2018年07月04日
硫黄島 祖父の戦争体験記 その6
祖父の戦争体験記 その6
幕舎に行く
軍医の居る幕舎に着いた。軍医が診て呉れた。私は水は飲ませて貰ったが腹は空いている。4日も食っていない。手で口の中に入れるもの呉れと動作をする。直ぐ判った。
缶詰を呉れた大豆を煮たものであった。全部喰ってしまった。軍医は傷に白い薬を掛けてから傷が重いから野戦病院に行きますと言う。殺さんのかと不思議に思っているとジープが来た。後部が抽斗に為っており、それを引き出して2人で私を投げ込んだ。押し込んでカギを掛けて走り出した。道で無いから堪らん。砲弾の穴だらけだ。
車は出たり入ったりドンドンバタバタ走るが、体が引き出しの中でアチラに当たりコチラに突き当たり、背中の傷も打ち当てられ死ぬ思いである。泣いても喚いても死んだとて見向いて呉れる者は無い。敵さんに捕まっているのであるから止むを得ん次第だ。
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米軍病院
野戦病院に着いた私は引き出しの中から出され軍医が診て呉れた。喰うものは呉れるし、これは本当かな夢ではないか戦死してあの世に来ているのではないかと思った。二世の米国軍人が沢山居るので聞いてみた。硫黄島は3月17日我々が占領した。日本は負けたと言う。
私は無駄な戦争をしたものだ。日本軍2万は玉砕したのか、知ら無かった。俺も死んでいた方が好かった。何故生きているのか、何時米軍に殺されるか判らん。捕虜生活は辛いものだ。
ガム島
昭和20年3月24日、硫黄島の西海岸からガム島に送られる事に為った。大きな船に乗せられた。米国軍人が機関銃を持って我等を警備している。船は出た。何日も走ってガム島に着いた。
ヤシの大木が全部中央部から折れている。満足に立っている木は只の一本も無い。草葺きの土民の小屋に沢山の捕虜と共に入れられた。手の無い者足の無い者色々だ。我等の仲間も沢山居る。恥ずかしい事は無い。毎日日本語の判る将校が調べる。私は何を聞かれても知らん存ぜんで通した。私は完全に死ぬのを米軍が助けて呉れたのだから有難いと思っている。
ハワイへ
傷は段々良く生って行く。ガム島で10日間も過ぎた。我等は大きな汽車ほどあるバスに乗せられた。港まで運ばれた。大きな輸送船団が着いている。米国に帰る看護婦が大勢乗って居る。看護婦は皆少尉である。皆美人に見える。長い間女を見て無いので美人に見えたのかも知れない。
10隻位の船団である。我等は一つの船に乗せられた。船は出た。何処に行くか言わんので判らない。船は毎日走る。日本の捕虜が一名死んだ。水葬にすると言う。布を巻いて海中に投げ込む。それで終わりである。船はその付近を3回まわって葬式終了した。我等は黙祷した。
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海軍病院へ
私の傷も化膿した。大熱が出た。米国の看護兵が体温計を見て驚いた。水銀が上にあがり計れ無い様に為っている。45度以上である。私も自分が判らん様に為った。夢に米軍の兵隊が話している。日本の捕虜は米国に連れて行って殺すと言っている。翌朝目が覚めてみると、米兵が日本語で話す訳が無いから、私の聞いたのは熱の為そんな夢だった事がわかる。
船は10日でハワイに着いた。元気な奴は歩いて上陸する。私はタンカで降ろされた。2階のあるバスに乗せられる。黒ん坊の運転手だ。鍋の底より未だ黒い。笑って歯の見える方が顔である。海軍病院に着いた。昭和20年4月24日である。長い船旅は終わる。
傷は痛い。ハワイ真珠湾の見える丘の上の病院で養生する事に為った。昭和16年12月8日に日本が空襲した所なのだ。敵さんに取っては恨みの深い土地である。海が浅いので日本の沈めた船が半分以上水から出ている。焼けたままに為っている。
病院
手術せず毎日傷口に薬を着ける。膿は止まらぬ。傷口から大きな骨片が出て来た。2ヶ月入院した。今日まで海軍(マリン)の病院だったが、陸軍(アミ)の病院に引き渡される事に為った。大きなトレーラーバスに乗せられてハワイを走る。暫くして、陸軍の収容所に入れられた。
ドイツ、イタリヤの捕虜も沢山居り、我等とは別のキャンプに入れられて居る。朝鮮人の捕虜は日本人と別にして入れられて居た。
使役
毎日草引きや掃除をさせられる。運動の為らしい。夕方に為るとドイツの捕虜とイタリヤの捕虜が鉄条網の傍に来て国歌を歌う。我等はドイツやイタリヤの国歌を歌う。共に万歳を叫んで別れる事に為っている。私も君が代を歌った。異国の空で捕われの身で歌う君が代は自然に涙が出て止まらない。不思議なものである。
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朝鮮人
