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2022年05月30日

黄昏の夢(Skeb作品・天使のしっぽ)

 https://skeb.jp/@mckitan1

 スケブで依頼いただいた作品です。
 『おとぎストーリー・天使のしっぽ』お仲間の方からいただいたリクエスト。
 天しっぽの小説書くのは久方ぶりで、エライ楽しかったですね。
 宙吊りになってるのがあるので、何処かで再開せねば……。


 本文はこちら→



 黄昏時は誰彼時。
 此方と彼方が交わりて。
 会えぬ者と会わざる者が交る刻。

「すいません、ちょっと行ってきます」
「暗くなってきたから、気を付けてくださいね……」
 少し慌てた様子で部屋を出ていく白髪の少女――【カイコのまゆり】に、黒髪の目隠れがチャームポイントの少女――【ゴキブリのあすか】がそう声をかける。
「およ? まゆりちゃん、こんな時間に何処行くの?」
「はい、ちょっと買い忘れをしてしまいまして……。すぐに戻ります」
 玄関で行き会った【カのみゆう】にそう告げ、足早に出ていく。
「まゆりさん、最近ポカが多くない?」
 今から顔を覗かせた【アリのひとみ】の言葉に、みゆうも首を捻る。
「だよね〜。この間もサラダにかけるオリーブオイル、ラー油と間違えて飛び上がってたし」
「……何か、悩みでもあるのでしょうか……?」
 見送ろうと出て来たあすかも、心配そうに道の向こうに消えていく後ろ姿を見送った。

 ◆

 時は夕刻。家路を急ぐ人々とすれ違いながら、まゆりはふと空を見上げた。
「今日も、もう終わりですね……」
 焼け付く様な朱に染まる彼方を見つめながら、そう独りごちて息を吐く。
 何時頃からだろうか。こうして一日が終わる事に。月日が過ぎて行く事に焦燥を感じ、寂しさを感じる様になって来たのは。
「……やっぱり私は、『カイコ』なんですね……」
 カイコの命は儚い。
 ただ成長するだけに費やす機械的な幼虫期。ソレを経て辿り着く繭外の世も、ほんの七夜で灯は消える。
 まるで泡沫の如きその一生。
 まして、かつての自分はその刹那さえ満たす事は叶わなくて。
 数多の数奇な縁を経て、辿り着いた守護天使としての存在値。かつての己とは比べ様もない時を得た今に至ってもなお……否、だからこそ。
 時の儚さをこの上無く怖く感じる。
 守護天使に、明確な寿命の概念はない。そして、毒や病にも強い耐性を持つ。人間とは明らかに異なる命の在り方。
 ソレが意味する事は、ただ一つ。

 人間と、同じ時を在り続ける事は叶わない。

 このまま過ごせば、いつかは主人である『彼』と別れる日が来る。
 確実に。
 間違いなく。
 また、『あの時』の様に。
 いや、あの時自分は『残す』側だった。
 けれど、今度は『残される』側。
 彼がいなくなった世界を、ただ延々と在り続けなければならない。
 天使の在り方は、人間とは違う。
 仕える主がいなくなっても、進む道。果たす役目は多くある。
 長く在り続ける事で、いつか転生の輪を巡った彼とまた会える可能性だって有り得よう。
 けれど。
 駄目なのだ。ソレでは。
 自分の存在意義は、彼の為にあって。
 その彼は、今の彼でしか有り得なくて。
 きっと、自分は幸せ過ぎたのだろう。
 今の世界を。
 今の有り様を。
 変える事も。
 手放す事も。
 怖くて。
 怖くて、堪らなくなってしまっていた。
(守護天使としては……失格なのでしょうね……)
 そうは思えど、この想いが変わる事など有り得なく。
(いっそ、ご主人様に伝える事が出来るなら……)
 けれどソレもまた、まゆりには無理な事。
 主人に己の想いを伝える事は、守護天使にとっての禁忌。破ってしまえば、天使はその資格を剥奪され、本来の物言わぬ動物へと回帰される。
(……論外……ですわ……)
 想いを伝えて。
 代償に失うのは全て。
 同じ目線で隣りに立つ身体も。
 同じ言葉を交わす知恵も。
 同じ花を綺麗と思える心さえも。
 そんな事に、何の喜びがあると言うのか。
 望んでいるのは彼。
 彼の笑顔。
 彼の声。
 彼の、存在。
 想いを伝えた所で、その先は空っぽ。何の意味も、救いも在りはしない。
 ましてや、自分の前世はカイコガ。
 昆虫。
 人とは、恐らく最も遠い位置に属する血脈。
 もう、届かなくなってしまう。
 あっちに行っても。
 こっちに来ても。
 答えは変わらず。
 怖い。
 怖い。
 ただ、怖い。
 
