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2014年02月13日

ランタン

ンタン (英: lanthanum) は原子番号 57 の元素。元素記号は La。希土類元素の一つ。4f軌道を占有する電子は0個であるが、ランタノイド系列の最初の元素とされる。白色の金属で、常温、常圧で安定な結晶構造は、複六方最密充填構造(ABAC スタッキング)。比重は6.17 で、融点は918 °C、沸点は3420 °C。

空気中で表面が酸化され、高温では酸化ランタン(III) La2O3 となる。ハロゲン元素と反応し、水にはゆっくりと溶ける。酸には易溶。安定な原子価は+3価。

モナズ石(モナザイト)に含まれる。



目次 [非表示]
1 用途
2 歴史
3 ランタンの化合物
4 同位体
5 出典
6 関連項目


用途[編集]

La2O3 がセラミックコンデンサや、光学レンズの材料に使われる。また、LaNi5 は水素吸蔵合金として注目されている。炭酸ランタンが腎不全患者のリン吸収阻害薬(腸管内でリン化合物を形成し吸収を阻害する)として使用されている。

ジョージ・ベドノルツとアレックス・ミューラーが最初に発見(発表)した高温超伝導物質(この時点では転移温度は、それほど高温ではなかった)がランタンを含む銅酸化物セラミックスだった。

歴史[編集]

1839年にスイスのカール・グスタフ・モサンデル (Carl Gustaf Mosander) が発見[2]。ギリシャ語で人目を避ける、と言う意味の lanthanein が語源。これは、セリウムの影に隠れてなかなか見付からなかったからである。

ランタンの化合物[編集]
La2CuO4
六ホウ化ランタン (LaB6)
ランガサイト (La3Ga5SiO14)

同位体[編集]

詳細は「ランタンの同位体」を参照

出典[編集]

1.^ Magnetic susceptibility of the elements and inorganic compounds, in Handbook of Chemistry and Physics. CRC press. (2000). ISBN 0849304814.
2.^ 桜井 弘 『元素111の新知識』 講談社、1998年、259頁。ISBN 4-06-257192-7。
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バリウム

バリウム (英: barium) は、原子番号 56 の元素。元素記号は Ba。アルカリ土類金属のひとつで、単体では銀白色の軟らかい金属。他のアルカリ土類金属元素と類似した性質を示すが、カルシウムやストロンチウムと比べ反応性は高い。化学的性質としては+2価の希土類イオンとも類似した性質を示す。アルカリ土類金属としては密度が大きく重いため、ギリシャ語で「重い」を意味する βαρύς (barys) にちなんで命名された。ただし、金属バリウムの比重は約3.5であるため軽金属に分類される。地殻における存在量は豊富であり、重晶石(硫酸バリウム)などの鉱石として産出する。確認埋蔵量の48.6 %を中国が占めており、生産量も50 %以上が中国によるものである。バリウムの最大の用途は油井やガス井を採掘するための掘穿泥水(英語版)における加重剤であり、重晶石を砕いたバライト粉が利用される。

硫酸バリウム以外の可溶性バリウム塩には毒性があり、多量のバリウムを摂取するとカリウムチャネルをバリウムイオンが阻害することによって神経系への影響が生じる。そのためバリウムは毒物及び劇物取締法などにおいて規制の対象となっている。



目次 [非表示]
1 性質 1.1 物理的性質
1.2 化学的性質
1.3 同位体

2 分析 2.1 定性分析
2.2 定量分析

3 歴史
4 存在
5 生産
6 用途 6.1 単体としての用途
6.2 硫酸バリウムとしての用途
6.3 その他の化合物の用途

7 危険性
8 注釈
9 出典
10 参考文献
11 関連項目


性質[編集]

物理的性質[編集]

バリウムは鉛と同程度に柔らかく銀白色の外観を有するアルカリ土類金属である。金属光沢を有しているが、空気中では徐々に酸化されて白色の酸化被膜に覆われるため金属光沢は失われる[1]。融点および沸点は資料により異なるデータがみられ、融点は729 °C[2]や725 °C[3][4]、726.2 °C[5]というデータがあり、沸点は1898 °C(1気圧)[2]、1640 °C[3]、1637 °C(1気圧)[5]というデータがある。密度が3.51 g/cm3と低いため軽金属に分類される[1]。常温、常圧で安定な結晶構造は体心立方構造 (BCC)であり、その格子定数aは5.01である[6]。

炎色反応においてバリウムは黄緑色の炎色を呈する[7]。主要な輝線は524.2 nmおよび513.7 nmの緑色のスペクトル線であり、それらは双子線を示すアルカリ金属元素の輝線とは対照的に単線を示す[6]。

化学的性質[編集]

各種アルカリ土類金属塩および亜鉛塩の密度 g・cm−3



O2-

S2-

F-

Cl-

SO42-

CO32-

O22-

H-


Ca2+[8]
3.34 2.59 3.18 2.15 2.96 2.83 2.9 1.7

Sr2+[9]
5.1 3.7 4.24 3.05 3.96 3.5 4.78 3.26

Ba2+[10]
5.72 4.3 2.1 1.9 4.49 4.29 4.96 4.16

Zn2+[11]
5.6 4.09 4.9 2.09 3.8 4.4 1.57 −

バリウムの化学的性質はカルシウムやストロンチウムに類似しているものの、アルカリ土類金属元素の電気陰性度は原子番号が大きくなるにつれて小さくなる傾向があるため、バリウムはカルシウムやストロンチウムよりもさらに反応性が高い[12]。このアルカリ土類金属元素の持つ性質の連続的な変化によって、バリウムの塩は他のアルカリ土類金属の塩と比較して水和物を形成しやすく、水に対する溶解度が低く、熱的安定性が優れているという性質を有している[13]。2価のバリウムイオンの化学的性質はユウロピウムやサマリウム、イッテルビウムイオンなど2価の希土類イオンと類似しており、バリウム鉱石中にこれらの元素が含まれていることがある[14]。バリウムイオンは可視領域にスペクトルを持たないためバリウム化合物は全て無色であり、バリウム化合物の着色はアニオン側の持つ色や構造の欠陥に起因して生じたものである[15]。

バリウムの電溶圧は水素よりも大きいため水と激しく反応して水素を発生させ、アルコールとも同様に激しく反応する[16]。
Ba + 2H2O → Ba(OH)2 + H2
バリウムは空気中で徐々に酸化されて白色の酸化バリウムを形成し、この酸化物もまた水と激しく反応して水酸化バリウムとなる。水酸化バリウムはアルカリ土類金属の水酸化物の中では水に対する溶解度が高く強塩基性である[17]。バリウムは高温で炭素と直接反応してイオン性アセチリドである炭化バリウムを生成する。この炭化物は加水分解によってアセチレンを発生させる。また、ホウ素、ケイ素、ヒ素、硫黄などとも直接反応してイオン性の化合物を形成するが、これらの化合物もまた容易に加水分解を受ける。オキソ酸とも反応して硫酸バリウムや硝酸バリウムのような化合物を形成し、それらの化合物は水に対する溶解性が低い[18]。

バリウムの過塩素酸塩はジエチレントリアミンによって錯体を形成するが、安定に存在できるのは固体常態のみであり溶液中では容易に解離する[19]。また、クラウンエーテルとも錯体を形成する[20]。バリウムは液体アンモニアに溶解して青色の溶液となり、ここからアンモニアを除去することでバリウムのアンミン錯体を得ることができる[15]。

バリウムはアルミニウム、亜鉛、鉛およびスズを含むいくつかの金属と結合し、合金および金属間化合物を形成する[21]。

同位体[編集]

詳細は「バリウムの同位体」を参照

自然より産出するバリウムは七つの同位体の混合物であり、天然存在比が最大のものは138Baの71.7 %である。バリウムは22の同位体が知られているが、それらのほとんどは半減期が数ミリ秒から数日の高い放射能を持つ放射性同位体である。例外として、10.51年という比較的長い半減期を持つ133Baがある[22]。133Baは原子物理学の研究におけるガンマ線探知機などにおいて校正用の標準線源として用いられる[23]。

分析[編集]

定性分析[編集]

バリウムを含む溶液に硫酸を加えると不溶性の硫酸バリウムが白色沈殿として生じるため、これをもって簡易な定性分析を行うことができる。しかしこの方法では、同族元素であるカルシウムもしくはストロンチウムが含まれているとバリウムと同様に硫酸塩の沈殿が生じ、鉛イオンもまた同様に硫酸鉛の白色沈殿を生じさせて定性分析の妨害となる[24]。

バリウムの定性分析法としては、酢酸緩衝液下でクロム酸バリウムの黄色沈殿を生じさせる方法が用いられる。この際、マスキング剤としてエチレンジアミン四酢酸 (EDTA) と塩化マグネシウムを加えることで他の元素がEDTAと錯体を形成するため、バリウム以外の元素が水酸化物として沈殿して妨害するのを抑止することができる[25]。

バリウムは炎色反応においてうすい緑色を呈するが、銅やマンガン、テルル、ビスマスなど多くの元素が類似の炎色を示すため定性分析としては利用し難い[26]。

定量分析[編集]

溶液中のバリウム濃度の定量分析法として、硫酸バリウムもしくはクロム酸バリウムの形でバリウムを沈殿させてその重量を測定する重量法が挙げられる[27]。硫酸バリウムを用いた場合には、ストロンチウムが不純物として含まれているとストロンチウムの分も分析値に上乗せされるため、原子吸光法などによってストロンチウムの含有量を別途測定して分析値から差し引く必要がある[28]。また、このようにして得られたクロム酸バリウムを硫酸酸性溶液に溶解させ、規定量の硫酸鉄(II)溶液を加えたのちに過剰量の硫酸鉄(II)を過マンガン酸カリウム溶液で逆滴定する容量分析法によっても定量分析することもできる。これは、クロム酸の作用で硫酸鉄(II)が酸化される反応を利用したものであり、クロム酸の逆滴定と同一の方法である[29]。バリウム溶液中に、アンモニア性塩化アンモニウム緩衝溶液およびマグネシウム溶液を加え、エリオクロムブラックTを指示薬としてEDTA溶液でキレート滴定する方法も用いられるが、この方法においても硫酸バリウムを用いた重量法と同様にストロンチウムの分析値を差し引く必要がある。EDTAによるキレート滴定法は日本工業規格におけるバリウムの定量分析法の一つとして採用されている[28]。

機器分析法としては、フレームレス原子吸光法 (AAS) やICP-AES、ICP-MSが利用され、AASの吸収波長は553.6 nm、ICP-AESの発光波長は233.527 nmおよび455.403 nmが用いられる[30]。

歴史[編集]





バリウムの発見者であるカール・ヴィルヘルム・シェーレ
バリウムの名称は、ギリシャ語で「重い」を意味するβαρύς (barys)に由来しており、それは一般的なバリウムを含む鉱石が高密度であることを表している。中世初期の錬金術師たちはいくつかのバリウム鉱石を知っており、イタリアのボローニャで見つけられた滑らかな小石様の重晶石鉱石は「ボローニャの石」として知られていた。その石に光を照射するとその後輝き続ける(つまり蛍光を示す)ことから、魔女や錬金術師たちはこの石に魅力を感じていた[31]。

1774年、スウェーデンのカール・ヴィルヘルム・シェーレが軟マンガン鉱に新しい元素が含まれていることを発見したが、その鉱石からバリウムを分離することはできなかった。ヨハン・ゴットリーブ・ガーンもまた類似した研究を行い、シェーレによるバリウムの発見から二年後に酸化バリウムとして鉱石から分離することに成功した。酸化バリウムは初めルイ=ベルナール・ギュイトン・ド・モルヴォーによってbaroteと呼ばれており、アントワーヌ・ラヴォアジエによってバリタ (baryta)と改名された。また、18世紀にはイギリスの鉱物学者であるウィリアム・ウィザリングもカンバーランドの鉛鉱山で産出する重い鉱石(炭酸バリウムの鉱石である毒重石(英語版))について言及していた。1808年、イギリスのハンフリー・デービーがバリウム塩の溶融塩電解によってバリウムの単体を初めて単離した[32]。デービーは類似した性質を示すカルシウムの命名法に準じて[注釈 1]、酸化バリウムを表すバリタ (baryta)の後ろに金属元素を意味する接尾語である「-ium」を付けてバリウム (barium)名付けた[31]。ローベルト・ブンゼンおよびアウグストゥス・マーティセン(英語版)は、塩化バリウムと塩化アンモニウムの混合物を溶融させて電気分解を行うことによって純粋なバリウムを得た[34][35]。

電気分解および液体空気の分留が有意な酸素の生産方法として確立される以前は、過酸化バリウムを用いて純粋な酸素を生産するブリン法(英語版)がバリウムの大規模な用途であった。これは、酸化バリウムを空気中で500から600度で熱して過酸化バリウムとし、この過酸化バリウムを700℃以上で熱することによって純粋な酸素を得るという方法である[36][37]。
2 BaO + O2 ⇌ 2 BaO2
1908年には、消化器系のX線写真で造影剤として初めて利用された[38]。

存在[編集]

バリウムの宇宙全体の平均濃度の推定値は重量濃度で10 ppb、太陽における推定濃度も10 ppbである[39]。地殻においては比較的豊富に存在しており、その存在量は4.25×102 mg/kgである。また、海水中には1.3×10-2 mg/L含まれる[40]。地殻中において重晶石(硫酸塩)や毒重石(炭酸塩)のような鉱物として存在している[41]。毒重石の鉱石は、例えば北イングランドのニューボロー(英語版)近辺のセッティングストーンズ鉱山[42]などにおいて17世紀から1969年までの間採掘されてきたが[43] 、現在はほとんど全てのバリウムは重晶石として採掘されている。アメリカ地質調査所の2005年版Mineral Commodity Summariesを元にした東北経済産業局の報告書によれば、バリウムの確認埋蔵量は重晶石ベースで74,000万トン、可産鉱量は20,000万トンであると見積もられており、可産年数は29年とされている[44]。重晶石の大きな鉱床は中国、ドイツ、インド、モロッコおよびアメリカで発見されており[45]、確認埋蔵量の48.6 %を中国が占めている[44]。毒重石の鉱床としてはイギリス、ルーマニア、旧ソ連などに見られるが、それらは商業的に重要ではない[41]。バリウムを含む宝石としては濃い青色を示すベニト石(ベニトアイト)があり、カリフォルニア州のサン・ベニトで産出する[46]。

生産[編集]





世界の重晶石生産量の動向




2010年の重晶石の生産国
バリウム(重晶石)の年間生産量のピークは1981年の830万トンであり、そのうち7-8 %だけが金属バリウムやその化合物の生産に利用された[41]。これは、バリウムの最大の用途が掘穿泥水(英語版)における加重剤としての用途であり、この目的には重晶石をそのまま粉砕して硫酸バリウムとして利用するためである[47]。シェールガスの採掘増加に伴う掘穿泥水の需要増によって、2016年にはピーク時の生産量を越える930万トンにまで需要が拡大するものと予想されている[48]。2011年におけるバリウム生産量はその50 %以上を中国が占めており、それに14 %のインド、8.4 %のモロッコ、8.3 %のアメリカが続いている[49]。

