーストラリアではペグマタイトからタンタルを生成する際の副生物として回収されており[67]、世界2位の生産量を占めている[58]。鉱石としてのリチウム資源はアメリカが全埋蔵量の47 %を有しているが[68]、2010年の時点ではアメリカで稼働中のリチウム鉱山は塩湖かん水を利用するシルバーピーク鉱山のみであり、リチウム鉱石の採掘は行われていない[69]。
潜在的なリチウムの資源回収源として地熱井戸が挙げられる。地熱井戸では高温の水のような地熱流体の移動を介して地表に熱エネルギーを伝達するが[70]、そのような地熱流体に含まれるリチウムを単純な濾過技術によって回収することが可能であり、これは既に現場実証されている[71]。環境保護に関するコストは主に既存の地熱井戸操業に関するそれであるため、相対的な環境面の影響は肯定的である[72]。
世界金融危機後、産業界において炭酸リチウムの市場規模縮小が広がったため、ソシエダード・キミカ・イ・ミネラ・デ・チリ (SQM) のようなリチウムの主要供給者は、リチウム資源開発者の新規参入を考慮し、さらに市場でのその立場を守るために設定価格を20 %低下させた[73]。2012年にはリチウム需要の増加に伴い市場規模は拡大している。2012年のビジネスウィークの記事は、「億万長者であるフリオ・ポンセが支配する"SQM"、ヘンリー・クラビスのコールバーグ・クラビス・ロバーツ社に支援されたロックウッド、フィラデルフィアに拠点を置くFMC社」などの既存企業によるリチウム市場の寡占を概説した。リチウム電池の需要が年におよそ25 %ずつ増加しており全体のリチウム需要を4から5 %ほど押し上げているため、世界的なリチウムの消費量は2012年の15万トンから2020年には30万トンにまで急増する可能性がある[74]。
ローレンス・バークレー国立研究所とカリフォルニア大学バークレー校による2011年の研究によると、現在推定されているリチウムの埋蔵量からは10億台オーダーもの40 キロワット時のリチウムイオン二次電池を製造可能であると見積もられ、リチウム埋蔵量の問題は電気自動車向けの大規模なバッテリー製造の律速因子とは成り得ないことが示された[75]。ミシガン大学およびフォード・モーター社が2011年に行ったもう一つの研究によると、2100年までのリチウム需要を支えるのに十分なリチウム資源が存在することが示され、そこにはリチウムを広範囲に必要とするハイブリッド電気自動車やプラグインハイブリッドカー、バッテリー式電動輸送機器などの用途が含まれている。この研究では世界中のリチウム埋蔵量を3900万トンと見積もり、90年間の全リチウム需要を経済成長に関するシナリオとリサイクル率に応じて1200から2000万トンと分析している[76]。しかしながら、単一産地で需要のほとんどを生産するという資源の偏在性および、先述の独占的な少数の供給企業による市場の寡占という問題があるため、商業的な需要ギャップが懸念されている[77][78]。使用済み製品からのリチウムのリサイクルについては、現状ではその技術がなく、経済性が見込まれないため進んでいない[79]。
海水リチウムの抽出[編集]
海水中には2300億トンのリチウムが溶けており、事実上無限の埋蔵量を有する。海水中のリチウム濃度は他の元素と比べて比較的高いため採算ラインのボーダー上にあり、効率的な回収方法が開発されれば経済的に実用可能になる可能性がある[80]。2004年には海水リチウムを抽出するためのパイロットプラントが日本の佐賀大学海洋エネルギーセンターで稼働を開始し[81]、150日間で192 gの塩化リチウムが海水から回収された[82]。このプラントは火力発電所などが取水した海水を2次利用することを想定し、ポンプで汲み上げた海水から吸着剤を用いてリチウムを回収する方式が採用されている。これは、100万kW級の規模の発電所を想定した場合1基当たり年間700トンの塩化リチウムを回収できる計算になるが、吸着剤由来のマンガンの溶出や、回収コストが従来法の20倍かかるなど、実用化にはまだ課題が残っている[82]。
用途[編集]
全世界でのリチウムの用途(2011年、USGSによる推定値)[83]
陶器およびガラス (29%)
電池 (27%)
潤滑グリース (12%)
連続鋳造 (5%)
空調用途 (4%)
重合触媒 (3%)
アルミニウム製造 (2%)
薬品 (2%)
その他 (16%)
2011年におけるリチウムの用途は陶器やガラスなどの窯業用途が最も多く、リチウムの全消費量の29 %を占めている。リチウムイオン二次電池などのバッテリー用途でのリチウムの消費量は全体の27 %であり、携帯用電子機器や自動車用バッテリーなどの需要拡大に伴いこの用途での消費量は増加傾向にある。窯業、バッテリー用に続く用途として、自動車などに使われる耐熱・耐圧グリース用途、鋼を連続鋳造する際の融剤としての用途、空調用途、合成ゴムの重合触媒など用途が挙げられる[83]。
窯業[編集]
リチウムは窯業において、釉薬の融点を下げるための強力な媒熔剤として利用される[84]。釉薬の融点を下げる方法としては、水溶性のアルカリ性化合物をガラスと溶融させて不溶化したフリットと呼ばれる媒熔剤を用いる方法と、フリットを用いずに元々不溶性のアルカリ性化合物を用いる方法があるが、リチウムは主に後者として用いられる[85]。リチウム源としては主に炭酸リチウムが用いられ[86]、焼成によって酸化リチウムもしくはケイ酸リチウムの形で釉層を形成する[84]。リチウムは他のアルカリ金属、アルカリ土類金属元素と比較して熱膨張係数が小さいため、リチウムを釉薬に加えることで釉薬の貫入(ひび割れ)を少なくすることができる[87]。また、リチウムによって釉薬の流動性が高まるため、釉薬のむらを防ぎ全体的に均一な層を形成することができる[84]。
リチウムは耐熱ガラスや光学ガラスの配合剤としても利用される。リチウムアルミノケイ酸塩を熱処理によって結晶化ガラスとしたセラミックスは非常に熱膨張係数が低いため急激な温度変化に強く耐熱食器に用いられ[88]、このような結晶化ガラスを利用したセラミックスはパイロセラムと呼ばれる[89]。また、リチウムはイオン半径が小さく電場強度が強いためガラス中で隣接する酸素イオンを大きく分極させ屈折率を上昇させることができ、この効果を利用して光学ガラスの一つである屈折率分布型光学レンズに利用される[90]。フッ化リチウムは紫外から赤外までの広範囲の光を透過し、特に紫外域の透過性能が優れているため、光学窓材料などに利用される[91]。
電池[編集]
一次電池[編集]
詳細は「リチウム電池」を参照
リチウムは標準酸化還元電位が3.03 Vと最も低いため電池の負極材料として適しており[92]、金属リチウムを負極材料、正極材料としてフッ化黒鉛や二酸化マンガンなどを用いた一次電池がリチウム電池として実用化されている。リチウム電池はエネルギー密度が高いため小型化に向いており、また自己放電が少ないため電池寿命が長いといった特徴を有している。そのため、小型、軽量、長寿命といった機能が要求されるメモリバックアップなどの用途で利用されている[93]。これらの一次電池の多くは定まった用途にのみ用いられるものであるため需要は一定であるが、エレクトロニクス機器や測定機器の電源などに用いられる塩化チオニルリチウム電池は需要が増加している[94][95]。