「何が、そんなに怖いんだ?」

 不意にかけられた声に、我に返る。
 振り返れば、黄昏の色の中に立つ男性の姿。
 誰なのかは、すぐに分かった。
「響介……さん……」
 『ハエの響介』。
 いつかの過去。まゆりの前世において、彼女の命を食い尽くした寄生バエ。その化身たる呪詛悪魔。
 怯えるまゆりの顔を舐める様に眺めて、いやらしく笑う。
「こんな時間に、か弱い乙女が一人でいるなんてな。悪い奴に玩具にされても文句は言えんぜ?」
 声に込められた露骨な悪意に、身体が震える。
「貴方は……そんなに、怖い顔をする方でしたでしょうか……?」
 そんな言葉がまろび出た。
 最近の彼は滑稽な変人でこそあったが、こんな悪意の滲む顔は久しくしなくなっていた筈。
「何を馬鹿な事を」
 彼女の事の葉を、響介はせせら嗤う。
「俺は呪詛悪魔だ。守護天使(お前達)を傷つけるのが存在意義だ。もし、違和感を感じると言うのなら……」
 冷たい、笑み。
「今までの俺が、間違ってたんだろうさ」
「ーーーーっ!」
 咄嗟に、逃げ出す。追いかけて来る、足音。
「来ないでください!」
「嫌だね!」
 彼は呪い。
 私と言う理に架けられた枷。
「私はもう、カイコじゃない! まゆりです! 貴方の餌でもなければ、玩具でもない!!」
「違うね! お前はカイコだ! 何度転生したってな、魂の本質は変わらない! 俺が、お前への執着から逃れられない様に! お前も、俺との縁を切れやしない!」
「違う違う! 私は……私は!!」
「分からないヤツだ!」
「ひっ!?」
 後ろに流れていた髪が掴まれる。
 そのまま、強く後ろに引かれて。
「あ……?」
 気がつけば、夕日の生温い熱さ残るアスファルトの上に組み敷かれていた。
 覆い被さる、彼が嗤う。
「さあ、遊ぼうじゃないか。思う存分」
 下卑た笑みを浮かべる顔を間近に、まゆりは違和感を覚える。
「……貴方は、誰ですか……?」
「何言ってる。俺は俺だよ。『ハエの響介』さ」
 確かに、姿形は嫌と言う程知る彼そのモノ。
 けれど、違う。
 確かに、呪詛悪魔としてのタチの悪さ葉ある。
 けれど、彼のソレは……少なくとも今の彼の悪辣さは、何処か滑稽で道化じみたモノだった筈。
 なのに、今自分を組み敷く彼はあまりにも……。
「違う……貴方は……」
「五月蝿いな」
 苛立たしげな舌打ちと共に、手がまゆりの胸元を掴む。
「あ、や……!」
「忘れさせてやるよ。くだらない迷いも、執着も。たっぷり、溺れさせてな」
 すくみ上がるまゆりの服を、力任せに引く。
 生地がビリと悲鳴を上げたその時。

