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2018年06月28日

一兵士の戦争体験 その24


 その24
 

 ◆山間へ移動収容

 終戦後英軍の命令により、戦後俘虜だから現地人の家を借りるには不適切であり現地人に接触しない場所に集めるのが適切だと判断されたのかも知れ無いが、その後チェジャンジー地区内の民家から離れた山間に移動した。一つには、日本兵の逃亡を防止する為であったのかも知れ無い。

 ここは野宿なので、細い木と木の葉で覆いをしただけの粗末な小屋を拵(しつら)えた。幸いにして雨期も終わり雨も降ら無く為って居り助かった。十月上旬から十月中旬に掛けて此処に居たが、毎日戦争し逃げ回る事も無い。そこに休んで居れば好いのだから休養が出来助かった。
 米と塩は旧日本軍の倉庫に行って取って来れば好いので十分あった。しかし副食の肉類や野菜類は欠乏して居たので、少し離れた民家の軒先に干してあるとんがらしや里芋の茎を貰って来て食べた。
 少しずつ体が回復に向かって居り嬉しい。皆の顔がやや丸味を帯びて来た。中には顔が腫れる様に為る人も居た。急に沢山食べ調子を狂わす兵士も居た。でもこの頃は未だ、戦争中の疲労が回復し無いまま息を引き取る人もあった。

 

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 ◇草むす屍

 ◆金井塚輜重聯隊本部付少佐 元第一中隊長を葬る

 前にも書いたが、金井塚少佐は五月上旬カバイン付近の戦闘で足を負傷し歩行不能と為り、担架や牛の背中に乗せられ、その後は杖に縋りながら長い苦痛な行軍に耐えてこの地点迄辿り着いたが、衰弱した身体は病魔に冒され息を引き取られた。
 昭和二十年十月六日、溝口指揮班長より「小田、お前はレミナに居る頃、中隊長と同じ家に住み、特別縁が深いから、今晩屍衛兵(しかばねえいへい)を遣れ」と命じられた。自分は有難い事だと思った。

 私が二年八ヵ月前の昭和十八年二月十五日に召集を受け、初めて金井塚中隊長を拝む様な気持ちで見上げた時の事を思い、その凛々(りり)しい威厳に溢れたお姿、中隊全員に号令や訓示をされて居られた堂々とした様子を思い出す。
 又、十九年一月頃レミナの町で中隊長以下溝口曹長達八名で一軒の整った家を借り、通信班として和やかな雰囲気で任務に就いた時の事や中隊長の人間らしさに触れ感激した事を思い出す。

 屍の傍に立ち守って居ると今の姿は余りにもお気の毒である。顔を覆う白い布は何処にも無いので、緑の葉が多く着いた木の枝を折って来て顔を覆って差し上げた。冷たく硬直した身体を見ていると、草むす屍を思い出し命の果敢なさをシミジミト感じさせられた。
 埼玉県出身の陸軍士官学校出の青年将校、レミナに居る時特に親しくして頂いただけに、悲しく、寂しく、色々の事を思い出しながら一夜を屍と共に明かした。最も重要な最後の屍衛兵をさせて頂き、御恩に報いる事が出来た事を感謝した。併せて溝口准尉のこの配慮を有難く思った。

 翌日は溝口指揮班長の指揮により草原に穴を堀り、屍を埋葬し墓標を建て懇ろにお別れをした。墓標は何処から用意されたのか、材料も大工道具も無いこの宿営の中で良くぞ用意されたものとだと感心した。
 残念だったのは、皆弱って居る上に分散して露営して居たので、十四、五名位しか埋葬に加われ無かった事だ。号令一下と言う訳に行か無かった事だ。本来、日本軍の華やか為りし頃の中隊長の葬儀であれば、中隊四百名全員が正装して厳粛盛大な葬儀が行われたのだろうに、敗戦の今は生き残りの兵隊も少なく命絶え絶えで仕方の無い事だった。金井塚久少佐殿安らかにお眠り下さい。

