犯罪社会学。犯罪社会学とは、社会学的な分析方法を用いて犯罪の原因を解明しようとする学問である。主に近代以降のアメリカ合衆国に於いて、行動科学の発展と連動して進化した学問分野であり、遺伝よりも環境に重点を置き犯罪原因の特定を試みる点に特徴がある。
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前回、「何が彼女を狂わせたのか?」と「何が教諭をそうさせたのか?」のタイトルでブログを綴った。前者は大阪駅通り魔事件、後者は中学校教諭の強姦事件である。二つの事件の容疑者の共通点は、年代が30歳代で、奇しくも同い歳の38歳である。二人の人物像に迫リ犯罪の原因を知りたい、更には秋葉原事件を詳しく知りたい、と思い始めた矢先、手にしたのが2冊の週刊現代である。これらの2冊は秋葉原事件を特集している。
週間現代6/28は、「秋葉原通り魔の弟が独占手記・ゆがんだ愛情」、同7/5は「アキバ通り魔の弟独占手記・衝撃の第2弾 」のタイトルである。
弟の告白が事実だとした上で両方の特集を読むと、容疑者の生い立ちや人物像が浮き彫りにされて来るが、その背景としての環境、特に家庭内環境に於ける容疑者の母親の母親としてのあり方に疑問を抱かざるを得ないのである。
この母親は、他人から良く見られることを徹底的に意識するような教育、例えば、先生受けのする作文指導や熟語を使った意図への質問など、に熱心だったようである。良かれと思ったのか、誤った方針の教育を施し、誤った愛情を注いでしまったのではないだろうか。母親のこのような行動が容疑者の屈折した心を育み、犯罪の引き金になったと十分に考えられるのである。とすれば、母親が長い時間をかけて子供が犯罪者なる素地を作り上げてしまった、と言っても過言ではあるまい。
家庭内に於ける母親の存在、母親のあり方は重要である。素人ながら、犯罪社会学に於いてもこれは考察されているものと思われる。
母のぬくもりは慈しみの愛である。大地のようなお母さんのぬくもりは、子供のあるがままを抱き、受け止め、育む。抱きしめられると、自分の心の中の核、そして身体の核のようなものが出来る。しっかり触れられていないとないと、「受け止められている」と言う経験が持てなくなる。(講演会:家庭を良くする より)
知識も学歴も要らない。母親に必要なのは、子供にどの様に接するかの本当の意味での教養、リベラル・アーツである、と私は思っている。
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