「はい、ソコまで」

 不意に響いた、鈴音の様な声。同時に、小さな手が響介の頭を掴んだ。
「あ……?」
「邪魔」
 響介の頭が、グシャリと握り潰された。まるで空っぽのシュー生地の様に。アッサリと。
「……!」
 絶句するまゆりの上から、グラリと倒れる頭の無くなった響介の身体。砂の様に崩れ、紗羅紗羅紗羅と消えていく。
「まあ、魂の汚泥を具現するのが『此れ』の副作用とは言え……」
 風に舞う塵の向こう。淡く光る、琥珀の色。
「随分と、印象は悪かったみたいだねぇ。『お姉さま』」
 揺れるのは、絹糸のソレの様なまゆりのモノとはまた違う。
 透麗な砂糖菓子の様な彩の白髪。漆黒の洋装を纏った少女が、琥珀の瞳を細めて笑った。

 ◆

「あ、貴女は……いえ、響介さん!? 響介さんは!?」
 慌てるまゆりに、少女は馬鹿でも見る様な顔で言う。
「見てなかったの? 潰したじゃない。私が。クシャッと」
「そんな……」
 強張るまゆりの顔。小首を傾げる。
「襲われてたんでしょ? あんな害虫(ハエ)に奪われるなんて、滅茶苦茶トンデモじゃなくて?」
「でも……でも、ここまでする事は……!」
「あんなの、いなくなっても世界の損失にはならないよ?」
「そう言う問題ではありません!!」
 声を荒げるまゆりに目を丸くして。そして、堪らないと言った体で笑い出す。
「く……あははははは! 何てお手本の様な天使仕草! 可愛いなぁ!」
 急に笑われた事よりも、自身の本質を見ず知らずの人物に看破された事に驚く。
「天使って……貴女、どうして……!?」
「どうしてもこうしても……」
 戸惑うまゆりの目の前で、黒い光が閃く。広がるのは、黒い翅脈を走らせる巨大な羽虫の翅。
 輪部ばかりは天使のソレを模した様は、まるで光のアンチテーゼ。
「私も、コッチに足突っ込んでるからかなぁ?」
 唖然とするまゆりを睥睨し、黒翅の少女は輝羅綺羅と笑う。
「貴女は……一体……?」
「通りすがりの、『悪魔』だ」
 そう言って、ビシリとカッコ良くポーズを決めた。

 ◆

「悪魔……? 貴女も、呪詛悪魔!?」
「呪詛……? ああ、ソレとはちょっと……っておぉい?」
 少し考えてた間に逃げ出してるまゆり。追いかけようかとも思ったが。
「ま、いっか」
 などと言って近場のベンチに腰掛ける。何処からか取り出したコンビニの袋をガサゴソ。出て来るのは、『森の香りのメープルパン』。包みを開けて、ハムハムと食べ始める。モグモグと最後のひとかけらを頬張る頃、聞こえてくる荒い息遣い。
「あら、お帰りなさい。案外早かったわね……」
「ひ……控えめに言って地獄を見ました……」
 などと言って崩れ落ちる汗だくまゆり。
「おーおー、着崩れた着物に乱れた髪に。汗だく紅潮したお肌。エロいエロい」
 ケラケラ笑いながら近づくと、パンの合間にチビチビやってた紅茶のペットボトルを渡す。
「どうぞ」
「す……すいません……」
 受け取って、ゴクリ。
「ボブファッッ!!!」
 思いっきり吹き出した。
「あら、大丈夫?」
 喉を押さえてのたうち回るまゆりを見下ろして、さして心配もしてなさそうに言う。
「あ、甘……あままま、ま……」
「あ、ごめ〜ん。甘過ぎた?」
 プラプラと振って見せるペットボトルの底には、飽和状態となって積もる砂糖の山。
「あはは、私どうも甘党らしくてさ。コレにもどっさり追加しないとダメなんだよね〜。甘過ぎた?」
 ……コイツ、わざとですわ……。
 焼け付く甘味に薄れゆく意識の中、まゆりは正しくそう確信した。