 ・・・あれから五十二年の時が流れたがその時の状況が彷彿(ほうふつ)として思い出される。遠く過ぎた悲しい夢であり、戦争の歴史も遥かに遠ざかって行く。今でもあの埋葬した草原に草が生え茂り、灼熱(しゃくねつ)の太陽が照りつけて居るだろうか。合掌

 

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 ◆幻想

 終戦後の当時、野営中も弱った者を一ヵ所に集めて病室として居た。私も以前より回復して来たが、未だ弱って居るのでその病人の居る室に入れられて居た。病室と言っても別に変わった建物では無く、地面の上にお粗末な小屋があるだけであり、患者を集めて寝かせて居るだけの事である。別に薬がある訳でも無い。
 只、炊事を自分でし無くても、誰かが粥を作って呉れる。それに衛生兵が近くに居るので心丈夫だったし、作業に引き出される事は無かった。言わば患者が枕を並べて寝て居るだけだった。

 私の隣に井上上等兵が休んで居た。もう三十歳位で私に比較すれば世間の事も好く知った人であった。「何時まで英印軍に使われるのだろうか、何時帰れるだろうか」とか「帰れば花子さんが待って居る」とか「日本の若い女の肌は忘れられ無い」「リンゴの様な頬にカジリ着きたい」等と面白く話をして居た。特に体調が悪い様でも無く、私も同じ様な事を考え話したり聞いたりして居た。
 その夜中、彼が独り言で「船が迎えに来た。ホレ、あそこに復員船が二艘来て居るぞ。早く乗ろう。波止場に早く行こう」と言い出した。「あの島は内地の島だ」等と。初めは寝言かと思って居たがどうも可笑しい。起きて歩こうともする。薄暗い夜中で明かり一つ無いので表情が分から無いが、どうも気が狂って居る。急に脳症を起こしたらしい。

 衛生兵を探して来たが手の施しようも無い。当時薬を持って居ないし成り行きに任せるより仕方が無く、押さえ着けて寝かせた。しかし二、三日経った後に息を引き取りそれ切りだった。
 今我々は俘虜の身であり、何時内地に帰れるか一生労働者として使われるか見当が着か無い。或いは、き・ん・抜・き・にされるのかも知れ無いと思った。全ては戦勝国側の意志次第であり誰にも先の事は分から無かった。

 

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 ◆奇遇だ 勇気を出そう

 私の隣の患者は酷く弱って居る様だ。年令は私より十歳程上で軍曹の階級章を着けて居るが、見慣れ無い顔である。尋ねると岡山の歩兵聯隊所属との事である。どうしてその聯隊の人がここに居るのか分から無いが兎に角混じって居るのだ。
 青息吐息なので余り話し掛け無かった。でも私が「自分は岡山県の赤磐郡の出身だが、岡山県の何処の出身ですか?」と尋ねた。彼は「和気郡(わけぐん)本庄村(今は和気町)の出身だ」と答えた。私が「和気郡山田村(今は佐伯町)に親戚がある」と言うと彼も「山田村に親戚がある」と言う。私が「康広(やすひろ)と言う家で、私の母の出所だ」と言うと彼も「康広は親戚だ」と答える。偉い近い話である。
 私は「母の父は康広治四郎と言って山田村の村長をして居た家です」と言うと、彼の返事が弾んで「そこが、叔母さんが嫁いだ家です」と答える。私は「村長をして居た治四郎は私の祖父で私は外孫です」と言うと「それではお互いに、親戚ではないか」と言う事で一気に親しく為った。

 世の中は狭いもので、私の従兄(いとこ)の「栄さん」をも好く知って居り本当に懐かしく為った。お互いに元気に為って必ず復員し山田村で会おうと約束した。これが大きな励みと勇気付けに為った。
 三、四日の後、国友政夫軍曹は何処かへ転出して行った。復員後聞いたのだが、その時野戦病院に運ばれたとの事であった。幸いに彼も私も元気に為り二年間の抑留生活を別々の所で送ったが、二人とも無事復員出来、約束通り再び山田村(現在の佐伯町)の康広家で会う事が出来お互いの無事を喜び合った。

 つづく

 

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