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2018年06月28日

一兵士の戦争体験 その1



 素敵な「自転車と家庭水族館」管理人より
 

 ・・・世にある数多くの戦記とは、大本営とか野戦部隊の幕僚たち、所謂、高級将校たちの記す作戦の立案やその結果等を示したものが殆どであった。言わば、如何いう意図で作戦が企画されどの様な結果と為ったのかの検証であった。
 だから、一兵卒として戦場で味わった生の声を伝えようとしたのは限られた従軍作家・記者達の手記だけだった。そんな経験者達が次々と体験記を記す様に為ったのは「私達は間も無く居なくなる、その前に実際の戦争の姿を伝えたい」とする、戦争を知らない私達への最後の託(ことづけ)なのだろう。国から強制的に徴集され止む無く従った一市民がどの様な日々を送らされたのか・・・戦争とはどんなものなのかを知るには、是非とも一読して頂きたい・・・



  

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『一兵士の戦争体験』ビルマ戦線 生死の境


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 著者:小田敦巳(おだあつみ)氏の従軍体験記をご紹介しよう


 二 軍隊教育


 ◇入営

 ◆入隊当日


 昭和18年2月15日午前9時 輜重兵(しちょうへい)第54聯隊(れんたい)前の城北練兵場には大勢の人が集まって居た。応召者(おうしょうしゃ)と付き添いの者である。
 空は灰色で太陽の顔は見えず練兵場の風は冷たい。やがて衛門(えいもん)から少尉(しょうい)を中心に見習士官、下士官、上等兵等三十人が一組と為って出て来た。他の組もあったかどうか覚えて居ない。少尉の指揮の元で役割が決められて居た様である。向こうの方ではもっと偉そうな中尉(ちゅうい)が全体を眺めて居た。

 立て札を持った兵隊が一定の間隔で並び、1〜30、31〜60等と書いた看板を立てた。やがて胸を張った少尉が大きな声で「応召者は各自の荷物を持って立て札の所に並べ。付き添いの者は混雑するから後に下がって待て」と言う。この命令が終わると応召者は各自の番号の所に移動し始めた。しかし、全体では300人近く、それに付き添いの人も居り荷物の事もありナカナカ進まない。皆右往左往して居た。
 「愚図愚図せずに早く遣らんか!」と大きな声がした。古参軍曹(こさんぐんそう)であろうか、大きな声が出るものだとビックリした。ざわめきが止まり皆急いで自分の所を探して居る。番号順なので、前後に来る人を確かめ合って居る。「付き添いの人は列に近づくな」と又大きな声が飛んで来た。

 一応指示された番号の前に並び終わった頃「これから番号を調べに行くから、番号と姓名を言え」大きな声だから好く聞こえる。その頃には一組毎に下士官一名、兵隊一名が配置され、二組毎に一名の見習士官が付いて居り、その他には先程の少尉の所に台帳を持った軍曹と上等兵が付いて居た。
 応召者をどの様にして調べて行くのだろうかと思って居ると、先に立札を持って居た兵隊が札をそこに立てて於いて「真っ直ぐに並ばんかい!」と言って前から後まで見て回った。その後を、各組毎に名簿を持った下士官が前から順に見ながら遣って来る。
 入隊者が「一番 大賀俊雄」 「二番 井上弥治」 「三番 山田哲雄」等と告げると、「よし」 「よし」と言いながら顔を覗(のぞ)き込む様にして名簿にチェックして行く。

 番号のみ言って名前を言わない者、名前だけ言って番号を言わ無い者がありその都度叱られて居た。私の所は91〜120番の所で、私は93番であった。調べに来て居る下士官は伍長(ごちょう)の肩章(けんしょう)を着けて居り、四角な顔をし一重瞼の細い目をした人で、体は中背ガッチリとした体格の方であった。一人一人点検を受けた。「93番 小田敦巳」と言った。ジロリと顔を見られた。「よし」と太い声が返って来た。
 先程から色々指示や注意があったが、どの言葉も命令的で威圧的である。それだけにハッキリして居る。私は今迄殆どこんな言い方を聞いた事が無かった。見送りに来た人はどんな気持ちでこれを聞いたのだろうか。
 私が中学(旧制)5年生の頃、岡山駅で、一人の伍長の指揮下に居た3、4名の兵隊が無断でホームに降り買物をして居た。それを見付けた伍長が大きな声で「貴様達何をするんだ」と怒鳴り兵隊は震え上がった。そんな光景に接し、物凄いナアと感じた事があるが、今日も流石軍隊は命令用語が多いと感じた。

  

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 一巡、検査が終わったが、更にここで「前より番号」と号令が掛かった。 「1」 「2」「 3」 「4」 「5」・・・・と番号を唱えた。伍長と上等兵はもう一度名簿と人数の確認をした。各組共同じ様に念入りに点呼がされて居た。
 その頃、黒いピカピカの皮長靴を履き背の高い恰幅の好い中尉が現れて、手を後に組み全体の様子を監督して居た。軍曹が全体を纏め終え少尉は確実に掌握(しょうあく)出来たのだろう、中尉の所に行き敬礼をして異常の有無を報告した。後で分かったのだがこの中尉が聯隊本部付きの手島中尉であった。

