2018年09月25日
一緒に学ぼう世界史のポイント 98 《アヘン戦争(前編)》
世界史講義録より
一緒に学ぼう世界史のポイント 98 《アヘン戦争(前編)》
アヘン戦争(前編)
楽しいアクアリウムの世界
18世紀後半の清朝
康煕帝・雍正帝・乾隆帝と三代続いた清の最盛期については以前やりました。18世紀後半、乾隆帝の時代には清の領土は最大となり現在の中国よりも広い地域を支配しました。経済は繁栄し人口は爆発的に増加しました。18世紀後半に中国の人口は2億を突破しその後も増加を続けました。
辺境地域や山岳部の開拓や東南アジアへの移住が進むのもこの時期です。1795年、乾隆帝は在位60年で退位します。これは、尊敬する祖父康煕帝の在位61年を越えることをはばかった為でした。跡を継いだのは嘉慶帝(かけいてい)乾隆帝の息子です。
嘉慶帝 愛新覚羅顒琰 清 第7代皇帝
嘉慶帝は決して無能ではありませんでしたが、乾隆帝の引退と同時に色々な問題が表面化して来ました。例えば、乾隆帝の永い在位の間に官僚の腐敗が進んで居た様で、嘉慶帝は父乾隆帝が死ぬと、乾隆帝のお気に入りだったことを好い事に不正蓄財していた官僚を処罰しています。
又、1796年には大規模な反乱が起こっています。嘉慶白蓮教徒の乱と云う。
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白蓮教は、暗黒の現世に救世主が現れて光明の世界を実現すると云う教えを持ち、仏教やマニ教の影響を受けて生まれた中国独自の民間信仰です。白蓮教は色々な系統がある様で、救世主は弥勒仏や地母神みたいなものだったりするらしいです。
明を建てた朱元璋が参加していた紅巾の乱も、元々白蓮教の反乱が母体でした。朱元璋が国号を「明」としたのは、光明の世界を実現すると云う白蓮教の教えの影響を受けていたからだと云う説もあります。
清の時代にも民衆の間で白蓮教の信仰が続いていた訳ですが、この時の反乱は山間辺境地域に移住した民衆が起こしたもので、白蓮教に対する役人の弾圧と重税が直接の原因でした。この反乱は1804年まで続く。清朝の支配体制が動揺し始めていると云う訳です。
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清朝の貿易制限策
清朝は18世紀後半から貿易制限策を執り、欧米諸国との貿易は広東省の広州一港に限定していました。さらにイギリス商人が取引する相手は、清朝政府の許可を得た特権商人に限定されていました。この中国側の特権商人を公行(コホン)と言います。十三の商人に限られていたので広東十三行とも言った。
イギリス商人は、好きな相手と自由に取引が出来ない状態だった訳です。また、イギリス人等の商人が滞在する外国人居住区を広州の一区画に限定されていました。このあたりは、江戸幕府が海外貿易を長崎に限定しオランダ人商人を出島に隔離したのと同じです。基本的に西欧人の文化に対する違和感や警戒感があって、出来るだけ接触したく無いという感覚があった様です。
さて、清朝と積極的に貿易をして居たのはイギリスでした。イギリスは、中国から欲しいものが沢山あった。その代表が、茶・絹・陶磁器です。特に茶は重要で、イギリスの国民飲料紅茶は中国から輸入するしか無い。
インドで茶を栽培するように為るのは19世紀の後半に為ってからです。イギリスは中国で茶を買い付け、ドンドンイギリスに運んだ。プリントにある絵は大型高速帆船カティーサーク号です。プラモデルで好きな人は多いかも知れない。こう云うスマートな船に茶葉を満載して、新茶を一番にイギリスに運ぶ為のレースが行われたりもしました。
大型高速帆船カティーサーク号
当時国際貿易の決済は銀で行われていましたから、イギリス商人は中国から買い付けた商品の支払いを銀で行います。イギリス側は、中国に売る商品が無い。と云うか中国側は買って呉れ無いので、イギリスは銀を支払うばかりで清とイギリスの貿易は一方的にイギリスの貿易赤字が続きました。
もし中国側がイギリスからも何がしかの商品を買って呉れれば、一方的にイギリスが損をする事はない。イギリスには中国で売りたいものがありました。それは綿工業製品です。産業革命が進展し綿織物工業はその中でも特に発展していた。イギリスの産業資本家はその製品を世界中で売りたい。人口の多い中国は絶好の市場として期待されました。
そこでイギリスは、中国に綿工業製品を買って貰う為の交渉を行いました。1793年イギリスはマカートニー使節団を清朝に派遣しました。乾隆帝時代の末期です。マカートニーは乾隆帝に面会して、綿工業製品の販売拡大の為貿易制限の廃止を求めた。この時の乾隆帝の答えはこうでした。