朝鮮は日本の領土であり朝鮮人は日本人であった。兵隊にも軍属にも朝鮮人は沢山いた。ハワイで彼らは日本上陸の訓練をして居た。釜山に上陸し祖国朝鮮を日本から取り戻すと言っていた。(朝鮮人の捕虜)
米国へ
昭和20年6月、ハワイで2ヶ月養生して米国に送られる事に為った。6月21日、ハワイから米国輸送船に乗せられる。東に東に進む。10隻位の船団で行く。10日目に山が見えて来た。富士山そっくりの山がある。半分雪を被り美しい。海中にはオットセイみたいな動物が沢山顔を出して泳いでいる。変な声で鳴いていた。
遂に私は見たことも無い米国本土に送られたのだ。両側に陸のある入り江の海を北に進んでいる。暫くして港に入る。物凄く船の多い港だ。シヤトルと云う所だと知らされた。
上陸す
昭和20年7月1日、船から桟橋に下りる。街の中を歩かんと検疫に行けん。500メートル位歩かされた。10メートル置きに米軍の歩哨が銃を持って立っている。街の中は見物人で一杯だ。男も女も沢山見ている。話し合っているが英語だから我等に判らん。日本の捕虜だと言っているのであろう。幾ら悪口を言われても全然判らない。
検疫所に入れられ丸裸にされる。頭から白い水を掛けられる。消毒薬だ。終わって汽車に乗せられた。人間の運命とは全く判らないものだ。又私は何処に行くのか判らず汽車で行くのだ。
汽車
汽車は走る。野を超え山を越え走る走る。2日間走り続けた。サンフランシスコに着く。この日は7月3日であった。汽車を降りて小舟に乗せられてエンゼル島と云うところに着いた。ここに収容所があり、入れられた。
各人にタバコが配給された。自分の寝台に置いて用件を澄ませ帰ってみるとタバコは盗まれていた。探してみると、我等より先に来ていた海軍の捕虜が盗んだ事がわかった。我等は後から来て仲間に入れて貰うので文句は言え無い。私は盗まれた事は言わ無かった。言えば我等陸軍の者は海軍の奴等に虐められるのだ。
自分等が盗んでおいて騒げばリンチを加えるのだ。彼等は実に同じ日本軍の捕虜なのにリンチを加える。私はこの目で見た。
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リンチ
ある陸軍の下士官が食堂に行った。炊事係は海軍の捕虜が遣っている。それに対して文句を言ったらしい。その日の夕方彼等海軍の炊事係等に呼び出された。米兵の居らん所でリンチを加える。大勢の捕虜の見ている前で顔を殴る腹をける拳骨で突き捲る、すみませんと謝るのを殴り捲る。
見る見る間に殴られる下士官は顔が紫色に為った。腫れ上がって行く。後難を恐れて誰も止める者がいない。同じ日本人であり同じ軍人である。捕虜と為り心細い生活をしているのに同胞を異国の土地で殴るなんて、彼等は軍人で無い暴力団の様な奴等だ、腹が立つが誰も口を出さ無い。
捕虜の内部では、こんな事も行われて居たのだ。或いは殺して便所の中に捨てたと言う話もあった。米国の便所は口が小さく中が広いので、落とし込んだら人間の一人位は判らない様に出来ている。
移転
僅か4、5日、この島を去らねば為らぬ時が来た。小さな舟で大河を登って行く。このエンゼル島と陸地を繋ぐ鉄の大橋がある。上は車道下は人道で2階で造ってある。米国の兵が、あれ程大きな橋が日本にあるかと言うので、日本には未だ大きいのがあると言うと、彼は驚いていた。私はウソを言って遣った。
あんな大きな橋は日本には無かった。船はズンズン登って行く。5キロ位行った頃岸に着いた。新しい収容所があった。我等は入れられた。全員に注射をせられた。風邪の予防注射だそうなが、物凄い痛い注射だった。ここでは仕事は無くて毎日歌ったり踊ったりで暮らしていた。
汽車に乗る
ここで今度は汽車に乗せられた。内地の様な黒い汽車で無い。赤や黄色の美しい汽車だ。我等は汽車は黒いものと思っていたが美しい色があることを知った。大陸を横断するらしい。食事は缶詰ばかりだ。アア日本の米と味噌汁が欲しいナアと思った。
缶詰は旨くないが喰わねば死ぬから喰うのみだ。毎日毎日汽車は走る。汽車の窓から見た米国の状況をそのまま書いてみる。
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畑の中の汽車
毎日走る、畑が続く。畑の中に鉄道の線が引き込んである。水道も大鉄管で縦横に引き込んでいる。この水は各所に分かれて畑に分布し、クルクル廻る道具を着けて在り、雨の降らぬこの地方に雨を降らせるようになっている。雨が何ヶ月も降らんので人口で雨を降らせて農作物を作るのだ。
又、鉄道は出来た農作物を運搬するものであり、貨車を突っ込んで来てそれに農作物を積み込み機関車が引き出して行くのだ。日本はこんな所は無いこんな広い畑も無い。ケタが違うのだ。
作物
大根や人参の多いこと、何日走っても山が無い。野菜畑ばかり支那大陸と同じである。日本の北海道など問題に為らぬ。アメリカがこれ程広いとは私は知ら無かった。
