久々に”もみじ”へ。馴染みの居酒屋です。
何時も夕方の5時きっかりに暖簾が出ます。
夜の10時過ぎのことです。暖簾をくぐるなり、
「帰ったわよ、デイビッド、つい先ほど。待っていたのに」と女将さん。
「そう、残念やな、今日来るって聞いてたから」
「どうしたのよ、辞典なんか持って、2冊も。英語の勉強?」
「だって、英和辞典を持ってただろ、デイビッドは何時も。彼とコミュニケーションするには、僕にも必要だと思ってね」
デイビッドとはカナダ生まれの外人さん。40歳位のハンサムボーイです。この辺りでは、一寸した人気者だとか。日本語はかなり上手です。が、一寸したニュアンスを理解するには、英和辞典が必要らしい。何時もペラペラと捲っています。そして、必ず、
「スミマセン、カミ ト エンピツ、オネガイシマス」
デイビッドに尋ねたことがあります。「恋人は英語でLoverだろ?」って。違うそうです。恋人は「Sweet」だと。愛人は「Lover」だそうです。
”もみじ”で彼に2,3回出会っているのですが、てっきり牧師さんだと思っていました。何時も手にしている分厚い書物が聖書に見えたから。何時もそれをペラペラと捲るのは信仰深い牧師さんだと思ったから。それにしても、明るくて愉快な牧師さんだ、綺麗な女性を伴って居酒屋をハシゴとは、と思っていました。
ある時、女将さんに尋ねてみました。
「最近、牧師さんは来てる?」
「・・・・・・・・・」
「あのさあ、何時も、聖書を持っている外人さん、彼のことだよ」
「牧師さん?えっ、牧師さんと思ってたの、あ〜ら可笑しい、ハハハハハ〜。デイビッドよ、彼は、カナダ生まれのエンジニアよ」
その後、デイビッドと仲良しになりました。私を見つけると、大げさなジェスチャーで私を抱擁します。大柄な彼と小柄な私のそれは、”もみじ”のお客さんを楽しませるようです。
カウンターの上に2冊の辞典を置き、その様なことを思い出しながら焼酎を飲んでいると、
「ほう、クラウンですか、三省堂の。それに、旺文社の国語辞典じゃありませんか。懐かしいですなあ、随分使い込んでいますね」
だれかと思ったら、隣の角に座っていた初老のお客さん。見覚えがあります。
「あっ、先日はどうも。小松島のことでは失礼しました」と私。
「どれどれ、ほうほう、結構書き込んでますな、このクラウン。勉強熱心だったのでしょ」
と言いながら、勝手に手に取り眼鏡を上下させながらページを捲っています。
「いやいや、苦手でね、英語は。高校から使っている辞典ですが・・・」
「書き込みが多いわね、こちらにも。女性の名前ばかりだわ。勉強してたの、本当に?遊子(ゆうこ)とか案山子(あんやまこ)とか書いてあるじゃない?流石に今田勇子は無いけど」
と今度は国語辞典を広げた女将さん。
「遊ぶ子って書いて、遊子(ユウシ)って読むんですよ。案山子(あんやまこ)と書いてカガシ」
たわいない話で盛り上がりました。だんだんと酔いが回って来ました。デイビットに会ったら連れの女性のことを聞いてみようと思いました。
「Sweet or Lover ?」 と。ガールフレンドのニュアンスに近い英語ってなにって。
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