 ◆

「どーお? 落ち着いた?」
 隣りでコンビニのシーザーサラダを無心でシャコシャコ食べてまくるまゆりに、そんな事を訊く少女。
 口直しの為に買って置いてたらしい。やはり、故意犯。けれど問題はソコではなく……。
「……何で、知っているのですか? 私の好物の事……いえ、『私の事』を……」
 シャクシャクとレタスを齧りながら、問う。
 そう、偶然の出会いにしてはあまりにも用意が良過ぎる。
 響介との争いにおける介入のタイミング。
 まるで、既知の相手に接する様な距離の近さ。
 そして、事前に此方の好物を把握して準備している周到さ。
 全てにおいて。
 そして、何より警戒すべしは先の会話で漏らした言葉。失念か故意かは別にして、彼女は確かに言った。
 まゆりを『天使』と。
 自分を『悪魔』と。
 言葉の通りであるならば、彼女は正しくまゆりが守護天使である事を知って接触して来ている。ならば、守護天使が如何なる存在であるかも知っている筈。
 ソレを加味した上で、彼女が『悪しき存在』と言うのであれば。
 まゆりに近づく理由は何か。
 彼女は、違う事なく冷酷で冷淡。
 響介を何の躊躇いも憐憫もなく。良心の呵責なく屠った様が、全てを物語る。
 そんな彼女が、近づく理由。
 目的が、自分であるのならまだ良い。
 もし、ソレが他の仲間達。果ては、彼にまで及ぶのであれば……。

 ――この身に、代えても――。

 薄らと汗ばむ手を握りしめた、その時。
「あ〜、やっぱりそう思うか〜」
 彼女がそう言って、嬉しそうに破顔した。
「あはは。良いねぇ、その盲目な献身。やっぱり、守護天使様はそうでなくちゃ」
 口走った言葉に、ゾッとする。思考を読まれている。思わず立ち上がりかけた腕を、素早く伸びてきた手が掴んだ。
「――――っ!」
 ドライアイスを押し当てられた様な冷感に、小さく悲鳴を上げる。小枝の様な腕の、異常なまでの膂力。何とか振りほどこうとするまゆりの耳に、冷たい呼気がかかる。
「だぁめ。もう、逃がさない」
 耳に寄せた小さな口で、さやさやと囁く。
「まあ、言ってもぉ。分ってるよねぇ? 此処からは、出られないって」
 正しく、先の逃走の果てに悟ってはいた。響介に追われている時は気が回らなかったが、此処は『異常』だった。
 形風景は見慣れた商店街。だけど、人がいない。音が無い。そして、終わりがない。
 夢中で逃げ回った挙句、辿り着いたのは少女が待つベンチのある広場。
 其処に至って気づいた。此処は、彼女の『箱庭』なのだと。
「そう。幾ら逃げ回った所で、私の所に還るだけ。時間がとても、もったいない」
「貴女は……何……?」
「言ったよ。私は悪魔。憎悪から生まれた呪詛とは違う。天使(君達)と同じ愛(種)から生まれた、そっぽを向いたもう一輪。天使の影。反対側」
 いつしか、冷たい声が甘く心に絡む。
 妖しく艶たるソレは、それでもただ優しくて。
「私は確かにこっち側に在するモノで、そっち側の君達とは平行線。だけど、ソレでどうこう言うフェイズはもう過ぎた。今はただ、『あの子達』の歩んだ物語を理解したくて。こうしてあちこち、旅してる」
 何の確証も無い言葉。ソレでも何故か理解出来た。彼女は嘘を言っていない。
「……『あの子達』とは……?」
「私の、とっても大事な『家族(宝物)』」
 ああ、そうか。
 だから彼女は、嘘は言わないのだ。
 大事に大事に口にする、『あの子達』との約束があるから。
 残っていたわだかまり。薄氷の様に溶けて消えた。

 ◆

「では、あの響介さんは本物ではなかったと?」
「そう。説明する前に、逃げちゃうんだもんなぁ」
 などと笑う少女。
 いや、曲がりなりにも顔見知り。ソレを目の前で虫みたいに潰されたら大概の者はショックの極みだろう。こっちもあっちも実際に虫なだけに。
「この結界の中ではねぇ、入った生物の心象が駄々洩れになるんだけど、ソレが高じてトラウマとか怖いモノが印象のままに具現化しちゃう事があるのさ。さっきのハエは、それだね」
 ああ、道理で。
 最近の彼にしては、やたら悪辣だったのはそのせいか。
「では、本物の響介さんは無事なのですね?」
「あ〜、普通にどっかで生きとるよ? まあ、多少悪い夢でも見てるかもだけど」
 世界の何処かで、誰かさんのくしゃみが聞こえた気がした。
「それにしても……」
 クックと笑う少女。
「あのハエ、よっぽど心象悪いんだねぇ。アレじゃガチの変質者じゃん?」
「まあ、それは……良くは無いですよ? 何せ……」