我が清朝は「地大物博」詰まり、領土は広大でどんなものでもある。だからお前の国イギリスから買いたいもの等何も無い。現在、広州でイギリスと貿易を行っているのは、お前達イギリス人が中国のお茶や生糸を欲しいと欲しいと望むから、可哀想に思って恩恵として貿易をして遣っているのである。
それなのに、調子に乗って綿製品を買って呉れとはどういう事か。文句があるのなら現在行っている貿易を辞めてしまうぞ。それでも中国は全然困らないのだ。
とマア、こんな感じだった。マカートニーは、そう言われると返す言葉も無くスゴスゴと引き返すしかありませんでした。この段階で清朝とイギリスとでは、清朝側が上手に立っているんですね。
マカトーニー使節団の交渉が失敗した後、1816年イギリスは再び貿易制限撤廃を求めてアマースト使節団を派遣しました。この時の清の皇帝は嘉慶帝。この時、アマーストは貿易交渉をする処か嘉慶帝に面会すら出来なかった。
実はこの時清朝側は、皇帝に面会するに当たってアマーストに「三跪九叩頭礼(さんききゅうこうとうれい)」を要求した。これは、臣下が皇帝に謁見する時にする礼で、両膝を三回床に着く。これが三跪。そして一回跪くたびに三回頭を床に擦り付ける。これが叩頭。三回跪くので叩頭の回数は合計九回で、この礼を「三跪九叩頭礼」と言います。
三跪九叩頭礼
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伝統的な中国の世界観では、中国と対等な国は世界に存在しなく全て中国王朝より格下です。だから、どの国の使者であろうと、清朝皇帝の前では臣下の礼を 取ら無ければ為らない。その建前に建って、清の役人は嘉慶帝に謁見したかったら「三跪九叩頭礼」を行えと言う。
アマーストは、自分はイギリス国王の臣下ではあるが清朝皇帝の臣下では無い。イギリス国王の使者である自分が清朝皇帝に跪くことは、イギリス国王が清朝皇帝に跪く事であって、絶対にそんなことは出来ないと拒否しました。
マカートニーの時はどうだったかと云うと、同じ様に「三跪九叩頭礼」を要求されたのですが、マカートニーが拒否すると片膝を床に着くだけの略式の礼で許された。乾隆帝は鷹揚な処を見せた訳です。処が、今回はどうしてもダメ。両者折り合わずマカートニーは最終的に何の交渉も出来ず、イギリスとしては貿易交渉は失敗に終わりました。
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アヘン貿易
イギリスの望む綿工業製品の輸出は出来ず、対中国貿易の赤字だけが増大する。この状態が何時までも続くことは、イギリスに取って最悪です。綿工業製品が売れ無くても、取り敢えず何かを中国に売って貿易赤字増大だけは防ぎたい。そう考えたイギリスが始めたのが麻薬の密貿易でした。麻薬ですよ具体的にはアヘンです。
けしの花の写真
アヘンは「けし」と云う植物から採れる。けしの花が咲いた後実が着くのですが、種が完全に出来る前に実を傷着けると乳液が出て来る。これを乾燥したものがアヘンです。これがけしの花の写真。綺麗な赤と白の花が咲いている。この写真はアフガニスタンで撮影されたものです。紛争地域なので麻薬栽培で生計を立てている農家がいるんですね。
花が散ってけしの実が出来る
日本でこの花を栽培していたら直ぐ捕まります。農業試験場とか特別に許可された農家だけが栽培しています。けしの実が完全に熟すると、小さい種が沢山出来ます。これがいわゆる「けし粒」。おまんじゅうやあんパンの上に着いている小さなツブツブです。見たことあるでしょ。あのけし粒には麻薬成分が殆ど含まれていません。だから、輸入も出来てお菓子に使われているんです。
但し、種を撒いて芽が出るとこれは法律違反。だから、輸入されるけし粒は加熱処理がしてあって発芽しないものばかりです。アヘンを精製して作るのがモルヒネ。現在、病院で麻酔や鎮痛剤として使って居ます。只、麻薬なので慎重に使わなければダメだし管理も厳格です。
アヘンを吸うと、夢見心地の好い気持ちに為ると云います。走り回ったり叫んだりと云う様な活動的に為るのでは無くて、ダラーッと寝そべる。気持ち好く寝ているが、麻薬だからクスリが切れると堪らなく苦しく為るしやがては脳が冒されて廃人に為ってしまう。
中国ではアヘンが流行し出すと、アヘン窟(くつ)と言って、アヘンを吸飲させる専門店が沢山出来た。そこでアヘンを吸っている人の写真です。ゴロッと横に為ってパイプを吹かしている。こんな風に専用のパイプに詰めて煙にして吸っていたんだ。
清時代のアヘン窟
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話を戻しますが、イギリスはこのアヘンに目を着けた。昔でも麻薬は禁止です。清朝でもイギリスでも許されてはいない。だから犯罪行為なのですがこれをイギリスは遣る。密貿易で中国にアヘンを販売する。アヘンは麻薬だから中毒性がある。簡単に辞めることは出来ない。一度アヘンの快楽を知った者は、図っとアヘンを買い続けるし、吸飲が流行して中毒者が増えれば増える程イギリスは儲かる訳です。
