2009年01月14日
『闇の狭間の淫略〜淫魔竜レナ』 part4
が、とうとう日が沈んでもバッツが戻ってくることはなった。
「早く…、早く来いよ……。来いってんだよバッツ!!もう待ちくたびれたぞ!
もう俺たち二人でバル城に行っちまうぞ?!いいのかよぉ!!」
モンスターに見つかるかもしれないのに、ファリスは叫ばずに入られなかった。
こんなことで、自分が愛する人間が目の前から消えてしまうことにファリスはとても耐えられなかった。
(俺とはぐれたら、二人だけでバル城へ行くんだぞ!)
バッツが別れ際に叫んだ言葉がファリスの脳内にわんわんと反射している。
正直、ファリスが一人だけだったらそんな言葉を無視してタイクーン城へ戻っていただろう。
というより、先に逃げずにバッツの傍に寄り添い運命を共にしていたに違いない。
だが今ファリスには妹のレナがついている。自分ひとりが死ぬのはどうでもいいが、レナを巻き添えにするのだけは絶対に許されないことだ。
「……今は、バル城へ行くのが先か……」
そしてクルルに事情を説明し、バル城の兵力をあわせてタイクーン城を解放しに行く。
そしてそこで、バッツの仇を……
「違う!あいつは死んでない!絶対に死んでなどいるものか!
俺はバッツを見捨てていくんじゃない。絶対にどこかに逃げ延びているバッツを後で迎えに来るんだ。
だから今は、レナを連れてバル城へ逃げ延びるんだ。それをバッツも望んでいるんだ!」
口ではそう言っているものの、もうバッツの生存が絶望的なのはファリスにもよく分かっている。
ぎりぎりと噛み締めている唇から血がだらだらと零れ落ちている。
バッツを失った悲しみ。
それは父親、シルドラを目の前で失った時よりはるかに大きいものだった。
「とにかく…レナを起こして……」
奥で眠っているはずのレナを連れて、まずはここから……と思いながらファリスがアジトの地下に戻ってくると…
「あ、姉さん……」
そこにはすっかり顔色の良くなったレナが佇んでいた。
「あ…レナ!起きたのか……!」
「ええ。でも、ここって確か姉さんが海賊だった時の住処よね。何で私、こんなところに……」
そこまで言ってから、レナの顔が見る見るうちに青く染まっていく。どうやら、タイクーン城を襲った惨劇を思いだしたようだ。
「そう、だ…。突然、空が真っ暗になって、あたり一面からモンスターが現れて、
たちまち城の中に入ってきて……みんな……みんな………?!」
「ああ。俺たちが見たとき、タイクーン城はもう真っ黒い霧に覆われていた。
そこから、何とかレナだけは助け出せたんだが、バッツは、バッツは……」
「バッツ?!バッツがどうかしたの?!」
「ああ、実は……」
ファリスは、現在までいたる経緯をレナにかいつまんで説明した。
「バカだよな。自分ひとりなら何とかなるって言ってさ、一人でモンスターの群れに飛び込んでさ……なに言ってやがんだっての。結局戻ってこれなかったじゃねえか……
そんな背伸びしたことしてんじゃ、ねえよ……。こんなあっさり や、やられ やられちち …」
つい今まで軽口を叩いていたファリスの顔に見る見るうちに涙がたまり、口元が変な痙攣を起こしてきている。
「なあレナ、あいつバカすぎ… …。一人で勝手に格好つけて … し、 し しん …」
「姉さん…」
「しん しんじ…死んじまうなんてよぉーーーっ!!うわあぁ〜〜〜っ!!」
とうとう我慢が出来なくなったのか、溜めた堰が決壊するかのようにファリスはレナに抱きつきながら大声を上げて泣き叫び始めた。
「なんで、なんでこんなことになっちまったんだぁ〜〜〜〜っ!!ひどすぎるよぉ〜〜〜〜っ!」
顔をレナの胸に埋め泣きじゃくるファリスを、レナは無言で抱きしめその頭を優しくなでていた。
これだけ見るとどっちが姉だかわかりはしない。
「可哀相な姉さん…。とっても、とっても辛かったのね……
私じゃバッツの代わりになれないと思うけど……、ずっと姉さんの隣にいてあげるね……」
「あぁ……あぁぁ……レ゛ナァァ……」
「ずっとずっと、永遠に姉さんの傍にいてあげる……そう」
私がバッツなんか忘れさせてあげる
「……レ、レナ……?」
ファリスを抱きしめるレナの腕にぎりぎりと力が込められていっている。あまりの強さにファリスの顔がレナの胸に埋まり、呼吸すらしんどくなってきている。
「ちょ…。レナ、苦しい……離して……」
「いや。ここで離したら姉さんはまたどこかに行ってしまう。私を置いてどこかに消えてしまう!
男を漁りに、私から離れてしまうの!!」
レナが発する声にしだいに黒いものが混じりだしてきている。ファリスを掴む腕の力はますます力を増し、頭蓋骨からミシミシと軋む音が聞こえてきているほどだ。
「や、やめろ……レナ……!離せ!!」
身の危険を感じたファリスは、渾身の力をこめ自分の身体をレナから引き剥がした。抱きしめられていた頭からザッと血が引き、軽い頭痛が起こっている。
「何をするんだいきなり………?!」
いきなりの仕打ちにさすがに怒ったファリスがレナを見たとき、途中でファリスの言葉は詰まってしまった。
ファリスを見るレナの瞳は尋常でない輝きを放っている。
それは憎悪であり嫉妬であり…、決して人間には出せるはずもない強烈な光だった。
「また、逃げるのね……」
レナがぽそりと喋った。
「また私を捨てて逃げるのね……。自分だけがいい想いをしたくて、ただ一人の血を分けた私を捨てて、いずこへなりと逃げるのね。
そして、別天地で男を作って酒色にふけるのね!許さない!許さない!!そんなの許さない!!」
「レナ……」
レナが発するあまりにも強い憎しみの炎に、ファリスは無意識に後ずさってしまった。こんなに薄ら暗い感情を爆発させるレナを、ファリスは今まで見たことがなかった。
「そんなことはさせない!姉さんは私のもの!未来永劫、私のもの!