 ――前の私を、殺した相手なのだから――。

「……それでも、心配するんだねぇ。あんな事になったら」
 また、笑う。
 嘲笑でもなく。侮蔑でもなく。純粋に、面白いと。
「あの子達と、おんなじだ」
 また、言った。
 その言葉を口にする度、その顔が誇らしげに緩む。きっと、余程大切な人達なのだろう。
 気持ちは分かる。
 自分にも、同じ様に想う者達がいるから。
 彼女に対する猜疑や警戒の念が急速に溶けたのは、心象を顕にすると言う此の箱庭のせいもあろう。
 けど、ソレ以上に悪魔と名乗った彼女の中に自分と同じ想いがあるのだと分かった事が大きい。
 ――同じ愛(種)から咲いた、正反対を向いた一輪――。
 ソレはきっと、そう言う事。
「……旅をしていると聞きました」
「はい、そうですよ?」
 すんなりと交わす会話。
 もう、強張る事も無く。
「大切な方々の歩んだ物語を、理解したいと?」
「そう。わたしが皆の所へ行くには、ソレが足りない。だから、勉強して来いって送り出された」
 そう言って、袖の中から取り出したのは一輪の桜の華。漂う、微かな春の香。
「だから、わたしは旅をする。数多幾多の世界を渡り、ソコにいる誰かさんの物語を教えて貰う為。そして……」
 白魚の様な指が、まゆりを示す。
「此処で選んだのは、君」
「私……」
 自分を指差し、首を傾げる。
「何故ですか?」
「何故でしょう?」
 同じ様に、小首を傾げ返す。
「選択肢は、わたしには無いんだなぁ。全ては、運命が決めるのさ。そう……」

――わたし達と、ご主人様が出会えた様に――。

 胸が、鳴った。
「ね、分かるでしょう?」
 彼女が、顔を寄せてくる。
「ご主人様を与えてくれた運命が、同じく繋いでくれた縁。ならば、この巡りは絶対」
 伸びて来た手が、両の頬を捕らえる。互いの呼気が、感じる距離。
「あ……あの……?」
「さあ、教えて。君の、『物語』を」
 甘い声と共に、唇が……。
「だ、駄目ですーっ!!!」
 ゴッツン!
「ゴゲバ!!?」
 強かに頭突きをかまされた少女が、おでこを押さえてのた打ち回る。
「急に何すんのよ!? コノ石頭鱗翅目!!!」
「駄目です! ご主人様とだってまだなのに!!」
「何言うか!? ソレだったらわたしだって同じじゃわい!! 誰が唇なんぞ寄越せと言った!? おでこ! おでこを合わせるの!!」
「は? おでこですか??」
 そう言えば、確かに動作はそんな感じだった気が。
「全く……大体、女の子相手だったらアカネちゃんだけって決めてるっての……」
「は? 何て?」
 ブツブツ言いながら立ち上がる少女のぼやき。思わず反応するが『気にすんな』とはぐらかされる。
 いや、今絶対『女の子相手』とか言ったよね?
 そっちの気もあるんじゃないの?
 大丈夫? ホントに大丈夫??
「あー、もうゴチャゴチャ考えんな!!」
 さっきとは別な意味で怯えるまゆりに、ジリジリと近づく少女。もう、さっきまでのお耽美な雰囲気なぞ何処にもありゃしない。
 襲い掛かる猛禽の様に伸びて来た手が、再びガッシリとまゆりの顔をホールドする。
 万力の様な力。さっきはあからさまに手加減してた模様。
「さあ、今度は逃がさない!」
「い、いやー! 奪われる――!! ご主人様―――!!!」
「や・か・ま・し・い!!!」
 ゴッツン!
 ぶっつけられるおでこ。痛い。絶対、先の意趣返し。
 けれど、痛みに悶えるのはほんの刹那。
 閃くのは、記憶。