バリウムは空気中で容易に酸化されるため単体の金属バリウムを得ることは困難であり自然から金属バリウムが産出することはなく、金属バリウムは主に重晶石から抽出することで生産されている[50]。採掘された重晶石は洗浄、粉砕、分別工程によって石英から分離される。石英が鉱石に非常に深く貫入していたり、鉄や亜鉛、鉛の濃度が高い場合には、泡沫浮遊選鉱(英語版)によって選鉱される。この過程によって重晶石としての純度は質量濃度で98 %まで高められ、不純物として含まれる鉄や二酸化ケイ素が除去される[51]。この重晶石は非常に溶解し難いため、重晶石を直接的に金属バリウムや他のバリウム化合物を得るための前駆体とすることはできず、重晶石中の硫酸バリウムを硫化バリウムに還元するために炭素とともに加熱する前処理が行われる[50]。
BaSO4 + 2C → BaS + 2CO2
こうして得られた水溶性の硫化バリウムは、その水溶液を酸素と反応させることで水酸化バリウムが、硝酸と反応させることで硝酸バリウムが、二酸化炭素と反応させることで炭酸バリウムが得られるなど、様々なバリウム化合物を生産するための前駆体となる[52]。また、硝酸バリウムを熱分解させることで酸化物が得られる[52]。金属バリウムは酸化バリウムをアルミニウムとともに1100°Cで還元させることによって得られる。この反応では、はじめに金属間化合物であるBaAl4が形成される[53]。
3 BaO + 14 Al → 3 BaAl4 + Al2O3
この金属間化合物は反応中間体であり、BaAl4と酸化バリウムが反応することで金属バリウムを与える。酸化バリウムとアルミニウムとの反応において酸化バリウムの全量が還元しきるわけではないことに注意[53]。
8 BaO + BaAl4 → Ba↑ + 7 BaAl2O4
さらに残った酸化バリウムは、先の反応で形成された酸化アルミニウムと反応する[53]。
BaO + Al2O3 → BaAl2O4
全体的な反応は以下のようになる[53]。
4 BaO + 2 Al → 3 Ba↑ + BaAl2O4
こうして得られたバリウム蒸気はアルゴン雰囲気下で回収、冷却され型に詰められる。この方法は商業的に使われており、高純度で金属バリウムを得ることができる[53]。一般的に市販される金属バリウムの純度は99 %であり、主な不純物はストロンチウムおよびカルシウム(最大で0.8 %および0.25 %)、他の不純物は0.1 %よりも低い[53]。

類似した反応として、酸化バリウムをケイ素と1200°Cで反応させることによって金属バリウムとメタケイ酸バリウムを得る方法がある[53]。電解法では、生成した金属バリウムがすぐに原料の溶融塩に溶解しハロゲン化物の汚染を受けやすいため利用されない[53]。

用途[編集]





造影剤として食道を造影したレントゲン写真




バリウムによって緑色を示す花火
単体としての用途[編集]

バリウム単体の用途として最も重要なものに、テレビのブラウン管のような真空管内に痕跡量残存した最後の酸素やその他のガスを取り除くゲッター(英語版)としての用途があったが、この用途はブラウン管を使わない液晶テレビやプラズマテレビの普及によって徐々に姿を消しつつある[54]。他の単体バリウムとしての用途は小規模であり、アルミニウム-ケイ素合金であるシルミンの結晶構造を安定化させるための添加材として用いられるように、以下のような合金への添加材としての用途が挙げられる[54]。
耐クリープ性を増加させるための鉛スズ合金(はんだ)への添加
接種材としての鋼鉄や鋳鉄への添加
高純度鋼の脱酸材としてのカルシウム、マンガン、ケイ素、アルミニウム合金への添加
自動車の点火装置に用いられるバリウム-ニッケル合金[55]。

硫酸バリウムとしての用途[編集]

硫酸バリウム(BaSO4)は重晶石を粉砕して製造されるバライト粉と、硫化バリウムと硫酸ナトリウムとの複分解によって製造される沈降性硫酸バリウムに大別される[56]。

バライト粉は石油産業において重要であり、新しい油井やガス井を採掘するための掘穿泥水(英語版)における加重剤として用いられる[45]。

沈降性硫酸バリウムの英語表記である「blanc fixe」は「永久の白」を意味するフランス語に由来しており、白色塗料として利用される[57]。硫酸バリウムおよび硫酸亜鉛からなる白色顔料であるリポトン(英語版)は良好な隠蔽力を有しており、硫化物に曝されても黒変しない「永久の白」である[58]。また、沈降性硫酸バリウムはゴルフボールなど様々なゴム製品の充填剤にも用いられる[56]。 硫酸バリウムのナノ粒子はポリマーの物性を改良することができ、例えばエポキシ樹脂などに用いられる[57]。

硫酸バリウムはまた、X線を透過しないという性質を利用してレントゲンの造影剤としても利用される(バリウムがゆ(英語版)、バリウム浣腸(英語版))[45]。

その他の化合物の用途[編集]

炭酸バリウムが殺鼠剤として用いられるようにBa2+イオンは毒性を有している[59]。硫酸塩は水に対する溶解度が非常に低いために問題とならないが、その他のバリウム化合物の用途は特定の分野に見られるのみである。
酸化バリウム (BaO) は電子の放出を補助するために蛍光灯の電極に被覆される[60]。
炭酸バリウム (BaCO3) はガラスの製造にも用いられる。比較的比重の高いバリウムを添加することで、ガラスの屈折率および光沢を増大させることができる[45]。
バリウムは炎色反応で緑色を示す性質を有するため花火に用いられる。この用途には一般的に硝酸バリウム (Ba(NO3)2) が用いられる[61]。
過酸化バリウム (BaO2) は鉄道の線路を溶接する際のテルミット溶接の反応開始剤として用いられる。過酸化バリウムはまた、緑色の曳光弾や漂白剤にも用いられる[62]。
チタン酸バリウム (BaTiO3) は強誘電体を示し、コンデンサ材料などに広く利用されている[63]。
フッ化バリウムは波長0.15から12マイクロメートルの光に対して透過性を示すため、赤外領域における光学用途に用いられる[64]。
クロム酸バリウム (BaCrO4) は、黄色の顔料であるバリウムクロメート(バリウムイエロー)として使われる[65]。
バリウムフェライト (BaFe12O19) はフェライト磁石として使われる[66]。
代表的な高温超伝導体であるイットリウム系超伝導体の1成分としても用いられる[67]。また、そのような高温超伝導体を製造する時のるつぼとして、高温超電導体材料と反応しないジルコン酸バリウム (BaZrO3) が用いられる[68]。

危険性[編集]

可溶性のバリウム化合物は有毒である。少量のバリウムは筋興奮薬として働くが、多量のバリウムは神経系に影響をおよぼし、不整脈や震え、筋力低下、不安、呼吸困難、麻痺などを引き起こす。これは、神経系が適切に機能するために極めて重要なカリウムチャネルをバリウムが阻害することによる[69]。しかし、硫酸バリウムは水や胃酸に対してほとんど溶解しないため経口摂取することが可能である。また、バリウム化合物を含む粉塵を吸入した場合には肺で蓄積されてバリウム症(英語版)と呼ばれる良性塵肺症を引き起こす[70][71]。

他の重金属とは異なり一般にバリウムは生物濃縮しないとされているが[72][73]、トマトや大豆など一部の植物における生物濃縮の報告もされている[74]。環境中のバリウムはウイルスや細菌、微生物などに対して影響を与え、ミジンコに対する生殖障害などが報告されている[74]。

このような毒性のため、日本では毒物及び劇物取締法第二条七十九により硫酸バリウムおよびバリウム=4-(5-クロロ-4-メチル-2-スルホナトフエニルアゾ)-3-ヒドロキシ-2-ナフトアート以外のバリウム化合物は劇物に指定されている[75]。PRTR法では、バリウム及びその水溶性化合物が第一種指定化学物質として指定されていたが、2008年の政令改正により指定が解除された[76]。また、EUでは地下水の保全に関する指令によってバリウムの排出には検査と許可が求められており、中国やマレーシア、タイ、シンガポールにおいてもバリウムの排水基準値や水質基準値が定められているが、日本においてはバリウムの排出に関するそのような基準は定められていない[77][78]。欧州においては他にも、欧州玩具安全規格 EN71 part3における子供向け玩具のバリウムの溶出に関する規制が行われている[79]。

注釈[編集]

1.^ デービーは石灰を意味する「calcsis」の語尾に「-ium」を付けてカルシウムと命名した[33]。

出典[編集]

1.^ a b 千谷 (1959) 193頁。
2.^ a b 国立天文台 編, 『理科年表 第79冊』, p367 & 391, 丸善, 2005.
3.^ a b “国際化学物質安全性カード バリウム”. 国立医薬品食品衛生研究所. 2013年1月30日閲覧。
4.^ コットン、ウィルキンソン (1987) 266頁。
5.^ a b #Kresse et al. (1985) p. 326
6.^ a b 千谷 (1959) 199頁。
7.^ 千谷 (1959) 198頁。
8.^ Lide (2004) p.4-48-50
9.^ Lide (2004) p.4-86-88
10.^ Lide (2004) p.4-43-45
11.^ Lide (2004) p.4-95-96
12.^ 千谷 (1959) 194頁。
13.^ コットン、ウィルキンソン (1987) 267頁。
14.^ コットン、ウィルキンソン (1987) 268頁。
15.^ a b コットン、ウィルキンソン (1987) 277頁。
16.^ 千谷 (1959) 195頁。
17.^ 千谷 (1959) 196頁。
18.^ コットン、ウィルキンソン (1987) 278頁。
19.^ コットン、ウィルキンソン (1987) 279頁。
20.^ コットン、ウィルキンソン (1987) 281頁。
21.^ Ferro, Riccardo and Saccone, Adriana (2008). Intermetallic Chemistry. Elsevier. p. 355. ISBN 978-0-08-044099-6.
22.^ David R. Lide, Norman E. Holden (2005), “Section 11, Table of the Isotopes”, CRC Handbook of Chemistry and Physics, 85th Edition, Boca Raton, Florida: CRC Press
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セシウム

セシウム (新ラテン語: caesium[3], 英: caesium, cesium) は原子番号55の元素。元素記号は、「灰青色の」を意味するラテン語の caesius カエシウスより Cs。軟らかく黄色がかった銀色をしたアルカリ金属である。融点は28 °Cで、常温付近で液体状態をとる五つの金属元素のうちの一つである[注 1]。

セシウムの化学的・物理的性質は同じくアルカリ金属のルビジウムやカリウムと似ていて、水と−116 °Cで反応するほど反応性に富み、自然発火する。安定同位体を持つ元素の中で、最小の電気陰性度を持つ。セシウムの安定同位体はセシウム133のみである。セシウム資源となる代表的な鉱物はポルックス石(英語版)}である[5]。

ウランの代表的な核分裂生成物として、ストロンチウム90と共にセシウム135、セシウム137が、また原子炉内の反応によってセシウム134が生成される。この中でセシウム137は比較的多量に発生しベータ線を出し半減期も約30年と長く、放射性セシウム(放射性同位体)として、核兵器の使用(実験)による死の灰(黒い雨)や原発事故時の「放射能の雨」などの放射性降下物として環境中の存在や残留が問題となる。

2人のドイツ人化学者、ロベルト・ウィルヘルム・ブンゼンとグスタフ・キルヒホフは、1860年に当時の新技術である炎光分光分析(英語版)を用いて鉱泉からセシウムを発見した。初めての応用先は真空管や光電素子のゲッター(英語版)であった。1967年、セシウム133の発光スペクトルの比振動数が国際単位系の秒の定義に選ばれた。それ以来、セシウムは原子時計として広く使われている。

1990年代以降のセシウムの最大の応用先は、ギ酸セシウムを使った掘穿泥水(英語版)である。エレクトロニクスや化学の分野でもさまざまな形で応用されている。放射性同位体であるセシウム137は約30年の半減期を持ち、医療技術、工業用計量器、水文学などに応用されている。



目次 [非表示]
1 特徴 1.1 物理的性質
1.2 化学的性質
1.3 構造
1.4 化合物 1.4.1 酸化物

1.5 合金
1.6 同位体
1.7 生物濃縮 1.7.1 植物
1.7.2 菌類
1.7.3 魚類


2 用途 2.1 石油開発
2.2 原子時計
2.3 電力および電子機器
2.4 遠心分離
2.5 化学的用途
2.6 原子力および同位体の用途
2.7 その他の用途
2.8 開発段階の用途

3 歴史
4 産出
5 生産
6 健康と安全性に対する危険性
7 脚注 7.1 注釈
7.2 出典

8 参考文献
9 関連項目
10 外部リンク


特徴[編集]

物理的性質[編集]





アルゴン中に保存されている高純度のセシウム133
セシウムは非常に軟らかく(全ての元素の中で最小のモース硬度を持つ)、延性に富む銀白色の金属である。少しでも酸素が存在すると金色を帯びてくる[6][7]。融点は28.4 °Cで、常温付近で液体である五つの元素のうちの一つである。水銀はセシウムより融点が低い唯一の金属である[注 2][9]。加えて、金属としてはかなり低い沸点641 °Cを持ち、これは水銀を除けば全ての金属の中で最も低い値である[10]。比重は1.9であり、比重の軽いアルカリ金属類の中では最も大きい[11]。

化合物が燃焼するときに青から紫色の炎を伴うが、これはセシウムの炎色反応によるものである[12][13]。これは主に励起したセシウムの最外殻電子が基底状態に戻る際に発せられる波長455.5 nm、459.3 nmの青色を示す一対のスペクトル線および、697.3 nm、672.3 nmの赤色を示す一対のスペクトル線によるものであり、この特徴的な青色の輝線はセシウムの名前の由来ともなっている[14]。最外殻電子によるスペクトル線が二本に分かれて双子線となる理由は、電子のスピンに二つの方向があるためであり、他のアルカリ金属元素でも同様の双子線が見られる[14]。

化学的性質[編集]



ファイル:Cesium water.theora.ogv



冷水に少量の金属セシウムを加えると爆発する。以下の外部リンクも参照。
金属セシウムは非常に反応性に富み、自然発火しやすい。また、低温でも水と爆発的に反応し、他のアルカリ金属よりも反応性が高い[6]。氷とは−116 °Cでも反応する[9]。高い反応性を持つため、金属セシウムは消防法で危険物に指定されている。保存や運送は、乾燥状態した鉱物油などの炭化水素を満たした容器に入れて行う。同様の理由で、取り扱いはアルゴンや窒素などの不活性ガスの下で行わなければならない。真空で密閉されたホウケイ酸ガラスのアンプルで保存できる。100 g以上のセシウムは、ステンレス製の容器に密閉されて輸送される[6]。

セシウムの化学的性質は他のアルカリ金属、特に周期表で直上にあるルビジウムと似ており[15]、全ての金属陽イオンがそうであるように、セシウムイオンは溶液中でルイス塩基と反応して錯体を形成する。ほかの(放射性でない)アルカリ金属に比べて、原子量が大きく電気的に陽性なので、性質にわずかな違いが生ずる[16]。セシウムは、安定同位体の中では最も電気的に陽性なものである[注 3][9]セシウムイオンはより軽いアルカリ金属のイオンに比べて、より大きく、軟らかい。そのイオン半径の大きさに起因して、他のアルカリ金属元素より多い配位数を取る傾向がある[16]。このような、セシウムイオンの高い配位数を取る傾向とHSAB則における酸としての軟らかさは、セシウムイオンを他の陽イオンから分離するために利用される。この特性を応用して、放射性の 137Cs+ を大量の非放射性のカリウムイオン中から分離するために用いられるなど、核廃棄物の改善において研究が重ねられている[18]。このようにセシウムは基本的にイオン結合性の化合物を形成するが、気体状態では共有結合性の二原子分子であるCs2を形成し、Cs11O3のような一部の亜酸化物においてもCs-Csの共有結合が見られる[19]。

