2018年08月10日
一緒に学ぼう世界史のポイント 33 《唐の文化》
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唐の文化
唐の国際性
唐は国際性の豊かな時代でした。唐の前半は羈縻政策(きびせいさく)が上手く行って非常に広い地域が唐の勢力下に入ります。資料集の地図を見るとその広大さが判るでしょ。領域内だけでも多くの民族が住んでいるし、貿易・留学等色々な目的で世界中から雑多な民族が集まって来ましたから、都長安は国際色豊かな都市と為ります。現在で言えばニューヨークです。人口も100万人を超えていて多分バグダードと並んで当時世界最大規模の都市です。
李白の詩にこんなのがあります。「少年行」
五陵の年少、金市の東 銀鞍白馬、春風を渡（わた）る 落花（らっか）踏み尽くして、何（いず）れの処（ところ）にか遊ぶ 笑って入る、胡姫酒肆（こきしゅし）の中
・・・盛り場を貴公子が春風の中、馬に乗って走って行く。白馬に銀の飾りの着いた豪華な鞍を着けていて、見るからに金持ちの貴公子なんです。花びらを踏み散らしながら何処へ行くのかと李白が見ていたら、やがて胡姫酒肆の中へ入って行った。
と云うんだ。酒肆と云うのは酒場のことです。この詩のポイントは胡姫と云う言葉。胡と云う字は元々は異民族と云う意味で使って居たのですが、唐の時代に入るとイラン人を指す様に為ります。胡姫と云うのはイラン人の女の子。だから胡姫酒肆と来れば判りますね。エキゾチックな可愛いイラン娘がお酌をして呉れるキャバレーだね。イラン娘は踊り子かも知れない。
李白はこの様な長安の華やかな雰囲気を伝える詩を沢山作って居ます。商人以外にも色々な仕事で唐に出稼ぎに来ていた西方出身の人が沢山居たんでしょうね。外交使節も長安に遣って来ます。日本からは遣唐使や留学生に留学僧も沢山連れて来る。日本は新興国家ですから唐に学ぼうと必死です。
遣唐使のような使節を送る国は沢山あって、唐からするとこれ等は皆朝貢（ちょうこう）です。中国の皇帝を慕(した)って諸国が貢ぎ物を持って来ると云う解釈をします。対等な外交関係ではありません。その代わり朝貢した国は、帰りにドッサリお土産を貰って来る。貿易としては朝貢国は大儲けです。
アラビア方面からはインド洋経由でムスリム商人達が遣って来る。イスラム教徒のことをムスリムと云う。唐は広州の街に市舶司と云う役所を設けて貿易を管理した。要するに商業税を採った。
イスラム教との関係では重要な戦いがありますから覚えて下さい。タラス河畔の戦い（751）現在のカザフスタン・ウズベキスタン・キルギス三国の境辺りで、唐とイスラムのアッバース朝が戦いました。東西交易路の奪い合いです。
この戦いで唐は負けた。死者５万捕虜２万。捕虜の中に紙梳（す）き職人が居たんだ。その結果製紙法がイスラム世界に伝わる事に為りました。やがてはヨーロッパまで製紙法は伝えられて行きます。と云う訳で、タラス河畔の戦いは文化史上非常に重要。入試にも好く出る。
因みにこの時に唐軍の司令官が高仙芝（こうせんし）と云う人で、この人は高句麗人です。朝鮮半島出身の人が唐の軍人として中央アジアでアラブ人のイスラム教徒と戦っている。ワールドワイドな時代に為って居ますね。高仙芝はこの後長安に帰還して安史の乱で反乱軍と戦って居ます。
永泰公主墓壁画 この絵を見て下さい。永泰公主（えいたいこうしゅ）墓壁画です。永泰公主は則天武后の孫娘に当たる人。彼女の侍女達が描かれて居るのですが、この人が持っている孫の手の大きいもの。これはポロのスティックです。
ポロと云うのは今でもイギリスなどの貴族達が楽しむ様ですが馬に乗って行うホッケーですね。古代ペルシアで生まれた遊牧民達のスポーツ。この時期には中国でも流行したことが判るね。今で言えばテニスラケットを持って記念写真を撮って居る様なものです。
こちらの絵、永泰公主墓壁画とソックリの構図です。これは高松塚古墳の壁画です。見て書いたのではないかと云う位二つは似ている。これは正倉院にある「鳥毛立女屏風（とりげだちおんなびょうぶ）」
一方のこちらは中央アジアのオアシス都市トルファンから出土した絵です。両方とも樹木の下に女性が立っている同じ構図で一般に樹下美人図と呼ばれるものです。構図が同じだけでは無くて女性の顔つきもソックリです。