「これから営内に入るから忘れ物の無い様にせよ」と少尉が私達に命じた。少尉は見習士官を集め指示を与えて居た。
 第一中隊教育隊一班及び二班、担当見習士官・・・・から始まり、第二中隊教育隊一班・・・・第三中隊教育隊一班・・・・重ねて申し付けと確認をした。私達は順序好く営内に入って行った。小雪がパラパラ降って来た。右にも左にも兵舎がある。ガラス窓には全部紙が貼られて居り薄汚く寒々として居た。

 私は第一中隊教育隊の第四班で、第一中隊は馬部隊である事が分かった。第二中隊と第三中隊が自動車の部隊である事も分かった。馬の部隊とは馬で荷物を運ぶ役で輓馬(ばんば)中隊と称するものであった。
 第一中隊は一班から順に身体検査を受ける事に為った。医務室前に並ばされ「裸になれ」「待っていろ」と言われ上半身脱いだ。長い間裸のままで待たされた。廊下は好く風が通り寒かった。やっと順番が来て室内に入った。
 姓名を名乗り次々と見て貰うのだ。内臓関係、目、耳、口等それから痔と性病関係、嫌な所もあからさまにして見せねば為ら無い。マゴマゴシテ叱られる者も居る。寒かったがやっと検査も終わり、服を着ると暖かく為って来た。

 数名の者が即日帰郷(ききょう)を命じられた。身体の状態が良く無い人で、入隊が許されずその日に家へ帰らされるのだ。折角歓呼の声に送られて来たのに、体が悪くては仕方の無い事で命ぜられるままに帰ら無くては為ら無い。
 どの様な気持ちだろうかと察し気の毒に思われた。でも反面、数多い中にはそれを願う人が居ないでも無いのである。誰しも心の奥の片隅にはその方を願う気持ちがあるのではなかろうか?
 他人の事を心配する暇は無かった。私達は元の広場に帰って昼飯をせよとの事、寒い露天でお湯も無く持って来た弁当を食べた。

  

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 午後は被服の受領に行った。服の上下二組、襦袢(じゅばん)・袴下(こした)・帽子・靴・靴下等を受け取った。何れもかなり古いものばかりで、私の様に体の小さい者には服も靴も大きかった。しかし文句は言え無い。与えられた服に早速着替えた。
 今まで、個々別々の服装をして居たが、皆同じ服装に為り兵隊らしく見えて来た。そして階級章も一つ星即ち二等兵のものを貰い、そして今まで着て居た各自の服は風呂敷(ふろしき)に包んだ。更に毛布を四枚ずつ貰った。

 助教と助手の先導で、中庭から夫々の教育班毎に分かれ指定された部屋に入った。真ん中が土のままのたたきの通路で下足のまま、両側が三十センチ程の高さの板張りで一人一人にマットが敷かれて居た。マットは厚い布の中に藁(わら)を入れたもので、厚さ約十センチ位で殆ど間隔を置かずに並べてあった。番号の順番にマットが決められた。

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 参考に教育隊第四班の教育係の担当助教は大仲伍長で助手は大森上等兵で、大仲伍長は別に下士官室がありそこが定位置で寝起きし、助手の大森上等兵はこの部屋の一番奥の位置のベッドに寝起きして居た。
 マットが決まったので毛布を整理して窓側に置き、私物の風呂敷包みを所定の場所に掛けた。上等の服を上装用(じょうそうよう)と言い平常の服を下装用(かそうよう)と言うが、それ等や下着類を助手の指導を受け、几帳面に四角に畳んで整理棚に乗せその上に上装用の帽子と下装用の帽子を並べて乗せた。

 軍隊では服の畳み方まで一様にし無ければなら無い。そして、折り目を着けて奇麗に整理しなくては為らないのだとは聞いて居たが正しくその通りである。整理棚には衣服の外に手箱が各人に一個ずつ与えられて居り、本や文房具や小物等を入れ整理する事に為って居た。大森助手の細かい指導を受け、遣り方が分かり整頓を済ませこれで一応落ち着く事が出来た。
「十分間休憩する」と助教が言った。小便に行く者もあり服の整理を遣り直す者もあった。私は自分の左右の人を改めて好く見た。左は難波と云う眼鏡をかけた丸顔の男で、右は新谷と云う背の高い顎(あご)のやや張った男であった。
 他の人達も皆初めての環境で、知ら無い者同士多くを語る人も居ない。鳩が豆鉄砲を食った様な顔をして居る。その内誰かが「今日は寒かったのう」などとボツボツ話し始めた。

  