構造[編集]





セシウムの結晶構造。格子定数 a = 614 pm
他のアルカリ金属と同様、金属セシウムは標準状態において体心立方格子構造を取る立方晶であり、格子定数は a = 614 pm、空間群は Im3m である。41 kbarの圧力下で面心立方格子構造へと相転移し、その際の格子定数は a = 598 pm となる[20]。

セシウムのイオン半径は非常に大きいため、イオン半径の小さい他のアルカリ金属元素よりも多い配位数を取る。この傾向は、他のアルカリ金属の塩化物が6配位の塩化ナトリウム型構造を取るのとは対照的に、セシウムの塩化物が8配位の塩化セシウム型構造を取ることに象徴される[16]。塩化セシウム型構造は、塩素原子が立方格子の角の部分に位置し、セシウム原子が立方格子の中央のホールに位置するような、二種の原子からなる8配位の単純な体心立方格子から成っている。臭化セシウム (CsBr) やヨウ化セシウム (CsI)、その他多くのセシウムを含まない化合物もこの塩化セシウム型構造を取る。塩化セシウム型構造は、Cs+ のイオン半径が174 pm、Cl− のイオン半径が181 pmと大きさが近いために形成される[21]。

化合物[編集]

「Category:セシウムの化合物」も参照





CsCl 中の Cs と Cl の立方配位の球棒モデル
ほとんどすべてセシウム化合物は、セシウムを Cs+ カチオンとして持っており、これがさまざまなアニオンとイオン結合している。例外として、アルカリドである Cs− アニオンを含むものがある[22]。他の例外は亜酸化物で見られる。

Cs+ の塩は、アニオンが有色でない限りほとんど無色である。吸湿性であるものが多いが、他の軽いアルカリ金属よりはその度合いは弱い。セシウムの酢酸塩、炭酸塩、酸化物、硝酸塩、硫酸塩は水に可溶である。複塩の多くはあまり水に溶けないので、硫酸アルミニウムセシウムは鉱石からセシウムを精製するのに利用される。アンチモン、ビスマス、カドミウム、銅、鉄、鉛との複塩(たとえば CsSbCl4)も難溶性である[6]。

水酸化セシウムは吸湿性の強塩基性物質である[15]。これはケイ素などの半導体の表面をすみやかにエッチングする作用を持つ[23]。以前は、Cs+ と OH− の相互作用が小さいことから、CsOH は最も強い塩基であると考えられていた[12]。しかし、N-ブチルリチウムやナトリウムアミドをはじめ、CsOH より塩基性が強い化合物は数多くある[15]。

ヨウ化セシウム (CsI) は、エックス線蛍光倍増管・ガンマ線検出用単結晶に用いられる。

酸化物[編集]





Cs11O3の球棒モデル。頂点の紫の球はセシウムを表し、三つの赤い球は酸素を表す
アルカリ金属元素は酸素との二元化合物を多く形成するが[24]、セシウムはさらに多くの酸素との二元化合物を形成する。セシウムが空気中で燃焼する際、超酸化物の CsO2 が主に生成する[25]。これは、超酸化物イオン (O2−) のような不安定な陰イオンが、イオン半径の大きなセシウムの格子エネルギー効果によって安定化されるためである[24]。


Cs + O2 → CsO2

「通常の」セシウム酸化物である Cs2O は黄色からオレンジ色をした六方晶であり[26]、唯一の逆塩化カドミウム型構造を取る酸化物である[27][24]。250 °Cで蒸発し、400 °Cで金属セシウムと過酸化物 Cs2O2 に分解する[28]。過酸化物およびオゾン化物 CsO3[29][30]以外にも、いくつかの明るい色をした亜酸化物について研究されている[31]。これらは Cs7O、Cs4O、Cs11O3、Cs3O(暗緑色[32])、CsO、Cs3O2[33]ならびに Cs7O2 が含まれる[34][35]。これらの酸化物に対応した硫化物、セレン化物およびテルル化物も存在する[6]。

合金[編集]

セシウムは他のアルカリ金属や金と合金をつくり、水銀とアマルガムをつくる。650 °C以下では、コバルト、鉄、モリブデン、白金、タンタル、タングステンとも合金をつくる。アンチモン、ガリウム、インジウム、トリウムとは、明瞭な金属間化合物をつくり、これらは感光性(英語版)がある[6]。リチウム以外の他のアルカリ金属と混ざり、モル濃度で41%のセシウム、47%のカリウム、12%のナトリウムからなる合金は、すべての合金の中で最低の融点 (−78 °C) を持つ[9][36]。いくつかのアマルガムが研究されていて、CsHg2 は紫色の金属光沢をもつ黒色物質で、CsHg は同様に金属光沢を持つ金色の物質である[37]。

同位体[編集]

詳細は「セシウムの同位体」を参照

セシウムは112から151までの幅の質量数(すなわち、原子核中の核子数)を持つ39種の既知の同位体を有する。これらの内のいくつかは、古い星の中での遅い中性子捕獲プロセス(s過程)[38]ならびに超新星爆発時(r過程)に軽い元素から合成される[39]。しかしながら、唯一の安定同位体は78個の中性子を持つセシウム133のみである。セシウム133は+7/2と大きなスピン角運動量を持っており、この同位体を利用してNMR測定による構造解析が行われる(磁場強度11.74 Tのとき共鳴周波数65.6 MHz)[40]。


セシウム137の崩壊におけるエネルギー図(核スピン I = +7/2、半減期約30年)。94.6%の確率で崩壊し、512 keV のエネルギーを持つβ線を放出しながらバリウム137mとなる(I = −11/2、t = 2.55分)。これは85.1%の確率でさらに崩壊して 662 keV のγ線を放出しながらバリウム137 (I = +3/2) となる。ほかに、0.4%の確率でおそらくはβ崩壊により、セシウム137から直接バリウム137となる経路も存在する


137Cs の崩壊
放射性同位体であるセシウム135は230万年という非常に長い半減期を有しており、セシウム137およびセシウム134はそれぞれ30年および2年という半減期である。セシウム137はベータ崩壊によって短命なバリウム137mに壊変し、その後非放射性のバリウムとなる。セシウム134は直接バリウム134に壊変する。質量数129、131、132および136の同位体は、半減期が1日から2週間の間であり、他の大部分の同位体の半減期は2–3秒から数分の1秒である。少なくとも21種類の準安定な核異性体が存在する。3時間未満の半減期を持つセシウム134m以外は非常に不安定で、2–3分以下の半減期で崩壊する[41][42]。

同位体元素のセシウム135は、ウランの核反応によって生成する長寿命核分裂生成物の一つである[43]。しかしながら、セシウム135の前駆体のキセノン135は非常に中性子を吸収しやすく、また、しばしばセシウム135に壊変する前に安定同位体であるキセノン136に変わるため、たいていの原子炉においてその核分裂収量は減少する[44][45]。

セシウム137はバリウム137mへとベータ崩壊するため、ガンマ線の強い発生源である[46]。セシウム137はストロンチウム90と同様に主要な中寿命核分裂生成物となる。これらは使用済み核燃料の放射能の原因となり、使用後、数年から最高で数百年間の冷却を必要とする[47]。例えば、セシウム137とストロンチウム90は現在、チェルノブイリ原子力発電所事故の周囲の地域で発生している放射能の発生源の大部分を占めている[48]。セシウム137は中性子の捕獲率が低いため、中性子捕獲によるセシウム137の処理ができず、自然に崩壊するのを待たねばならない[49]。

ほとんど全てのセシウムは、ベータ崩壊系列によって生成した中性子/陽子比の高いヨウ素とキセノンのベータ崩壊を通じて生成する[50]。ヨウ素やキセノンは揮発性であるため、核燃料や空気を通じて拡散し、放射性セシウムはしばしば初めに核分裂した場所から離れたところで生成する[51]。およそ1945年頃から始まった核実験によってセシウム137は空気中に放出され、放射性降下物の構成物質として地表に降り注いだ[6]。

人工的に作られる(ウランの核分裂により生ずる)セシウム137は、半減期30.07年の放射性同位体である。


235
92U + 1n → 236
92U → 137
55Cs + 96
37Rb + 3 1n

体内に入ると血液の流れに乗って腸や肝臓にベータ線とガンマ線を放射し、カリウムと置き換わって筋肉に蓄積したのち、腎臓を経て体外に排出される。セシウム137は、体内に取り込まれてから体外に排出されるまでの100日から200日にわたってベータ線とガンマ線を放射し体内被曝の原因となるため、危険性が指摘されている。セシウム137に汚染された空気や飲食物を摂取することで、体内に取り込まれる。なお、ヨウ素剤を服用してもセシウム137の体内被曝を防ぐことはできない。 セシウム137は医療用の放射線源に使われているが、1987年には、ブラジルのゴイアニアで廃病院からセシウム137が盗難に遭った上、光るセシウム137の塊に魔力を感じた住民が体に塗ったり飲んだりしたことで250人が被曝、4人が死亡する大規模な被曝事件が発生している(ゴイアニア被曝事故)。

生物濃縮[編集]

植物(農作物)での移行係数 (TF) は、農作物中濃度 (Bq) ÷ 土壌中濃度 (Bq) で表される。カリウム (K) と似た挙動を示すとされているが、動物と植物での挙動は異なる。 なお、観測されている「濃縮」は環境中と細胞内での電解質濃度の差に由来するものであり、Kに対して際だってCsを濃縮する様な生物種は観測されていない。代謝に伴って常に生体内のアルカリ金属、アルカリ土類金属は細胞を出入りしており、重金属の場合のような蓄積に起因する「濃縮」は生じないとされる。

植物[編集]

植物の種類および核種により移行係数は異なる。イネ、ジャガイモ、キャベツを試料とした研究によれば、安定同位体のセシウム133と比較すると放射性のセシウム137は植物に移行しやすい。イネでは移行したセシウム元素の大部分が非可食部であるわらなどに含まれ、キャベツでは非可食部である外縁部のセシウムおよびストロンチウムの濃度が高くなることが報告されている[52]。

菌類[編集]

降下した放射性物質が土壌の表層に多く存在するため、表層の物質を主な栄養源とする菌類の種では植物と比較すると、特異的に高い濃縮度を示すものがあり、屋外で人工栽培されるシイタケやマイタケでも濃度が高くなる傾向があることが報告されている[53]。

魚類[編集]

主に軟組織に広く取り込まれて分布し、生物濃縮により魚食性の高い魚種(カツオ、マグロ、タラ、スズキなど)での高い濃縮度を示すデータが得られているが、底生生物を主な餌とする魚種(カレイ、ハタハタ、甲殻類、頭足類、貝類)では比較的濃縮度は低い。また大型の魚種ほど、濃縮度が高くなることが示唆されている。若い魚や高水温域に生息する魚ほど、代謝が良く排出量が多くなるため蓄積量は少ないと考えられている。体内に取り込まれる経路は、餌がほとんどであるが、鰓を通じて直接取り込まれる経路もあり、それぞれの経路の比率についてのデータは不足している[54]。

用途[編集]

石油開発[編集]

現代でのセシウムの主要な用途のうちの一つは、石油採掘産業におけるギ酸セシウムを使った掘穿泥水(英語版)である[55]。ギ酸セシウム水溶液 (HCOO−Cs+) は水酸化セシウムとギ酸との反応によって作られ、1990年代半ばに油井を掘削する際の仕上流体として開発された。掘穿泥水は油井を掘る際に用いられる溶液であり、これを掘削ドリルから噴出させて地表へと循環させることで地層を掘り進める際に発生する土砂を地表へと運びだし、常に掘削ドリルから噴出させることで、刃先の冷却と潤滑を行なって掘削効率を向上させる。同時に、採掘抗がこの溶液で満たされることによって適度な内圧が保たれ、採掘抗の崩落を防ぐとともに地下水の混入を防ぐなど、油井の掘削に欠かせない様々な機能が要求される[56][6]。ギ酸セシウム溶液はこのような特性要求を十分に満たしている[6]。

ギ酸セシウム溶液の密度は最高 2.3 g/cm3 と高い[57]。また、ギ酸カリウムもしくはギ酸ナトリウムと混ぜ合わせることで、密度を 1 g/cm3 まで低下させることができる。他の多くの高密度な溶液に用いられる物質と違い、ギ酸セシウムは相対的に環境負荷が小さい[57]。高密度であるために掘削流体中の有毒な浮遊物質の使用量を低減でき、また、多くのセシウム化合物がそうであるようにギ酸セシウムの反応性は比較的穏やかであるなど、環境的に大きな利点を有する。さらに生分解性であり、使用後にそのまま埋め立てることもできる。ギ酸セシウムはコストが高い点(1バレルおよそ4,000ドル、2001年[58])が欠点であるが、リサイクルの可能性も検討されている。また、臭化亜鉛 (ZnBr2) のような腐食性の高密度塩溶液と比較して、アルカリ金属のギ酸塩は扱いが安全であり、その腐食性の低さに起因して設備などの生産編成や採掘抗の金属素材に損傷を与えない。それらの要素はまた、使用後の洗浄と処分のコストがより少なく済むことも意味している[6]。

原子時計[編集]


部屋の手前に黒い箱があり、6個の操作盤が5から6個のラックのスペースにそれぞれある。全てではないが、ほとんど棚は白い箱で埋まっている


原子時計の集合体(アメリカ海軍天文台)




冷却原子泉方式のセシウム原子時計であるFOCS-1(スイス, 2004-)。誤差は3000万年に1秒
セシウム133はセシウム原子時計の基準点に使われる。その時間は、セシウム133の超微細準位における電磁気的な遷移の観測によって決定される。最初の精密なセシウム原子時計は、1955年にイギリス国立物理学研究所においてルイ・エッセン(英語版)によって作られた[59]。それ以降、原子時計は半世紀の間繰り返し改善され、周波数測定に準拠した時間の規格の基本となっている。このような原子時計には1014分の2から3ほどの精度があり、これは1日に2ナノ秒もしくは140万年に1秒の時間のずれに一致する。最新のものでは1015分の1と、より改善された精度を有し、これは恐竜の絶滅した6500万年前以降の期間でおよそ2秒のずれしか生じない事を意味しており[6]、「人類が達成した中で最も高精度な単位」であると考えられている[60]。

セシウム時計は、携帯電話における送信の計時や、インターネットにおける情報の流れの監視にも用いられる[61]。

電力および電子機器[編集]

セシウム蒸気を用いた熱電子発電は、熱エネルギーを電気エネルギーに変換する低出力の装置である。真空管のコンバーターを正極と陰極の間に置くことで、陰極の近くで蓄積される空間電荷を無効にすることができ、その際に電流の流れが強化される[62]。

光エネルギーを電流に変換する光電特性の意味でもまた、セシウムは重要である。金属間化合物である K2CsRb のようなセシウムベースの陰極は電子の放出のための立上がり電圧が低いため、セシウムは光電セルに用いられる[63]。セシウムを用いた光電デバイスの範囲は、光学的な文字認識システムや電気光電子倍増管、撮像管にまでおよぶ[64][65]。とはいえ、感光性材料の用途には、ゲルマニウムやルビジウム、セレン、ケイ素、テルルおよび他の元素をセシウムの代替とすることができる[6]。

ヨウ化セシウム (CsI)、臭化セシウム (CsBr)、フッ化セシウム (CsF) の結晶は、ガンマ線およびエックス線の検出に適したものとして、鉱物の調査や素粒子物理学の研究において広範囲に用いられ、シンチレーション検出器におけるシンチレーターに使われる。セシウムは重い元素であるため阻止能が向上でき、優れた検出感度を発揮させることができる。セシウムの化合物はまた、より早い応答能 (CsF) や、より低い吸湿性 (CsI) にも寄与する。

