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2019年03月27日

スタンフォードで未来を考える  No.4



 スタンフォードで未来を考える  No.4



 世界の企業から学ぶ「イノベーションの成功ポイント」


 皆さんこんにちは。前回は、スタートアップ企業のイノベーションを支える、シリコンバレーの生態系と「失敗を奨励する文化」についてご紹介しました。
 今回は、経営戦略の大家であるロバート・バーグルマン教授が行うスタンフォードビジネススクールの名物授業「Strategic Management of Technology and Innovation」を通じて、私が実際に学んだ大企業のイノベーション事例をご紹介します。

 
     3-27-10.jpg ロバート・バーグルマン教授


 授業の様子は、ロバート・バーグルマン教授と、スタンフォード学生から絶大な人気を誇るロブ・シーゲル講師のタッグによって進行します。デジタル決済の草分けであるペイパル社のCOO、ビル・レディ氏等豪華なゲストスピーカー陣から学べるのが魅力です。





 事例1:Alphabetを支えるイノベーション工房、X(エックス)の挑戦


 3-27-11.png AlphabetのXラボがエネルギー蓄積技術を開発


 数ある事例の中で最も印象に残っているのが、Googleの持ち株会社であるAlphabetの傘下でイノベーション工房として活躍するX(エックス)と呼ばれる独自組織の事例です。
 Alphabetは、日本最大であるトヨタ自動車(約25兆円)の3倍以上と云う圧倒的な時価総額を誇るビッグカンパニーで、2018年5月9日時点での時価総額7520億ドル(約83兆円)その成長の一端をXが支えています。


    3-27-12.jpg 自動運転車専門の新会社Waymo


 Googleの共同創業者であるラリー・ペイジ氏の肝いりで発足したXは「ムーンショット」(※)と呼ばれる革新的なニュービジネスの種を生み出すことを使命としています。例えば自動運転の分野は、Xによって深耕された後Waymoと云う事業会社にスピンアウトされた実績があります。


  3-27-13.png グーグルの生みの親 ラリー・ペイジ氏


 ※ムーンショット・・・“50年以上前、アメリカ大統領のジョン・F・ケネディは次のように述べて、世界の夢を膨らませた。
 「我が国は目標の達成に全力を傾ける。1960年代が終わる前に、月面に人類を着陸させ、無事に地球に帰還させるという目標である」
 こうして、ムーンショット(月ロケットの打ち上げ)と云う言葉は「困難な、或いは莫大な費用の掛かる取り組みで、実現すれば大きなインパクトが期待出来るもの」を意味する用語と為った。”

 出典:ダイアモンド・ハーバード・ビジネス・レビュー「ムーンショットー未来から逆算した斬新な目標」から抜粋


 Xが機能する上で重要と思われるのが「組織の独立性」「スピード重視のプロセス」「失敗を奨励する文化」の3点です。

 言わずもがなですが、大企業が存続出来るのは既存事業の収益があるからです。これが揺らぐことは最も避けるべき事態であり、競争力を維持する為に常に注力が必要です。しかし経営陣が同時に考えなくては為ら無いのが、新しい事業価値を作ること・・・詰まりイノベーションに為ります。
 しかしイノベーションへの取り組みの悩ましい処は、直ぐに収益を生み出すとは限ら無いことです。人件費を含め様々なコストが掛かる中で、例えばそれを横目で見つつ既存事業に従事する社員からすれば「誰のお陰で食べて行けると思っているんだ」と言いたくも為るでしょう。この様な摩擦はイノベーションを担う組織に独立性が求められる理由のひとつと考えられます。

 イノベーションを生むと云う使命を全うする為に、周囲から適度な距離を保てる環境作りや、スタートアップ企業並みに素早い意思決定、シリコンバレー的な組織風土を備えて行ける様にすることが必要です。
 Xは元々Google内のR&D部門の様な位置付けで設立されましたが、持ち株会社Alphabetが出来たことで、Googleから離れ完全に独立した会社に為りました。AlphabetのCEOラリー・ペイジ氏直轄で、他の事業会社に遠慮すること無くチャレンジが出来る様に為ったのです。
 またXがイノベーションを生み出すプロセスでは、スピードが重視されています。筋の良いアイデアには、数十万円の予算と数週間の猶予が与えられ、即プロトタイプを作り、実現性をテストします。

 社内にエンジニアやプログラマーが居るが故のスピード感だと思いますが、プロトタイプを作るのに半年や1年も掛け無いのです。この初期段階のテストで大半のアイデアが落選し、通過したものは更なる予算と時間を与えられ、プロジェクトとして詰めて行くことに為ります。
 最終的に事業化するまで四つのステップを経るそうですが、何と云っても特徴的なのは、上述した様に「発案から間も無い段階で、予算を着け高速でプロトタイプを作りテストをする」スピードだと思います。