二次電池[編集]
詳細は「リチウムイオン二次電池」を参照
二次電池用途でのリチウム需要は2004年から2008年の間で年間20 %を越える伸び率を示しており[86]、この用途におけるリチウムの需要は将来的にも増加し続けると予測されている[83]。リチウムイオン二次電池は正極材料として主にコバルト酸リチウムが、負極材料としては炭素が用いられており、電解質の支持塩には六フッ化リン酸リチウムが使用されている[96]。リチウムイオン二次電池は、エネルギー密度が高い、動作電圧が3.7 V[96]と高い、自然放電が少ない、メモリー効果がないといった有用な特徴を有しており[97]、携帯機器用の小型電池から車載用、産業用の大型電池まで幅広く使われている[96]。
核[編集]
6Liはトリチウムを製造するための原料や、核融合における中性子吸収材として用いられる。天然のリチウムはおよそ7.5%の6Liを含んでおり、核兵器で利用するため同位体分離(英語版)によって大量に生産されていた[98]。7Liも原子炉の冷却材として関心を集めている[99]。
重水素化リチウムを用いた核実験のキノコ雲(キャッスル作戦、ブラボー実験(英語版))
重水素化リチウムは初期の水素爆弾における最適な原子核融合燃料として利用された。水素爆弾が初めに実験された当時はその反応機構は完全には理解されていなかったが、6Liおよび7Liが中性子の衝突によってトリチウムを生成する反応がブラボー実験(英語版)において核暴走を生み出した要因となった。トリチウムは比較的容易に重水素と核融合反応を起こし、その詳細は秘匿されたままであるが、6Liを用いた重水素化リチウムは最新の核兵器においてもいまだに核融合材料としての役割を果たしているようである[100]。
7Liを高濃度に濃縮させたフッ化リチウムとフッ化ベリリウムを混合させたフリーベは溶融塩原子炉における溶融塩として用いられる。フッ化リチウムはリチウムの化合物の中でも安定であり、フリーベは低融点な塩である。加えて、7Liおよびベリリウム、フッ素は熱中性子捕獲断面積が十分に低いため原子炉中の核分裂反応を阻害しない数少ない核種のひとつである[note 2][101]
重水素およびトリチウムを燃料とする磁場閉じ込め方式の核融合炉において、リチウムはトリチウムを生み出すのに用いられる。自然にトリチウムが発生することは非常に稀であるため、反応場であるプラズマをリチウムの入ったブランケットで覆い、プラズマでの重水素とトリチウムの反応から生じる中性子をリチウムと反応させて核分裂させることで、より多くのトリチウムを生成させる必要がある。
6Li + n → 4He + 3T
リチウムはまたアルファ粒子源としても利用される。7Liが加速陽子と衝突することで8Beとなり、8Beはすぐに核分裂して2つのアルファ粒子となる。この反応は1932年にジョン・コッククロフトおよびアーネスト・ウォルトンによって行われた初の完全な人工原子核反応であり、この業績は当時"splitting the atom"と呼ばれた[note 3][102][103]。
その他[編集]
燃料としてリチウムを用いた魚雷
グリースに粘性を持たせるための増ちょう剤としてリチウム石鹸が用いられる。リチウム石鹸は水酸化リチウムと脂肪酸を反応させることで得られ、特にステアリン酸リチウムは広い温度範囲で高い耐圧、耐熱性を有している。リチウム石鹸グリースにはリチウムの脂肪酸塩が5から25 %ほど含まれており、一般工業用品や軸受け、自動車、鉄道、航空機、重機、家電製品などに広く汎用的に用いられている[104][105][86]。
リチウムが炎色反応によって紅色を呈することを利用して、リチウム化合物は赤い花火や発炎筒において着色剤および酸化剤として用いられる[5][106]。
冶金の分野においては、金属リチウムは溶接やはんだ付けの際に金属材料を溶融させやすくし、不純物を吸着することで酸化物を除去するフラックスとして利用される。また、炭酸リチウムは鋼鉄を連続鋳造するためのフラックスとしても利用される。連続鋳造用途でのリチウム消費量は鋼鉄生産量の好不調に左右され、2011年では全消費量の5%を占めている[107][83]。リチウムとアルミニウムの合金は高い剛性を有しながら低密度であるという特性を有しており、航空機の構造材料を作るのに利用される。リチウムアルミニウム合金は一般的な合金と比較して破壊靱性が低く、異方性を有するという問題があり、銅や亜鉛、ジルコニウムなどの添加や鋳造方法の改良による改善が図られている[108]。
塩化リチウムおよび臭化リチウムは吸湿性を有しているためガスの除湿剤として用いられる[5]。水酸化リチウムおよび過酸化リチウムは、宇宙船や潜水艦などの閉鎖空間において二酸化炭素を除去して空気を浄化するための用途として最も多く用いられる塩である。水酸化リチウムを含むアルカリ金属の水酸化物はいずれも空気中の二酸化炭素を吸収して炭酸塩を形成するが、水酸化リチウムはリチウムの原子量の小ささに起因して重量当たりの二酸化炭素吸収量がアルカリ金属の水酸化物の中で最も大きいため好んで利用される。過酸化リチウムは二酸化炭素を吸収して炭酸リチウムを形成する反応とともに酸素の放出が伴う[109][110]。
2 Li2O2 + 2 CO2 → 2 Li2CO3 + O2
有機リチウム化合物は高分子およびファインケミカルの製造に広く利用されている。高分子工業はアルキルリチウム化合物の主要な消費者であり、触媒もしくはオレフィン基のアニオン重合におけるラジカル開始剤として用いられる[111][112][113][114]。ファインケミカル産業において有機リチウム化合物は強塩基や炭素-炭素結合を形成させるための試薬として作用する。有機リチウム化合物は金属リチウムと有機ハロゲン化合物から合成される[115]。この反応においては、生成した有機リチウム化合物が未反応の有機ハロゲン化物と反応してしまうウルツカップリング反応が競合的に進行するため目的反応の進行が阻害されやすく、低温で反応を進めるかもしくはウルツカップリングを起こしにくい有機臭素化合物を用いる必要がある[116][117][118]。
金属リチウムや、水素化アルミニウムリチウムなどのヒドリド錯体は高エネルギーなロケットエンジンの推進剤として軍事利用される[14]。アメリカ海軍が開発した魚雷であるMk50は、固体リチウムのブロック上に六フッ化硫黄ガスを噴霧することで発生する化学エネルギーを推進力として利用しており、それは内蔵型化学エネルギー推進力システム (SCEPS)と呼ばれる。このシステムは、リチウムと六フッ化硫黄との反応によって発生した熱で水蒸気を生成し、その蒸気を利用してランキンサイクルを駆動させることで魚雷を推進させる閉鎖系のシステムである[119]。
