2016年10月06日
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http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/inose/071016_12th/index5.html
第12回 築地市場の豊洲移転問題
2007年10月16日
10月7日、築地市場(中央区)の移転予定地(江東区)の地下水から環境基準の1000倍に当たるベンゼンが検出された、と新聞各紙が報じた。築地市場の移転問題を、主観を排して客観的に考えてみよう。原理主義に陥ることなく、事実に焦点を当ててポイントを整理しよう。
まず、築地市場移転の検討経過を説明しておこう。
昭和9年(1934年)に建てられた築地市場は施設の老朽化が指摘されてきた。1986年、築地市場が都民の台所としては手狭になったことから東京都が再整備を決定。当時は、移転ではなく、現在の場所に新しくつくり直す計画だった。
1991年に再整備工事を始めた。だが、市場の営業を継続しながら、一部ずつ直していく方法をとったために、工期の遅れ、整備費の増加などのために調整が難航した。
そこで、1995年から、臨海部への移転を検討し始め、1999年、業界団体と中央卸売市場との間で、移転整備ということで意見がまとまった。理由は「営業しながらの再整備工事だと、完成まで20年かかる」「場内の混雑や路上駐車を解消できない」「再整備工事期間中、市場の営業活動に深刻な影響を与える」「再整備を行ったとしても基幹市場としての役割を充分に果たせない」といったものだった。
最終的には、2001年に東京都が、「第7次卸売市場整備計画」を策定し、豊洲地区への移転を決定した。
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○築地市場のレイアウトは鉄道時代のもの、クルマ時代に対応できない―
僕は今年の夏、築地市場に自ら足を運んだ。現場を見るといろいろなことがわかってくる。
市場とは別に場内に飲食店や食品店がある。長屋のようなつくりで、間口一間足らずの店も珍しくない。牛丼の吉野家も築地市場が発祥の地だ。人気のお寿司屋さんには行列ができている。
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場外にはテリー伊藤さんの実家である玉子焼きの「丸武」もある。
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築地市場の印象は、とにかく狭い。
築地市場はすでに築70年を超えている。レイアウトにも古さが目立つ。たとえば、築地市場のメーンである水産物部仲卸業者売り場のメインストリートは、緩やかな楕円形のつくりになっている。これは、じつは鉄道時代のレイアウトなのだ。昔は、鮮魚を積んだ貨車を汐留からここに引き込み、荷物の積み卸しをしていた。直角では、貨車が曲がれない。
ところが現在、貨物取扱量は大きく減っており、代わって、多くのトラックが市場に入り込んでいる。これが築地市場が狭くなった原因のひとつで、いまでは道路にあふれた駐車トラックが違反を取られる事態がおきている。
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また、アスベストの問題もある。1934年当時はあたり前の建材だった。現在、アスベスト対策処理が進められているが、建物の中心部など半分が残っており、今後も引きつづき処理を行わなければいけない。
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壊したり、解体したり、余計に手間もかかる。
築地市場のピークはバブル全盛の1987年。水産物の取扱量(トン)を、1980年を100とする指数で見ると、1987年は109。1990年のバブル崩壊まで100以上をキープしていたが、その後の「失われた10年」の間はずっと下降線をたどり、2005年には80まで減少した。青果物も大差はない。
ちなみに、2002年度の築地市場の取扱金額は6300億円。それが2006年度には5800億円まで減少している。この4年間で500億円、約8%も減少している。
これからも減る傾向はつづくだろう。鉄道の時代の物流ではもう間に合わない。いまのままでは、ジリ貧となるしかないのだ。
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○イオンやイトーヨーカ堂に価格決定力を奪われつつある―
築地市場の取扱量が減少しジリ貧になると、そのほかの問題も浮上してくる。
コマの価値である。築地市場の売り場は1600カ所にコマ割りされており、そのコマ割りに沿って中卸が店舗を構えている。1コマの間口は1.8メートル(奥行き3.6メートル)。2コマ使っている店舗が多い。中には5コマ、10コマを有する大店もある。浅草寺につづく仲見世を想像してもらうとわかりやすいかもしれない。
このコマの権利は、相撲の親方株のように相場で売買される。バブルのときには1コマ1億円にもなったそうだ。しかしいまは、1コマ500〜700万円くらいにまで相場が下がっている。2コマ持っていても1200〜1400万円程度だ。築地市場自体がジリ貧になれば相場も下がる。これでは、権利を売ろうとしても、担保価値が薄く、あまり金にならない。築地市場自体が不景気なのだ。