セシウムの蒸気は、多くの一般的な磁気センサに用いられる[66]。セシウムはまた、分光測色計の内部標準にも用いられる[67]。他のアルカリ金属のようにセシウムは酸素に対する強い親和性を有し、真空管における「ゲッター」として用いられる[68]。金属セシウムの他の用途としては、高エネルギーレーザー、蛍光灯におけるグローランプのガス、セシウム蒸気整流器などが含まれる[6]。

遠心分離[編集]

塩化物 (CsCl) や硫酸塩 (Cs2SO4)、トリフルオロ酢酸塩 (Cs(OCOCF3)) 溶液の高比重を利用して、一般的に分子生物学の分野において密度勾配超遠心法に用いられる[69]。この技術は主に、微量のウイルスや細胞内の細胞小器官および断片、そして生体サンプルからの核酸などの分離に利用される[70]。

化学的用途[編集]


時計皿の上にのせられた白色粉末


塩化セシウム
セシウムの化学的用途は比較的少ない[71]。セシウム化合物によるドープ処理は、アクリル酸やアントラキノン、メタノール、無水フタル酸、スチレン、メタクリル酸メチルのモノマーおよび様々なオレフィンといった化合物の生産において、いくつかの金属イオン触媒の効果を強化するために用いられる。セシウムはまた、接触法による硫酸の生産において、触媒として用いられる五酸化バナジウムに添加される[72]。

フッ化セシウムは、有機化学において塩基としてまれに用いられる[15]。また、水を含まないフッ化物イオン源としても用いられる[73]。有機合成において、セシウム塩は時折カリウム塩やナトリウム塩の代替として、環化反応やエステル化反応、重合反応に用いられる。

原子力および同位体の用途[編集]

放射性同位体のセシウム137はコバルト60と同様に強いガンマ線を発するので、産業用のガンマ線照射用の線源として用いられる重要な放射性同位体である。その利点として、およそ30年という半減期、核燃料サイクル由来のセシウム137を利用できること、そして最終的に安定なバリウム137となることが挙げられる。水溶性が高いため食物および医薬品への照射には適さないという欠点もある[74]。セシウム137は農業や癌治療、また、食品や下水汚泥、医療器具の殺菌などに使われている[6][75]。放射線装置におけるセシウムの放射性同位元素は、特定の種類の癌を治療するために医療分野で用いられていた[76]が、よりよい代替手段が出現したことと、セシウム源として使われていた塩化セシウムがその水溶性によって広範囲に及ぶ汚染を引き起こすことから、徐々にこれらのセシウム源は使われなくなっていった[77][78]。セシウム137は、湿度や密度、水準測量、すきまゲージを含む、様々な産業用測定器に用いられている[79]。また、地質層の容積密度に対応する、岩層の電子密度を測定する検層装置にも用いられる[80]。

セシウム137は、水文学においてトリチウムと同様に用いられる。セシウム137は核兵器の爆発および原子力発電所からの放出物によって生み出される。1945年頃に開始され、1980年代まで続けられた核実験によってセシウム137は大気圏に放出され、すぐに水に吸収された。その期間における経年変化は、土壌や堆積物層の情報と関係付けることができる。セシウム134、およびより狭い範囲においてセシウム135もまた、原子力産業によるセシウムの放出量の算定に、水文学において用いられている。それらの同位体はセシウム133やセシウム137よりは存在量が多くないが、完全に人工的なものであることが利点である[81]。

その他の用途[編集]





セシウムまたは水銀の用途として開発された静電荷電粒子推進器の概略図
惑星間での、あるいは惑星外への超長期間の航行を目的とした宇宙船のために設計された初期のイオンエンジンの推進剤として、セシウムおよび水銀が使われていた。電圧を印加したタングステン電極と接触させ、外殻の電子を奪うという方法でイオン化することにより、推進剤として用いられた。しかし、宇宙船の構成要素としてセシウムには腐食性についての懸念があったため、キセノンのような不活性ガスを推進剤として利用する方向へと開発は進んだ。キセノンは、地上でのテストにおいて取り扱いが簡単で、宇宙船に対する干渉がより少ない可能性がある[6]。結局、1998年から始まった実験的な宇宙船ディープ・スペース1号にはキセノンが使われた[82][83]。しかしながら、推進力を得るためにセシウムのような液体金属イオンを加速する単純なシステムを使う電界放射式電気推進エンジンも作られている[84]。

硝酸セシウムは近赤外スペクトルにおいて強い光を発するため[85]、LUU-19照明弾[86]のような赤外線照明弾においてケイ素を燃焼させるための酸化剤・炎色発光剤として用いられる[87]。セシウムはまた、SR-71軍用機における排気ガスのレーダー反射断面積を減らすために用いられる[88]。セシウムやルビジウムは電気伝導度を減少させるので、光ファイバーや暗視装置の安定性と耐久性を向上させるため、炭酸塩としてガラスに添加される。フッ化セシウムやフッ化セシウムアルミニウムは、マグネシウムを含有したアルミニウム合金をろう付けするために配合された融剤に用いられる[6]。

開発段階の用途[編集]

MHD発電システムは研究されているが、広く受け入れられることに失敗している[89]。セシウム金属はまた、高温ランキンサイクルターボ発電機の作動流体としての候補にも挙がっている[90]。セシウム塩はまた、ヒ素剤投与後の抗ショック剤としても検討されている。心臓の拍動に影響を与えるため、カリウム塩やルビジウム塩よりは使われる見込みが少ない。それらはまた、てんかんの治療にも用いられた[6]。

歴史[編集]


三人の中年男性。中央の一人は座っている。皆長い上着を着ており、左の背の低い男は髭が生えている。


セシウムを分光器で発見したグスタフ・キルヒホフ(左)とロベルト・ウィルヘルム・ブンゼン(中央)




セシウムの発光スペクトル。この青色の輝線からセシウムと名付けられた。
1860年、ドイツの化学者グスターフ・ロベルト・キルヒホッフとロベルト・ウィルヘルム・ブンゼンがバート・デュルクハイム(en:Bad Dürkheim)の鉱泉の水から発見し、発光スペクトルの輝線が青色を呈することからラテン語の caesius(青色)にちなんで命名した[注 4][91][92]。セシウムはキルヒホッフとブンゼンが分光器を発明してからわずか1年後に発見された初めての元素であった[9]。

セシウムの純粋な試料を得るためには、44,000 Lの鉱水を蒸発させて240 kgの濃縮塩溶液を作らなければならなかった。分離過程は以下のようなものである。まずアルカリ土類金属は硫酸塩もしくはシュウ酸塩として沈殿分離され、溶液中にはアルカリ金属類が残された。次に硝酸塩へと変換してエタノールで抽出することで、ナトリウムを含まない混合物が得られた。この混合液から、リチウムは炭酸アンモニウムによって沈殿させて分離された。カリウム、ルビジウムおよびセシウムはヘキサクロロ白金酸によって不溶性塩を形成させた。これらのヘキサクロロ白金酸塩は、温水に対してわずかに溶解性の差異を示す。したがって、溶解性の低いセシウムおよびルビジウムのヘキサクロロ白金酸塩 ((Cs,Rb)2PtCl6) が分別晶出によってわずかに得られた。水素によるヘキサクロロ白金酸塩の還元の後、セシウムとルビジウムは炭酸塩のアルコールに対する溶解度の違いによって分離された。この過程によって、44,000 Lの鉱水から、9.2 gの塩化ルビジウムと7.3 gの塩化セシウムが得られた[91]。

キルヒホッフとブンゼンの二人は、このようにして得られた塩化セシウムを用いてこの新しい元素の原子量が123.35であると推定した(現在一般に認められている値は132.9である)[91]。彼らは塩化セシウムの電気分解によって単体のセシウムを作ろうとしたが、金属の代わりに、肉眼での観察においても顕微鏡での観察においても金属物質であるというわずかな痕跡も示さない、青色の均一な物質が得られた。その結果、彼らはこれを亜塩化物 (Cs2Cl) であるとしたが、実際には恐らくコロイド状の金属と塩化セシウムの混合物であった[93]。水銀アノード電極を用いた塩化物溶液の電気分解では、水の存在下ですぐさま分解するセシウムアマルガムが生じた[91]。純粋な金属は結局、アウグスト・ケクレとブンゼンのもとで博士号のための研究をしていたドイツの化学者カール・セッテルベルグによって単離された[92]。1882年、セッテルベルグはシアン化セシウムの電気分解によって金属セシウムを作り出し、塩化物を原因とする問題を回避した[94]。

歴史的に最も重要なセシウムの用途は、主に化学および電気の分野における研究開発向けであった。セシウムの極めて少ない用途としては、1920年代まではラジオの真空管に用いられていた。それには、真空管製造後の管内の余分な酸素を除去するゲッターとしての役目と、熱せられたカソードの電気伝導度を向上させるためのコーティング剤としての役目の二つの機能があった。セシウムは1950年代までは高性能な工業用金属として認められていなかった[95]。非放射性セシウムの用途には光電材料、光電子増倍管、赤外分光光度計の光学部品、いくつかの有機反応における触媒、シンチレーション検出器用の結晶、MHD発電などが含まれる[6]。

1967年以降、国際単位系は時間の秒の単位の基準にセシウムの性質を用いた基準を採用している。国際単位系は、セシウム133原子の二つの基底状態における超微細準位間の移行と一致する、放射の9,192,631,770サイクルの長さを1秒と定義した[60]。1967年の第13回国際度量衡総会において、1秒の長さは「外部から疎外されない基底状態におけるセシウム133の超微細順位の移行によって発生もしくは吸収されるマイクロ波光線の9,192,631,770サイクルの時間」と定義された。

セシウムの放射性同位体であるセシウム137は、原子爆弾が投下された広島市と長崎市の両方で記録が残っている「黒い雨」(原子爆弾投下後に地上に「降下する」放射性降下物の一形態)に含まれていたと考えられていて、原子爆弾が投下後の広島における降雨範囲を特定するために土壌中のセシウム137の測定結果が利用されている。

産出[編集]


A white mineral, from which white and pale pink crystals protrude


セシウム鉱石のポルサイト
セシウムは地殻中に平均およそ3 ppmの濃度で存在していると見積もられており、比較的珍しい元素である[96]。これは、全ての元素の中で45番目の存在量であり、全ての金属の中では36番目である。それでもセシウムは、アンチモンやカドミウム、スズ、タングステンのような元素よりは豊富であり、水銀や銀よりは2桁多く存在するが、セシウムと化学的に密接に関連するルビジウムはさらに30倍ほど多い[6]。

その大きなイオン半径のため、セシウムは「不適合元素」の一つである[97]。マグマが結晶化する過程で、セシウムは液相で濃縮され最後に結晶化する。したがってセシウムは、これらの濃縮過程によって形成されるペグマタイト鉱物に最も大きく堆積する。ルビジウムはカリウムと置換する性質があるが、セシウムはルビジウムほどすぐには置換しないため、アルカリ蒸発岩のカリ岩塩(英語版)(シルビン、KCl)やカーナライト (KMgCl3•6H2O) には0.002%程度のセシウムのみしか含まれない。したがって、セシウムは鉱物ではほとんど見られない。パーセント単位のセシウムは緑柱石 (Be3Al2(SiO3)6) およびアボガドロ石(英語版) ((K,Cs)BF4) で見られることがある。また、最高15重量パーセントの Cs2O を含むものとして密接に関連した鉱物ペツォッタイト (Cs(Be2Li)Al2Si6O18) が、最高8.4重量%の Cs2O を含むものとして希少鉱物のロンドン石(英語版) ((Cs,K)Al4Be4(B,Be)12O28) が、セシウム濃度がより少なく広範囲にわたるものとしてローディズ石(英語版)がある[6]。唯一の経済的に重要なセシウム源の鉱物はポルサイト(英語版) (Cs(AlSi2O6)) である。これらは、世界中において数か所しかないベグマタイト地帯でのみ見つかり、より商業的に重要なリチウム鉱石であるリシア雲母およびペタライトと関連している。ペグマタイトの内部では、粒度が大きく、鉱物成分が強く分離していることで、採鉱のための良質な鉱物が形成されている[98]。

世界で最も豊富なセシウム源の一つは、カナダのマニトバ州のベルニク湖にあるタンコ鉱山(英語版)である。その鉱床には350,000トンのポルサイト鉱石が埋蔵されていると見積られており、これは世界の埋蔵量の2/3を占めているといわれている[98][99]。しかし、ポルサイトに含まれるセシウムの化学量論的容量は42.6%であるが、この鉱床から採掘された純粋なポルサイト試料ではおおよそ34%のセシウムしか含まれず、平均容量は24 重量%でしかない[99]。商用のポルサイトでは19%を超えるセシウムを含む[100]。ジンバブエのビキタ(英語版)におけるペグマタイト鉱床ではペタライトのために採掘されるが、かなりの量のポルサイトも含んでいる。注目に値する量のポルサイトは、ナミビアのエロンゴ州でも採掘されている[99]。現在のセシウムの世界の鉱山からの採掘量は年間5から10トンであり、可採年数は数千年にもなる[6]。

生産[編集]

ポルサイト鉱石の採掘は選択的な過程であり、大部分の金属鉱山の操業と比較して小規模である。鉱石は砕かれたあと手作業で選鉱されるが、通常は濃縮工程を経ずそのまま磨り潰される。セシウムは主に酸による分解、アルカリによる分解、直接還元の三つの方法でポルサイトから抽出される[6][101]。

酸分解において、ポルサイト中のケイ酸塩は塩酸 (HCl) や硫酸 (H2SO4)、臭化水素酸 (HBr)、フッ化水素酸 (HF) のような強酸によって溶解される。塩酸によって可溶性塩化物の混合物が作られ、不溶性の塩化セシウムの複塩はアンチモンとの複塩 (Cs4SbCl7) やヨウ素との複塩 (Cs2ICl)、セリウムとの複塩 (Cs2(CeCl6) として沈殿する。これらを分離したのち、沈殿物として得られた純粋な複塩は分解され、水分を蒸発させることで純粋な塩化セシウムが得られる。硫酸を用いた方法では、セシウムミョウバン (CsAl(SO4)2•12H2O) として直接不溶性の複塩が得られる。セシウムミョウバン中の硫酸アルミニウムは、ミョウバンを炭素と共に焼成することで不溶性の酸化アルミニウムに変化させ、可溶性の 硫酸セシウム (Cs2SO4) を水で抽出して水溶液とすることで分離される[6]。

炭酸カルシウムおよび塩化カルシウムとともにポルサイトを焼成させることで不溶性のケイ酸カルシウムと可溶性の塩化セシウムが得られる。これを水もしくは希アンモニア水 (NH4OH) で溶出させることで塩化セシウム溶液が得られる。この溶液を蒸発させることで塩化セシウムを得ることができ、反応させることでセシウムミョウバンもしくは炭酸セシウムを得ることもできる。商業的に採算の合う方法ではないが、真空中でカリウムまたはナトリウムもしくはカルシウムを用いて鉱石の直接還元させることで、直接金属セシウムを生産することができる[6]。

塩類として採掘されたセシウムは、大部分が石油掘削などに利用するためギ酸セシウム (HCOOCs) に直接変換される。発展途上な市場へと供給するため、キャボット社 (Cabot Corporation) は1997年にカナダのマニトバ州ベルニク湖近郊のタンコ鉱山で、年間12,000バレルのギ酸セシウム溶液を生産する能力を有する工場を建設した[102]。セシウムの小規模生産物として主要なものは塩化セシウムおよび硝酸セシウムである[103]。

