2016年07月03日
怪談「恨みの短冊」
その坂は、夜になると、お化けが出てくると言うウワサがたつほど、暗くて、淋しい場所だった。
他には全く人影もないそんな道を、なぜ私が歩いていたのかと言うと、友人に無理やり付き合わされたのである。その友人は、小柄で、やや猫背であり、少し不気味な印象の男だった。
「ほら、あの電柱ですよ」
と、その友人は、坂の途中に立っている電柱を指さして、言った。
「まあ、見たら驚くから。本当にたくさん貼ってあるんですよ」
「でも、はじめて聞いたな。そんな都市伝説があったなんて」
私は言った。
友人の話では、この坂にあるその電柱に恨み言を書いた紙を貼っておくと、その願いが叶うのだと言う。なんとも気味の悪い噂だが、ワラ人形の現代版とでも考えてみたらいいのかもしれない。
夜だったら、とても怖すぎて、そんなものを眺めに行く気にはならなかっただろう。しかし、昼間の今でも、雨が降りそうな曇り空だった為、周りは十分に薄暗く、恐ろしげな舞台演出はしっかりと整っていたのだった。
「ごらん、見えるでしょう。こんな離れていても、貼ってある紙が分かるぐらいなんだから、呆れちゃいませんか」
友人が、さらに言った。
電柱はまだ5メートル以上先にあったのに、確かに、その表面には多数の紙が貼られているのが分かったのだった。遠目だと、お店の宣伝の紙のようにも見えなくもなかったが、実際には、その全てが恨みの書かれた紙だと言うのだ。
私たちは、電柱の前にまでたどり着いた。
友人は、すぐさま、貼られていた紙の一枚をバリッと剥がした。
「ほうほう、夫の浮気相手の××を殺して下さい、か。この手の願い事が多いんですよ」
友人は、書かれていた内容に目を通すと、せせら笑いながら、その紙をすぐクチャクチャと丸めてしまった。
「残念な事に、この都市伝説には、もう一つのルールがあるんです。願いが成就する為には、一週間以上、恨み事を書いた紙がこの電柱に貼られている事。この浮気相手を殺してほしい人は、三日前に、この紙を貼り付けたらしい。気の毒ですが、願いは却下みたいですな」
そして、友人は、他の紙も片っ端から剥がし始めたのだった。
「君は、いつも、この紙を剥がしに来ているのかい」
私は友人に尋ねた。
「まあね。五日に一度ぐらいの割合で。こんなものが貼られ続けていたら、みっともないでしょう。だから、可哀相だけど、せっかく紙を貼り付けた人でも、願いが叶った成功者はまだ一人もいない訳だ」
友人が言うには、恨み事を書いた紙には、それを貼り付けた日付も書かれてあるらしい。その日から一週間後、紙を貼った人物は、まだその紙が残っているか確認に来るそうなのである。想像すると、これはこれで、嫌な光景だ。
「中には、紙が剥がされないように、わざわざ高い場所に貼る人もいます。でも、そんなのは逆に目立って、ムダな努力なんですな」
友人は、長い竿のような道具も持ってきていた。それを使って、電柱の上の方に貼ってある紙も次々に剥がしていくのだった。
「おや!」
と、友人がいきなり素っ頓狂な声を上げた。
「この恨み紙、一週間たっちゃってますよ。私とした事が、うっかり見落としていたようだ」
友人は、一枚の紙を片手に持ったまま、私の方へ怪しい笑みを浮かべてみせた。
「どれどれ、どんな恨み言だったんでしょうね。なになに、この坂で私の息子を轢いた犯人に天罰を与えて下さい、だって」
それを聞いて、私はギョッとした。
その犯人とは、私の事である。私は、半年前に、ここで一人の幼児をひき逃げしたのだ。急いで逃げたので捕まらなかったのだが、のちにテレビのニュースで知った話によると、そのはねた子は、今でも意識不明の重体なのだと言う。
「そ、その願いは実現するのかい?え、えーと、・・・くん」
私は、友人の名前を呼ぼうとしたが、名前が出てこなかった。そもそも、私には、こんな友人はいなかったのである。
「叶えてあげなくちゃダメでしょうね。なにしろ、そういうルールなのですから」
友人、いや、謎の男は言った。
私は、この男に不思議な力でおびき寄せられたのだ。そして、こんな所に連れてこられてしまったようなのである。
「あんたが、なぜそんな事を言える?あんたにそんな権限があるのか?」
私は怒鳴った。
「ありますよ。だって、私は、この電柱なんですから。願いを叶えてあげるのは当然でしょう」
そう言って、男は、私への恨みが書かれた紙をぺたりと電柱に貼り戻したのだった。
「でも、そこまで義理を通してやる必要は無いじゃないか!」
私は必死に訴えた。
「いえ。悪いけど、あなたには私も恨みがあるんですよ。ほら、例の子どもをあなたがはね飛ばした時、その子が私にぶつかってきましてね、私の体にも深い傷がついちゃったんです。命までは取りませんが、この代償は大きいですよ」
男が目を向けた先では、確かに、電柱の胴体部が深くえぐれ、醜い傷跡となっていた。
そして、その男が少し移動すると、その姿はまるで電柱と重なるようにスッと消えてしまったのだった。
(つづきはこちらで)
【裏ワザ】覚えやすいメールアドレスでEメール上級者の仲間入り!
