2019年03月27日
スタンフォードで未来を考える No.5 (最終回)
スタンフォードで未来を考える No.5
デジタルは、広告に起こった最も素晴らしい出来事
皆さんこんにちは。今回は最終回なので、総括としてこれまでのスタンフォードでの学びを通じて「広告」について考えてみたいと思います。
広告は、インターネットに必要不可欠な存在
シリコンバレー及びスタンフォードの人達は広告と云うものをどう捉えているのか。テックやメディア、広告に関わる業界人達と接する中で、彼等の共通見解は上記の言葉に凝縮されていると感じます。
「実質的な、コンテンツ及びフリーミアムサービスの対価である」
「ウェブを生かし続ける為の酸素の様なもの」
人によって表現は様々です。事実GoogleとFacebookと云う世界を代表する2社の収益の大半は広告事業によるもの。この2社に限らず世界中のインターネット企業が広告収入の恩恵を受けています。
改めて考えると、広告とは実に影響力があるビジネスなのです「広告と云うマネタイズシステムをどの様に進化させるか?」と云う課題には大きな価値があり、世界は新しい仕組みの登場を待っています。その進化の可能性を研究し、実験を続けることは広告会社の使命と言えるのではないでしょうか。
デジタルは、広告が進化する最高のキッカケを呉れた
スタンフォードには広告をテーマに教える「Advertising and monetization」と云う講義があります。
そこにゲストスピーカーとして登壇したのが、アメリカの広告業界で活躍し、電通イージス・ネットワークのCaratグループを経て、現在はサンフランシスコを中心に、自らの会社でCEOやCMOらトップマネジメント向けコミュニケーションコンサルを提供するジョン・デュラム氏。
4マス隆盛期を中心に活躍し、業界の酸いも甘いも知り尽くした大ベテランから出た言葉で特に印象的だったのが、下記の内容です。
「デジタルは、広告に起こった最も素晴らしい出来事だと思います。我々はデジタルのお蔭で、要約、消費者一人一人を理解し、カスタマイズされた情報を届け、しかもその効果を測ることが可能と為った。これは、我々の業界が育んで来たクリエーティビティーを生かす上で本来理想的な環境であり、こんなに喜ばしいことは無い」
広告主の先に居るのは、一人一人の消費者。消費者に喜んで貰う事こそが、広告主の事業目的であると考えると、デジタル化の先に「人を幸せにするコミュニケーション」と云う未来の広告の姿が浮かんで来ます。
そして、効果が測れると云う事は、仮に失敗があってもそこから学び改善が出来ると云う事。前回までのコラムでも見て来た様に、挑戦〜失敗〜学習のサイクルは、イノベーションへと繋がる道です。広告は、イノベーションに至る為のツールを手にしたのです。
しかしその一方で、デジタルがもたらす負の側面もあります。Fraud=詐欺・Privacy=個人情報漏えい・Viewability=視認性を伴わない広告掲出・・・こう云った新たな問題も抱える様に為りました。
「信頼が損なわれると、市場は縮小する」
経済学が唱える様に、デジタル化された新しい市場の更なる成長の為には信頼の担保が必要です。信頼とは即ちブランド。それを築いて行く事がより一層重要に為って来るでしょう。
良いコミュニケーションの本質は、人への理解
先日、広告業界出身で現在はスタンフォードでマーケティングを教えているスージー・ファン教授と話していた時のこと。
「あらゆるビジネスの本質は、人の欲求を理解することにある。そして人に対する、共感を伴う深い洞察こそが、広告会社の価値なのではないだろうか」
と云う会話がありました。これは、第3回のコラムでお伝えしたアントレプレナーシップの、成功するビジネスの再現性を高める重要ポイントのひとつでもあります。スタンフォード発の、世界で熱い視線を浴びるデザイン・シンキングと云うビジネスアイデア発想手法は、将に「人に対する、共感を伴う深い洞察」を中核としているからこそ、未来の起業家達に教えられているのです。
ビジネススクールでは、学生を大ザッパに2種類に分ける時に好く「Quants(クォンツ)&Poets(ポエッツ)」と云う言葉を使います。
前者は、定量的・論理的・サイエンス。後者は、定性的・直観的・アート。言わば理系と文系と云うニュアンスに近いかも知れません。経営領域は戦略的思考をベースとし、最後は数字で語らなければ為らないので、Quantsが重視される傾向にあります。実際、ビジネススクールの学生の出身業界を見るとファイナンスやコンサル出身者の比重が高い。対してマーケティングや広告の出身者は未だ少数派と言えるでしょう。
これはビジネススクールにおいてデザイン・シンキングの様なマーケティング領域に近い方法論が注目を集めていることと無縁では無いと感じます。我々が業界の中にいると当たり前に思う様なことも、一歩外の世界に出ると大きな価値を持つのです。