あるいは、鉱石から精製したセシウム化合物から金属セシウムが製造されることもある。塩化セシウムおよびその他のセシウムハロゲン化物はカルシウムもしくはバリウムによって700 °Cから800 °Cで還元され、次いで蒸留することによって金属セシウムが得られる。


2 CsCl + Ca → 2 Cs↑ + CaCl2

同様に、アルミン酸塩や炭酸塩、水酸化物も、マグネシウムによって還元することができる[6]。金属セシウムはまた、溶融させたシアン化セシウム (CsCN) の電気分解によって単離することもできる。特に純粋でガスを含まないセシウムは、水溶性の硫酸セシウムとアジ化バリウムから作られるアジ化セシウム (CsN3) を390 °Cで熱分解することによって得られる[101]。真空下での利用では、二クロム酸セシウムをジルコニウムと反応させることによって気体を副生させずに純粋なセシウム金属が生成する[103]。


Cs2Cr2O7 + 2 Zr → 2 Cs + 2 ZrO2 + Cr2O3

2009年の純度99.8%の金属セシウムの価格は、メタルベースで1 g当たり10ドル(1オンス当たり280ドル)であるが、化合物はかなり安価である[99]。

健康と安全性に対する危険性[編集]


これは、チェルノブイリ原発事故後の経過時間の対数を横軸、放射性降下物由来のそれぞれの核種による放射線放出の割合を縦軸に取ったグラフである。様々な色の線で各時間における支配的な放射線源が示される。最初の5日間ほどはテルル132およびヨウ素132が、次の5日間はヨウ素131が、その後しばらくはバリウム140およびランタン140が、10日目から200日目まではジルコニウム95およびニオブ95が、そして最終的にはセシウム137が支配的になる。他の放射能を発生させている各種は主要な発生源とはなっていないが、50日後にピークに達するルテニウムおよび、600日ほどでピークに達するセシウム134がある。


チェルノブイリ原発事故後における、空気中の総放射線量の時間変化と各々の同位体元素の割合。事故のおよそ200日後には、セシウム137は放射線源の最大の発生源となっている[104]
セシウム化合物は普通の人にとっては滅多に触れることがない物質だが、大部分のセシウム化合物はカリウムとセシウムの化学的類似性に由来するわずかな毒性がある。大量のセシウム化合物への曝露は刺激と痙攣を引き起こすが、それほどの量の自然中におけるセシウム源とは通常遭遇せず、環境化学においてセシウムは主要な汚染物質ではない[105]。マウスにおける塩化セシウムの半数致死量 (LD50) の値は体重1 kgあたり2.3 gであり、これは塩化カリウムおよび塩化ナトリウムの値にほぼ等しい[106]。

金属セシウムはもっとも反応性の高い元素のひとつであり、水との接触に際して非常に高い爆発性を有する。金属セシウムと水との反応によって生成する水素ガスは、その反応と共に放出される熱エネルギーによって加熱され、発火と激しい爆発を引き起こす。


2 Cs + 2 H2O → 2 CsOH + H2↑



NFPA 704



NFPA 704.svg

3

3

2

W

金属セシウムに対するファイア・ダイアモンド表示

そのような反応は他のアルカリ金属においても起こるが、セシウムにおいては、この爆発が冷水によっても十分引き金となり得るほどに強力である[6]。金属セシウムは非常に強い自然発火性を持ち、空気中において自然に発火して水酸化物やさまざまな酸化物を形成する。水酸化セシウムは非常に強い塩基であり、ガラスは速やかに腐食される[10]。

放射性物質の漏洩に由来して、同位体元素のセシウム134およびセシウム137は少量が生物圏に存在しているが、場所によって異なる放射能負荷の指標となる。放射性セシウムは放射性ヨウ素や放射性ストロンチウムなどの他の多くの核分裂生成物ほど効率的には体に蓄積しない。他のアルカリ金属と同様に、放射性セシウムは尿と汗によって比較的早く体から洗い流される。一方で、放射性セシウムはカリウムとともに取り込まれ、果物や野菜などの植物の細胞に蓄積する傾向がある[107][108][109]。汚染された森で放射性のセシウム137をキノコが子実体に蓄積することも示されている[110]。湖へのセシウム137の蓄積はチェルノブイリ原発事故後に強く懸念されていた[111][112]。国際原子力機関などは、セシウム137のような放射性物質は放射能兵器もしくは「汚い爆弾」に用いることが可能であると警告した[113]。チェルノブイリ原発事故で放出された放射性セシウムによる健康リスク調査でも、危険性の程度に関して様々な主張がある[114][115][116]。

脚注[編集]

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注釈[編集]

1.^ 他の四つの金属元素の融点は、ルビジウムが39 °C、フランシウムが推定で27 °C、水銀が−39 °C、ガリウムが30 °Cである。臭素も常温で液体である(融点-7 °C)が、ハロゲンは金属ではない[4]。
2.^ おそらく放射性元素であるフランシウムのほうが低い融点を持つだろうが、放射性崩壊が速すぎて純粋なフランシウムの試料が得られないのでそれを実証できない[8]。
3.^ フランシウムはさらに陽性であるだろうが、放射性崩壊が速すぎて純粋なフランシウムの試料が得られないので、電気陰性度を測定できない。フランシウムの第一イオン化エネルギーの測定値から示唆されることは、相対論効果が反応性を下げ、周期律から予想される値より電気陰性度を上げていることである[17]。
4.^ ブンゼンはアウルス・ゲッリウスの『アッティカの夜』2巻26章に書かれたニギディウス・フィグルスによる言葉 “Nostris autem veteribus caesia dicts est quae Graecis, ut Nigidus ait, de colore coeli quasi coelia.” より引用した。

出典[編集]

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116.^ 今の放射線は本当に危険レベルか、ズバリ解説しよう - 日経ビジネス

キセノン

キセノン (英: xenon) は原子番号54の元素。元素記号は Xe。希ガス元素の一つ。ラムゼー (W.Ramsay) とトラバース (M.W.Travers) によって1898年に発見された[3]。ギリシャ語で「奇妙な」「なじみにくいもの」を意味する ξένος (xenos)の中性単数形の ξένον (xenon)が語源。英語圏ではゼノン (ˈzɛnɒn, ˈziːnɒn) と発音されることが多い。

常温常圧では無色無臭の気体。融点-111.9 °C、沸点-108.1 °C。空気中にもごく僅かに(約0.087 ppm)含まれる。固体では安定な面心立方構造をとる。

一般に希ガスは最外殻電子が閉殻構造をとるため、反応性はほとんど見られない。しかし、キセノンの最外殻 (5s25p6) は原子核からの距離が離れているため、他の電子による遮蔽効果によって束縛が弱まっており、比較的イオン化しやすい(イオン化エネルギーが他の希ガス元素に比べて相対的に低い)。このため、反応性の強いフッ素や酸素と反応して、フッ化物や酸化物を形成する。



目次 [非表示]
1 用途
2 化合物 2.1 ハロゲン化物
2.2 酸化物
2.3 有機キセノン化合物

3 同位体
4 関連項目
5 参考文献


用途[編集]

キセノンランプに封入されたり、イオン推進エンジンの推進剤に使用される。また断熱性能が空気よりも高いため、複層ガラスに封入する断熱材としても有効である。

麻酔作用を有するため、一部病院では試験的に導入されている。ただし純粋なキセノン自体が高価なこともあり、一般にはまだ普及していない[4]。

キセノン135は中性子を吸収する能力(中性子吸収能)があり、原子力発電の分野では「毒物質」(原子炉の制御を難しくする物質)として働く。核分裂生成物として発生したキセノン135によるキセノンオーバーライドは原子炉の制御に大きな影響を与える。地下核実験では時間が経つにつれて大気中にキセノン133が放出されるので実験の成功・失敗の判断の一部にキセノン133の大気中への放出を調べることがある。

XMASS検出器では、ダークマターを検出するために-100 °Cの液体キセノンで満たしたセンサーが用いられる。ダークマターがキセノン原子核と衝突して放つシンチレーション光を光電子増倍管で補捉する仕組みで、東京大学の神岡宇宙素粒子研究施設で2011年春から稼動予定であった[5][6]が、2010年からの試運転の結果、検出器を構成する素材が予想外に多くのバックグランドを含んでいることが判明、そのバックグランドを減らし2013年11月の再運転を目指す為改修中[7][8]。

化合物[編集]

化学結合を備えた最初の希ガス化合物として、1962年5月、カナダのブリティッシュコロンビア大学のネイル・バートレットとD.H.ローマンによってヘキサフルオロ白金酸キセノン (XePtF6) が合成された[9]。酸素分子 O2 を酸化するヘキサフルオロ白金酸の反応から類推し、O2 (12.2 eV) とほぼ同じイオン化エネルギーを持つキセノン (12.13eV) を酸化できるのではと考えたことが成功の鍵であった。8月には XeF4 が、同年末は XeF2 と XeF6、2011年には XeO2 も合成された。

ハロゲン化物[編集]

キセノンはフッ素単体の混合比を調節してニッケル管中で加熱し、急冷すると四フッ化キセノン XeF4 あるいは二フッ化キセノン XeF2 を生成し、加圧条件下で同様に加熱すると六フッ化キセノン XeF6 を与える。

いずれのフッ化物も水に容易に加水分解される。XeF6、XeF4 は強力なフッ素化剤である。XeF4 はベンゼンなどの芳香族化合物の水素をフッ素化することができ、XeF6 に至っては石英とさえ反応し SiF4 を与える。また、XeF2 は温和なフッ素化試剤として利用される。

酸化物[編集]

六フッ化キセノン XeF6 または四フッ化キセノン XeF4 は水と反応し、三酸化キセノン XeO3 を与える。
6 XeF6 + 12 H2O → 2 XeO3 + 4 Xe + 24 HF
XeO3 は三角錐型の構造を持ち、爆発性の化合物である。XeO3 はアルカリ条件下、XeVIII と Xe0 に不均化する。
2 XeO3 + 4 OH- → XeO64- + Xe + O2 + 2 H2O
また、反応性の高い XeF6 を石英 SiO2 と反応させると四フッ化酸化キセノン XeOF4 を生成する。

他の例として、XeO3 と XeOF4から XeO2F2 が、XeF6 と NaXeO6 から XeO3F2 が生成する。低温で水と混合し、紫外線を照射するとキセノン2原子を含む分子 HXeOXeH が生成する[10]。

有機キセノン化合物[編集]

C6F5BF2 と XeF4をジクロロメタン中混合することにより、[C6F5XeF2]+[BF4]- が合成されている[11]。

同位体[編集]

詳細は「キセノンの同位体」を参照
131mXe は、半減期約2日で 131I のベータ崩壊により生成され[12]、ベータ線を放出し 131Xe になる。
133Xe は、半減期約5.2日でベータ崩壊し安定同位体の 133Cs になる。
134Xe は、134Cs の崩壊により生成された 134Ba が軌道電子を捕獲し生成される。

関連項目[編集]
核分裂反応
毒物質

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4.^ http://www.med.teikyo-u.ac.jp/~anestuih/Xenon/Xe-Anesthesia.html
5.^ http://www-sk.icrr.u-tokyo.ac.jp/xmass/index.html
6.^ http://www.yomiuri.co.jp/space/news/20100212-OYT1T00164.htm
7.^ XMASS実験装置の改修 東京大学宇宙線研究所
8.^ XMASS-I full volume - 極低バックグラウンド素粒子原子核研究懇談会 (PDF)
9.^ N. Bartlett, Proc. Chem. Soc. 1962, 218.
10.^ Leonid Khriachtchev et al., "A Small Neutral Molecule with Two Noble-Gas Atoms: HXeOXeH", J. Am. Chem. Soc., 130 (19), 6114–6118, 2008. doi:10.1021/ja077835v
11.^ H.-J.Frohn et al., Angew.Chem.Int.Ed., 39, 391 (2000)
12.^ ヨウ素-131 原子力資料情報室 (CNIC)

ヨウ素

ヨウ素(ヨウそ、沃素、英: iodine)は原子番号53の元素。元素記号は I。あるいは分子式が I2 と表される二原子分子であるヨウ素の単体の呼称。

ハロゲン元素の一つ。ヨード(沃度)ともいう。融点は113.6 °Cであるが、昇華性がある。固体の結晶系は紫黒色の斜方晶系で、反応性は塩素、臭素より小さい。水にはあまり溶けないが、ヨウ化カリウム水溶液にはよく溶ける。これは下式のように、ヨウ化物イオンとの反応が起こることによる。
I− + I2 → I3−
単体のヨウ素は、毒物及び劇物取締法により医薬用外劇物に指定されている。



目次 [非表示]
1 歴史
2 用途 2.1 分析化学
2.2 消毒薬

3 生体とヨウ素
4 資源
5 化合物 5.1 ヨウ素のオキソ酸

6 同位体
7 脚注
8 関連項目
9 外部リンク


歴史[編集]

ベルナール・クールトアによって1811年に海藻灰から発見された[2]。彼の友人シャルル・ベルナール・デゾルムとニコラ・クレマンがジョゼフ・ルイ・ゲイ=リュサックとアンドレ=マリ・アンペールにサンプルを送った上で1813年11月29日に発表した。

ゲイ=リュサックは12月6日にこの物質が元素もしくは酸化物であると発表した。アンペールからサンプルを提供されたハンフリー・デーヴィーは実験によりこの物質が塩素の性質に類似する事を発見し、王立協会宛の12月10日日付の手紙で、この物質が元素であることを発表した。

用途[編集]

分析化学[編集]

ヨウ素溶液にデンプンを加えると、ヨウ素デンプン反応を起こし藍色を呈する(デンプンは微量でも鋭敏に反応する。ヨウ素デンプン反応を参照)。この反応はヨウ素滴定(ヨードメトリー)に利用される。また、小学校、中学校の理科実験においては、デンプンを簡易的に検出できる試薬として多用されている。分析化学では、脂質などの有機化合物に含まれる炭素-炭素二重結合の量の指標としてヨウ素価が用いられる。また試料中の水分量を決定するための方法としてカール・フィッシャー滴定が知られている。

消毒薬[編集]

ヨウ素は消毒薬としてもよく用いられる。ヨウ素のアルコール溶液がヨードチンキである。ヨウ素とヨウ化カリウムのグリセリン溶液がルゴール液である。ヨウ素とポリビニルピロリドンの錯化合物はポビドンヨードとして知られる。

生体とヨウ素[編集]

体内で甲状腺ホルモンを合成するのに必要なため、ヨウ素は人にとって必須元素である。人体に摂取、吸収されると、ヨウ素は血液中から甲状腺に集まり、蓄積される。海藻類はヨウ素を海水から濃縮する。海洋の中にある日本では食生活の中で海藻などから自然にヨウ素の摂取が行われるが、大陸の中央部ではヨウ素を摂取する機会がほとんどないので、ヨード欠乏症による甲状腺異常が多く発生した。アメリカではFDAの規定により食塩の中に一定量のヨウ化ナトリウムが混入させてある。また、モンゴルでは日本からの援助で国民にヨウ素剤を服用させた結果、甲状腺異常の患者を激減させた。アメリカのほかにスイス、カナダ、中国などでは食塩にヨウ素の添加を義務付けている[3]。一方で、食習慣の違いなどで、輸入されたヨウ素を含む食品による健康被害も報告されており、提訴にいたるケースもある[4]。また、日本ではヨウ素を含有することをうたった鶏卵が売られている。逆にヨウ素制限食を必要とする際には、昆布などの摂取を控えなくてはならない。同位元素による甲状腺シンチグラムには、123I などを用いる。