医療用として炭酸リチウム(リチウム塩)が躁病および躁うつ病の躁状態の患者に処方される[120]。炭酸リチウムが躁病に効果があることは1949年にオーストラリアのジョン・ケイドによって発見された[121]。炭酸リチウムの抗躁薬としての効果は神経伝達物質の遊離やリン脂質の代謝を抑制する作用などが関係していると考えられているがまだ解明されていない[120]。また、うつ病や躁うつ病のうつ状態の患者にも抗うつ薬を補助するために処方される[122]。炭酸リチウムの投与は治療上有効とされる血中濃度と中毒に陥る濃度との範囲が狭いため、定期的に血液検査を行い適切な血中濃度に保たれているかを確認しなければならない[120]。また、利尿薬やACE阻害薬などとの併用によって腎臓でのリチウムの再吸収が促進され中毒に陥りやすくなる[123]。副作用としてはリチウムの中毒症状の他に口の渇きや多尿、甲状腺機能の低下などがあり[122]、腎不全や心不全の患者や妊婦には禁忌。特に妊娠初期の女性では胎児に心血管系の奇形(エブスタイン奇形)が発生するリスクが増加する。炭酸リチウムの投与によって体重が増加することがあるがその原因は明確でなく、炭酸リチウムの副作用である口の渇きに起因して高カロリーな飲料が菓子類とともに多量に摂取されがちになる影響も原因の一つであると考えられている[121]。
危険性[編集]
NFPA 704
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3
2
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金属リチウムに対するファイア・ダイアモンド表示
リチウムは腐食性を有しており、身体へのあらゆる接触を避けることが求められる[124]。水と激しく反応するために、リチウムは禁水性の物質とされている。よって、安全のためにナフサのような非反応性の化合物中に保管される[125]。粉末状のリチウムもしくは、多くの場合塩基性であるリチウム化合物を吸入すると鼻や喉が刺激され、一方でより高濃度のリチウム(化合物)に曝されると肺水腫を引き起こすことがある[124]。
妊娠第1三半期の間にリチウムを摂取した女性の産む子供において、エブスタイン奇形が発生するリスクが増加するという忠告があった[126]。
規制[編集]
一般の消費者にとって最も容易に利用できるリチウム源はリチウム電池であり、いくつかの管轄区域においてリチウム電池の販売が制限されている。リチウムは、アルカリ金属を無水の液体アンモニアに溶解させた溶液を用いて還元反応を行うバーチ還元によって、プソイドエフェドリンおよびエフェドリンを覚醒剤のメタンフェタミンに還元させるために用いることができる[127][128]。
大部分のリチウム電池は短絡によって非常に急速に放電して過熱し、それによって爆発の可能性に繋がることがあるため(熱暴走)、運送や積荷に関して、特に航空機のような特定の輸送機関を用いることが禁止されている場合がある。大部分の消費者向けのリチウム電池はこの種の事故を防ぐために、熱の過負荷から保護する回路が内蔵されているか、もしくは本質的に短絡時に流れる電流を制限するような設計がされている。自然発生的な熱暴走に至る内部短絡は、電池の製造欠陥もしくは損傷のために発現することが知られていた[129][130]。
脚注[編集]
註釈[編集]
1.^ a b Apendixes. USGSの定義によれば、埋蔵量 (reserve base) とは「実績ある技術および現在の経済状況の想定を超えて、将来において経済的に利用可能となるような潜在的可能性を有している資源をも含有したものを示す。埋蔵量には、現在経済的に利用可能なもの(可採埋蔵量、reserves)、準経済的なもの(準埋蔵量、marginal reserves)および経済的に採算の取れないもの(非経済的埋蔵量、subeconomic resources)が含まれる。」
2.^ フッ素およびベリリウムの天然同位体はそれぞれ19Fおよび9Beのみである。溶融塩増殖炉の燃料の主成分として用いられるアクチノイドおよび、7Li、9Be、19F以外の十分に低い熱中性子捕獲断面積を有する核種は、2H、11B、15N、209Bi、炭素と酸素の安定同位体のみである。
3.^ 人間によって誘導された核反応は1917年という早い時期に達成されていたが、これは自然に発生したアルファ粒子の衝突を利用したものであり完全な人工原子核反応ではなかった。
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リチウムは地球上に広く分布しているが、非常に高い反応性のために単体としては存在していない。地殻中で25番目に多く存在する元素であり、火成岩や塩湖かん水中に多く含まれる。リチウムの埋蔵量の多くはアンデス山脈沿いに偏在しており、最大の産出国はチリである。海水中にはおよそ2300億トンのリチウムが含まれており、海水からリチウムを回収する技術の研究開発が進められている。世界のリチウム市場は少数の供給企業よる寡占状態であるため、資源の偏在性と併せて需給ギャップが懸念されている。
リチウムは陶器やガラスの添加剤、光学ガラス、電池(一次電池および二次電池)、耐熱グリースや連続鋳造のフラックスとして利用される。2011年時点で最大の用途は陶器やガラス用途であるが、二次電池用途での需要が将来的に増加していくものと予測されている。リチウムの同位体は水素爆弾や核融合炉などにおいて核融合燃料であるトリチウムを生成するために利用されている。
リチウムは腐食性を有しており、高濃度のリチウム化合物に曝露されると肺水腫が引き起こされることがある。また、妊娠中の女性がリチウムを摂取することでエブスタイン奇形の発生リスクが増加する。リチウムは覚醒剤を合成するためのバーチ還元における還元剤として利用されるため、一部の地域ではリチウム電池の販売が規制の対象となっている。リチウム電池はまた、短絡によって急速に放電して過熱することで爆発が起こる危険性がある。
目次 [非表示]
1 性質 1.1 物理的性質
1.2 化学的性質
1.3 同位体
2 歴史
3 存在 3.1 宇宙
3.2 地上
3.3 生体
4 生産 4.1 海水リチウムの抽出
5 用途 5.1 窯業
5.2 電池 5.2.1 一次電池
5.2.2 二次電池
5.3 核
5.4 その他
6 危険性 6.1 規制
7 脚注 7.1 註釈
7.2 出典
8 関連項目
9 外部リンク
性質[編集]
物理的性質[編集]
リチウムの炎色反応
常温常圧では銀白色の柔らかい金属で、ナトリウムより硬い。常温で安定な結晶構造は体心立方格子 (BCC)。融点は180 °C、沸点は1330 °C(沸点は異なる実験値あり)であり、その融点および沸点はアルカリ金属元素の中で最も高い[2]。また0.534という比重は全金属元素の中で最も軽く、水より軽い3つの金属元素のうちの1つ(残りの2つはナトリウムおよびカリウム)でもある[3]。また、3,582 J/(kg・K)という比熱容量は全固体元素中最大である[4]。その比熱容量の高さから、リチウムは伝熱用途において冷却材としてしばしば利用される[5]。