築地市場は日本最大規模の市場で「首都圏の台所」と言われてきた。
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築地のセリの値段をもとにマグロの値段が決まる。
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価格決定力を持っているわけだ。我々がスーパーで買うマグロの切り身や刺し身、あるいは料亭のマグロ料理や寿司屋のマグロの金額は築地が基準なっている。
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築地市場のこうした力の源泉は、日本一の取引量を維持してきたことにある
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。ところが、いまやイオンやイトーヨーカドーなどの大手小売店が産地と直接取引をし、バイイングパワーが移りつつある。このため、築地市場の価格決定力が低下し始めているのだ。
薄型テレビの値段にたとえよう。薄型テレビの実売価格は「ヤマダ電機」がいくらで売るかに大きく左右される。それは、ヤマダ電機の売上げが業界第1位だからだ。当然、メーカーとの取引量も多い。ヤマダ電機が扱ってくれなければ、そのメーカーの商品の売上げが落ちてしまう。そこで発言力が増し価格決定力が高まる。
イトーヨーカドーもイオンも、ヤマダ電機と同じだ。多くの店舗を持っているので、取引量が多い。彼らが、卸・仲卸を経由せず産地から直接購入すれば、そこに価格決定力が発生する。築地が持っていた価格決定力が、イトーヨーカドーやイオンに奪われつつある。
もちろん消費者から見れば、イオンやイトーヨーカドーが価格を決めても問題はない。お寿司屋さんも、イオンに行ってネタを買えばいい。あるいは、生産地と直接契約して買えばいい。
そうなれば、実際にそうなりつつあるのだが、築地市場の価値は下がり、ジリ貧に拍車がかかるだろう。
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○豊洲に移転すれば、クルマ時代への展望が開ける―
このじり貧から脱却するには、クルマ社会に対応した市場づくりが不可欠だ。クルマ社会に対応できなければ、駅前シャッター通りと同じ道を歩むことになるだろう。
このコラムの第6回「地方活性化のビジョンを示せ 限界集落とコンパクトシティーがキイワード」でも触れたように、鉄道の時代に栄えた駅前商店街は、クルマ社会に対応できずシャッター通り商店街になってしまった。クルマ社会に適応して栄えているのは、郊外の大型モールだ。
築地市場にも、駅前商店街と同じことが起きている。鉄道の時代にデザインしたレイアウトやすくない駐車スペースのままでは、時代に取り残されてしまう。豊洲への移転は、クルマによる物流に耐えられる効率の良いシステムと広さを確保するための、生き残りを掛けた戦略のはずである。
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豊洲周辺は、高速湾岸線が近く、トラックが出入りする大きな物流倉庫が数多く並んでいる。あの位置づけで築地市場が新しく生まれ変わるのは、大きな方向にはマッチしている。
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○小規模店の資本力と豊洲の土壌汚染が移転を阻んでいる―
しかし、豊洲移転には2つの問題がある。
ひとつは、築地市場に店を構える店舗の資金力の問題だ。豊洲への移転に伴う設備投資や場所代は自己負担することになっている。1コマの店舗はいくら、5コマの店舗はいくらといったかたちで負担が求められる。
設備投資するだけの資本力がある大店はいい。だが、1コマ、2コマしか持たないような中小の店舗は大変だ。これは駅前シャッター通りと同じこと。新しい通りをつくって、そこに新たに商店街をつくりましょうと旗を振っても、「うちは新しい店を出す金がない」という店主がかなりいる。
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○築地市場の豊洲移転問題
現状では、6〜7割の店舗が移転に反対している。ただし、これは店舗数の話。大店は賛成しているので、規模の上ではそうではない。だからややこしい。中小の店舗は「築地を動かず現状のままではジリ貧になる」とわかっていても、投資能力がないので仕方なく現状維持という。大店は現状を脱却したい。築地市場に居を構える店舗の意思決定は一様ではない。
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もうひとつの問題は、豊洲の移転予定地が汚染されているのではないかという疑いだ。
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1998年に、豊洲の移転予定地で、ベンゼンやシアンが発生していることがわかった。ここは東京ガスの工場跡地。同社がこの場所で、石炭から都市ガスを製造していたためとみられる。そこで、東京ガスは土壌汚染状況を調査した。
