2018年06月21日
司馬史観とは? 司馬遼太郎の「張り扇史観」その2
司馬遼太郎の「張り扇史観」その2
司馬遼太郎の「張り扇史観」その2
司馬遼太郎は、日露戦争を戦った日本を全面的に肯定している。だが、今日的な観点から見れば、日本は戦争を始めるべきでは無かったし、もし戦争が止むを得ないものだったとしたらロシアに負けた方が好かったのだ。その辺の事情に付いて説明してみよう。
日清戦争は、日本と清国が朝鮮半島の支配権を巡って始めた戦争だった。惨敗を喫した清国は、日本に賠償金を支払った上に台湾・遼東半島・澎湖島を譲渡した。これを日本の儲け過ぎだとして、ロシア・ドイツ・フランスの三国による横槍が入って、結局、日本は遼東半島を清国に返還する事に為る。この時、我が国が三国干渉を教訓にして以後大陸への進出を諦め、台湾と澎湖島の経営だけに専念して居たらその後の日本の悲劇は無かった筈なのだ。
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(台湾に対する日本の植民地政策は、最初、強圧策を取って失敗続きだったが、総督に就任した児玉源太郎が後藤新平や新渡戸稲造を登用して融和策を取るに及んで見事な成功を収める様に為った。日本が太平洋戦争に負けて、中国や朝鮮で反日運動侮日運動が盛んに為った時にも、台湾原住民だけが唯一親日的な態度を執り続けて居る)
ロシアは日本に遼東半島を返還させて置いて、その遼東半島を清国から租借し満州全体に勢力を延ばし、更に朝鮮にも進出し始めた。
中国大陸に進出したのはロシアばかりでは無かった。イギリスは揚子江沿岸一帯の支配権を手に入れ、フランスは広東・広西・雲南三省、ドイツは山東省を手中に収めた。三国干渉によって国際的に孤立して居た日本は、列強諸国の中国進出を指を咥えて見て居るしか無かった。
日本がこのまま中国大陸への進出を諦めて欧米によるアジアの切り取り合戦を座視し、ロシアが満州全域と朝鮮半島を支配下に置くのを傍観して居たらどう為ったか。⇒日本国内の商工業は発展し、中国・朝鮮は日本の友好国に為ったのである。
当時の日本には二つの路線が争って居た。一つは薩長政府が推進する強国路線・大国路線であり、もう一つは自由民権派の主張する富国路線・小国路線だった。薩長政府は、日本を大国にする為に軍事予算を増やそうとし、政党勢力は「民力休養」を唱えて軍事費を減らそうとして争って居たのだ。
大国路線と小国路線の何れかを選ぶかと云う事に為れば国民は個人の利己心に繋がる大国路線を選ぶ。政府に反対し続けた政党勢力も、日清戦争が始まるとコロリと態度を変えて軍事費拡張に賛成し、明治28年には総歳出中の軍事費の割合が32%と云う予算案を承認し、明治30年には総歳出中の軍事費の割合55%と云う予算を通してしまう。
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大国路線を選んだ事で、その後の日本は泥沼の様な中国侵略戦争にのめり込み、昭和20年の敗戦を招いたのだから、この路線を推進した明治の元勲達の罪は深いと言わ無ければ為ら無い。山田風太郎が言う様に、明治の日本が昭和の日本を作ったのである。
日本が帝国主義路線では無く小国路線を選んで居たら、我が国は北海道から台湾に至る弧状列島国家に為り、その地理上の優位性を生かして海洋貿易国家として発展したであろう事は疑い無い。それだけでは無い、日本はアジアにおける近代化運動・植民地解放運動のリーダーに為った筈なのだ。
中国も朝鮮も、日本の明治維新を範として自国の近代化を目指すグループを輩出する様に為って居た。そして日本国内にはそうした運動を援助する一群の「大アジア主義者」が現れ、彼等は国境を越えてアジア諸国の志士と手を結ぶんで居たのである。宮崎滔天(みやざきとうてん)は孫文を生涯に渉って援助したし、フィリピンのアギナルドを後援した日本人も居る。