リチウムの熱膨張率はアルミニウムの2倍、鉄のほぼ4倍である[6]。常圧、400 μK以下の条件で超伝導となり[7]、20 GPaという高圧条件下においては9 K以上というより高い温度で超伝導となる[8]。
炎色反応においてリチウムおよびその化合物は深紅色の炎色を呈する。主な輝線は波長670.8 nmの赤色のスペクトル線であり、他に610.4 nm(橙色)、460.3 nm(青色)などにスペクトル線が見られる[9]。
リチウムは70 K以下の温度で、ナトリウムと同じようにマルテンサイト変態を起こす。4.2 Kで菱面体晶を取り、より高い温度で面心立方晶となり、それから体心立方晶となる。液体ヘリウムを用いて4 Kまで冷却すると菱面体晶が最も支配的となる[10]。高圧条件下においては、複数の同素体の形を取ることが報告されている[11]。また、80 ギガパスカル(約80万気圧)程度の高圧下で金属から半導体に相転移する[12]。
化学的性質[編集]
同じアルカリ金属のナトリウム、カリウムと比べて反応性は劣り、イオン半径が小さいため電荷/半径比がアルカリ金属としては高く、化合物の化学的性質は、アルカリ土類金属、特にマグネシウムと類似する[13]。乾いた空気中ではほとんど変化しないが、水分があると常温でも窒素と反応し窒化リチウム (Li3N) を生ずる。また、熱すると燃焼して酸化リチウム (Li2O) になる。このため金属リチウムはアルゴン雰囲気下で取り扱う必要がある。ただし燃焼により酸化物を生成する挙動は他のアルカリ金属が空気中で燃焼した場合、過酸化物や超酸化物を生成するのとは対照的である[13]。
イオン化傾向が大きく、酸化還元電位は全元素中で最も低い -3.045 Vであるが、水との反応性はアルカリ金属中では最も穏かである。それでも多量のリチウムと水が反応すると発火する。
同位体[編集]
天然に存在するリチウムは6Liおよび7Liの2つの安定同位体からなっており、その天然存在比は7Liが92.5 %と大半を占めている[3][14][15]。この2つの天然同位体は両方ともリチウムより軽い元素であるヘリウムおよび重い元素であるベリリウムと比較して核子に対する原子核結合エネルギー(英語版)が例外的に低く、これは安定な軽元素の中でもリチウムは例外的に核分裂反応を起こしやすいということを意味している。これら2つのリチウム天然同位体は重水素およびヘリウム3以外のどんな安定核種よりも核子あたりの結合エネルギーが低い[16]。この結果として、リチウムは太陽系において原子番号32番までの元素の内25番目の存在量であり、リチウムは原子量が非常に軽いにもかかわらず一般的な元素ではない[17]。
リチウムは8つの放射性同位体が明らかにされており、比較的半減期の長いものとして半減期838ミリ秒の8Liおよび半減期178ミリ秒の9Liがある。他の全ての放射性同位体は半減期8.6ミリ秒以下である。最も半減期の短いものは4Liであり、それは陽子放出によって崩壊し、その半減期は7.6×10-23秒である[18]。エキゾチック原子核である11Liは中性子ハローを示すことが知られている。3Liは、存在が確認されている中で、1H以外で唯一陽子のみで構成された原子核を持つ。
7Liはビッグバン原子核合成において生成された原生核種(英語版)の1つである。少量の6Liおよび7Liは恒星内元素合成において生産されるが、生産される速度と同程度の速さで燃焼(英語版)されると考えられている[19]。6Liおよび7Liはより重い元素が宇宙線による核破砕を受けることによっても少量が付加的に生成され、初期の太陽系での7Beおよび10Beの放射性崩壊によっても生成される[20]。7Liはまた炭素星においても生成される[21]。
リチウムの同位体は鉱物の形成や化学的沈殿、代謝、イオン交換などの多様な自然のプロセスによって分離される。リチウムイオンは粘土鉱物の八面体サイトにおいてマグネシウムや鉄の代替となり、そこでは6Liは7Liより優先して取り込まれるため、その結果岩石の変質や超濾過の過程において軽い同位体が濃縮される。レーザー分離法(英語版)として知られる方法はリチウム同位体の分離に用いることができる[22]。
歴史[編集]
1817にリチウムを発見したヨアン・オーガスト・アルフェドソン
1800年、ブラジルの化学者ジョゼ・ボニファシオ・デ・アンドラーダ・エ・シルヴァによってスウェーデンのウート島(英語版)の鉱山からリチウムを含有した葉長石 (LiAlSi4O10) が発見された[23][24][25]。葉長石の発見から17年後の1817年、当時イェンス・ベルセリウスの研究室で働いていたヨアン・オーガスト・アルフェドソンが葉長石の分析から新しい元素の存在を発見した[26][27][28]。この元素はナトリウムやカリウムに似た化合物を形成したが、ナトリウムやカリウムの炭酸塩および水酸化物が水に対する溶解度および塩基性の高い物質であることと対照的に、炭酸リチウムおよび水酸化リチウムの水に対する溶解度や塩基性は低かった[29]。ベルセリウスは、植物の灰から発見されたカリウムや動物の血液中に多く含まれていたナトリウムとは対照的に、リチウムが鉱石の中から発見されたことから、この塩基性の材料にギリシア語で「石」を意味する λιθoς (lithos) より「lithion / lithina」と名付け、その材料中の金属を「リチウム (lithium)」と名付けた[3][24][28]。
後に、アルフェドソンはリシア輝石やリチア雲母にもリチウムが含まれていることを示した[24]。1818年、クリスティアン・グメリンはリチウム塩類が深紅色の炎色反応を示すことを初めて言及した[24]。しかし、アルフェドソンとグメリンはリチウム塩類から単体のリチウム金属を単離しようとしたが成功しなかった[24][28][30]。1821年、ウィリアム・トマス・ブランドは、以前にハンフリー・デービーが同じアルカリ金属類のナトリウムおよびカリウムの単体金属を得るのに利用した電気分解によって、酸化リチウムよりリチウムの単体金属を得た[14][30][31][32]。ブランドはまた、塩化リチウムのようないくつかの純粋なリチウム塩類の分析から、リチア(酸化リチウム)がおよそ55 %の金属リチウムを含んでいると見積もり、リチウムの原子量をおよそ9.8 g/molであると推定した(現在の値は6.94 g/mol)[33]。1855年、ローベルト・ブンゼンおよびアウグストゥス・マーティセンによって塩化リチウムの電気分解から大量の金属リチウムが生成された[24]。1923年から始まった、ドイツの企業であるメタルゲゼルシャフト社による、塩化リチウムおよび塩化カリウムの混合液を電気分解させて金属リチウムを得る工業的生産法は、その後のリチウムの商業生産へとつながる発見となった[24][34]。