こう云う絵を見ていると西は中央アジアから東は奈良まで唐を中心として一つの文明圏にスッポリ入っているのが実感出来ます。美人の基準まで同じですからね。唐の国際性と云うのはこう云う処にも出ているのです。
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西方宗教の流入
東西交流が活発に為りますから、西方から色々な宗教も入って来た。先ず、ゾロアスター教。これは当時祆教(けんきょう)と言われた。イラン人の宗教ですから、胡姫達と共に入って来たのかも知れない。
景教（けいきょう）は、ネストリウス派キリスト教。ローマ帝国で異端とされて東方に拡がってこの時代は中国にも入っている。これは「大秦景教流行中国碑」と云う有名な碑が残っています。造られたのは781年。高さ276センチ。長安でキリスト教が流行したのを記念して建てられたものです。
マニ教と云うイラン生まれの宗教も来ました。これは仏教・キリスト教・ゾロアスター教を融合させたものでイスラム以前の西アジアで信者を多く集めていました。そして、イスラム教。これは回教（かいきょう）と表現します。
中国は、現在でも多民族国家ですからイスラム教徒も沢山居ます。現在はイスラム教を信仰しているウイグル人を回民と書いたりします。北京の街を歩いて居るとシャブシャブ屋さんが沢山あって、これは殆どイスラム教徒の経営です。顔付は漢民族と区別は付きませんが、頭にチョコんと白い小さな帽子を被って居るので直ぐに判ります。
中華料理の食材に豚肉は欠かせ無いでしょ。処がイスラム教では豚は悪魔が造った穢れた動物だから決して食べてはいけないの。だから、シャブシャブも繁盛します。本場のシャブシャブの肉は勿論羊です。
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仏教や道教と共にこれ等の宗教の寺院が長安の街には軒を連ねていたんだ。遣唐使と共に唐に渡った天才に空海が居ます。高野山を開いた人。彼は当時中国で流行していた密教を日本に持ち帰るんですが、好奇心旺盛な人だから長安の街をアチコチ探索したに違いないんです。ゾロアスター教やキリスト教にイスラム教、そんな宗教を日本に紹介する可能性だってあった。想像するだけでもワクワクしませんか。
唐の文化を大きくまとめると、先ず、国際的な性格。これは今まで話して来ました。歴史的には五胡十六国時代以来の多民族的な側面が発展したものです。もう一つは貴族的性格です。文化の担い手は六朝文化を継承する貴族階級です。魏晋南北朝以来の総まとめが唐の文化だった訳です。
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文学の隆盛
唐の文化と言えば文学、中でも詩を語ら無くては済まないね。NHKで早朝に漢詩の番組がありますが、殆どが唐の時代の詩です。未だに日本でも愛好者は多い。個別に見て行きましょう。
李白李白（701〜62）天才詩人です。自由な詩風・開放的・貴族的と言われます。西域貿易で大儲けした商人の息子に生まれた。苦労無しで育ったから自由な詩風だったのかもしれない。「少年行」は先ほど紹介しました。明るく華やかな詩を書く人ですね。お酒の詩も多い。黙って二人で飲もうじゃないかとかね。李白の才能は評判と為り、やがては玄宗の宮廷に出入りする様にも為ります。
当時の文学者と云うのは皆官僚か官僚志望の人達です。官僚と云うのは人並みの文章が書けるのは当たり前の教養なんです。その中で飛び抜けた才能を持つ者は今で云うスターです。スター詩人は貴族や役人の色々な宴会の席に呼ばれて、その場にあった詩を一捻(ひね)りする。見事な詩を即興で作り上げて拍手喝采を浴びる。益々評判が上がると云う寸法です。芸人に近い処がある。
李白は陽気で華やか自由奔放な性格ですからそう云う宴席でも人気があるのです。彼が来れば座が盛り上がる。
李白或る時玄宗皇帝が船遊びをしていた。お気に入りの側近を集めて宴会です。玄宗、余興に李白を呼んで詩を詠ませようと思った。側近に李白を呼びに行かせますが、家にいない。酒好きの李白ですから酒場を探したら居ました。「皇帝陛下がお呼びですどうぞいらしてください」と使者が告げるんですが、李白は既に出来上がってしまってグデングデン。