もう絶対に逃がしはしない!姉さんは、私のものなんだぁーっ!!」
洞窟が壊れるかとくらいの大声を出したレナの容姿が、ファリスの目の前で見る見るうちに変わっていく。
皮膚の色が薄灰色に変化し、所々がぬめりを帯びた鱗で覆われていく。
額の天辺からは毒々しい赤色をした角が伸び、背中からは大きな翼、腰からは尻尾が生えてきている。
瞳は瞳孔が縦長に伸び、虹彩は狂気と淫気を帯びた紅色に変化し、耳元からは小さい翼状のものが伸びている。
その姿は、まるで人間と竜をいびつに融合させたようなものだった。
「レ、レナ……。その姿は……」
目の前で起こったことを、ファリスは受け入れることが出来なかった。
ついさっきまで妹だったものが、いきなりモンスターに変化してしまったなんて到底信じれるはずがない。
「…姉さん。私ね、姉さんが出て行った夜からずっと思っていたのよ。
なんで私の前から姉さんがいなくなるのか。せっかく再会した肉親なのに、それより大事なものがあるのかって……」
レナだったものはファリスを憎々しげに睨み付けている。自分の前から消えたファリスを心底怨んでいるようだ。
「それで私は考えたの。私に力がないから、逃げていく姉さんを止めることが出来なかったんだって。
だから私は空にお願いしたの。姉さんを引き止めることの出来る力が欲しい。
姉さんを私だけのものに出来る力が欲しいって……そうしたらね」
レナだったものはファリスに黒く歪みきった笑みを送った。
「空から声が聞こえてきたの。私の願いを叶えてくれるって。
城の人間全ての命と引き換えに、私の願いを叶えてくれるってね……」
「?!レ、レナ……まさか……」
その答えを聞くのがファリスは恐かった。あのレナが、そんなことを受け入れるなんて考えたくもなかったからだ。
だが現実は非情である。
「もちろん受け入れたわよ!!
城の人間全員を生贄にすれば、私の願いが叶うんならそうしないわけないじゃない!!
一言言ったわよ!『この城の人間全部差し上げます』ってね!!そうしたらあのお方…ダークサタン様はきちんと約束を叶えてくださったわ!
だってこの私にくれたんですもの!姉さんを、いや人間全てを蹂躙できる素晴らしい身体を!!」
レナはその場で新しい体をファリスに見せ付けるようにくるっと一回転した。
「バ、バカヤロ……。お前、そんなことのためにタイクーン城の人間全員殺したっていうのか?!」
ファリスが憤るのももっともだ。ファリスは確かにバッツを愛していたが、それと同じくらいにレナも大事にしている。どっちのほうが上かなんて比べられるものではない。
それをレナは、ファリスを独占したがためだけにエクスデスもかくやという大虐殺をしたことになる。
これはファリスにとって決して許されるものではない。
「そうよ!姉さんを手に入れるためなら他の人間なんかどうなってもいい!
私には姉さんだけいればいい!他の人間なんていらない!」
が、レナは体だけでなく心までモンスターに変わってしまっておりそんなことは気にもしていないようだ。
「だから、私は姉さんがいるリックスにモンスターたちを率いて攻め込んで、姉さん以外は皆殺しにしようとしていたの。でも、姉さんがこっちに向っているのを知って考えを変えたわ…」
レナの顔が邪悪に微笑む。
「姉さんの目の前で、バッツと離れ離れにして姉さんを一人ぼっちにする…
姉さんも分かったでしょ?大好きな人間が目の前で来て、孤独になる寂しさが……アハハハァ!」
「なんだと?!じゃあまさか最初から……」
「当たり前でしょ?!私だけが無事だったなんて不自然に思わなかったの?!私が生きていたと安心して頭の芯までボケちゃったの?!
そんな都合のいいこと、よく考えたらあるわけないのに!!キャーッハッハッハ!!」
目の前で馬鹿笑いをするレナを見て、ファリスはわなわなと肩を振るわせた。
これは最初から罠だったのだ。ファリスただ一人を捉えるための、一国を使った壮大な罠。
「許さねぇ……許さねえぞレナ!よくもバッツを……タイクーンのみんなを!!」
ファリスは怒りに燃えた瞳をレナに向け、腰にかけた剣を抜き放った。
目の前にいるモンスターを、ファリスは既にレナとは思っていなかった。
「うふふ!そうよ姉さん、私だけを見て!愛も怒りも憎しみも、ただ私だけに向けて!!」
「黙れ!もうお前なんか妹じゃねえ!この場でぶった切ってやる!!」
ファリスは剣に黒魔法ブリザガの力を込め、レナとの間合いをじわりと詰めた。レナは以前から魔法系の力は得意だが肉弾戦は苦手にしていたはずだから、一気に勝負を賭ける腹積もりでいた。
だが、そんなファリスをレナは余裕を持って待ち構えていた。
「ふふっ、そこから一気に間合いを詰めて私を切るつもり?
甘いわよ姉さん!追い詰められたのは姉さんのほうなんだから!!」
「なんだと………」
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