リチウムの生産とその用途は、歴史的にいくつかの急激な変換点を経験してきた。リチウムの初めての主要な用途は、第二次世界大戦およびその直後の期間における、航空機のエンジンやそれに類似した用途のための高温グリースであった。この小さな市場の大部分は、アメリカ合衆国のいくつかの小規模な鉱工業によって支えられていた。リチウムの需要は、冷戦下の水素爆弾製造によって劇的に増加した。リチウム6およびリチウム7に中性子を照射することでトリチウムの生産が行われ、このような単独でのトリチウム生産に役立つのみならず、重水素化リチウムの形で水素爆弾内の固体核融合燃料にも用いられた。1950年代後半から1980年代中期の期間、アメリカはリチウムの主要な生産者となった。最終的には、42,000トンの水酸化リチウムが備蓄されていた。備蓄されていたリチウム中のリチウム6は、その75 %が減損されていた[35]。
リチウムはガラスの融点を降下させるのに用いられ、また、ホール・エルー法における酸化アルミニウムの溶解性の改善のためにも用いられた[36][36]。1990年代中旬までは、この2つの用途がリチウム市場を支配していた。核兵器開発競争の終了後リチウムの需要は減少し、アメリカ合衆国エネルギー省が備蓄していたリチウムの一般市場への売却はリチウムの価格をさらに押し下げた[35]。しかし1990年代半ばになると、いくつかの会社において、地下や鉱山より採掘されたリチウム原料を用いるよりもより安価な塩水からのリチウムの抽出を始めた。これによって多くの鉱山は閉山するか、ペグマタイトなどの他の採算が取れる鉱石のみに絞っての採掘に移行した。例えば、アメリカのノースカロライナ州、キングスマウンテン近郊の鉱山は、21世紀になる前に閉山した。リチウムイオン電池の用途はリチウムの需要を増やしており、2007年にはリチウムの主要な用途となった[37]。2000年代までのリチウム電池におけるリチウム需要の急増によって、新たな会社はリチウム需要を満たすために塩水抽出によるリチウム生産能力の増強に努めている[38][39]。
存在[編集]
地殻中のリチウムの存在量は原子数においておおよそ塩素と同程度である。
宇宙[編集]
詳細は「元素合成」を参照
リチウムはビッグバンによって合成された3つの元素のうちの1つであり、ビッグバン原子核合成において6Liおよび7Liの2つの安定同位体が合成された[40]。ビッグバン原子核合成によって生成する原子の量は光子とバリオンの存在比に依存しているためリチウムの存在量は理論的に予測することが可能であるはずだが、それによって求められたリチウムの理論量と実際の観測によるリチウムの存在量との間には矛盾が生じていた。しかしながら、2013年6月にAstronomy and Astrophysics(天文学および天体物理学)において発表されたケンブリッジ大学のKarin Lindらのグループによる論文において、ハワイのW・M・ケック天文台にある世界最大級の望遠鏡「ケックI」を使い、洗練された理論モデルを用い強力なスーパーコンピューターでデータ解析を行うことで、リチウムの存在量がビッグバン原子核合成における理論量と矛盾しない事が示された[41]。
リチウムは水素、ヘリウムと共にビッグバンによって合成された初めの元素の1つであるが、リチウムおよびベリリウムとホウ素は他の近い原子番号の元素と比較してその存在量は著しく小さい。これは、リチウムが低温で核反応を起こすため消費されやすく、かつリチウムが生成されるような核反応が少ないことの結果である[42]。
リチウムは準恒星である褐色矮星や、特定の特異な橙色の星において見られる。リチウムは温度が低く小さな褐色矮星に存在するが、より温度の高い赤色矮星では核反応によって消費されてリチウムが存在しないため、太陽よりも小さなこれら2つを識別するためにリチウムの存在を確認する「リチウム・テスト」と呼ばれる方法が利用される[14][43][44]。ケンタウルス座X-4のような橙色の星からもまたリチウムが検出される。これらの星は中性子星やブラックホールのようなより大きな天体を周回しており、水素やヘリウムよりも重いリチウムが重力によって星の表面へと引かれるためリチウムが観測されるのだと考えられる[14]。
地上[編集]
世界最大のリチウム埋蔵量を有すると推定されているボリビアのウユニ塩湖
リチウムは地球上に広く分布しているが、非常に高い反応性のために単体としては存在していない[3]。海水に含まれるリチウムの総量は非常に多く2300億トンと推定されており、その濃度は0.14から0.24 ppmもしくはモル濃度で25 μmol/L[45]と比較的安定した濃度で存在している[46][47]。熱水噴出孔ではより高濃度にリチウムが存在しており、その濃度は7 ppmに達する[47]。
地殻中のリチウム濃度は重量濃度でおよそ20から70 ppmに渡ると見積もられており[3]、地殻中で25番目に多く存在する元素である[48]。リチウムは火成岩を構成する非主要な元素であり、中でも花崗岩で最大の濃度となる。リチウム鉱物であるリシア輝石や葉長石を含有するペグマタイトもまた多くリチウムを含んでおり、リチウム源として最も多く商業利用されている[49]。もう一つの重要なリチウム鉱物にリチア雲母がある[50]。新しいリチウム源としてはヘクトライト(英語版)粘土があり、アメリカのWestern Lithium Corporation社によって活発に資源開発されている[51]。リチウムは水分蒸発量の多い乾燥した地域の塩湖などにおいて非常に長い時間をかけて濃縮され、鉱床を形成することも知られている[52]。そのような乾燥した塩湖には、全世界のリチウム埋蔵量(鉱石ベース)のおよそ半分におよぶ540万トンの埋蔵量を有していると推定されているボリビアのウユニ塩原[53][54]や、埋蔵量の27%、およそ300万トンの埋蔵量を有するチリのアタカマ塩原[55][56]などが含まれる。
アメリカ地質調査所の2011年の推定によると最大の可採埋蔵量[note 1]を有する国はチリの750万トンであり[57]、チリは生産量も12600トンと世界最大である[58]。他の主要なリチウム産出国としては、オーストラリア、アルゼンチン、中国が含まれる[58][59]。ボリビアは世界最大のリチウム埋蔵量を占めるウユニ塩原を有しているが、技術的、政治的な問題によりリチウム生産の事業化には至っていない[53]。
2010年6月、ニューヨークタイムズは、アメリカの地質学者がアフガニスタン西部の干上がった塩湖跡にリチウムを含む巨大な堆積物が存在していると考え地質調査を行っていると報じた。アメリカ国防総省は、「彼らの初期の分析結果によれば、ガズニー州のある場所には現在知られている中で世界最大のリチウム埋蔵量を有するボリビアのそれと同程度に大きなリチウム鉱床が存在する可能性が示されている」と述べた[60]。これらの予想は主にソ連によって収集された1979年から1989年頃の古いデータに基いており、アメリカ地質調査所のAfghanistan Minerals Projectの長であるスティーブン・ペータースは、過去2年間にアフガニスタンで行ったアメリカ地質調査所の関与したどのような新しい鉱物の測量においても確認されておらず、「我々はいかなるリチウムの発見も承知していない」と述べた[61]。
生体[編集]