他には全く人影もないそんな道を、なぜ私が歩いていたのかと言うと、友人に無理やり付き合わされたのである。その友人は、小柄で、やや猫背であり、少し不気味な印象の男だった。
「ほら、あの電柱ですよ」
と、その友人は、坂の途中に立っている電柱を指さして、言った。
「まあ、見たら驚くから。本当にたくさん貼ってあるんですよ」
「でも、はじめて聞いたな。そんな都市伝説があったなんて」
私は言った。
友人の話では、この坂にあるその電柱に恨み言を書いた紙を貼っておくと、その願いが叶うのだと言う。なんとも気味の悪い噂だが、ワラ人形の現代版とでも考えてみたらいいのかもしれない。
夜だったら、とても怖すぎて、そんなものを眺めに行く気にはならなかっただろう。しかし、昼間の今でも、雨が降りそうな曇り空だった為、周りは十分に薄暗く、恐ろしげな舞台演出はしっかりと整っていたのだった。
「ごらん、見えるでしょう。こんな離れていても、貼ってある紙が分かるぐらいなんだから、呆れちゃいませんか」
友人が、さらに言った。
電柱はまだ5メートル以上先にあったのに、確かに、その表面には多数の紙が貼られているのが分かったのだった。遠目だと、お店の宣伝の紙のようにも見えなくもなかったが、実際には、その全てが恨みの書かれた紙だと言うのだ。
私たちは、電柱の前にまでたどり着いた。
友人は、すぐさま、貼られていた紙の一枚をバリッと剥がした。
「ほうほう、夫の浮気相手の××を殺して下さい、か。この手の願い事が多いんですよ」
友人は、書かれていた内容に目を通すと、せせら笑いながら、その紙をすぐクチャクチャと丸めてしまった。
「残念な事に、この都市伝説には、もう一つのルールがあるんです。願いが成就する為には、一週間以上、恨み事を書いた紙がこの電柱に貼られている事。この浮気相手を殺してほしい人は、三日前に、この紙を貼り付けたらしい。気の毒ですが、願いは却下みたいですな」
そして、友人は、他の紙も片っ端から剥がし始めたのだった。
「君は、いつも、この紙を剥がしに来ているのかい」
私は友人に尋ねた。
「まあね。五日に一度ぐらいの割合で。こんなものが貼られ続けていたら、みっともないでしょう。だから、可哀相だけど、せっかく紙を貼り付けた人でも、願いが叶った成功者はまだ一人もいない訳だ」
友人が言うには、恨み事を書いた紙には、それを貼り付けた日付も書かれてあるらしい。その日から一週間後、紙を貼った人物は、まだその紙が残っているか確認に来るそうなのである。想像すると、これはこれで、嫌な光景だ。
「中には、紙が剥がされないように、わざわざ高い場所に貼る人もいます。でも、そんなのは逆に目立って、ムダな努力なんですな」
友人は、長い竿のような道具も持ってきていた。それを使って、電柱の上の方に貼ってある紙も次々に剥がしていくのだった。
「おや!」
と、友人がいきなり素っ頓狂な声を上げた。
「この恨み紙、一週間たっちゃってますよ。私とした事が、うっかり見落としていたようだ」
友人は、一枚の紙を片手に持ったまま、私の方へ怪しい笑みを浮かべてみせた。
「どれどれ、どんな恨み言だったんでしょうね。なになに、この坂で私の息子を轢いた犯人に天罰を与えて下さい、だって」
それを聞いて、私はギョッとした。
その犯人とは、私の事である。私は、半年前に、ここで一人の幼児をひき逃げしたのだ。急いで逃げたので捕まらなかったのだが、のちにテレビのニュースで知った話によると、そのはねた子は、今でも意識不明の重体なのだと言う。
「そ、その願いは実現するのかい?え、えーと、・・・くん」
私は、友人の名前を呼ぼうとしたが、名前が出てこなかった。そもそも、私には、こんな友人はいなかったのである。
「叶えてあげなくちゃダメでしょうね。なにしろ、そういうルールなのですから」
友人、いや、謎の男は言った。
私は、この男に不思議な力でおびき寄せられたのだ。そして、こんな所に連れてこられてしまったようなのである。
「あんたが、なぜそんな事を言える?あんたにそんな権限があるのか?」
私は怒鳴った。
「ありますよ。だって、私は、この電柱なんですから。願いを叶えてあげるのは当然でしょう」
そう言って、男は、私への恨みが書かれた紙をぺたりと電柱に貼り戻したのだった。
「でも、そこまで義理を通してやる必要は無いじゃないか!」
私は必死に訴えた。
「いえ。悪いけど、あなたには私も恨みがあるんですよ。ほら、例の子どもをあなたがはね飛ばした時、その子が私にぶつかってきましてね、私の体にも深い傷がついちゃったんです。命までは取りませんが、この代償は大きいですよ」
男が目を向けた先では、確かに、電柱の胴体部が深くえぐれ、醜い傷跡となっていた。
そして、その男が少し移動すると、その姿はまるで電柱と重なるようにスッと消えてしまったのだった。
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