2019年03月09日
世界で通用しない「日本人の6つの常識」
13歳で渡英して気づいた 世界で通用しない「日本人の6つの常識」
牧浦土雅氏
牧浦土雅氏 2015/03/17 から引用しています
打たれて強くなれ!
その1 出る杭が打たれるのは、日本だけ!
世界では通用しない日本人の常識・・・それを語る際に先ずこれは言って置きたい。好く「諸外国に比べて、日本は出る杭は打たれる風潮が・・・」何て云う話があるけれどそれは大きな間違いだ。出る杭が打たれるのは万国共通。
何か新しいことを成そうと思ったら、何処の国でもバッシングされるし反対勢力も現れる。違いは、そこで引くか引か無いか。出る杭が強ければ打たれてもヘコタレ無い!詰まり、グローバルなマインドセットの中では「日本社会は・・・」は言い訳に為ら無い。その前提を持って、以下が僕が海外で感じた「世界では通用しない日本人の常識」だ。
仲間と友達の違いは?
その2 先ずは仲間を集める
ビジネスでも勉強でも、日本人は仲間探しから始める人が多い様だ。確かに、同じ目標を持った仲間は心強いし、一人で出来ることは限界がある。でも仲間と云うのは、自分が遣りたい事があってアクションを起こしている内に自然に集まって来るものだ。
ビジネスの世界でも〈フォロワーは一人目までが重要で、後は勝手に集まって来るもの〉と云う説があるが、将(まさ)にその通り! 最初は、精々一人の仲間が居れば好いと思う。
丁寧なお化粧は彼へのおもいやり
その3 「丁寧」は美徳だ
兎に角何事にも丁寧に、下調べしてキッチリと勉強をし、それから目標に向かう・・・これは日本人の好い処でもあるんだけれど、マイナスに為っている場合も多いんじゃないかな?
僕は東日本大震災の義援金を集めて寄付しようと云うプロジェクトを立ち上げた。その時行政に話をし、赤十字を通して現場で働く地域の方を紹介して貰い、そこから被災者の元へ寄付金が届くと云う流れだった。結局、肝心の寄付をした先の被災者の人達と顔を合わせることは最後まで無かった。
一方、インドで貧困サイクルを抜け出す為のサービス提供を行うNGOを立ち上げた時は、直ぐにスラム街の担当者と話すことが出来て、貧困に喘ぐ人々と直接話すことが出来た。
手続きの重要性は理解しているし、システムの成熟度も違う二国を単純に比べることは出来ない。でも、多くの日本人が丁寧に事を運び過ぎているんじゃないか、と云うのは僕の率直な意見だ。
勇さんって優しい人なのね?
その4 何事も筋は通す
僕は会いたい人がいれば、それが誰であろうとFacebookでコンタクトを取る。今の時代、アクションを起こす際にSNSを使うのは当たり前だと思う。コレ、海外の友人の多くは賛同して呉れるし、彼等もそうするだろう。
でも、日本でこう云った話をすると「少なくともビジネスの話なら、担当者を通し、メールで事業内容を送った方が好い」と為る。確かにフォーマルな意味ではそう云った〈筋を通す〉ことが大事なんだろうけれど、時には正攻法よりも我武者羅な行動の方が威力を発揮することだってある。何でもカンでも筋さえ通していればOK! 何て時代じゃ無いと思うんだけど・・・
宴会の幹事は大変な心配りが必要
その5 年齢と肩書きで人を判断する
この前、サンフランシスコで面白い男に出会った。道端で話をしている内に意気投合して、Facebookを交換して「何時か一緒にビジネスをしようぜ!」と別れた。多分、彼の年齢は30代だったと思う。詰まり僕より10歳以上年上だ。でも、30分程度の会話の間、彼は一度も僕の年齢を聞か無かった。何を遣って生計を立てているのかも聞かなかった。
相手が日本人だったらどうだろう? 先ず年齢と職業を聞かれる筈だ。所謂名刺文化。僕は学歴や経験や実績なんかよりも「今、何をしようとしているのか」が人を見る上で大事だと思う。
美しい発音は女性を賢く美人へと
その6 英語は発音が大事
日本から海外留学する中高生の4割位が志し半ばで帰国すると聞いたことがある。僕自身、そう云う人達を少なからず知っているが、自分の知る限り彼等には〈ジョークを真に受けてしまう〉と云う共通点がある様だ。
留学先で外見や言葉(英語の発音)を周囲にバカにされて落ち込んでしまう人は多い。勿論、中には深刻な苛めもあるだろうけど、大抵は笑って流せば好い。カラカワレタ時に笑って流せる大らかさ・・・これを持っている日本人って意外と少ないかも知れない。
ハッキリ言って、日本人であることは大きなアドバンテージだ!ここでは〈日本人の弱さ〉を挙げたけれど、実は日本人である事は海外では大きなメリットなのだ。日本と云う国は何処の国でも知名度が高いし、マイナスなイメージを持っている人は殆ど存在しない。個人的にはそんな人に会ったことが無い! しかも、ビザ無しで行ける国がとても多い。この状況は大きなアドバンテージだと思う。
以上
【管理人のひとこと】
こう云う気取らないエッセー風の文章を私は大好きです。特に、自分(管理人)の経験しない未知の世界やそこのお話を、少しも飾らず淡々と語る姿に憧れますよね?