リチウムは多数の植物、プランクトンおよび無脊椎生物において痕跡量存在しており、その濃度は69から5760 ppb(10億分の1)である。脊椎動物中のリチウム濃度は先述のものよりもわずかに低く、ほとんど全ての脊椎動物の体組織および体液中には21から763 ppbのリチウムが含まれている[47]。水棲生物はリチウムを生物濃縮する[62]。これらの生物においてリチウムがどのような生物学的役割を有しているかは知られていないが[47]、にもかかわらず哺乳類の栄養学的な研究によりリチウムの健康に対する重要性が示されており、必須微量元素として1 mg/dayのRDA(一日に摂取すべき栄養量)が提言されている[63]。2011年に報告された日本における観察研究によると、飲料水中に含まれる天然由来のリチウムが人間の寿命を増やす可能性が示唆されている[64]。
生産[編集]
リチウム生産量(鉱石ベース、2011年) および可採埋蔵量(単位:トン)[58]
国
生産量
可採埋蔵量[note 1]
アルゼンチンの旗 アルゼンチン 3,200 850,000
オーストラリアの旗 オーストラリア 9,260 970,000
ブラジルの旗 ブラジル 160 64,000
カナダの旗 カナダ (2010) 480 180,000
チリの旗 チリ 12,600 7,500,000
中華人民共和国の旗 中華人民共和国 5,200 3,500,000
ポルトガルの旗 ポルトガル 820 10,000
ジンバブエの旗 ジンバブエ 470 23,000
世界計 34,000 13,000,000
リチウムの生産量は第二次世界大戦後に大きく増加した。リチウムはペグマタイトなどの火成岩中から他の元素と分離され、もしくは鉱泉や塩水溜まり(塩湖かん水)、堆積塩などから抽出される。金属リチウムは55 %の塩化リチウムと45 %の塩化カリウムの混合物を450°Cで溶融塩として電解することによって生産される[65]。金属リチウムの価格は1998年時点で95 USドル/kg(43 USドル/ポンド)であった[66]。
アメリカ地質調査所の推定によるリチウムの可採埋蔵量は鉱石ベースで1300万トンである[58]。それは南米のアンデス山脈沿いに多く見られ、リチウムの主要生産国としてチリやアルゼンチンが挙げられる。両国はリチウムを塩湖かん水から生産しており、アメリカでもネバダ州にあるシルバーピーク鉱山の塩湖かん水からリチウムを産出している[5]。世界の既知の埋蔵量の内の半数近くをアンデス山脈の中央東部に位置するボリビアが占めているが、この資源の開発はあまり進展しておらず、2013年2月に日本とボリビアの共同でリチウムの抽出試験が開始されたばかりである[53]。
一方で、リチウム鉱石からのリチウム生産は主にオーストラリアやジンバブエなどで行われている[58]。オーストラリアではペグマタイトからタンタルを生成する際の副生物として回収されており[67]、世界2位の生産量を占めている[58]。鉱石としてのリチウム資源はアメリカが全埋蔵量の47 %を有しているが[68]、2010年の時点ではアメリカで稼働中のリチウム鉱山は塩湖かん水を利用するシルバーピーク鉱山のみであり、リチウム鉱石の採掘は行われていない[69]。
潜在的なリチウムの資源回収源として地熱井戸が挙げられる。地熱井戸では高温の水のような地熱流体の移動を介して地表に熱エネルギーを伝達するが[70]、そのような地熱流体に含まれるリチウムを単純な濾過技術によって回収することが可能であり、これは既に現場実証されている[71]。環境保護に関するコストは主に既存の地熱井戸操業に関するそれであるため、相対的な環境面の影響は肯定的である[72]。
世界金融危機後、産業界において炭酸リチウムの市場規模縮小が広がったため、ソシエダード・キミカ・イ・ミネラ・デ・チリ (SQM) のようなリチウムの主要供給者は、リチウム資源開発者の新規参入を考慮し、さらに市場でのその立場を守るために設定価格を20 %低下させた[73]。2012年にはリチウム需要の増加に伴い市場規模は拡大している。2012年のビジネスウィークの記事は、「億万長者であるフリオ・ポンセが支配する"SQM"、ヘンリー・クラビスのコールバーグ・クラビス・ロバーツ社に支援されたロックウッド、フィラデルフィアに拠点を置くFMC社」などの既存企業によるリチウム市場の寡占を概説した。リチウム電池の需要が年におよそ25 %ずつ増加しており全体のリチウム需要を4から5 %ほど押し上げているため、世界的なリチウムの消費量は2012年の15万トンから2020年には30万トンにまで急増する可能性がある[74]。
ローレンス・バークレー国立研究所とカリフォルニア大学バークレー校による2011年の研究によると、現在推定されているリチウムの埋蔵量からは10億台オーダーもの40 キロワット時のリチウムイオン二次電池を製造可能であると見積もられ、リチウム埋蔵量の問題は電気自動車向けの大規模なバッテリー製造の律速因子とは成り得ないことが示された[75]。ミシガン大学およびフォード・モーター社が2011年に行ったもう一つの研究によると、2100年までのリチウム需要を支えるのに十分なリチウム資源が存在することが示され、そこにはリチウムを広範囲に必要とするハイブリッド電気自動車やプラグインハイブリッドカー、バッテリー式電動輸送機器などの用途が含まれている。この研究では世界中のリチウム埋蔵量を3900万トンと見積もり、90年間の全リチウム需要を経済成長に関するシナリオとリサイクル率に応じて1200から2000万トンと分析している[76]。しかしながら、単一産地で需要のほとんどを生産するという資源の偏在性および、先述の独占的な少数の供給企業による市場の寡占という問題があるため、商業的な需要ギャップが懸念されている[77][78]。使用済み製品からのリチウムのリサイクルについては、現状ではその技術がなく、経済性が見込まれないため進んでいない[79]。
海水リチウムの抽出[編集]
海水中には2300億トンのリチウムが溶けており、事実上無限の埋蔵量を有する。海水中のリチウム濃度は他の元素と比べて比較的高いため採算ラインのボーダー上にあり、効率的な回収方法が開発されれば経済的に実用可能になる可能性がある[80]。2004年には海水リチウムを抽出するためのパイロットプラントが日本の佐賀大学海洋エネルギーセンターで稼働を開始し[81]、150日間で192 gの塩化リチウムが海水から回収された[82]。このプラントは火力発電所などが取水した海水を2次利用することを想定し、ポンプで汲み上げた海水から吸着剤を用いてリチウムを回収する方式が採用されている。これは、100万kW級の規模の発電所を想定した場合1基当たり年間700トンの塩化リチウムを回収できる計算になるが、吸着剤由来のマンガンの溶出や、回収コストが従来法の20倍かかるなど、実用化にはまだ課題が残っている[82]。
用途[編集]
全世界でのリチウムの用途(2011年、USGSによる推定値)[83]
陶器およびガラス (29%)
電池 (27%)
潤滑グリース (12%)
連続鋳造 (5%)
空調用途 (4%)
重合触媒 (3%)
アルミニウム製造 (2%)
薬品 (2%)