もし日本が台湾を基地にして中国革命を物心両面から援助したら、日本は全ての面で中国と提携する様に為り、第一次世界大戦後の「民族自決主義」の潮流に乗じて両国は植民地化されて居たアジア諸国の独立運動を支援したと思われる。
第二次世界大戦が始まる頃には、日本・中国を中軸とする東アジア諸国は「国際連盟」の場で共同歩調を取る様に為り戦争には中立を守ったろう。そして、これを政治的経済的飛躍のチャンスとして夫々が発展路線に乗ったに違い無い。
だが、現実には明治時代に富国強兵政策に反対し、小国主義を唱道したのは中江兆民や少数の社会主義者に過ぎ無かった。
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次に、日露戦争に敗北した場合を想定してみよう。
実際、日本は紙一重の差で勝ったのだった。多くの研究者が指摘する様にもしロシアがもう半年戦争を続けたら日本は確実に敗北して居たのである。 司馬遼太郎も、書いている。
(司馬) 大山巌は・・・・・「戦略目標は敵の塁壕(るいごう)に非ず、敵の野戦軍にあり」と、訓示して居る。今までの経験では、日本軍が惨烈な戦いをしてやっとロシア軍の「塁壕」を奪った時は、ロシア軍はサッサと逃げてより北方の塁壕で待って居ると云うものであった。
確かに日本軍は勝って来た。しかしその勝ちは戦略的観点からの「勝ち」と云う必要かつ十分な条件を具備して居らず、この様ないわば追っ掛けっこを繰りかえして居る限り、国力の微弱な日本側としてはやがては軍事的体力を消耗し、最終的には大負けに負けてしまうと云う恐れが濃厚にあった。
大山巌訓示のこの項はその事を痛烈に指摘し、
(司馬) 「敵の野戦軍そのものを遣らねば為ら無い」と云う意味の事を言う。序ながらこの場合も、撃滅(げきめつ)殲滅(せんめつ)と云う過大表現は使って居ない。しかしながら内実はクロバトキンの軍隊を粉々に砕いてしまう以外に日露戦争の勝利は在り得無いと言って居るのである。
が、この目的は結果としては遂に達成出来無かった。ロシア軍は一大損害を受けたとは言え十分に戦力を残した主力が、鉄嶺へ逃げ更にその北方へ逃げると云う過去の繰り返しをこの時も繰り返した。
更に彼は次の様な事まで言っている。
(司馬) 例えばクロバトキンが考えて居た大戦略は、遼陽での最初の大会戦で勝つ事では無かった。遼陽でも退く奉天でも退く。ロシア軍の伝統的戦術である退却戦術であり、最後にハルビンで大攻勢に転じ一挙に勝つと云うもので、それは要するに遼陽、沙河、奉天で時を稼ぐ内に続々とシベリア鉄道で送られて来る兵力を北満に充満させ、その大兵力を以て日本軍を撃つと云う事であった。
もしこの大戦略が実施されて居れば、当時奉天の時点では最早兵力が著しく衰弱して居た日本の満州軍は、ハルビン大会戦において恐らく全滅に近い敗北をしたのでは無いかと思われる。
司馬遼太郎は、日本の勝利が紙一重の勝利だった事を認めた上で、もし日本が負けたらどう為って居たかを次の様に予想する。
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(司馬) 当然、日本国は降伏する。この当時日本政府は日本の歴史の中で最も外交能力に富んだ政府であった為に、恐らく列強の均衡力学を利用して必ずしも全土がロシア領に為ら無いにしても、最小限に考えて対馬島と艦隊基地の佐世保はロシアの租借地に為り、そして北海道全土と千島列島はロシア領に為るであろうと云う事は、この当時の国際政治の慣例から見ても極めて高い確率を持って居た。