 いつかの昔。
 切ない今。
 怖い未来。
 そして、その全てを紡ぎ繋ぐ。
 願い。
 想い。
 決意。
 仲間。
 姉妹。
 家族。
 そして――。
 そう。
 自分は、こうやって。
 歩んで来たのだ。
 悲しみも。
 痛みも。
 別れさえも糧にして。
 ただあの人を。
 その存在を。
 その御恩を。
 その愛を。
 永久に証明し。
 永久に世界に刻む。
 証と成る為に。
 それは、一人ではなく。
 世界を。
 全ての世界線を。
 遍く包む。
 幾つもの、同じ道を歩む者達。
 その、願い。
 無限に。
 永久に。
 久遠の果て。
 星の礎が朽ちて。
 神の御霊が薄れても。
 違えず。
 決して。

 いつしか流れていた涙を、細い指が優しく拭う。
「ごちそうさま」
 顔を離した少女が微笑む。
「ありがとう。とっても、素敵だった」
 ぎゅっと抱き締められる。
 冷たい身体。その理由も、今は全てが理解出来て。その冷たさが、今は心地良い。
 ギュッと抱き締め返して、小さく嗚咽を漏らす。
 決して、悲しい涙ではないけれど。

 ◆

「代価を払うよ?」
 少女が、言う。
「君のくれた『物語』。ソレに対する代価をあげる。この世の理。約束事」
 覗き込む、琥珀の瞳。まゆりを映して、水面の様に。
「あの人と、別れるのが怖いんだよね?」
 チクリと痛む、胸。
 その痛みを察する様に微笑んだ少女が、己の指を口元に運ぶ。
 プツリと噛み破り、膨れ上がるのは深紅の雫。
 差し出して、囁く。
「コレを、君のご主人様に」
 優しい笑みは、悪魔の蠱惑。
「コレを注げば、彼はわたしと同じ存在になる。星の理、命の輪環から外れた存在となる。人としての存在値は失うけれど」

――ずっと、一緒にいられる――。

 ソレは違わず本当で。
 此の世の何よりも、甘美な誘い。
 だけど。

 まゆりはハンカチを取り出すと、少女の傷をそっと包んだ。
「……いいの?」
「ええ……」
 まるで、何もかも分かっていた様な顔で訊く少女に、まゆりも笑顔で答える。
「私も、貰いましたから……。貴女の、物語を……」
 そう。この箱庭が互いの心を繋げるのならば。
「……とても、素敵でした。貴女も、貴女のご主人様……ご家族達も。ね……」
 手を伸ばし、少女の髪をそっと櫛削る。
「『トウハ』さん……」
 名を呼ばれ、『クロスズメバチのトウハ』は、少し恥ずかしそうにはにかんだ。

 ◆

「行くんですね……」
「もう、此処での用事は済んだから」
 黄昏の中、向かい合ったまゆりとトウハは握手を交わす。
「ありがとね、まゆりお姉さま。お陰で、わたしはまた皆の場所に近づけた」
「私も、気が楽になりました。一人ではないと、思い出しましたから」
 言い合って、笑い合う。
「また、会えますか?」
「会えるよ。歩き続けていれば」
「その時はまた、お互いに」
「教え合おう」
 離れる手。踵を返して走り出すトウハ。振り返りもせず、真っ直ぐに。
 やがてその姿は、淡い朱日の向こうに消えて行った。

 気づけば、まゆりは見慣れた商店街に立っていた。
 人々の喧噪。
 特売惣菜の匂い。
 灯り始める街灯の光。
 何もかも。
「……少し、急ぎましょうか」
 買い忘れの補充はまだ。
 もうすぐ、あの人が帰る時間。
 皆も、心配して待っている。
 お詫びのアイスも買って、家路に着こう。
 想いと願いで紡ぐ、この物語の道にまた。
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