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 学生時代には学校の寄宿舎が大分お粗末だと思って居たが、兵舎はそれの比較では無い。一室の人口密度は高く、僅(わず)かにマット一枚分が自分に許されたスペースだ。即ち、幅二・六尺(85センチ)奥行は整理棚を含めて六尺(2メートル)が与えられた面積である。畳は無く板張で何か不潔で窓はあるが薄暗い。私達の兵舎は平屋建であるが、屋根は低く勿論天井は無い。隙間がアチコチにあり風通しが好く寒そうであった。
 
 ◆内務班での取り決め

 アレコレ見て居る内に大森助手が「これから兵営生活についての取り決め等について話すから好く聞いて置け。好く聞いて居ないと困るぞ」と前置きした。
「起床は六時、起床ラッパが鳴ったら起き、毛布をキチンと畳み、中庭に出て乾布摩擦(かんぷまさつ)をし、朝の点呼を受ける」
「点呼が済むと、班内当番は班内の掃除と飯上(めしあ)げをして来る。飯上げとは炊事場に行って『飯上げに来ました』と言って飯やおかずや汁を貰って来て全員の食器に着ける。食事が済むと、この容器を洗って返すのだ。当番以外は、皆厩(うまや)に行って馬の手入れをするのだ、分かったか」大森助手は注意を続ける。

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 「朝飯後は教育だ。午前中の教育が済めば、馬に飼いばを遣りそれからお前達の昼飯だ。午後も教育を受け、それが終わると厩へ行って寝藁(ねわら)を入れ馬運動と馬の手入れだ。それから夕食と入浴時間と為る。機敏にしないと間に合わ無いぞ。夜の点呼は九時からでこれは班内だ。不潔に為ら無い様好く身の回りの手入れをし洗濯なども好くする事だ」
「それから、何時でも自分の所在をハッキリして置く事。この大森に、何処何処へ行くと言ってからか、戦友に伝えてから行く事だ」
「次に、敬礼を忘れ無い様にする事だ。ここにはお前達より上のものばかりだから欠礼(けつれい)するな。それから我々第一中隊の中隊長は金井塚久(かないづかひさし)中尉だ。好く覚えて置け。その他気が付いた事はその都度言う事とする」

  

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「サテ、一度、官等級氏名(かんとうきゅうしめい)を言ってみよう」「陸軍二等兵 山田一郎」と云う様にだ。お前言ってみよと、私の前の者が指された。
 モジモジしてから「山田一郎」と言った。「自分のを言うのだ」と注意され、浜岡初年兵は今度は「陸軍一等兵 浜岡良夫」と言った。途端に「お前は何時の間に一等兵に為ったのか。今日入ったばかりの二等兵では無いか。言い直せ」と大きい声で注意された。
 今度は「陸軍上等兵 浜岡良夫」と言ってしまった。上がったのでこんな事に為ったのだろうが「馬鹿野郎、何が上等兵だ分からん奴だ」と怒鳴られた。私は可笑しかったが、笑われもせず気の毒でもあった。四回目にやっと「陸軍二等兵 浜岡良夫」と言った。

 大森助手の注意事項は続いた。「早速本日の当番はこちらから四人とするから晩飯から取りに行け。尚、今日は初めてだから、特に次の四人も当番として食器の受領、班内の用品、煙缶(えんかん・灰皿)、掃除道具等を物品倉庫より受け取って来い。今日はこれから服に名前を着けよ。 そして、夕食迄に手紙でも書いて出して置け」と言われた。言われるまま取り掛かったたが、時間が無く葉書はやっと一枚書いただけだった。

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 夕食後は一人一人自己紹介をした。「僕はここに来るまでは・・・・」と言い掛けると、助教から、軍隊では「僕」「私」「俺」等と言わ無いのだ。自分の事を「自分」と言うのだと教えられた。暫くは、私は近年東北や東京に住んで居たので常時使って居た「俺」が出そうであったが、次第に「自分」と云う表現に慣れて来た。「自分」と云う言い方は軍隊特有のものである。

「自分は、神戸の造船所に勤めて居ました。赤井明と言います」
「僕は、嫌自分は吉岡太郎と言います。鳥取市で旅館をして居ました」
「俺は、満州国で官吏を・・・・嫌、自分は満州国で官吏をして居ました」

 漁師も居れば散髪屋も居り、お寺の住職が居れば大工も居り農家の人も居り多種多様な職業である。輜重兵で輓馬(ばんば)中隊なのに、特に馬に関係のある人は一人も居なくて適材適所で無い事をここでも感じた。しかし、そんな事を言って居る時世では無いのである。
 この輜重兵の本科は体格の良い人ばかりであるが、教育召集や召集兵は昔の特務兵とか輜重輸卒(しちょうゆそつ)と呼ばれる名残があり、比較的背の高く無い人が多かった様に思われた。
 軍隊も兵科によって主要任務が異なり、輜重兵は歩兵や砲兵の様に華々しい兵科では無く、弾薬や食料や種々の物資を輸送する任務を帯びた兵科で、重要であるが地味で苦労の多い縁の下の力持ち的な兵科であった。

 つづく

 

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