司馬のこの予想は余りにも悲観的である。日本の勝利が紙一重の勝利だった様に、ロシアが勝つとしてもそれは紙一重の勝利だから、ロシアが日本に過大な要求を突き着けられる筈は無い。第一、戦争は第三国の領土内で為されてロシア軍は日本の国土に一歩も踏み込んで居ないのである。そして戦争を幾ら継続した処で、制海権を日本に奪われて居るロシア軍は日本に上陸する可能性は全く無かった。
日露戦争の勝者と為った日本は、講和条約で賠償金を要求したがロシアから拒否され樺太の半分を割譲させただけだった。ロシアが勝利した場合も、ロシアは千島列島と日本周辺の島の幾つかを獲得する程度の事で満足し無ければ為ら無かったろう。
国土の幾分かをロシアに割譲したとしても、敗戦後の日本が内政面で得る処はそれらを償って余りある程大きかったに違い無い。
敗北によって薩摩・長州による藩閥政治は完全にトドメを刺され政党政治の時代に入るからだ。政党政治が、戦前の「民力休養」政策を直ぐ採用する事は出来無いかも知れ無い。ロシアへの復讐を叫ぶ右派の勢力が存在するからである。
だが、日露戦争に反対した社会主義者や西欧のデモクラシーの洗礼を受けたインテリ層の勢力が徐々に増加して行く。国家予算に占める軍事費の割合は縮小を続け、その分がインフラの整備と国民生活の向上に振り向けられる。国民の生活水準が上がれば国内市場も拡がり、海外市場の獲得を目指して対外冒険主義に走る必要は無く為る。
侵略戦争を辞めた日本は、中国・朝鮮の自立を援助してその友好国と為り、これ等の国への資本輸出によって相手国の産業育成に貢献した筈だ。中国、朝鮮が豊かに為れば日本産業の市場も自ずと増えるのである。
詰り、日露戦争の敗北は、太平洋戦争敗北後の日本の路線変更を先取りする形に為り、一足早く戦後民主主義を実現する事に為った筈なのだ。司馬遼太郎はこうした展望を欠いたまま、日露戦争を始めた日本を是認する。
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(司馬) 日本は、その歴史的段階として朝鮮を固執し無ければ為ら無い。もし、これを捨てれば朝鮮処か日本そのものもロシアに併呑されてしまう恐れがある。
日露戦争前夜に戦争熱を煽る一部マスコミがロシアによる日本占領の危機を訴えたのは事実である。だが、その頃、日本は先進国から最新鋭の軍艦を買い集めて老朽化したロシア艦隊が太刀打ち出来無い程の海軍を作り上げて居たのだ。
だから、政府部内にもロシア軍が日本に上陸する等と云う事態を想定する人間は殆ど居なかったのだ。戦争責任に付いての司馬遼太郎の見解にも行き過ぎがある。
(司馬) 戦争責任者はロシアが八分日本が二分。ロシアの八分の内殆どはニコライ二世が負う
日本とロシアは共に朝鮮を植民地化しようと狙って居た。その朝鮮半島に対するロシアの圧力が増して来たから日本は自国の防衛の為では無く朝鮮を確実に自己の勢力下に置く為に開戦に踏み切ったのだ。しかも日本は真珠湾攻撃の時と同様にロシア艦隊に奇襲攻撃を掛けて居る。戦争責任は彼我五分五分と言って好い。
司馬遼太郎は通俗の日露戦争観をなぞる様にして「坂の上の雲」を書いた。彼は、ロシアが悪いから戦争は始まり、圧倒的に優勢なロシアが敗れたのは現地日本軍将兵が優秀だったからだと云う世上の通説に縛られてしまって居る。
これでは、仮に彼が秋山兄弟の目を通して日露戦争の暗部を描くと云う目論見を抱いて居たとしても、中途で挫折してしまうのは当然と言える。
その3につづく
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何時でも走れるように手入れを忘れずに!
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