汽車の窓から製材所が見えた。大きな材木を挽き割る片方がベルトコンベヤーに為っていて、それに挽き割ったものが倒れる。向こうに行って崖下に落ちる。下は火の海であり燃えてしまう。中味の好い所だけ取って木材として使用し後は捨ててしまうのだ。贅沢なものだ。日本人には考えられ無い。恐れ入った次第なり。持てる国と持て無い国との違いである。
こんな大国を相手に戦争をして勝てる訳が無いではないか。日本魂も軍人精神も神風も打ちてし止まんも、物量と機械文明の前には何の役にも立たず、我が国は段々戦争は不利に為って行くのであるが、今の私は捕虜としてアメリカ大陸を横断しているのである。勝つのか負けるのか全く知る由も無いが汽車は大陸を横断しつつあるのだ。
山林
汽車は山林に入る。山と言っても平地に木が生えているのだ。日本の様に高い山で無い。平野が山林だ。直径1メートルもある大木が乱立しているのだ。行けども行けども同じ山林が続いている。木材は機械鋸で切り倒し、クレーンで貨車に積み込み機関車が引き出して行く。
平地だから、鉄道を山の中に引き込んである。世話無い。日本の様に高い山から出したり谷底の木を出すので無いから仕事が捗る。木材は幾らでもあるのだから自由自在に切り出して好い所を採り後は捨てるのだ。何と豊かな国であることよ。何時間走っても同じ様な大森林の中から抜け無い。その広いこと無尽蔵だ。汽車は日本人捕虜を乗せて行方も知れず走り続けるのである。
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横断
昭和20年7月28日、この汽車は米大陸を横断してテキサス州に着いた。ケネデーと云う所だ。ここに収容所がある。我等はここに入れられた。下士官と将校は同じ所、兵と軍属は同じ所に入れられた。沢山の先輩が来ていた。主として海軍の捕虜だ。大佐から兵まで随分居る。
小さな家が沢山あって、その中に5名位ずつ入れられる。私は下士官だから下士官ばかり4名一緒に入れられた。寝台も4つある。自由に一戸を使って好い。内地の村位広い所に家が幾らでもある。皆夫々4、5名ずつ入った。家具など一切無し。
軍神に会う
真珠湾攻撃の軍神は9人であるが、本当は10人行ったのである。一人生きて捕まったのである。それで九軍神と騒がれたのである。人間魚雷に乗って我が身諸共敵艦に突進するのだから必ず死ぬのだ。只一人岸に突き当たり動け無くなり捕まったのが、捕虜第1号の海軍の酒巻少尉である。
この少尉にこの収容所で会うことが出来た。高知県の越知町の人だと本人は言っていたがウソか本当か判らん。人間こんな時は好くウソを言うものであるから。毎日仕事なし遊んで暮らす。草をひいたりして我が家の付近を綺麗にする位が仕事である。食事は1日3回食堂に行けば喰える。毎日手当として10セント呉れる。店もあるのでその10セントで何でも買える、安い。
1里四方位のところに金網が張られてある。逃亡は出来ない。四隅にはヤグラがあって高い所から歩哨が見張っている。逃亡すれば機関銃で撫でられる様に出来ている。気の狂った海軍の将校が一人居った。只一人毎日柳の下でグルグル回って何かブツブツ言っていた。捕虜に為り気が狂ったのだと海軍の兵は言っていた。
化膿する
私は毎日のんきに遊んでいたが、傷が化膿して食事も出来んように為った。係に言うと軍医に診て貰えと言う。診て貰った。切り開いて呉れと頼んだ。ウンと言って切り開いて膿を出して呉れた。軍医が切り口から指を入れて探って骨の片を沢山出した。
肩まで穴が抜けていると言った。骨の欠片は全部出せんと言った。弾丸傷が中から膿んで居た。ガーゼを口から詰め込んだ。痛いこと死ぬ思いである。叫ばず居れん。叫んでも泣いても外国である、知る者はない。戦争だから止むを得ん。病室に入れられた。
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入院
入院してみると日本人患者ばかり沢山居った。歩いて行ける様に為った。楽に為った。点呼にも出られる様に為った。点呼に遅れると、ヘイ、カマワンと言って連れて行かれる。営舎に入れられる。パンと水だけで3日間過ごさ無ければ為らぬ。これが点呼に遅れた処罰である。国が変われば何から何まで変わるものだ。
病死
私が入院中、別の捕虜が一人死んだ。米国まで来て死んだのだ。全員集合させられ自動車で墓地に行くのを見送った。何時自分がこう為るかわからんのだ。又何時日本に帰れるのか、或いはこのまま日本に帰る事はないのか、それが判らんのである。米国で殺されるかも知れないと思うと心細いこと甚だしい限りだ。
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