なお、厚生労働省が発表した「日本人の食事摂取基準(2010年版)」によると、ヨウ素の推奨量は成人で約130 μg/日、ヨウ素の耐容上限量は約2.2 mg/日としている[5]。

チェルノブイリ原子力発電所の事故では、核分裂生成物の 131I(放射性同位体)が多量に放出されたが、これが甲状腺に蓄積したため、住民に甲状腺ガンが多発した。放射能汚染が起きた場合、放射性でないヨウ素の大量摂取により、あらかじめ甲状腺をヨウ素で飽和させる防護策が必要である(ヨウ化カリウム#用途、ヨウ素剤参照)。そのため、日本は国民保護法に基づく国民の保護に関する基本指針により、核攻撃等の武力攻撃が発生した場合に武力攻撃事態等対策本部長又は都道府県知事が、安定ヨウ素剤を服用する時期を指示することになっている。

なお、独立行政法人放射線医学総合研究所は、たとえヨウ素を含んでいてもうがい薬や消毒剤など、内服薬でないものは「安定ヨウ素剤」の代わりに飲んだりしないようにとしている[6][7]。

世界保健機関 (WHO) の飲料水中の放射性核種のガイダンスレベルは平常時の値は10 Bq/Lで原子力危機時の誘導介入レベル(介入レベルを超えないように環境汚染物質や汚染食品の摂取、流通を制限するため、二次的に設定される制限レベル、「暫定規制値」とも言う)であり、国際原子力機関は介入レベル(敷地外の一般公衆が、過度の被曝を生ずる恐れのある場合は、実行可能な限り、被曝低減のための対策をとることが必要となる。その判断の基礎となる線量)を3,000 Bq/Lとしているが、平常時の値や誘導介入レベルは定めていない[8]。日本では一定の基準は無くWHOの基準相当[9]を守っていた。しかし2011年東北地方太平洋沖地震における福島第一原子力発電所事故の影響から、放射性ヨウ素の飲料水中及び牛乳・乳製品中の暫定規制値を300 Bq/kgと定めた[10][11]。

資源[編集]

ヨウ素は海水中に0.05 ppm (0.000005 %) 含まれ、推定資源量は3億4千万トンである。ヨウ素は生物濃縮される元素で、海藻の灰から抽出され0.45 %以上のヨウ素が含有される。かつては海藻を原料に工業的に生産されたが、1959年以降は工業的には天然ガス、チリ硝石、石油の副産物として生産されている。

工業的にはヨウ化ナトリウムを含む地下水などヨウ化物イオンを含む水溶液を酸性条件下で塩素を吹き込み、酸化されたヨウ素単体を昇華精製する。

米国地質調査所の2005年版統計[12]によると、全世界のヨウ素の生産量は約25,500トンである。その内訳は、一位のチリが16,200トン、二位の日本国6,500トンであった。国連統計局の2002年度統計[13]によると、輸出量はリサイクルされたものも含めて一位のチリが$447,612,776、二位の日本国が$195,847,819であった。

2008年度日本国内生産量は9,231トン、工業消費量は3,288トンであり[14]、日本のヨウ素生産量のほとんどは千葉県の水溶性天然ガス鉱床(南関東ガス田)から産出する地下水から生産されており[15]、資源小国である日本にとっては貴重な輸出資源である。



説明図 ヨウ素の生産量と輸出量




2002年輸出金額 ($)

2002年生産量(トン)

チリ 447,612,776 10,500
日本 195,847,819 6,100
アメリカ合衆国 51,136,966 1,700
ベルギー 137,773,860 -
その他 43,569,769 1,300
計 875,941,190 19,600

化合物[編集]

ヨウ素と水素の化合物(ヨウ化水素)は強酸性を示す。
ヨウ化銀 (AgI) - 人工降雨に使われる。またα-AgIは超イオン伝導体でもある。
ヨウ化カリウム (KI)
ヨウ化水素 (HI)
ヨウ化窒素(窒化ヨウ素)(I3N) - 濃アンモニア水に少量のヨウ素の結晶を投入すると、針状結晶として生じる。これは乾燥させると触ることができないほど敏感な物質で、部屋の中で手を叩く振動でさえも爆発を起こす。
ヨウ化ナトリウム (NaI) - ガンマ線検出用単結晶(シンチレーション検出器)に用いられる。
ヨウ化セシウム (CsI) - エックス線蛍光倍増管・ガンマ線検出用単結晶に用いられる。

ヨウ素のオキソ酸[編集]

ヨウ素のオキソ酸は慣用名をもつ。次にそれらを挙げる。


オキソ酸の名称

化学式 (酸化数)

オキソ酸塩の名称

備考

次亜ヨウ素酸
(hypoiodous acid) HIO (+I) 次亜ヨウ素酸塩
( - hypoiodite)
亜ヨウ素酸
(iodous acid) HIO2 (+III) 亜ヨウ素酸塩
( - iodite) 未確認
ヨウ素酸
(iodic acid) HIO3 (+V) ヨウ素酸塩
( - iodate) ヨウ素酸塩は危険物第1類
過ヨウ素酸
(periodic acid) HIO4 (+VII) 過ヨウ素酸塩
( - periodate)

※オキソ酸塩名称の '-' にはカチオン種の名称が入る。

同位体[編集]

詳細は「ヨウ素の同位体」を参照
131I は核分裂によって生成される。半減期は8.1日で、ベータ崩壊すると半減期11.8日の131mXeとなる。なお、1日後で最初の90 %になり、8日後で50 %、30日後で1/13、60日後で1/170、90日後で1/2200となる。
129I は半減期が1570万年である。宇宙線やウランの自発核分裂によって常に一定量が大気中に放出されている。
127I は通常のヨウ素で常に海水中に一定量が存在する。
129I/127I は天然存在比1500×10-15と推定される。生物に取り込まれたヨウ素の同位体の比率により年代を求めることが可能である。千葉県の地下水(鹹水)に含まれるヨウ素の年代は4890万年前と推定される。プレートと共に沈み込んだ海底堆積物が上昇してきた付加体と推定される[16][17][18]。

脚注[編集]

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1.^ Magnetic susceptibility of the elements and inorganic compounds, in Handbook of Chemistry and Physics 81st edition, CRC press.
2.^ 桜井 弘 『元素111の新知識』 講談社、1998年、240頁。ISBN 4-06-257192-7。
3.^ 山田洋介 ヨウ素添加を義務付けている国(新刊JP) エキサイトニュース 2011年4月27日
4.^ 昆布ヨウ素 豪で健康被害の集団提訴 MSN産経ニュース 2013年1月23日
5.^ 「日本人の食事摂取基準」(2010年版)6.2.5 ヨウ素 (PDF) 厚生労働省
6.^ ヨウ素を含む消毒剤などを飲んではいけません -インターネット等に流れている根拠のない情報に注意 (PDF) 放射線医学総合研究所
7.^ 「安定ヨウ素剤予防服用の考え方と実際」
8.^ 世界保健機関 (2011年3月31日). “水道水汚染について (pdf)”. 2011年4月4日閲覧。
9.^ 世界保健機関 (2004年). “WHO飲料水水質ガイドライン (pdf)”. 2011年3月29日閲覧。
10.^ 厚生労働省 (2011年3月17日). “放射能汚染された食品の取り扱いについて (pdf)”. 2011年3月29日閲覧。
11.^ “飲食物摂取制限 (HTML)”. 原子力百科事典 (ATOMICA). 財団法人 高度情報科学技術研究機構 (2010年12月). 2011年4月4日閲覧。
12.^ Mineral Commodity Summaries
13.^ Commodity Trade Statistics Database
14.^ 経済産業省生産動態統計・生産・出荷・在庫統計 平成20年年計による
15.^ ヨードについて - 資源大国 ニッポン - 関東天然瓦斯開発株式会社
16.^ アイソトープニュース2002年12月号P7-11
17.^ 放医研ニュース2001年12月号P1-2
18.^ Earth and Planetary Science Letters 192(2001)583-593

テルル

テルル (英: tellurium) は原子番号52の元素。元素記号は Te。カルコゲン元素の一つ。



目次 [非表示]
1 性質
2 歴史
3 化合物 3.1 酸化物とオキソ酸
3.2 ハロゲン化物
3.3 その他

4 同位体
5 用途
6 埋蔵量・生産・消費
7 埋蔵地域
8 出典
9 関連項目


性質[編集]

金属テルルと無定形テルルがあり、金属テルルは銀白色の結晶(半金属)で、六方晶構造である。にんにく臭がある。

金属テルルの比重は6.24、融点は450 °C、沸点は1390°C(融点、沸点とも異なる実験値あり)。酸化力のある酸には溶ける。ハロゲン元素とは激しく反応する。酸化数は-2, +2, +4, +6価をとる。また、化学的性質はセレンや硫黄に似ている。燃やすと二酸化テルルになる。天然に元素鉱物として単体で存在することがある(自然テルル、native tellurium)。

また、テルル単体及びその化合物には毒性があることが知られている。また、これらが体内に取り込まれると、代謝されることによってジメチルテルリドになり、呼気がニンニクに似た悪臭(テルル呼気)を帯びるようになる。

歴史[編集]

1782年にF.J.ミュラーが単体分離、1798年にクラプロートによって命名された[2]。語源はラテン語のTellusで、これは地球を意味するとともに、ローマ神話で大地の女神の名である[2]。また、周期表上でテルルの一つ上に位置するセレンはギリシャ神話の月の女神の名である。

化合物[編集]

酸化物とオキソ酸[編集]
一酸化テルル (TeO)
二酸化テルル (TeO2)
三酸化テルル (TeO3)
亜テルル酸 (H2TeO3)
テルル酸 (H6TeO6)

ハロゲン化物[編集]
六フッ化テルル (TeF6)
四塩化テルル (TeCl4)
四臭化テルル (TeBr4)
四ヨウ化テルル (TeI4)

その他[編集]
テルル化水素 (H2Te)
テルル化カドミウム (CdTe)
硫化テルル (TeS2)
テルリド (R2Te)

同位体[編集]

詳細は「テルルの同位体」を参照

テルルにはいくつかの安定同位体があるが、2.2×1024年の半減期を持つ128Te(これは現在知られている放射性同位体の半減期の中で最も長い)や、7.9×1020年とこちらもまた非常に長い半減期を持つ130Teもあり、これらのほうが安定同位体よりも存在量が大きい。このような一つ以上の安定同位体を持つ元素の中で天然放射性同位体が安定同位体より多く存在している元素は、テルルの他にインジウムとレニウムがある。

用途[編集]
ガラスなどの着色剤として利用される。
ビスマスとの合金は、熱電変換素子として実用化されている。
用途が狭く、偏在性が高く、需要量・埋蔵量ともに少ないが、太陽電池や各種電子部品の材料になるなど先端工業に欠かせない存在であり、レアメタルの一種である。

埋蔵量・生産・消費[編集]

鉱業便覧[3]によると、テルルの埋蔵量(資源量)は3万8000トンである。上位からアメリカ合衆国(6000トン)、ペルー(1600トン)、カナダ(1500トン)[4]。いずれもズリなどを含まないテルルの純分量である。2000年時点の年間生産量は322トン。上位からカナダ(80トン)、ベルギー(60トン)、アメリカ合衆国(50トン)、ペルー(39トン)、日本(36トン)であり、上位5カ国で生産量の82.3 %をまかなう[5]。1998年時点の年間消費量は145トン、そのうち日本が48トンを消費している[6]。テルルの2000年時点の総輸入量は2万0247kg、このうちベルギーが1万1197トン[要検証 – ノート]を占める[7]。

埋蔵地域[編集]
産出としては北海道手稲鉱山の手稲石や静岡県河津鉱山のマックスアルパイン石がある。テルル酸塩鉱物・亜テルル酸塩鉱物は現在までに計37種類が知られているが、日本で発見されたものも多い。

出典[編集]

1.^ Magnetic susceptibility of the elements and inorganic compounds, in Handbook of Chemistry and Physics 81st edition, CRC press.
2.^ a b 桜井 弘 『元素111の新知識』 講談社、1998年、238頁。ISBN 4-06-257192-7。
3.^ 経済産業調査会、『鉱業便覧 平成14年版』、2003年、ISBN 4806516597
4.^ 『鉱業便覧』、p.222
5.^ 『鉱業便覧』、p.226
6.^ 『鉱業便覧』、p.230
7.^ 『鉱業便覧』、p.243

アンチモン

アンチモン (英: antimony、羅: stibium) は原子番号51の元素。元素記号は Sb。常温、常圧で安定なのは灰色アンチモンで、銀白色の金属光沢のある硬くて脆い半金属の固体。炎色反応は淡青色(淡紫色)である。レアメタルの一種。古い資料や文献によっては英語の読み方を採用してアンチモニー(安質母尼)と表記されている事もある。

元素記号の Sb は輝安鉱(三硫化二アンチモン、Sb2S3)を意味するラテン語 stibium から取られている。



目次 [非表示]
1 歴史
2 産地
3 用途
4 毒性
5 化合物
6 同位体
7 脚注
8 関連項目
9 外部リンク


歴史[編集]

アンチモン化合物は古代より顔料(化粧品)として利用され、最古のものでは有史前のアフリカで利用されていた痕跡が残っている。

西洋史においてはドイツ・エルフルトのベネディクト会修道院長、医師、錬金術師であるバシリウス・ウァレンティウスが著したとされる『太古の偉大なる石』『自然・超自然の存在』『オカルト哲学』『アンチモン凱旋車』など「ヴァレンティヌス文書」にアンチモンの記述が見出される [2]。しかし、ベネディクト会の記録にはバシリウス・ウァレンティウスが存在したという記録はない。また、16世紀にテューリンゲンの参事官かつ製塩業者であるヨハン・テルデが編纂出版しているが、実際にはウァレンティウスは存在せず彼の著作であるという説がある。

『アンチモンの凱旋車』でワインより生じる「星状レグレス」と呼ばれる結晶が記述されているが、これは酒石酸アンチモンの結晶であると推定される。またアンチモンの毒性について「ヴァレンティヌス文書」で述べられているが、これに関連すると考えられる俗説に「ある修道会で豚にアンチモンを与えたら(駆虫薬として働き)豚は丸々と太った。そこで栄養失調の修道士に与えたところ、太るどころではなく死んでしまった。それゆえアンチ・モンク(修道士に抗する)という名が与えられた」というものである[3]。実際には11世紀頃にアラビアより錬金術が伝わった際にすでにアンチモンにアラビア語の名が与えられていたので、語「アンチモン」の語源はアラビア語に由来すると考えられている。ギリシャ語で「孤独嫌い」を意味する anti-monos が由来とする説もある(単体で見つからないからという)。

産地[編集]




トン

構成比

中国 126 000 81.5
ロシア 12 000 7.8
南アフリカ 5 023 3.3
タジキスタン 3 480 2.3
ボリビア 2 430 1.6
5か国小計 148 933 96.4
世界合計 154 538 100.0
産出国 出典:Chiffres de 2003, métal contenue dans les minerais et concentrés, source : L'état du monde 2005

中国の湖南省が世界の主産地で、他に広東省、貴州省などにも輝安鉱の鉱山がある。最大の鉱山は湖南省の錫鉱山であるが、その名が示す通り、昔はスズと混同されていた。なお、中国語の方言では、アルミニウムをアンチモンやスズと混同して呼ぶ例も見られる。