その他 (16%)
2011年におけるリチウムの用途は陶器やガラスなどの窯業用途が最も多く、リチウムの全消費量の29 %を占めている。リチウムイオン二次電池などのバッテリー用途でのリチウムの消費量は全体の27 %であり、携帯用電子機器や自動車用バッテリーなどの需要拡大に伴いこの用途での消費量は増加傾向にある。窯業、バッテリー用に続く用途として、自動車などに使われる耐熱・耐圧グリース用途、鋼を連続鋳造する際の融剤としての用途、空調用途、合成ゴムの重合触媒など用途が挙げられる[83]。
窯業[編集]
リチウムは窯業において、釉薬の融点を下げるための強力な媒熔剤として利用される[84]。釉薬の融点を下げる方法としては、水溶性のアルカリ性化合物をガラスと溶融させて不溶化したフリットと呼ばれる媒熔剤を用いる方法と、フリットを用いずに元々不溶性のアルカリ性化合物を用いる方法があるが、リチウムは主に後者として用いられる[85]。リチウム源としては主に炭酸リチウムが用いられ[86]、焼成によって酸化リチウムもしくはケイ酸リチウムの形で釉層を形成する[84]。リチウムは他のアルカリ金属、アルカリ土類金属元素と比較して熱膨張係数が小さいため、リチウムを釉薬に加えることで釉薬の貫入(ひび割れ)を少なくすることができる[87]。また、リチウムによって釉薬の流動性が高まるため、釉薬のむらを防ぎ全体的に均一な層を形成することができる[84]。
リチウムは耐熱ガラスや光学ガラスの配合剤としても利用される。リチウムアルミノケイ酸塩を熱処理によって結晶化ガラスとしたセラミックスは非常に熱膨張係数が低いため急激な温度変化に強く耐熱食器に用いられ[88]、このような結晶化ガラスを利用したセラミックスはパイロセラムと呼ばれる[89]。また、リチウムはイオン半径が小さく電場強度が強いためガラス中で隣接する酸素イオンを大きく分極させ屈折率を上昇させることができ、この効果を利用して光学ガラスの一つである屈折率分布型光学レンズに利用される[90]。フッ化リチウムは紫外から赤外までの広範囲の光を透過し、特に紫外域の透過性能が優れているため、光学窓材料などに利用される[91]。
電池[編集]
一次電池[編集]
詳細は「リチウム電池」を参照
リチウムは標準酸化還元電位が3.03 Vと最も低いため電池の負極材料として適しており[92]、金属リチウムを負極材料、正極材料としてフッ化黒鉛や二酸化マンガンなどを用いた一次電池がリチウム電池として実用化されている。リチウム電池はエネルギー密度が高いため小型化に向いており、また自己放電が少ないため電池寿命が長いといった特徴を有している。そのため、小型、軽量、長寿命といった機能が要求されるメモリバックアップなどの用途で利用されている[93]。これらの一次電池の多くは定まった用途にのみ用いられるものであるため需要は一定であるが、エレクトロニクス機器や測定機器の電源などに用いられる塩化チオニルリチウム電池は需要が増加している[94][95]。
二次電池[編集]
詳細は「リチウムイオン二次電池」を参照
二次電池用途でのリチウム需要は2004年から2008年の間で年間20 %を越える伸び率を示しており[86]、この用途におけるリチウムの需要は将来的にも増加し続けると予測されている[83]。リチウムイオン二次電池は正極材料として主にコバルト酸リチウムが、負極材料としては炭素が用いられており、電解質の支持塩には六フッ化リン酸リチウムが使用されている[96]。リチウムイオン二次電池は、エネルギー密度が高い、動作電圧が3.7 V[96]と高い、自然放電が少ない、メモリー効果がないといった有用な特徴を有しており[97]、携帯機器用の小型電池から車載用、産業用の大型電池まで幅広く使われている[96]。
核[編集]
6Liはトリチウムを製造するための原料や、核融合における中性子吸収材として用いられる。天然のリチウムはおよそ7.5%の6Liを含んでおり、核兵器で利用するため同位体分離(英語版)によって大量に生産されていた[98]。7Liも原子炉の冷却材として関心を集めている[99]。
重水素化リチウムを用いた核実験のキノコ雲(キャッスル作戦、ブラボー実験(英語版))
重水素化リチウムは初期の水素爆弾における最適な原子核融合燃料として利用された。水素爆弾が初めに実験された当時はその反応機構は完全には理解されていなかったが、6Liおよび7Liが中性子の衝突によってトリチウムを生成する反応がブラボー実験(英語版)において核暴走を生み出した要因となった。トリチウムは比較的容易に重水素と核融合反応を起こし、その詳細は秘匿されたままであるが、6Liを用いた重水素化リチウムは最新の核兵器においてもいまだに核融合材料としての役割を果たしているようである[100]。
7Liを高濃度に濃縮させたフッ化リチウムとフッ化ベリリウムを混合させたフリーベは溶融塩原子炉における溶融塩として用いられる。フッ化リチウムはリチウムの化合物の中でも安定であり、フリーベは低融点な塩である。加えて、7Liおよびベリリウム、フッ素は熱中性子捕獲断面積が十分に低いため原子炉中の核分裂反応を阻害しない数少ない核種のひとつである[note 2][101]
重水素およびトリチウムを燃料とする磁場閉じ込め方式の核融合炉において、リチウムはトリチウムを生み出すのに用いられる。自然にトリチウムが発生することは非常に稀であるため、反応場であるプラズマをリチウムの入ったブランケットで覆い、プラズマでの重水素とトリチウムの反応から生じる中性子をリチウムと反応させて核分裂させることで、より多くのトリチウムを生成させる必要がある。
6Li + n → 4He + 3T
リチウムはまたアルファ粒子源としても利用される。7Liが加速陽子と衝突することで8Beとなり、8Beはすぐに核分裂して2つのアルファ粒子となる。この反応は1932年にジョン・コッククロフトおよびアーネスト・ウォルトンによって行われた初の完全な人工原子核反応であり、この業績は当時"splitting the atom"と呼ばれた[note 3][102][103]。
その他[編集]
燃料としてリチウムを用いた魚雷
グリースに粘性を持たせるための増ちょう剤としてリチウム石鹸が用いられる。リチウム石鹸は水酸化リチウムと脂肪酸を反応させることで得られ、特にステアリン酸リチウムは広い温度範囲で高い耐圧、耐熱性を有している。リチウム石鹸グリースにはリチウムの脂肪酸塩が5から25 %ほど含まれており、一般工業用品や軸受け、自動車、鉄道、航空機、重機、家電製品などに広く汎用的に用いられている[104][105][86]。
リチウムが炎色反応によって紅色を呈することを利用して、リチウム化合物は赤い花火や発炎筒において着色剤および酸化剤として用いられる[5][106]。