兎に角使者は何とか李白を宴席に連れて来ました。李白はフラフラしていて、ドテーンとソファに踏ん反り返ってテーブルの上に両足を投げ出しました。態度デカいのです。序に横に立っていた男に命令した「オイお前、俺の靴を脱がせろ」 立って居た男は高力士と云う宦官で玄宗のお気に入りの一人だったんですね。この俺様に対してと思ってムッとするんですが李白はお客様で自分は宦官ですから、その場はシャガミ込んで李白の靴を脱がせた。当時の靴はブーツの様な編み上げ靴だった。脱がせるのに時間が掛かる、酔っパライの足だから臭かった。
高力士はこの時の恨みを忘れ無い。折に触れて玄宗に李白の悪口を言ったらしい。あの男は才能を鼻に掛けて陛下を馬鹿にして居るとかね。遂に玄宗は李白を長安から追放してしまったと云う。因みに高力士は後に玄宗の命令で楊貴妃を絞め殺す事になる男です。こんな事があっても自由気ままな李白の性格は変わら無かった様です。このエピソードを李白の親友、杜甫(とほ)が詩にして居ます。
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「飲中八仙歌」
李白は一斗、詩百篇 長安市上、酒家に眠る 天子呼び来（きた）れども船に上（のぼ）らず 自ら称す、臣は是（こ）れ酒中の仙、と
最初の句は酒を一斗飲めば、詩が百出て来る、と云う意味。李白は「詩仙」と称されます。在命中から天国から間違って地上に落ちて来てしまった詩の仙人と言われていた。最後の「酒中の仙」とはそれを踏まえています。皇帝の使者が呼びに来ても「俺は詩の仙人じゃい、皇帝が南畝のもんじゃ」と嘯(うそぶ)いていた、と云う感じでしょうか。
杜甫杜甫（712〜70）李白と並び称される大詩人「詩聖」と言われる。 李白とは正反対の性格で地味で不器用な人。官僚に為る為縁故を求めて就職活動をずっとしているんですがダメなんです。詩人としては有名に為るんですがね。40代になって要約下級官僚に為るんですが、丁度安史の乱が起こって全てがパーに為ってしまった。その後は各地の有力者の世話に為りながら諸国を放浪して生涯を終えました。苦労した人だから作品も庶民の生活や兵士の苦労、戦乱の悲惨、そう云う社会的な題材を多く取り上げています。
王維（おおい・701〜61）自然を描く詩に優れ、画家としても有名。少年の頃から天才の名を欲しいままにした宴席のスーパースターの一人です。官僚登用試験にも合格して官僚としても出世した。この人も安史の乱に遭遇して捕虜に為る。無理矢理に安禄山に仕えさせられた事もあった人です。
白居易（はくきょい・772〜819）白楽天（はくらくてん）とも言います。前の三人より後の時代の人です。「長恨歌（ちょうごんか）」と云う詩が有名。これは玄宗と楊貴妃の悲恋を詩にしたものです。平安貴族に愛唱されたので、日本で有名になりました。
白居易は作詩する時に何度も推敲(すいこう)する。推敲の仕方が面白い。先ず詩が出来ると街へ出て行き道行く老婆を捕まえて無理矢理詩を聞かせる。お婆さんが「好く判らないナア」と云う顔をしていたら持ち帰って書き直す。で、又通りすがりの老人を捕まえて聞かせる。聞かされた人が「好いネエ」と云う顔をしたら完成です。
白居易が試しに聞かせる相手は皆庶民。文学の素養なんか無い普通の人ばかり。そう云う人達でも感動出来る作品を目指すのです。彼の詩の特徴は平易で流麗と云う事ですが、こう云う作詩の態度から来ているのですね。日本の貴族達に受けたのも、平易な文で理解し易かったからではと思います。
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文と云う文学分野が中国にはあります。唐と次の宋の時代に文の名人が八人。これを「唐宋八大家」と云います。唐にはその内二人がいます。
韓愈（かんゆ・768〜824）と柳宗元（りゅうそうげん・773〜819）南北朝時代は四六駢儷体（しろくべんれいたい）と云う華麗な文体が流行するのですが、これに対して漢代風の骨太い文を復興した。
美術工芸分野
名前だけです。絵画 呉道玄（ごどうげん・８世紀）山水画の名手。閻立本（えんりつほん・？〜673）人物画「歴代帝王図巻」ボストン美術館にある。彼の直筆かどうかは怪しい様です。二人とも絵の写真も無しで画家を語るのは空しいですね。
書道 楮遂良（ちょすいりょう・596〜658）顔真卿（がんしんけい・709〜786？）顔真卿は安史の乱で自衛軍を組織して反乱軍に抵抗を続けた男です。字も力強い。王羲之の貴族的な優雅な書風を一変させた。この人の書のファンは多いです。