日本において本格的に採掘が開始されたのは明治時代以降である。愛媛県・市ノ川鉱山、兵庫県・中瀬鉱山、山口県・鹿野鉱山等が開発された。とくに市ノ川鉱山は美晶の輝安鉱が産出される事が海外にも知られ、製錬所も建設された。しかし、資源枯渇や生産コストの問題から現在は全て輸入となっている。また、鉱石による輸入は1990年代に終了し、全量が地金及び地金屑、あるいは三酸化アンチモン等化合物による輸入である。

2011年5月、鹿児島湾の海底で総量約90万トンと推定されるアンチモンの鉱床が、岡山大学や東京大学、九州大学らの研究グループにより発見されたと報道された。2010年の日本国内販売量約5千トンから計算すると、約180年分がまかなえる量[4][5][6]。




用途[編集]

工業材料として多岐にわたる用途に用いられているが、人体に対して毒性の疑いがあることから、代替素材の開発が進み、徐々に使用が控えられる傾向にある。
活字合金(現在では活字はほとんど使用されなくなった)。
鉛蓄電池(バッテリー)の電極材料。
ハンダ合金の材料。
アルミニウム合金への添加物。微量添加により共晶組織を微細化する。
バビットメタルなどの軸受合金。
半導体材料への添加物(ドーパントとして)。
ポリエステルを製造する際の触媒。
ゴム、プラスチックの顔料。毒性の低い三酸化アンチモンを利用。黄色顔料のニッケルチタンイエローおよびTi-Cr-Sb系クロムチタンイエローに含まれている。
繊維、プラスチック、紙を難燃性にするための添加物の原料。三酸化アンチモンを用いる。
化粧品の材料(古くは硫化アンチモンをアイシャドーに使った。毒性のため、現在は使用されない)。
医薬品の材料。酒石酸ナトリウムアンチモニウムが駆虫薬に用いられている。
ピューター(スズ合金)の材料。

毒性[編集]

「ヴァレンティヌス文書」などを始め古典的著作には毒性が認められてきた元素である。広く使われてきた結果、自然界への蓄積が進み、無視できないレベルに達していると指摘する識者もいる。この他、アンチモン化合物には、皮膚や粘膜への刺激性があり、劇物に指定されているものもある。

急性アンチモン中毒の症状は、著しい体重の減少、脱毛、皮膚の乾燥、鱗片状の皮膚である。また、血液学的所見では好酸球の増加が、病理的所見では心臓、肝臓、腎臓に急性のうっ血が認められる。[7]

化合物[編集]

Category:アンチモンの化合物 も参照。
硫化アンチモン (Sb2S3)
三酸化アンチモン(アンチモン白)(Sb2O3)
五酸化アンチモン (Sb2O5)
三塩化アンチモン(アンチモンバター)(SbCl3)
アンチモン酸鉛(アンチモンイエロー)(Pb3(SbO4)2)
スチビン (SbH3)
五フッ化アンチモン (SbF5) - 強力なルイス酸。フルオロスルホン酸との混合物であるマジック酸は最強の超酸として知られる。
酒石酸アンチモニルカリウム(吐酒石)(KSb(C4H2O6•1.5H2O)
アンチモン化インジウム (InSb) - III-V族半導体

同位体[編集]

詳細は「アンチモンの同位体」を参照

脚注[編集]

1.^ Magnetic susceptibility of the elements and inorganic compounds, in Handbook of Chemistry and Physics 81st edition, CRC press.
2.^ 『十二の鍵』
3.^ ウァレンティウスがアンチモンの語をはじめて著したが、この修道士がウァレンティウスとするならばドイツ語ではなくフランス語の「モンク」を用いて命名するのは不自然である。
4.^ 鹿児島湾でレアメタル発見 国内販売量の180年分 朝日新聞 2011年5月15日
5.^ 鹿児島湾奥部海底に有望なレアメタル鉱床を確認 岡山大学 2011年4月19日
6.^ アンチモン鉱床が日本近海底で存在確認される 「日本資源貿易の将来像」 国際資源産業・資源貿易研究 :武上研究室 2011年4月25日
7.^ HACCP関連情報データベース 化学的・物理的危害要因情報 財団法人食品産業センター

スズ

スズ(錫、英: Tin、独: Zinn)とは、典型元素の中の炭素族元素に分類される金属で、原子番号50の元素である。錫石に含まれる。元素記号は Sn。元素記号はラテン語の stannum に由来する。本来、この語は銀・鉛合金のことだったが、4世紀ごろよりスズを stannum と呼ぶようになった。

常温、常圧での結晶構造はβスズ (beta-tin) 構造(正方晶)で、その名の通りβスズ(白色スズ)と言われる金属である。高温(161 °C以上)でγスズ(斜方スズ)、低温(13 °C以下)でαスズ(灰色スズ、バンドギャップが約0.1 eVの半導体[要出典])となる。超伝導転移温度は3.72K。 [2]

金属スズを曲げると独特の音がするが、これはスズ鳴き (tin cry) と呼ばれており、結晶構造が変化することにより起こる。同様の現象は、ニオブやインジウムでも見られる。



目次 [非表示]
1 用途
2 化合物
3 同位体
4 毒性
5 同素変態
6 スズ泣き
7 スズ鉱石
8 原産地の変遷
9 脚注
10 関連項目
11 外部リンク


用途[編集]

融点が低く比較的無害な金属材料として、スズ単体、または、合金の成分として古来から広く用いられてきた。スズを含む合金としては、鉛との合金であるはんだ(最近は鉛フリーのはんだもある)、銅との合金である青銅が代表的。スズ単体についても、適度な硬さがあり加工もしやすいため、アルミニウムが安価に生産されるようになるまでは食器などの日用品やスズ箔として広く用いられてきた。パイプオルガンのパイプもスズを主とした合金である。

中世ヨーロッパでは、スズを主成分とする合金であるピューターが、銀食器に次ぐ高級食器に使われた。 スズを大量に産出するマレーシアでは、19世紀からピューターで作った食器や花器、その他の工芸品が作られ、国を代表する特産品になっており、各国に輸出されている。

近代における用途として、βスズを鋼板に被覆したブリキや、軸受に用いられるバビットメタル(銅およびアンチモンとの合金)、ウッド合金やガリンスタンのような一連の低融点合金などがある。また、インジウムとスズの酸化物 (ITO) は液晶ディスプレイ・有機ELの電極として用いられるほか、熱線カットガラスとして乗用車のフロントガラスなどの表面に用いられる。

日本には、スズそのものの加工品としては奈良時代後期に茶とともに持ち込まれた可能性が高い。今でいう茶壷、茶托などであろうと推測される。金属スズは比較的毒性が低く、酸化や腐食に強いため、主に飲食器として重宝された。現在でも、大陸喫茶文化の流れを汲む煎茶道ではスズの器物が用いられることが多い。日本独自のものには、神社で用いられる瓶子(へいし、御神酒徳利)、水玉、高杯などの神具がある。いずれも京都を中心として製法が発展し、全国へ広まった。

それまでの特権階級のものから、江戸時代には町民階級にも慣れ親しまれ、酒器、中でも特に注器としてもてはやされた。京都、大阪、鹿児島に、伝統的な錫工芸品が今も残る。近年では日本酒用以外にビアマグやタンブラーなどもつくられるようになった。また、一部の比較的高級な飲食店では日本酒の燗に、こだわりとして高価であるスズ製ちろりを使用するところがある。科学的には定かではないが、錫製品は水を浄化し雑味が取り除かれ、酒がまろやかになると言われている。

また、融点が低いことを利用してフロートガラスの製造にも使われている。

全米フィギュアスケート選手権では4位の選手にピューター(錫合金)メダルを授与する。
用途の例





錫鍍金した缶詰の鋼板






ピューターの皿






はんだ






バビットメタルの軸受


化合物[編集]
塩化スズ (SnCl2, SnCl4)
酸化スズ - 下記の三つが存在する 酸化スズ(II) (SnO)
酸化スズ(IV) (SnO2) - 金属酸化物としては比較的高い導電性を持つ。
酸化スズ(VI) (SnO3)

硫化スズ (SnS, SnS2)
フッ化スズ(SnF2,SnF4)
臭化スズ(SnBr2,SnBr4)
ヨウ化スズ(SnI2,SnI4)
有機スズ化合物(内分泌攪乱化学物質#研究の現状 も参照)

同位体[編集]

詳細は「スズの同位体」を参照

スズには安定同位体の種類が比較的多いことが知られている。これは、スズの陽子の数が魔法数の1つである50だからだと説明されている。

毒性[編集]

スズは人間や動物には容易に吸収されず、生体中における生物学的役割は知られていない。スズは金属や酸化物、塩類といった無機化合物の形では毒性が低いため食器や缶詰など広範囲に渡って利用されているが[3]、缶詰内側の腐食などによって高濃度にスズが溶出した食品を摂取することによる急性中毒も発生している[4]。急性毒性の症状としては吐き気、嘔吐、下痢などがみられる[4]。例えば、日本の食品衛生法においてはスズの濃度は150 ppm以下とするよう定められており[4]、イギリスの食品基準局では缶詰食品中のスズ濃度の上限を200 ppmとしている[5]。2002年に英国食品基準局が行った調査では、調査対象となった食品の缶詰のうち99.5 %がスズの含有量の上限値を下回っており、基準値を超えていた缶詰に関しては販売差し止め措置が取られている[6]。2003年のBlundenの報告では、過去25年間に100から200 ppmの濃度範囲ではスズの急性中毒の症例の報告がないことから、スズの急性中毒の閾値は200 ppmであることが示唆されるという見解が示されている[7]。また、長期間酸化スズの粉塵に曝される環境では肺が冒されることがあり(錫肺症)、環境の整っていない時代には鉱山からの採掘の際に多くの労働者が肺を病んだ。

一方で、有機スズ化合物の毒性は無機スズ化合物の毒性よりもはるかに高く、その毒性は有機基によって異なるもののいくつかの有機スズ化合物はシアン化物と同程度の非常に強い毒性を有するものもある[3]。トリブチルスズ誘導体 (TBT)は船底に貝が付着することを効果的に防止する塗料として広く用いられていたが、1970年代以降内分泌攪乱化学物質としての作用や海洋生物に対する蓄積毒性などTBTの毒性が知られ始め、1982年にフランス政府がTBTを含む塗料を小型ボートに使用することを禁止したのをはじめとして各国で規制されるようになっていった[8]。例えば日本では化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化審法)によって第一種特定化学物質としてビス(トリブチルスズ)オキシドが規制対象となっており[9]、トリフェニルスズ誘導体やトリブチルスズ誘導体も第二種特定化学物質として規制対象となっている[10]。2001年には全ての船舶において有機スズ化合物を含んだ塗料の使用を禁止する船舶の有害な防汚方法の規則に関する国際条約 (IMO条約)が国際海事機関によって採択され、2008年に25か国が批准したことによって発効した[11]。また、TBTは2009年にロッテルダム条約(国際貿易の対象となる特定の有害な化学物質及び駆除剤についての事前のかつ情報に基づく同意の手続に関するロッテルダム条約、PIC条約)の規制対象物質リストである附属書Vに追加され、TBTの国際貿易を行うには500 ppm以下の非意図的混入を除いて輸出申請を行わなければならないことが義務付けられている[12]。

同素変態[編集]

スズには常温に近い温度にβスズとαスズの転移点が存在する。αスズへの転移では展性が失われ、同時に大幅に体積が増加する。通常の温度範囲では不純物などの影響によりこの転移はほとんど進まないが、極地方のような酷寒の環境においては転移が進行する場合があり、スズ製品が膨らんでぼろぼろになってしまう現象が生じる。この現象はスズ製品の一部分から始まりやがて全体に広がるため、伝染病に喩えてスズペストと呼ばれる。

スズに限らず金属にはこういった、温度や圧力に応じて結晶構造が変わる同素変態をみせるものがある。スズではこの同素変態によってその物性が大きく変化する。βスズからαスズには物理的には13.2 °Cで変態するが、実際に反応が進むのは-10 °Cの低温領域からであり、-45 °Cでその反応速度は最大になるが、それでも1 mm進むのに約500時間も掛かる。スズは結晶構造の違いによってさらに161 °C以上でのγスズがあり、これらの異なる単体は同素体と呼ばれ、変態する温度は変態点と呼ばれる[13]。

スズ泣き[編集]

体心正方晶格子である白色スズの結晶に力を加えて変形させると、「カリッ」と音を出して金属結晶が塑性変形して内部結晶が双晶に変化する。この双晶は変形双晶や機械的双晶と呼ばれ、冷間加工後に焼きなましされた時に作られる焼きなまし双晶と区別される[13]。





スズ鉱石
スズ鉱石[編集]

スズの重要な鉱石鉱物は、錫石 (SnO2) である。主に石英との鉱石フォーメーションとして産する。鉱滓からはタンタルを回収できる。

風化に強いため、砂鉱の砂錫としても産出する。




スズの産出量 (2006年、トン)[14]

インドネシアの旗 インドネシア 117500
中華人民共和国の旗 中国 114300
ペルーの旗 ペルー 38470
ボリビアの旗 ボリビア 17669
ブラジルの旗 ブラジル 9528
コンゴ民主共和国の旗 コンゴ民主共和国 7200
ロシアの旗 ロシア 5000
ベトナムの旗 ベトナム 3500
マレーシアの旗 マレーシア 2398
世界計 321000

原産地の変遷[編集]

詳細は「古代のスズ原産地と貿易(英語版)」を参照

ローマ帝国領時代から中世・近世にはイギリスのコーンウォールが世界有数(少なくともヨーロッパ最大)のスズの産地で、イギリスはヨーロッパ中にスズを輸出していた。しかし産業革命によりスズの需要が急増すると、コーンウォールのスズは枯渇した。

それに代わって世界最大のスズ産出国となったのがマレーシアである。イギリスの植民地時代に資源開発が進み、1972年の7700トン/年をピークに減少に転じたものの、1985年までは世界の約1/4のシェアを占めていた。しかし1985年の錫危機(国際スズ市場の暴落・LMEでの取引停止)によりマレーシアのスズ鉱業は壊滅的な打撃を受け、翌1986年には産出量は半減し、その後も市場の混乱や資源枯渇による衰退が続き、現在は主要でない産出国の一つにすぎない。

現在の主なスズ産出国はインドネシア、中国などである。

脚注[編集]

1.^ Magnetic susceptibility of the elements and inorganic compounds, in Handbook of Chemistry and Physics 81st edition, CRC press.
2.^ Dehaas, W; Deboer, J; Vandenberg, G (1935). “The electrical resistance of cadmium, thallium and tin at low temperatures”. Physica 2: 453. Bibcode 1935Phy.....2..453D. doi:10.1016/S0031-8914(35)90114-8.
3.^ a b G. G. Graf "Tin, Tin Alloys, and Tin Compounds" in Ullmann's Encyclopedia of Industrial Chemistry, 2005 Wiley-VCH, Weinheim doi:10.1002/14356007.a27_049
4.^ a b c “HACCP関連情報データベース 1.4.スズ”. 社団法人 食品産業センター. 2012年10月18日閲覧。
5.^ “Eat well, be well − Tin”. Food Standards Agency. 2012年10月18日閲覧。
6.^ “Tin in canned fruit and vegetables (Number 29/02) (PDF)”. Food Standards Agency (2002年8月22日). 2009年4月16日閲覧。
7.^ Blunden, Steve; Wallace, Tony (2003). “Tin in canned food: a review and understanding of occurrence and effect”. Food and Chemical Toxicology 41 (12): 1651–1662. doi:10.1016/S0278-6915(03)00217-5. PMID 14563390.
8.^ “有機スズ化合物の生物毒性”. 化学と生物 Vol.32 (No.6). (1994) 2012年10月22日閲覧。.
9.^ “第一種特定化学物質”. 環境省. 2012年10月18日閲覧。
10.^ “第二種特定化学物質”. 環境省. 2012年10月18日閲覧。
11.^ “食品安全委員会ファクトシート 有機スズ化合物(概要)”. 2012年10月22日閲覧。
12.^ “有機スズ化合物に関する環境動向”. スズ化合物環境技術協議会. 2012年10月22日閲覧。
13.^ a b 大澤直 『金属のおはなし』 日本規格協会(原著2006年1月25日)、第1版第1刷。ISBN 4542902757。
14.^ [1]