冶金の分野においては、金属リチウムは溶接やはんだ付けの際に金属材料を溶融させやすくし、不純物を吸着することで酸化物を除去するフラックスとして利用される。また、炭酸リチウムは鋼鉄を連続鋳造するためのフラックスとしても利用される。連続鋳造用途でのリチウム消費量は鋼鉄生産量の好不調に左右され、2011年では全消費量の5%を占めている[107][83]。リチウムとアルミニウムの合金は高い剛性を有しながら低密度であるという特性を有しており、航空機の構造材料を作るのに利用される。リチウムアルミニウム合金は一般的な合金と比較して破壊靱性が低く、異方性を有するという問題があり、銅や亜鉛、ジルコニウムなどの添加や鋳造方法の改良による改善が図られている[108]。
塩化リチウムおよび臭化リチウムは吸湿性を有しているためガスの除湿剤として用いられる[5]。水酸化リチウムおよび過酸化リチウムは、宇宙船や潜水艦などの閉鎖空間において二酸化炭素を除去して空気を浄化するための用途として最も多く用いられる塩である。水酸化リチウムを含むアルカリ金属の水酸化物はいずれも空気中の二酸化炭素を吸収して炭酸塩を形成するが、水酸化リチウムはリチウムの原子量の小ささに起因して重量当たりの二酸化炭素吸収量がアルカリ金属の水酸化物の中で最も大きいため好んで利用される。過酸化リチウムは二酸化炭素を吸収して炭酸リチウムを形成する反応とともに酸素の放出が伴う[109][110]。
2 Li2O2 + 2 CO2 → 2 Li2CO3 + O2
有機リチウム化合物は高分子およびファインケミカルの製造に広く利用されている。高分子工業はアルキルリチウム化合物の主要な消費者であり、触媒もしくはオレフィン基のアニオン重合におけるラジカル開始剤として用いられる[111][112][113][114]。ファインケミカル産業において有機リチウム化合物は強塩基や炭素-炭素結合を形成させるための試薬として作用する。有機リチウム化合物は金属リチウムと有機ハロゲン化合物から合成される[115]。この反応においては、生成した有機リチウム化合物が未反応の有機ハロゲン化物と反応してしまうウルツカップリング反応が競合的に進行するため目的反応の進行が阻害されやすく、低温で反応を進めるかもしくはウルツカップリングを起こしにくい有機臭素化合物を用いる必要がある[116][117][118]。
金属リチウムや、水素化アルミニウムリチウムなどのヒドリド錯体は高エネルギーなロケットエンジンの推進剤として軍事利用される[14]。アメリカ海軍が開発した魚雷であるMk50は、固体リチウムのブロック上に六フッ化硫黄ガスを噴霧することで発生する化学エネルギーを推進力として利用しており、それは内蔵型化学エネルギー推進力システム (SCEPS)と呼ばれる。このシステムは、リチウムと六フッ化硫黄との反応によって発生した熱で水蒸気を生成し、その蒸気を利用してランキンサイクルを駆動させることで魚雷を推進させる閉鎖系のシステムである[119]。
医療用として炭酸リチウム(リチウム塩)が躁病および躁うつ病の躁状態の患者に処方される[120]。炭酸リチウムが躁病に効果があることは1949年にオーストラリアのジョン・ケイドによって発見された[121]。炭酸リチウムの抗躁薬としての効果は神経伝達物質の遊離やリン脂質の代謝を抑制する作用などが関係していると考えられているがまだ解明されていない[120]。また、うつ病や躁うつ病のうつ状態の患者にも抗うつ薬を補助するために処方される[122]。炭酸リチウムの投与は治療上有効とされる血中濃度と中毒に陥る濃度との範囲が狭いため、定期的に血液検査を行い適切な血中濃度に保たれているかを確認しなければならない[120]。また、利尿薬やACE阻害薬などとの併用によって腎臓でのリチウムの再吸収が促進され中毒に陥りやすくなる[123]。副作用としてはリチウムの中毒症状の他に口の渇きや多尿、甲状腺機能の低下などがあり[122]、腎不全や心不全の患者や妊婦には禁忌。特に妊娠初期の女性では胎児に心血管系の奇形(エブスタイン奇形)が発生するリスクが増加する。炭酸リチウムの投与によって体重が増加することがあるがその原因は明確でなく、炭酸リチウムの副作用である口の渇きに起因して高カロリーな飲料が菓子類とともに多量に摂取されがちになる影響も原因の一つであると考えられている[121]。
危険性[編集]
NFPA 704
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金属リチウムに対するファイア・ダイアモンド表示
リチウムは腐食性を有しており、身体へのあらゆる接触を避けることが求められる[124]。水と激しく反応するために、リチウムは禁水性の物質とされている。よって、安全のためにナフサのような非反応性の化合物中に保管される[125]。粉末状のリチウムもしくは、多くの場合塩基性であるリチウム化合物を吸入すると鼻や喉が刺激され、一方でより高濃度のリチウム(化合物)に曝されると肺水腫を引き起こすことがある[124]。
妊娠第1三半期の間にリチウムを摂取した女性の産む子供において、エブスタイン奇形が発生するリスクが増加するという忠告があった[126]。
規制[編集]
一般の消費者にとって最も容易に利用できるリチウム源はリチウム電池であり、いくつかの管轄区域においてリチウム電池の販売が制限されている。リチウムは、アルカリ金属を無水の液体アンモニアに溶解させた溶液を用いて還元反応を行うバーチ還元によって、プソイドエフェドリンおよびエフェドリンを覚醒剤のメタンフェタミンに還元させるために用いることができる[127][128]。
大部分のリチウム電池は短絡によって非常に急速に放電して過熱し、それによって爆発の可能性に繋がることがあるため(熱暴走)、運送や積荷に関して、特に航空機のような特定の輸送機関を用いることが禁止されている場合がある。大部分の消費者向けのリチウム電池はこの種の事故を防ぐために、熱の過負荷から保護する回路が内蔵されているか、もしくは本質的に短絡時に流れる電流を制限するような設計がされている。自然発生的な熱暴走に至る内部短絡は、電池の製造欠陥もしくは損傷のために発現することが知られていた[129][130]。
脚注[編集]
註釈[編集]
1.^ a b Apendixes. USGSの定義によれば、埋蔵量 (reserve base) とは「実績ある技術および現在の経済状況の想定を超えて、将来において経済的に利用可能となるような潜在的可能性を有している資源をも含有したものを示す。埋蔵量には、現在経済的に利用可能なもの(可採埋蔵量、reserves)、準経済的なもの(準埋蔵量、marginal reserves)および経済的に採算の取れないもの(非経済的埋蔵量、subeconomic resources)が含まれる。」
2.^ フッ素およびベリリウムの天然同位体はそれぞれ19Fおよび9Beのみである。溶融塩増殖炉の燃料の主成分として用いられるアクチノイドおよび、7Li、9Be、19F以外の十分に低い熱中性子捕獲断面積を有する核種は、2H、11B、15N、209Bi、炭素と酸素の安定同位体のみである。
3.^ 人間によって誘導された核反応は1917年という早い時期に達成されていたが、これは自然に発生したアルファ粒子の衝突を利用したものであり完全な人工原子核反応ではなかった。
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