2019年06月25日
新シリーズ 部落問題を精査する その6 戦後部落解放運動の歩み
新シリーズ 部落問題を精査する
その6 戦後部落解放運動の歩み
敗戦後、米欧型民主主義が導入され、戦後憲法の策定・明治期に作られた華族制度の廃止が為され、部落差別は法的に解消された。新憲法には、戦争放棄の宣言と共に「全て国民は、法の下に平等であって、 人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において差別され無い」(第14条)と唄われて居た。
又第11条では基本的人権、第25条では最低生活権を有する事も明文化されて居た。 しかし、これを実効的にさせる為の諸施策に付き行政当局が自ら進んで為す事は無かった。これを促すのが戦後の部落解放運動の主潮と為る。1946(昭和21).2.1日、旧水平社を中心に部落解放全国委員会が結成される。
部落差別の起源について
一般に職業起源説から把握されて居るが、「歴史的事実にも合わ無い誤った俗説」として否定する見解もある。意図的に社会政策的に作り出されたとする「政治起源説」もあるが、具体的にどう云う判断に基づいて居たのかと為るとハッキリしない。「身分は社会発展の一定の段階で生み出され、これを封建権力が制度化した」と言い換えても同じである。
部落差別の定義
以上を受けて以下「部落差別の定義」をして置こうと思う。次の様に云えるのでは無かろうか。
「人種や民族の違い、出身や職業の違い、性の違い等の違いを理由に、基本的人権である権利を奪い、政治、経済、文化等の生活全般に渉って、社会的に不利益な扱いをする事が差別であり、取り分け、被差別部落(同和地区)の出身である事を理由に行なわれる差別が部落差別と云う」
「部落民とは、近世の封建的身分制の士農工商秩序の下で、これ等の身分とは分離させられ最下位に置かれた賎民で、その主要な部分を占めて居たエタ身分に属して居た階層を云う。この階層は集団的に閉じ込められた事により特殊部落を形成する事に為った。
衣・職・住等生活のあらゆる面で厳しい規制を受け排外された。更に、その下位に特殊部落とは又異なる非人層も存在した。明治維新後、士農工商秩序は解体されたがこの特殊部落は残存され、引き続き経済的・社会的・文化的に低位な生活を余儀無くされた」
「戦後の新憲法の発布と共に法的には解体されたが、社会生活上根強く残存され部落解放運動が要請される所以と為った。1965年に出された内閣同和対策審議会答申では『同和問題とは、人類普遍の原理である人間の自由と平等に関する問題であり、日本国憲法によって保障された基本的人権に関わる課題である』」事を明らかにして居る 」
「ケガレ意識」に纏(まつ)わる部落差別
封建時代の斃牛馬処理との関連から生み出されたものであるが「差別観念を生み支える感性的諸条件」に「貴賎意識・ケガレ・ヨゴレ意識」がある。(部落に対する蝕穢しょくえ思想)
この差別感は現在急速に薄れて来ている。戦後社会の民主化と経済発展、技術革新により、環境が衛生化した事により、物質的基礎が改善された事による。
同族意識
本家・分家等の家系譜を同じくする同族団の間に於ける祖先伝来の家産の共同所有や管理、生活や農業の相互扶助、祖先の共同祭祀等に基づく集団結合の意識と、その内部における本家・分家間の上下関係の意識のことです。
歴史的には前近代的な性格を持つ社会結合の原理です。明治維新後も、農村を中心に同族的な結合や意識が根強く残されて居ましたが、第二次世界大戦後は、家父長制的家族制度の解体とも相まって急速に弱まりました。しかし、長い差別の歴史の中で居住の自由を実質的に制限され「部落外」との通婚を妨げられて来た部落に於いては、都市・農村を問わず今日に於いても尚一部に、同族的な結合や意識が相対的に強く残存しており、部落民を地区に縛り付け、地区内の民主化を妨げる要因と為って居るだけで無く、部落排外主義的な考え方を生み出し易い温床とも為って居ます。
その6 おわり 次は同和運動について・・・
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