唐三彩文・画・書の名人達ですが、彼等も官僚です。芸術家と云う商売は未だありません。芸術は貴族階級が嗜(たしな)むものなのです。工芸では唐三彩（とうさんさい）これは人名ではありませんよ陶器の名前。この様に何色もの色着けがしてある。置物ですね。作品の題材は中央アジアのものが目立ちます。ラクダにイラン人が乗って、琵琶を弾いている。こう云うものが有名。唐の国際性が現れているね。
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学問
儒学は官僚登用試験の科目にも採用されて隆盛。南北朝時代に儒学のテキスト五経の解釈はわかれて統一が必要だった。解釈がわかれていては試験問題にもし難いしね。太宗がこれを命じたのが孔穎達（くようだつ）（574〜648）「五経正義」と云う政府公認の儒学のテキストを作った。これ以来官僚を目指す受験生はこれを参考書にして勉強した。勉強には便利だったけれど、これを理解すれば好いので儒学の解釈は固定化しました。
宗教
道教は則天武后や玄宗の保護を受けて隆盛です。しかし、話は仏教です。仏教は益々中国に深く浸透して、僧侶の中で本場インドに留学したいと思うものが出て来る。東晋の時代に法顕（ほっけん）と云う僧がインドに旅行して「仏国記」を残していますが、唐では更に有名な人がでた。
玄奘（げんじょう・602〜664）です。三蔵法師の名でお馴染み。13歳で出家した。天才少年でアッと云うまに先輩達を追い抜いて仏教の理論を吸収して行った。20歳を超える頃には大人に講義をする程になって居た。勉強するほどに判らない処が出て来る。だけれど、玄奘の疑問に答えられる人は中国にはいないのです。疑問を解決する為には本場のインドに行くしかない。処が、当時国外への旅行は禁じられていたのです。けれど、どうしても行きたい。到頭国境警備隊の監視を掻い潜って、国境線を突破し国外脱出に成功した。27歳の時です。太宗李世民の時代でした。
玄奘インドへの旅の困難さがやがて『西遊記』の物語になった。これは後世に描かれた玄奘の絵ですが背中にデッカイ荷物を背負ってるでしょ。一切合財ここに詰め込んで旅に出た。首飾り見えますか？これ、小さいけれどドクロですね。ドクロを首に巻いている、魔除けです。実際の玄奘はドクロを巻いていなかったと思いますが。妖怪が出て来る様な人外魔境を行くというのでこんな絵になったのでしょう。
インドでも学識の高さで有名に為ってヴァルダナ朝のハルシャ＝ヴァルダナ王にも招かれた。王にスッカリ気に入られて沢山のお経を持って645年帰国します。帰りは何頭もの馬に何百巻もの経典を積んでお付きの者も着けて貰っての旅でした。唐の国境のまじかまで来るのですが玄奘帰る事が出来ない。だって、密出国ですから帰れない。
そこで、彼は長安の太宗皇帝に手紙を出した。「自分は唐の僧ですが仏教を学ぶ為に国法を破ってインドに行きました。留学を終えて帰って来たのですが、どうか入国を認めて下さい」とね。太宗、歓迎して玄奘を迎えます。貴重な西域、インドの情報源と考えたんでしょう。玄奘の為に寺を建てて経典の漢訳を援助した。何十人もの助手を着けて翻訳を手伝わせた。現在、長安の観光名所大雁塔（だいがんとう）は玄奘が持ち帰った経典を保存する為に建設されたものです。又、太宗の命令で玄奘が書いた西域旅行記が「大唐西域記」です。
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もう一人インドへ赴いた僧に義浄（635〜715）が居ます。彼は陸路では無く南シナ海を通って行きました。旅行記が「南海寄帰内法伝（なんかいききないほうでん）」東南アジアの諸民族の貴重な記録と為って居ます。
唐の時代は禅宗・浄土宗・天台宗・真言宗等宗派が形成される時代で、仏教が中国化し始めている時でした。日本からの留学僧はそういう中で最新流行の宗派を持ち帰って日本に紹介した訳です。有名なのが空海の真言宗と最澄の天台宗ですね。
参考図書紹介・・・・もう少し詳しく知りたい時は
李白と杜甫講談社学術文庫 (1291) cover 高島俊男著。 今回の講義のネタはほとんどこれ。 高島さんの本はサービス精神旺盛で、読んで楽しく、人に話して面白い。最高です。
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