インジウム

インジウム (英: indium) は、原子番号49の元素。元素記号は In。第13族元素の1つ。銀白色の柔らかい金属である。常温で安定な結晶構造は正方晶系。比重7.3、融点は156.4 °Cと低い。常温では空気中で安定である。酸には溶けるが、塩基や水とは反応しない。



目次 [非表示]
1 用途
2 歴史
3 化合物
4 同位体
5 毒性
6 供給 6.1 採掘
6.2 日本への輸入
6.3 中国での生産体制
6.4 日本の対応策 6.4.1 リサイクル
6.4.2 代替材料


7 出典
8 関連項目


用途[編集]

ITO (Indium Tin Oxide) と略称される酸化インジウムスズは、導電性があるのに透明であることから液晶やプラズマといったフラットパネルディスプレイの電極(透明導電膜)に使われている。

そのほか、シリコン、ゲルマニウムに添加(ドープ)してp型半導体を形成する。融点が低いので、低融点合金であるはんだなどに利用される。またインジウムの化合物では、リン化インジウム(InP)などの化合物半導体が注目を集めている。

熱伝導の良さから、箔状に延ばしたものがクライオポンプ等に用いられている。

歴史[編集]

1863年、リヒター (H.T.Richter) とライヒ (F.Reich) によって、閃亜鉛鉱の発光スペクトルの中に発見された[2]。名前は発光スペクトルが濃い藍色(indigo)であったことが由来[2]。

化合物[編集]
酸化インジウム (In2O3)
リン化インジウム (InP)
ヒ化インジウム (InAs)
アンチモン化インジウム (InSb)

同位体[編集]

詳細は「インジウムの同位体」を参照

右側の表の通り、自然界には質量数113のインジウムと質量数115のインジウムの2種が存在し、95 %以上が質量数115のものである。この同位体は天然放射性同位体である。1つ以上の安定同位体を持つ元素の中で、天然放射性同位体が安定同位体より多く存在しているものとしてはインジウムの他にテルルとレニウムがある。

このインジウム115は天然放射性同位体といえど半減期が441兆年と極端に長く、限りなく安定同位体に近い。現在インジウムは透明導電膜、光デバイスや半導体用途向けに需要が高まっているが、そのほとんどが放射性同位体であっても、現在の用途では放射性同位体であることを無視してよいとされる。将来、原子1個レベルでの信頼性が問われるような製品が出た場合でも問題になることは稀だと考えられている。

毒性[編集]

1990年代半ばまではインジウムの毒性について、情報が非常に乏しく、安全な金属と考えられていたが、2001年には ITO 吸入に起因すると考えられる間質性肺炎の死亡例があり、ITO 取り扱い作業者の中で間質性肺障害の症例が報告されている。近年の研究では、動物実験において、化合物半導体である InP の発癌性が確認され、InP に加えて他のインジウム化合物においても強い肺障害性が認められるなど、フラットパネルディスプレイなどにおける ITO 需要が進む状況下において、インジウムの健康への影響が懸念されている。 2010年12月に厚労省からインジウム・スズ酸化物等取扱い作業による健康障害防止対策[3]が、通達として発表された。

供給[編集]

採掘[編集]

インジウムを産出している世界最大の鉱山は札幌市の豊羽鉱山であったが、採掘場所が坑道の奥になるにつれて採掘環境が高温となり、冷却装備を施すと高コストとなり、従来工法での可採部分での資源枯渇を理由に2006年3月31日をもって採掘を停止した。2008年現在、中国が世界最大の生産・輸出国であり、最大消費国は日本である。独立したインジウムの鉱物や高濃度のインジウムを含む鉱石がみつかるのは錫-多金属鉱床と呼ばれるタイプの鉱床で、豊羽や兵庫県の明延(あけのべ)鉱山がこれに相当した。しかし、産出量が多いのは、塊状硫化物鉱床である。

日本への輸入[編集]

日本への輸入は2006年度で約422トンであり、これは世界中のインジウム取引の約80 %の量であった。この内、中国からは61 %、韓国からが24 %、カナダ8 %、台湾6 %、米国その他からが1 %であった[4]。

中国での生産体制[編集]

中国の行政報告によると年度は不明ながら近年での採掘資源量は雲南省(5205トン、40 %)、広西壮族自治区(4,086トン、31.4 %)、内モンゴル自治区(1,067トン、8.2 %)、青海省(1,015トン、7.8 %)、広東省(910トン、 7%)、その他地域(728トン、5.6 %)、合計13,014トンという統計値がある。 この資源は数百の零細工場によって亜鉛鉱石や鉛鉱石からインジウムの素原料が原始的な方法で取り出され、雲南省株州工場、広東省招関工場、広西壮族自治区華錫工場、遼寧省蘆島工場、江蘇省南京工場という5大工場に集められて、高純度に精製された後、国内や日本などの海外に供給されている。

2003年からのインジウムの需要急増に対応して湖南省と広東省の亜鉛工場が増産したが、カドミウム公害を起こしたため、広東省では工場が、湖南省ではいくつかの鉱山が2004年から2005年にかけて閉鎖された。雲南省と広西壮族自治区でも採掘現場での環境破壊は深刻だが、山岳地帯であり少数民族地域でもあるため放置されている。

中国政府もインジウムの需要急増に対応して生産を拡大したいが、湖南省と広東省だけに限らず環境問題が解決できないため、2008年現在も果たせないでいる。中国国内産業が工業製品の生産量を増すにつれてインジウムを輸出に回すだけの余分が無くなって来たため、まず2005年から輸出に与えられていた還付税が減額され、2006年9月14日には完全に撤廃された。インジウムの海外からの委託加工も禁止された。

日本では2006年まで札幌の鉱山で世界最大のインジウム生産量を誇っていたが、環境問題とはならなかった。中国では今、環境問題のために生産量に制約が生じており、日本への供給が減ってきている。中国と日本の利害は一致するように見えるが良いニュースは聞こえて来ない[4]。

日本の対応策[編集]

レアメタルであるインジウムの生産量は世界的に限られており、需要に対する供給量の逼迫が問題となっている。資源を持たない日本の産業界ではこれまで同種の危機に直面した時と同じように、多面的な解決策によって最小限の輸入量で国内産業への影響を回避すべく行動している。

リサイクル[編集]

2003年から3年間で価格は5倍に上昇した。そのため、生産過程で出る廃材からのリサイクルや、使用済み電子機器からの回収といった方法が進められている。

代替材料[編集]

住友金属鉱山では ITO の代わりに ZTO (Zinc Tin Oxide) が使えないか検討中であり、東ソーでも同じく亜鉛ベースの化合物でテストを行なっている[4]。

カドミウム

カドミウム (英: cadmium) は原子番号 48 の金属元素である。元素記号は Cd で、いわゆる亜鉛族元素の一つ。安定な六方最密充填構造 (HCP) をとる。融点は320.9 °C。化学的挙動は亜鉛と非常に良く似ており、常に亜鉛鉱と一緒に産出する(亜鉛鉱に含まれている)ため亜鉛精錬の際回収されている。軟金属である。

カドミウムは人体にとって有害(腎臓機能に障害が生じ、それにより骨が侵される)で、日本ではカドミウムによる環境汚染で発生したイタイイタイ病が問題となった。またカドミウムとその化合物はWHOの下部機関 IARC よりヒトに対して発癌性があると (Group1) 勧告されている。

ホタテガイの中腸腺(ウロ)にはカドミウムが蓄積することが知られている。



目次 [非表示]
1 性質
2 用途
3 化合物
4 同位体
5 代謝
6 食物の汚染
7 脱カドミウムの動き
8 歴史
9 出典
10 関連項目
11 外部リンク


性質[編集]

銀白色の軟らかく展性に富む金属であり、比較的さびにくく美しい金属光沢を持つが、湿気の多い空気中では徐々に酸化され灰色になり光沢を失う。塩酸および希硫酸などとは徐々に反応し無色の2価の水和カドミウムイオンを生成する。薄いアルカリ水溶液とはほとんど反応しない。


Cd + 2 H+(aq) → Cd2+(aq) + H2

2価の水和カドミウムイオン Cd2+(aq) は多少加水分解して極めて弱い酸性(pKa = 10.2)を示すが、その程度はよりイオン半径の小さい亜鉛イオン Zn2+(aq) より低い。カドミウムイオンはHSAB則では中程度のルイス酸として分類され、ヨウ化物イオンなどハロゲン化物イオンおよびアンモニアなどと錯体をつくりやすい。

沸点は金属元素としては水銀およびアルカリ金属についで低く、したがって蒸気圧が比較的高く、カドミウム蒸気は有毒である。

用途[編集]

ウッド合金の成分材料、顔料(カドミウムイエロー、カドミウムレッド)、二次電池(ニッカド電池)の電極などさまざまな工業製品に利用されているほか、中性子を吸収する性質から、原子炉の制御用材料にも使われている。

カドミウムはめっき材料として自動車関連業界で古くから用いられてきた。めっきが均質で、亜鉛よりはやや小さいイオン化傾向を持ち、犠牲電極として良好な性質を持つからである。また潤滑油とのなじみがよく、焼付きを防ぐ性質がある。やや黄色味がかっためっきは1960年代までのアメリカ車のエンジンルームでよく見られるものである。

後述するが、近年は毒性が懸念されて利用が忌避される傾向が強い。

化合物[編集]

一般に原子価(酸化数)は2価が安定であるが、稀に不安定な1価 (Cd22+) 状態を取ることもある。塩化物および硫酸塩など強酸の塩は一般的に無色のものが多く水溶性であるがカルコゲンとの化合物は有色であることが多く極めて難溶性である。
硫化カドミウム (CdS) - 黄色顔料・カドミウムイエロー、そして半導体として使われる。
硫化亜鉛カドミウム (ZnS•CdS) - カドミウムイエローのうち色合いの淡いものはこの化合物を主成分とする。
酸化カドミウム (CdO)
セレン化カドミウム (CdSe) - 暗赤色の結晶。赤顔料、半導体などに用いる。
硫セレン化カドミウム (CdS•CdSe) - 赤色顔料・カドミウムレッドとして使われる。
テルル化カドミウム (CdTe) - 黒色結晶。半導体として用いる。

同位体[編集]

詳細は「カドミウムの同位体」を参照

代謝[編集]

カドミウムは人体に体重1kgあたり約0.7mg含まれると見積もられている。カドミウムは多くの生物種において蓄積性がみられ、ヒトでは体内に約30年間残留すると言われている。したがって、一度カドミウムに暴露されると、長期間その毒性にさらされる危険性がある。さらに、亜鉛と同族元素であるために、生体内での挙動も類似しており、カドミウム除去の際に、生体に必須な亜鉛をも除去してしまう可能性がある。

カドミウムの毒性については、骨や関節が脆弱となるイタイイタイ病が大きな社会問題となった。さらに、慢性毒性では、肺気腫、腎障害、蛋白尿が見られる。腎障害では糸球体ではなく、尿細管が障害を受けると言われている。また、カドミウムは発ガン性物質としても知られている。これらの毒性の一部は、亜鉛と類似の生体内挙動を示すことから、亜鉛含有酵素のはたらきを乱すことによるものと考えられる。

これらの毒性に対する生体側の防御として、金属結合性タンパク質のメタロチオネインが誘導され、カドミウムを分子内に取り込み毒性を軽減している。

食物の汚染[編集]

カドミウムは亜鉛に伴って産出するため、公害への関心が薄かった時代には亜鉛の精錬過程で環境に放出され、精錬所の下流域の土壌に蓄積された。土壌中のカドミウムは、土壌の pH が中性からアルカリ性では難溶であるため吸収されにくいが、土壌の酸化条件によりイオンとして溶出し農作物に吸収、蓄積される。日本国内の土壌は大半が中性から酸性であるためカドミウムの溶け出しやすい環境であり、このため食物はカドミウムによる汚染を受けやすい状況にある。日本人は食事によって1日あたり26μg摂取していると見積もられている[2]。

米をはじめとして食物には含有基準が設けられており、基準値以上のカドミウムを含む農作物は販売することが出来ない。食品衛生法上では玄米において1 ppmと規定され、これを超過したものは全て焼却処分となっている。また、食糧庁通達により玄米中0.4 ppm以上の検出がされた米については、食用にされず全て工業用に利用されていることになっているが、2008年に発覚した汚染米問題で明らかになったように、糊原料には小麦粉が用いられており米の工業用用途は確認されていない。

尚各国の含有基準は、台湾:0.5 ppm、韓国・中国・EU:0.2 ppm、タイ・オーストラリア:0.1 ppm。 平成18年7月に開催されたコーデックス委員会総会において、国際基準が精米中0.4 mg/kgとされた。

「農用地の土壌の汚染防止等に関する法律」も参照

国立がん研究センターによると、食品に含まれるカドミウムの長期摂取と、がん発症のリスクに明確な関連が見られないことが分かった。研究では、9府県の男女約9万人を対象に、喫煙や飲酒など、他のリスクを除いて、カドミウムの摂取量とがんの発症を調べた所、相関関係は見られなかった。理由として、食品に含まれるカドミウムの量が少ないことと、吸入ではなく摂取であることが考えられている[2][3]。

脱カドミウムの動き[編集]

欧州では、カドミウムの人体への蓄積を防ぐため、カドミウムを含む製品の製造・輸入に関して RoHS として知られる厳しい制限を課している。

2001年、ソニー・コンピュータエンタテインメントは、オランダ政府より、ゲーム機 PS one の周辺機器から基準値を超えるカドミウムを検出したとして対応策を求められた。配線の赤いビニール被覆の顔料にカドミウムが用いられていたのが原因である。ソニー・コンピュータエンタテインメントは欧州全域で100億円以上の費用を投入し、製品の回収と対策品の置き換えを余儀なくされた。

この出来事は、世界の電機部品メーカーに強いショックを与え、工業製品の生産現場からカドミウム離れが起こった。

前後して市販の二次電池も負極に水酸化カドミウム Cd(OH)2 を使用するニッケル・カドミウム蓄電池(いわゆるニッカド電池)からより大容量かつカドミウムを使わないニッケル・水素蓄電池・リチウムイオン二次電池への転換が進められている。

歴史[編集]

1817年にドイツの科学者フリードリヒ・シュトロマイヤーによって、菱亜鉛鉱(炭酸亜鉛)から不純物として発見された[4]。名前は、ギリシャ語で菱亜鉛鉱を意味するカドメイア(Kadmeia)が由来。

出典[編集]

1.^ Magnetic susceptibility of the elements and inorganic compounds, in Handbook of Chemistry and Physics 81st edition, CRC press.
2.^ a b 食事からのカドミウム摂取量とがん罹患との関連について - 国立がん研究センター
3.^ 『読売新聞』2012年4月30日付朝刊2面
4.^ 桜井 弘 『元素111の新知識』 講談社、1998年、226頁。ISBN 4-06-257192-7。
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