 そして、Xの文化には、前回もご紹介した「フェイル・ファースト」が根付いています。スピード重視のプロセスは将にそれを体現したものだと言えそうです。Xでは「失敗の奨励」を非常に重視しており、アイデアが採用されず落選と為った際、それに関わったチームは「良くぞ早く失敗した!」と、挑戦を称えて上司・同僚から拍手で迎えられる上に、何とボーナスが出るそうです。
 そこまで遣るのか・・・と感じてしまいますが「新しいモノを生み出し続ける為には、失敗の奨励(そしてそこから学ぶこと)が不可欠である」と云うことを確信しているが故の制度だと思われます。

 独立した環境で、スピーディーに挑戦・失敗・学習のサイクルを回し続け、多くの失敗の中から一握りの成功が生まれる。Google・Alphabetがこれ迄の成功に安住すること無く、将来にわたりラディカル・イノベーション(従来の技術と連続性を持た無い様な、より革新的なイノベーション)を生み出し続ける為の仕組みのひとつがXなのです。

 電通OBで、現在はGoogle本社に務める野津一樹さんとお話する中で、Googleの魅力は「閉塞感と無縁な、何処までも外部にオープンなスタンス」「上下や年次など、縦の階層を感じさせ無いフラットで平等な組織」なのだと思いました。
 Alphabet全体で社員が約9万人という大企業にスケールした今も、スタートアップであった時の良さを変わらずに保ち続けようとする強い意志を感じます。

 



 事例2:ドイツの伝統的メディアグループのアクセル・シュプリンガーの再生イノベーション

 
   3-27-14.jpg アクセル・シュプリンガー


 もうひとつご紹介したいのが、1946年に創業されたドイツ発のメディアグループ、アクセル・シュプリンガーの事例です。
 ドイツ国内の有力紙を一手に保有し、そこから国外へと勢力を拡大しヨーロッパでは知らぬものがいない有力メディアと為りました。処が、同社が保有していたメディアは新聞・雑誌の紙媒体が中心で、それ故に90年代の終わり以降、インターネットの普及とコンテンツのデジタル化に伴い苦しい経営状況に置かれました。


    3-27-15.jpg マティアス・ドフナー氏


 しかし同社は、2002年に39歳の異例の若さで社長に就任したマティアス・ドフナー氏の強力なリーダーシップによって、見事にデジタル化とグローバル化に対応し、現在も更なる成長を遂げようとしています。70年もの歴史を持つ伝統的大企業のイノベーション成功事例。貴重な例として、スタンフォードビジネススクールでもケーススタディーとして研究されているのです。

 同社のイノベーションは、先述したラディカル・イノベーションに対し、インクリメンタル・イノベーション(既存のものに積み重ねて改善する)と呼ばれるものに該当します。
 メディア事業のデジタル化を進める上で、会社のミッションから根本的に見詰め直し、戦略・組織・文化を再構築すると言った取り組みを行いました。電通を初め、既存事業の存在感が強い大企業にとって参考になる事例です。

 同社のイノベーションが成功に至った最も大きなポイントは「我々は何者か?何故社会にとって必要な存在と言えるのか?」と云う根本的な存在意義の問いに向かい合い、企業のミッションを再定義したこと。

 同社は、自らの核と為る使命を「我々の本分はジャーナリズムである」と明らかにしました。 その上で、同社がこれまで競争優位としていたメディア「網」では無く、コンテンツそのものを「強化すべきケーパビリティー」と定め、コンテンツのクオリティーアップに注力。
 Facebook等のテクノロジープラットフォームとの関係を再構築し、コンテンツをどうマネタイズするか?と云う課題に向き合っています。 更に、シリコンバレーに社員を送り込みスタートアップ企業から直に学ぶVisiting Fellow Programを作るなど、様々な「自前主義では無く、外部との関わりを通じた学びの仕組み」を推進しています。

 己の存在意義と、主要なケーパビリティーが何であるかを見詰め直す。その上で、自社の殻に閉じこまらず、外に向かって手を伸ばす。アクセル・シュプリンガーは、外部との密なパートナーシップを通じて日々学ぶことで、イノベーションを起こせる企業へと進化し続けています。


 第5回となる次回は、スタンフォードでの学びを総括しながら、広告についても考えてみたいと思います。授業には同社CEOとして現在も活躍されているドフナー氏がドイツからスカイプで参加して呉れました

 以上


 NO5につづく


    3-27-16.jpg スタンフォード観光



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