先ずは、未知の世界に飛び込んで生活しようとする勇気と、何とかしてしまう実行力を兼ね備えるのは、並大抵以上の努力と忍耐を続けて来たからなのに、それを表に出さずサラーッと流してしまう大人の魅力でもありましょう。
何かの〈ハウツー本〉の様に受け取られるのは心外なのですが、この様な体験談は〈心の糧(かて)〉として、生きて行く上の何らかの知恵と為って助けて呉れることでしょう。
一度海外に出たら〈日本ではこうなのに、どうして?〉等と云う愚問は一切捨てるべきなのです。何の為に日本から出て来たっ?てことでしよう。自分の未経験の常識を知ることがそもそもの目的だったのですから。
それと、何かを成し遂げようと決心したら、先ずは一人を説得出来無ければ、その他大勢を説得するのは益々不可能だと云うことですね。友人でも未知の人でも、足った一人を説得するのに全力を傾ける、その熱意と努力・根性・シツコサ・・・全てが足った一人に注(そそ)がれるのです。
注がれた人はクソ迷惑でしょうね・・・「好い加減にして呉れ!」と逃げるかも知れませんが、そこは努力と根性の人ですから捉(とら)えた獲物は手放しません。もう、その不幸から逃れるので精一杯「好きにして呉れ!」と叫び「判った!」と白旗を揚げるでしょうね。
人が何かを為す時、成功者の偉人伝を読み漁り、主人公と同じ様に事を進めたとしましょう。果たしてその結果は? 回答は「判りません」です。果たしてこの人は、成功者の何を何処を同じ様に進めたのかが不明ですから結果も判断出来無いのです。
これは、その人が成功者の偉人伝の何処を参考にしたのかがポイントと為るのです。成功者の置かれた時代背景であったり、精神的なものだったり、交友関係だったり、師匠・先輩との付き合いだったり、誰に何を学んだ・・・と色々なものが影響するのですから。
確かに肩書や年齢を知るのと知ら無いのでは、相手に対する態度が自ずと違うのは頷けます。自分よりずいぶん年下のガキだと思う人が、実は同年齢の大きな会社の部長だったり重役だったり。重役か会長の貫禄の人が庶務の小父さんだったりした経験は数知れません。
その無駄を無くす為、初対面では名刺交換から始まりスムーズな会話が進められます。ですが、スピードを要するこれからは、無垢な人間対人間の対話から始めるのを良しとしましょう。今までの地位や権限から始めるのでは無く、〈これから何かを始めよう〉と云う未来・将来の話なのですから。
テレビ番組で〈あなたの知らない常識 これであなたは失敗しない!〉的なものがあります。お葬式・結婚式・神社仏閣への参拝・正式なデナー等の常識やマナーを、過去の謂(いわ)れから説明しその意味を説き説明するのです。この様な番組を私は絶対見ないし一つも参考にしません。
何故なら、それは過去の忌まわしい〈常識〉であり、偶々(たまたま)それはその地方の風習であったり、為政者や有力者の趣味・趣向から来る〈権力者への忖度(そんたく)〉等の集合された〈常識〉なのですから。そんなものは一切無視しても何の後悔も持ちません。例えば「お殿様もうちの様なコ百姓も同じ権利を持つ!」と子供に言われ「何こく、このバカが頭冷やしてコイ!」と親から怒鳴られた様に、民主主義思想も過去には〈忌み嫌われた思想〉なのでした。
マナーって面倒!
この様に〈過去の常識〉を次々と打ち壊して行くことで〈新たな常識〉を打ち立てて行くのが〈文明開化であり進歩〉なのですから、マナーもそれ為りに変化・省略・進歩されるべきなのです。何時まで経ってもこの様な〈過去の常識〉に縛られては為ら無いのです。
マナーとは、相手や周りに迷惑を掛けずにスマートに・・・これが普遍な礼儀正しさを基本とする〈心配り(こころくばり)〉なのです。これを弁(わきま)えていれば、どの様な場面でも先ずは失敗はありません。
もし急に身内のお葬式に顔を出す事態が出来た場合、今まで一切この様な経験が無くとも、故人への慈(いつく)しみや愛情と心からの哀悼(あいとう)の気持ちで周りに接したら、例え間違った行いを仕出かしても貴方の行為を非難する人は居ないでしょう。
「常識も知ら無い、親の顔が見たいわ・・・」と意地悪な小母さんから陰口を叩かれても貴方の責任ではありません。それは〈そんな常識は価値が無い〉と決めたご両親の教育方針であり価値観の違いなのです。堂々とお線香をあげて周りに頭を下げてから帰れば好いだけです。
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