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東京ガスは1999年に、石原慎太郎都知事に対して、調査結果の説明をした。このときには、ベンゼン検出量は環境基準をわずかに超える0.011mmgだった。―
その後、東京都の土壌対策専門家会議が「一部深さのデータ不足」「地下水の追加調査の必要性」などを指摘。土壌汚染対策法に基づいて調査を実施することとした。1999年に東京ガスが行った調査は、環境庁(現環境省)が出した1994年および1999年の指針に基づく、30メートルメッシュ(900uごとに、検査するポイントを1カ所選ぶ)での調査だった。当時の指針に照らすと問題はないのだが、2003年に施行となった土壌汚染対策法が定める指針に比べると精度が低い。
土壌汚染対策法は、平面に関しては10メートルメッシュの調査を求めている。深さに関しては、0.5メートル、1メートル、そのあと1メートルごとに10メートルまで行うこととしている。
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●今回は10メートルで不透水層まで検査を行った。この結果、地下水から基準を1000倍以上上回る10mmgのベンゼンが検出された。1999年に東京ガスが実施した調査は3メートルまでだった。―
この問題がクローズアップされたのは、ベンゼンが検出された場所が、1999年の調査では「汚染が低い」とされていた場所だったからだ。安全だと思っていた場所が汚染されていたことは重大だ。これを受けて、東京都の土壌対策専門家会議は、より詳細な地下水と土壌調査が必要と結論づけた。今回は、地下水調査を56カ所で、土壌調査を29カ所で、表層土壌ガス調査を182カ所で実施した。今後は、11月に新たな方針を定めさらに10カ月をかけて4000カ所を調査する予定だ。
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○データをもとに解決策を考えよ―
築地市場の移転に関する議論は、資料や会議をしっかりと公開しながら進めている。10月7日付けの産経新聞によると、土壌汚染が深刻であることを報告した専門家会議を、移転反対派も傍聴していたようだ。以下、記事を引用する。
「この日の会議は移転反対派らも傍聴。水産仲卸関係者による『市場を考える会』の山崎治雄代表幹事らは『精密な調査を行うということで、これまでよりも一歩も二歩も前進した』と述べたものの、『(精密な調査をやったからといって)リスクをゼロにすることは不可能。それなのに、調査を実施するのは実際には移転ありきで議論しているということ』と、今後も移転反対を訴える意向を改めて示した』
「(精密な調査をやったからといって)リスクをゼロにすることは不可能」というのは原理主義の考えだ。これでは、何も進めることができなくなってしまう。リスクをゼロにすることはできない。その分、リスクを限りなく最小化するために法令の基準をはるかに上回る対策を実施する予定だ。
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土壌汚染対策法は、50cm以上の盛土、3cm以上のアスファルト、10cm以上のコンクリートによって汚染土壌を封じ込めることを定めている。
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これに対して豊洲の移転予定地は、汚染物質がある区域については、現地盤面から2メートルの深さまで土壌を削除し入れ替え。その上に2.5メートルの盛土。それを厚さ25〜40cmのコンクリート床や30〜40cmのアスファルト舗装で覆う。―
感情論だけの原理主義的反対は、問題を混乱させるだけだ。道路公団民営化のときもそうだったが、こういった話はゼロか100かの議論になりやすい。しかし、そうした議論に陥ることなく、プラス要因とマイナス要因を冷静に判断するべきだ。
築地市場の取扱量は減少し、シャッター通り化しつつある。豊洲移転が遅れれば遅れるほど、ジリ貧化が進むのは間違いない。豊洲に移転をすれば、地の利を生かし物流機能を高めることができるだろう。物流機能が高まれば、取扱高が再浮上する可能性もある。ただし、大店と中小店舗との間でコンセンサスを形成するのは難しい。土壌汚染の問題も存在する。
前述のように4000箇所の調査を10カ月間かけて行う。調査を徹底してやれば、客観的なデータがそろう。このデータを公開し、データをもとに、何が最もよいのかを議論をしなければならない。自ずから結論は出るはずだ。
猪瀬 直樹(いのせ・なおき)
作家。1946年、長野県生まれ。
1987年『ミカドの肖像』で第18回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。『日本国の研究』で1996年度文藝春秋読者賞受賞。以降、特殊法人などの廃止・民営化に取り組み、2002年6月末、小泉首相より道路関係四公団民営化推進委員会委員に任命される。政府税制調査会委員、東京大学客員教授、東京工業大学特任教授、テレビ・ラジオ番組のコメンテーターなど幅広い領域で活躍中。東京都副知事。最新刊に『東京からはじめよう』(ダイヤモンド社)がある。
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