イギリスは、このアヘンの生産をインドで行いました。インド農民にけしを栽培させ、アヘンを生産しこれを中国広東に運び密輸する。この販売自体はズバリ犯罪行為なので流石に東インド会社は直接行わず、民間業者に委ねました。密輸品のアヘンを広州港に持ち込め無いので、イギリス商人は沖合の島影にアヘン貯蔵専用の船を用意してここにアヘンを蓄えました。そこに中国の麻薬販売業者が舟で遣って来て、海上で取引が行われた、支払いは銀です。
イギリス側は、中国人の好みに合わせてアヘンの味なども改良を加え、中国でのアヘン貿易はドンドン発展してイギリスの対中国貿易の柱と為って行きました。
その結果、イギリス、インド、中国の間で三角貿易が成立しました。イギリスからインドへ綿工業製品が、インドから中国へアヘンが、中国からイギリスへ茶が輸出されます。この商品の流れと逆方向に銀が移動する。イギリスが買う茶よりも中国が買うアヘンの金額が大きく為れば、イギリスの貿易は赤字から黒字に為る訳です。実際に、1827年にはアヘン貿易が茶貿易を逆転しています。プリントの表を見てください。中国流入アヘン量(年平均)が書かれていますね。
1800〜1804年 3,562箱
1810〜1814年 4,713箱
1820〜1824年 7,889箱
1830〜1834年 20,331箱
*1箱=約60s
1820年代位から急増して居るのが判ります。アヘン貿易は中国にどんな影響を与えたか。先ずは、アヘン貿易の拡大に伴って、銀がドンドン中国から国外へ流出して行きました。中国の貿易赤字の始まりです。しかも、清朝の税制である地丁銀制では、税を銀で納める事になって居た。農民であれば、農作物を売って銀に換えて税金を支払う。処が、アヘン貿易による銀の大量流出で、中国国内の銀価格が高騰し始めます。
沢山の農作物を売っても以前のように銀が手に入ら無い。税金を納めるのが苦しく為るわけです。事実上の増税です。銀の高騰は諸物価も釣り上げ民衆の生活を圧迫する様に為りました。一方で、清朝政府としては、税金の滞納未納が増えて、物価高と併せて財政難に陥りました。
又、アヘン中毒患者の増加は、風紀の乱れや治安の悪化を招きました。アヘン中毒患者の推定数があります。
1820年36万人 1829年100万人 1845年3000万人。当時の中国の人口が大体4億人。だから中毒患者3000万人と云う事は7.5% 一クラス40人として、クラスで3人が麻薬中毒と云う事だからこれは凄い数だね。
中毒患者は何が何でもアヘンを買って吸いたい。だから一所懸命働こうと思う訳は無いから、財産を切り売りしてアヘンを買う。家や土地を売って、売るものが無くなったら女房子供を奴隷に売る。最後は犯罪に走ってでもお金を手に入れる様になる。麻薬が蔓延すると云う事は社会が崩壊すると云う事です。アヘン貿易は、中国社会をそう云う状態に追い込んで行きます。
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アヘン貿易はインドにも被害をもたらしました。これは、以前にも話しましたが、飢饉の増大と云う形で現れました。インド農民は、イギリスによってけしの栽培を強制される訳で、その分食糧生産が減少する訳です。
イギリスにも影響があった。インドでのアヘン生産が中国販売用としても、大量にアヘンを作ってイギリス国内に入って来ない訳が無い。この時期、イギリスにもアヘンが一般的に広がって居た様で、貧しい労働者の妻が、お乳を欲しがって泣く赤ん坊にアヘンを水に溶かしたアヘンチンキを飲ませて居たと云うのを読んだことがあります。低賃金で、お乳も出無いほどの苦しい生活をして居てもアヘンなら買えたんですね。
ワトソン博士とホームズ(シドニー・パジェット画)
『シャーロック・ホームズ』シリーズ知っていますね。イギリスの作家コナン・ドイルが19世紀後半に書いた探偵小説ですが、子供向けに翻案したものでは無くて、ちゃんとした翻訳を読んだことありますか。
主人公ホームズは何か事件があると生き生きと行動するのですが、何も無い時は倦怠感に浸っている人物です。小説を読んでいると、事件が無い時に刺激を求めてホームズがモルヒネを注射しているシーンが出て来る。どうも彼は麻薬中毒と云う設定じゃないかな。モルヒネはアヘンから精製する。『ホームズ』シリーズにはインド帰りの人物がしばしば登場するし、インドを支配しアヘン貿易を行っていた当時の大英帝国の状況を知っていると、いちいち腑に落ちるものがあります。
アヘン戦争(前編) おわり 次のページへ 《アヘン戦争(後編)》
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