スタートアップ企業を初め、マーケティングや広告に比較的馴染みが無かった領域にこそ、成長チャンスが無限にあるのかも知れません。
私が所属するMSXプログラム104人のクラスメートの中で、広告バックグラウンドは私1人のみ。世界の舞台では日本人の広告業出身者は希少で、異業種から為るチームで大きな相乗効果が生まれうるかも知れません。(著者、広告についてプレゼン中)
成熟したものが、変わる為に必要なものとは
ビジネススクールではケーススタディーを重用します。ビジネスケースとは、言わばその会社の人生。この1年間、多様な会社の人生を見せて貰いましたが、個々様々な違いがある一方、共通することもあります。それはあらゆる会社が「生まれ=Startup」「育ち=Scale」「成熟し=Mature」・・・「何れは老いる」と云う事です。
例えば、1901年に創業した電通も117年前はStartupでした。通信事業から広告事業へとビジネスモデルの転換を経て、マスメディアの黎明期にリスクを取って挑戦し、国内そして海外へと拡大し今があります。
新しいモノを生み出すアントレプレナーシップが注目を集め持て囃されることは自然です。しかし、成熟し大きく為った組織はどう為って行くのでしょう。老兵は去るのみなのでしょうか、それとも、再び新しい成長のサイクルへと、自らを生まれ変わらせることが出来るのでしょうか。
ジェニファー・アーカー教授
電通と親交の深い、マーケティング・ブランド論の大家であるデービッド・アーカー氏。彼の娘であるジェニファー・アーカー教授はスタンフォードビジネススクールでマーケティングを教えています。
彼女が行っているマーケティング及び経営分野における新しい試みのひとつが、個人及び組織の働く目的を問い直す「Rethinking Purpose」と云う人気講義です。講義のゲストスピーカーとして登壇したデービッド・アーカー氏が、組織が己と向き合い「自分に取って何が最も大切なのか?」と云う目的を見直すことの重要性を語っていました。
「何故私は働くのか? そこが明確な人は強い。そして、社員達が心から共感出来る目的を持つ組織は強い。組織の目的を、社会に対する付加価値と云う高い次元で捉え、社員が共感出来るものにすること。全ての活動をその目的達成に対して一貫させること。そしてその様な組織の生き様を、唯一無二のストーリーとして、働く社員及び社会に対して語って行く事」
これ迄目的として居た事を見直す。必要為らば新しい目的を創り出す。これは組織が変革する為に必要なことなのです。しかしその為には、顧客・消費者・社員・投資家及び関わる全ての人々と真摯にコミュニケートすることが欠かせません。
人と人が対等に「生き方」のレベルで深く向き合う。その様な根本的な姿勢こそが、組織のイノベーションには欠かせ無いのだと強く感じました。
おしまい
【管理人のひとこと】
引用させて頂き誠にありがとうございました。矢張り直接学ばれた生の声には、現実感に根差した大きさと重みがあります。引き続きのご活躍をお祈りします。サテ、かなり以前の田原総一郎氏のTV番組「あさ生」で、日本企業のイノベーション不足に関して
〈日本には失敗を毛嫌いする土壌がある〉
〈失敗を恐れる様では新たなイノベーションは生まれようが無い〉
〈世界から起業を目指す人材がシリコンバレーに集まり、失敗を何度も繰り返して新たなものに挑戦しているが、日本ではどうなのだろう?〉
と、司会の田原氏は嘆かれていました。確か、討論会に出席されていた日立の研究者もそのことを懸念されていました。彼は大企業の人間としての立場で〈日本でも不可能では無い〉と〈失敗に対する企業としての態度〉を論じて居た様な記憶があります。一・二度の失敗で人生を決められたら、挑戦も何もあったものではありません。
〈企業はセッセと内部留保に血道を挙げ未来に投資しない。だから日本の成長は依然世界から取り残されるのだ。何度もの失敗を許容してこそ新たなものを生み出せるのだから・・・〉
田原氏はナカナカ真実のポイントを指摘しています。確かに、松下幸之助氏や本田宗一郎氏に共通するのは、失敗を繰り返して何度も挑戦を続けた末のものだったのです。この様な創業者が現在の日本の企業を作り上げ、歴代のサラリーマン経営者が〈失敗せず何とか続けよう〉との〈事なかれ主義〉で財産を食い潰して行ったのが現在の状況です。
失敗を恐れず挑戦を繰り返す・・・時間とカネの懸る容易な問題では無いのですが、これをしなければ全ては目先の手直しで終わり、未来への展望には程遠いものに為ってしまう。個人の挑戦では無く、企業・団体・国としての何らかの方策は無いものかと考える次第です・・・日本全体として、心とカネに余裕が無いのでしょうか?
スポンサーの皆さまです・・・
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